「結芽ちゃんに会いたいよ〜!」
「はいはい、分かりましたから。手早く仕事を終わらせますわよ」
「グスッ……寿々花ちゃんが冷たいよぉー」
二人しか居ない、特別警備隊の作業室で、わたしと寿々花ちゃんは書類作成に追われていた。
しょうがないと言えばしょうがない。
何せ、今日に限って真希ちゃんや夜見ちゃん、結芽ちゃんさえも任務に出ているからだ。
本来、書類作成の仕事は、居ない人数分削られる筈だったのに……
どうしてか削られず、残っている寿々花ちゃんだけじゃ終わらないので、わたしが手伝う事になった。
元々、作戦の報告書を纏めなきゃいけなかったから、書類作成の仕事に不服はないけど……叶うなら、結芽ちゃんの任務に付いてあげていたかった……
心配性過ぎるのだろうか?
わたしが、そんな事を考えながらため息を漏らす。
すると、面倒臭そうな重苦しい雰囲気を感じ取った寿々花ちゃんが、わたしに話を振った。
「…そう言えば、聞いたことありませんでしたが、摘花さんと結芽は昔から今ぐらい仲が良かったんですか?」
「そうだよ! …って、言いたいんだけどね。昔は、今ほど仲は良くなかったかな? 結芽ちゃんはわたしのこと好きでいてくれたんだけど、わたしは……結芽ちゃんのことあんまり好きじゃなかったよ」
「まぁ…。今の様子からは考えられませんわね」
「でしょう?」
そこから、わたしは思い出すように、昔の事を話し始めた。
あの頃のわたしは、まだまだ未熟で幼かったから、最初は妹が出来たことを素直に喜んだけど……その後はどうにも上手くいかなかった。
妹の為に、お姉ちゃんとして我慢する。
当たり前だと言われたその言葉が、簡単には飲み込めない。
全ての事が、妹を──結芽ちゃんを中心に回り始めた。
愛されていなかった訳じゃない。
時間や数は少なかったが、わたしが主役の日も当然あった。
……だけど、それは結芽ちゃんが愛された時間に到底及ばない。
「最初は…最初はさ、素直に喜べたんだ。可愛い妹な出来たって。……名前を考えたのもわたしだったし、嫌いになれる訳なかった」
「名付け親…だったんですね」
「まぁね。…でも、時間が経つにつれ、両親のわたしに求めるものは、姉としての自覚になった。…愛されてなかった訳じゃない…けど、わたしを見てくれる時間は段々と減って行った」
割り切れれば、楽だったのかもしれない。
お姉ちゃんなんだからと、意識や自覚を持てれば耐えられたのかもしれない。
まぁ、今となっては関係ない話だ。
どこに行くにも後ろを着いて回る結芽ちゃんに、わたしは鬱陶しさを感じながらも日々を過ごしていた。
無垢な笑みと純粋な好意を向ける妹を嫌う。
その行為は、次第にわたしの心を擦り減らしていった。
そして、ある日……
「結芽ちゃんが行方知れずになっちゃったの。…結局、ただの迷子だったんだけどね。両親は大慌てでさ、わたしにも探して欲しいって頼んだんだ。嫌だった…けどさ、断る訳にもいかなくて、テキトーな場所を探しに行った。そしたら偶然さ、泣いて蹲ってる結芽ちゃんを見つけたんだ。…少しだけ魔が差した」
「見なかったふりをしようとした…ですか?」
「うん…。それで、知らん振りして戻ろうとした時、あの子が泣いて叫んだんだ。両親じゃなくて、わたしの名前を。凄く、後悔した。その後は、気付いたら結芽ちゃんの下に走って、抱き締めてた。その日からかな、わたしが結芽ちゃんを好きになれたのは」
誰でもない、わたしを呼んでくれた。
『お姉ちゃん』と叫んでくれたんだ。
それが堪らなく嬉しくて、だからこそ後悔した。
自分の事を一番に想ってくれた妹に、わたしはなんて酷いことをしていたんだろう…と。
溢れ出したら止まらなくて、わたしは夢中で結芽ちゃんを抱き締めた。
今まで出来なかった分を取り戻すように強く、優しく、大切な妹を抱きしめ、泣きじゃくる。
家までの帰り道、わたしは初めて、あの子の手を握り返せた。
それが分かったのか、結芽ちゃんはふにゃっとした柔らかい笑顔で、こう言った。
『やっと、握ってくれたっ!』
あの時の笑顔は死ぬまで忘れる事はないだろう。
天使のよう、いや、まさに天使と言わざるを得ない笑顔。
人間の枠組みはあの子にとって小さ過ぎる。
剣の腕もそうだし、そろそろ、妹の属性はそのままに、人間から天使にクラスチェンジした方が良いかもしれない。
「あなたたちの仲の良さはよーく分かりましたわ」
「そっか、それなら良かったよ」
呆れたように言う寿々花ちゃんを横目に、わたしは通知の着たスマホを手に取り、内容を確認する。
…なるほど、やっぱりそうなったか。
わたしはさっと、イスから腰を上げ、机の横に立てかけていた御刀を手に取り、腰の器具に固定する。
その様子を見た寿々花ちゃんも、察したように腰を上げ、御刀を手に取った。
「何かありましたか?」
「ちょっとね…。手伝って貰ってもいい?」
「えぇ、勿論ですわ」
部屋から飛び出したわたしたちは、結芽ちゃんが補佐に入った、荒魂討伐作戦が行われている現場に急行した。
◇
目の前に広がる光景は、さながら地獄絵図…だった。
幾ら小型の蜘蛛荒魂とは言え、集まれば厄介。
今回の荒魂討伐任務、本当は補佐で加わった筈のわたしが殆どの荒魂を祓っていた。
だけど、正直言ってキリがない。
雑魚ばかりだが、補佐として加わった小隊、その六人のメンバーは殆ど、荒魂との実戦経験のない者で構成されている為、六人の足枷が居ると言っても過言ではない。
小隊長の適切な指示のお陰で、未だに怪我人は出ていないが、わたしが居なかったらどうなっていた事か……
想像するのは、あまり頭が良くないわたしでも、難しくない。
祓って、祓って、祓って。
庇って、庇って、庇って。
何体倒したか、その数を数えるのすら億劫になってくる。
……お姉ちゃんの妹として、怪我人を出す訳にはいかない。
もし、軽傷重傷関係なく、怪我人が出ようものなら、お姉ちゃんの顔に泥を塗ることになる。
それだけは、ダメだ。
それだけは、してはいけない。
燕摘花の妹、燕結芽として、怪我人だけは出させない。
揺るがぬ誓いを胸に、荒魂を祓って行くが──世の中、そう都合良くは行かない……そんな事をわたしは忘れていた。
「スルガ型…」
「……………………」
どこからともなく、人型個体のスルガ型と呼ばれる、凶悪な荒魂が赤羽刀を片手に現れる。
小型の蜘蛛荒魂だけならどうにかなった。
アイツは不味い、アイツは別格だ。
わたし一人だけなら、倒す事など、どうって事ないが……庇いながらやったらわたしが死ぬ。
チラリと後ろを見やる、小隊長の顔色は青を通り越して真っ白になっていた。
無理もない、わたしが居て、限界ギリギリの所で討伐任務が進んでいるのに、スルガ型が現れるなんて……
どう足掻いても、わたしが出張るしかない事を、頭の良い彼女は即座に理解した、理解したからこそ絶望している。
「……燕さん、スルガ型を…お願い、します」
「分かってるよ。…でも、どうするの? 言っとくけど、数秒でカタがつくほど、甘くないよ」
「………………」
言葉は、返ってこなかった。
一刻も早く、わたしが目の前に居るスルガ型を倒さなければ、誰かが怪我をするのは明白。
…最悪、死者が出ても可笑しくない。
こんな事になるんだったら……
「お姉ちゃんの部隊指揮訓練、ちゃんと受けるんだった」
撤退させたくても撤退できる策が浮かばない。
もし、ちゃんと受けていたら、そんな事を考えながらスルガ型へと向かっていくと、聞き慣れた優しい声が聞こえた。
「そっか、じゃあ、帰ったらみっちりお勉強だね?」
「お、お姉ちゃん!?」
「私も居ますわ」
「す、寿々花おねーさんまで!? ど、どうしてここに?」
御刀を構え、写シを張った状態の二人がわたしの両隣に立つ。
寿々花おねーさんは自身の御刀の切っ先をスルガ型に向け、わたしの質問に答えないまま行ってしまった。
代わりと言わんばかりに、お姉ちゃんがここに来た理由を話し始める。
「今回の荒魂討伐任務の目的は勿論、市民に被害が及ぶ前に荒魂を祓う事だけど……もう二つ裏の目的があったんだ」
「二つの裏の目的?」
「一つ目は、実戦経験が皆無の子たちに経験を積ませるため。…もし、何かあっても良いように、結芽ちゃんが補佐についたの」
「じゃ、じゃあ、二つ目の目的は?」
「結芽ちゃんに、部隊指揮訓練の大切さを教えるためだよ。今回の任務、一番強い結芽ちゃんが、部隊指揮もできて撤退行動を取れたら、危険は最小限で済んだ。でしょう?」
……何も言い返せない。
お姉ちゃんの言う通りだ、わたしが部隊を──この小隊を動かせていたら、危険が及ぶ前に一度撤退して、体制を整えることが出来た。
その可能性は十分にある。
落ち込み、俯くわたしの頭をお姉ちゃんがそっと撫でた。
言葉こそなかったが、悪くないよと、言われているようだった。
動かなかったら、何も変わらない。
今は、できることを全力でやればいいんだ!
「お姉ちゃん、わたし!」
「うん、行ってらっしゃい。撤退行動はわたしが執るから」
優しい微笑みのまま、お姉ちゃんは声を張り上げる。
「現時点を持って、部隊指揮権はわたし、燕摘花に移った! 燕結芽、此花寿々花の両名以外は迅速に撤退行動に移る! 遅れないこと!」
『了解!』
世界一頼もしいお姉ちゃんに後を任せ、わたしは視界を覆い尽くす荒魂に向き直る。
勉強は嫌だが、お姉ちゃんとの時間を取られるのはもっと嫌だ。
「悪いけど、雑魚に邪魔されるの、嫌いなんだよね!」
取り敢えず、手近な荒魂から片っ端に祓って行く事を決めた。
◇
今回の作戦、小隊長として部隊指揮を任されていたのは、わたしの直属の部下であり弟子だった。
隣に並んで走る彼女は、申し訳なさそうにこちらを見つめていた。
無理もないだろう、彼女からすれば、師匠の顔に泥を塗ったも同然。
怪我人こそ出なかったものの、撤退行動さえ取れなかったのだから。
そんな弟子に、わたしは諭すように話し掛けた。
「今回の任務、良く頑張ったね」
「全然、良くありません。…私は師匠の弟子失格です」
「……本部では、今回の作戦で怪我人が出る所まで、想定の内だったらしいんだ。でもどう? 小隊の中に怪我人はいないでしょう?」
「そ、それは師匠の妹さんが頑張ってくれたからであって、私は何も……」
「危険だと分かったら、補佐で呼んだ筈の結芽ちゃんを迷わずに主戦力、中心人物として使い、限界ギリギリのラインを保った。その判断力は誇っていいものだよ」
「それだって、師匠が教えてくれた事じゃないですか。…ありがとうございます。少しだけ、楽になりました」
いえいえ、そう返して、わたしたちは走り去る。
感謝するのはこっちの方だ。
悪いとは思っていたけど、彼女たちを結芽ちゃんに意識させる駒として使ってしまった。
危うく怪我人が出るところだったのは、わたしの落ち度でありわたしの失態だ。
…今度からは、もっと効率的で人道に沿った手段を選ぶべきだと、わたしは痛感させられる。
取り敢えず、帰ったら結芽ちゃんで癒されよう。
疲れた心には結芽ちゃんが一番効く。
そんな不謹慎な事を考えながら、わたしは撤退行動を終わらせた。
翌日、結芽ちゃんの為にやった、部隊指揮訓練初回が壊滅的だった事は、言うまでもないだろう。
次回もお楽しみに!
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摘花ちゃん視点の過去話は見たい?それとも日常の話が見たい?……過去編は少し重いかも
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過去話やろ!
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日常一択!