ポケどま!   作:よすぃ

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迷宮兄弟

 四足歩行の獣が並列で走り続ける。

 巨大イーブイのモロの背に私とシャケが乗り、ザシアンの背にホップとバズライトイヤーことT-800が乗る。互いに無言であった。

 ガラルのマスターはここには居ない。ホップより告げられた言葉はショックであったが、歴史の分岐点がこの先にあることは変わりは無く、今進んでいる先こそが、マスターのいる場所であることに間違いはない。

 

 長い廊下をついに抜け、S級エリアに到着する。

 構造としては先ほどのA級のそれと大差はなかった。となると、恐らくは壁の一角が隠し扉になっているのではないか、そう思案した瞬間、壁に突然、四角い穴がぽっかり開く。

 誘われているような感覚を覚えながらも、私とホップは地面におり、しっかりと歩きその先へ進む。

「ソニア、マグノリア博士……?」

 ホップが部屋の隅の鉄格子の奥に閉じ込められた博士ふたりを見つけ駆け寄る。

「大丈夫か?」

 ホップは心配そうに二人に尋ねる。

「あたしはだいじょうぶ。おばあさまは眠っているだけよ」

『捕まっているのはニャー達だけニャ? サカキ様は?』

 サカキ。異世界に消えた男の名をシャケは口にした。もしかしたら、結末を知らないのかもしれない。

「いいえ、ここに捕まっているのは私とおばあさまだけしか……」

 ソニアはそう言うと、部屋の隅に視線を移した。

 そこは研究のデスクワークスペースらしく、その一席に、一人の少女が座り、こちらを見て微笑んでいた。

「お前は誰だ!?」

 今拘束されずにこの場に居ることから、敵とみなしたホップは身構えた。

「何をしている? この二人の他に拘束されている人の居場所を知っているか?」

 矢継ぎ早に質問するが、少女は静かに微笑んだまま立ち上がり、こちらへ向かい歩いてくる。

「おい、聞いているのか!」

 ホップが駆け寄ろうとした瞬間、少女はその手をすっと向ける。すると、ホップは見えない力により吹き飛ばされ、ソニアとマグノリアの閉じ込められている鉄格子の扉に叩きつけられ、悶絶する。

 ザシアンもモロもシャケも、その場を影縫いされたように動けなくなっていた。巨大なだけのイーブイのモロはともかく、ガラル神話に謳われる剣の王でさえ、ひとりの少女の前に太刀打ちできなかった。

 

「うるさいよ」

 少女はホップには視線すら向けず、ただ一点、私だけを見ていた。

「世界は不安定で残酷でさ。嫌なんだ。だから、この管理された“今”が一番いいの。わかってくれるよね」

 少女はそう言って、何かの能力を振るう。

「会わないほうがいい、って言ったのにね」

 妙な感覚があった。嫌な予感がした。しかしそれが何かわからなかった。

「時間と空間を奪った。ここはいつまでもここのまま。思い出のまま、ここに居てちょうだい」

 少女は私たちをこのまま閉じ込めるつもりだと直感した。

『ガラルのマスターを、貴方の従妹をどうしたのですか!?』

 少女は「さあね?」と曖昧に笑うだけだった。

 その笑みに不安が増していく。

『何が目的でこんなことを、私たちはアローラで一緒に旅をしてきた。あなたは私のマスターでは無かったのですか!?』

 アローラのチャンピオンに上り詰めた少女は、なおも笑顔のままだった。

「ほらね、忘れてるでしょ。その程度なの」

『私は覚えています。あなたと旅をしたことをカプの精霊たちと戦ってきたことも、エーテル財団のことも、レインボーロケット団のことも!!』

 

 少女は悲しげに俯き、顔を上げたが、その顔は笑っていた。

「ふふ。ほらね、覚えていない。私たちはずっともっと。旅をしてきたよ。君の名は?」

『私……? サナです』

「そっか。じゃあ、私の名は?」

『貴方は、マスター……』

「今のガラルでのご主人は?」

『マスター……』

 理解した――私は、そうか。この子たちの名前を記憶していないのだ。何故このことに気づかなかったのだろう。

「ほらね? そんなもんなんだよ」

 何も言えない私を見て少女は笑う。

「そしたら、邪魔だからさ? 迷宮で永遠に迷子になってもらっとこうかな。そうだなあ、地形の変わり続ける“不思議のダンジョン”なんてどう?」

 少女はそう言うと、虚空に向けて手をかざす。空間に穴があき、そこから男が二人、アクロバティックな動きで飛び出してくる。彼ら二人の服装は異国のもので、ジャパンの“キモノ”と呼ばれるものに似ていた。

『ニャんだ、あの二人は……にゃ!? あの文字は……』

 ザシアンとモロと共に身動きを封じられているシャケが真剣な様子を見せる。それもそのはずで、二人の胸には虹色に輝く“R”の文字があったからだ。レインボーロケット団の紋章だ。

 

「彼らは迷宮の番人……って勝手に名乗り出したからそのまま起用したの。もう、この部屋の外は“不思議のダンジョン“だよ。入る度に地形が目まぐるしく変化するの。楽しそうでしょ?」

 

 アローラのマスターが言うと、二人の男は何やら大袈裟な身振り手振りを交えて、よく通る声で話し始めた。

 

「おやおや……この地下迷宮に迷い人とは珍しいな、ゴノレゴ兄者」

「いやいや、弟者ゴルゴよ。迷い人なくば迷宮に有らず!」

「それもそうだな、流石だな兄者よ」

 

 ふたりは会話を交わすと、アクロバティックな跳躍と共に両手を地につき、揃って前転する。前転を繰り返しながら一糸乱れぬ華麗な動きでこちらへと向かってくる。

 

「「我ら迷宮ダンジョンの番人、人呼んで迷宮兄弟!」」

 

 そして、何やら妙な決めポーズをする。凛々しい顔立ちに、男らしさ溢れる太い眉。その顔は、以前、ナックルシティで、ペルと共にダンデ暗殺を狙った、“未完の殺し屋”のゴルゴであった。

 

『あなたは未完の殺し屋ゴルゴ……』

「やはり貴様か、青いサーナイト。黒塗りをしていても、その魂の色までは誤魔化せぬ」

 

 それっぽいことを言われたがよく自分の両手を見ると、ほぼほぼ黒塗りが取れてきて、青い地肌が見えており、バレバレだった。私たちポケモンに塗装するとすぐ取れるらしい。恥ずかしい二つ名も嫌気がさし、いっそ全て取ってしまえとばかりに、全身を拭うと青い地肌がすぐに見えた。

 

「ふっ、いかにも俺はゴルゴ。その節は世話になったな。だが、俺は生き別れの兄者と再開し、殺し屋稼業からは足を洗った。今では兄者の助けとなる為、この地下ダンジョンの番人をしている」

 

 ゴルゴは腕組みをして堂々と言う。 

 その隣を見ると、兄者と呼ばれた確かに同じ顔をしている。確かゴノレゴと名乗っていた。

 

「我らは運命の神ノルニルの番人である。我は古来より続く過去を司る。いでよ、コライドン!」

 どうやらそういう設定であるらしい。兄ゴノレゴが口を開き、古来の竜を繰り出す。

「俺もまた運命ノルニルの番人である。俺は道なき未知なる未来を司る。いでよ、ミライドン!」

 これまたそういう設定でるらしい。続き、弟ゴルゴが、未来の竜を繰り出す。

 

「しかし兄者よ」

「どうした弟者よ」

「過去と未来を使役するなんて、流石だよな俺ら」

「うむ」

 ふたりは互いに「流石だよな」と褒め合い、そしてこちらへ身体を向ける。

 コライドンとミライドンと呼ばれた神もまた、こちらにその顎を向ける。

 

「あれは、なんか記憶にあるぞ……」

「パルデア地方の伝説のポケモン……?」

 牢の中で眠ったマグノリアに寄り添うソニアが、ホップの呟きに応じる。

「ソニア知ってるのか?」

「ええ。古来と未来。過去と将来。後退と前進……それら変化を司る伝説の存在よ。一説によると、遥か昔にこのガラルにも姿を表したそうだけど、何故ここに……?」

「スカイネットの仕業だ」

 ソニアは疑問を漏らすが、バズライトイヤーことT-800はソニアが聞き覚えのないワードを発し、ますます首を傾げていた。私には薄らと記憶にある。この時代より未来の話だ。ポケモンを創り出し、意のままに操るAIシステムの名称である。

「え、あれ、玩具が喋ってる……?」

 牢の中で事情を飲み込めていないソニアが呆気に取られる。

「バズライトイヤーだ、敵ではない」

 そして、足止めの標的となっていなかった為、身動きの取れたバズライトイヤーが左手を構えると、腕時計のようなものがパカッと開き、2対の竜のトレーナーであるゴルゴとゴノレゴに向けて、何やら勢いよく発射した。

 瞬間的に飛び出した針が命中し、二人は「あふぅん」だの「かっはっ、はー」だの言いながらその場に崩れ落ちた。

「安心しろ、麻酔銃だ。命までは取ってはいない。トレーナーは封じた。これでコライドンとミライドンやらも指示なしでは動くこととも叶うまい」

 T-800は静かに言う。

 またも未完の殺し屋として立派に使命を終えたゴルゴであったが、これで形勢逆転となったようには思えない。

 

「コライドンは過去へと遡及する力を止めなさい。ミライドンは未来へ前進する力を止めなさい」

 

 完全に時が静止しようとするのを、ゆっくりと感じる。周囲の者たちは、人間もポケモンみ完全に停止していた。私の身体も動かない。

 私の思考だけがかろうじて動いているのか。周囲も同様なのか分からない。はたまた、エスパータイプである特異性の為、私だけが思考が緩やかに終わりに向かっているのかは分からない。

 ただ唯一、漠然と理解出来たのは、私たちは、世界は、このまま完全に静止するのであろうという事だった。

 時空が固定される。

 世界が止まる。

 それは死と等価のもののように感じた。

 アローラの少女の唇が弧を描き、5文字の言葉を刻む。これでよし、確かにそう言ったように感じた。

 

 しかし。

 打ち破ったのは、ひとりの男の声だった。

 

「ムゲンダイナァァァァァァ!!」

 

 叫びと共に、時を再び刻み始める。

 暗黒の竜がフロアの天井をぶち抜き、姿を表す。空が見えた。一面の暗闇だ。今はそんなに遅い時間だっただろうか。

 

「時は動き出す――ザ・ワールド!」

 

 不思議だった。

 時が。世界が。元に戻る感覚が確かにあった。暗闇を操る力のはずなのに、そこには確かに光を感じる。

 

「……オレ、参上」

 周りの視線が自分に集まったことで何か言わなければならないと感じたのか、男は小声で言った。

 紫の髪に、ホップと同じ瞳の色。やはりダンデであるが、セットされていない無造作な髪型、どこかやつれた頬、目つきの険悪さ……このダンデは、平行世界のダンデだ。

 

「兄貴……?」

「ダンデ……?」

 ホップとソニアが微かな違和感と共に呆然とその顔を見ている。

 

「レインボーロケット団。あんたが始めたことだ。何をやるかはあんたの勝手だが……許される事じゃねぇ」

 

 ダンデは、アローラのマスターを鋭く睨みつけていた。

 

「何が気に食わないの?」

「あの世界が滅ぶのをどうして見過ごした」

「……あの世界?」

 アローラのマスターは首を傾げる。

「どの世界か、たくさんの世界が終わりを迎えたから、わかんないね。いいじゃん、世界のひとつくらい」

 その言葉に、ダンデは激昂し、色違いのムゲンダイナに指示を繰り出す。

「ムゲンダイナッ! ムゲンダイビームだ!!」

 ぶち抜かれた天井には、暗雲が立ち込めている。色違いのムゲンダイナは天高く舞い上がり、雲の中に消えたかと思うと、禍々しい手のひらを広げたような形で姿を見せる。

「これは正しく“ブラックナイト”……」

「あれは、ムゲンダイマックスの姿……?」

 ソニアとホップが固唾を飲む。

 ムゲンダイマックスの姿に変化した色違いムゲンダイナは、ムゲンダイビームをアローラのマスターに向けて放つ。人間が受けられるレベルの技ではない。即死、下手をすれば肉片のひとつも残らないエネルギー量が一直線の光撃となり、アローラのマスターを襲う。

 

「手間が省けたね、君をおびき寄せる為の作戦だったんだよ、ありがとう。これで完璧だ」

 アローラのマスターはそう言うと、手をかざす。ムゲンダイエネルギーは掻き消えていき、全て消えた後、虚空からマスターボールを呼び出した。そしてそれを、物凄い速さで投げる。人間の投げるボールの速度を遥かに超え、マスターボールは一瞬にして掻き消えた。

 消えたと思った瞬間、天のムゲンダイナも姿を消し、空からマスターボールが降ってくる。二、三度、申し訳程度に揺れるとマスターボールは停止した。

「ごめんね? 人のものを盗ったら泥棒だね。でも元々、私が作らせたものだから良いよね。成功品がこれしか居なかったから、来てくれて助かったよ」

 

 そして、アローラのマスターはコライドンとミライドンにもマスターボールを投げ、回収した。迷宮兄弟を自称していたゴルゴとゴノレゴはそのまま放置されている。

 

「さて。私は行くよ。この場の時間と空間は固定しとくね。大丈夫、“今”という瞬間から出られないだけだから……貴方を完全には消したくないから、思い出のまま、ここに残ってて。……じゃあね、名前のわからない愛しい人」

 

 私を見て微笑むと、アローラの少女は空間に両手をかけ、裂け目をつけるとその中に飛び込んで行った。

 少女が消えた虚空を私は呆然と見つめていた。いつまでも、私の気持ちは“今”に縛り付けられたままだった。

 

――――――――――

【補足】「流石だよな俺ら」とは?

 兄のゴノレゴと弟のゴルゴは、古のインターネット界隈では名の知れた“荒し”であった。某・大型掲示板に兄弟で張り付き、日夜を問わず、人のレスに対して煽り、議論に負けそうな時は無意味にAA(アスキーアート)を濫用した。単純に議論をするという事はこの二人には無く、相手のレスがストップする=論破と考えており、相手がどのような引きこもりの暇人であっても、24時間交代制で飽きもせずに荒らし続けるゴルゴとゴノレゴの兄弟の敵では無かった。彼らは「流石だよな俺ら」というAAで牛丼屋のスレを荒らし続けサーバーダウンさせた事で一躍有名になり、「流石兄弟」の二つ名で呼ばれるようになった。

 そんな「流石兄弟」は過去に「名探偵コナンに麻酔銃を打たれまくっても大丈夫か」というスレで、「そんな麻酔銃は存在しない」、「あったとしても寝る奴は甘え」だの根拠のないレスで反応していた。最終的に相手が何を言ってきても、ゴーリキーの腕組みしたAAと共に「それワイルドエリアでも同じこと言えんの?」というレスを乱用し続けて論破していたが、今回まさか自分たちがその麻酔銃で鎮められるとは、当時の彼らには知る由もなかった。

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