はじめは過去の主人公視点ですがご容赦を。
冬になった。現世に生まれてから、十度目の冬だ。いつもより寒く、みじめな冬だ。
自分に与えられた、幼児にも等しい餓鬼にしてみれば広々としていて、少し怖くすら思える部屋から一歩踏み出せば、あの
その姿は決して見えないけれど、声だけは部屋の中にいても思怨のように何処からか聞こえてくる。
どうしようもないことでしかない、というのは十分に理解していたけれども、やはり本性が出てしまう。
恐ろしい。ひどくひどく恐ろしい。背筋を亡霊か何かに嗤われながら、玩ばれているかのような気持になる。気づかないうちに手が震えてきて、股間に尿意がせりあがってくる。
嫌だ。こんな気持でずっとここにいなければならないのか。
そう思ったときには、すでに体が動いていて、部屋の扉を開けていた。年代物の樫の木が使われた重厚なドアは、それにふさわしき響きをもってわりかし従順に開いた。
赤いカーペットが粛然と敷かれた廊下に一歩、一歩と歩みだしてゆく。まだまだ細っこい色白の足が、分厚いカーペットをなんとか踏みしめる。爪先がほとんど埋まり、見えなくなる。
「なげかわしい、あの四宮などに......」
「お館様もさぞ悔しかろうなぁ......」
そんな声がさらに強く、大きく聞こえてくる。そんなことを耳にしながら、僕が思うのは、どうか気づかれないように、なんて自分よがりなことばかりだ。あの者たちは僕をあの部屋に留めておかねばならないのだ。そう命じられているから。
「おじぃさま」そんな弱々しい声が僕の口から洩れる。
大丈夫だ。あのかどを左へまがって、すこししずかにしながら歩いて、また左にまがって、すこしいけば──
そうすれば──
「あら、お坊っちゃん?」
ぎくっとした。一瞬もらしたかと思った。心臓がどんどんどんどんと鳴った。声のした方に振り向いてしまった。馬鹿!!そこは一生懸命に走りきるんだろう!!そうしないと僕は──
「駄目ですよ、今、お館様は大事なお話をなさっているのです」
そう言って彼女は僕をひょいと何気なく持ち上げてしまった。いつの間に背中に回り込んだのだろう、僕は抱きかかえられるようにされて、あっけなく今来た道を引き戻されそうになってしまった。
「しかし早坂!!」
そういうと彼女は何ですか、と僕の顔を覗き込むようにした。
そうだ、いまや
彼の息子を、僕にとっての父親を亡くし、その嫁とは──僕の母親たる女性とは疎遠にならざるを得ず、果てには人生の極地、家の存続を掛けた争いにおいても敗北した。
あの四宮に負けた。
彼の百数十年にもわたる家の繁栄にピリオドを打たれた。自分自身の過ちならばともかく、万全の体制を整えて、対等以上の立場にあって。
そうして、負けた。
だがそれがどうしたというのだ、まだ我が家の命運は絶たれていない。
まだ
「我慢なさってください──とは申しません、
そういって早坂は、早坂
「いいの」
「いいもなにも、実のところお話はもう済んでいるのです。ただお館様は一人になりたいとのことでして──」
「なんだ、そういうことかい」
頭の後ろに両手をまわして、今にも口笛を吹きそうなそぶりをしてみせる。小生意気と思ってくれるのならそれでよいのだけれど、早坂にはそうもいかないみたいで、くすり、と笑われてしまった。その目元にきらりと光るものがにじんでいるのには、べつにふれずによいだろう。野暮っていうのだ、そういうのは。
僕は早坂も一緒に来てよ、とせがんでみせた。そうすればほかの使用人にも変な詮索をされなくて済むし、お爺様だって僕のことを拒まないだろう。あの人は僕が単なる悪餓鬼であると思っている節がある。
それに早坂は近頃きたばかりの新米ともいえる使用人だけれど、その仕事ぶりはすでに屋敷のみんなから認められている。すくなくとも彼女を悪く言う者はいないだろう。
一人で行けばなんなくあしらわれてしまうかもしれない。そうじゃない。僕には
「そういうことなら、私よりも時田様のほうがよろしいかと。いま確か休憩をしていたはずですから──」
「そうだね」そうだ。早坂だって己の仕事があるのだ。こんな餓鬼にかまけている暇なんて、本当ならないはずなのに。
「ありがとう、早坂」
僕はそう言って我が屋敷の筆頭執事であり、天敵ともいえるあの好々爺のもとへとむかった。
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そんな奇妙な、近頃まったく聞くことのなかった大きな笑い声を背中に聞きながら──今さっき自分が礼節をもって閉めた扉の向こうにいる、自身の主の悦楽ぶりに時田はその皺ばかりの頬を緩ませた。
いきなりあの坊主に“お願い”をされたときは、また性懲りもなく、なんて考えたものだが......
まあ威勢の良い、そしてろくでもないことを言ってくれたものだ。まさか、あんなことをよりにもよってこの失鹿家、その当主に宣言しようというとは。
だがまあ、どうやらまだ職を失わずに済みそうだ。
次回、生徒会頭脳戦......にしたい