ポケどま!   作:よすぃ

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無限の彼方へ

 アローラの少女が去り、時は止まり、空間も止まった。何も出来ないまま。切り開けないまま、私たちはこの空間、時間に閉じ込められている。

 思考をしようにも、今この瞬間のこの場のことしか思い浮かばない。とても不思議な感覚だった。先のことを想像できないのだ。そして、未来のことも。

 輪廻の鎖の中に囚われた、あるいはメビウスの環の上を走り続けている感覚。理解は出来ないのに焦燥感だけは渦巻く。私たちは“今”に縛り付けられてしまった。

 今を打開する方法すら思い浮かばないはずなのに、不思議な感覚はあった。その証拠に思考することはできている。ただ、何か行動に移すことが出来ないのだ。

 

 ――しかし、変化は直ぐに訪れた。

 

「あ、あれ……私は」

 マグノリアが目を覚まし、傍にいる私に気づく。時が動く――本当の意味で、この空間の“時間”は“今”に縛り付けられていない。

「あなたたちは?」

 マグノリアは私たちを見て、安堵した表情を見せた。相当衰弱している様子だった。

「閉じ込められて、どれくらいの時間が経っていたのか……暗闇の中、時間も空間もわからない感覚の中に居たような気がしました」

 話していたマグノリアだったが、途中から驚いたように一点を見つめ、口を大きく開く。

「……ウォル?」

 その言葉と同時に、時が完全性を取り戻す。空間が色を帯びていく。全てが元に戻る感覚があった。

「ウォルなのね!?」

 マグノリアが叫ぶ。

 巨大イーブイのモロは、いつもの険しい表情を崩し、イーブイ相当の愛くるしい瞳を見せた。

『いかにも、モロだ』

 マグノリアがしっかりとウォルと発音したのに対し、どうやら身体的構造の問題かこの巨大イーブイの耳にはモロと聞こえているようだった。

 

「まさか、そんなことって……。覚えてる? 今から何十年も前、貴方をワイルドエリアで保護しました。その時、貴方は身体の一部が巨大化していく病に侵されていたわ……でも、成功したのね。貴方は均等に成長し、今はちょっと大きなイーブイとして生きている……良かった、本当に良かった」

 

 マグノリアは口を抑え、目尻に涙をためる。生き別れ。下手をすればもう死んでいると思っていたイーブイが生きていたのだ。それが、“ちょっと大きな”イーブイかどうかは分からないが。

 

『人間。我も誤解していた……我は私欲の為に実験に利用されていたと。暖かな研究室から、外の寒空に放り出したのも用無しになったからだと、お前の行動を悪意と捉えた。若かったのだ、我もな……』

 

 1匹の野獣の嘆きと、それを静かに聞きながら抱きしめる女性。

 

『真実に気づいたのは、エースバーンの男がそなたの存在と意図を知らせたからだ。最初は疑った。人間の男の言うことなど信用に足らぬと。だが、真摯に我が娘ハルと向き合う姿を見て、真実を語っているのではという迷いが生まれた……ならば、我が曇りなき眼で確かめようとここへ来た。そして確信した。そなたの目は嘘をつかぬ、綺麗な澄んだ目だ。そなたは美しい』

 

 年老いたマグノリアは巨大なイーブイを抱きしめ、「良かった」と繰り返し、涙した。

 その後ろに、まだ若いマグノリアが小さなイーブイのウォルを抱きしめているイメージが重なった。何十年越しの果てに二人はようやく邂逅できたのだ。

 

 ザ、ザザ、ザザザ――

 何やら無線の雑音のようなものが耳に入る。続けて、初老の男の声がした。

 

【こちら本部よりスペースレンジャーへ。応答せよ】

 

「こちらバズライトイヤー。無事、博士を確保。同時にミッションクリアだ」

 

 すかさず応答したのは、バズライトイヤーことT-800だ。右手を構え、そこに装備された通信機器で応答しているようだ。

 

【流石はスペースレンジャーだな! つまり、点と点を結び未来と過去を繋げることに成功したのかだな、でかしたぞ!】

 

 その声は今はダイオーキドを名乗るドクだった。T-800が右手を壁に向けると3Dホログラムで、妙なサングラスを着用したドクが映し出される。

 

【やあ諸君。よくやった、未来からの使者スペースレンジャーがマグの思い出を起点に時間軸の封鎖の阻止に成功したのだ】

 

「なんてこと、あなたは私を、私の思い出を利用したのね?」

 

 3Dホログラムのドクがオーバーなジェスチャーを見せる。

 

【おいおいマグ、人聞きの悪い事を言わないでくれよ。偶然が重なっただけだ。そこの巨大イーブイは君に会いたがった。そして、その再会があれば、世界の危機を救う手立てになると考えたんだ。なあ、マーティ。君からもフォローしてくれないか?】

 

「前から何度も言っているけど、俺はマーティじゃないぞ……」

 

 ホップは否定するのも疲れた素振りで力なく言う。ドクのテンションは相変わらずだった。さっきのハイブリッドことハイドと言い、研究者には変わり者が多いのかもしれない。

 

【ひとまずは祝おう、今日の闘いは、きみたちの勝利だ! きみたちは外の世界へ一歩踏み出したのだ!】

 

 ドクは、私たちを見渡してそう述べた。

 しかし、私とホップは顔を見合わせる。私たちはまだ、大切な人を救えていない。そして、シャケが代弁する。

 

『ニャーはまだ目的を果たせていないにゃー! まだ終わってないニャン!!』

 

「お前の待ち人はサカキか?」

 

 ムゲンダイナを盗られてから、黙っていたままだった悪ダンデが口を開く。

 

「おみゃーは何か知ってるのかニャ?」

 

「あいつはもう引けない所まで来てしまった。今はナックル城に居るだろう。もっとも、引けない所まで来たのはオレもだがな」

 

 そう答えた悪ダンデにソニアがそっと近寄る。

 

「貴方はこの世界のダンデくんじゃないのね?」

 真っ直ぐにその目を見つめられないダンデはそっぽを向く。

「ありがとう、助けようとしてくれて。やっぱり、ダンデくんは何処の世界でもダンデくんだ」

 そう言って微笑んだ。その横でホップも大きく頷いている。

「ああ、兄貴は兄貴だぜ!」

 そんな二人を見て、悪の道を歩んだはずのダンデは少し戸惑っていた。

 

「オレは結局負けたんだぞ? 助けに来たつもりが何の役にも立たないどころか、恐らくムゲンダイナを渡してしまったことで、この世界にとっても不味い状況にしちまった」

 

 負けたことに対して、このダンデは酷く落ち込んでいた。

 

「それがどうしたんだ? 負けることや失敗することなんて、誰にでもあるじゃないか」

 ホップはあっけらかんと言ってみせた。ソニアも横で頷いている。

 

「俺もさ。兄貴みたいなチャンピオンになりたくて、ジムチャレンジに出たけど、途中で負けるし、色々な場面で失敗するし、散々だったんだ。その兄貴すら、あいつに負けた」

 

「あいつ?」

 それを聞いてダンデは不思議そうに尋ねる。何故かソニアの顔を見ている。

「この世界では、ソニアはチャンピオンになれなかったのか?」

 ソニアは大笑いして、手を左右に振る。

 

「私はこの世界のあなたに負けて、絶望を味わったよ。でも、その中で私は自分の進む道を見つけた。今の私は“博士”よ!」

 

 すっかり悪の色の落ちたダンデは、口を大きく開き、驚いた表情を見せる。

 

「この世界では、オレがソニアに勝ち、チャンピオンになった……しかし、チャンピオンになったオレは、弟であるホップに負けたんじゃなくて、どっかの誰かに負けたのか?」

 

「負けた兄貴はそれでもトレーナーを止めていない。ずっと走り続けてるぞ。勝っても負けても。兄貴は俺の尊敬する存在なんだ!」

 

「そうか」

 悪のダンデはそっぽを向いた。

「だがオレにはもう何も無いんだ。ホップ、お前も。ソニア、お前も。そして故郷もな……」

 ダンデの独白は続く。堰を切ったように言葉が感情と共に溢れ出したようだった。

 

「今いるこの世界と、元いた世界のバトル方法は大きく異なるが、どっちにしてもオレはソニアにジムチャレンジで負けた。性根を腐らせたオレに、ホップ、お前は言ったんだ。自分がチャンピオンになるから、最強のチャンピオンのソニアに勝つから、絶対に勝てない無敗のソニアとパルスワンを破るから。もし自分がチャンピオンになったら、兄貴も昔みたいに戻ってくれって。そう頼まれたんだ……」

 

 以前、ブラッシータウンで夜風に当たりながら、この世界の話を聞いた。それと酷似している。今、目の前にいるダンデは、この世界とはまるで反対の人生を歩んで来たのだ。

 

「……それが駄目だったんだ。ホップ、お前はチャレンジカップの果て、ムゲンダイナの暴走――“ブラックナイト”に巻き込まれ死んだんだ。そこからのオレは、世界に意味を見いだせなくなっちまった。荒れに荒れて、チャンピオンになったソニア、お前にも愛想をつかされちまって。親友だったキバナにも絶縁され、オレの居場所は無くなった。そこからはサカキと出会い、レインボーロケット団に入り、堕ちるところまで堕ちた。いつの間にかレインボーロケット団はオレの居場所になっていたんだ……」

 

 ダンデの吐露は続く。一度語り出すと、もう止められない。今までのクールな一面からは想像できないほど弱った様子でダンデは続ける。

 

「だが、本当は違ってたんだ。あの世界が無くなった、滅んだと聞いた。そのとき、オレは初めて、本当の意味で居場所を失ったんだって気づいたんだ……もう、オレには何も無いんだ」

 

 言った瞬間、ホップがダンデの頬を大きく引っぱたいた。

 小気味の良い音が鳴り響く。

 

「バカヤロー! 居場所が無ければ作れよ! 見つけろよ! 兄貴ならそうするだろ! 俺だってそうしてきたんだ!」

 

 長いダンデの後悔の言葉に対し、大きく反論したのはホップだった。

 

「例え何を失ったとしても、やり直せるんだ! 俺が死んだとしても、俺の兄貴は進む意志を捨てない! 絶対に立ち上がり、俺の分まで強く生きるはずなんだ!! 兄貴だろ!?」

 

 その声は怒りか悲しみか、いずれにせよ震えていた。両眼には涙をいっぱい溜めたホップの横では、無言で兄弟の邂逅を見守るソニアの顔があった。こちらも、静かに涙を流していた。

 そのホップのをみたいに

 

「ホップ、ソニア、みんな……すまない。本当にすまなかった。オレは、オレは……」

 

 言葉は続けられそうになかった。ダンデはそっぽを向く。その背中が微かに震えている。今はそっとしておくべきだろう。ダンデという人をよく知るソニアもホップも、誰もそれ以上は触れようとしなかった。彼は背負ってきたものがあまりに大きすぎたのだと思う。

 

 伝説の存在ザシアンもホップの隣でその様子を静かに見つめ、モロとマグノリアもただただ見守っていた。

 ぽかりと空いた天井からは、ムゲンダイナの去った後で、暗雲はもう見えなかった。ただ、青空だけが広がっていた。

 

 ※

 

 嗚咽する声が静かに響く時間が過ぎた。やがて。

 

「みんな無事か?」

 着ぐるみを来た男の声がした。A級エリアで闘っていたマッシュだ。

 私たちのいるS級エリアに、ぞろぞろと、闘いに打ち勝ったルヒィ、クレーンが入ってきた。ハルと大量のブイズも続く。遮断された空間と停止した時間が流れ始めたのに間違いはなかった。

 

「俺たちアバランチは遂に勝利したぜ」

 マッシュは達成感をもってそう言う。難攻不落と呼ばれたガラル国の最強の砦――アルカトラズは私たちの手中に落ちたのだ。

「間違いなくここは敵の中枢だったはずだぜ。となると、あとは暴君バドレックスのいるナックル城だけだな」

 おそらくはマスターもそこに居るのだろう。

 ガラルのマスターも、アローラのマスターも。

 

【水を差すようで悪いが、悪い知らせがある……ナックル城は今、ナックルシティに無い。空を飛んでいる】

 

 ドクがそう言うと、その場にいた一同が顔を見合せた。そしてすぐに3Dのホログラム通信であることに気づく。

 

「ガラルのあらゆる海を見てきたけど、空飛ぶ城なんて聞いた事ねぇよ!」

「おいおい、じーさん、そりゃねえぜ!」

 

 マッシュの後ろにいた、人間の姿に戻った三人組のうち、ルヒィ、クレーンは、冗談を言われたと思い、笑い始める。

 しかし、ハヤブサのペルは違った。

 

「天空城か……ラーマヤーナでは……旧約聖書には……まさか、いや、ありうる」

 ガラルの王家の末裔である彼はひとりでぶつぶつと呟き、それを見たマグノリアはそっと目を細める。

「天空の城……」

『どうしたのだ、マグノリアよ』

 モロが尋ねると、マグノリアではなく、ソニアが口にした。

 

「天空の城。おとぎ話。古の昔、ガラルのブラックナイトが起きた時に、空をかけ、天から雷を放ち、外敵から民を守ったという……そんなおとぎ話が本当にあるの? 剣の王と盾の王は確固たる記録のある神話。一方それは信憑性もない、ただのおとぎ話のはず……」

 

 伝承に詳しいソニアがやけに早口に驚いていた。ホップはその横で何やら難しい顔を見せている。

 

「旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした、天の火か。ラーマ・ヤーナでは、インドラの矢とも伝えているアレか……?」

 

 ホップが述べた瞬間、私は思い出した。

 ガラル王としてマスターが即位した日、適当にマスターが喋りまくっていた中に、そのフレーズがあった。

 

「私はバズライトイヤー、敵ではない」

 突然、音声が鳴り響いた。

「……すまない、誤タップしてしまい、セリフが出てしまった」

 セリフを喋るボタンを誤って押してしまったT-800が言う。

「天空の城――あれは、超古代文明(ロストテクノロジー)の遺物。それをこの現代で蘇らせ、そして未来では“スカイネット”と呼ばれている。この時代のインターネットを更に発展させ、AIを用いて、宇宙から世界を俯瞰的に網羅するネットワークシステム……」

 T-800の口にする“スカイネット”という名は、私とホップが過去へタイムリープした際に何度となく耳にしたものだった。

 ターミネーターであるT-800は、スカイネットによって文明の滅びた未来から、歴史を変えるためにやって来た。その未来は変えられたはずではなかったか。

 

「そのターミネーターがここに居る。それが答えなんだ、サナ」

 

 即ち未来は変えられなかった。ホップの言葉を継いだのはT-800だった。

 

「スカイネットにより人類殲滅が行われるという未来……“審判の日”は避けられない。先延ばしにされただけだった。“審判の日”は人類にとって回避不可能だというのが今となって出た結論だ」

 

 近い未来に訪れる“審判の日”。人類破滅へのカウントダウン。それらが重い空気となり肌にべとりと纏わりつく。

 

 ――暫くの静寂。

 しかし、それは直ぐに破られた。

 

「だけど、俺は諦めないぞ。このままにしてたまるか」

 ホップは強い握りこぶしを作る。

 諦めない心。挫けぬ意思。目の前の少年は、まだあどけなさの残る黄金色の瞳の中に、その強さを宿していた。百獣の王の魂を持つ、気高き王者の兄ダンデに負けずとも劣らない強さが。

 

「なあ、別の世界の、もうひとりの兄貴。俺たちに力を貸してくれないか」

 

 ホップがそう言うと、ダンデはそっと振り向き、「俺は信用ならん男だぞ」と短く吐き捨てた。それだけで良かった。ホップとソニアは顔を見合せ、笑顔で頷き合う。彼らは、悪の道を歩んだはずの異世界のダンデに、居場所を与えたのだ。

 

『ニャーも諦めないニャー。カイトとニャーはウルトラホールの先で世界の滅びる瞬間に立ち合ったニャー。もう二度とあんな想いはイヤなのニャ』

 人語を操る二足歩行ニャースのシャケが言う。カイトはこの場には居ないが、ナックル城での偽ダンデ事件の時も、何か最悪の未来を回避しようと必死に動いていた。その行動は今も続いている。

 

「ハァー、めんどくせぇな。俺たちアバランチの力がまだ必要なんだな。が、これは、未来への反乱だぜ」

「俺のクレーン操作レベルでも流石に天空の城までは届かねぇな」

 反乱軍のアバランチのマッシュとクレーンは腕組みをして不敵に佇んでいる。

 

「……モロ一族も共に闘う」

『人間の為ではない。全ての生きとし生ける者の為だ……』

 たくさんのブイズに囲まれる一人の少女、イーブイの着ぐるみを着込んだハルの言葉に、巨大イーブイのモロはそっぽを向く。それを見た老博士――マグノリアは笑みをこぼした。

 

「ガラルの海だけじゃ飽きたらねぇ。真の“海賊王”になるには、このガラルを、世界を元に戻さなきゃなんねえんだろ? 大丈夫だ、俺たちにはたくさんの仲間がいる!!」

 どん!

 海賊王を目指すルヒィが言う。

 

「ドク。貴方は地下室でそのような研究を続けていたのね。どうして言ってくれなかったの」

 ホログラム映像のドクにマグノリアは静かに訴えかける。正確には今はドクとは名乗っておらず、ダイオーキドを自称しているのだが、ふたりの間では昔からの呼称であった。

 

【別の世界に行ったと言って精神錯乱していたカイトという男を診療した時の事だ。彼はまるで予言者のように、未来のことを言いよった。そして、どの世界も似たような結末に向かう、歴史の修正力の話もしよった。それまで私は、平行世界の未来とこの世界の未来は異なる……と考えていた。私はそれから観測と実験を続けたよ。そんなある日だ、未来からそのターミネーターがやって来た】

 

 ドクが言うには、T-800はこの時代に満身創痍の状態でやって来た。そこでそのボディの代用として、手元にあった『トイストーリー』の電動玩具、台詞を喋る『バズライトイヤー』にチップを移植し、今に至るのだという。

 

【まあ、厳密にはそのターミネーターは異次元のポケモンが素体になっておるらしく、チップすら単なる依代に過ぎんらしいがな】

 

 あの日、魔晄炉で未来へ帰るT-800を見送ったときに、黒い竜のような姿を見せていたことを思い出す。

 

「――いずれにせよ私は生まれ変わった。スペースレンジャーとしてな」

 バズライトイヤーとなったT-800が得意気に言う。

 

 空高く浮かぶ天空の城。そこに私のゴールはある。ガラルとアローラ。ふたりのマスターがそこにいる。

 不自然に創り出された色違いサーナイトの私が、最期に守るべき主は、ガラルか、アローラか。名を思い出せない、愛しいマスターの顔が浮かぶ。

 

 ――ほらね、そんなもんなんだよ。

 辛辣に告げられたアローラの言葉が浮かぶ。あなたの名は、君の名は、私の名は。

 そこで、私は慌てて頭を振る。私はサナだ。混乱している場合じゃない。

 

『私は、サナ――、さな?』

 

 脳裏にふと、ひとつの疑念が過ぎり、ひとつの場面を思い出した。

 このガラル収容所に来る際の、サオリとコウタローの会話を。彼らは何と言っていたか。

 

【ある人が言うには、避けられぬ宿命だったらしい……まずは疑え、そして己を偽れ。運命の流れに身を任せないことが、この仕組まれた物語のプロットを抜け出す方法だ】

 

 この物語は、この世界は、創造主の手のひらで転がされている。

 

【……お前なら、理解できるはずだ。お前は俺が出会ってきたどの人間よりも優れた頭脳を持っている……俺がなぜコードネームを使ってきたのかを】

 

 私はなぜ、ふたりのマスターの名前を思い出せないのか。コードネーム。本名を悟られない為の符号。

 隠さなければいけない名前がある。そうか。私は、私の名は――。そして、君の名は――。

 考えがまとまりかけた瞬間、T-800のバズライトイヤーとしての音声機能が誤タップされる。

 

「無限の彼方へさあ行くぞ!!」

 

 無限。夢幻。ムゲン。

 私たちの進む道は、世界はムゲンに広がっている。そのどれかひとつを、ほんの小さなきっかけで選び、ときに選ばされ、私たちは今この場所に立っている。

 古来から未来へ。ムゲンに続く道はこの現代にある。このゲンダイに。

 

 無限の彼方へ――さあ行くぞ。

 いよいよ、私は私を取り戻した。後はあなたの思い出だけだ。

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