愚直な軌跡   作:ネオニューンゴ

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 実習が終わり、それからどうしたというお話です。


第十話 壁

~???~

 

 やけに体が痛い、瞼も上がらないし、手足を動かそうとするのすら億劫だ。そう思いながらハイメ意識を覚醒させてゆく。まず目に入ってきたのは白い天井、続いて点滴、そして薬品の匂い、自分のいる場所が病院である事はすぐに分かった。

 

(何故……自分は病院なんかに……一体何が……!!)

 

 そこでフラッシュバックする漆黒の魔獣の姿、リィンの響く声、ハイメは何故自分が病院にいるのかを思い出す。

 

(あぁ……自分は無様に魔獣にやられ、それでこのザマか……)

 

 一体どれ程の時間があの時から経っているのだろうか?あの後皆は無事に逃げられたのだろうか様々な考えが頭を巡るが自分が納得出来る答えは何一つ得られなかった。しばらくすると巡視の看護婦が現れ医師から自分の体の状態の説明を受ける。幸い長期におよび治療が必要とか後遺症が残る心配はなかった、薬は処方されるが明日には学院に戻れるようだ。あれからハイメは二日間眠っていたらしい。自分の体が丈夫だった事を喜ぶべきなのか、二日も寝ていた事を悔いるべきなのかハイメはそんな考えから逃げるように眠りに落ちる。

 そして翌日の朝退院の手続きを行いバリアハート駅を目指すハイメ、バリアハート駅前には見覚えのある車が停まっていた。車の窓が開きルーファスが顔を覗かせる。

 

「やぁ、体調の方は大丈夫かな?」

 

「あっ……はい」

 

「そうかそれは良かった、ところで少し時間を頂いていいかな?」

 

 ルーファスにそう言われたハイメは断る選択肢等ある筈もなく促されるままリムジンに乗る。リムジンはアルバレア邸へと進んで行く。クラスメイトがいないのにクラスメイトの家に行く事に奇妙な感覚を覚えながらハイメはアルバレア邸へと入っていく。

絢爛な装飾の施された玄関を過ぎてハイメが通されたのは応接室だった。

 

「掛けたまえ」

 

 ルーファスに言われるがままにハイメはソファーに腰を掛ける。程なくして使用人が紅茶と茶菓子を運んでくる。ハイメは淹れられた紅茶を一口啜るが極度の緊張で美味しいかどうか分からなかった。

 

「まず今回の件だが済まなかった、まさか父があのような強硬な手段に出るとは思わなくてね、謝罪させて欲しい」

 

「い、いえ……マキアスの立場を考えるならば予想しておかなければいけない事ですから」

 

 

「それでも学院の理事として君達の実習を円滑に進められるようにする責任が私にはあったのさ」

 

「ルーファス様が学院の理事?」

 

「あぁ三人いる内の一人だがね、それとリィン君達はちゃんと学院に戻れているから安心して欲しい」

 

 リィン達が無事だった、ハイメが一番知りたい事実が知れたため一先ず安堵する。そしてルーファスが学院の理事だという事に驚きを隠せず思わずルーファスを見てしまうとルーファスと視線が合った。

 

「君は安心したり驚いたりと忙しいな」

 

「あ、すみません落ち着きがなくて」

 

「いや構わないよ、本題に移ろうか」

 

「本題?」

 

 今の事が本題ではなかったのかと、他に一体何があるんだろうとハイメは頭を回すがやはり思い当たる節はなかった。

 

「少し君の事を調べさせてもらってね、つらい経験もしたようだが至って平凡の範疇に収まる人生を送ってきたようだ」

 

「は、はぁ」

 

「君も少しは思い当たる節がある筈だよ、トールズ士官学院特科クラスⅦ組は数奇な運命を辿った人間が集まっている、こう言ってはなんだがその中でも君は普通過ぎるのさ」

 

「そ、それは……」

 

 自分が平凡、それはハイメ自身が誰よりも分かっているつもりだったが改めて他人に突き付けられると心にくるものがあった。

 

「Ⅶ組はこれから間違いなく帝国の動乱の時代の中心に少なからず食い込んでくるだろう、その中で君は彼等の隣に並び立てるかい?ハイメ=コバルト」

 

 その問いにハイメは押し黙るしか無かった。今回の実習の結果を見ればそれは必然だったからだ。

 

「気を悪くしたなら済まない、だが私は学院の理事として生徒を守る義務があるんだ、今はまだ難しいだろうが普通科への転属も考えて欲しい」

 

「は、はい……」

 

 ハイメはそう絞り出すのが精一杯だった。 正直その後の事は良く覚えていない。ハイメは気づけば列車に揺られリーヴスへと戻ってきていた。時間は正午を回った頃で今から学院に行けば午後からの授業に参加出来るが その気にはなれなかった。授業に出れるのに出ない事や戻ってきた事をすぐに報告しにいかない罪悪感を抱きながらもハイメは学生寮の自室に荷物を置く。そのままフラフラと学生寮の屋上の方へと足を進める。頭の中はルーファスの言葉で一杯だった。

 

「あぁ……認めたくないものだな」

 

 ルーファスの言う通りだ、今回は自分が傷付いたから良かったようなもののもしかしたらこの先自分のせいで他のⅦ組の誰かが傷付くかもれない。もしかしたらあの地下水路でリィンに助けて貰わなければいけなかったのは自分の方ではなかったのだろうか?ユーシスとフィーなら何とかなったのかもしれない。ルナリア自然公園の時もそうだ、もしアリサを助けたのが自分でなく他の誰か……そうリィンやラウラならば……勝手に人を助けた気になっているが本当に助けられなければいけない弱者は自分だったのではないか?ハイメは寝転びながら自問自答するが答えは出ているようなものだった。きっとⅦ組の皆ならこんな自分でも暖かく受け入れてくれるのかもしれない、彼等は良い人間の集まりなのだ、宝石の原石のような存在できっとお互い磨き上げながら切磋琢磨していくのだろう。ならその中に磨く価値の無い石ころが混じっているのは正しい事なのか?

 

「間違っている……な」

 

 ハイメは確信していた、自分はトールズ士官学院特科Ⅶ組に居るべき存在ではないと。所詮凡人な自分は普通に学を学び普通に学院を卒業し一般兵士になるのが自分の定められた道で自分の能力ではそこが限界なのではと、いやそれすら怪しいかもしれない。

 

「あとは実行に移すだけだな」

 

 学院にいるであろうサラ教官に直訴しに行こう、そう結論を出したハイメは学院へと向かう。学院に到着すると既に昼休みの時間は終了しており生徒達が授業に励んいた。出席出来た筈の授業も受けずのうのうとしている自分に再度嫌気がさしながらハイメは職員室を目指す。職員室に到着し扉を開けるとサラが教本とにらめっこしていた。

 

「失礼します、一年Ⅶ組のハイメ=コバルトですサラ教官少しよろしいですか?」

 

「あら?ハイメじゃない!あなたもう大丈夫なの?」

 

 ハイメが声を掛けるとサラはいつもの様子で「ダメよすぐに授業に出なきゃ」「皆心配してるわよ」「私に話ってなぁに?あっダメよ私達生徒と教師なんだから」といつもの軽い口調で言うがハイメの真剣な表情を見て察したようで生徒指導室へと通される。

 

「それでなんなの話って」

 

「……自分は普通科への転入を考えています」

 

 ハイメがそう言うとサラの表情が険しくなり少し怯むがそれでも考えを曲げるわけにはいかなかった。

 

「理由を聞かせてもらおうかしら」

 

「自分の実力が不足しているからです今回は自分自身の実力不足のツケを自分で払いましたがこれからもそうだとは限りません、自分の力がないせいでクラスメイトを傷付けるの本意ではありません」

 

 ハイメはもうこれで後戻りは出来ない、だがこれが今自分に出来る最善の道をとったのだと……後悔がないと言えば嘘になるが何か起こってからでは遅い。

 

(いや、これでいいんだ、Ⅶ組としてやっていけないのは自分の力不足のせいだ、そう自分が悪いんだ)

 

 気が付けば体は震え目頭が熱くなってきた、こんな情けない姿を見せては教官に失望される……いや既にされているかもしれない、立つ鳥跡を濁さずではないが最後くらいⅦ組の一員らしくしなければいけない。そう思えば思うほど体の震えは増し涙が流れてくる。

 そんなハイメの姿を見たサラは毒気が抜かれたのか大きくため息を吐いた後口を開く。

 

「全くあなた全然分かってないようね、まず今回の実習の一件は明らかに学生の実習の範疇を越えてるわ、だから貴方の負傷は貴方の力不足ではなくこちらの力不足、そしてここは学舎よ最初から上手く立ち回れなんて誰も求めていない、だって貴方は学生なんだから、失敗したとしても反省して足りない部分を補えば良い、貴方にはそれが出来るわ」

 

「しかし!自分のせいで仲間が傷付くのは!!」

 

「ならユーシスとマキアスもⅦ組を辞めて貰わなきゃいけなくなるわ、聞いたとおもうけど先月の実習、とりわけ戦闘、連携の項目はB班の評価は凄惨たるものよ、はいこれで理由がなくなったわね、私は貴方の普通科の転属は認めないわ」

 

「それでも!」

 

 それでも引き下がる訳にはいかないとなおも食い下がろうとするハイメが口を開くとサラは懐から何やら紙束を出した。促されハイメはその紙に目を通す。どうやら前回の実習のレポートのようでそこに書かれた内容で特に目を引くのは戦闘における連携力の力不足を痛感したと書かれていた。ハイメは違う、違うと首を振る、連携力が不足していたんじゃない、自分の力が不足していたのだと……連携以前の問題だったのだと。

 

「ハァー、これでも納得しないか……手の掛かる子ねぇ、次の授業は私だし丁度いいか、来なさいハイメ」

 

「教官!まだ話は!」

 

「あら?上官の命令は絶対服従よ?そう教えたわよね」

 

サラがそう言ってプレッシャーを放つとハイメは体が硬直してしまう。

 

「うっ……」

 

 結局サラに逆らう事が出来ずハイメは言われるがままにサラの後に着いていくことしか出来ない。やって来たのはⅦ組だった。正直今Ⅶ組のクラスメイトと会うのは気が引けるが遅かれ早かれバレるので説明する手間が省けた……とハイメは無理矢理自分を納得させる。程なくしてサラが教室の扉を開け促されるがままにハイメは教室へと入っていく。ハイメの姿を見たクラスメイト達は目を見開き次々に声を掛けてくる。

 

「ハイメ!無事だったのか!?」

 

「体は大丈夫?」

 

 数日ぶりに会うクラスメイトからの言葉は温かくそしてハイメの決心を鈍らせていく。このままではいけないそう思い直しハイメは教壇の上に立ちクラスメイトを見渡す。

 

「ハイメから皆に話があるそうよ、これはクラスの問題でもあるし私だけじゃどうしようもないからクラスメイトであるあなた達にも協力してほしくて、ほらハイメさっきの話を皆にもしてみなさい」

 

 サラに言われてハイメは先程サラに話した内容、自分が普通科への転属を考えていること、理由は自分がⅦ組でやっていくには実力が足りていないと実習や普段の生活で実感した事、自分の力不足で今度は別の誰かに迷惑を掛けてしまう、そうなる前にこのクラスから去りたいと。ハイメが話終えるとⅦ組のメンバーの反応は様々なものだった。意外にも一番最初に声を上げたのはエマだった。

 

「ハイメさん、それはおかしいです、だってハイメさんは模範的な生徒で勤勉で努力家です!」

 

 その目には悲しみが宿っていたものの真っ直ぐな視線をハイメに向けている、ハイメは思わず視線を逸らしてしまう。

 

「委員長……それでも自分は……」

 

「逃げるのか貴様……俺はまだ貴様に借りを返していないぞハイメ=コバルト!」

 

 ユーシスは声に怒りを滲ませながら立ち上がりそう言い放つ。

 

「ユーシス、このままでは自分はきっとそれ以上の大きな借りを作ると思う、そうなってからでは遅いんだ、それに自分程度が作った借りなど誰にだって出来た事、たまたま自分だったというだけだ」

 

 ハイメの言葉に我慢の限界といった感じでアリサが声を荒げる。

 

「借りなら私が一番大きいわ!先月の実習で私を救ってくれたのは他の誰でもない貴方よ!あれが他の誰でも出来たなんて言わせない!」

 

「アリサ……だがもしあれが他のメンバーならもう少し上手く……」

 

 いつもは決して人の話を遮らないエリオットがハイメの話を遮る。

 

「少なくとも僕はそう思わない、もし仮にだけど僕があの時のハイメの立場だったらアリサと二人揃って今頃は命を落としていたか重症だったと思う」

 

「エリオット……だが……」

 

 ハイメが反論に困っていると畳み掛けるようにガイウスが口を開く。

 

「そもそもハイメが力不足というがそれは違う、もし失敗だと感じるのならばそれはハイメ個人の失敗ではなく俺達全員の失敗だ、何故頑なに自分を責めるんだ」

 

「ガイウス……君は自分と実習に行ったことがないからそう言えるんだ、きっと自分の有り様を見たら失望する……」

 

 バン!と大きな音が鳴りその方向へと顔を向けるとマキアスが立ち上がり感情的な声を上げる。

 

「失望!?僕達を見くびるな!君を尊敬はすれど失望などありえない!その言葉はⅦ組全員に対する侮辱だ!僕は……いや!僕以外にも!君の姿勢を見て感銘を受けたクラスメイトは多い筈だ!君の努力する姿はⅦ組全員の気を引き締めている!」

 

「そんな……自分の……努力なんて誰にだって……」

 

 フィーは静かに立ちそれは違うと否定する。

 

「それはないかな……ねぇ知ってるハイメ?私授業とか遅刻しなくなったでしょ、私は最初やる気なんてなくて授業に遅れるし授業中は寝てばかりだったんだよ……でもハイメの頑張る姿を見て私も少しは頑張ろっかなって思ったんだよ、そんなに自分を軽く見ないで欲しいかな」

 

「ふ、フィー……」

 

 ラウラは他クラスも授業をしているにも関わらず大きな声を上げる。

 

「知らないかもしれないがなハイメ!そなたは私達に既に大きな影響を与えているのだ!そのそなた自身が否定などするな、いやさせはなしないぞ!私はこう見えて諦めが悪いんだ!それに私個人としても私はそなたとまだまだ高め合いたい!」

 

「…………」

 

 既にハイメは反論する気力さえ抜け落ちていた。最後にリィンがハイメの前に来てハッキリと言う。

 

「ハイメ……俺達Ⅶ組は始まったばかりなんだ、だからⅦ組から抜けるなんてそんな悲しい事を言わないでくれ、その悲しみを俺達にも背負わせて欲しい」

 

「すまない、すまない皆!自分は……自分はァ……!」

 

 ハイメは思う、あぁなんて自分は浅ましい人間なのだろうかと、自分の実力不足を認め、このクラスを去る事が正しい事だと決心したのに、クラスメイトの言葉でこんなにもまだⅦ組にいたいと思っている。たとえ自分が凡人だとしてもこのクラスにしがみつきたい、まだまだ皆と学びたいと。ハイメの涙はとめどなく溢れ力なくその場に崩れ落ちる、そんな姿を見てサラは「決まったようね」と小さく呟く。

 

「全く手のかかる子ねぇ、これオフレコでお願いしたいんだけど教師陣も結構貴方に期待してるのよ、ナイトハルト教官が太鼓判を押すくらいだもの、相当よ?まぁ一番期待してるのは私だけどね」

 

 ハイメは誓う、今以上に努力をしてⅦ組の一員として並び立てるようにしようと、もし一人の力で乗り越えられなければ周りの力を借りよう。こうしてハイメはⅦ組に残る事となりこの一件を切欠にトールズ士官学院特化クラスⅦ組は再始動する事になる。たとえこの先にどんな苦難が待っていようと彼等は確かに一歩前進したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前の後書きで書いたハイメ以外の視点のお話も制作中であります。三章の途中位にはさめればいいなぁ位の気持ちで気軽に書き始めたのですが意外と難しい……

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