ポケどま!   作:よすぃ

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フォースと共に

 監獄は、ナックルシティの古い建築物と同年代に作られたのかもしれない、中世の煉瓦造りの古めかしいものであった。

 監獄を取り囲むように高い壁があり、その周りには澱んだ水の溜まった内堀、そしてその周囲にはさらに壁が、その壁を取り囲むように外堀があった。

 出入口は一か所だが、そこに至るまでは直線になっておらず、侵入者を防ぐため、脱獄者を逃がさないため、それぞれの門番の控える関所はジグザグに設置されている。

 そのそれぞれ要所に配置された門番は、ダンデの顔を見て疑うことなく通してくれる。私はその横で、黙ってサオリを縛った蔦を引き、歩いていく。

 最奥へたどり着くと、そこで待っていたのは、一人の中肉中背の男だった。横には獰猛に威嚇するヘルガーがいる。

 

「これはこれは、ベイダー卿……」

 

 男はダンデに一礼すると、ベイダー卿、と口にした。

 

「今日は帰るという知らせが無かったもので、このような出迎えになってしまい、申し訳ありません。なにせ、門番から先ほど連絡がありましたものでな」

 

「いや、結構だ」

 

 ダンデは普段のキャラとは異なる様子を演じていた。一度相まみえた異世界の自分自身を見本としているのだろう。

 

「しかし、ベイダー卿。囚人はひとりですか?」

「うむ、我々にとって脅威となりうる者だ」

「ほう……そうなると、S級ですかな?」

 

 ダンデは無言で頷いた。初めて聞く用語が出てきたが、あえてそれを無視した形になる。ダンデは「ベイダー卿」と呼ばれたが、それも無視していた。

 

「私のすることに文句があるようだな、ニーダ監獄長」

 

 相手の名札をチラ見し、私も彼の役職と名前を知る。ダンデは今までしたこともないだろう、鋭い視線でニーダを睨み付ける。

 

「い、いえ、滅相もない……」

「謝罪を受け入れてやる、ニーダ監獄長」

 

 ダンデが言うと、ニーダはほっとした様子で胸をなでおろしていた。

 ここでは、あの悪ダンデは相当恐れられているらしいことが、今の様子でよくわかった。

 

「で、では、ベイダー卿。この女の処遇は? 例のあれでよろしいですか?」

「ああ。案内を頼もう。例のあれだ」

 

 正直ダンデは「例のあれ」が何かわかっていない。上手くニーダを利用し、機密情報にたどり着こうと言う魂胆だ。

 サオリも私も無言を貫き、ニーダと話しながら監獄へ入るダンデの背中を追った。

 通りすがらニーダが勝手にぺらぺらと語っている内容によると、監獄の囚人はその犯罪歴によって、F級からA級、そしてそれらを上回る凶悪なS級と区分けされているらしい。脱獄しにくいように、また監視の目が行き届くようにと、凶悪な犯罪者ほど奥へと配置されている。

 私たちの今向かっている「例のあれ」のあるエリアは、S級の投獄されているエリアにあるらしい。S級エリアはひと握りの凶悪な囚人が収監されており、その手前の凶悪な犯罪者が多く収監されているA級からは担当の刑務官以外は近寄れないことになっている。外界から何かを隠すにはぴったりの場所なのだろう。

 

「ここF級エリアはどうだ?」

 

 曖昧な尋ね方をダンデはする。受け手によっては、いかようにも取り得る。

 

「どう、と言いますと?」

 

 ダンデは一瞬思案しかけたが、すぐに「暗黒面(ダークサイド)のパワーはすばらしいぞ」と言う。これはおそらく、サオリが指示した潜入前に観るように指示した映画の設定だろう。

 

「貴様も理解しているだろう、暗黒面(ダークサイド)を……」

 

「ええ、素晴らしいです。あれさえあれば、世界も意のままに……しかし、このF級エリアは、所詮は痴漢など迷惑防止条例違反に引っかかったような連中です。材料としてもたいして役に立つとは思えません」

 

 周囲を見渡すと、F級エリアの囚人は、ひたすら掃除をさせられており、中には水の入ったバケツを両手に持たされたまま立たされている者もいた。

 

「材料とな……」

 

「ふはは、人間としても素材としてもクズですな。よって、常に適当に遊ばせておるのです。たいして意味などありませんがな」

 

 多数が延々と同じ作業を繰り返している中、ひたすら、寝転がって左右へゴロゴロと転がっている男がその動きを止め、立ち上がる。

 

「サオリ様……?」

 メガネをかけた痩せた長髪の男の囚人が目を見開き、近寄ってくる。

「貴様! 近寄るな! ヘルガー、たいあたり!」

「ひでぶ!」

 すぐにニーダのヘルガーの体当たりを受け、男は引っくり返る。

 その顔を見て思い出した。最後に会ったのはガラル鉄道だ。その後は平行世界の同一人物ではあるが、アキハバラで会った記憶がある。オタク二人組の片割れのスズキだった。

 

「サオリ様……!?」

 また別方向から声が掛かる。

 太った男、今は囚人服であり、バンダナもつけていない。

「き、貴様、近寄るな! おいヘルガー、たいあたり!」

 ニーダが気色悪がってヘルガーに指示を出す。

「あべし!」

 またもやヘルガーが体当たりを仕掛け、男は引っくり返る。ヤマダだった。

 引っくり返った二人はしかし、すぐに立ち上がる。

 

「スズキ殿。いよいよ、というわけでござるな……」

 ヤマダは眼鏡の奥に鋭い眼光を宿らせていた。

「どぅふふ、ヤマダ氏。腕が鳴るであるな……」

 スズキも同じく眼鏡の奥へと闘志をたぎらせる。

 

「拙者たちは今日のため、身体を、精神を、そして技を鍛えてきたでござる。F級と見下し、放置させたがお主たちの敗因でござる」

 

 そうヤマダが答えた矢先、周囲に居た囚人の何人かが立ち上がった。その顔ぶれには微かに見覚えがある。いずれもガラル鉄道強奪(トレインジャック)の際、居合わせていた囚人たちだ。

 

「ここに居る者は全て志を同じくする、サオリ様のファンであるよ。ドゥフフ……親衛隊の皆、良いであるか! 推しのため、全身全霊を込めて打つ!!」

 

 スズキが叫ぶと、周囲から呼応するよう歓声があがる。

 両足を開き構えると、右手を天高く、左手をそえるように、構える。

 

「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!! OAD! ロザリオ、からのー、ロマンス警報! いくぞ、ローマーンス!」

 

 体をクイックイッと動かし、汗を流しながら漢たちが舞う。妙な動きであるが、その迫力が凄まじかった。熱気が立ち込める。そこにはないはずのスポットライトが見えるような錯覚さえする。

 この動きは平行世界のアキハバラでも見たが、異様な迫力がある。すごいことにはすごいのだが、かなり気持ち悪いものである。

 その隙にサオリが声をかける。

 

「今だ、“ 漆黒の夜(ブラックナイト)”! ここからは各々の役割を果たせ!」

 

 サオリに背を押され、いきなりの展開に頭がついていかないでいると、突然、誰かから声を掛けられた。

 

「これがあれば道筋を示してくれるよ。S級犯罪者の収監されているフロアに向かうといいよ。そこにきみのマスターも居るはずだよ」

 

 この人物がサオリの言っていた内通者に違いない。かなり洗練された動きなのだろう。咄嗟に渡されたはずなのに、着実に何かを受け取らされてしまう。

 何やら紙に包まれた球体である。

 

『これは……』

「その黄金球を包んでいる紙に地図が書かれているけど、地図は実はオマケで、大事なのはその中身だよ」

 

 私はその男の顔を改めて確認した。

 

「さがしたかい、まちかねたかい? きんのたまおじさんだよ。さあ、あとは君次第だよ。有意義に使っておくれよ……なにせ、おじさんのきんのたまだからね」

 

 言うや否や、きんのたまおじさんことグラは、両手に金色の輝きを滾らせ、敵の元へと駆け寄り、その顔面にきんのたまをぶつけた。かなりの重量のある球なので、下手をすれば顔面の骨折するほどの痛みだろう。一撃をまともに喰らった刑務官は悶絶していた。

 

「長い長い旅を続けて、おじさんがきんのたまを集めていたのは、きっと今日のためだったんだろうと思うね」

 

 物語の終盤に悪者が仲間になる的な展開で、ちょっと良い感じのことを言っているが私は騙されない。

 しかしその活躍は目を見張るものがあった。きんのたまを次々と繰り出し、投げつける。鬼神のごとき闘いぶりで、グラは機敏に肉弾戦を繰り広げていた。戦い方はともかく、いつの間にこのような頼もしい味方になったのだろうか。サオリの手の回し様には驚くばかりである。

「ぶべら!」

 きんのたまを投げつけられた側は悶絶している。ずっしりとした重みからして、相当痛いはずである。異様にシュールな光景であるが、やたらと強かった。

 

「ええい、くそ。凡人どもめ!!」

 

 ニーダは、ヤマダやスズキたちに怒声を浴びせているが、彼らは聞く耳を持たなかった。今、彼らを縛り付けるものは何も無くなっていた。国家権力でさえ、彼らを止められない。彼らは自由だった。彼らが誰を推そうと、握手会の参加権のために何枚のCDを買おうと、彼らの自由だ。彼らを止められるものは何者も居ない。

 

「む、何事だ」

 突然、ニーダに無線連絡が入る。

 腰につけた無線機を手に取ると、表情がみるみる強張っていく。

「海賊? 国王の命令で、海域を移動することは固く禁じられている! 重罪だ! 今すぐ捕らえろ!!」

 指示を出すと、無線を切る。

 当初の予定通り、ルヒィたちが動いたのだ。敵は戦力を分散させざるを得ない。陽動作戦がここに来て活き始める。

「どいつもこいつも……!」

 ニーダは右手を構える。

「私もいつまでも貴様らごときと遊んでおれん。いけっ、ヘルガー!」

 ニーダがヤマダやスズキ、囚人たちにヘルガーをけしかけようとした瞬間、緩く結んでいた蔦を引きちぎり、サオリがヘルガーに飛びかかる。意表を突かれた地獄の番犬は地に組み伏せられる。サオリはそれに馬乗りになり、両手でその顔面を強打する。

 従来、ポケモンは人間よりも遥かに強い。生身の人間が太刀打ちできるはずもないが、サオリに常識は通用しなかった。ニーダのヘルガーはすぐに戦闘不能になり、次の標的をニーダと定める。

 

「ヘルガーを素手で!? 凶悪なポケモンを人間が!?」

「ポケモンも人間も昔は一緒だったとシンオウの神話にあるらしいな」

 人間より遥かに強いヘルガーを素手で殴り倒し、両手を真っ赤な血に染めた人類最強の女がその鋭い視線をニーダに向ける。

「シンオウ神話のそれはたぶんそういう意味なんかじゃない……」

 ニーダの言う通りだと私も思う。その神話の伝えたい意図は多分そういうことじゃない。

「黙れ、私がルールだ。私が神話だ」

「ひ、バ、バケモノ……」

 サオリの血まみれの拳にニーダが失禁した、その時だった。

「元・チャンピオンタイム!」

「ぶべら!」

 腰を低くし、ニーダの顎に掌底をお見舞いしたダンデが笑みを浮かべる。一瞬の隙を逃さず、きれいに決まったため、ダンデは凄く気持ち良さそうな悦に浸った顔をしていた。

「オレを忘れてもらっちゃ困るぜ……と、そろそろバレたな」

 ぞろぞろと顔を見せる刑務官たちを見て、ダンデはふっと笑みを浮かべる。

「侵入者! 侵入者! F級エリアで暴動あり!!」

 応援の刑務官がそれぞれの持ち場を離れ、暴動の現場であるこの場所に集まってくる。

 

「行け、“漆黒の夜(ブラックナイト)”! ここはオレたちが食い止める!」

 ダンデが叫ぶ。胸の虹色のRの文字がやけに綺麗に輝いた。

『だけど……』

「気にするな!! それに、フォースはオレと共にある!」

 サオリが鑑賞させた映画の影響を受けたまま、ダンデは微笑む。手には何やら光る棒を持っている。

 

 ダンデの後ろでも、サオリがどこから手に入れたのか、光る棒のようなものをヤマダやスズキたちに配っていた。周囲からは「サイリウム」だの「改チア」だの、色々な声があがっていたが、光る棒を手に入れたオタク達の動きは更にキレを見せていた。とはいえ、彼らは攻撃をしているわけではなく、ただ奇妙な動きをしているだけなのでシュールなことこの上ない。

「今だ、行け!」

 サオリが叫ぶ。

 ヘルガーやベトベトンなど警備用のポケモンだけでは足らず、周囲に監視用に配置されていたヨマワルさえも引っ張り出すほど、敵側の体制は崩れつつあった。

「サナ、こいつを!」

 ダンデが何やら小型の装置を投げてくる。少し逸れたそれを私は超能力で手繰り寄せた。未来の異世界のオーパーツのひとつ、“スカウター”だった。

「いざというときに役立つだろう。そして、これも!」

 咄嗟にスカウターを首元のネックレスぶら下げていると、ダンデがハイパーボールを投げてきた。今度は逸れることなく、私はそれを手のひらで受け止める。中のポケモンはおおかた想像がついた。

「ああ、ファイアローになれるペルだ。一人より二人のほうが仕事が早い、仲間の数はそりゃやっぱり絶対がっちり多い方が良いに決まってるんだぜ」

 私は頷き、ハイパーボールを持つと、片手にはきんのたまがあるため、両手が塞がることに気づいた。地図だけ取り、紙の地図に包まれていたきんのたまは迷わず捨てた。

 同時に頭の中に地図を叩き込む。

 

「フォースと共にあらんことを」

 ダンデが言う。改チアを無駄に振るいながら。

『フォースと共にあらんことを』

 その場のノリでとりあえず返し、私はテレポートを使用し、暴動の真只中から脱出した。

 

 廊下に出た私はグラから渡された地図を見て、S級と書かれたフロアを目指すことに決める。ガラル国にとって要注意犯だけが投獄されているエリアだ。そこにマスターは居る。

 廊下には緊急事態を示すサイレンが響いていた。何人か、刑務官がF級エリアに走っていく姿も見えたが、完全にF級エリアの暴動に注意がそれているため、暗がりに隠れた私の姿見つからない。黒く塗装しているお陰もあるのかもしれなかった。

 テレポートで移動できる先は自由自在に決められず、時に移動に失敗することもある。多用すると目的地から遠ざかることもあるため、私は自らの足でひたすら最深部を目指した。

 

――――――――――

【補足】サイリウムとは?

 東の国のカントーに伝わる、光の剣。

 サイリウムは通常使い捨てである。これを電池式としたものがチアライトである。チア(応援)の名の通り、主に推しのアイドルを応援するときにライブやイベントで使うものである。今回、登場した「改チア」はチアライトを分解し、発光力の高い電球に変え、なおかつ電球の数を4個へ増やしたものである。

 元来、ライブやイベントでは明るすぎるサイリウムや改チアの持ち込み・使用は禁止されているが、今回は、推しであるサオリ自らがこれを配布したことで、公式に許可されたという異例の措置となる。

 そのため、古くからの根強いファンであるヤマダやスズキ、ガラル鉄道強奪事件で新たにファンとして目覚めた漢たちにとって、これほど“熱い”ことはなかった。

 

 なお、カントーの事情を知らないダンデは、これを「ライトセイバー」だと勘違いしている。潜入前にサオリの指示で、銀河を舞台にしたSFサーガ“スターウォーズ”をエピソード1~6まで鑑賞させられており、その影響である。同作品に出てくる有名なセリフが「フォースと共にあらんことを」である。

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