バトルが終わると、私の身体は元の大きさへと戻った。目線がかなり下がったことで、周囲の状況を正しく理解できる。
T-800は落下の衝撃による損傷がかなり大きく、バチバチと関節から火花を散らしている。剥き出しになった人工皮膚の下のメタリックなボディは、火炎放射器を打った際に誤って焼いたのか、黒く焦げており、この時代この場所では手の施しようがないことは一目見てわかった。
「無茶しすぎだぞ……もう直せないのか?」
「わからない。だが、私は役割を果たした。そう思っていいのだろう」
わなわなと震えるホップの問いに対してではなく、ターミネーターの男は、タイムパラドックスの研究者へ語りかけた。
「もちろんだとも……私はスカイネットに繋がりそうな研究はするまい。隠居して、別の何かの道を歩むよ……」
ドクは倒れ込んでいるT-800の隣に近寄ると、声をかけた。聡明な彼は先を見越し、研究にかける自らの想いよりも未来を守る道を選んだ。
容易い選択ではない。妙なゴーグルのようなものを常に身につけているためわからないが、ドクは苦渋の表情をしているのだと思う。
「ミスター・オーキド。貴方ならば必ず、本当に進むべき道を見つけるはずだ。今、貴方とミス・マグノリアは、未来の形を目の当たりにしたはずだ。ダイマックスとは異なるキョダイマックスを。この研究を飛躍的に進められるのは貴方達しかいないだろう」
ドクは、「ありがとうよ」と短く礼を述べた。
否定しないあたり、オーキドは本名なのだろう。カントー地方のポケモン博士と同じ名字だった。どことなく雰囲気や声も、私の知るそれと似ているような気がする。
それを見届け、無機質な機械の表情はどことなく安らいだように見えた。
「……今から語るのは、未来からの贈り物だ。これからすべきことを教えよう。まずは隕石だ。ここ数日の流星は前触れに過ぎない。直ちにこの惑星の危機になることはない」
そう。微かな違和感はあったのだ。
あまりに時期が早すぎる。
「ホウエン地方の各所との連絡は今後も密に取れ。来たるべき将来、再び隕石がこの地に迫るが……必ずや隕石落下を防止することができるだろう」
私とマスターが出会ったロトムの取り憑いたアクア号で見た記事などをつなぎ合わせると、隕石落下はもう少し後の時代なのだ。
それも、今回の一件を契機に回避に向かうことができるという。
「それから、スカイネットによる進撃……すなわち、この世界線の“審判の日”は、今時点では回避されたと判断して良いだろう。しかしすべての世界線の話ではない。ここからつながる未来もまた、複数に枝分かれしていく。当然滅びる未来もその中にはあるはずだ。だが、それを限りなく減らすことは出来たと思う。願わくば私の居た時代にも良い影響が出ていると良いが」
「何だよそれ……そうならない可能性もあるってのか? だったら、あんたがここまでした理由ってどうなるんだよ……」
ホップは相変わらず震えている。滅びゆく目の前のターミネーターに、同調しているのだ。
「未来の優秀な君がそう仮定し、行動したからだ。信じるほかない」
その発言は、単なるプログラムではないことを意味していた。何となくそうは思っていたが、T-800は単なるAIではない。そこに心がある。
「そんなことってあるかよ……」
瀕死のターミネーターを見てホップは涙をこぼした。異なる世界、異なる時代とは言え、目の前の結果を招いたのはホップだ。やり場のない想いが溢れ出したのだろう。
それを見て、心優しきターミネーターは言う。
「人間がなぜ泣くのかがわかった。未来の君は“いつかわかる”と言ったが、真実だったんだな」
少し苦しそうだ。
「未来のチャンピオンの少女。君が持っている時空転移装置を渡してくれないか。筒状の金属のものだ」
「ブェ、フェアリーミラクルステッキのごど?」
そのとき、私はマスターが初めて泣いていることに気づいた。それもかなりひどい顔で。鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった感受性豊かな少女は、ひどい顔で問いかける。
「……そのような名称では無いが、恐らくはそれだ。君がここの世界に転移してきたときに使用した棒状の装置だ。未来のデボンコーポレーションが開発した試作品で、使用回数、使用環境に制限がある。使い方を知らなければ、単なる時空の乱れを僅かに観測できるだけの機械に過ぎない」
ターミネーターは渡されたステッキを手にし、満足気に頷く。
「残数、エネルギーもまだ問題ない。チャンピオン、君の手持ちの不自然なセレビィが居れば、“時間と空間を超えて”それぞれの世界へ帰ることができる」
T-800が言うには、このステッキと問題のセレビィがいれば、周囲の生物を元の世界線の、元の時代へ送り届けることができるのだという。何から何までお膳立てされているようだが、それはそのはず。未来のホップの立てた計画だから。
マスターとホップと私は、元いた世界の元いた時代へ、この時代のドクとマグノリアはこの場にとどまり、それぞれの場所へ向かうのだ。
まだ空気中に塵となって漂っているT-1000についてはこの廃墟のレイドの巣穴へ還り、世界の道理から外れた色セレビィは、現代の魔晄炉へ還すのだという。
そして、T-800は――
「君たちを元の世界へ送り届けた後、分岐した、元の未来へ飛ぶ。損壊した状態だが、帰還するまでが任務だ。その後、修理されるかもしれないが、されないかもしれない。最悪の場合であっても、メモリのみ抜いて、それをコンピュータに保管することになる。いずれにせよ、私の存在は無駄にはならない」
それから、と彼は言った。
「“時間”には修正力が備わっている。どこまで及ぶかわからないため、いくつか細工しておいた。私が未来からこちらへ来た時点で、私が使用してこの時代にやってきた時空転移装置はワイルドエリア北西のステーションに隠して設置しておいた」
少なくともそれにより、私たちがここへ来ることになった要因は作れている。
しかし、正直、時間と空間の話はよくわからないというのが本音で、またどう変遷するのかも不明瞭だ。
有名な話に『親殺しのパラドックス』がある。マグノリアの蔵著のなかで目にした記述だ。
「ある人が時間を遡って、血の繋がった父を母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というものである。その場合、タイムトラベルをしたその人自身が生まれてこないことになる。
では、時間を遡ったその人が消滅しているというのに、どうやって時間を遡ることができるというのか。結果、過去の世界には誰も行かず、やはり父と母となる人は子をもうける。そうなると、生まれた子が成長し、やはりタイムトラベルをして父を殺す……。このように堂々巡りになるという論理的パラドックスである。
この矛盾――すなわちパラドックスに理論付けるものとして、いくつかの説がある。
例えば、“時間”に修正力がかかり、父を殺そうとしても必ず失敗するという結果しか生み出せないという説。
あるいは、過去へのタイムトラベルは別の時間線を生み出すだけで、父を殺そうとしたタイムトラベラーが生まれた時間線はそのまま残っているという説。
要するにわからないのだ。
しかし、私にはわかったことがある。
『……貴方もポケモンですね? 貴方が放った“かえんほうしゃ”は、メルメタルをやけど状態にした』
やけどの効果で、メルメタルの攻撃力は著しく低下し、私は倒されることなく済んだのだ。
T-800は、確かにあのとき、自分のバトルにおける役割だと言っていた。
「私は次元の狭間で生まれた存在だ。存在することの許されなかったポケモン。私は古い時代のカントー地方で生まれ、思念体となってずっと、裏の世界を彷徨っていた……」
「裏の世界とは、シンオウ地方に伝わる“やぶれた世界”のこと?」
マグノリアはそのワードを発する。
そこには、冥界の番人と呼ばれる恐ろしい神が住んでいると言われているらしい。T-800との関係性はわからないが、私はもうひとつ、“カントー”というワードを聞いて、もしかして、と思いついたことを口にしてみる。
『カントー地方で、マグノリア博士に、隕石のリングを渡した人というのは……』
「私だ。正確には、未来のホップから、そこのチャンピオンへの長い長い旅路の果ての贈り物だ。未来のホップは直接その人に渡すことが叶わなかったので、いつかの、どこかの貴方に渡すことにしたのだ」
どこかの回路が焼け切れて少し音声を発しにくそうにしていたが、心優しきターミネーターは、その全てを伝えようとしてくれていた。
「未来のホップによると、直接渡すのではなく、いくつかの時間軸において、そのリングはそうやって、おさまるべき主の指へと渡っていくと考えていた。その通りだった。“時間”に不確定な要因による影響を与えたくなかったため、渡すまでの道筋は守らなければならなかったため、かなり遠回りにはなったが……この時代より過去のミス・マグノリアへ届け、この時代のマグノリアを経て、ここから少し未来のマグノリアから、貴方に渡った。全ては必要なプロセスだった」
初めて気がついた、という風にマグノリアは驚いた表情を見せる。
「でも、貴方の外見がお月見山で会った人とは少し違うような……」
「この時代に影響しないよう、外見となるボディを変えていた。なるべく目立たない地味なものにな」
そうか、と妙に納得する。
T-800のいた未来に、マスターは何らかの要因で居ないのだ。考えたくもないが、その未来のマスターはもう――。
このT-800のいた未来は、世界を救うトレーナーが現れなかった世界線だ。高速船アクア号の中で、そういう世界もあったと学んだことを、私はすっかり忘れていた。
「そろそろにしないか……すまないが、この身には時間がもう無さそうだ。……セレビィを頼む」
T-800に言われて、マスターは慌ててマスターボールからセレビィを繰り出す。
違いのセレビィはマスターの指示に従い、時渡りのため、目の前の巨大なレイドの巣穴から、エネルギーを集め始めた。
同時に、周囲に漂っていた粉塵――メルメタルだったものが、巨大な巣穴へと吸い込まれ、この星へと還っていくのが見えた。
いよいよ、私たちの番だ。
「ホップ!」
マグノリアが思わず叫ぶが、その続きはすぐには出てこなかった。
お別れなのだ。短い間とは言え、世界を救うという共同作業を私たちはやってのけたのだ。そこには、確かな信頼関係があった。
「……私は、“未来”に影響を与えないように、あなたたちとこれから先どこかで出会っても、きっと初めて会ったような顔をすると思う。知っているくせに知らないふりをたくさんすると思う。その時の私は何歳になっているかはわからないわ。だけど……」
涙で言葉は続かなかった。ドクも横で頷いていた。
ホップはそんな二人に微笑んだ。
「未来で待っている」
「うん。すぐ行く。走って行く!!」
瞬間、あたりはまばゆい光に包まれ、私たちは世界の境界線を超えた。
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【補足】「次元の狭間」とは?
勘違いで話は進んでいたが、T-800のベースとなったポケモンは、『やぶれた世界』のギラティナではない。そもそも、彼の言う『次元の狭間』とは、シンオウ伝説のそれとは異なる、古のカントー地方の都市伝説のひとつである。
古のカントー地方はまだ、法整備が整っておらず、数々の違法行為が漫然と行われていた。
そのなかに、いわゆる“バグ技”と呼ばれる技術があり、怪しい機械やクスリを使うことで、擬似的に幻のポケモンのミュウを呼び出したり、ステータスを999にしたり、レベルを100にする、ありえない技を覚えさせるなどの不法行為が横行していた。
これらによって生み出された結果は、その世界の道理から外れており、存在そのものに不都合を来すことが多かった。違法ミュウを所持したポケモントレーナーが突然死したり、ありえない技を手持ち全てに教えた結果、本来必要である秘伝技(※現在は存在しない)を消してしまい、発電所から抜け出せなくなり一生をそこで過ごさなければならなくなったり、様々な不具合を生じさせた。
中でも、ポケモンを強引に変異させようとすると、稀に現れたのが『けつばん』と呼ばれる存在である。T-800の前身となるポケモンはこの亜種である『アネ゙デパミ゙』である。もっとも、これをポケモンと分類するべきかどうかということには議論がある。
他にも様々な亜種がおり、これらの存在は目に見えるその世界ではなく、別の世界すなわち次元の狭間から来たものだと言われていた。
また、噂によると、当時カントーで猛威をふるっていたロケット団の首領サカキもこの技術に目をつけており、研究を重ね、その完成度を高めようとしていたという。
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