燕シスターズ   作:しぃ君

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 遅れてごめんなさい。
 言い訳は特にありません。
 ……何卒、これからも、よろしくお願いします!


国家公務員はブラック

 刀剣類管理局本部、局長室のドア前に、わたしは立っていた。

 ノックするでもなく、深呼吸をしてリラックスするでもなく、ただ立っていた。

 何も出来ない、このドアの前に立つだけで息が苦しい。

 言い表すことの出来ない威圧感が、ドアの中から漏れ出している。

 まるで、中と外で世界が違うかのような錯覚を覚えた。

 

 

 自分がこんな所に居ていいのか、改めて疑問に思う。

 でも……ずっと立ち止まってる訳にはいかない。

 相楽学長の顔に、泥は塗れないから。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 溜まっていた息を吐き出し、大袈裟に深呼吸をする。

 早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、わたしは少し強めにノックをした。

 コンコンコンと音が響く。

 

 

「入れ」

 

「……失礼します」

 

 

 一拍開けてからそう言って、わたしはドアを開けて局長室に入って行く。

 中は、自分が勝手に想像していたより少し手狭で、本棚が大部分を締めている。

 あとは、身分狭そうに冷蔵庫や小さな食器棚があるくらい。

 執務室でもあるから、当然と言えば当然、なのだろう。

 

 

 キョロキョロと物珍しそうに部屋中を見渡すわたしを注意するように、御当主様──折神紫様がわざとらしく咳き込んだ。

 

 

「話が先でも、構わないか?」

 

「す、すいません!? 入った事なんてなかったものですから、その……気になってしまって」

 

「別にいいさ。──それより、お前が燕摘花だな?」

 

「は、はい! 綾小路武芸学舎中等部一年の、燕摘花です! ここには、駐在刀使兼指揮官候補生としてやって参りました」

 

「あまり、固くならなくていい。ある程度の事は、相楽学長から聞いている。そこのソファにでも座れ」

 

「し、失礼します」

 

 

 言われた通り、ソファに腰を下ろし、荷物を横に置く。

 先に案内された応接室に、小物や服の入ったキャリーケースは置いてきたので、背負っていた小さいバックと御刀を静かに置いた。

 実家や寮では感じた事のないフワフワと柔らかいソファに、座り辛さ感じつつ、わたしは紫様に向き直る。

 

 

 英雄にして今尚最強の刀使として名高い彼女は凛としていて、どこか神々しい。

 別格──いや、別次元の存在なんじゃないかと疑うくらいには、紫様は独特の存在感がある。

 ……初対面で悪いが、わたしは彼女に尊敬からくる畏怖ではなく、根本的な生存本能からくる恐怖を感じていた。

 

 

「まだ、肩に力が入っているな」

 

「そ、そうでしょうか? これでも、出来る限り抜いているつもりなんですが……」

 

「……まぁ、しょうがないか。まず先に、お前のここでの活動スケジュールだが、基本的には単独行動、荒魂討伐には出なくていい。朝八時から、少なくとも五時間は資料室に篭って、作戦立案や作戦指揮に必要な、戦術や戦略を学んでもらう。午後は一度昼休憩を挟んでから、研究棟の面々と一緒に荒魂の性質理解向上の為の座学。時には訓練として荒魂と戦うこともあるだろう。そして、夕食を終え風呂に入った後、就寝時間の一時間前まで、ここで私と将棋。以上だ」

 

 

 ご、五時間の自主学習に、続けて座学、最後には将棋? 

 普通の勉強はどうしろと? 

 まさか、それが終わってから……なんてないですよね? 

 朝八時が割と良心的に感じたけど、それって罠なんじゃ。

 

 

「紫様? ……一般科目の勉強はどうしたら良いでしょうか?」

 

「空いている時間に──と言いたいが、私もそこまで鬼ではない。したかったら資料室でやっても構わん。土日は休みだし、そこでやっても良い、好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 思ったんだけど、刀使って思ったよりブラックだよね。

 いや、国家公務員は大抵ブラックか…。

 自由な時間が殆どないスケジュールに悲しみを覚えながら、わたしは言われた事を思い出しメモしていく。

 それを見た紫様、思い出したかのように、わたしに尋ねてきた。

 

 

「摘花、将棋のルールは知っているか?」

 

「はい。一通りは知っています。……友人が良く誘ってきたので」

 

 

 苦笑いを浮かべてそう返すと、紫様は「そうか、分かった」、と言って頷く。

 まぁ、その友人って言うのがミルちゃんの事なのだが、紫様はそんなの知らないだろうし、わたしがルールを知っている事さえ分かれば良かったのだろう。

 

 

 なんとなく、わたし一人だったらそんなの知りませんでした、と言いたかっただけだ。

 凡才ですらないわたしは、一人じゃ何も出来ない。

 いつも、誰かに助けて貰って今日を生きている。

 

 ◇

 

 彼女が──相楽学長が推薦してきた燕摘花と言う少女は、実に面白い。

 緊張や恐怖と言う感情を抱く割には、中に入って来て早々私ではなく部屋を見ていたし、スケジュールに不安や不満を言うかと思ったら「一般科目の勉強はどうしたらいいか?」、なんて聞いてくる。

 興味が引かれる子だった。

 

 

 そして、それ以上に──

 

 

「よもや、私の正体に気付きかけるとは」

 

 

 たった一度の邂逅で、少女は私の深淵を覗いた。

 そして、その所為で畏怖ではなく本能的な恐怖を感じたんだろう。

 畏怖と恐怖は別物だ、よく観察すれば分かる。

 摘花は間違いなく、私に恐怖していた。

 

 

「時間が経てば、お前といずれこちら側に来る」

 

 

 予言するように、私はそう呟いた。

 今日見つけたのはダイヤの原石、磨けば磨く程輝く存在。

 紛れもない天然物の天才。

 人間では届かない領域に足を踏み込める程の才を、少女は持っている。

 今は磨こう、いつか……私を貫く矛になると信じて。

 

 ◇

 

「お姉ちゃんに、会いたいなぁ……」

 

 

 月の光だけが差す物悲しい寝室に居るのは、わたしだけ。

 前まであったものが少しずつ消えていき、前までなかったものが少しずつ増えていく。

 お姉ちゃんが持ってきて、お姉ちゃんが持っていく。

 パパやママは、お姉ちゃんは凄いんだと褒めているけど、わたしはただ、寂しかった。

 

 

 今までずっと隣に居たお姉ちゃんの温もりが、離れていくような感覚。

 それが、寂しくて、怖くて、少しだけ泣きそうになってしまう。

 でも、それももう少しでお終いだ。

 

 

 わたしは、刀使になれる! 

 お姉ちゃんと同じ、刀使になれる! 

 

 

「がんばろうね! ニッカリ青江」

 

 

 きっとお姉ちゃんは反対すると思う。

 危険だから、怖い仕事だからって、遠ざけると思う。

 けど、わたしが強かったら問題なんてない。

 だから、絶対に強くなる。

 いつまでも、いつまでも、わたしがお姉ちゃんの隣に居られるように。




 シスターズプロフィール⑧「部活するなら?」
 摘花「人並み以上には運動できますが、文化部系に入りたいですね。文芸部、とか。本は好きですし、自分に合ってる気がします。」

 結芽「わたしのすっごい所見せられるなら、どこでも良いよ!あぁ、でも、体動かす方が好きだから、運動部がいいなぁ……。色々とかけ持ちしたい!」

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 次回もお楽しみに!

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摘花ちゃん視点の過去話は見たい?それとも日常の話が見たい?……過去編は少し重いかも

  • 過去話やろ!
  • 日常一択!

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