ポケどま!   作:よすぃ

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主を護る騎士と漆黒の夜

 ワイルドエリア西部を縦に走るガラル鉄道の線路を超えたゴツゴツとした岩肌の目立つ海岸に、私とダンデ、そしてコウタローは、ベレー帽を被った軍人スタイルのサオリに起立を命じられていた。少し前まで異世界で行動を共にしていた華奢なサオリとは全く面構えが違う。逞しく成長したものだ。

 海原には遠ざかる黒い髑髏の帆を掲げた海賊船の船影が見える。あまりにも悪目立ちする風体ではあるが、彼らの信念であるらしく、それを隠そうとはしない。

 

「ルヒィと言ったか。ヤツら麦わらの一味、海の荒くれどもは陽動役をかって出てくれた。タイミングを合わせて、表で存分に暴れてもらおう。その隙に我々は内側から崩すことになる。危険な作戦だ」

 

 ムチを手にした上官モードのサオリは、私たちを舐め回すように見下ろす。

 

「なぜ俺まで立たされてるんだ……」

 制服姿のコウタローが口にした瞬間、ムチが飛んだ。

「黙れ国家の犬め! 命懸けの作戦だ、貴様も一心同体だと思え!」

 

 コウタローは何か言いたそうな顔をしていたが、口をつぐんだ。サングラスの下の表情は読み取りにくいが、その心中は複雑なものだと

思う。

 コウタローはマッシュの親友であり、マスターとも旧知の仲である。一方で、コウタローの親はガラル警察の一員であり、その志を継ぐコウタローもまた、緩そうな性格ながら、揺るぎない信念で公務をこなしてきたはずなのだ。

 

 上陸作戦のため、サオリはガラル警察のコウタローに協力を得るべくアプローチした。

 正義の二文字を掲げるガラル警察と、マッシュとの友情の二文字を前に悩み抜いた末、コウタローは決意を固め、海賊であるルヒィに秘密裏に接触したという。間に怪盗のカイトも挟んでいるらしいが、カイトは今この場には居ない。

 ルヒィから、サオリ、ダンデ、コウタローへ。点と点が繋がり、私たちはそれぞれの決意のもと、ここに立っている。

 

孤児院(ホーム)は、完璧なガラル国家には不要との理由で撤退を命じられた。子どもたちが路頭に迷わない為にと、孤児院(ホーム)が立ち退かない条件として、あのエースバーン男はその身を国家に差し出したのだ。あのアウトローが、ワイルドエリアの片隅にある、ちっぽけな施設の為にだぞ。……にも関わらず、ヤツらは約束を反故にし、孤児院(ホーム)を破壊した。この暴虐な振る舞いが許されて良いのか!? 否、断じて許せん!!」

 

 私の知らぬところで、世界は動いていた。孤児院(ホーム)は解体され、子供たちは行き場を失い、今はイーブイ達と共に隠れ里に居ると言う。あの健気な子どもたちは、住み慣れた家を追われたのだ。

 レオン、ニット、ナギサ、メイちゃん……子どもたちの顔が思い浮かぶ。だからこそ、私もサオリ同様にガラル政府を、暴君バドレックスを許せない。

 

「オレも許せないぞ……こんなことが許されてたまるか」

 

 リーグ委員長を務めていたダンデもこの場に居た。話を聞くと、逮捕こそされなかったものの、委員長を解任されリーグを追われたのだと言う。

 現ガラル王のバドレックスに不信感もあったところ、孤児院(ホーム)の解体の場に偶然居合わせ、またソニアまで禁書発行の罪で投獄されたと聞き、怒りの炎を燃やし、今この場に共に立っている。

 

「ソニアは言論の自由のもと著書を発行したんだ。ガラル国憲法21条の表現の自由だ。世間もそれを受け入れていたはずなのに、それを後から何だ!! チャンピオンの座を退こうとも、オレの中の百獣の王の魂が許すなと叫んでいる。天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 悪を倒せと轟く声が――」

 

「うるさい!」

 

 感極まったダンデが何事か叫ぼうとしたところで、サオリが鉄拳をその顔面にぶつけ黙らせる。

 

「いいか貴様ら。死にたくなければ疑うことだ。何事も、そして何人も信用するな。時には己の存在さえ疑え。重要なのは、仮説と検証だ。自分の凝り固まった主観で仮説を立て、それが正しいか検証することで事実へ繋げていく。真実なんて、どうでもいい。事実を見ろ。真実は一つ? 馬鹿を言え、一つなのは客観的に観測できる事実のみだ」

 

 サオリはさながら軍の上官だ。不可能を可能にする女と呼ばれるだけあり、その圧は凄まじい。頭部のベレー帽が堂々と輝いていた。

 よく見ると年季の入った、古びたベレー帽であるが、それが私が異世界のサオリに託したものとよく似ていることに気づく。

 

「そこのサーナイト。これから戦場に往くというのに、随分余裕だな。戦場フィールドではアイテム無しのタイマンが基本? そんな幻想はキューブ時代のスマブラと共に捨ててしまえ。いいか? これは作戦ではなく実戦だ。死ねばそれまで。骨を拾う余裕すらない!」

 

 サオリは私の前に立ち、上から下へと見下ろした。その鍛え抜かれた身体は、元々の恵まれた身長を活かし、相手を威圧してもなお余る。

 彼女の被るベレー帽は私が直接渡したものでは無いのだろうが、世界の因果律の中で、誰かが似たように今のサオリに託したのだろうと思う。世界には修正力があると、平行世界に詳しいドクが過去に言っていたように記憶している。

 当のドクであるが解体された孤児院の地下深くは無事であり、そこに今も隠れ住んでいるらしい。研究を続けるために動く気は無さそうなのが、彼らしいところだと思う。

 

「脱獄不可能な収容所だ。外からの侵入や捜査は限りなく不可能に近い。敵も、自身の拠点を明かしたということは相当に自信があると見える。この作戦の成功率は、普通に考えればゼロだ。だが貴様らは運が良い。いくつかの勝機に恵まれた」

 

 背筋を伸ばしながら、私とダンデ、コウタローは話をただただ聞く。「気をつけ」の姿勢をちょっとでも崩すとムチが飛んでくることになっている。既にダンデは通算10回は打たれていた。

 

「ひとつは、海賊船(ルヒィたち)が味方していることだ。ひとまず注意を別に逸らすことができていると思っていいだろう……」

 

「そうなると、まずいな。せっかく注意をそらしても、仮にもチャンピオンだったオレだと目立ってしまうな……やはり、オレも隠れておくべきか?」

 

 気をつけをしたまま、ダンデが口を挟む。サオリが歩みを止め、ダンデに向かい合う。まるで“ぜったいれいど”のように冷たい目線だ。ロックオンされれば、その視線だけで死ぬかもしれない、そんなことさえ感じさせるほど、サオリは威圧感に満ちていた。

 

「確かに貴様は、元チャンピオンの、元リーグ委員長だ。しかし貴様の天然さは筋金入りだ。ヌオーの特性すら超えたと言っても良い、自信を持っていい。敵は貴様を馬鹿だと考えている。もし来るとすれば正攻法でしか来られないと思い込んでいる――だが!」

 

 ムチでサオリは地面を打つ。

 

「幸運なことに貴様らには私がついている。私の情報網にかかれば、調べられぬものなどない 。現地には変装の達人、怪盗カイトを始め、私の息のかかった密偵が何名か潜伏している」

 

 ガラル収容所は、ガラル地方に唯一の収容所で、小さな島一つが囚人を閉じ込める仕組みになっている。

 そのため、軽犯罪を侵した者から、それこそ殺人のような凶悪犯までが一同に集められいるため、一般人はまず近づかない。孤島という立地もあり、迷い込む者さえおらず、島に居るのは、囚人か警官かのどちらかだ。

 

 だからこそ、中の様子は警察関係者以外には全くわからなかった。

 ガラル鉄道強奪事件があっても、セキュリティ保持のためマスコミは入れず、外部から騒ぎ立てるしかできなかった。中身は結局のところ、トップシークレットなのだ。

 

「すごいぞ! 不可侵と言われたガラル収容所(アルカトラズ)の情報を掴んでいるとは!」

 

 ダンデはガッツポーズし、すぐにムチで打たれ、痛みに悲鳴をあげた。

 

「中の状況がわかるからこそ、だ。ガラル警察は、ほぼ奴らの手に落ちている。そして、一般人は近寄ることはなく、面会も禁止されている場所だ。容易には入れない」

 

「絶望的じゃないか……!」

 

「だが安心しろ。先ほども述べたが貴様らには幸運なことにこの私がついている。私には戦場で鍛えぬいた技術と知識がある」

 

 ダンデが目を輝かせている。コウタローはその横で既に作戦を把握しているのか冷静な様子だった。

 

「変装するのだ、貴様らは。私は囚人に扮する。そして、元リーグ委員長。貴様は、そのままの顔で、レインボーロケット団の制服だけ着ろ。ガラル国は今レインボーロケット団と癒着しており、そのアジトはガラル収容所(アルカトラズ)だ」

 

「どういうことだ?」

 

 ダンデは訝しがるが、私は、なるほどと感心した。

 別世界のダンデがレインボーロケット団の一員なのだ。敵が私たちを欺こうとしたことの逆をやる。シンプルだが、統率の取れていない組織であればすぐ騙されると思う。

 

『ダンデさんは敵組織にも居る……、それを逆手に取るんですね』

「うむ。小娘(サーナイト)は気づいたようだな。褒めてやる」

 

 ダンデは心の底から感心したように、「すごいぞ! 敵の内情をよくわかってるんだな!」とガッツポーズし、また、ムチで打たれていた。

 

「私は逮捕されたフリをする。そこの“レインボーロケット団”のダンデが、“ガラル警察”の警官と共に収容所のある島に向かうんだ。そして、それと同じタイミングで、海賊船が暴れる……」

 

 なるほど、と思った。陽動作戦と言っていたのはこの事だったのだ。

 

「……だが、サナ。貴様は目立つ。今や世界で最も有名なサーナイトと言って良い、顔が割れすぎている。そこでだ。貴様にはしっかり変装してもらう。まずは、その青色をどうにかしてもらおう」

 

 確かに、色違いの私は、青がよく目立つ。せめて緑ならば少しは話が変わったかもしれない。色の違いを改めて呪った。

 しかし何より、マスターがガラル王に赴任するきっかけになった演説だ。あれで完全に、元ガラル王の手持ちは青いサーナイトというイメージを多くの人に植え付けてしまっている。

 

「貴様はダークポケモンに扮してもらう……全身、黒塗りだ。その上で、心を失い、悪の手先となったふりをしてもらう。まずは、その青色を私の迷彩用の塗料で濡らしてもらおう」

 

『……え?』 

 

 声を上げる間もなく、私はサオリに組伏せられ、全身に黒い塗料を塗りたくられる。ダークポケモンとは色とかそういう問題じゃなくて、もっとこう……上手く説明する自信はないが、とにかく、私の記憶にあるダークポケモンと何かちょっと違う気がする。

 

「よし完璧だ、後は決め台詞だな。例えばそうだな、“月夜ばかりと思うな――漆黒の夜に抱かれ、永遠の眠りにつくが良い”。言ってみろ」

 

 塗料の入っていたスプレー缶を投げ捨て、サオリは言う。

 

『え……?』

「言え」

『つ、月夜ばかりと思うな……?』

 恥ずかしすぎる。何だろう、この歯がゆい台詞は。

「恥じらいを捨てろ! もっと冷酷に、心を失ったかのように言え!」

 ムチが飛んでくる。正直痛い。

 私は自分を殺すことにした。そうしないと恥ずかしさに耐えられないから。

『――月夜ばかりと思うな。漆黒の夜に抱かれ、永遠の眠りにつくが良い』

「まあまあだな。これからはそのキャラでいくように。主を守る騎士《サー・ナイト》としての貴様は今日この場をもって死んだ。今より、漆黒の夜《ブラック・ナイト》として生きるがいい」

 有無を言わさぬ口調に、私は無言で頷くしかなかった。

 私は、心を失ったのだと、このとき改めて実感したのだった。

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