注意:part1に入浴シーンはありません。
「温泉旅行?」
「そう! みんなで行こうよ!」
そう言って、満面の笑みでわたしを誘う結芽ちゃん。
後ろでは、寿々花ちゃんも微笑んでいた。
…とても嬉しい誘いだが、今はそんな余裕はない。
一向に出現頻度が減らない荒魂の所為で、わたしたちは日々対応に追われているのだから。
宥めるように結芽ちゃんの頭を撫でながら、わたしは苦笑して返す。
「…ごめんね、結芽ちゃん。今の時期、凄く忙しくて、お休みを取れる余裕が無いんだ」
「そんなぁ……」
「でも、摘花さん? 確か、真庭本部長にそろそろ有給を使ってくれって言われてませんでした?」
「……あぁ、言われてたね。だけど、有給をとっても呼び出されたり、電話が来る事が多いし。ここ最近は、あんまり出かけてないんだ」
少し前にとった、結芽ちゃんの非番の日に合わせた有給では、出かけた買い物先で五分に一回は電話が来て、最終的には呼び出されたし。
挙句、久しぶりの買い物で上機嫌だった結芽ちゃんが、その一件の所為で一日口を聞いてくれなかった……
正直、今回の旅行でそんな事が起きれば、一日無視では済まない。
申し訳ないが、今回は遠慮するしかない。
……嗚呼、結芽ちゃん。
そんな、懇願するみたいな上目遣いで、わたしを──お姉ちゃんを見ないで。
瞳に溜まる涙と懇願する表情が、捨てられそうになっている子犬にも似た愛苦しさを感じさせる。
不味い、それをされたら、不味い。
遠慮なんて出来ない、断るなんてしたくなくなってしまう。
今にも泣きそうな結芽ちゃんも可愛いが、わたしが旅行の件を承諾すれば、さっきまでの満面の笑みを、また魅せてくれる事だろう。
結局、折れたのは、わたしだった。
…今居るのが自室で良かったと、心の底から歓喜したのは秘密である。
「結芽ちゃんは、どうしても行きたい?」
「行きたいよっ! だって、最近はみんな忙しくて全然遊べてないじゃん!!」
「そっか…。うん、じゃあ行こっか。その代わり、ちゃんと旅行の準備するんだよ?」
「やったー!! やったよ、寿々花おねーさん!」
「良かったですわね、結芽。…旅行の細かい話ですが、明日から二泊三日で温泉街に行こうと思っていますわ。一日目は、少し旅館の辺りをブラついて終わり、二日目から本格的に温泉巡りを…と思っています」
どこからか持ってきた、目的地である温泉街のチラシを、わたしに見せながら寿々花ちゃんは手短に話し始める。
鎌倉からの距離はそこまで遠くない、電車で二時間もしないだろう。
長距離遠征に慣れているわたしたちにとって、そこまで苦ではない。
…まぁ、わたしはあまり
泊まる予定の旅館も、温泉街のチラシに書いてあるくらいには有名な所で、スマホでさらっと見た口コミも悪くない。
ここまで決まっているなら、わたしが口を出すことは…ないかな?
「了解。それじゃ、有給申請書取ってくるね?」
「…ふふふ、大丈夫ですわ。既にこちらで用意してあります。あとはハンコを押すだけです」
なんだろう、明日からってのもそうだし、怖いくらいにどこまでも準備が良い。
もしかして、寿々花ちゃんはここまでの展開を全部読んでいたのか?
疑うような視線を彼女に向けながら、執務用ではない私用のハンコを取り出し、わたしと結芽ちゃんの有給申請書に押す。
そして、そこである疑問が頭に浮かんだ。
特別警備隊の彼女たちが全員出払って大丈夫なのかと。
「…そう言えばなんだけど、みんなが三日も朱音様の傍から離れちゃっていいの?」
「ご心配はご無用です。朱音様から許可は頂いてますし、代役も立てました」
「代役? 誰を…?」
「特別遊撃隊の方々です。益子さんに話を通したら、『借りを返すいい機会だ』と言って快く引き受けてくれましたわ」
「薫を巻き込んだんだ…」
今の問答で薄らとだけど、真実が見えた。
疑いが確信に変わり、寿々花ちゃんが裏で糸を引いているのが分かった。
…一杯食わされた気がするが、良しとしよう。
結芽ちゃんが幸せそうに笑っているのだから、それで満足だ。
その後、明日と明後日の分の仕事を限界まで終わらせて、結芽ちゃんと一緒に温泉旅行の準備を進めた。
一番大変だったのは、テンションがハイになった結芽ちゃんを寝付かせることだった……
◇
翌朝、旅行用のキャリケースを引いて、わたしと結芽ちゃんは集合駅まで歩いていた。
隣を歩く結芽ちゃんは、黒を基調としたTシャツの上に、いちご大福ネコ柄のバーカーを羽織り、下は白のミニスカに黒タイツを履いている。
うん、可愛い。
この上なく可愛い。
いちご大福ネコ柄と言う、あまり見ないパーカーも着こなすわたしの妹は、最高に可愛い。
本当、一生お嫁に行かないでわたしの傍で笑っていてくれたらと常々思う。
…それに対して、わたしの服装はシンプルだ。
紺色のロングスカートに、白を基調とし黒の水玉が入ったロングTシャツ、その上にピンクのサマーカーディガンを羽織っている。
動きやすさ…と言うよりは、落ち着きやリラックスを重視した服装だ。
折角の休みなんだから、リラックスしてなんぼだろう。
まぁ、こんな服装に似合わぬ
「大丈夫だよね…」
「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」
「なんでもなーい」
こちらを見上げて問い掛ける結芽ちゃんに問題ないことを伝えて、集合駅──もとい集合場所に歩を進める。
ようやく着いたそこには、まだ、誰も居なかった。
時間としては集合時刻の十五分前。
少し早かったのかな?
暇を潰すために話しながら待つこと数分。
一向に寿々花ちゃんたちがやって来ない。
…可笑しい。
みんな真面目な子だし、基本的には模範となる刀使として、時間にルーズだったりはしない筈だけど……
連絡が来る気配も、やって来る気配もない。
刻々と迫る
何かあったのではないか?
そんな嫌な考えが頭の片隅に浮かび始める。
かぶりを振って考えを否定するが、段々と落ち着きがなくなってくる。
少しづつ呼吸が荒くなって、大切な妹よりスマホを見る時間の方が長くなってきた。
そして、限界に近付きつつあるわたしのスマホに、やっとメッセージが飛んできた。
『すいません、私達三人は急遽任務が入ってしまいました。二日目からは合流する予定なので、一日目は姉妹水入らずで楽しんで下さい』
強ばっていた肩の力が、スっと抜けていった。
はぁ、とため息を吐いて、わたしは結芽ちゃんの方に向き直る。
「結芽ちゃん、残念だけど、寿々花ちゃんたち急に任務が入っちゃったらしくて、合流できるのは明日からになるって」
「えぇ〜! …でも、しょうがないよね。…うん! 二人っきりになっちゃったけど、楽しもうね?」
「うん。来れなかった三人の分まで寛いじゃおー!」
「おー!」
出していたスマホをポケットにしまい、キャリケースを引く手とは逆の手で、結芽ちゃんの手を繋いで歩き出す。
まだ、旅行は始まったばかりだ。
◇
電 電車に揺られること約二時間。
わたしとお姉ちゃんが駅から出て、一番最初に目にしたのは足湯だった。
…しかも、一つじゃない。
視界内に入ってるものだけでも既に三つはあるし、お土産屋さんもコンビニ感覚でポンポンと建っている。
ご飯屋さんを探すのが難しいレベルで、旅館や温泉宿、お土産屋さんで土地が埋めつくされていた。
圧巻の光景だった。
居ても立ってもいられず、わたしは近くの足湯に浸かりに走る。
手を繋いでいたお姉ちゃんを引っ張るように。
二人で並んで座れるイスに腰掛けて、足湯に浸かるためにタイツを脱ぎ捨てる。
「ゆ、結芽ちゃんっ!?」
「? どうしたの、お姉ちゃん?」
「あ、あんまり、往来でタイツは脱いじゃダメだよ?」
「えー? 別に、イイじゃん! 足湯に入るためなんだからしょうがないよ! えーっと…こ、コテラレルダメージだよ!」
「コラテラル・ダメージね? 意味は間違ってはないけど、使う場面じゃないかな?」
そう言うと、お姉ちゃんはわたしにタイツを履き直させて、旅館まで引っ張って行った。
道中、お土産屋さんで見つけた、ご当地いちご大福ネコストラップを、お姉ちゃんに強請ったのは必然である。
旅館に着くと、女将さんらしき人に案内されて部屋に通された。
元々、五人で泊まるつもりだったので部屋は広い。
ご飯を食べるための大きなテーブルと五つの和座椅子、薄型テレビにミニ冷蔵庫、貴重品保管のための金庫なんかもある。
さっき外で見た外観は、歴史を感じさせる和の雰囲気があったが、室内もそれは変わらない。
現代的な物も置かれているが、一切として和の雰囲気は崩れていない。
畳の匂いも優しくて、どこか落ち着ける。
もしかしなくても、ここって凄く高い旅館なんじゃない?
恐る恐る、スマホで旅館名を調べ、通された部屋の値段を調べると……超えていた。
最新ゲーム機の値段を悠々と超えていた。
カセットを二本か三本追加で買っても、お釣りが来るくらいには高い。
……よし、見なかったことにしよう。
「お姉ちゃん、一緒に温泉行こうよ! さっき調べたけど、ここの温泉、すっごく健康に良いんだって」
「そうなんだ? そこら辺は調べてなかったけど…気遣ってくれたのかな…」
替えの下着等々を持って廊下を歩く。
時刻は昼前、ここの温泉はこの時間が一番空いてるらしい。
ゆっくり出来るかな?
ゆっくり出来たらいいなぁ……
浮き足立つ気持ちを抑えながらも、わたしとお姉ちゃんは温泉に向かった。
次回もお楽しみに!
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摘花ちゃん視点の過去話は見たい?それとも日常の話が見たい?……過去編は少し重いかも
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過去話やろ!
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日常一択!