ポケどま!   作:よすぃ

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終わりへ向かう船旅

 階段を上ると、船の最頂上のフロアに出た。突き当りに扉があり、そこが船長室となっている。

 階段を上りきっても相変わらずカビ臭い空気が漂い、廃墟独特の不気味な静寂があたりを支配している。生きているものの気配は感じられなかった。

『サレ……』

 ……が、かすかに声が聞こえた気がした。マスターとルリナも顔を見合わせているので、私の気のせいではないようだ。

「聞こえたよね……?」

 ルリナの言葉によって、空耳では無いことが完全に証明される。マスターも震えながら頷く。

『――サレ』

 やはり聞こえる。何かの声が。

 耳をそばだてる。どうやら、船長室の中から聴こえている。

『――タチサレタチサレ』

 今まで不明瞭だった言葉が意味をなしていく。それにつれ、声の主がこの部屋に人を近づけたくないのだとわかった。

「立ち去れって言ってるよ……?」

 マスターは震えが限界に達しており、生まれたてのシキジカのようにルリナにしがみついていた。この時点で恐怖の限界が来たのか、自身もゴーストタイプである癖に、辺りを照らしてくれていたシャンデラが役割の対象外だとでも言わんばかりにボールの中へと勝手に引っ込む。

「ま、真っ暗!」

 大きな光源を失い、唯一の光はルリナのペンライトだけだ。一気に暗闇があたりへ拡がる。しかし、ルリナは気丈だ。船長室に足を進め、不安と恐怖を押しのけドアノブを掴んだ。

「だめ、だめだめだめ! こわい!」

「何言ってるの!」

 恐怖に震えるマスターの手を掴み、ルリナは扉の中へと飛び込む。

「さ、サナたん……!」

 マスターは咄嗟に私の手を掴んだ。マスターに強引に引っ張られ、そのまま船長室の中へとなだれ込む。私たちは互いに妙に身体に力が入っていたせいでバランスを崩し、全員が転倒した。

「痛……ペンライトが壊れちゃった……でも、さっきより明るい?」

 ルリナの言葉に思わず周囲を覗う。

 薄暗い、が確かに先ほどよりは明るい。それは、船長室が操舵室も兼ねているからだとわかった。部屋の奥には船の操縦に必要な操作盤が並んでおり、そこに舵も取り付けられている。前方が見えるよう窓が広く設けられていた。

 窓は元は綺麗に磨かれていたのだろうが、長い漂流の際に汚れてしまっており、光がうっすらとしか差し込まなくなっているようだった。しかし、それでも廊下などに比べると、周囲を見渡せる程度には室内は明るかった。

「舵がなかなか動かないや」

 明るくなったことで少し調子を取り戻したマスターは持ち前の好奇心で辺りを調べていた。いつの間にか操作版の前に行き、そこの円形をした操舵輪を触りながら、マスターは周囲を見渡す。

「ルリナさん、機械だけじゃなくて舵も壊れてそうだよ」

「二人ならたぶん回せるわ」

 気持ちが落ち着いたのか、ルリナも室内を観察していた。書棚、デスク、仮眠用のベッド。壁には海図が掛けられており、デスクには無造作に一冊の古びた本が置かれていた。すぐ隣にペンが立てられている。

「……航海日誌ね」

 ルリナはデスクの上の航海日誌を手に取った。

「もうぼろぼろね。インクもぼやけていて読めないわ。あ、一文だけ読めそう、かな? ……“これが最後の航海だ。港に帰れば、もう二度と出ることはない”……道理で船内にめぼしい荷物が無いわけだ。この船はやっぱり港に戻っていたのね」

 その瞬間だった。

『タチサレタチサレ、タチサレ……』

 今までで一番はっきりと聞こえた。その声が。

「ひっ」

 マスターが小さく悲鳴をあげる。船の操作盤から黒い靄のようなものが立ち込めている。

『タチサレ……』

 マスターもルリナも固まっていた。

 私も怖すぎて、動けなかった。幽霊なんて反則すぎる。この科学の発展した時代に不謹慎だし、卑怯である。

『タチサレタチサレサレサレたちされタチサレタチサレ立ち去れタチサレタチサレタチサレタチサレ――立ち去れタチサレたちされタチサレタチサレタチサレ、立ち去れ立ち去れ立ち去れ、タチサレ、タチサレタチサレ立ち去れ立ち去れ立ち去れ立ち去れ!』

 怒号のように響き渡る声が、頭の中に突き刺さる。

「ひぃ!!」

 マスターが今度こそ大きな悲鳴をあげた。

 黒いガス状のモヤがあたりに霧散し、何かの無念が凝縮したような気配を感じる。その何者かは、マスターの方に向かう。マスターは目を閉じて耳を両手で塞いでいて、その様子には気がついていない。

「くっ……カジリガメ!」

 ルリナが繰り出したのはカジリガメである。尖った甲羅を見せつけるように身震いし、その巨躯を動かそうとするが、一歩も進むことができないようだった。

 カジリガメも異様な状況に気づき、悪あがきのようにジタバタと両の手足を動かすが、ただ虚空をかくのみで、見えない何者かの力にその場を動けずにいた。

 

 部屋中の物が宙に浮き始める。

「ポルターガイスト!?」

 超常現象の名をルリナが叫ぶ。

 私は飛び交うペンや書籍を避けながら、マスターの場所へと向かおうとするが、身体が思うように動かせない。顔面に航海日誌が物凄い勢いで飛んできたのをキャッチする。風圧で全く前に進めない。

『マスター!!』

 呼ぶが、マスターは答えられない。必死にその場でマスターも飛んでくる置き物などを避けている。

 このままではマスターが怪我をしてしまう――瞬間、私は恐怖を振り払った。私が守らないといけない!

 私はポケモンだ。エスパーだ。

 相手が超常現象であるならば、私もまた超常現象のようなものだ。何を怯む必要がある?

 私の胸に埋まる、サーナイトの核である宝石に手を触れる。落ち着け。正体がわからなければどうすれば良い?

 そうだ、私はフェアリーである以前にエスパーだ。そう、かつてはフェアリータイプは無く、私は純粋なエスパーだった。

 今朝見た夢の内容を思い出す。何かわからなければ、読み取れば良い。見えないものを見ろ。ときに未来を予知し、人とポケモンの心を、ときに読み取ることのできる力が私には備わっている。

 サイコメトリー。物に遺された記憶や想いを読み取る能力。私は他のサーナイトよりもこの能力が異様に高かったため、遥か昔、故郷のオーレ地方で悪の組織に洗脳され、操り人形とされていたことを今思い出す。しかし、そんな記憶、今はどうでもいい。

 私は、いつかそうしていたように。自身の青い手に見えない力をこめて、航海日誌に宿った記憶を呼び覚まそうと全神経を集中させる。

 

 瞬間、脳裏に過去に消えしまったはずの記憶の波が流れ込んできた。カントーとジョウトを行き来する客船が見えた。たくさんの客を乗せ、頼もしい船員たちの手によって、船は幾度となく旅を続けた。往復の旅だ。出会いがあれば別れもある。だが、帰るべき場所があった。

『ううああああ……』

 声が思わず漏れる。頭痛が激しい。吐き気がする。だけど、知らなければいけない。知れば、叶えてあげられるから。

 何を叶えると言うのか。そもそも何者かはそれを望んでいるのか。確証なんて持てないはずなのに、何故か知るべきだと思った。

「サナたん!? 何してるの!」

 ――世界の終わり、隕石の落下。最期の時に船は出さず、船員たちはその時を家族と(おか)で過ごすことに決めた。

 さよなら。今までありがとう。帰るべき場所にみんな帰っていった。そう。船も帰ったはずだった。

「サナたん!!」

 船は航海を終えたはずだった。荒廃した世界の中、船を縛り付けていた楔が何かの折に解けて、船はそのまま旅に出てしまったのだ。後悔を終え、客も乗せぬまま、乗組員さえ乗船せず、終点のない船旅。

 操る者の居ない船は、ただ海を漂った。

『あ、あ……帰り、たい……』

 私の口から、私の言葉でないものが発せられるのがわかる。同時に感情まで溢れこんでくる。

 寂しい。暗い海原。寒い夜の風。怖い。もう誰とも会えないのが。帰りたい。そこに。帰れない。そこに。

『カエリタイカエリタイ、帰るんだ、だから邪魔しに来ないで、帰れなくなるから、もうチョット、あとチョット、だから、ほら見える、見える見えるみえるミエルミエルミエル!!』

 勝手に口が開く。なんだか私の想いを口にしているような感覚がしてきた。

「サナたん、やめて、もうやめて!!」

 マスターの叫びが、いや祈りか。私の胸の奥深くへ届き、自分でも歯止めが効かなくなっていたサイコメトリーが止まる。

 瞬間、今まで読み取った全てを忘れそうになる。頭の中身が空っぽになりそうだった。読み取ったものの情報量が多すぎて維持できない。

 はやく伝えなければならない。私と同じ、ポケモンであるこの子の想いを。

『大丈夫だよ、港はそこだよ』

 私が“それ”にそう伝えた瞬間、負の気配が一瞬にしてかき消えた。

「どういうこと……?」

 ルリナは呟いた。

『港に帰りたかっただけなの……船を港の方角へ向けてあげて……』

 マスターの近くには操舵輪があった。それを握り力を込めるが動かない。

「やっぱり、だめ……だ!」

「二人ならきっと動くわ!」

 ルリナが駆け寄り、マスターと共に操舵輪を握る。そして、二人は強く叫んだ。

「主舵いっぱい!」

 回った。二人の力で操舵輪を動かした瞬間、船は大きく揺れ、強く反応した。そして、船に入り込んでいたそれが正体を表す。

 見たことのないフォルムであるが、ロトムに間違いなかった。ロトムは無言で虚空へ消えていく。

 ――ありがとう。

 かすかにそう聞こえた気がする、すっと周囲が光った。私たちは眩い光に目を隠し、目が慣れ始めた頃、私たちは何故か外に居ることに気づいた。同時に身体が落下する。

「うわ!」

 誰の悲鳴ともなく、次々と水の中に落ち、それぞれが慌てて体制を立て直す。塩辛い水が口に入り、ここが海であることに気づいた。

 私たちはルリナのカジリガメにしがみつくき、一息ついた頃、あの船が居なくなったことに改めて気づいた。

 大海原へ浮いているのは私たちだけだった。

「何だったんだろう……」

『きっと、帰れたんですよ』

 マスターに返すと、そっか、と微笑んでくれる。この笑顔を失わずに済んで良かった。

 水平線を見つめるが、何も見えない。あの大きな船は大海原の何処にも見えず、姿形すら消えて無くなっていた。

 あのロトムの、長い航海が終わったのだと感じた。

 

――――――――――

【補足】サイコメトリーとは?

 物体に秘められた“記憶”を読み取る超能力。 読み取れる度合いは、能力者の資質にもよるが、断片的であるとされる。サイコメトリーを扱う能力者をサイコメトラーと呼ぶこともある。

 サナは、故郷のオーレ地方で悪の組織シャドーに、他のサーナイトより強い性質に目をつけられ、ダークポケモンと言われる“ココロ”を持たない戦闘用の機械のように改造されていたが、あるとき、ひとりの青年がサナの閉ざされた心を開いたことで、今のサナとしての道を歩み出した。

 しかし、このときの悪の組織シャドーには、別の意味でサナに目をつけたものが居たことをサナもその青年も知らなかった。

 それは……悪の組織で資金を稼ぎ同人誌を作る一人の男だった。サナに萌え要素を見い出し、『サイコメトラーSANA』という漫画を描いた彼はこれをコミケと呼ばれる販促会で世に送り出した。これが異常なほどヒットし、ついに土曜九時にドラマ化するまでになったというのは、また別の話である。

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