吐け!俺が食わせた四万吐けよオラァン!
わたしのお姉ちゃん
今から十三年前の三月三日。
世間がひな祭りで賑わうその日、奇跡が起きる。
病院前にある一本の桜の木が、有り得ないことに花開いたのだ。
そして、一人の少女が産まれた。
少女の名前は
可愛くて愛おしい、五歳差のわたしの妹だ。
◇
わたしにはお姉ちゃんがいる、五個歳の離れた高校三年生のお姉ちゃん。
名前は燕
お揃いの長い桜色の髪をポニーテールにし、優しく広い大海にも見える碧眼を持っている。
わたしと同じく、刀使として刀剣類管理局本部に籍を置く、偉くて凄い人。
だけど、刀使の実力で言えば、お姉ちゃんはへっぽこだ。
何せ、迅移は一段階、金剛身も一段階、写シも一度しか張れないんだもん。
剣術もからっきしで、わたしと同じく天然理心流の使い手だが、公式戦どころか練習試合ですら、勝ったところを見た事がない。
お姉ちゃんが
立てた作戦で出た死者や怪我人は0、作戦成功率は脅威の100%だ。
無論、へっぽこ刀使なので戦場には出ないが、長年培った知識と経験で、まるでその戦場に居て本当に見てるかのように、的確な指示を飛ばす。
現に、今、わたしの目の前で、お姉ちゃんはマイク付きのヘッドホンをしながら、スクリーンに映し出される映像を見て、作戦指揮を執っている。
指令室に流れる緊張感を、指示出しの声で解しながらも、警戒心までは解かせない。
『摘花さん、指示を!』
「三分後に増援が来るわ、それまで戦線維持! その猪型の荒魂は、一人を狙う習性がある。隊長である貴女が注意を引きつつ、他の隊員には隙を狙って、足を重点的に攻撃するよう言いなさい。時間を稼げれば十分よ! 死者も怪我人も出さない、良いわね?」
『了解!』
指揮を執っている最中だからか、妹であるわたしですら見惚れる程の、真剣な凛々しい横顔。
メイクなんて殆どしてないだろうに、ハリと潤いのある肌に、カッコイイとも可愛いとも言える顔立ち。
キリッとした顔付きは、マイク付きのヘッドホンを取り、わたしの方を向いた瞬間に崩れ落ちる。
とろーん、と可愛い効果音が付きそうになるほど、顔を柔らかい笑みに崩したお姉ちゃんがわたしを見つめる。
「どうしたの、結芽ちゃん? もしかして、お腹減っちゃった? ごめんね、この作戦が終わったら、急いで作るから」
「ううん、大丈夫。…ただ、お姉ちゃんが仕事してるの見たかっただけだから」
「そっかぁ…照れるなぁそう言うの……」
えへへ、と笑うお姉ちゃんは、わたしより幼く感じてしまう。
実際には歳上だと言うのに、変な所で幼いと言うか…可愛らしい部分が目立つ。
おっとりしてる天然気質で、プロポーションも抜群。
芸能界に入れば、キャラクター性と相まって、頂点までスキップで行けそうだ。
…だからこそ、お姉ちゃんにお邪魔虫がくっ付くのは許せない。
男性女性関係なくモテる、
それを見せ付けるように、わたしはお姉ちゃんに抱き着いた。
周りの人の視線が少し気になるが、構わない。
百七十は優にあるお姉ちゃん、わたしが抱き着くと丁度胸の辺りに顔が埋まる。
ふかふかで柔らかく、そして花のような甘い匂いが漂う。
好きだ、この匂いは──この温もりは大好きだ。
叶うならずーっと、こうしていたい…けど。
「ごめんね、結芽ちゃん。お仕事もう少しあるから、ハグはまた後でね?」
「うん……わかった」
残念そうな表情を、わたしが見せたからだろうか、お姉ちゃんは申し訳なさそうに謝り、わたしと体を離した。
お仕事の邪魔は……あまりしたくない、わたしは渋々指令室を出て、特別警備隊に宛てがわれた休憩室──もとい作業室に足を運ぶ。
中に入ると、わたし以外のメンバーである真希おねーさんと
難しい事は知らんぷりに限る。
それに、わたしがやっても修正で時間がかかるだけだと、おねーさんたちもわかっているのだろう。
特に咎められることはなく、わたしはソファに座り、自身の御刀であるニッカリ青江の手入れを始める。
大事な相棒だ、手入れに抜かりはない。
じっくり、じっくり、時間を掛けて手入れをしていると、いつの間にか時刻は七時を回っていた。
あれ、さっきお姉ちゃんが居る指令室を出たのが六時前くらいだったから……
凄い!
わたし、一時間も集中して手入れをしてたんだ。
知る人が知れば驚くであろう事象に、わたしが一番驚いていた。
…自分で言うのもなんだが、わたしは戦う事が好きだ──いや、戦って強さを証明することが好きだ。
強い人との立ち会いはワクワクするし、自然と笑みが零れる。
逆に、ジーッとしているのが苦手で、嫌いだ。
手入れをしていたとは言え、一時間も無言で誰の邪魔もしなかったなんて、史上初の快挙だよ!
今すぐにでも、この思いを共有したい!!
チラチラとみんなの様子を伺う。
見た感じ、まだ、おねーさんたちは仕事中。
むむむ、このままじゃ、わたしの快挙が埋もれちゃう。
苦しいくらいに褒めてくれるお姉ちゃんの下へ、わたしが走り出そうとすると、ガシッと肩を掴まれた。
感じる恐ろしいほどの覇気に、わたしは固唾を呑んで後ろを向く。
そこには、眩しい程に良い笑顔な寿々花おねーさんが居た。
表情からわかる、これは間違いなく怒ってるやつだ。
出ていくな、そう暗に言っている。
「結芽、偉いですわ。一時間も静かに落ち着いて過ごすなんて、初めての快挙ではなくて?」
「そ、そーなんだよ! さっすがー寿々花おねーさん、わかってる〜!」
「そうでしょう? だったら、結芽に快挙の功績がダブルアップする試練を与えますわ」
「…わ、わぁ、なにかなぁ〜?」
不味い。
わたしの直感が言っている、これは不味い、早く逃げろと。
だけど、今の状況にそんな余裕はない。
真希おねーさんも夜見おねーさんも、助け舟は出せないし、頼みの綱であり目的の人であるお姉ちゃんは、まだ指令室に居る。
作り笑顔も限界だ…。
「あと一時間、大人しく座ってる事ですわっ!」
「いーやーだー!!」
即座に写シを張り、八幡力でパワーアップした腕力で、寿々花おねーさんがわたしの肩に置いていた手を、出来る限り優しく払い除け、作業室を飛び出した。
後方から声が聞こえたが無視あるのみ。
立ち止まったら、遊びに行かないように作業室に軟禁されるに違いない。
諺でも逃げるが勝ちと、多分……あった気がする!
よぉし、目指すは指令室だー!
◇
一度、あの子を亡くしてから、わたしは再認識した。
自分の中で、あの子が──結芽ちゃんがどれだけを占めていたか。
真希ちゃんたちが、現世で死した後、隠世に残留した結芽ちゃんを助け出してくれなかったら……今頃わたしは発狂していただろう。
調査隊と呼ばれる人達にも感謝している。
あの人たちが、南無谷駆使景光の写シを貸し出してくれなかったら、結芽ちゃんは助からなかった。
結芽ちゃんへの想いは以前より強くなった。
たった一人の家族の、たった一人の妹。
もう二度と失いたくない、その為にも、わたしは自分を活かす。
わたしの長所、作戦指揮と作戦立案を最大限活かす。
十二歳、御刀に選ばれ刀使になったあの日から、強くなるために鍛錬を続けた……が芽は出ず、わたしは実働部隊でなく作戦指揮を執る、指揮官として育てられた。
そこからは地獄のような日々だったことを覚えている。
結芽ちゃんの病気の発覚に加えて、指揮官として覚える膨大な量の戦術資料の山との格闘。
病院と本部を行ったり来たり、寝る間も惜しんで、わたしは働き続けた。
お陰で、作戦指揮の腕は向上。
わたしが指揮を執った作戦の成功率は100%で、死傷者数も0と言う功績を維持し続けていた……あの子が一度死ぬまでは。
折神紫様に謀反を企てた刀使の確保。
当時のわたしは、それを任されていた。
作戦は最終段階、こちらに攻め入ってきた、彼女たちを確保する為、親衛隊を配置、確保の作戦を立てたが……あえなく失敗に終わり、一人の死者を出した。
そう、それが──結芽ちゃんだ。
知っていた、わたしは結芽ちゃんが不治の病と言われた病気を、ギリギリの所で生き長らえた理由を…知っていた。
ノロを入れて生き長らえる。
非人道的な実験だと知りながら、わたしは黙って見守る事しか出来なかった。
だが、ノロを入れた所で延命にしかならない。
死という終わりは避けることなど不可能。
現実はリトライが可能な世界じゃないし、コンテニューなんて裏技、一回コッキリで終わりだ。
次はない。
大荒魂の恐怖は消えたが、わたしの可愛い可愛い妹の命を奪う障害は消えていない。
荒魂は、大荒魂、タギツヒメが祓われてから、増えに増えている。
今日だって、六度は作戦の指揮を執っていた。
その所為か、お腹はペコペコだ。
取り敢えず、難しい事は後回しだ!
姉として、結芽ちゃんが喜ぶ美味しい料理を作らなくては!
「ふーんふーんふーん!」
「あっ! お姉ちゃん!」
「あれ? 結芽ちゃん? どうしたの、廊下を走って──」
廊下の奥の方から走ってきたのは、笑顔の結芽ちゃん。
だがしかし、何故走っているのか?
わたしは気になって、結芽ちゃんの後方に目をやると……恐ろしい程に笑顔の寿々花ちゃんが居た。
しかも、御刀を抜いている状態の。
……あぁ、これはあれだ、わたしも巻き込まれて怒られるやつだ。
諦観モードに入りつつあるわたしは、今日の献立を考えながら、寿々花ちゃんの説教を受けることを決めた。
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想や評価、お気に入り登録もお待ちしております!
摘花ちゃん視点の過去話は見たい?それとも日常の話が見たい?……過去編は少し重いかも
-
過去話やろ!
-
日常一択!