ポケどま!   作:よすぃ

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祈りの歌

 眠りこける老人は、私たちに気づかなかった。立ったまま器用に寝ている。

 バズライトイヤーはその前で足を止めるようにシャケに伝え、ついでにダンデにあれこれと語りかけていた。しかし、老人は眠ったままだった。

 

「ここは覚えがあるだろう。時間と空間から切り離された、妙な場所さ。本来は時の迷い人がたどり着く場所なんだが、あたしたちの居た世界が、時間と空間を失った際に、なぜかアラベスクジムに現れたのさ」

 

 私たちの居たガラル。

 ルヒィたちが海の先には何も無いと言っていた。そして、時を奪われると静止してしまうという妙な状況に今は陥っている。

 空間も、時間も。何かが歪んでいる。

 

「サナ。前は迷い込んだわけだが、今日は違う。こちらから自らの足で出向いてきたんだ。覚悟は出来てるかい」

 

『覚悟……?』

「ああ、この奥の部屋へ行ってもらう」

『奥には何があるのですか?』

 

 ポプラは目を細める。全てを見透かされているような錯覚を覚える。どことなく、母のような慈しみが混じっているようにも感じた。

 

「奥の部屋には、闘いの神を自称する妙な生き物が居る。闘いの神は見る人の強さによって、姿が違って見えるんだ。その者に応じた姿にね……」

 

 そして、私の顔を真剣に見つめる。

 

「半端なことを言うかもしれないが、堪忍してくれよ。あたしたちは、迂闊なことが言えないように制御されてるのさ。サナ、あんたは、どっちなんだい?」

 

『どっち、とは……?』

 

「ああいい。今の言葉以上は言えないのさ。だから、それで伝わらなかったってことは、きっとまだその時では無いんだろう。いいかい、この扉の中に何がいるのか。扉を開いた者の種に応じた強さに姿を変えた闘いの神がいる。いいかい、よく見てくるんだよ。そして、闘って勝っておいで」

 

 今ひとつよくわからないまま、ポプラは扉の前に立つと、私に道を譲る。

 

「さあ、これはあんたの物語だ。あんたの手で先に進めるんだよ」

 

 私は、自らの手で、古びて錆の浮いたノブを回す。軋んだ音が響き開いた扉の中に一歩踏み込むと、そこには一人のトレーナーらしき少女が立っていた。

 何処かのスクールの制服のような格好をしている。白の半そでシャツに紫のネクタイ、紫の半ズボン。そして、スクール帽を被っている。

 

 少女は静かに顔をあげる。瞳の色が、おかしかった。何か機械的な雰囲気を思わせる。

 

『貴方は誰ですか?』

「……、……私ハ……⬛︎⬛︎」

 

 尋ねると、身体をカクカクさせながら、首を傾げる。

 

「ココデハ無⬛︎……今デモ無⬛︎……しかし、⬛︎ハ……⬛︎ナ。私ハ、イレギュラー、アップデートデ、加ワルハズダッタ……モウ、開発者イナイ、ダカラ、パラドックス」

 

 支離滅裂だったが、目が淡く光っている。少女は、手のひらを上にした状態でマスターボールを差し伸べた。

 嫌な予感を覚え、私は胸にさげてあるスカウターを装着する。

 ――瞬間、マスターボールから一体のロボットのようなものが飛び出した。否、それがポケモンであることは私のスカウターが察知していた。

 繰り出されたそれは、いぶし銀に染まったメタリックなボディをしている。造形だけで言えば、サーナイトとエルレイドを足して割ったような特徴がある。種族は、“テツノブジン”と言うらしかった。

 しかし、驚いたのは、付けられたニックネームとそのトレーナーの名だ。

 

『テツノブジンのサナと、そのトレーナーのサナ……』

 

 思わず呟いた言葉に眼前の1人と1匹は僅かに反応する。

 

 何かのバグのような組み合わせに驚くと同時に、私は自身の最初のマスターの名が私と同じ名であるとダンデに告げられたことを思い出す。ここまでの符号が合って良いのだろうか。

 

『貴方たちは何者?』

 

 しかし、意に介した様子もなく、“テツノブジン”のサナは攻撃を繰り出してきた。無機質な動き――感情の色も無い。

 繰り出されたのは両腕に鋭く突起したブレードからのソウルクラッシュだった。魂を砕くというだけある、その一撃を受ける訳にはいかない。

 瞬時に身を交わした私は、サイコショックを相手の胸に叩き込んだ。衝撃で穴が空いたのか、と思ったが違う。

 私たちサーナイトにあるべき、主を想う感情の依り代である赤の輝石が無く、そこにはポッカリと穴が空いているのだ。

 

『貴方たちは……っ!』

 

 会話など通じない。

 一撃を受けた相手は痛みを覚えた様子もなく、そのまま、両手を天にかかげる。咄嗟に私も同様の構えを取る。

 

 ――ムーンフォース。

 月の力がぶつかり合う。お互いにダメージを受けるが優位に立ったのは私だ。相手のテツノブジンとやらは、恐らく、種族値か、後天的に割り当てられた努力値が私のガードを越える域まで達していない。

 私はステータスの優位を活かし、背面に回りこみ、再度サイコショックを叩き込んだ。

 テツノブジンは地に膝をつけたまま前へ倒れる。淡く光ると、少女の手のマスターボールの中に戻って行った。

 

「私ハ、貴方⬛︎未来⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

 

 何を言っているのか聞き取れない。言うなればAIを搭載した精密なアンドロイドの電力が切れかかっているような状態だった。

 

「コノ世⬛︎ハ、私⬛︎世⬛︎⬛︎似⬛︎異⬛︎ル⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

 

 確かサナと名乗った少女が、もはや何を言っているか聞き取れなかった。そして、最後に小さな声で「ボンボヤージュ」と呟くと、完全に動きを止めた。

 目の輝きが消え、ピクリとも動かない少女はしばらくすると、輝きを発しながら、その姿が透けていく。

 

『ちょっと待って……!』

 

 声を掛けるが完全に透き通り、そのままかき消えるように姿を消していった。

 

「途中からだが、全部みてたよ」

 

 呆然とする私に、入口の扉の方から声が掛かる。ポプラは静かにこちらに歩いてくる。

 

「まだ駄目なようだね。ただ、今日あんたが闘った相手が誰だったか、よく覚えておきな。一応はこの時空からみた未来の遠く離れた土地パルデア地方から来たようだね」

 

『パルデア地方?』

 

「馴染みが無いのも無理はない。あたしも、他の誰も馴染みがない未知の土地さ。それがこの時間も空間も歪んだ環境下で、様々な形で姿を見せている。この子たちもそうさ」

 

 そう言って、ハンマーを持ったピンクのポケモンと、水色の妙なステップを踏むポケモンを指す。ヨーダとジョニーの2体はポプラに懐いているようだった。

 

「さあ、行こうか」

『私に話があるのでは?』

「そんなもの話したとて理解できやしないし、話せっこしやしないさ」

 

 ポプラは私を部屋の外へ連れ出した。そこには、妙な老人と話し込んでいるダンデが居た。

 

「……ほう、また時の迷い人か」

 

 どうやら目が覚めているようだった。しかし、息も絶え絶えで様子がおかしい。

 

「もう……私は駄目なようだが、その最期にこれだけの人に見守られるなんて、これ以上の幸せはない」

 

 老人はバランスを崩しかけ、それを足元からT-800が、上半身をダンデが支える。

 

「アニキ、ありがとう……。T-800もな」

 

 しわがれた声で老人は言う。

 

「ホップ。あまり多くを語るな、もういい。後のことは俺に任せるんだ」

 

 ダンデは優しく身体を支えながら言う。ホップとこの老人を呼んだように聞こえたが、間違いではないだろう。

 

「T-800よ、数多ある平行世界を救うためミッションを与えたが、それは順調なのだな……?」

 

「問題ない。この世界の未来は正しい進路に軌道を修正すべく、この時代の貴方が活躍してくれている。そして、この世界のもうひとりのダンデも」

 

 老人は微笑む。

 やはり。驚くべきことに、この老人こそが、T-800をこの時代に送り出した未来の世界のホップであるらしい。

 

「……そのリング、今はキミが持っているのか……ということは、どうやら、ユ……に、フラれてしまったのかな、俺は……。でも、それでもいい。この世界には未来があるから。絶対に死なないでくれ。そう、キミの妹にも伝えて……」

 

 ろくに目も見えておらず、意識が朦朧としているせいか支離滅裂なことを言う。

 ホップは大きくバランスを崩すし、勢いで杖にしていた剣が傾きホップも倒れる。

 

「しっかりしろ、ホップ!」

 

 ダンデが叫ぶ。

 

「……ア、ニキ……、世界を守ってほしい……この剣を、俺が居た世界で使うことのできなかった、王者の剣……アニキなら、きっと――」

 

「ホップ?」

 

 剣を差し出したまま、ホップは動きを止める。ダンデはホップの手にしていた、不死鳥が大きく翼を広げたようなシンボルのあしらわれた剣を受け取る。

 お互い、それ以上は言葉を発さなかった。ダンデは年老いたホップの身体を抱え、肩を震わせる。

 

「たまたまだ。このホップにとって、数多ある世界の、無限に存在する“ダンデ”のなかで。たまたま俺がこの場に居合わせただけなんだ。だけど、どうしてだ。何故こんなにも悲しい、このホップとは初めて会ったはずなのに。何故こんなに胸が苦しい?」

 

 今は対象的に年老いていないポプラが、しゃがみ込んだままのダンデの背にそっと手を当てた。

 

「あんたが、アニキだからだろう。他でもないこのホップのね」

 

 そう言うと、ポプラはどこからともなく、杖を取り出し、その場で踊り始める。

 

「異界送りをするよ。年老いてなお一人で運命と戦い続けた戦士の魂を、あるべき場所へ届けようじゃないか――」

 

 ポプラが舞うと、どこからともなく、幻光虫が集まってきた。そして、ダンデが抱きかかえているホップの亡骸が光を発していく。

 

「イエユイ、ノボメノ、レンミリ、ヨジュヨゴ……」

 何かの呪文のようにポプラは唱える。

「ハサテ、カナエ。クタマエ……」

 

 やがて、光に包まれたホップはそのまま消えていった。残されたのは、王者の剣を手にしたダンデだけだった。

 幻想的な光。美しいが、どこか儚い光景に私はただ目を奪われていた。滅んだ未来の世界で、ひとり闘い続けたホップの物語は、今幕を閉じたのだ。決して叶わぬと思っていた兄の腕の中で、きっとホップは幸せだったに違いない。

 

「彼は、機械の私と違って、世界を自由に超える術を持たなかった」

 

 ではこの寂しげな空間は、公園だけが取り残されたこの空間は、未来の世界の残された最後の一部ということになる。

 T-800は語り続ける。

 

「意図せず世界線を超えてしまうことはあれど、それが本来、人であるものの限界だ。だから、私に全てを託した。彼の居た未来は既に滅んでしまっており、何をしても元には戻らない。それこそが、パラレルワールド。だが、彼は闘い続けようとした。自分と同じ想いを抱くホップを作らないために……だから、この結末は、彼にとって最も幸せだったと思う」

 

 バズライトイヤーの形を取っているT-800は、元々が機械であるため、涙を流さない。

 シャケが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、バズライトイヤーの彼を抱きしめているが、人形の彼の表情は全く揺らいでいなかった。ただ、ちょっとだけ、私には表情を変えない彼が泣いているような気がした。

 

「先を急ぐぞ」

 

 ダンデは立ち上がり、王者の剣を胸に抱く。その柄にあしらわれた紋章は、よく見るとシンボラーにどこか似ており、それは、ナックル城の外観を彷彿させた。

 王者の剣を背負い、立ち上がり、出口に歩き始める。慌ててその後をバズライトイヤーを抱きかかえたシャケが追いかける。

 時の最果てのエリアが少しずつ歪んできている。ホップの死で何かバランスが崩れたのだろう。

 

「ほんとに良い面構えを見せるようになったね。私の召喚士の力で、元いた世界の亡くなった友人たちを召喚して会話をさせてあげた方が良いかとも思ったが、どうやら必要なさそうだね」

 

 ポプラはそう言うと微笑む。

 

「サナ。行っておいで。攻略ルートはもう分かるだろう。ナックルに行き、エネルギープラントを復帰させるんだ。バウタウンやシュートシティにもエネルギーが行き渡れば、ナックル城に対抗する兵器ヱヴァンゲリヲンが稼働する。それでATフィールドを突破し、ナックル城の中に行くんだ」

 

 美しい少女の姿のまま、ポプラは言う。これからの物語の筋書きを言われたかのようだった。まるでそれは終わりに向かうべく、作られた都合の良さすら感じる。

 だけど、進むしかない。止まるわけにはいかない。私はユウナに逢いに行くのだ。そして、アローラの少女にも。

 

――――――――――

【補足】イエユイ、ノボメノとは?

 謎の呪文のように、今回ポプラが唱えていたが、皆大好きファイナルファンタジーXで出てきた「祈りの歌」である。召喚士であるユウナが異界送りをするシーンなどで流れる。

 アナグラムになっており、訳すと「祈れよ エボンジュ 夢見よ 祈り子 果てなく栄えたまえ」となるが、本作とは全く関係ない。ポプラが何となく大好きなゲームの歌をノリで詠唱のように唱えてみただけである。

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