昔から何をするにしても自分は上手くいかなかった。
いや、上手くいかなかったと言うと少し語弊があるかもしれない、なんというか平均以上の事ができなかった。
例えば勉学は平均を大きく上回る事が出来ず、順位で言えばいつも中の中か中の下、勉強する時間を増やし、予習や復習をいくらしようが一度たりとも平均を大きく上回る事がなかった。 剣を握った事もあったが、どうしても上手くいかず、師には限界を言い渡された。入門3ヵ月の年下に負けた時は夜ベッドの中で声を殺して泣いた。
別に人より劣り過ぎてるという事ではないが、勝負事は運が絡むものでない限り勝てる事は少なかった。自分は10歳の時にようやく悟った、というよりも諦めた。自分は何をやっても人より上手くいかないのだろう、ならば頑張る分を減らしてしまおう。そうすれば楽に生きられる・・・・・・
予想通り頑張る分を減らしても何とか平均ぐらいは維持できた。だが一つ問題が残っていた。何事も平均程度の自分はなんの面白味もない、はっきり言って居てもいなくてもどっちでもいい存在だったのだ。
悲しき事かな、そんな人間には友人といった存在は出来にくく、学校では孤立した存在になりがちだった。当然周りから悪い風に思われていなかったと思うが良い風にも思われてなかっただろう。
さて、そんな自分が社会に溶け込んで生活していくにはどうするべきか、答えは『良い人』でいる事である。人が面倒臭がる仕事を率先して引き受け、頼み事は断らず、人の顔をを窺って生きていき、なるべく相手の気分を害さない、これで周りからは『良い人』というよりは都合のいい人間の出来上がりだ。都合のいい人間となり続けた自分に付いたニックネームは『無償の遊撃士』だった。人それを『パシリ』と言う。
そんな生活を続けて3年間たったある時自分の中で一つの変化が訪れた、授業で短距離走をした時、生まれて初め自分は平均以上の事をやってのけたのである。3年間パシリ生活を送っていた自分は人より足が速くなっていたのである。さすがにその時は笑ってしまった、まさかパシリ生活で自分が平均より上を行くとは、我ながら滑稽な事だ。だが『足』ならば自分はもしかしたら・・・・・・その日からは足を鍛えた、足技中心の武術も習った、やはり技の呑みこみや精度は人に劣るがそれでも脚力で補う事もでき、必死になって練習をした。この時初めて努力する事の楽しさを覚えた。
始めは試合や組手での結果は黒星ばかりであったが徐々にではあるが白星も増えて来て、自分の中に楽しいという感情が広がっていった。
15歳の時なんとかこの足技を活かせる進路に進みたいと思い武術の師範に相談すると『トールズ士官学院』という学校を勧められた、険しい道になるぞ……と師範に釘を差されたがこの足と武術が活かせるならと思い、親に相談すると怒られた、父親は1週間口を聞いてくれず、母さんからは何度もやめなさいと諭されたが自分の決意は揺るがなかった。一カ月の交渉の末、仕方なくといった感じで両親は許してくれた。
ここまでが自分『ハイメ=コバルト』が『トールズ士官学院』へと入学する事となった経緯である。
七耀暦1204年 3月31日
故郷オルディスからの旅を終えたハイメは目的地である『トールズ士官学院』のある町『近郊都市トリスタ』の駅を出た、街にはライノの花が咲き誇っており、きれいだなとハイメは景色に見惚れてしまう。
しかしハイメは余裕を持って入学式に行きたいという気持ちと、これから三年間過ごす学び舎に早く行きたいという気持ちがあり、学院へと足を進めた。町にはカフェや花屋、教会もある、帝都が近いからか中々町は賑わっている印象を受けた。学院へと歩いていると他の生徒の姿もちらほらと見えだしたのだが、一つ気がかりな事が出来た、明らかに今自分が身に着けている制服がおかしいのだ。一般の生徒は緑を基調とした制服だが、自分は赤を基調とした制服だ。
初めは貴族クラスの物が間違われて送られてきたと思ったが、それらしき生徒はいかにも貴族が好きそうな高級そうな白を基調とした制服を身に纏っている。この事からハイメは目立ってしまい、視線を集めてしまっているようで大変居心地が悪い。
「まいったな・・・・・・」
と頭を掻くハイメ、この恰好では変に目立ってしまい、最悪制服を勝手に改造した変な人間と思われかねない。
何故自分は入学初日からこんな目に遭うのだと、軽く気を落としながらハイメは長い石畳の坂道を登り終え校門前まで来る。見上げると本校舎と思しき大きな建物が見えて来てつい立ち止まってしまう、これから自分が三年間学ぶ校舎だと思うとどこか感慨深いものがある。視線を校門へ向けると緑色の制服を纏った小さな女子生徒と作業服を着た少し横に太めの男子生徒が目についた、二人の生徒はこちらに気が付いたのか近づいて来る。
(まずいな・・・・・・あれは上級生にあたる人達だろうか?きっとこの制服の事、怒られるのだろうな)
考えているうちに二人の足音がこちらに近づいて来てしまったようだ。
こうなってしまっては仕方がない、まずは謝ろう、事情を説明すればきっと分かってくれるだろうからとハイメは腹を括る。やがて二人は自分の前に立ちどまるが、しかしハイメは後ろめたさがあるため視線は下へといき、体も固まってしまう。そんなハイメを上級生の二人は不思議に思うがそんな事も気にならない程焦っているハイメは意を決して謝罪の言葉を口にする。
「入学おめでとう!」
「大変申し訳ない」
「……?」
「え?」
小柄な先輩は何故謝られているのか分からないといった風な声を出し、恐る恐る首を上げて表情を確認すると本当に分からないのか首を傾げており、横の作業服の先輩も同じような表情をしている。
この制服について謝っているつもりなのだが、もしかしてこの制服は変ではないのかと一瞬考えるが、とりあえず確認してみようと疑問を投げ掛ける。
「あの、申し訳ない、自分の制服は他の生徒と違うから、もしかしたら自分は校則違反の格好をしていると思い謝ったのだがこの制服はトールズ士官学院の制服でよろしいのだろうか?」
自分が説明すると二人は、ああなるほどと呟き合点のいったような表情を浮かべていた。
(やはりこの制服は間違ってはないのだろうか?ならばこの制服はなんなのだ?)
ハイメが思考の海に潜っていると、女子の先輩が口を開き始めた。
「ゴメンね、まずその制服は間違いなくウチの制服だから大丈夫だよ、びっくりしちゃったよね?」
「ええ、まあ」
「ええっと、まずは自己紹介からさせてもらおうかな、私はトワ・ハーシェル、この学院の生徒会長を勤めさせてもらってるんだ、それで私の横にいるのがジョルジュ君だよ」
「これはご丁寧にどうも、自分はハイメ・コバルトです」
まさか、目の前にいる小柄な先輩が生徒会長とは、とハイメは少し驚くが、こんなことを考えるのは先輩に失礼だろうと考え直す。恐らくかなり優秀な人なのだろうとハイメは思う。
「ええっと、色々と聞きたい事はあるだろうけど入学式が終わったらオリエンテーションがあるから詳しくはそこでね」
「なるほどわかりました、それではありがとうございました」
「うん!入学式が行われる講堂はここから左にあるから、またねハイメ君」
ハイメは軽く会釈をして二人の先輩と別れて講堂へと向かう。
中へ入ると別の先輩に席へと案内された、どうやら自分はかなり早く来てしまったようだ、周りの席はまだ人は少ない。三つ編みの女子生徒が前の席に座っており、彼女も自分と同じ赤い制服を着ており、自分だけでなかったとハイメは安心し、入学式が始まるのをじっと待つ。
やがて周りの席も埋まってきて、ちょうど一時間くらいすると式が始まった。学院長の話や来賓の紹介、新入生の挨拶、在校生の挨拶など一通りの事は終わり、長いような短いような入学式も終わりを告げた。
これから新入生はオリエンテーションという事らしいが他の生徒は指示を受け各自の教室へと行くようだが、ハイメたち赤い制服の生徒だけは指示がない。
やかでハイメ達以外の生徒は全員講堂からいなくなり、赤い制服の生徒のみがポツンと残されてしまった。
「はーい、赤い制服の子達はこっちにちゅーもーく!」
声のするほうを見ると赤紫の髪をした女性がいる、あの人が、自分達の担任の方だろうか。
なんというかかなり美人な人だと思った。
「君達にはこれから特別オリエンテーリングに参加してもらいます」
(特別オリエンテーリング?)
周りの生徒もクラスも発表されず、特別オリエンテーリングと呼ばれる物に疑問を抱いている。他の生徒と違う制服に加えオリエンテーリングまで特別、ハイメは首を傾げる他ない。そんなメンバーの様子を分かっているのか分かっていないふりをしているのか自分達の担任と思われる教官は話を続ける。
「すぐに判るわ、じゃ私に着いてきて」
赤い制服の生徒達は怪訝そうな表情を浮かべなからも女性教師について行くのであった。