ポケどま!   作:よすぃ

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【Season1】ガラルの夜明け
ガラルの風


 ――その日、はじめてガラルの風を知った。

 

 *

 

 両の腕の感覚を確かめる。足の裏に大地の感触がある。胸の輝石が大気に揺れ、眼は光を捉えた。紛れもない、ボールの外の世界だ。

「あの」

 年端もいかぬ人間の少女が私を見ていた。私のよく知るマスターではなかった。

 もしかして、また見知らぬ何処かかと周囲を伺う。

「わからないよね、言葉」

 声帯の構造のせいで私は言葉を発することができない。しかし彼女の言葉を私は理解できる。エスパータイプであり、限りなく造形が人間に似ているが所以であった。

 会話するかのように意思を伝えることもできるがやらなかった。やる気になれなかった。

「あのね、あたしが今日からあなたのトレーナーになるの。あたしは託されたんだ、あなたを」

 私の表情を伺いながら彼女は言葉を選んだ。しかし、その言葉に私の理解は追いつけない。おかしなことになったものだと思う。果たして私のマスターはどこに行ったのだろう。

「ねえ。サーナイト、ううん、名前サナだね。あたしじゃダメかな。ここはガラル地方、あなたにとっては初めての世界かもしれない。だけどこれから、あたしが色々教えるから心配しないで。あたしがあなたのトレーナー。あたしの名前はユ――」

 理解するのにやはり時間はかからなかった。考えればすぐにわかることだった。ポケモン交換、今まで何度も経験したじゃないか。ただ交換に出されただけ、それだけのこと。

「ね、サナたん。行こう? ポケモンどまんなか!!」

 勝手に妙なあだ名をつけ、私の手を握る。普通のサーナイトとは異なる色の手を。なぜか、少女に抗えなかった。繋いだ手が、不思議なことにあまりにも暖かかったから。

 

 その日、少女は私をボールから出したまま色々なところへ連れて行った。

 ここガラル地方はポケモンが日常に溶け込み、人間と共存している印象を受けた。ボールから出て私がトレーナーの隣を歩くくらい、特に珍しいことではないのかもしれない。

 道行く人が通りすがる度に、少女を『チャンピオン』と呼んだ。

「あたし、こう見えてチャンピオンなんだよ。すごいでしょ」

『別にすごくないです』

 私は思念を少女の頭へ直接送り込んだ。

「え、しゃべれるの? すごっ!」

『別にすごくないです』

 すごいすごい、と笑ってみせる少女の顔は愛らしかった。

 改めて彼女の顔を見返す。亜麻色の髪が短く切り揃えられていて、緑のニットベレー帽がちょこん、と乗っている。ピンクのリボンワンピース、グレーのニットパーカー。くたびれた大きなレザーボストンのリュック。どれをとってもお世辞にもお洒落とは言いがたい。

「あ、サナたん。ダサいと思ってるな? わかってないなあ。原点回帰だよ、原点回帰。いろいろ服も持ってるんだけど、あえてこのカッコなの!」

 私の目線に気づくと、少女は私の手を引いた。向かった先はブティックだ。

 そこから小一時間ファッションショーを見せられる。店員も試着室を占領する少女に何も言わないあたり、この少女がかなりの上客であることがわかる。

 何度も服を脱ぎ着することにさすがに飽きた少女は、また私の手を引くと店の外に連れて出た。

「あたし、お金持ちなんだよ。ちょっとした転売ビジネスで儲けているの。黒くて丸いのをお金に変える……おっと、この先は企業秘密」

 そう言ってゴージャスボールをちらっと見せる。予想どおり、ブティックの乗客になれるくらいのお金持ちであるらしい。

 たくさんの服を着ては変えて。少女は先ほどのブティックで嬉しそうな様子だったが、私にも少しその感覚が理解できる。

 

 私の身体に一見してわからないところに収納しているリボンに想いを馳せる。人によっては、リボンを証と呼ぶ。私が唯一、着替えられるものはそのリボンだ、歴代のマスターと私を繋ぐ思い出の品。色々な形の、鮮やかなリボンは、両手の指を二倍にしても足りない。

 今、私はそのうちのひとつ、ナショナルリボンを身に着けていた。

「リボンだよね? ガラルにもあるよ」

 そう言って、彼女はさっき見せてくれたゴージャスボールを投げる。赤い光の筋を通り出てきたのはシャンデラ。見たことのない色をしており、私と同じ色違い“イレギュラー”なのだと一目見て理解した。

「この子はあたしのパートナー。役割は……皆のお母さんですぞwww」

 急に妙な口調になり、ちらっと私の様子を伺った。渾身のギャグを放ったかのような満面のドヤ顔だったが、全く意味がわからず無反応なままの私を見て、少し恥ずかしそうに咳払いをしてみせた。

「サナたんには論者はまだ早かったかあ。ま、それは置いといて。シャンデラはね、いつも手持ちにいるの。ほら、リボン」

 少女のシャンデラは五つのリボンを持っていた。その中に確かにガラルチャンプというリボンもある。

「あなたの持っているチャンプリボンはここのじゃないよね。よーし、今からリボンをつけに行こう。目的があったほうが楽しいよね? 久々のリーグ! ゴジャボ転売始めて以来行ってなかったから腕が鳴るなあ!」

 そして、少女は急にその場でくるくるっと周り、空へ向かって手をかざす。

「チャンピオンタイム!!」

 そう叫んだ彼女を見て、私は来る場所を間違えたのではないかと思った。

 

 

 *

 

 その後、アーマーガアという初めて見るポケモンを利用した空飛ぶタクシーに乗った。 

「チャンピオンカップは、シュートシティってところで開催されるんだ。それに出場してトーナメントを勝抜けば、チャレンジャーはチャンピオンになれるんだよ。他の地方で言うとこのポケモンリーグみたいなもんだね」

 黒光りする鋼の翼を持つアーマーガアが鉄の箱を鋭い爪で掴み、ガラルの空を飛ぶ。よく揺れた。

 窓から外を見ると、眼下には自然が広がっており、その中にいくつか赤く光の柱が天に向かって伸びているのが見えた。それは、私たちの乗るアーマーガアタクシーよりも高く、天を貫いている。

「ああ、下に拡がってるのはワイルドエリアって言うんだ」

『ワイルドエリア?』

「色々なポケモンと逢えるんだよ」

『他の地方にも似たようなのがあった。サファリゾーン、フレンドサファリ、ノモセ大湿原。名前は違えど、ポケモンのたくさん集まる場所です』

「へえ、サファリゾーンは聞いたことあるよ」

 少女は興味深そうに聞いていた。

「サナたんは、色々なこと知ってるんだね。あたしは、こことホウエン地方くらいかなあ、知っているのは」

『ホウエンを知っているのですか?』

「うん、元々ね。あたしはそこに居たんだよ」

 鋼の箱は快適だった。アローラのリザードンライドはこんなに快適ではなかった、と自然豊かな島を思い出す。

 アローラを去り、ガラルに来るまでのことを私は全く覚えていない。どのような冒険をしてきたのかさえ、おぼろげだった。遠く離れた土地へ来るときはいつも唐突であるような感覚は前々から持っている気はした。何度も経験して、身体が覚えているのかもしれない。

「お客さん、つきますよ!」

 箱の上のアーマーガアの背で手綱を操る男トレーナーが唐突に声を張り上げる。

 世界はいつも唐突だ。そう考え、地に降り立つ少女の後を追った。

 まず、少女は街の中心にあるアーマーガアの銅像の前で記念撮影をした。リーグカードに使うと言っているが、私にはよくわからない。そういう文化だろうか。

 

 シュートシティはとにかく広い。時計塔と一体化している大きなホテル(ロンド・ロゼというらしい)、そびえ立つタワー、観覧車。そして、チャンピオンカップの開催されるスタジアム。それだけの機能と施設が一つの街へ集約されている。

「あ、そうだ。サナたん、これつけてみて? こだわりの逸品なの」

 少女は大きなカバンから取り出した金縁のメガネを受け取り、言われるがままにつけてみる。何となく自信がみなぎってくる感じがした。

「うん、よく似合ってる。コンディションも万全だね。さあ、行こう」

 

 *

 

 結論から言うと、圧勝だった。こだわりメガネの効果もあったかもしれない。

 チャンピオンカップで優勝後、少女はインタビューを受けた。今はその様子を時計塔のホテル“ロンド・ロゼ”の客室でベッドに転がりながらにやにやと観賞しているところだった。もちろん、にやけているのは少女であって、私ではない。

【……今回、キョダイマックスするニャースか、剣をくわえたザシアンで出場するものと予想していましたが、どういう心境の変化でしょうか!?】

【そういったことは事務所を通してください】

【……ボールガイさんから何か受け取っていましたが、それと何か関係が!? 癒着しているのではないかという噂もありますが!?】

【すみません、事務所を通してください】

【ちょっと、チャンピオン! 待ってください!?】

 似合わないサングラスをかけた少女が、アーマーガアタクシーに乗り込み空へ飛び立つところで特番は終わっていた。

「うつってるうつってるー! サナたん、あたしかわいくない? ねえねえ!?」

『事務所って何ですか?』

「何かかっこよさそうだから言ってみた。業界人っぽくてカッコよくない? サナたんもメガネが秘書っぽくて、これはバズるわ!」

 無視して私はガラルのチャンプリボンを眺めた。他のチャンプリボンと比べてみる。アローラ、ホウエン、カロス、シンオウ……それから、昔どこかのリーグでもらった名もなきチャンプリボン。これでチャンプリボンは六個になった。

 アローラは最も記憶に新しい。その前はホウエン……いや、ホウエンは最も古いような気もする。けれど、確かにホウエンのチャンプリボンはアローラの前だったような。カロス、シンオウ。あとひとつは、どこだろう。記憶に残るのはジョウトかカントーか。はたまたイッシュか。

(あれ、リボンもらえないんだな……ああ、既につけてるからか。ホウエンのリーグで――)

 かつてのマスターの言葉が脳裏をよぎった。しかし、細部は思い出せない。何を言っていたのだろう。頭が痛い。まるでコダックになったような気分だった。

「ねえサナたん聞いてる!? サングラスが何かほら、芸能人って感じでさー!」

 底抜けに明るい声が現実に引き戻す。やれやれ、私はメガネを外して、割れないようにそっとサイドテーブルへ置く。

 騒ぐ少女を放っておいていい加減、私は無視して寝ることにした――ガラルチャンプのリボンをつけて。

「あ、ワイルドエリアニュースだ。ふむふむ……ピカチュウが出るのかあ」

 私が寝たと思った少女は、おやすみ、と毛布と声をかけてくれる。そして自身も隣に潜り込む。同じ布団にあたたかな温もり。呼吸の音がふたつ。

 私はこのまま、この場所に居てもいいのだろうか。

 かすかに浮かんだ疑問を消せないまま、ガラルの夜は静かにふけていく。

 

――――――――――

【補足】プロフィール

サーナイト【NNサナ】

おくびょうな性格。遠く離れた土地から、時間と空間をこえて、はるばるとやってきたようだ。打たれ強い。

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