セブンスドラゴン2020 episode GAD 作:綾田宗
Phase1 無垢なる暗殺者
暗闇に包まれたビルの中を、男が息を切らせて駆けていた。
「はあっ……はあっ……!」
肥満体の男は、顔中汗まみれにし、ドアを開けて部屋に逃げ込んだ。しかし、逃げ込んだ先には既に人がいた。
男が逃げ込んだ部屋に立っていた人物、その顔は暗がりでよく分からないが、背格好からして少女のようだった。
「ひっ、ひいっ……!」
男は再び逃げようと、ドアの方を振り返った。しかし、少女が常人ならざるほどのスピードでドアの前に回り込まれてしまった。
「ざーんねん、もう逃げられないよー?」
少女はナイフを取り出し、切っ先を男に向ける。
「ひっ、ひええ!」
男は、恐怖のあまりに腰を抜かし、その場に尻餅をついた。そこへ少女がゆっくりとにじり寄る。
「まっ、待ってくれ! 頼む、見逃してくれ! そそ、そうだ、金ならいくらでもやろう!」
少女は男に最も接近すると、屈んで男のネクタイを掴み、ナイフの先端を首に突き付けた。
互いの息遣いが分かるほどに近付いた事で、少女の顔立ちがはっきりする。
編み込んだ赤い髪が特徴的であり、目鼻立ち整った、おおよそ人殺しなどしようがないと思えるほどに、あどけない少女であった。
「おじさーん? わたしはねぇ、お金には興味ないんだー。だってもういっぱい持ってるもん」
話し方も年端のいかない少女のそれであった。
「ななな、なら、欲しいものはないか!? 何でも用意して……ひいっ!?」
少女は、ナイフを男の鼻先に向けた。
「見苦しいよー、おじさん。死際はもっと潔くしなきゃ。あー、でも欲しいもの、思い付いたかも?」
「いい、言ってみろ! すぐに用意……!?」
男は突如、声を出せなくなった。それは、少女がナイフで男の声帯部分を寸分の狂いなく切り裂いたためだった。
「……早く静かにして欲しい、かな」
少女は続け様に男の心臓を貫き、完全に息の根を止めた。
「もう終わったか。さすがの腕前だな……」
男の殺害が終わった途端、少女は後ろから呼びかけられた。
「っ!?」
油断していたわけではなかった。これまで一度たりとも背後を取られたことのなかった少女が、初めて背後に立たれた瞬間であった。
少女は、斜め前方に飛び込んで回転し、体勢を立て直した。そして腰から銃を抜く。
少女の後ろに現れたのは、暗がりでもよく分かる、まっさらな白髪の頭をした、背の高い少年であった。
「そう警戒するな。俺は敵じゃない、お前にその男の始末を依頼した客だ。銃を下ろせ」
少年は両手を上げ、戦うつもりはないという意思表示をする。
見たところ丸腰であり、背後を取った瞬間に攻撃してこなかった事も考えると、戦意はないと思えた。
しかし、状況が状況であり、完全には信用ならない。そのため、少女は無言で銃口を向け続けた。
「信用ならんか。まあ、仕方あるまい。俺の名は
少年、トウジは名乗り、素性を明かした。
「ムラクモ、機関? 聞いたことのない組織だね」
「それはそうだろう。ムラクモ機関は日本政府公認の極秘組織だ。尤も、都市伝説として知られているようだがな」
少女は、トウジが出任せを言っているとは思えなかった。自分の所属組織を明かすことは、この世界においては相当な事である。本当に何かの用があるために、わざわざ姿を現したのだと思った。
「日本政府に味方する人が、わたしのような殺し屋に依頼だなんて。わたしを誰か知らないのかな?」
「もちろん知り及んでいる。欧州最強と名高い暗殺者だとな。銃を使うのはよほど危機に迫った時で、ナイフでの音無しで速やかな殺害を得意とするらしいな」
そして、とトウジは続けた。
「その類い稀なる殺しの腕前にも関わらず、いずれの組織にも属さぬため、その力を危険視された者らから刺客を送られ続ける、ターゲット『D』その者だという事もな」
「よく知ってるようだね。ということは、君もその刺客の一人ってことだね!」
少女は引き金を引いた。大きな銃声と共に弾丸がトウジを撃ち抜いた。そのはずだった。
弾丸は、トウジの眉間の前で動きを止めていた。やがて推進力を失い、カラカラと音を立てて床に転がった。
「ふん、デコイを展開しておいて正解だったな。しかし、発砲したということは、最早話し合いは通用せんな。少しばかり手荒く行こう!」
トウジは手をかざした。
「マナパワーを弾丸へ変換、くらえ!」
トウジの体が一瞬青く輝くと、かざした手から赤と黒の光弾が放たれた。
「っ!?」
少女はとっさに身をかわした。少女を外した光弾はそのまままっすぐに突き進み、少女の後方の窓ガラスを、けたたましい音を立てて割った。
少女はすぐに体勢を整え、トウジに銃口を向け、更に二発発砲した。
しかし、やはり弾丸はトウジの体に到達する前に止まり、地面に転がる。
「あれをかわしたか。その身のこなし、敏捷性A級……いや、まだ分からんな」
「驚いちゃったよ。まさか超能力みたいなものを使える人がいるなんて」
「ふん、超能力などというちゃちなものではない。これはマナを使った紛れもない魔法だ。俺の見立てが正しければ、お前にもあるはずだ。隠された力がな」
銃は最早通用しないと悟り、少女は銃をしまった。
「お見通しってことかな? なら見せてあげるよ。わたしのとっておきをね……」
少女はナイフを逆手に持ち、自身を最強の暗殺者たらしめている特殊な力を発揮する。
一瞬にして間合いを詰め、ナイフを振るった。
「隠し味だよ!」
「ぬっ!?」
少女のナイフの刃が、泡立っているような緑の光に包まれていた。
科学では解明できない猛毒を含んだ刃が、これもまた非科学的能力によって展開されていたトウジの障壁を溶かし、破壊した。
「触れれば焼くぞ!」
「っと!」
トウジは、炎の障壁を作り、少女の追撃を防いだ。
少女はすぐさま危機を察知し、距離をおいた。
二人の間に広く間合いがあいた。
「……その力、確信したぞ。お前は敏捷性S級能力者、タイプ『トリックスター』だ」
「トリック、スター?」
ふと、遠くからサイレンが聞こえてきた。
「ちっ、銃声を聞かれたか……」
トウジは舌打ちした。
「戦いはこれまでだ、ここは俺が引き受ける。お前はさっさと逃げろ」
「引き受けるって、わたしの代わりに捕まるつもり?」
「心配は無用だ、警察ごときに我らの力を暴くことなどできん。さっさと行け」
「…………」
少女は、トウジの意図が理解できず、なかなか動けなかった。
「そうだ、忘れ物だ」
トウジは、ホルダーからカードを抜き取り、少女へと投げつけた。
少女はそれを難なくキャッチする。
「お前の力を貸して欲しい。一ヶ月後、都庁前にて待っているぞ」
少女はようやく意図が理解できた。受け取ったカード、ムラクモ選抜試験の招待状を上着のポケットに入れ、素早い動きで窓から去っていった。
「行ったか……」
やがてサイレンの音が最も近付き、どかどかと警察が部屋になだれ込んできた。
「動くな!」
警察は銃を構え、部屋を見渡す。
「誰もいない!?」
部屋には、血の海に沈んだ男の死体が転がるだけであった。
「そんなはずはない! ビル内部、周辺をくまなく探せ!」
警察の徒労な捜査が行われるのだった。
警察の包囲網をいとも容易く切り抜けた少女は、ひと気の無い裏路地に入ると、携帯を取り出した。
アドレス帳を開き、通話を始める。
「わたしだけど」
『この番号……ターゲット『D 』か、何の用だ?』
電話からは、変声器を通した応答があった。
「依頼だよ。戸籍の偽造のね」
『承る。国はどこがいい?』
「日本の東京でお願い」
『日本、それも東京……高くつくがよいか?』
「大丈夫。今日の報酬全部渡すから」
『本気か? お前に殺しの依頼をするのに百万ドルは下らないという話だが』
「日本円で一億、やってくれるよね?」
『フッ、最高の仕上がりにしよう。偽名だけ今決めてもらえるか? 取引のためだ』
「リアン、でお願い」
「おい、誰かいるのか!?」
警察の声がした。
「今月中にお願い。それじゃ」
少女は通話を止め、足早にその場から姿を消すのだった。
Phase2 機関の暗躍者
東京都新宿区某所にある殺風景な建築物。
日本政府公認の秘密機構、ムラクモ機関の活動拠点がそこにあった。
厳重な警備によってその事務所は周辺から隔絶されており、表向きは死刑囚の置かれる拘置所だとされていた。
広大な敷地を擁しており、能力者の訓練場や生活施設も置かれている。
能力開発の研究施設もあり、こちらには機関の者にも知られていない裏の研究所があった。
まだまだムラクモ機関にはそれほど人員は多くないが、機密性が高い組織ゆえに、外部に出るには秘密の漏洩を防ぐために機関の重役を伴う必要がある。
その禁を破ったとして、機関のS級能力者、トウジは、自室で始末書を書いていた。
トウジは、第一回ムラクモ選抜試験にて一番の成績で合格し、今日まで能力の訓練を続けてきた。
そのため、トウジも重役の立場にあるはずなのだが、単独行動を咎められている。
これは、ある手違いによるものだった。
ふと、トウジの部屋のドアがノックされた。
「私よ、いるわよね、トウジ?」
「……どうぞ」
トウジの許可を得て、女が一人、部屋に入ってきた。
「トウジ、お疲れ様」
入ってきたのは、スーツ姿の女だった。
ブラウスを大きくはだけさせ、豊満な胸元を露出し、神職の者が身に纏うような外套を羽織っている。
優しげな眼差しをした女であるが、トウジは彼女が苦手であった。
「ナツメ……」
女の名は
「ごめんなさいね、私の力が及ばないばかりに、そんな始末書を書く羽目になっちゃって」
「全くだ。仕事を増やしおって、こちらは命懸けで欧州一と名高い暗殺者と戦ったというのに、この仕打ちとは……このところ、街に出たくても見張りが付く事に対する能力者たちの苦情も上がっている。この際施設の出入りは自由にしてもよいのではないか?」
「そればかりは秘密を守るためだから、従ってもらわないといけないわ」
「ふん、秘密など、お前たちのやっている研究くらいのものだろう。人為的に能力者を造り出すなど……」
「トウジ、その話は駄目。どこで誰が聞いているか分からないでしょう?」
「ナツメ、我らは力を司る一族の末裔だというが、そうまでして力を集めてどうするつもりだ?」
「決まっているわ。マモノ退治のため……」
ここ数年の間に、東京には異形の存在が出現するようになっていた。
小さな被害としては、食料を貪られること、大きな被害としては、人が襲われて怪我をさせられるというものだった。
まだ死者が出るような被害は無いものの、東京都民には不安が広まっている状況にある。
異形の存在は総じて、『マモノ』と呼称され、討伐の対象となっている。
しかし、マモノの多くは、普通の人間では太刀打ちできない。小型のマモノであればまだ、一般人でも退治できることもあるが、それでも複数人を要する。
大型のマモノ、人と同じ大きさになってくると、銃火器すらも通用しなくなってくる。
そういったマモノを討ち倒すことができるのは、トウジのような力を持つ者、通称S級能力者と呼ばれる者だけだった。
そして、そうした能力者を管理する役割を担ってきたのが、現在ナツメを筆頭とした日暈の一族であった。
トウジが筆頭の鴫原家は、日暈の一族に代々力を貸してきた。かつては、日暈の一族にもS級能力者はいたのだが、今の当主、ナツメにはS級能力は備わっていない。
力の管理をナツメが、その行使をトウジが行っていた。
「トウジ、私は一族の掟に従って、特別な力を持つ者を管理、統制する。そう、たとえどのような手を使ってでも……」
ナツメは、一瞬表情を強張らせた。
「……さて、というわけでトウジ、またあなたに能力者のスカウトをお願いしたいんだけど、いいわね?」
ナツメはすぐに、もとの優しげな顔に戻る。
「ちょっと待て。また仕事を増やすつもりか?」
「大丈夫よ。前は相手が相手なだけに、上層部に話を通せなかったけど、今度は大丈夫。真っ当な生活を送っている子だから、今データを送るわね」
ナツメは、持っていたタブレット端末を操作し始めた。
「待て、勝手に話を進めるな」
トウジの抗議はむなしく、トウジが開いているパソコンにデータが送られた。
「……全く、人の話も聞かないで……」
トウジは頭を掻きながら、仕方なく送られてきたデータを開いた。
「うん?」
送られてきたのは、非常に事細かに詳細されたプロファイルであった。
名は、
「これは……」
「どうかしたの、トウジ?」
「ああ、顔見知りでな。同じ中学校だった」
「あら、そうだったの。もしかして、付き合ってたとか?」
「馬鹿な事を……だが、四季がS級能力者だと? とてもそうは思えんのだが」
トウジは、彼女の事はよく知っていた。
運動神経に優れた少女であり、特にも武道に精通していた。
剣道部と柔道部を兼部しながら、そのどちらとも全国大会を三連覇している。
反面、成績はそこそこといった感じであった。
「彼女は、確かに部活動にて類い稀なる成績を納めていたが、それだけならば、身体能力A級といったところではないか?」
「そこはあなたの言う通りね。でも早とちりよ、トウジ。彼女は特別な力がある。同級生だったなら、彼女がどんな人生を歩んできたか、知っているんじゃないかしら?」
彼女は、まだ小さな子供だった頃、大事故によって父母と兄弟姉妹を失っていた。以来祖父と二人で暮らしていた。
授業参観日や体育祭など、父兄のやって来る行事には、祖父が必ず現れていた。これはトウジの記憶にも新しい。
「データをもっとよく見てもらえるかしら?」
トウジは、言われるままにスクロールしてみる。
「何だと……!?」
そこには、驚くべき事実が記載されていた。
大事故に遭った時、車に同乗していた家族は即死の傷を負っていたというのに、彼女だけが全くの無傷であったとのことだった。
奇跡的に傷を負わずに済んだ、というわけではなく、間違いなく頭蓋骨が陥没していよう場所にいたにも関わらず、頭部は裂傷一つなかったのである。
衣服には、車の窓ガラスに引き裂かれたような跡が残っていたらしいが、皮膚にはやはり、一切の傷が残ってはいなかったという。
これらは全て、医師による診断書付きの事実であり、データの中にも実際の診断書が添付されていた。
「驚いたでしょ? 事故当時の車は、前を大型バス、後ろをトラックに挟まれて原型を留めていなかったというのに、彼女の体だけは全くの無傷よ。特別な力があって然るべき、そう思わないかしら?」
ナツメの話が全て事実であれば、件の少女には、普通の人間を超えた力が宿っているのは間違いない。
「ナツメ、ムラクモ機関の諜報能力がどれほど優れているかは知っている。だが、こればかりは……」
国際警察でさえも、全く足取りを掴めない欧州一の殺し屋に接触する機会を作れるのが、ムラクモ機関の諜報能力の高さである。
そんな機関の持ってきた情報に疑いの持ちようがないが、なまじ、顔見知りであるために、トウジは信じることができなかった。
「それを見極めるためにあなたがいるんでしょう。それじゃ、頼んだわね、トウジ」
「待てナツメ、まだ行くとは……!」
ナツメは、トウジの返事を待つことなく去っていってしまった。
「全く……」
トウジは大きくため息をつき、目に入ってくる少女のプロファイルを見る。
写っている顔写真は、約二年前とあまり変わっていない。
ーー四季、本当に能力者なのか……?ーー
大事故を無傷で生き延びたという少女の顔は、とてもそうは思えないほどに普通の女学生のものだった。
時は過ぎ、二〇二〇年、四月二十日、時刻十四時五十分。新宿都庁前。
都庁前広場には、人集りができていた。
十代から二十代後半の男女が集まり、これから始まる何かを待っていた。
都庁周辺は、自衛隊による厳重な警備がなされ、野良猫一匹たりとも通さない体制が敷かれている。
集まった若者らは、ひそひそと話し合っていた。
「なあ、あんたも同じか?」
「ああ、ムラクモ機関? とかいうののメンバーだって奴に招待状をもらったんだ」
「何つったっけ? 名前忘れたけど、白髪の学ラン姿の奴が急に現れて、お前は能力者だとかなんとかって……」
「自衛隊までいるなんて、まさかドッキリじゃないよな?」
「てか、アイツじゃね? オレらを呼び出したのって」
若者の内の一人が、生け垣の側に立っている白髪の少年に指差した。
それは、紛れもなくトウジ本人であった。
トウジは遠巻きに、ざわつく若者らを見ていた。
ここに来ているのは皆、一月前にトウジが直に接触し、これから開始されるムラクモ選抜試験の案内状を出した者たちである。
能力のある者に絞って案内状を渡してきたが、ここにいる者たち皆がS級能力者というわけではなかった。
しかし、全くの無能力者というわけではなくA級以上、凡人よりも少しだけ優れた力を持っている。
ーーあいつは……ーー
トウジは、若者の話しの輪に混じって談笑する、ある少女を見つけた。
黄色のへそ出しトレーナーに、独自のダメージ加工を施したホットパンツ姿であり、首にゴーグルを下げている。
以前に接触した時とかなり様相が変わっていたが、編み込んだ赤い髪だけは変わりがなかった。
ーーターゲット『D』、招集に応じたか……ーー
こうして見ているだけだと、とても欧州最強と言われる殺し屋だとは思えない。人殺しを生業としていながら、人との関わりは良くできている。
人当たりが良いように見えるが、これが彼女の殺しの手口の一つであった。
人懐っこい少女を演じながら、油断した相手をナイフで喉笛をかっ切る。これが彼女の得意とする殺害方法である。
無垢な笑みを浮かべているが、それは全て演技であろうと、トウジは思うのだった。
第一のS級能力者の候補、ターゲット『D』は姿を見せたが、この中に、トウジの待っている者はまだいない。選抜試験開始十分前を切っているが、現れる気配がなかった。
ーー四季、やはり来ないか……ーー
「おう、トウジ!」
やたらと響く男の声がトウジを呼んだ。
「ガトウ、何の用だ?」
トウジに声をかけたのは、
顔に残った大きな傷痕がその強面をより恐ろしくしているが、部下の扱いがとても優しく、人望のあるS級能力者であり、対マモノの戦闘員であった。
「相変わらず愛想のねェガキだな、お前は。まァいいけどよ。で、どうしたんだよ? いつにも増して難しい顔してよ」
「……いや、大したことではない。ところでガトウ、今回の試験でどれくらい合格者が出ると思う?」
「んァ? そうだなァ……」
ガトウは、今もまだざわつく若者たちを見渡した。
「トウジが連れてきたんだ、全員合格でいいんじゃねェか?」
「適当だな……」
「戦いの才能なんざ、実際に戦わなきゃ開花しないもんだぜ? 少なくとも、お前のお眼鏡に敵ったんなら、役に立たねェってこたァねェだろ?」
ガトウは、もっともらしいことを言う。
「そうは言うが、ここにいるのはせいぜいA級、行ってもAプラスといったレベルだ。マモノと戦う力は多少はあるだろうが、俺たちのように一人で何体も相手する事はとても……」
「まあまあ、それでもいねェよりゃあマシだろ? オレらだけで日本中のマモノの相手なんざしてらんねェからな」
それよりも、とガトウは無理矢理話題を変える。
「ナツメ嬢に頼まれて、タメの女のスカウトに行ったらしいな、お前。ひょっとして、その女が来るのを待ってたんじゃねェのか?」
「……全く、どいつもこいつも下らんことを。ナツメから何を聞いたか知らんが、四季とはただ中学校が同じだった、ただそれだけだ」
「やれやれ、冷めてんなァ……すんげェ偶然だと思わねェのか? タメだった女が、それもS級能力を持って機関の仲間入りしようとしてる。運命だと思わねェか?」
「くどいぞ、ガトウ。……まあ、四季の力が気にならないかと言われたら、その答えは否だ。少しばかり武道の才能があるだけの奴が、本当にS級の能力を持っているのか、とな……」
トウジは一月前、実際に彼女と会っていた。
何の前ぶれなく現れたかつての同級生に、大層驚いていた。
聞くところによると、彼女は昨年、事故以来二人で暮らしてきた祖父を老衰で亡くし、今は一人暮らしをしているとの事だった。
両親や祖父の遺産は多く、高校生活を送っていくぶんには十分賄える額があるが、彼女はアルバイトに従事しているらしかった。そのため、高校では部に所属せず、類い稀な武道の能力は、今は発揮していない。
当然の事ながら、トウジの言葉は信じられない様子を見せていた。しかしながら、事故当時の記憶はあったようで、それが異能力によるものではないか、と自ら考え付いた。
あらゆる事を白黒はっきりさせたがる性分があり、それは中学生の頃から変わっていなかった。
そのため、この選抜試験には来る意思を見せていた。しかし、アルバイトと重ならない事が条件だと言うことだったが。
彼女ほどではないが、トウジも白黒付けたい性分であった。
即死は免れない大事故に巻き込まれたというのに、無傷で生還した身体能力が本物なのか、トウジはそれが知りたかった。
そうこうしている内に、選抜試験開始まで五分を切った。
会場となる都庁前広場に、ムラクモ機関の代表のナツメが姿を見せた。傍らには、彼女の右腕的な研究者、
「お集まりいただいた皆さん! お待たせしました。間もなく選抜試験を開始します。広場中央部に集合してください! 関係者も集合をお願いします!」
キリノは、拡声器を使って一同に集合を促した。
ーー始まるか……ーー
ついにムラクモ選抜試験開始の時刻になってしまった。トウジの待つ少女は、ついに現れなかった。
仕方なくトウジは、ガトウと共に中央部へと向かった。
広場中心に集められた若者たちは、キリノから点呼を受けていた。
「えーっと、次は……本宮君、
「はーい! います、わたしだよー!」
底抜けに明るい返事がされた。
トウジは、この声音に覚えがあった。あの最強の暗殺者、ターゲット『D』のものだった。
トウジは、一瞬でこれが偽名であろうと見当がついた。欧州一の殺し屋がこんな所で本名を晒すはずはない。
「……これで全員かしら?」
ナツメは訊ねる。
「待ってください、さっきは返事はありませんでしたが、こちらのリストにはあと一人残っています。えっと……四季君! 四季秋くーん!」
「……はーい!」
遠くから大声での返事が聞こえた。後ろからの声に、若者たちは振り替える。
「この声は……!?」
「んァ? トウジ?」
トウジがこの返答に一番の驚きを見せていた。
少女が一人、こちらに向けて駆けている。
白いセーラー服姿の少女が、腰元までありそうな長い髪を揺らしながら走って近付いてくる。
やがて少女は、集団のもとにたどり着いた。
「ふう……すみません、電車が遅れました。まだムラクモ選抜の受付はしていますか?」
現れた少女は、それなりの距離を全力疾走してきたわりに、ほとんど息を切らしていない。
「え、ええと……君が四季君?」
キリノは、おずおずと訊ねた。
「はい、私が四季秋です。遅くなってすみませんでした!」
身体能力S級と思われる少女、シュウが、ついに姿を見せたのだった。
Phase3 現代のサムライ
シュウの登場と共に、この日、若者らが何故ここに集められたのか、その説明がナツメによって行われた。
マモノの存在、それによる被害、そしてそれを討ち取る組織、ムラクモ機関について、全てが語られた。
「……あなたたちは、マモノを倒す力があるS級能力者。その力を是非私たちに貸してもらいたいの」
若者たちは、そこまで語られてもまだ半信半疑といった状態であった。
「その話、マジなのか!?」
「いや、でも聞いたことがあんぞ。化け物が出て人が襲われたって」
若者たちにざわめきが広がる。
「お静かにお願いします」
キリノが注意すると、ざわめきは一旦収まった。静かになった瞬間を見計らい、ナツメは話を続ける。
「マモノとの戦いは当然、命の危険が伴うものになる。こうして呼び出しておきながら言うのもなんだけど、拒否権はもちろんあるわ。恥じる必要は全く無い、棄権するなら今名乗り出てちょうだい」
若者たちは再びざわついた。
「ムラクモ機関に入ったら戦いの日々なのか? ちとキツくね?」
「でも、政府のお墨付きでしょ? かなり高給取りじゃん」
「お、オレはやるぞ! 人知れず異質な存在と戦うとか、ヒーローじゃん!」
戦いを主とする仕事に若干の難色を見せる者もいるが、自分が特別な存在であり、その特別な力を活かせる場に興味がある者が多かった。
「……拒否する者はいない。そう捉えてもよさそうね。では……」
ナツメは、腕時計を見る。
「ただいま、十五時十分を以て、第七十三回ムラクモ選抜試験を開始します。キリノ、ガトウ、試験の説明を」
ナツメは、二人に説明させる。
「はい、ではここからは私、キリノが説明いたします。これから皆さんには三人一チームを作っていただきます」
若者の中から一声上がる。
「なんでチームなんか組まなきゃなんねーんだよ? こん中から合格するのは少しなんだろ?」
「判定はチーム単位で行います。それに、マモノを相手にするのに慣れていない人が単独では危険です。必ずチームを組んでください」
もう一つ質問の声が上がった。
「危険が伴うのなら、三人以上でチームを組んだ方が良くないですか? 五人組くらいがいいと思うのですが」
「それについては後で通信機を渡す時に説明するつもりでしたが、申し訳ありません。機器の都合上、三人以上のチームを登録できないようになっています。こちらのターミナルも、一度にナビできるのは三人分が限界なのです。ご理解をお願いします」
キリノの回答に納得したのか、それ以上は質問は上がらず、若者たちはチームを組もうと周りで話し合いを始めた。
試験開始前に既にある程度打ち解けていた若者たちは、すぐにチームを作れた。ある少女を除いて。
「あの、一緒に行きませんか?」
最後に現れた候補者、シュウは共に行ってくれる仲間を探していた。
「ごめんね、もう三人で組んじゃったんだー」
既に周りはチームを組んでおり、シュウが入れる余地がなかった。
「参ったな、どうしよう……」
シュウは困り果てていた。誰に話しかけても、既に満員であるという返事しか返ってこなかった。
「…………」
シュウの様子を観察していた少女がいた。先程の点呼でリアンと呼ばれていた者である。
この場では、ムラクモ機関の中でもトウジしか知らないが、欧州最強と言われる暗殺者、ターゲット『D』本人でもある。
トウジをして、S級能力者と判定された彼女は、相応の観察眼があった。
暗殺のターゲットの力量を推し測り、如何にしてかかればターゲットを殺せるか、その判断ができるのもリアンの腕が欧州一とされる所以であった。
そんなリアンの眼には、シュウがただならぬ力があるように写っていた。
これから先に待ち受けるは、マモノという、人外の不確定要素との戦いである。少しでも力のある者と組んでおいた方が生き延びられると、本能的に察したのだった。
「ごめん、わたし抜けるね。あの子チームが決まってないみたいだから」
リアンは建前を言い、組もうとしていたチームを抜けた。リアンのいたグループは四人組で、丁度誰が抜けるのか話し合っていた所だった。
「えー、リアンちゃんが抜けちゃうの? リアンちゃん頼りになりそうなのになー」
「みんななら大丈夫だよ。それじゃね」
リアンは、当たり障りの無い言葉と共にグループを外れた。
「ねえねえ、キミ、シュウちゃんだったよね?」
リアンは、まだチームを決めかねて困っているシュウに声をかけた。
「えっ、はい! ……そうだけど」
シュウは突然声をかけられて驚いたが、声をかけてきた少女は同年代と判断し、言葉を砕けさせた。
「わたしと組まない? いや、組もうよ!」
リアンは、シュウの手を取った。
「えっ、いいの?」
「もちろんだよ、一緒に行こ!」
「そろそろいいですか? チームを組んだなら試験を開始します」
試験者たちの様子を窺い、キリノは開始を促した。
「そろそろ時間みたい。行こ、シュウちゃん」
「ええっ? でも私たちまだ二人しか……」
「大丈夫、大丈夫! わたしには分かる。シュウちゃんはすごく強い。わたしも強いから二人でも問題ないよ」
「でも……」
「心配しないの!」
リアンとシュウのやり取りを、トウジが終始見ていた。
彼女らは、規定を違反してまで強引に二人で試験を受けようとしていた。
「おい、トウジ」
ガトウが話しかけてきた。
「さっきからどうしたんだ? ずっとあのシュウとかって奴を見てんじゃねェか。なァんだ、やっぱ気になるんじゃねェか!」
気にかかっているのは確かだが、それはガトウの思うような事ではない。
立場上ガトウにも言うことができないが、欧州最強の暗殺者が単なる女学生のシュウに接触しているのが気になっていた。
「んん? ちょっと待てよ、一、二、三……」
ガトウはふと気が付き、候補者の若者の数を数え始めた。
「やっぱりそうだ、一チームだけ二人になるじゃねェか。ん、丁度シュウがいるところか。よし、トウジ、手伝ってやりな」
思いがけない提案がされた。
「どうして俺が……俺は既に機関の人間だ。公平性に欠けるだろう?」
「二人チームの時点で公平もクソもねェだろ。いいから手伝ってやれって。教官役はオレとナガレで十分だ。それに助っ人やるにしても、お前の方が奴らと歳も近ェしな」
ガトウの言うことももっともであった。
「そうかもしれんが……」
「おーい、そこの嬢ちゃんたち!」
ガトウは、話がまとまる前に、大声でシュウたちに声をかけてしまった。
「ガトウ!?」
シュウとリアンは、トウジたちを見る。
「お前ら二人しかいねェだろ? こいつが手ェ貸してやるってよ!」
「ガトウ、貴様勝手に……!」
「鴫原君が……?」
こうなってはもう逃れる術はなかった。
「全く……」
トウジはついに観念した。
「四季、それと本宮、だったか。俺はムラクモ機関機動班の鴫原トウジだ。役に立たん事はないだろう」
トウジは、シュウ、リアンともに顔を知っているが、リアンとは少しばかり複雑な経緯で知り合っている。
故に、リアンに対しては、辺りに知れ渡らぬよう、初めて会った体を保った。
「トウジくん、だね? よろしくね!」
リアンは、人懐っこくトウジに接した。演技なのであろうが、まるで違和感を感じさせない。
「……あの、皆さん準備はよろしいですか? そろそろ開始したいのですが」
「おう、そうだなキリノ! てなわけでここから先はオレが仕切らせてもらうぜ!」
ガトウが半ば強引に進行役を担う。
「オレはムラクモ機関機動十班のガトウだ! ハハハッ! 心配すんな、オレの言う通りにしてりゃ大丈夫だ!」
ガトウはやたらと豪快な態度で若者たちに接する。
「さて、おーい、自衛隊の兄ちゃん! あれ持ってきてくれ!」
「はい、ガトウさん!」
ガトウらの後ろに控えていた自衛隊員が、側に停車しているバンから荷台を降ろす。
隊員は、荷台を覆うブルーシートを取り払った。
「ま、マジかよ……!?」
若者たちは驚きにざわめいた。
荷台の上にワゴンセールの如く置かれていたのは、ナイフや刀剣といった刃物、金属製のナックル、オートマティック式の拳銃であった。
隊員はもう一つ、こちらは一回り小さい荷台も降ろした。こちらに置かれていたのは、端末が組み込まれた籠手である。
「ガハハ! まあ、驚くのも無理ねェわな! ここにある武器は全部本物だ。銃刀法なんざ、マモノの相手には通用しねェよ」
ガトウはやはり、豪快に笑いながら言う。
「おい、おっさん、その銃もホンモンなのか? モデルガンとかじゃなくてか……?」
「あン? 小僧、教官に向かっておっさんはねェだろ……?」
ガトウは突然豹変し、台の上の拳銃を手にした。そして、ガトウをおっさん呼ばわりした若者に銃口を向けた。
「ひっ! な、何する気だよ!?」
「そォいうやつァ、うちにはいらねェ。けど、秘密を知っちまった以上、このまま帰すわけにもいかねぇし、消えてもらう!」
ガトウは引き金を引いた。銃声と共に弾丸が打ち出され、若者の眉間を撃ち抜いた。誰もがそう思っていた。
「……空、砲?」
「ガハハハハ……!」
ガトウはまた大笑いした。
「なんつってな! こいつはムラクモ機関の特注品でな、照準にターゲットの生体反応を感知するシステムがあるんだよ。その生体反応がマモノ以外の時は、こんな風に弾は出ねェようにできてんだ。すげえだろ? ガハハハ!」
ガトウは銃を置いた。
「……ガトウさん、心臓に悪いことは止めてくださいよ」
キリノが注意する。
「まあまあ、こうやって実際にやってやりゃ、人に向けるようなバカな真似はしなくなるだろ? それに、これに完全にビビって動けなくなるようじゃ、マモノ相手の戦いにゃ付いてけねェよ」
ガトウは、先ほど偽の発砲をした若者を見た。
「その点で言やァ、小僧、お前は及第点だ。試験、頑張れよ? ガハハ!」
若者は、まだ茫然としていた。
その後、ムラクモ選抜試験の受験者は、めいめいに武器を選んだ。
トウジがあらかじめ分けた能力タイプによって、受験者たちの得意とする武器は決まっていた。
ここに集った若者のほとんどが、身体能力に優れてはいるが、突出した力を宿してはいない。しかし、一応の種別はできている。
リアンのような敏捷性に優れたタイプ『トリックスター』。この場にはトウジしかいないが、超常現象を自在に引き起こせるタイプ『サイキック』。他にも徒手空拳といった自らの体を武器とするタイプ『デストロイヤー』、身体能力よりも超人的な演算能力を持つタイプ『ハッカー』がある。
そして、それらに比べると、特殊な能力は持たないまでも、類稀なる身体能力を持ち、剣技に優れるまさに現代に生きる侍、名前もそのままに、タイプ『サムライ』がいる。
ここに集められた若者のほとんどは、スピードに特化した『トリックスター』、もしくはパワーに特化した『デストロイヤー』であった。また、ごく一部に『サムライ』と『ハッカー』がいた。
タイプごとに武器の適正があり、『トリックスター』はアサルトナイフ、『デストロイヤー』はアイアンナックルを装備する事で能力を最大限発揮することができる。
ムラクモ機関特製の対マモノ用の拳銃は、武器の適正としては『トリックスター』の物であったが、自分の適正武器が使えなくなった時の非常用として、全員に支給された。
「わたしはぁ、確か『トリックスター』だからこれだね!」
リアンは、ターゲット『D』として仕事をしていた時から得物をナイフとしていたが、今初めて手に取ったかのように振る舞った。
「ねね、シュウちゃんはどうするのー?」
シュウは、ワゴンに並ぶ武器を眺めていた。
ナイフ、ナックル、拳銃、刀剣が並んでいる。シュウは、一つ一つ手に取って構えてみた。
「シュウちゃんもナイフにするの?」
「うーん……」
シュウはナイフを振るってみる。小太刀術を習ったことがあるため、似たような丈のナイフでも型は一応できた。
「これはパスね。取り回しは効くけど、リーチがないわ」
続いてシュウは、ナックルをはめてみた。柔術における当て身を試してみる。しかし、やはりこれも馴染まない。
「これも違うわね。そもそも、私程度の腕力じゃ、こんなのはめても変わらないような……」
続けて手に取ったのは拳銃であるが
、シュウはすぐに置いた。
「鉄砲なんて、お祭りの射的でしか触ったことがないし、だいたいこんな形じゃなかったし……」
最後にシュウの目に入ったのは、刀剣であった。その中でもシュウが一際引き付けられたのは、本格的な日本刀である。
「これって……」
シュウは、引き寄せられるように打刀を手にした。
「ほォ、嬢ちゃんお目が高いじゃねェか!」
ガトウが近寄った。
「そいつァかの名刀、加賀清光だぜ?」
「えっ? 加賀清光って、あの……!?」
シュウは、武道、特に剣術を嗜む者として、有名な刀はある程度把握していた。
加賀清光、もしくは加州清光と呼ばれる刀は、幕末のかの有名な剣客集団、新撰組の一番隊組長であった者の佩刀とされる名刀である。
「まっ、つってもレプリカだけどな! けど、レプリカでも真剣だ。それもそう簡単には折れたり、刃こぼれしない特製だぜ! ムラクモ機関の技術力をもってすれば、名刀の再現、それどころか、そいつを超える事だってできる。どうだ、すげェだろ? ガハハ!」
ムラクモ機関特製の名刀は、シュウの手にとても馴染んでいた。
「ちょっと素振りしてみてもいいですか?」
「おう、いいぜ!」
シュウは、すぐ近くに人がいないことを確認してから、刀を抜いた。
鞘はそっと地面に置き、刀を正眼に構える。
「はああっ! ……せぇいっ!」
刃がヒュンヒュンと空を斬り、剣閃が煌めいた。
シュウは、前後左右の四方を斬り、八相構えにすると、袈裟斬り、斬り上げと続け、最後に鋭い突きを放った。それを一息に行ったのである。
シュウは、地面に置いた鞘を拾い上げ、しっかりと血振りをして納刀した。所作は全て完璧である。
「こいつは驚いたぜ。シュウって言ったか? お前かなりの使い手だな!」
ガトウの称賛にシュウは謙遜する。
「そうですか? ただ型通りに振っただけですけど」
「いやいや、剣ってのは、型こそが大事だ。ただ闇雲に力込めてブンブン振り回すもんじゃねェ。型通りに確実に振れる事が大事なんだ」
「おじいちゃんと同じ……」
「あン? 爺さん?」
「あ、ごめんなさい! えと、ガトウさんでしたよね? あの、言ってることがおじいちゃんと同じだなって、思ったんです」
シュウの祖父は、武芸者であった。
古武道を得意とし、特に剣術に秀でていた。シュウが武道を始めたのは、祖父の影響が大きかった。
実戦にて剣が使われることがない今の時代にこそ、剣の型を大切にするというのが、彼の生前の修行の目的であった。
「へェ、そうだったのか。さぞかしひた向きな爺さんだったんだな。爺さんの名前は何て言うんだ?」
「えと、四季伝五郎(しきでんごろう)です」
「ほォ、なかなか男らしい名前……って四季伝五郎だとっ!?」
ガトウは再び驚いた。しかも、今度の驚きはかなりのものだった。
「あの、何をそんなに驚いているんですか?」
「四季伝五郎っていやァ、オレらの若い頃は鬼教官で有名だった。警察や自衛隊の格技の指導者だったんだが、それはもう凄かったぜ……」
シュウの祖父、伝五郎は、武道の指導者でもあった。あらゆる武道に通じていたために、その腕を重用され各地で技の指導を行っていた。
時代的なものもあったが、その指導方法は苛烈であり、生徒に当たる警察官や自衛官一人一人と対峙し、相手が立ち上がれなくなるまで動かしていた。それなのに、伝五郎自身はまるで息を切らしていなかった。
その厳しすぎる指導故に、立ち上がれなくなったふりをするものもいたが、彼にはお見通しであり、無理矢理立ち上がらせて、やはり倒れる寸前まで打ち込まされていた。
伝五郎は、シュウが誕生する数年前に指導者を辞めており、指導者をやっていた頃の彼を知るシュウの親も事故で亡くなっているために、シュウには知る由もない事だった。
「どっかで聞いたような名字だとは思ったが、そうか、あの先生の孫か。なら、その実力は疑うまでもねェ、シュウ、お前は『サムライ』だ」
シュウの能力タイプも『サムライ』であったが、ガトウは彼女の持つ力から『サムライ』と呼んだ。
「『サムライ』、ですか……?」
「ちょっとちょっと、ガトウさん、だよね? 『サムライ』ってあれだよね? 変な髪型して、刀を提げてる。それに、シュウちゃんは女の子だよ」
リアンが口を挟んだ。リアンの知っているそれは、かつての武士そのものだった。
「あァ? お前は確か、リアンだったか? お前の言うのは武士のこったろ。オレが言ってんなァ、そうじゃねェ、『サムライ』ってのは、本当に力を持ってるやつの事を言うんだよ」
ガトウは言うものの、日本生まれではないリアンには理解できなかった。
「それによ……」
ガトウは続けた。
「力を持つ者に、男も女も関係ねェ。そうは思わねェか?」
「それは……」
これは理解できた。リアンには特殊な能力が宿っている。
「例えば、お前の力は……」
「その辺にしておけ、ガトウ」
トウジが止める。
「教官のお前が浮き足立っていてどうする? さっさと試験を始めるぞ、四季、武器はそれでいいんだな?」
「え? あ、うん、これにする。やっぱり剣がいいから……」
「やれやれ、オレとしたことが、鬼教官の名前を聞いて懐かしくなっちまったぜ。まあ、コイツらがどんだけ強いかは、試験すりゃ分かることだな。おーし、お前ら、試験を始めるぞ!」
こうして、いよいよ試験が始まろうとした。
トウジは、見逃していなかった。
シュウはやはり、能力タイプに合った刀を選んだが、銃以外全ての武器を扱って見せていた。
彼女のやった事は、前例の無いことであった。
シュウの持つ力は、果たしてこれまでの例に倣うものであるのか、はたまた未知の力を見せるのか。
それはこれから明らかとなるのだった。
Phase4 異能力者の戦い
都庁内は、異界と化していた。
マモノと呼ばれる異形の存在が、ムラクモ機関により、この場所に集められていた。
都庁は数ヵ月前から閉鎖されていた。この日の選抜試験のためというのもあるが、どういうわけか、マモノの出現はこの都庁周辺に集中していた。
出現が集中していたが、大型のマモノは出ることはなく、せいぜい犬くらいの大きさのものが、人を驚かせていたくらいであった。
そのため、死傷者は出ていないが、危険性を考慮して都庁はムラクモ機関によって封鎖された。
混乱を避けるため、都庁は改修工事中とされ、都庁としての役割は、霞ヶ関の議事堂に移っていた。
都庁は今、政府公認の極秘機構であるムラクモ機関に所有権があり、ムラクモ機関は都庁にマモノを集めて選抜試験を開いていたのだった。
選抜試験の内容は、キリノから説明がなされた。三人一チームで都庁に巣くうマモノを退治しながら、都庁の三階を目指す、というきわめて単純なルールである。三階まではエレベーターは停止されており、候補者は自分の足で三階を目指すことになる。
小型犬ほどの大きさの兎が、廊下を駆けた。
「そっち行ったぞ!」
「囲んじまえ!」
三人一組となった候補者たちが、走り回る兎のマモノを追いかける。
「うわっ!? なんだこりゃ、でっかいチョウチョ!?」
恐竜がいた頃よりも、遥か昔の時代に存在していたような、一メートルを超える大きさの青い蝶が、その羽から鱗粉を飛ばす。
「げほっ、ごほっ……!」
近くにいた候補者が、巨大な蝶の鱗粉を吸ってしまった。
「おい! 大丈夫かよ!?」
チームメイトが、咳き込む仲間に寄る。
「くっ、苦しい……!」
蝶のマモノの鱗粉には、吸った者を麻痺させる効果があった。
獲物が痺れて動けなくなっている瞬間を見ると、マモノは生き血を吸い取るべく、その口吻を突き刺そうとする。
「ひ、ひいっ!?」
チームメイトは、仲間を捨てて逃げ出した。麻痺した候補者は蝶の口吻に貫かれようとした。
「燃え尽きろ!」
炎が空を走り、一瞬にして蝶を巻いた。
火に巻かれた蝶は、一瞬で燃え上がり、灰になることなく霧散した。
炎を発したのは、トウジであった。トウジはマモノの消滅を確認すると、麻痺した候補者に駆け寄った。
トウジは、ジャケットのホルダーから簡易注射器を取り出し、候補者の首に打った。
そして、左腕の籠手に埋め込まれた端末を操作する。
「キリノ、俺だ、聞こえるか? 要救護者が出た。蝶のマモノ、ブルーグラスの鱗粉で麻痺したようだ。『パラエル』は投与した。救護班を寄越してくれ」
『了解しました、すぐに派遣します。オーヴァ』
キリノとの通信は途切れた。
「おーい、トウジくーん! こっちは片付いたよー!」
リアンが駆け寄ってきた。シュウも後に続いている。
「鴫原君、その人どうしたの!?」
マモノの毒によって麻痺した候補者を見て、シュウは驚愕した。
「大したことはない、薬は投与したからな。全く、お前たちの手伝いをしつつ、試験の運営もしなければならんとは、骨が折れるぞ……」
トウジはため息をついた。
「じゃあ、ほっとけばよかったんじゃない?」
リアンは言う。
「本宮さん、どうしてそんな……」
シュウは、リアンがどうしてそう冷たいことを言うのか、分からなかった。
「お前の言う通りだ、本宮。俺も運営側の立場でなければ、捨て置いている」
「鴫原君まで、そんな……」
「四季、お前は随分とお人好しなようだな。その質を否定しないが、大局を見る目は持て。俺たちのいるこの場所は、生きるか死ぬか、いや、殺るか殺られるかの戦場だ。足手まといを抱えて生きられるほど、生ぬるい世界ではないのだ」
トウジは、これまでもマモノとの戦いという、命に関わる危険な場に赴いてきた。幸いにして、まだ仲間の死に立ち会うことはなかったが、戦場に立つことの非情さは自然と受け入れられていた。
「わたしもそう思うよー」
リアンもまた、相手は人間であるが、生きるか死ぬかの世界にいた者である。暗殺者として生き抜くために、どのような手も使い、確実にターゲットを始末してきた。
戦闘経験の豊富な二人に対し、シュウには人に怪我を負わせるような真似すらもしたことがなかった。そんな彼女には、二人の考え方が易々と受け入れられるものではなかった。
突如、廊下の先から銃声と共に、候補者らの叫び声がした。
「う、うわー! なんだこいつ!?」
「に、逃げろー!」
恐怖におののく候補者たちが、シュウたちの側を走って逃げていく。
「待て、何があった!?」
トウジの止める声が届くことはなかった。しかし、一体何が起きたのか、その答えたるものが姿を見せる。
地の底から響くような唸り声を上げる、巨体を誇るマモノが出現した。
「く、熊!?」
マモノは熊の姿をしていた。自然界に存在する熊とは大きさがまるで違い、特に目立つのは、人の頭ほどはありそうな長さの爪であった。
「……マーダーベアーか。確かにこいつが相手では、銃弾もまともには通用せんな」
トウジにマーダーベアーと呼ばれたマモノは、都庁に出現するマモノの中でも一回り格の違うマモノであった。
ここに集められた候補者の能力ランクでは、束にならなければ傷も負わせることができないほどの屈強さを持っている。
ーーこれは……ふむ、好機かもしれんなーー
トウジは、巨大なマモノを前にして、あることを思い付く。
「四季、本宮、ここはお前たちに任せる。奴を倒せ」
「任せるって、鴫原君は!?」
「俺は一応お前たちを評価する立場の人間だ。故にお前たちの力を見定める必要がある。それに、こいつの保護をしなければならんしな」
「それなら、私がやるから……!」
「四季、お前が戦わなくてどうする? お前の力を見せてみろ」
「で、でも……!」
二人が問答している所に、一発の銃声が響いた。
「シュウちゃん、やるしかないよ。このマモノ、すごく強いよ」
リアンの銃撃は、マーダーベアーの眉間に確実に当たっていた。しかし、そこを穿つまでに至らず、銃弾は地に転がっていた。
「……トウジくん、この銃はムラクモ機関の特注品だったよね? それなのに、肝心のマモノを倒せないのはどうしてかな?」
「銃の性能は確かだが、弾丸が普及品なのでな。なにぶん、マモノ用の弾丸は製造に手間がかかるので、試験での使用許可が下りなかったそうだ」
「ずいぶん適当だね」
普通の弾丸では、眉間を貫いても仕留める事はできないが、マモノを怯ませる事ならできていた。
リアンは更に数発発砲し、マモノの動きを止めた。
「本宮、お前の能力を最大限に利用できるのはそのナイフだろう? 銃撃に頼るなど、お前らしくもない」
「はて、なんの事かな?」
リアンは、銃をホルダーにしまい、ナイフを手にした。
「待って、リアンさん! そんな短刀であんなのと戦うつもりなの!?」
シュウは驚く。
「大丈夫だよシュウちゃん。シュウちゃんも力を貸してくれれば、すぐ倒せるよ。いくよ!」
リアンは、ナイフを片手にマーダーベアーに駆け寄った。
マーダーベアーは、向かってくる敵を薙ぎ払うべく、その長い爪を振るった。
「遅いね」
マーダーベアーの爪はリアンに掠りもしなかった。リアンは、一瞬で身を翻し、マモノの背後に回っていた。
「そこ!」
リアンは、マモノの背中にナイフを突き立てた。しかし、マモノの肉は厚く、急所の位置を突き刺す事はできたが、急所まで届かなかった。
マーダーベアーにとっては、蚊に刺された程度のダメージでしかなく、上体を揺すってリアンを振り落とした。
「よっと」
リアンは、後方に宙返りしながらマーダーベアーから距離を取った。
「あの動き、さすがは『トリックスター』と言ったところか。だが、攻撃力が足りん。本宮一人では荷が重たいな」
「なら助けないと、鴫原君!」
「いや、俺は手出しせんぞ。あやつを助けたいと思うならば、お前が行け、四季」
「そんな、でも……!」
二人が話している間にも、リアンは戦い続けている。
リアンは、持ち前の能力による俊敏な動きでマモノを翻弄しているように見えるが、攻撃一つ一つの威力が低く、有効なダメージを与えられていない。
このままでは、リアンの方が先に消耗する事になるであろう。
「さあ、どうする気だ、四季? このまま仲間がやられるのを見ているだけか?」
シュウは選択を強いられる。しかし、トウジの『仲間』という言葉が、ついにシュウを決意させた。
「そうね、私たちは仲間。仲間を見捨てるなんて、私にはできない!」
シュウは刀を抜いた。
「私にどこまでできるか分からないけど、やってみる!」
リアンは、壁際に追い込まれてしまった。
今までマモノの爪での攻撃を、後ろに飛び退いてかわし続けてきたが、壁を背負ってしまってはそれができない。
横に飛び込もうとしても、マモノの長い爪からは完全には逃れられない。
追い詰められたリアンだが、まるで慌てている様子がなかった。
ーーわたしの見込み違いだったかな。まあ、マモノなんて言ってもこの程度なら、あれを使えば倒せる……ーー
リアンは、マモノという人外の存在との戦いに備え、少しでも力のある者と組んだつもりであったが、想定外があった。
一つは、マモノの相手が思ったよりも簡単な事である。今こうして対峙しているマーダーベアーでさえも、リアンにとっては他愛ない相手だった。
もう一つは、シュウから感じた力が本物ではなかったのではないか、というものである。
リアンはわざと、マーダーベアーに対して苦戦しているように立ち回っていた。
シュウは見たところ、正義感の強そうな少女であった。故にこのようにして立ち回れば助けに入り、トウジではないが、その力を見せてくれるだろうと考えていた。
しかし、ついにシュウは助けに入らなかった。こうなれば、もう演技の必要はない。
ーー……やっぱり、仲間なんて信用できるものじゃないね。ムラクモ機関、退屈しのぎにはなるかと思ったけどーー
リアンは、ムラクモ機関をも見限り始めていた。人間を相手にするか、マモノを相手にするか、違いはその二つだけであり、リアンのやることは殺しであることに変わりはない。
ーー適当にやってさよならしようかーー
リアンが目の前の敵を例の能力で葬ろうとした時だった。
「やあああああ!」
シュウが大声を上げながら、抜き身の刀を手にマーダーベアーの背中を斬り付けた。
マーダーベアーは一刀の元に倒れ、その身を霧散させた。
「リアン、大丈夫!?」
「シュウちゃん!? う、うん、大丈夫だよ……」
リアンは、完全に呆気に取られていた。手を抜いていたとはいえ、能力を使わなければ打開できない状況に自分を追い込んだマモノを、たったの一太刀で倒してしまったシュウに驚きを隠しきれなかった。
驚いていたのはリアンだけではない。トウジも驚きに目を見開いていた。
ーーあのクラスのマモノを一撃だと……? バカなーー
戦闘経験の豊富なトウジでさえも、マーダーベアーほどの相手を倒すにはそれなりの能力を使用しなければならなかった。
しかし、誰よりも驚くことになったのは、シュウ本人であった。
「よかった……って、えっ!?」
シュウは、今になってマモノが霧散した事に気が付いた。
「あの熊が消えた……!? ていうか私……」
リアンを救うため、無我夢中で刀を振るったが、一回りは大きな相手を倒してしまった事が信じられなかった。
「ガッハハハ!」
三人がそれぞれ驚いている所へ、大きく、豪快な笑い声が階段の上からした。
笑い声の主、ガトウが上の階から降りてきた。
「見てたぜシュウ! さすがはあの四季教官の孫娘だな、まさかあのマモノを一太刀とはな!」
「ガトウ、まさかあのマモノを放っておいたのか? 選抜試験の受験者では手に負えないのは分かっているだろ?」
「怒るなよトウジ。オレもやつに気付いて倒しに来たんだが、お前らが来たのが見えたからな。ちょっと様子を見てたのよ。それに、それを言うんならトウジ、お前も新人二人に任せてんじゃねェか」
「それは……」
「おおかたこの二人の力量を計ろうとしたんだろ? その要救護者の面倒を見るのはお前じゃなくてもできるしなァ、トウジ?」
トウジの考えはお見通しとばかりに、ガトウはニヤリと笑う。
「あの、ガトウさん……」
シュウは、おずおずと訊ねる。
「私に特別な力があるって、本当なんでしょうか?」
「あァ? 何言ってんだよ、あのマモノをぶった斬って見せただろ? それが証拠だよ」
「でも、あの時は無我夢中で、たまたま当たり所が良かったとかじゃ……」
シュウは、リアンを救う一心で刀を振るっていた。マーダーベアーを倒そうという思いから剣を振ったわけではないために、まぐれ当たりで倒せたのではないかと思えて仕方がなかった。
「あいつは、ド素人のまぐれ当たりで倒せるようなマモノじゃねェ。もっと自信を持ちな」
「そうだよ! シュウちゃんのおかげでわたし助かったんだよ? やっぱりシュウちゃんは強かったんだね!」
リアンは言った。シュウの事も見限りだしていたリアンであったが、こうして力を見せられた事で、再び利用価値を見出だしていた。
「なァリアン、ちょっと耳貸してくれ……」
ガトウはリアンに耳打ちする。
「お前、さっきの戦い手ェ抜いてなかったか?」
ガトウは気が付いていた。リアンには、マーダーベアーを一捻りにしそうな力があるというのに、苦戦していたような立回りを見て不審に思っていた。
ガトウは返事を待つことなく話を続けた。
「あァ、気にすんな、別に責めてるわけじゃねェよ。おおかたお前も、シュウの力を見ようってつもりだったんだろ? だがな、油断は禁物だ。マモノとの戦いは、人との戦いと違ってまさかがありうる。せっかく力を持ってんだ、ちゃんと使わなきゃ危ねェぞ?」
リアンは、心を読まれているような気になった。考えをまるっきり言い当てられたわけではないが、ガトウの言葉はかなり近かった。
人との戦い、という言葉が一番引っ掛かった。まるでリアンが暗殺者として戦ってきた事を知っているようだった。
「ガトウ、何をこそこそと話している?」
「なんでもねェよ、トウジ。シュウ、リアン、お前らは合格だ。お前らより先に来た合格者は屋上に集まってもらってる。お前らもすぐに……」
ふと、ガトウの籠手の端末が鳴った。
「あァ? なんだってんだ……」
ガトウは応答した。
「オレだ、どうした?」
『ガトウさん、オレです、ナガレです。大変です、とんでもないマモノが現れました! オレだけじゃとても……うわっ!?』
通信越しの声は、慌てた様子の青年のものであった。
「おい、ナガレ! どうした!? 返事しろ、おい!」
通信は既に途切れた後だった。
「……ったく、教官が慌ててちゃ、世話ねェだろ」
ガトウも通信を切った。
「ちょっとした非常事態だ。シュウ、リアン、お前らも来い、どうにもキナ臭ェ感じがする」
「ちょっと待てガトウ。どうして連れていくのがその二人なんだ? これは俺たち機関の人間の仕事ではないか」
「こいつらは合格した。もう機関の仲間も同然だ。それにトウジ、お前にはそいつの保護っつう仕事があんだろ?」
トウジは、言い返せなかった。ガトウがもっともらしい事を言う時は、どれもこれもよく的を射ている。
「私、行きます! ナガレさん、でしたよね? 早く助けに行かないと!」
シュウは、今すぐにでも助けに行くつもりでいた。
「よく言ったぜ、シュウ! リアン、お前も来るよな?」
「シュウちゃんが行くなら……」
リアンは、乗り気ではなかった。仲間を助けに行く、などという事とは無縁の世界にいたため、その重要性が分からなかったのだ。
「リアン、次はお前の力、見せてもらうからな?」
ガトウは既に、リアンを信頼しているようだった。何故そう簡単に人を信用できるのか、やはりリアンには分からない。
「よし、それじゃ行くぞお前ら! トウジ、お前はしっかりそいつを見てろよ!」
「仕方がない、すぐに追い付く。ぬかるなよ」
「心配いらねェよ、そんじゃ行くぜ二人とも!」
ガトウは、シュウとリアンの二人を連れて上の階へと階段を駆け上っていった。
トウジは、負傷した候補者の面倒を見るべく、その場から動かないようにしていたが、気がかりがあった。
ーーそれにしても遅い。救護班は何をやっている……?ーー
選抜試験本部に救護要請をしてから、かれこれ十五分が経とうとしている。マモノの蔓延る異界に姿を変えた都庁といえど、二階まで来るのに五分とかからないはずだった。
先のマーダーベアーとの戦いを見つけ、近付けなくなっているのかというと、そういうわけではない。もしそうなのであれば、殲滅を確認したら姿を見せるはずである。
いよいよただならぬ事態が起こっていると判断し、トウジは外部に通信を行った。
「キリノ、俺だ。救護班はどうした? まだ来ないのだが」
キリノからの返事は、妙に切迫したものだった。
「なんだと……!?」
トウジは驚愕するのだった。
Phase5 来襲の日
ガトウに連れられ、シュウとリアンは都庁の三階にやって来た。
「な、何これ……!?」
都庁は既に、マモノの闊歩する異界と化していたが、三階に上がると更に異様な風景が広がっていた。
「こいつァ……花、か? まさかこれは、咲いてるやつなのか?」
真っ赤な花弁の謎の花が、コンクリート造りの床に根を張り、廊下に咲き誇っていたのである。
「二人とも、触らない方がいいよ。この花、毒がある。匂いを嗅ぐだけでも大変な事になるね……」
リアンは、鼻に付く香りだけで、廊下に咲き乱れる花の毒性を感知した。
「リアン、それは本当か? だったらまずいな、ナガレの奴、無事だといいんだが……」
「ガトウさーん!」
廊下の先から青年が駆け寄ってくる。
「ナガレ! 無事だったか」
ガトウにナガレと呼ばれた青年は、顔に掠り傷を負っていた。
「命からがら、って所ですよ。っと、そちらの二人は?」
「あァ、こいつらか。ついさっき合格した候補者、シュウとリアンだ」
ガトウが目配せすると、二人は軽く名乗った。
「四季シュウです」
「本宮リアンだよー」
「ご丁寧にどうも。オレは
ナガレも自己紹介した。
「まァ、オレたちゃもう仲間だ。挨拶はそんなもんでいいだろ? それよりナガレ、一体何があった? お前が尻尾巻いて逃げ出すなんて珍しいじゃねェか。その男前な面にまで傷つけてよォ」
「あれを見れば、さすがのガトウさんでも余裕ぶってられなくなりますよ! 向こうの部屋に閉じ込めておきました。早く行きましょう! あ、二人はこの先のエレベーターから屋上に……」
「いや、こいつらも連れていくぜ」
ナガレは驚いた。
「候補者を連れていくんですか!? いくらなんでも危険じゃ、何かあったら……」
「トウジにも言ったが、オレらだけで日本中のマモノの相手なんざできねェ。後進の育成はやんなきゃならねェ事だ。そんなわけで連れてくぜ」
ガトウの言うことはやはり正しく、ナガレはそれ以上何も言えなかった。
しかしナガレは、シュウたちの意思を確認する。
「シュウさんに、リアンさんだったね? ガトウさん、こうなっちゃったら止められないけど、二人が嫌なら無理強いはしないよ?」
シュウは答えた。
「行きます。私に戦える力が本当にあるのかまだよく分からないけど、みんながいれば、大丈夫な気がするんです」
ナガレは、また驚かされてしまった。まだ高校生だというのに、シュウはずいぶんと肝が座っていると思わされる。
「ガハハ、まあ、そういうこった。シュウはあの四季教官の孫娘だしな。つっても、お前はあの人を知らねえか。まあ、何にせよ大丈夫だ。ナガレ、案内しな!」
「仕方ないですね……でも、危なくなったらガトウさん、二人を守ってくださいよ?」
ガトウはやはり、豪快に笑いながら、大丈夫だと言うのだった。
それからシュウたちは、ナガレに連れられ、彼を撤退に追い込んだマモノのいる部屋へとやって来た。
「ほォ、こいつは確かに手応えがありそォだな……!」
ガトウをしてここまで言わせるマモノは、先にシュウたちが対峙したマーダーベアーすらも可愛く見えるほど、凄まじい姿をしていた。
全長は約五メートルほどで、頭が天井に僅かに接している。首が長く、尾も長く、首から尾までを測れば十メートルには達すると思われる。
足は短いが、自動車のタイヤほどの大きさの爪を持っており、腕を持たないが、膜の張った巨大な翼を持っている。
そしてその頭は、人の脚ほどはありそうな鋭い牙が見え隠れしていた。
「こいつァ、まるで恐竜だな」
ガトウが言うものの、シュウの心には、この目の前にいる存在の名が、どういうわけかはっきりしていた。
「これは、ドラゴン……」
「んァ? ドラゴンだァ?」
「確かに、これはドラゴンだね。シュウちゃんもそう思ったんだね」
「うん、どうしてか分からないけど、心の中に浮かんだの。ずっと前から知っているような……」
リアンも同じように心に浮かんでいた。やはりずっと昔に、それも、物心ついた頃から知っているような感覚があった。
「まあ、呼び方なんざ、今はどうでもいいわな。シュウ、リアン! オレも手を貸す、奴を倒すぞ! ナガレ、お前は他の奴が間違って入ってこないように見張っとけ!」
ガトウは、それぞれに指示を出し、刀を抜いた。シュウとリアンも続いた。
ーーこのドラゴンっていう化け物、さっきのマモノとはけた違いだね。これは、最初から本気で行かないと!ーー
リアンは、シュウとガトウを一気に追い抜き、ドラゴンへと急接近した。
「リアン!? 突っ走るんじゃねェ!」
ガトウの注意は虚しく、リアンはドラゴンの間合いに入った後だった。
ドラゴンは咆哮を上げ、その牙でリアンを噛み千切ろうとした。
「遅いよ!」
「なんだと!?」
リアンは既に、ドラゴンの後ろの空間に跳んでいた。
リアンは、自らに宿る異能力の根元たるマナを毒に変え、ナイフの先に集中させてドラゴンに突き刺した。
「パラライズトキシック!」
異能力による毒は、ドラゴンの固い鱗を貫き、一瞬にして全身に回った。
ドラゴンは体を麻痺させ、その場に崩れ落ちた。
リアンの攻撃はまだ終わらない。再びマナを変換し、今度は溶解毒をナイフに纏わせ、ドラゴンの首をかっ切った。
「これは隠し味だよ」
神経毒によって動きを封じられ、溶解毒で深傷を負ったドラゴンは、そのまま生命活動を停止した。
「倒し、たの……?」
シュウは、リアンのあまりの速業に唖然とするしかなかった。
「こいつァ……さすがのオレでも予想できなかったぜ。リアン、お前やっぱりトンでもねェ力持ってたんだな!」
「リアン、そんな力があるなら、どうしてさっきの戦いで出さなかったの?」
シュウがそう思うのも無理はなかった。リアンは、明らかにマーダーベアーよりも強いと思われるドラゴンを、たった二回の攻撃で倒してしまった。
マーダーベアーとの戦いで苦戦しているように見えたのは、何故だったのかと不思議に思ってしまったのだ。
「あー、えっとね……」
リアンは、さすがに本気を出しすぎたと後悔した。先の戦いでは、シュウが本当に戦う力があるのかどうかを見定めようとわざと立ち回っていた。
「なァリアン、お前ひょっとして、こいつとの戦いを見越してたのか?」
「えっ!?」
リアンは、ガトウのふとした言葉に驚き、ガトウを見た。
ガトウはリアンに、ウィンクを送っていた。どうやら助け舟を出してくれるようだった。
「そ、そうだよ! 実はその通りなんだよ。あの力を使うのは結構消耗しちゃうからね! さすがガトウさん、よく分かったね!」
異能力を使うのに、マナを消費するのは確かであり、リアンの言葉は全てが嘘というわけではなかったが、どうにか口裏合わせすることができた。
「なるほどな。やっぱり思った通りだったぜ! リアン、お前も力を持ってたんだな、ガハハ!」
事情を知るガトウは、シュウをあざむくため、リアンと共に口裏を合わせるが、シュウはかえって怪しく感じてしまった。
騙されている、という気はなかったが、何やら二人で何か企んでいるのではないかと思ったのだった。
シュウがその事について問いかけようとした途端、部屋のドアが開けられた。
「おいナガレ、誰も入れるなっつったろ? ってなんだ、トウジじゃねェか」
ナガレと共に部屋にやって来たのはトウジだった。
「このマモノは……」
トウジは、リアンによって倒されたドラゴンの死骸に目をやった。
「ドラゴン……?」
トウジの心の中にもやはり、この生物の名前らしきものが浮かんだ。
何故か、ずっと昔からこれの存在を知っているような、不可解な感じがしたものの、トウジはそれを振り払う。
「そんなことよりガトウ、緊急事態だ。本部が観測したのだが、この都庁を中心にマモノと思しき敵対反応があったそうだ。それも数が非常に多い、試験の続行は危険だ」
都庁三階に咲き出した謎の花も、今や都庁の外にも突如として発生していた。
謎の花は、リアンの言っていた通りに強い毒性を持っており、自衛隊の隊員が数多く体調に異変を来していた。
トウジが要請した救護班がなかなか到着しなかったのは、そのためであった。
「もう一つ異常事態がある。都庁周辺を哨戒していた隊員が、何者かによって気絶させられていたらしい。侵入者がいる可能性がある」
その侵入者によって、このような事態が引き起こされているのか、因果関係は定かではないものの、ムラクモ機関の機密が暴かれる危険があった。
「なんだって! それは本当かトウジ!? うーん、こいつァ、いよいよキナ臭さが増してきやがったな……」
トウジの報告を受け、ガトウはすぐに決断する。
「シュウ、リアン、お前らはトウジと一緒に屋上にいる奴らを連れてきてくれ! ナガレ、オレらはこいつらの退路を確保するぞ!」
「了解です、ガトウさん!」
ナガレは応じる。
「待てガトウ、候補者を呼びに行くのに、何故二人も連れていく必要がある?」
「そのマモノ、ドラゴンとかいったか? 二人、特にもリアンはそいつを倒す力がある。なんかあっても切り抜けられるだろうさ。早く行け、この先のエレベーターから直通で屋上まで行ける!」
「なに、本宮が……?」
「鴫原君、急ごう! 大変なことになってるんでしょ? 助けに行かなきゃ!」
シュウは、先に駆け出してしまった。
「シュウちゃん、待って!」
リアンも後に続いていった。
「待て! 勝手に動くな!」
トウジは制止するものの、無駄であった。
「トウジ、お前も早く行きな! 作戦はもう始まってんだからな!」
「ちっ……!」
仕方なくトウジも後を追う。
「行ったか、よし、オレらも作戦開始だ!」
三人が屋上へと向かうのを確認し、ガトウはナガレと共に、階下へと向かった。
ガトウは、この時既にこれから引き起こされる災いの予感を感じていた。
都庁周辺のみならず東京、ひいては世界にも及ぶ危機が迫っている。そんな予感がしていた。
都庁の屋上は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
一匹のドラゴンによって、候補者はほぼ全滅していた。
「う、うわあああ!」
かろうじて生き残った者がいたが、恐怖に気が狂い、ドラゴンに向かって銃を乱射した。
単なる弾丸がドラゴンに通用するはずもなく、頑丈な鱗によって弾かれてしまう。
ドラゴンにとっては、虫が止まる程度の刺激であったが、攻撃してきた者を捉えた。
「あ、あああ……!」
生き残りは、既に銃弾の無くなった銃をカチャカチャ鳴らすしかできなかった。
そして生き残りは、ドラゴンの牙によって首を引き裂かれた。
やがて、シュウたちが屋上にたどり着いた。
「これは……!」
トウジは、顔をしかめる。
「……遅かったか」
「ひっ!? いやっ!」
シュウは戦慄し、その場に崩れ、頭を抱えてしまった。
ドラゴンによって作り出された惨状は、とてもこの世のものとは思えなかった。
ドラゴンの周辺には、たくさんの屍が転がっている。
原型を止めている死体は少なく、そのどれもが四肢を欠損している。首と体が離れている死体もあり、首が体から数メートル離れた所に転がっている。
臓腑を撒き散らされた死体が多く、辺りは鼻を刺すほどの血の匂いが広がっていた。
いくらマモノやドラゴンと戦える力を持っているシュウであっても、この惨状を目の前にして、平静を保っていられる心は持ち合わせていなかったのだ。
ーー四季……やはりそうなるかーー
戦いの世界に身を置いてきたトウジは、死屍累々の惨状を前にしても落ち着いていられたが、それでも若干の震えを感じていた。
この状況下で全く心を乱していないのは、やはりというべきか、リアンであった。
「シュウちゃんは……しょうがないね。トウジくんは戦える?」
「侮るな。お前ほどではないが、人死にには慣れている」
「そう、それならよかったよ。あのドラゴン、さっき戦ったのに比べると強そうだよ?」
「余裕だな、ふん、職業柄と言ったところか」
「失礼な! わたしは人の体をぐちゃぐちゃにする趣味はないよ!」
「し、職業柄? 人の体をぐちゃぐちゃ……!? な、何を言って……」
シュウは戦慄していたが、まだ二人の会話を聞き取る余裕があった。
「話は後だ、来るぞ!」
トウジらが話している間にドラゴンは、彼らの存在に気が付いて、攻撃態勢になっていた。
「俺が先陣を切る。本宮、お前は追撃しろ!」
トウジは、マナを変換して魔法弾を作り出し、ドラゴンの眉間に向けて撃ち出した。
普通の銃の弾丸ではびくともしないドラゴンでも、魔法弾なら効果があった。
トウジは更に追い打ちをしかける。
「燃え尽きるがいい!」
マナを炎に変え、ドラゴンの周りを囲むように放った。
退路を失ったドラゴンは、炎に巻かれて苦悶の声を上げる。
「今だ、本宮!」
言うが早いか、リアンは既に動き出しており、高空へと跳躍し、毒の刃をドラゴンの首に突き刺した。
リアンの麻痺毒が効き、ドラゴンは体の自由を失って崩れた。
「トウジくん、まだあいつ生きてるよ!」
「一旦下がれ! 俺が止めを刺す!」
リアンがドラゴンから離脱したのを確認し、トウジはマナを増幅して、ドラゴンの周りの炎の勢いを強めた。
「灰になれ!」
炎の渦は一気に火柱となり、ドラゴンの体を焼き尽くした。
ドラゴンは、マナによる魔法によって息絶え、地に倒れた。
「終わったな……」
トウジは、大きく一息ついた。
「これからどうしようか? わたしは別に気にしないけど、シュウちゃんはさすがに、この死体の山にいたくないでしょ」
「そうだな……」
トウジは辺りを見渡した。
惨状を作り出したドラゴンこそ退治することができたが、様々な死に方をした屍は相も変わらず転がっている。生存者がまだ残っているとは思えなかった。
「帰投するぞ。生き残りがいない以上、ここに残っている意味はない」
「だよねー、じゃあ帰ろうか。シュウちゃん、大丈夫?」
シュウは震えていた。死屍累々の風景におののいていたのもあるが、シュウは、言い様のない重圧のようなものを感じていた。
「シュウちゃん?」
「そっとしておけ、四季は一般人だ。俺たちのように人死にに慣れていないんだからな」
トウジは、肩を貸そうとシュウに手を差し伸べた。しかし、シュウはなかなかその手を取ろうとしない。
シュウは、空を見ていた。彼女の目には、謎の存在が飛翔しているのが見えていた。
「おい、しっかりしろ四季。いつまで呆けているつもり……」
突如として、トウジの籠手の端末が警報音を鳴らした。同時に通信も届く。
『トウジ、聞こえるか!?』
端末から届いた声は、ガトウのものだった。
「ガトウか。どうしたのだ? 警報が鳴ったが、一体……」
『僕が説明します。トウジ君、二人を連れてすぐにそこから避難してください! 超強力な敵対反応が都庁上空に急接近しています!』
キリノが切迫した様子で状況を説明した。
「なんだと!?」
「あ、あれ……何……!?」
シュウが震える手で空を指さした。
トウジとリアンはその先を見て驚愕した。
渡り鳥が群れをなして飛行するように、大群で空を行くものがいた。みるみるうちにその大群は都庁へと迫ってくる。
「ど、ドラゴンだ……!」
「すごい数……!?」
リアンやトウジが倒したのと同じ個体のドラゴンを連れ、中心に倍以上の大きさのドラゴンが迫っていた。
夥しい数のドラゴンの襲来は、下の都庁前広場のキリノらにも見えていた。
『な、なんだあの数は……!?』
『て、撤退! 早く撤退を!』
通信越しから慌てた自衛隊員と思われる声がする。
『トウジ、シュウ、リアン! 何をしてる!? 早く逃げるん……!』
ガトウの声を最後に通信は途切れてしまった。空を飛ぶドラゴンに通信用のアンテナを破壊されてしまったのである。
そうしている間に、群のリーダー格の巨大なドラゴンが、シュウたちのいる場所に下り立った。
全身が赤く、装甲のような鱗を持ち、その翼は鋼鉄の板を繋ぎ合わせたような形をしていた。
両腕両足の爪は大木のように太く、やはり鋼のような色をしている。
深紅の巨大なドラゴンは、息を一つ大きく吸い込むと、その巨体にふさわしい咆哮を上げた。
咆哮を上げた口から衝撃波が発生し、地面に転がっていた死体が吹き飛ばされていく。吹き飛んだ死体は、空にいるドラゴンが咥え、そのままバリバリと喰らった。
「……ぐっ! なんという咆哮だ、聞いただけで体が痺れる……!」
「……これは勝ち目は薄いね。けど逃げるにしても……」
深紅のドラゴンが空から下りると同時に、辺りには、都庁の三階で見たものと同じ花が咲き乱れていた。
触れるだけでも命に関わりそうな毒を持つ花に退路を絶たれてしまったのである。
「やるしかないようだな……!」
退路を失った以上、ここから生き延びるには戦って打ち倒すしか方法はなかった。
「わたしが先に行くよ。いくら相手が大きくても、急所に毒を打てば倒せるはずだよ」
「それに賭けるしかなさそうだな……本宮、俺はありったけのマナを使って奴に攻撃する。時間を稼いでくれ!」
「言われるまでもないよ!」
リアンは、その俊足で一気に間合いを詰める。同時にマナを麻痺毒へと変換し、ドラゴンの装甲の隙間から首に向けてナイフを突き立てた。
ーー捉えた!ーー
狙いは外さなかった。ここを突けば、如何なる相手であろうとも全身を麻痺させる事ができる。そのはずだった。
「そんな!?」
リアンのナイフは、深紅のドラゴンの皮膚を貫くことができず、パキッ、と容易く折れてしまった。
深紅のドラゴンは、首に乗っているリアンをまるで虫を払うように振り落とした。
リアンは着地すると銃を抜き、深紅のドラゴンの眼を狙って発砲した。
しかし、弾丸よりも硬いドラゴンの眼は、銃弾すらも弾いてしまうのだった。
「トウジくん!」
最早攻撃手段のなくなったリアンは、トウジを頼る他なかった。
しかし、トウジの魔力はまだ十分ではなかった。
「是非もない、か……!」
トウジは、深紅のドラゴンに手を向けた。
「本宮、下がれ! 巻き込まれるぞ!」
リアンが攻撃線上から外れたのを確認し、トウジは魔法を放った。
「灼熱よ、焼き焦がせ!」
魔法によって生み出された炎が一気に広まり、深紅のドラゴンを包み込み、炸裂して大きな火柱が上がった。
「どうだ……!?」
マナを一度に消費したため、トウジは息を切らしながら煙を見る。
次第に明らかとなってくる煙の先には、やはりというべきか、深紅のドラゴンが立っていた。
「バカな、全く効いていないと言うのか……!?」
深紅のドラゴンにダメージはほとんど見られなかった。
トウジが呆然としている間に、深紅のドラゴンは口を開き、火球を作り始めた。
「あいつ、何かする気だよ!」
火球はどんどん大きくなっていく。深紅のドラゴンの顔の大きさをも超え、火球はトラック一台ほどの大きさまで膨らんだ。
「デコイミラー!」
トウジは、自身に残ったマナを全て使い、あらゆる攻撃を受け止めるバリアーを張った。やがて巨大な火球は、トウジたちに向けて放たれた。
凄まじい熱量を持った大火球は地面を焦がしながら突き進み、トウジのバリアーとぶつかり合った。
トウジのバリアーは、あらゆる衝撃を吸収することのできるはずであったが、大火球の勢い全てを吸収する事はできず、破られてしまった。
「バカな、これほどとは……!? うおおお……!」
「わあああ!」
大火球は爆発し、トウジとリアンは吹き飛ばされた。
「ぐ……かはっ!」
二人は命に別状は無かったものの、受けたダメージは大きかった。
まだ二人に息があるのを知ってか、深紅のドラゴンは再び口を開き、火球を作り始めた。
「……し、四季……!」
トウジは、ずっと後ろで震えていたであろうシュウに向けて声を振り絞る。
「お前……だけでも……身を、隠せ……! ここで、全滅するわけには……いかん……!」
唯一の退路であった屋上の入り口には、例の毒花がびっしりと咲いており、越えていくことなどできそうもなかった。
故にトウジは、シュウに隠れてもらい、自らを囮とする事で、彼女だけでもこの場から生き延びさせようとした。
「四、季……?」
しかしシュウは、トウジの意図と反する動きを見せる。
シュウは、腰を抜かしていたはずだったが、すっと立ち上がり、刀を抜いていた。そして一歩、また一歩と深紅のドラゴンに向けて歩みを進める。
「シュウ、ちゃん……?」
リアンは、シュウの姿を見て驚いた。
異能力の根源たるマナを溢れさせ、全身を青白いオーラで包み込んでいる。抜いた刀は構えることなくだらりと持ち、俯き気味で表情が窺えない。
深紅のドラゴンは、向かってくる謎の力を持つ人間に戸惑いを覚えたのか、しばらくの間ただ静観しているだけであったが、やがてしびれを切らし、口を開けて火球を作り始めた。
ドラゴンが攻撃しようとしているというのに、シュウは歩みを止めない。
ーーバカな、死ぬつもりか!?ーー
トウジは、シュウを制止すべく声を上げようとするが、全身の痛みにむせる事しかできなかった。
火球を作るのを見せても歩み続ける相手を見て、深紅のドラゴンも焦りを見せたのか、先にトウジたちを吹き飛ばした火球よりも一回りほど小さい球を放った。
「シュウちゃん!」
大きさこそ控え目となったが、人間を一瞬で灰にする事くらいは容易い熱量を持った火の球が、シュウに襲いかかる。
トウジとリアンは、シュウは髪の毛一本残さず焼失すると思った。次の瞬間、二人は驚くべき現象を目にすることになる。
シュウは、構えることなく持っていた刀の切っ先を、迫り来る火球に向けた。すると、ただの刀が、凄まじい熱量と勢いの火球を受け止めたのである。
「な……に……!?」
トウジは、目の前で起きている事が信じられなかった。シュウの持つ刀は、ムラクモ機関特製の品ではあるが鉄でできており、あのような熱量を持った物を受ければ熔けるはずである。それにも関わらず、刀は熱を帯びて赤色することもなく、火球を受け止め続けている。
それからシュウは、刀を斜め上に振り上げ、火球を受け流した。
軌道をぶらされた火球はそのまま宙を進み、空中で爆発した。
「ぐおっ……!」
爆風が辺りを包み、砂塵が舞った。
「…………!」
リアンは、首に下げたゴーグルを装着し、砂塵の先で起こっている事を見届ける。
シュウは、これまでだらりと持っていただけの刀を構え、一気に深紅のドラゴンとの間合いを詰めた。そして空高く跳躍し、深紅のドラゴンに向かって斬りかかった。
深紅のドラゴン応戦すべく、腕を上げ、爪を振るおうとした。
剣閃が煌めき、二つの何かが地に落ちた。片方はシュウ、もう片方はシュウによって斬り落とされた深紅のドラゴンの腕であった。
「ガアアアアア!」
深紅のドラゴンは、斬られた所から虹色の血を噴き上げ、苦悶の咆哮を上げた。
ーー行ける、シュウちゃんが押してる……!ーー
リアンは、この状況に勝機を見出だしていた。しかし、その勝機の要因たる人物は、突然に動きを止めてしまった。同時にカラカラと刀を地面に転がした。
そしてシュウは、纏っていたオーラを消失させ、膝を付いて地に伏した。終始相手を圧倒していたというのに、シュウは急に倒れてしまったのだ。
深紅のドラゴンは、片腕をはね飛ばされるという深傷を負わされたが、まだ戦意を完全に失っておらず、急に敵であるシュウが倒れたことを好機と捉えたようだった。
この場にいる敵を全て焼き払うべく、深紅のドラゴンは三度火球を作り出し始めた。
深紅のドラゴンの火球を謎の力によって受け止め、弾いたシュウは気絶してしまい、ほとんど抑えられなかったとはいえ、衝撃を吸収するバリアーを出せるトウジはマナが残っていない。
今大火球を放たれれば、間違いなくリアンたちは焼き殺される状態にあった。
ーーここまでのようだね……ーー
死期を悟ったが、リアンは騒がない。迫り来る死の瞬間を静かに待つのだった。
しかし、その瞬間は訪れなかった。
「ぬううん! ……てりゃあっ!」
側方から何者かが出現し、深紅のドラゴンへと詰め寄り、アッパーカットをしかけて火球を上空にそらさせ、崩れた所を蹴り飛ばした。
現れたのは色黒で、身体中に刺青を施し、癖の強い髪を後ろで一つに束ねた筋肉質の男であった。
完全に不意を突かれた深紅のドラゴンは、どちらの攻撃もまともに受け、地に転がされる。
「ネコ、フロワロを!」
リアンは、後ろに気配を感じ、振り返った。後ろには、剣を背負う猫耳パーカー姿の少女がいた。
「ほいほーい」
見た目そのままにネコと呼ばれた少女は、背中の剣を抜き、出入口を塞ぐ毒花に向けてかざした。
全てが黄金色の剣が一瞬輝くと、毒花は全て散っていった。
「これでよしっ、と!」
ネコは、剣を納めた。
「けど知らないよーダイゴ? こんな勝手な事してあとでタケハヤに怒られても」
「……お前が黙っていれば済むことだ」
ダイゴという男は、転がった刀を拾い上げ、倒れたシュウの鞘に納めるとシュウを担いだ。
「いや、絶対怒られるよー? タケハヤの剣まで持ち出しちゃってさ。しかもアタシに持たせるなんて。エレベーターも止まっちゃってるし、疲れたよー」
「運動不足のお前には丁度いい……」
「ちょっと、それ遠回しにデブって言ってない!?」
「
トウジは、二人と顔見知りであった。
「……ムラクモ機関がまた何か企んでいると仲間が知らせてくれたのでな。その内容を調べに来たのだ」
ダイゴは、答えながらトウジを脇に抱えた。
「企み事を暴くだけのつもりだったが、このような事になろうとはな……ドラゴン、その群を率いる帝竜、そしてその支配下に咲く毒の花、フロワロ。全てアイテルの言った通りだ……」
「何を言っている……? まさか報告にあった侵入者はお前たち……」
話している間に、深紅のドラゴンは起き上がり始めた。
「長居はまずいな。ネコ、退くぞ。そいつは頼んだ」
「はいはーい。ねぇ、キミ、歩ける?」
「わたしなら大丈夫……あいたっ!」
リアンは、立ち上がろうとするが、足首に激痛を感じて動けなかった。
「あらあら、足を痛めてるみたいだねー。ほら、掴まって」
ネコは、足を挫いて立ち上がれないリアンに肩を貸した。
「あ、ありがとう」
そして一同は、深紅のドラゴンがまた何かし始める前に屋上を後にした。
都庁前広場には、キリノ、ナツメ、そして数名の自衛隊が残っていた。
「都庁にいた生き残りはこいつらだけだ……」
ダイゴは、意識のあるトウジは地に下ろし、気を失ったシュウを近くにいた隊員に預けた。
「ナツメさん……」
キリノは、ナツメの表情を窺う。ナツメはこれ以上ないほど険しい顔をしていた。
「まさか、あなたたちが助けてくれるなんてね……」
「目の前で死なれては寝覚めが悪いのでな。間違っても貴様のためではない」
「天堂、有明、恐らく
トウジは訊ねる。
「企んでるなんて、人聞きわるーい! ムラクモ機関の方がよっぽどひどいことしてるよねー?」
「止せ、ネコ。トウジ、悪いが答えてやる事はできん。だが、お前には恩がある。これから先、人類最大の敵となる物のことなら教えてやる」
「天堂……」
ダイゴは語った。
「今都庁を中心に飛来しているのは、お前たちムラクモ機関が呼ぶマモノとは一線を画す存在、『ドラゴン』だ。そしてその大群を取りまとめるのが、お前たちも交戦した『帝竜』、その支配下、その辺に咲いている花のことだが、名は『フロワロ』という、ドラゴンの元ともなる物体だ」
今やフロワロは、都庁どころか東京都内全域に咲き乱れ、撒き散らす花粉が瘴気となり、空は真っ赤に染まっている。
「観測班でも知らないことをつらつらと……ダイゴ君、どうして君が知っているんだ?」
「言ったはずだ、キリノ。答えてやる事はできんとな。少なくとも、その女が側にいる限りはな」
ダイゴは、ナツメに一瞥をくれた。
ナツメは眉を潜めている。
「キャハハ! 怒るとシワが増えるよー? オ・バ・サ・ン?」
「ちょっとネコちゃん、さすがにオバサンは失礼だよ!」
「大丈夫、大丈夫! リアンちゃん、だったよね? アイツがしてることを知ったらリアンちゃんだって……」
「止めろ、ネコ。無闇に煽るな。それにそいつはまだ機関の人間ではない。深くは語るべきではない」
行くぞ、とダイゴはナツメたちに背を向けた。
「ああそうだ。タケハヤから言伝てを預かっていた……」
ダイゴは、ナツメに顔だけを向ける。
「こっちはこっちで勝手にやる。渋谷には手を出すなよ、クソババア。……だそうだ」
今度こそ立ち去ろうとするダイゴだったが、もう一つ言い忘れがあった。
「もう一つ、これは俺個人からの忠告だ。その女、四季シュウは大切に扱うことだ。ドラゴンと戦うつもりならばな……」
そう言うと、ダイゴは去っていく。
「あ、待ってよダイゴ! そこの隊員さん、リアンちゃんをお願い!」
ネコは、リアンを近くの自衛隊に預けると、ダイゴの後を追っていった。
「じゃあねーリアンちゃん! また会おうねー」
ネコは、リアンに手を振り、ダイゴを追いかけていった。やがて二人の姿は、フロワロの瘴気によって見えなくなった。
「ごほっごほっ……ナツメさん、だいぶフロワロの瘴気が濃くなってきました。これ以上ここに残るのは危険です。ドラゴンも襲ってくるかもしれません!」
「そう、ね……」
ナツメは、この場に残った全員に宣言する。
「新宿御苑の地下シェルターに撤退します! 全員迅速に行動を!」
残っていた者全員がバンに乗り込み、都庁から退却した。
それから程無くして、東京、日本、世界、いや、星はフロワロに侵食された。
ドラゴンに、引き裂かれた大地の痕(こえ)が、瓦礫の戦慄として啼り響く。現実は、刻は、星を朱く朱く染める。
人は、還らない日常に向かって何を叫ぶのか。
人と竜の物語は、これより始まる。
どうも、作者の綾田です。
さて今回は、西暦が二〇二〇年になったということで、セブンスドラゴン二〇二〇の小説を書いてみました。
約五ヶ月前(投稿時点)、年明けを迎えた際、二〇二〇といえばドラゴン来襲の年だ! と思い急いでこの作品を書きました(それでも投稿はかなり襲いですが……)
この作品における主人公であるシュウ、トウジ、リアンは私がプレイした時の組み合わせです。サムライ、サイキック、トリックスターダガーという組み合わせですが、かなりいいバランスだと思っています。トリックスターを銃じゃなくダガーにすることがミソで、麻痺させて動きを封じて毒も盛って、じわじわ削るのが地味ながら強いです。サムライの崩し払いも組み合わせると、毒と麻痺が通りやすくなる上、火傷、凍傷、出血のスリップダメージも期待できますね。サイキックは安定のヒーラー、壁張り、余裕があればマイクロバーストで出血を狙う役目です。二〇二〇-Ⅱだとフロストバーンという超強力(火傷、凍傷、麻痺付与)な魔法があるのでアタッカーにも回れます。どちらももう十年近く前のゲームなので、やる人はあまりいないかもしれませんが、もしプレイする機会があればこのパーティーをお勧めします。キャラメイクが多彩なので、間違いなく楽しめます!(宣伝?)というか、ドラゴン来襲の年になった記念にリメイク出てほしいですね。今の進化したハードで、八頭身で動き回る十三班を見てみたい。二〇二〇、二〇二〇-Ⅱを一つにして完全にストーリーが繋がったリメイクを是非お願いします、セガゲームズ様!
話を戻して、二〇二〇年になったから、といいましたが、実はセブンスドラゴンの小説化は結構前から考えてました。以前に電撃FCIの小説を書いた辺りにはもう色々考えてましたね。あの作品で出したサヤというキャラとシュウはほとんど同じキャラだったりします。どんな感じだろう、という方は是非『電撃FCI The episode of SEGA』をご覧ください!(やっぱり宣伝?)
ちなみに、この作品はシリーズ展開して、セブンスドラゴンⅢまで物語を続けようと考えています。この更新速度で果たして完結まで何年かかるやら……私自身も気が遠くなる思いがしますが、完結まで頑張りたいと思います。
次回投稿するとしたら、UNI小説の方になるかと思います。クライマックスまで遅くとも今年中に書き進めるつもりです。最後までお付き合いいただけると幸いです。
ではまた次回お会いしましょう。