燕シスターズ   作:しぃ君

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 社畜…それは、会社に飼い殺された人間の末路。
 今回はおまけもあるよ、私的に摘花と薫は社畜コンビとして上手くやっていけそう。


徹夜作業は三日までにしろ

「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫! 明日のお昼頃にはこの仕事も終わるし、そしたらゆっくりできるよ」

 

「もう、三徹もしてるんだよ? そろそろ休まないと」

 

「分かってるよ。…ほら、もう遅いんだから、結芽ちゃんは寝なさい」

 

「……はーい」

 

 

 渋々と言った表情で、結芽ちゃんはベットに帰って行った。

 わたしは、それを見送ったあと、机に向かって残りの作業を終わらせる。

 四作戦同時進行は、流石に疲労感や倦怠感が強い。

 お陰で三日間寝ることが出来なかったし、今日も寝られないだろう。

 

 

 何故なら、作戦終わりに提出された報告書を、わたしが纏めて真庭本部長に提出しなければいけないからだ。

 一つ一つの報告書に目を通しつつ、それを全て纏めるのは正直辛い。

 三徹の所為で、時々視界が霞んだり、記憶が混濁する。

 

 

 今の自分がまともな文章を書けているのか? 

 そんなの全く以て分かりはしない。

 でも、わたしが書かないと、同僚や他の職員に迷惑が掛かる。

 それだけはダメだ。

 戦線に立てない分、わたしは誰よりも頭を使って走り続けると誓ったんだ。

 

 

 限界に近付きつつある体を酷使し、わたしはなんとか、朝日が登る時間までに書類を完成させた。

 あとは、持って行くだけだ。

 

 

 …わたしの職場はブラックだ。

 夜明け前のこの時間でも、働いている同僚や職員はチラホラ居る。

 指令室にも、必ず十人以上は残っているだろう。

 

 

 完成させた書類をファイルに入れて、イスから立ち上がる。

 視界が揺れた。

 立ち眩み…か。

 

 

 倦怠感と疲労感が残る体を引き摺って、わたしは司令室を目指す。

 ……可笑しい、立ち眩みがまだ続いている。

 廊下を真っ直ぐ歩く事が出来ない。

 

 

 段々と足取りも悪くなってきて、膝がカクついてきた。

 あと少し、あと少しで指令室に着くのに、そのあと少しが果てしなく遠く感じる。

 

 

「……あ」

 

 

 間の抜けた声が口から漏れた瞬間、わたしは足がもつれて地面に倒れ込んだ。

 遠くから聞こえる誰かの声。

 返事なんてする事は出来ず、そこで意識がプツリと切れてしまった。

 

 ◇

 

 次に目覚めた時、最初に視界に入ったのは見慣れた天井だった。

 …誰かが運んでくれたのだろうか? 

 体を起こして周りを見ようとすると、誰かに無理矢理押さえつけられた。

 嫌な予感がして、そっと視線を移動させる。

 

 

 わたしの体を無理矢理押さえつけたのは──結芽ちゃんだ。

 うん…まぁ…なんとなく予想はついてたよ? 

 だって、この部屋に居るのって基本、わたしとこの子だけだし。

 誰かを連れてくる時は連絡するし、連絡出来ない時はそもそも連れてこないからね。

 

 

 ……物凄く不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいる。

 正直、苦笑するしか無かった。

 

 

「あ、あはは…。お、おはよう、結芽ちゃん」

 

「おはよう、社畜(お姉)ちゃん。四徹明けで風邪になった気分はどう?」

 

「……最悪かな」

 

「そっか。因みに、起きて一番最初に聞いた話が、お姉ちゃんが倒れたって話だったわたしも最悪の気分だよ」

 

 

 ……ごめんなさい。

 そう、わたしは素直に謝った。

 選択肢がそれしかなかったんだもん、しょうがないじゃないか。

 未だに不機嫌モードな結芽ちゃんは、わたしの一挙一動に目を光らせている。

 

 

 風邪を引いているわたしが、勝手に動かないように見張っているんだろう。

 そんな時に、本当に申し訳ないが……お腹が減ってしまった。

 何時、お腹の虫がぐーぐー鳴り出しても可笑しくない。

 

 

 妹の前で、結芽ちゃんの前で痴態を晒すのは……御免だ。

 もう色々とさらけ出してきたつもりだが、姉の威厳は守り──

 

 

「ぐー…ぐー」

 

 

 ……たかったなぁ。

 大きな音ではなかったが、確実に聞こえた筈だ。

 どうして分かるかって? 

 そんなの、結芽ちゃんが笑うのを必死に我慢している横顔が見えてからですよ!! 

 

 

 恥ずかしぃ…恥ずかしいよぉ…。

 今、この瞬間、姉としての威厳が吹っ飛んだ気がする。

 羞恥心で赤くなった顔のまま、わたしはボソボソと呟くような声でこう言った。

 

 

「…お腹、空いちゃった」

 

「…ふふっ、分かったよ。なんか持ってくる。ヨーグルトとかでいい?」

 

「お願いします」

 

 

 結芽ちゃんは簡易キッチンの方に行き、近くにある冷蔵庫からヨーグルトとバナナ、食器棚から適当な容器を取りだした。

 丁寧にバナナの皮を向き、包丁で一口大の大きさに切っていく。

 …いつの間に、料理なんて出来るようになったのか? 

 

 

 姉として、妹の成長は喜ばしいことだが、その成長の過程を見られなかったのが悔やまれる。

 うんうん、しっかりと猫の手も出来てるし、これなら大丈夫…かな。

 

 

 待つこと一分足らずで、結芽ちゃんはこちらに帰ってきた。

 ヨーグルトとバナナが入った容器と、スプーンを持って。

 

 

「はい、バナナ入りヨーグルトだよー」

 

「ありがとね、結芽ちゃん」

 

「体は起こさないで、わたしが食べさせてあげるから」

 

「えっ? だ、大丈夫だよ、少しご飯食べるくらいなら」

 

「ダメ。今日はお姉ちゃんにゆっくりしてもらうの。…偶には、甘えても良いんだよ?」

 

 

 そう言う結芽ちゃんは、何処か寂しそうで、わたしは断る事なんて出来なかった。

 羞恥心で悶え死にそうだったが、何とか耐えることが出来た、誰か私を褒めて欲しい。

 …秘密の話だが、結芽ちゃん()にあーんで食べさせてもらうのは病みつきになりそう。

 

 

 シスコンの自覚はあったが、新しい扉を開いてしまわないか心配になる、今日この頃だった。

 

 ◇

 

 ベットの脇に座り、眠るお姉ちゃんの頭を優しく撫でる。

 寝顔は……とても幸せそうだ。

 いつもは凛々しい横顔が目立つお姉ちゃんだが、わたしの前だとふにゃっとした柔らかい笑顔が多い。

 

 

 その笑顔が作り物じゃないことを、わたしは知っている……けど、無理をして頑張っているのも知っている。

 四作戦同時進行だったっけ? 

 到底、普通の人がやれることじゃない。

 

 

 現状を見る限り、お姉ちゃんでもギリギリだったんだろう。

 お姉ちゃんの誰に対しても分け隔てなく接する優しさは、美徳…そう言うべきだろうが、わたしはそうは思わない。

 だって、その優しさの所為で、誰からも頼られる存在になるだけで、頼れる存在は少ないからだ。

 

 

 今は、お姉ちゃんの代わりに、弟子? 部下? の人や真希おねーさんたちが頑張ってくれてる。

 …それくらいしか、居ない。

 お姉ちゃんが頼っても問題ないと、頼っても良いと考えている人はそれぐらいしか居ない。

 

 

 そして、わたしはその中に──入ってないんだ。

 何処まで行っても、わたしはお姉ちゃんからしたら守るべき妹で、自分が守られるべきじゃないと考えている。

 

 

 それが、堪らなく嫌だ。

 わたしだって、守りたい。

 強くなった、強くなれた、二度目のチャンスを貰えた。

 だから、わたしは守る側に立ちたい。

 

 

「泣いて欲しく…ないんだよ」

 

 

 弱いお姉ちゃんを、わたしは知っている。

 弱いお姉ちゃんを、わたしは聞いている。

 

 

 病気で入院して、パパとママが居なくなったあの日、お姉ちゃんはお医者さんに泣きながら怒っていた。

 姉でありながら、母としてわたしを育てると決めた日だど、後に聞いた日だった。

 

 

『医者だったら助けてよ! 無理だなんて言わないでっ!! あの子が…あの子が辛い目に会う必要なんてないじゃない!! …お願い…お願いだから…あの子を助けてください。…わたしのたった一人の妹なんです!』

 

 

 嬉しかった。

 こんなにも思われてるんだと知って嬉しかった。

 それと同時に、強くなろうと決めた。

 病気なんて関係ない、泣いているお姉ちゃんを守ろうと、守れるくらい強くなろうと。

 

 

 …だけど、強くなっても守れなくて、わたしは……死んだ。

 その後のお姉ちゃんは酷いものだったと、真希おねーさんたちから聞いた。

 みんなの前では普段通り振舞っていたが、裏では泣いていて、ご飯も殆ど食べていなかったらしい。

 

 

 日に日に痩せていくお姉ちゃんを見て、気付いたおねーさんたちが無理矢理食べさせたとか。

 …そして、わたしを助け出せる可能性が見えて、その可能性を握っている人達が元は敵だったと分かると、頭を下げに行った。

 

 

『虫が良い事だって、分かっているんです。…だけど、お願いします。お力を貸してください。何でもします、結芽ちゃんが助かったなら、わたしなんだってします。サンドバックにしてくれても構いませんし、なんなら殺して下さって結構です。…妹を助けてください』

 

 

 何度も何度も、必死に頭を下げたらしい。

 わたしの為に、頑張ってくれたお姉ちゃん。

 もう、頑張らなくていいよ。

 一言、そう言えたら、どれだけ良かっただろうか。

 

 

 だけど、言えない。

 言ったとしても、お姉ちゃんは聞いてくれないから。

 

 

 何時か、お姉ちゃんが心から頼れる存在になる為に、わたしは強くなり続ける。

 守られる側から、守る側になる為に。

 

 

 それまで…それまでは、甘えたり甘えられたりする、そんな関係が良い。

 

 

 

 




 お○け「社畜コンビ」

 風邪が治って、仕事に復帰出来たのは、二日が経ってからだった。
 本当は一日で治ったのだが、結芽ちゃんに仕事に行かせて貰えなかったんだ。
 理由は……


「社畜魂が染み付いてるから、落とした方がいい」


 とのこと。
 …正直、自分で言い返すことは不可能だったし、結芽ちゃんがプンプン怒っているのが可愛かったので休ませて貰った。
 仕事の方は可愛い弟子兼部下がやってくれるので問題はないが、心配しない訳じゃない。


 仕事に来て早々、わたしはこなされた仕事のチェックをしつつ、新しい作戦の関連書類に目を通す。
 …出動メンバーの中には、偶に仕事の愚痴を言い合う良き友人、益子(ましこ)(かおる)の名前があった。


 可哀想に、前回の遠征作戦から一日も経ってないのに、また新しい遠征作戦に組み込まれている。
 チェックを手早く終えたわたしが、憐れみの感情を持って続く書類に目を通していると、指令室のドアが開かれる。


「摘花、居るかー?」

「こっちだよ。…おいで」

「ん」

「ねーねー!」


 間の抜けたやる気のない声と、可愛らしい鳴き声が指令室に響く。
 高校生とは思えない低身長な友人、薫とペットのねねちゃんがやって来た。
 ねねちゃんは、わたしを見つけると一目散に胸に飛び込んでくる。


 荒魂なのにも関わらず、可愛らしい生き物だ。
 ペットだと言うのも頷ける。
 わたしの中での可愛いランキングで、二位にランクインしているのがねねちゃんだ。


 一位? 
 結芽ちゃんに決まってるじゃん。


 気怠そうな薫に目を通した書類を渡して行く。
 肝心の、遠征作戦の期間が書かれた紙を渡す前に、ボールペンで日数をチョコチョコっと書き換えて、薫に渡す。
 ペラペラと文章を流し読みしていく薫も、流石に最後の遠征作戦の期間が書かれた紙を見ると、手が止まりゆっくりとこちらを見上げる。


「おい、なんだこれは」

「あぁ、それね。記載ミスがあったの、一週間あげるから頑張って」

「……なるほど、まぁ、お前も忙しいからな。弟子か部下に作戦考えさせたんだろ?」

「うん。良い子だよぉ、教え甲斐が有る」

「了解、一週間で何とかするわ」

「ごゆっくり〜」


 弟子兼部下は優秀だ、作戦は申し分なかったし、日数にも少しの余裕があり完璧だったが……薫の事を考えて、本当は四日だったのを、三日延ばして一週間にした。
 薫もわたしの気遣いに気付いたのか、笑みを堪えきれず、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべて去って行った。


 良い事をした後は気分が良い。
 …取り敢えず、真庭本部長に頭を下げて行こう。

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 次回もお楽しみに!

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摘花ちゃん視点の過去話は見たい?それとも日常の話が見たい?……過去編は少し重いかも

  • 過去話やろ!
  • 日常一択!

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