私たちは波に揺られていた。
今や航海は禁じられ、私たちの乗る小型の移送船しかこの海に出ておらず、ひっそりと孤島を目指す。
「あれが目的地か?」
サオリが、舟を操るコウタローに尋ねる。
「そうだな、コードネーム“伝説の傭兵”。あれが、ガラル収容所、俗に言う“
何かの映画で出てきた刑務所の名称であるアルカトラズが、警察関係者の間では通称として定着しているらしい。
「ただの監獄だ、脱走者がいなけりゃ退屈な。中では、囚人共がこぞって自分のほうが立場が上だと競い合い、お互いにマウントを取り合っている。しかし本当に凶悪な連中はA級エリア……監獄の遥か奥に閉じ込められているから、それ以外は気楽なガキの遊びみたいなものだ」
いつものイヤホンをずらし、コウタローは話題を変えた。
監獄はF級からA級までのエリアが公式に存在しており、その更に奥にS級エリアがあるという。そこには国家に仇なす凶悪な政治犯などが投獄されているらしい。
「バドレックスが戴冠してからというもの、不自然なことがよく起こるようになった」
「不自然なことだって?」
コウタローの言葉に興味を持ったのは、レインボーロケット団の制服のレプリカに袖を通したダンデだ。すっかりロケット団のしたっぱと化している。
サオリの発案である“形から入る作戦”だ。そこから既に潜入は始まっているのだ。
「多すぎて何とも言えないが、そうだな、最近は夜が続いているな。日が昇らない日が多い」
「
コウタローの話にサオリは短く答えた。
私の知識の中にも“
「そのとおりだ、コードネーム“伝説の傭兵”。何者かが、世界の理を歪めている、そんな印象を受ける。
「どういうことだ?」
ダンデは首を傾げた。
「自分で言うのも何だが、俺は狙った色違いポケモンを見つけ出す才能がある。すごく時間がかかるが、才能と根気があれば不可能じゃない。だがそれはすごく直感的なもので、確かな技術があるわけじゃないんだ。しかし、世の中にはそれを意図的に見つけ出す術がある」
ある、とコウタローは言い切った。
「あるいは発展した科学があればそれも可能だろう。マクロコスモス社の研究でもあっただろ?」
「ああ、あれか。マクロコスモス・コンピュータ……略して、マクロコンだな」
ダンデはすぐにそれに思い当たった。
「それにしたって試行錯誤に無限とも言える時間が必要になる……だが、それを容易く行う連中がこのアルカトラズに潜んでいる」
「どういうことだ?」
「ここは秘密研究所だ、レインボーロケット団のな。その事を調べているうちに、不自然な夜……極夜っていうのか? それが続くようになり、俺は気づいたことがある」
「何だ?」
「すまない、上手く説明できない」
コウタローは唇を噛み締めた。サオリも何かを察し、口をつぐんだ。
コウタローは警官の父を持つ。実質、人質を取られているに等しいとも言える。今してくれている協力でさえ、ぎりぎりの譲歩だ。
「悔しいが俺たちは言いなりだ、運命には抗えない。しかし、抗わない範囲でもできることを見つけた。コードネーム“管理人”が居て、コードネーム“怪盗”と出会い、コードネーム“聖母”と出会い、たくさんの仲間と出会ったからこそ、見つけられた奇跡だ。今は言えない、だからこそお前たちに託したい。希望を、そして、未来を」
コウタローの言うことはよくわからなかった。
「意味がわからないだろう。しかし、コードネーム“
コードネーム“
私は、ただのサーナイトがいいのに。
言われたとおり、コウタローの脳裏をテレパスで読み取ろうとしたが、不思議と読み取ることができなかった。より強力なサイコメトリーを掛けようとしてみたが、それも上手くいかいない。何かの意思が間に関与しているかのようだった。
コウタローは分かっただろう、というような顔をし、「着いたぞ」と、エンジンを止めた。
船が島へと着いた。小さな島だが、ガラル地図にもちゃんと描かれている。
コウタローはその桟橋で私たちを見送る。
「俺はここまでだ。これ以上は協力できない。俺は意図せず、こちら側に組み込まれてしまった人間で、敵対する側に位置してしまっている。……だが、不思議だ。今こうして、俺がこの場に居てこうやって行動を共にしていること自体が……何だろう、イレギュラーな感覚がある。比喩するなら、ボタンを一つかけ違えているような気分だ」
運命は繰り返す。どの世界に行っても、ほぼ似たような道筋を辿るという。だが、ボタンのかけ違い。その一つで大きく世界が変わることもある。
バタフリーエフェクト。遠い場所のバタフリーの羽ばたきが与える空気上の小さな振動が、少しずつ大きな波紋となって広がっていく。
ブラッシータウンのはずれの小川でソニアと話したことを思い出す。
「今まで、遠い夢の中で、いくつも失敗してきた気がするんだ。その度に大切なものを傷つけ、失ったような気がする。だが今は違う。今いるこの世界は、そんな失敗の上に成り立っている……そんな気がするんだ」
コウタローはいくつもの世界を経験してきたかのように言う。確信が無さそうに言うあたり、実体験に基づいて言っているわけではないのだと思う。
そういえば、と思い浮かんだのはカイトの別世界のことだ。カイトは、信じる友に裏切られ、殺されかけたと言っていた。あれは、もしかしたら、コウタローのことだったのかもしれないと思い当たる。
「なあ、コードネーム“
そして、踵を返す。
コウタローの背中は哀愁に満ちていた。彼はワイルドエリアでマッシュとふざけ合ったりしていたが、あれ自体が数多ある世界の中ではレアケースだったのだ。元来、悪の側に居た彼をこちら側へ連れて来たのは他ならぬ親友のマッシュなのだろう。そんな風に感じた。
コウタローの船が離れるのを確認すると、サオリは口を開いた。
「――今より
「空を飛ぶとバレてしまうぞ? 良いのか?」
私が気にかかった点はそこではなく、サオリの帰還方法の「泳いで帰る」であったが、ダンデはあまりそこは気にしておらず、空を飛ぶことで敵に見つかることを懸念していた。
「帰る頃には恐らく派手にやらかしていることだろう。今更バレようが知ったことではない。それに、各々が時間を合わせる余裕もない。今回の作戦は、
然るべき流れで民衆に発信できれば、腐った権力と化したガラル警察がいくら隠蔽しようとも、世の人々を動かすことだろう。元々、不満を持つ民も多い。それに、ガラル警察もすべてが悪にまみれているわけではない。コウタローのように善を忘れない警官も居る。
そこから始まるのだ。1から体制を立て直し、正しい組織へと。
「……そのために貴様らを巻き込んだことは申し訳ないと思っているが、私一人では成し得ない作戦でもある……苦しい訓練もさせてしまったな……」
「……隊長……!!」
私の隣で急にダンデが感動のあまり、拳を握り、わなわなと肩を震わせ始める。涙を流していた。
「生きて帰れないかもしれん。それでも私にその命、預けてくれるか?」
「当たり前じゃないか、隊長!! そのためにオレたちは苦しい訓練にも耐えたんだ!! オレたちが失敗するはずかない!」
ダンデは確固たる自信をもって叫んだ。痛みが彼を強くしたのだ――だが、私の記憶の中にあるのは、単に「気をつけ」をして、動いたらムチで打たれていたことくらいだが、あれで何を身につけたのかよくわからなかった。
単にその場のノリという可能性もあったが、余計なことを言うと、ムチで打たれるかもしれないし、士気が下がってもいけないので黙っておくことにした。
「ふっ。さすがは“
そんな私の様子を見ていたサオリが私を褒める。その設定はイヤなので本気でやめてほしい。
「まずは、私を縛ったふりをしろ。この、フシギダネのつるのムチはよくしなる。これで緩く縛れ」
サオリが自身の背中に両手をまわすので、私はそれを軽く縛った。サオリなら、いつでもすぐに抜け出せることだろう。
「一度、囚人エリアまで入ってしまえば、後は無法地帯だ。紛れればわからない。リーグ委員長、私の指示した映画は観てきたか?」
「ああ、バッチリだ! あれを見本に、振る舞えば良いんだな?」
サオリは頷いた。
私は何も指示されていないので、ダンデの手持ちポケモンのふりをして、心を失ったように振る舞っていれば良いのだろう。
「ある人が言うには、避けられぬ宿命だったらしい。私自身もよく理解できていないが……。まずは疑え、そして己を偽れ。運命の流れに身を任せないことが、この仕組まれた物語のプロットを抜け出す方法だ」
私たちは何者かの筋書きどおりに進んでいるのだと言う。
それを人は、“運命”と呼び、変えられないと嘆く。
「運命さえも、敵なのか。偽ることが、愛なのか……」
ダンデがまるで映画のキャッチコピーのような台詞を言う。シリアスな表情と相まって、やけにカッコよく見えるから不思議だ。
「そうだ。システムの穴をついてやれ。世界を救え。私たちは私たちを取り戻す」
いきなりの展開に頭がついていかない部分もある。
しかし、運命の歯車は既に回り始めている。