伝説の剣の伝説
波に揺られる感覚に包まれながら、私は誰かの声で起こされる。目を開くと太陽の眩しさに視界がぼやける。ぼやけた視界に入ってきたのは麦わら帽子。
「なあ、おまえ、大丈夫か?」
はっきり覚醒し、私は自身の状況を確認しようと周囲を見渡す。
青空の下、船の上だ。黒い髑髏の描かれた海賊旗を掲げているところから、海賊船だろう。目の前の麦わら帽子の男、そして、海には場違いな黒いスーツを着込んだ金髪の男。あとは剣士だろうか、何故か三本の剣を脇差にした男が甲板に胡座をかいている。
『ここは……』
「ああ。ここは、俺の船の上だ。お前は海に浮いてた。一体なんであんなとこに浮いてたんだ?」
麦わら帽子の男に尋ねられ、記憶を辿る。
そうだ。カンムリ雪原を出た私は、サイコキネシスの応用で身体を浮かせ、行く宛てもなくひたすら海の上を飛んだ。時に小島で休憩しながら、何日にも亘り無目的に飛んだため、エネルギーが切れて海に落ち、虚無感の中、死を受け入れたはずなのだ。
「ま、何にせよ。助かって良かったじゃないか。ルヒィ」
「そうだな、ヨンジ」
ふたりの会話の中で名前が出たため思い出した。この二人とはバウタウンの近海で出会っている。
「麗しいお嬢様。俺のことを覚えてますか?」
「あ、なんだ。ヨンジ、知り合いか?」
「馬鹿野郎、このゴリ人間め! 頭の中まで筋肉になっちまったか? ほら思い出せ、ルヒィも会っただろ。ナミさんとルリナさんの知り合いのガラルチャンプ――前ガラル王の手持ちポケモンのサナさんだろ」
ルリナ、ナミ・ノエル。二人の顔と同時に幽霊船騒動の一件を思い出す。あの頃は、今のような未来になるなど夢にも思ってもいなかった。あの幽霊船は、平行世界を巡る一連の始まりに過ぎなかったのだと、今となっては分かる。
「おお、そうか! 思い出したぞ!! ひっさしぶりだなーっ。元気してたか?」
「ルヒィ、失礼だぞ。こんな美人を忘れるとは!!」
ルヒィの間延びした声に、突っ込むヨンジ。
「はっ。くそコック。おまえ、女なら人間でもポケモンでもいいのかよ」
そこに三本刀の男も加わる。
「ソロのくせにうるせーな! レディに種族の壁なんてねぇんだよ、シンオウ神話にもあったろ? 人間とポケモンは同じだった、ってな」
ヨンジの言葉に一瞬おどろいた顔を見せたルヒィだが、ふっと口元を緩める、
「ゴリ人間の俺には知ったこっちゃねぇよ。しかし、そのガラルチャンプのポケモンが何でまたこんな海の上に浮いてやがんだ?」
ルヒィの質問に、私は目を逸らした。この底抜けに明るい雰囲気が今はやけに胸に突き刺さる。いっそ、放っておいてほしい。
「わけありだな。まあ、このご時世だ。わからないでもない。死のうとしてたのか?」
ソロは帆を張ったマストの支柱に背を預け腕を組んでいる。心身共に洗練された往年の剣士の覇気が漲っているのが分かった。
「死ぬならおまえ、仲間になれ」
どん! ルヒィが叫ぶ。
この一味と話していると、台詞の後に無意味に効果音が入るのを思い出した。
「おまえ、誰でも彼でも仲間にすんなよ……」
ソロは呆れながら、しかししっかりと私の目を捉えて言った。
「だが、それもありかもしれねぇ。仲間は多いに越したことはねえ。今から俺たちが相手にするのはガラル政府だ」
もう生きることもどうでも良くなっていたが、死ぬ勇気さえ持てない私は悪の道に染まるのもいいだろう、と漠然とそのようなことを思っていた。
「この国をぶっ壊す」
どん! ソロは宣言する。
何故かは分からないが、このズッコケ三人組は、ガラル国を相手に立ち向かうとしている。国家反逆罪、大罪だ。
悪党でも良い。どうせ私はいつか消える命。テロリストとして騒動を起こせば、抗争の中で死ぬかもしれないし、捕まって処刑されるかもしれない。どちらにしても好都合だ。
『……わかりました、仲間になります』
「そうこなくっちゃな!」
そう言ってルヒィは両手をあげ、万歳のポーズをした。
『でも、なぜこの国を?』
どうでも良い虚無感の中、ちょっとした興味が沸き、まだそんな感情も残っていたのかと自分でも驚く。
「ガラル王が変わったことは知ってるだろ。新王のやり方にはついていけねぇ者も多く居る。だが俺は単純にあいつが気に食わねえ」
どん! ルヒィには世界に掲げるような主義思想も何も無かった。ただ個人的な感情で動いている。
『気に食わないって……』
「そいつは俺が説明しますよ、サナさん!!」
セリフを取られ、ルヒィが白目をむき、口を顎が落ちそうなくらい開いていた。それを無視し、コックのヨンジは続ける。
「新王バドレックスは、絶対王政を敷き、正義こそ新世界に必要と説いてるんすよ。少しの悪も許さず、それが故意だろうと過失だろうと、そこに至る過程、起こった結果の両方ともで悪を判断する……俺たちみたいなはみ出しものは、生まれた時から悪なんだって決めつけられちまった……ぜってぇに許せねぇ!」
声音に怒気が滲む。コックのヨンジはタバコに火をつけ、海の彼方の大陸を睨みつける。
「俺は、あいつが最強の剣士を名乗るのが許せん」
ヨンジに続いて、ソロが口を開く。またもやセリフを奪われる形になり、ルヒィがショックを受けている。
「あの馬鹿王に言わせりゃ、ソニア博士によって提唱された新説すら紛い物で、嘘の歴史を流布した罰で博士は投獄されたらしいぜ。バドレックスこそが最強にして真実の王なんだってよ。ガラル国に古の昔、ブラックナイトが起きた時に、全てを切り裂く剣を右手に、全てを守り抜く盾を左手に、果敢に挑んだのはバドレックスなんだとよ。嘘っぱちだぜ」
『なぜ嘘だと?』
尋ねると、ソロは額をおさえて大笑いした。
「あたりまえだろ。何でも切れる最強の剣があって。何でも守れる最強の盾があったら、その剣と盾がぶつかったらどうなるんだよ。矛盾してるだろ」
伝承にいちゃもんをつけ、不敵な笑みを浮かべる。
「それに、俺は最強と謳われる伝説の剣をいくつか知ってるが、どれもこの世界のもんじゃねぇ。エクスカリバー、ラグナロク、斬鉄剣、マスターソード、ロトの剣。単なるおとぎ話の可能性も高いが、少なくとも俺たちのいるこの世界にゃそんな強ぇ剣は存在してないぜ」
『ロト……?』
知らない固有名詞がいくつも並び、かろうじて拾えたそれを反復する。
「おお、それだ。中でも最も信憑性のあるのは、ロトの剣だ。その存在は、過去に異世界に迷い込んだっていうマサラタウンの男の手記にそれが登場しているし何よりその柄にあしらわれた紋章は、ナックルシティの古城の外観によく似てる」
ソロは剣士というだけあり、やたらと剣に詳しく、ロトの剣は特にお気に入りのようで、その逸話をペラペラと語ってくれた。
私ももしかしたら、そのロトの剣だけは実在しているのではないかと思う。時の最果ての老人が杖がわりにしていま剣の柄のレリーフが、そんな形だったから。
「ソロ、長ぇよ。サナが参っちまってる」
ようやく自分の番が来たルヒィは胸を張った。
「俺は海賊王になる男だ。ガラルの航海が禁じられる意味がわかんねぇ。それが許せねえのが理由の一つ目だ」
ルヒィが説明してくれた内容によると、バウタウンの船舶も全て船出を禁止され、外界との行き来を禁じられているらしい。飛行機も同様であるらしい。海外との一切の交流を禁じようとしているのだろうか。
「海の上は自由なんだ。だれだって、自由を奪うことは許されねえ。これは、俺のアニキも言ってたことだ」
『ルヒィのお兄さん……?』
「ああ。前に言ったかもしれねぇけどよ、俺には生き別れのアニキがいるんだ。最後に会ったのは、バウの海だ。近海の主のサメハダーに俺が襲われ死にかけた時に、アニキは俺を助けてくれて、それから俺に麦わら帽子をくれたんだ」
その、まるでアニメの名シーンのような光景を、ルヒィは身振り手振りを交えて語った。
――この帽子をお前に預ける。
――おれの大切な帽子だ。
――いつかきっと返しに来い。
――立派な海賊になってな。
その流れは何故か私もよく知るアニメのそれと同じだったが、ルヒィはノリノリで話していたので、とりあえず放っておくことにした。
『強いお兄さんなんですね』
「強ぇぞ。まるで、一時期ランクマッチバトルで猛威を奮っていた環境の王者エースバーンみてぇにさ!」
『エース……?』
「最近、友だちの怪盗の、カイトってヤツなんだけどよ。そいつ経由で偶然どこにいるか分かっちまったんだけどよ、なんでかエースバーンのコスプレしてるみてぇなんだ。まあ、エースバーンと言えばあのキックが有名だろ。昔からアニキは足技だけは凄かったからな、それで真似してるのかもしんねぇな!」
ルヒィは嬉々としてエースバーンのコスプレをする男のことを語った。
「ルヒィと俺は幼馴染なんだが、俺に蹴り技を教えてくれたのもマッシュのアニキなんだ。マッシュのアニキは、悪魔的に蹴りが強くてな。魔蹴のマッシュって怖れられてたな」
ヨンジの言葉で、私のよく知るマッシュであることを確信した。
「そこのソロも、ヨンジも俺も。みんな、親がいねぇんだ。マッシュのアニキも同じで、みんな家族みてぇに過ごしてたんだ。まったく何もわかんねぇ俺たちにマッシュのアニキは生きる術を、自由のすばらしさを教えてくれたんだ」
マッシュの不器用なところ、孤児院を気にかけるのは、そういった生い立ちがあったからなのか。ただ、ブラックナイト騒動のときの事件だけが原因ではなかったのだ。
「だけどよ」
ルヒィは本筋に話を戻す。
「マッシュのアニキが捕まったらしい。正規のルートを通さないポケモンの違法販売だと……。おかしくねぇか。色々と調べてみると、ガラル政府はわかってて、今までそれを見逃してきたらしいじゃねえか。今更なんだ? 俺は絶対に許さねえ」
ルヒィの瞳に怒りの炎が揺らぐ。
「確かに俺たちはアウトローだ。だが信念を持って生きてきた。自由が許されないくらいなら、こんな国ぶっ潰してやる!」
かなり身勝手で過激な発言をかまし、ルヒィは鼻息を荒くしていた。それほどまでにマッシュのことを慕っているのだとよく理解した。
「サナ、さっきから平静な様子だな」
ソロが私の様子を見て怪訝そうな顔をする。
『何がですか?』
尋ねると、ソロはため息を大きくついた。
「恐らく、その様子じゃ知らねえみてぇだな。お前の主人も、今は囚われの身だ」
ソロの言葉で全身が冷たくなる感覚があった。
『マスターが……?』
「ああ。暴君バドレックスのせいだ。あいつが王座につくことになった際に、前ガラル王は不正に王座についたと糾弾し、逮捕したんだ」
マスターほどの実力があれば、何らかやり過ごすことは出来たはずだ。しかし、マスターは逃げようとしなかったという。そもそも雪原の公務から戻って以来、無気力だったとニュースでも報じられていたとのことだった。
私と同じだ。
私は自らの存在を否定されたような気がして虚無感に陥っていた。
マスターは、私から離れたせいでそこまで追い詰められていたとは。私のせいでマスターは――
「だからサナ。俺の仲間になれ。今だけでいい。いっしょに、大切な人を助けようぜ」
ルヒィはそう言うと、二カッと笑った。
差し伸べられた手。
いつ、私は消えてしまうのか。造られた存在のように溶けて無くなってしまうのか。それはわからない。
しかし、願わくば、今がまだその時ではないことを。まだ私にはやるべき事があった。必ず成し得なければならない事が。
――マスターを救う。
私はもう誰の手も取らないと思っていた。
しかし今、私は強い決意と共に、差し伸べられた手を握り返した。
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【補足】最強と謳われる伝説の剣とは?
エクスカリバー、ラグナロク、斬鉄剣、マスターソード、ロトの剣……今回、固有の名詞が出て来たが、数多ある世界にはまだまだ最強の名を冠する剣は存在すると言われている。これら伝説の剣のうち、本作の世界線で存在が観測されていたものは斬鉄剣とロトの剣である。
斬鉄剣については、怪盗カイトのマブダチの自称・居合の達人が所有していると主張していたが、本物の斬鉄剣は「どんな硬い物であろうと斬ることの出来る刀であるが、こんにゃくは切れない」という逸話があり、試したところ、あっさりとこんにゃくを切れてしまったため、偽物であったことが判明した。
ロトの剣に関しても、マサラタウンの男性が手にしたことがあるという噂があったり、実物を見たという目撃情報があるが、よく似た粗悪な類似品に「トロの剣」というものがあり、そちらである可能性も否定できないでいる。
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