ポケどま!   作:よすぃ

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過去との邂逅

 ブラッシータウンからハロンタウンまでは、ほぼ一本道で、のどかな田舎の景色が拡がる。

 ホップは歩きながら、昔話をした。

「じいちゃんは、オレが小さかった頃に亡くなったんだ。あんまり記憶なかったんだけど、みんなが兄貴に期待する中、オレが兄貴の背中を追いかけてても、ひとりそれを見守ってくれたんだ」

 まだ幼かった身にそれはどれほど嬉しかっただろうか。その温かみが、ホップの話しぶりを聞いているだけで伝わってくるようだった。

 

 一番道路をひたすら進むと、ハロンタウンに到着した。さほど、距離は感じられなかった。

 到着した、過去のハロンタウンは、私の知る現代のそれと本当によく似ていた。平行世界ではあるが、同時代を比べるとさほど差はないと思う。私の隣のホップが涙をうっすら浮かべながら言葉を失っていたからだ。きっと、彼の目には、ひどく懐かしい昔の街並みが映っているのだろうと思う。

 私が知るハロンタウンとは、家の数がわずかに異なっており、ホップの家は記憶にあるものと少し風貌は異なるが同じ場所にあった。対面には、マスターの実家があるが、これもまた少し記憶にあるものと面構えが違っている。

 長い年月の中で、改修工事をしたりするのかもしれない。

 

 ホップは自分の家ではなくマスターの家に近づこうとする。何故だろう、と見つめていると、

「あ、そっか。サナは知らないんだよな。実はあいつの家は、あいつが来るまで空き家だったんだよ。昔は父方のじいちゃんとばあちゃんが住んでたんだ。さっき言った、会いたい方のじいちゃんは、父方のじいちゃんさ」

 母方の祖父母は現代で同居しており、父方は祖父母共に亡くなっているという。ホップは特に父方のおじいちゃん子だったようだ。

 

 この時代では、まだマスターの実家ではない、その庭で一人の男が絵を描いていた。気配を感じたのか、すぐにこちらに気がついた。

「おや、見ない顔だ。何か用かい?」

 男は少し顔をあげたが、またすぐ手元のキャンパスに目を落とす。

 まだほとんど描き始めたばかりのそれには、ガラルの山脈や草原が描かれている。

「それ、ここの景色じゃないですよね」

 ホップが尋ねる。

 確かに雰囲気的にはワイルドエリアのように思えた。

 

「何も目に映るものを描くばかりが画家じゃないさ。自分の頭の中のこと……たとえば、イメージだったり、記憶だったりする。そうした自らのうちにある形のないものを表に出して行くのさ」

 そう言って、黄金色の目をした画家は笑ってみせた。確かに似ている感じがした。

「なぜ絵を描くんですか?」

 ホップは真剣な表情で尋ねた。

「最初は逃げていただけだったんだろうね。私も元はポケモントレーナーだった……しかし、その夢を諦めて代わりに見つけた夢がこれだった。正しくは、見つけたつもり、だったと言うべきかな。でも、それがいつの間にか本当の夢になっていたんだ」

 その言葉は今のホップにどれだけ胸に刺さっただろうか。

 

「オレも……そうなんだ。今こうして夢だと思い込んで進んでいる道だけど、結局だれの役にも、なんの役にも立てていない。今だって、オレにできることはない」

 歯を食いしばり、ホップは悔しそうに拳を握りしめる。

 ここの時代に来てからのホップの視点から言えば、未来を進めると提案し、自らの知り得る未来のダイマックスの知識を伝えただけだ。後は、マグノリアとドクが昼夜を問わず懸命に調査や研究を進めている。

 だからこそだろう。ホップは自らの未熟さを痛感していた。

 しかし、決してそうではない。ホップの成したことも大きいのだ。

 私の頭の中に、ガラルに来てからのすべてのことが記憶として入っている。孤児院(ホーム)で読んだマグノリアの文献のすべてが。その私の頭の中をデータベースとして活用し、筋道立ててマグノリアに説明したのはホップだ。

 彼の功績は大きいと思う。

 

「なあ、少年。今はそれでいいんだ。いつかきっと分かる日が来る。慰めの言葉じゃない。わからなくても、歩んでいる一歩は必ずなにかに続いている。それがどう転ぶかは、進んで立ち止まる日が来るまでわからない。わけがわからなくても、踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」

 画家はアゴをしゃくれさせており、あえて表現するならば、凄く良い顔をしていた。ドヤ顔と言ってもいい。

 そして、思いついたように私を見る。

「そのサーナイト……君のポケモンじゃないんだね。トレーナーを長く続けていたから、わかる」

「そうなんです、こいつのマスターはオレのライバルで、今やガラルの……」

 言いかけてホップは口をつぐむ。

「ん?」

「あ、えっと、ガラルのなかで一番かっこいい女の子なんです!」

 無理矢理に誤魔化したが、チャンピオンと言おうとしていたのは明白だ。

「はっはっは。その子のことが好きなんだな」

「そ、そういうわけじゃ……」

「いいさ、青春だな!」

 別の意味で捉えた画家は笑うとキャンパスの右下に小さく、何か描き始めた。

 その手元を見ていると、まだラフっぽいタッチで両手を男の子と女の子に手を繋がれたサーナイトが生み出されていくのが見えた。

「これは……」

「私の頭の中に浮かんだイメージだよ。この絵もいつか立派なホテルなんかに飾ってほしいものだねえ」

 

 私の脳裏に過ぎったものがある。シュートシティのホテル・ロンド・ロゼ。マスターと見た、客室の絵だ。

 ここは別のガラルかと思っていたが、違うのかもしれない。分岐する前の地点の、共通の過去の可能性がある。だとすれば、マグノリアの示唆したとおり、あまりこの過去に介入し過ぎてはいけない。

 

「あの……、貴方は絶対に有名になります!」

 私の焦燥は気づかないまま、ホップは涙を拭い、画家を真っ直ぐに見つめた。

「未来予知かい?」

「はい、必ず」

 そう言ってホップは踵を返した。私は慌てて追いかけ、隣へ並ぶ。

 不安は杞憂だったらしい。ホップはただ顔を見たいだけと言っていた。その約束を守ったのだ。

「なあ少年、名前は?」

 去ろうとするホップの背中に声がかけられる。ホップは思わず足を止める。そっとその顔を隣から窺ってみると「決してこれ以上は余計なことは言わない」という強い意志が読み取れた。本当はたくさん、積もるほどの話をしたかったに違いないのに。

「どこかで会ったことは?」

 重ねて尋ねられ、一瞬ホップは悩んだような表情を見せたが、すぐに悪戯っぽい笑みに変わる。

「……まだです。でも、これから出会います、きっと! それじゃあ!」

 今度こそ、ホップは走り出す。過去に背を向けて。私も置いていかれないよう、その背中に向かって走った。

 短い邂逅だったかもしれない。しかし、今のホップにはとても大きな影響を与えるものだったに違いなかった。

 平行する世界とは言えど、ホップは過去の祖父と語り合うことできたのだから。

 

 ※

 

 ハロンタウンの短い邂逅を経て、私たちはブラッシータウンに向かい、一番道路を歩いていた。

「ん……警官?」

 草むらをかきわけ、男の警官が突然現れたので、ホップは目を丸くしている。

 警官の方はサングラスをかけており、表情は読み取れない。ホップを頭の上から足元までじろじろと観察しているようだった。

「おまわりさん。オレが何か……」

『危ない、ホップ!』

 瞬間、嫌な予感が過ぎる。私はホップに体当りし、咄嗟に立ち位置をずらした。白銀が煌めき、地面に鋭利な金属が突き刺さる。ぎりぎりのところで私の身体をかすめるにとどまった。

「な、何なんだ? オレたち、怪しいものじゃないぞ!?」

 ホップは警官に猛抗議する。しかし、

『言っても意味がないです』

「なんでだ、サナ?」

『 あれが人間じゃないからです』

 警官は静かにこちらに向かってくる。その右手は先ほどから地面に突き刺さったままだ。

 私の言葉を聞き、目の前の警官の変形した白銀の色をした右手を見つめ、ホップも素早く理解した。

「逃げるぞ!」

 ホップは私の手を引き、ブラッシータウンに向かって走り始める。

 背後を警官が追いかけてくる。まるでアスリートのような綺麗なフォームで走ってくる。人間の走り方には癖があるものだが、この警官にはそれが無く、規則正しく、まるで機械のようだと思った。

 

 その両手がまるで尖ったアイスピックのようになり、それをホップ目掛けて突き刺そうと伸ばしてくる。

「……痛ッ!」

 身をよじり直撃はまぬがれたが、その切先はホップの脇腹をかすめる。衝撃でホップはバランスを崩し、地面に崩れ落ちた。

 私は倒れたホップの前に立ち、走り寄る警官に向き合った。

 私たちがもう逃げ切れないと判断したのか、警官はゆっくりと歩みを進めて来る。

 

 正面から、私はサイコキネシスを放つ。少しでも足止めになれば。

 サイコキネシスの衝撃を顔面で受け止め、警官の首はあらぬ方向に捻じれやながら、警官は吹き飛んだ。

 しかし、ゆっくりと立ち上がる。

 常人であれば首と胴がばらばらになっていそうなものを、ぐにゃぐにゃと動く水銀のような液体金属で繋がっていた。

「バケモノ……」

 ホップがふとこぼした。それ以外に形容のしようもない。

 その化け物はサイコキネシスの衝撃を受け、首と肩の間にできた断面から、銀の触手を生やし、私たちの方へ向き直った。

 思考が読めないことが、怖かった。

 サングラスをしているから表情を読めないのではない。エスパータイプの力をもってもそこに感情の一切も読み取ることができないのだ。

 まるで機械か何かなのかもしれない、そう思ったときだった。

 

【デデン、デンデデン! デデンデンデデン!】

「……何の音だ?」

 BGM(ターミネーターのテーマ)が流れたかと思うと、銃声が鳴り響いた。二発、三発、立て続けに無骨な音が辺りを支配する。

 警官の腹部にいくつも穴が空き、吹き飛んだ。身体に空いた穴と穴は繋がり、もはや腹部と呼べる部位は無くなっていた。地に伏した警官が首だけあげて振り返ると、その背後から、黒い革ジャンを着たオールバックの男が大型のバイクに乗り、現れた。

 サングラスをかけたこの男がどうやら、助けてくれたらしい。

「死にたくなければついて来い」

 抑揚のない声音だった。

「誰だよ、あんた……」

「私はT−800、任務は君を守ることだ」

 ホップに手をさしのべるが、有無を言わせぬ口調だった。

 しかしどうやら敵ではない。ゆっくりと再生していく警官と目の前の謎の男を見比べ、ホップはその手を取り、男についていくことに決めた。

 

 ※

 

「誰があんたを送り込んだんだ?」

 バイクに乗り、ひたすら走る。私を含めると、まさかの三人乗りだ。

 再生した警官は相変わらず後ろを追いかけてくる。

「――君だ。今いるこの時代を軸に考えると、この時代から80年後の君が、私をプログラムし直し、君を守るためにこの時代に送った」

「ややこしいな……オレのために未来のオレが、あんたをプログラム? ロボットか何かか?」

 男は、自らを“ 殺人アンドロイド(ターミネーター)”と称した。同様にあの警官もターミネーターであると説明した。

「未来ではそんなものができてるのか……しかし逃げるのか? ここでまいても、また追いかけて来ると思うぞ」

「奴は最新型のT-1000だ。私の性能では勝ち目はない」

 

 男が言うには、こうだ。

 あの警官姿のターミネーターは、従来型とは異なる、流体多結晶合金(液体金属)製のボディを持っており、また、ただの機械ではなく、古代のポケモン『メルメタル』の遺伝子構造が組み込まれている。

 その硬度は基本となる人型を構成する状態から完全な液状、あるいは刃物のような高い硬度を持つ固体状態まで変化することができる。その特性から、外部からの衝撃によりダメージを負ってもすぐに再生が可能で、従来のターミネーターからは考えられないほどの耐久力を持つに至っているのだという。

 このため、物理的な衝撃により破壊するのは事実上不可能とのことであり、現状どう考えても、勝てる要素が何一つ見当たらない。

 

「問題ない」

 しかし、男は冷静に断言した。

「私はヤツのようにポケモンの遺伝子が組み込まれているわけではなく、ただのターミネーターだが、バトルにおける私の役割はしっかり与えられている。私は役割を果たすのみだ」

 バイクの走行音に遮られながら何とか会話を続ける。

 男が言うことが正しければ、勝ち筋があるはずだが、それは何なのか。疑問を解決する間もなく、バイクはブラッシータウンを横切り、次の道路に出た。この先には、マグノリアの研究所がある。

「最短距離で分析すると、このルートしかなかった。湖を抜け、森を抜けた先にパワースポットがある。私にインプットされたマップデータでは、ワイルドエリアと銘打たれている」

 マグノリアの研究所を通り過ぎる瞬間、現状を伝えるべく、私はテレパシーの能力を特定の人物のみに行使した。ドクとマグノリアだ。

 私とホップは警官の姿をしたアンドロイドに追われており、それが通り過ぎるまで、息を潜めておいてほしいという内容だ。外に出れば、身に危険が及ぶ可能性があることもしっかりと伝えた。

 

 現代では孤児院(ホーム)となっているマグノリアの研究所を通過し、森を突き進むと視界が開け、岩壁が見えた。

「わ、わ……ぶつかるぞ!」

「問題ない」

 バイクを運転するT-800と名乗るターミネーターはブレーキではなく、アクセルをふかし、壁に向かって速度をあげた。

 ぶつかる――ことはなく、壁を突き抜け、私たちはワイルドエリアの北西部に出た。

「すごいぞ! オレたち山の中をワープしたぞ!?」

「あの岩壁の粒子は、一定の法則で突き抜けることができる。未来の君が教えてくれた」

 私もこのルートは知っていた。マスターと通った道だ。同時にこのバイクの目的地も理解した。

 ワイルドエリアを縦横無尽に走り、エンジンシティに突き当たるとバイクは進路を西に向け、見張り塔の跡地を超え、さらにその先の岩壁にぶつかるようにして抜けていく。

 目的地に到着し、男はバイクを停めた。

「いそげ、奴が来る」

 男はバイクを乗り捨て、私とホップを降ろす。

 どうやらこの時代、まだイーブイの隠れ里は無く、またマクロコスモスの研究していた魔晄炉(まこうろ)も開発されておらず、まだ手つかずのままのガラルの先人の遺跡がそこには佇んでいた。

 私は現代で、マッシュとこの場所に来たことがある。

 ここにはライフストリームと呼ばれる星のエネルギー……マグノリアがガラル粒子と名付けたものが他の場所よりも一際多く宿っている。

 

「ついて来い」

 警官姿の男は姿はまだ見えない。おそらくは岩壁を抜ける術を知らないため、迂回しているのだろうと思う。

 かなり距離は稼げているはずだ。私たちは少し息を整えながら、ゆっくりと遺跡の中に足を踏み入れていった。

 

――――――――――

【補足】T-800とは?

 T-800と名乗る男がこの世界のエンジンシティに出現したときは、片膝を立てるようなポーズでうずくまっていたと言う。なぜか全裸だった。

 その場に居合わせたゴロツキが男に絡むと、男は逆にこれを撃退しゴロツキから服とバイク、銃を奪った。

 現場を目撃した者の証言によると、男の口数は少なく、「お前の服と靴、バイクを渡せ」と機械的な口調で述べた後、ゴロツキの首を締め上げ片手で軽々と持ち上げており、まるでSF映画のようだったとのことである。

 また、登場するときには、【デデンデンテデン】と、やはり独特のBGMが流れていたとのことだった。

 なお、「T-800」は、ターミネーターの頭文字の『T 』と『Debon Systems Model 101 Series 800 Version 2.4』が正式な型番である。

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