愚直な軌跡   作:ネオニューンゴ

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 前回いいところで切ってしまったので少し早めの投稿です。重ねてになりますが感想、お気に入り、評価を下さりありがとうございます。どれも作者の執筆意欲に大きく繋がっており大変嬉しく思っております。そしてなのですが今までこの愚直な軌跡は所謂原作沿いに物語を進めてきましたが第四章の実習にあたる部分はオリジナル展開?にしようと画策しております。といっても原作でも班行動が重なる部分はあるので完全に別展開という訳ではありませんが……現在構想を練っているのですが中々難しいですね、オリジナル展開を広げる作者様を改めて尊敬するといいますか脱帽の思いです。それでは二十一話になります。


第二十一話 選択した答え

 sideリィン

 

 眼前に迫り来る鎧の魔獣の剣、このままでは俺もエリゼも奴の攻撃をまともにくらってしまう。そう考えた俺は本能的にエリゼを抱き寄せ自分の体を盾にする。訪れるであろう痛みに備えるべく強く目を瞑り歯を食い縛る……が待てども待てども魔獣の攻撃は訪れない。恐る恐る目を開けると後ろからドシンという大きな音が鳴り響き地面を揺らす。

 

「へっ……ったく覚悟すんのがおせーんだよオレはよぉ」

 

「なっ!」

 

 眼前に広がる光景はリィンにとって信じがたい光景だった。なんと鎧の魔獣は広い空間の壁際まで吹き飛ばされておりそれを行ったであろうハイメは髪を撹上ながら愉快そうな表情をしている。鎧の魔獣は起き上がりアーツを駆動しているがハイメはそれを気にも止める様子はない。

 

「バカヤロウ後輩! アーツが来るぞ!」

 

 クロウの危険を知らせる声も虚しく、既に魔獣はアーツの駆動を終えハイメに向かってそれを放つ。ハイメはそれを避ける訳でも防御する訳でもなくただ悠然と立っている。そして次の瞬間俺は信じられない光景を目の当たりにする。

 

「ハイメえええええ!」

 

「ちっ分かってるよ……そらよ!」

 

 ハイメが声を上げ蹴りを放つとアーツは爆散する。

 

「そんなバカな……アーツを一発で……」

 

「ちげぇ……俺もすべて見えた訳じゃねぇがあの野郎凄まじい早さで何発もの蹴りを放ってアーツを無効化しやがった、どういうことだよ後輩、ありゃいくらなんでも学生の範疇を越えた強さだぜ……何者なんだアイツは」

 

「それは……」

 

 クロウの質問に答えようとするがリィンは言葉が続かない。リィン自身でさえ今まさに鎧の魔獣に肉薄し獰猛な笑みを浮かべながら蹴りの雨を浴びせている人間が自分の知るハイメ=コバルトと言いきる自信がなかった。その一方ハイメはリィン達を他所に鎧の魔獣を圧倒していた。

 

「ちっ思ったよりタフ……違うな、オレの体が貧弱すぎんのか! オラァ!」

 

 ハイメから繰り出される連続攻撃に鎧の魔獣は防戦一方であり中々攻めに転じる事が出来ない、一方のハイメも決定打に欠け中々魔獣に止めをさせずにいた。ハイメは苛つきながら舌打ちをして一度魔獣との距離を取る。

 

「チッこれじゃ拉致が空かねぇな、オレの貧弱な身体が持つかは分からねぇがアレをやるか……そのためにはっと!」

 

 そしてまたもリィンは自分の目を疑うような光景を目撃する、いや……現在進行形で起きている事も十分に疑わしいのだがそんな事はどうでも良くなる程だった。

 

「そらっよっと」

 

 ハイメは足元に広がる壁の残骸を蹴りあげ宙に浮かせるとその残骸を蹴りあげ天井付近まで跳躍していく。

 

「本当なら態々こんな事する必要はねぇがこれならお前も見下ろせるしなぁ! 喰らいな! 神をも滅ぼす槍《ロンギヌス》!!」

 

 その瞬間ハイメは一振の槍となった……そうとしか言い様のない一撃を鎧の魔獣へ浴びせる。その破壊力は凄まじいものでその衝撃で床は抉れ余波でリィン達は防御態勢をとり何とか踏ん張る。衝撃が無くなりハイメの方へ目を向けると鎧の魔獣はその体を粒子へと変えておりハイメはその光景をつまらなさそうに見ていた。明らかにいつもと違う自分の知らない人間が目の前にいるようでリィンはハイメに声を掛ける事が出来なかった。辺りは静寂に包まれ、エリゼはハイメに恐怖の籠った視線を投げ掛けながら歯をガチガチと鳴らしリィンの腕にしがみついている。

 

(そうだ……冷静になってみればおかしい事だらけだ、あの圧倒的強さ、雰囲気、口調、表情、どれをとっても違いすぎる……一体あれは誰なんだ?)

 

 そんな事おかまいなしと言わんばかりにハイメ……いや、ハイメの姿をした誰かがこちらへゆっくりと歩いてくる。俺は痛む体を奮い立たせ太刀のの柄に手を掛け身構える。もし……もしエリゼに危害を加えるようなら俺は……俺は目の前のハイメの偽物を切らなければならない。だが……本当にそんな事が出来るのだろうか? まだ短い期間とはいえトールズに来て最も多くの時間を共にしたであろう仲間を、友人を……気がつけば太刀に掛けた手が震えている。それは純粋に目の前のハイメの偽物から溢れる威圧感からかそれとも友人を手に掛けなければいけないという恐怖感からかは分からない。そしてハイメは目の前で止まり……

 

「チッ、時間切れだな……後は任せたぜ? 自分《オレ》?」

 

 そう呟くと先程までの雰囲気とはうって変わり、いつも通りのハイメ=コバルトが目の前に現れる。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、とりあえず目の前の危機は脱したという事実に俺は安堵し大きくため息を吐くのだった。

 

 sideハイメ

 

 その後リィンの妹であるエリゼが気を失ってしまい、結局ハイメの力については有耶無耶のまま解散となった。最もクロウは懐疑的な視線をハイメに送り続けていたが……。

 一足先にハイメは学生寮へと戻ると他のⅦ組メンバーが詰め寄ってきてなし崩し的に旧校舎で起きた出来事を説明させられた。とはいえ自分の力の事はかなりぼかして説明したのだがそれを聞いたⅦ組メンバーの反応は様々だったがおおよそはとりあえず窮地を脱した安堵感と自分が戦えるようになったという祝福の言葉だった。自分の力で解決した訳ではなく、また根本的な問題も解決した訳でもないハイメは仲間の祝福に若干心を痛め逃げるように自室へと引き返していく。そんなハイメを数人が心配そうな視線を向けていたのだがハイメはその視線に気付く事はなかった。自室へと戻ったハイメをまず襲ったのは強烈な倦怠感だった。あの鎧の魔獣を葬った一撃の代償はこの体で支払わなければいけないという事なのだろう、鈍い痛みが体中を苛む。ハイメはベッドへと身を投げだし体を休める。すると機を見計らったかのように内なる自分の声が頭へと響く。

 

(良かったな、オレのお陰で事なきを得て……やっぱり正解だっただろ?)

 

 ハイメはもう一人の自分の声から逃げるように深く目を瞑るが当然その程度で声は止むわけはない。

 

(気持ち良かっただろ? 皆からの称賛の声、そしてあのリィンでも倒せなかった敵を倒したんだぜ?)

 

「うるさい、自分は後悔しているんだ! 貴様の力に頼り……」

 

(本当にそうか?)

 

「ッ!」

 

(確かに後悔はしてるんだろうぜ? 俺はお前だからよーく分かる、でもそれだけじゃないよな?)

 

 もう一人の自分の指摘は悔しいが的を射ていた。恐らくこのペンダントの力が無ければあの場はどうにもならなかっただろう、それに確かに後悔はしているがそれと同じくらいの高揚感を必死に押し殺そうとする自分も居た。

 

(へへっまぁ今は良い子ちゃんであろうとすればいいさ……でもな……必ずまたオレに頼るぜ? 一度覚えちまった快感は人間そう忘れられるものじゃねぇんだからな……それと自分《オレ》の恐怖心はオレが抑えておいてやるよ? 感謝しろよ? といっても自分に感謝しろってのも変な話だけどな、ハハハッ)

 

 そう言い残しもう一人のハイメの声はパタリと聞こえなくなる。しばらくしてハイメは何かを決心したかのように屋上へと上がり胸ポケットからペンダントを取り出す。

 

「こんなものッ!」

 

 ハイメはペンダントを投げ捨てようとするが途中で手が止まる。今までのように自分で努力をして身につけた力で困難に立ち向かうべきだと叫ぶ理性、それでもどうせ自分の努力と才能ではたかが知れている、この力に身を任せるべきだと囁く欲望、2つの気持ちがせめぎあい、そしてふと思い出すのはEの顔だった。

 

「そうだ……また奴に相対した時自分はどうするんだ……?」

 

 きっとこの力なくしてEに対抗する事は不可能だろう、もしこのペンダントを捨ててEと戦う事になったとして、勝算はあるのか? 

 

「……出来ない、やはり自分は弱いんだ、もう一度だけ、あと一度だけだ……自分のプライドを守って……また奴にいいようにされては……」

 

 恐らく……いや、必ずEとは戦う事になるだろう。もしかしたらその時にはⅦ組メンバーの力を合わせEを撃退出来るかもしれない、だがもしそうでなかったら? 次に傷つくのはきっと自分だけではすまないだろう。自分が受けた仕打ち以上の事を仲間が……アリサが受けるかもしれない、そう思うとハイメは自然とペンダントを胸ポケットへとしまっていた。

 

「未熟な自分をお許し下さい、自分は……」

 

 誰が聞いている訳でもないのにハイメは謝罪をしながら屋上を後にする。その表情は妖しく笑っていたがこの屋上にハイメ以外に居なかったのは彼にとって幸運なのか、不幸な事なのか、それはいまはまだ分からない……。

 

 後日

 

 久々に良く眠ることの出来たハイメはいつもより早く……否、本来ならばいつも通りの時間なのだがここ最近は悪夢を見ることや戦えない事の焦りで深く睡眠をとる事が出来なかったのだが久方ぶりにハイメは通常通りの時間に目を覚ます。顔を洗い自分の顔を見ると何か憑き物が落ちかのよにさっぱりとした顔つきだった。我ながら現金なものだ……と思うが今はそれでもありがたい、これで自分はまだⅦ組の一員で居られる。そう思うと沈みかけていた気持ちも上がってくる。朝食を摂ろうと食堂へ降りるとマキアス、エリオット、ガイウスの三人と丁度出くわしたためハイメは声を掛ける。

 

「おはよう、三人とも」

 

「おはようハイメ、今日は早いんだね?」

 

「表情も昨日までとは大違いだな、何があったかは分からないがようやくいつもの君が戻ってきたと思って良いのかい?」

 

「いや、ハハ……まぁ色々とあってな……」

 

 二人の問いにハイメは苦笑しながら返答する。根本的な解決にはなっていない事実、そして自分の力ではないのにそれを自分の力のように振る舞う事に後ろ髪を引かれる思いはあるが、ハイメはそれ以上にⅦ組のメンバーに余計な負担を負わせたくなかった。自分の事で精一杯とはいえハイメも今Ⅶ組で起きている問題くらいは知っている、リィンの不調とラウラ、フィーの仲違い、そしてマキアスとリィンも前程ではないがどこかぎこちない関係となっている。

 

「本当に大丈夫なんだな、ハイメ?」

 

 そんなハイメの心の内をまるで見透かしているかのようにガイウスが真っ直ぐに見つめてくる。ハイメは反射的にガイウスから一度視線を外してしまうが、それでは大丈夫じゃないと言っているみたいだと思い直し今一度ガイウスと視線を合わせゆっくりと頷く。ガイウスはどこか腑に落ちないようだったが喜んでいる二人の手前という事もあったのだろう、とりあえず納得したといった感じでハイメに頷き返す。そこから4人で朝食を食べ一旦解散となりハイメは学院へと向かう準備を終え通学路の道を歩く。ハイメを見た他クラスの生徒はひそひそと話しハイメは気が滅入ってくる。自分の晒した醜態のせいとはいえ今やハイメが戦えないという事をトールズで知らない者はいないと言っても過言ではないのかもしれない。

 

(いや、どんな経緯であれ今の自分は戦えるんだ、周りの言葉に耳を貸す必要はない筈だ)

 

 頬を伝う汗は夏の日差しのせいなのか、それとも別の何かの理由なのか、ハイメは考えないようにして歩みを進める。教室へ着くと既にエマ、アリサ、そして日直の仕事をしているユーシスが登校している。

 

「コバルトか、早いな」

 

「少し前まではこの時間くらいが当たり前だったんですよね、ハイメさん、おはようございます」

 

「ハイメ、おはよう……あははは……私トイレに行ってくるわね」

 

「おはよう、アリサは……気をつけて?」

 

 ハイメが教室に到着するとアリサは逃げるように教室を後にする。ノルドでの惨劇を一番長く見ていたのは他ならないアリサなのでハイメを見るとあの時の事を思い出してしまうのだろう。ハイメ自身もう一人の自分に頼らなければいけない程に心の傷を負ったため、好意を寄せている相手にそういう態度を取られてしまうのは思うところはあるが責められない……といった感じだった。

 

「フン……奴もよく分からない奴だが……あまり気負いすぎるなよコバルト……どうもにも貴様にはそういう節がある……まぁ似たような者がこのクラスにはもう一人いるが」

 

「フフ、誰の事かすぐに分かってしまうのは良いことなのか悪いことなのか判断はつきませんが」

 

「あ、ああ……とはいえ明後日には実技テストがあるから嫌でも気持ちは入るが」

 

「そうか……貴様の進退が掛かっているのだったな、嫌でも意識はしてしまうか……」

 

 そう、既にⅦ組のメンバーにはハイメが次の実技テストの結果次第でⅦ組を除籍になる事は知れ渡っている。何もサラだけがハイメのために動いていた訳ではない、マキアス、ユーシスを筆頭にリィン、アリサ、ラウラ、フィーを除いたメンバーはどうにかハイメに立ち直って貰おうと色々奔走してくれていた、いや……もしかすると直接的には会っていないがその四人も何かしらの形で自分を助けてくれているのかもしれない。ならばこそ余計に気が入ってしまうのは仕方のない事ではある。

 

(そうだ、皆心配してくれているんだ……もう一人の自分に頼らなくても戦えるという所を見せなければ……!)

 

 しばらく二人と談笑を続けていると他のⅦ組メンバーも続々と登校してきて予鈴が鳴る。ハイメは授業をつつがなくこなし時間は放課後、今日はサラがどうしても外せない用事があるためガイウスとエリオットに放課後、訓練に誘われていたがハイメはそれをやんわりと断り仕事を手早く済ませある人物に会うために生徒会室へと向かう。

 

「失礼します」

 

「あっハイメ君! 久しぶりだね! 遊びにきてくれたの? 待っててね今お茶を出すから!」

 

 扉を開けるとトワガ明るく迎えてくれる。彼女に甘えてこのままお茶をご馳走になりそうな、そんな甘い誘惑を振り払い目的の人物に声を掛ける。

 

「お久しぶりです会長……それと……アンゼリカ先輩」

 

「これはこれは……前回の実習以降ろくに顔も見せなかった先輩思いの後輩君じゃあないか」

 

「えっと……怒ってます?」

 

「私が? キミに? 理由がないねぇ」

 

 どう見てもアンゼリカの機嫌は良くないようなのだが本人には否定されてしまう。確かに実習から帰って来て以降ハイメはアンゼリカと話す機会は無く、学院ですれ違っても挨拶をする程度に留めていたのだが……ハイメが困っているとトワが懸命に背伸びをして耳打ちをしてくる。

 

「アンちゃん、相当ハイメ君の事気に掛けてたんだよ……」

 

「おや? 私のトワはいつからそんか嘘をつく悪い子になってしまったのかな?」

 

「あははは……それでハイメ君、アンちゃんに用事があって来たんでしょ?」

 

「はい、その厚かましいとは思うんですが久々にアンゼリカ先輩に稽古を着けて貰えないでしょうか? 勿論アンゼリカ先輩の都合が良ければなのですが」

 

 ハイメがアンゼリカの様子を伺うようにチラリ視線を向ける。アンゼリカは窓の方を向いていて表情は分からないが……

 

「まぁ今日は丁度暇をしていたしね、後輩を助けるのも先輩の役目だ、良いだろう私が一肌脱ごうじゃないか」

 

「良かったねアンちゃん! あれ? でも今日は帝都の方にツーリングに行くって……?」

 

「本当に今日は悪い子だねぇトワ? さっトワの虚言は脇に置いておいて街道の方まで足を運ぶとしようか」

 

 その後はアンゼリカに急かされ街道へと二人は向かう。生徒会室を出る時トワは「私嘘なんて言ってないよー!」とトワの虚しい叫び声が聞こえてきたがハイメはとりあえず聞こえなかった事にしておく。アンゼリカの提案で準備運動がてら走って街道へと向かう、時刻は夕方を過ぎ、日は傾きかけているがそれでもまだ空は明るく街灯も点いていない。夏という事もあり上がった気温が容赦なく体を火照らせる中、軽く肩で息をしながら二人は街道の開けた場所までやってくる。

 

「さて、キミがどれだけ出来るようになったかを見せて貰おうか、丁度手頃な魔獣もいることだしね」

 

「はい!」

 

 アンゼリカに促されハイメは目の前の獣型の魔獣三体に対して構えをとる。ある意味ではまともな状態での初戦闘となるハイメの身体は嫌でも力が入る。いくら慣れている魔獣とはいえハイメは心して当たろうと大地を蹴る。病み上がりのような状態とはいえハイメは三分程で魔獣をセピスへと変える事に成功したがその表情は優れなかった。理由は明確、ハイメは攻撃を何発か外し魔獣からカウンターを受けている、普段通りの自分ならばまずあり得ないのだが……

 

「フム、スピードと威力は上がっているが動きが硬いね、それじゃあ動きを矯正していこうか」

 

「お願いします」

 

 そして行われるアンゼリカとハイメの組み手、本当の意味での鬼門、対人戦。握った拳に自然と力が入り動悸が激しくなる。汗が吹き出すのは決して暑さだけのせいではないだろう、蝉の鳴く声も嫌にはっきりと耳に入ってくる。両者の間に緊張感が走る、先制したのはハイメ……ではなくアンゼリカ。

 放たれた正拳突きはゴッ! と凄まじい風切り音を鳴らしながらハイメの顔面へと放たれる。ハイメはそれをオーバー気味に回避しすかさず反撃に移るが勿論簡単にアンゼリカにいなされる。

 

「どうしたんだい? まさか1ヶ月前に言われた事すら忘れた訳ではないだろうね!?」

 

 そこからアンゼリカの攻撃は素早く鋭い攻撃へと変化する。一撃一撃はそこまでの威力は無いがこのままではハイメは防戦一方で確実に体力を削られていく。

 

(打開するには最小限の動き、最小限の防御でこの攻撃の雨を突破する……怖がるな!)

 

「せぇい!」

 

 ハイメは腕を前に突き出しアンゼリカの右拳の攻撃を反らす、続く蹴りをなるべく小さな動きど避けて自分の攻撃の態勢を作ろうとする。

 

「ッ!」

 

 しかしハイメはアンゼリカの攻撃を避けきれず頬に鋭い痛みが走る。頬の皮膚が切れ血が流れているがそれでも掴みとった初めての攻勢に出るチャンスをハイメは逃すわけにはいかないと大地を踏みしめて蹴りを放つ。ハイメの蹴りはアンゼリカの両腕によって阻まれるがそれでもアンゼリカは威力を殺しきれず後退を余儀なくされる。

 

「フフッ、レディ相手に容赦がないなキミは!」

 

「先輩をレディ扱いするにはまだ自分は未熟過ぎます! いきます! 剛龍招来!」

 

「フフッお次は正面からの打ち合いをご所望かな? 付き合ってあげよう、ドラゴンブースト!」

 

 ハイメとアンゼリカ、お互い身体強化のクラフトを使い拳と蹴りの応酬戦が始まる。人間の身体構造上腕よりも足の方が丈夫な筈なのだがアンゼリカはそんなことはものともせずハイメを圧倒する。ハイメも徐々に動きの硬さがとれていき、目の前の武人の動きにどうすれば着いていけるのか? それだけが頭の中を支配し緊張や戦う事への恐怖心は欠片も無かった。たとえもう一人の自分が恐怖心を抑えておいていなくても今この瞬間だけは戦えただろう、そんな確信すら芽生えそうだ。しかし楽しい時間は長くは続かない。均衡はハイメの剛龍招来の終了と共に訪れる。

 

「ッ! ここまでか……」

 

「フッどうやら実習で何も学んでこなかった訳ではないようだが、それでも随分と修行をサボっていたみたいだね?」

 

「うっ……返す言葉もございません……」

 

 確かにノルドの実習以降サラとの特訓以外ハイメは休日等の鍛練に費やす時間を大きく削っておりその影響がモロに出た結果が動きの精細さを欠く大きな要因となったのだろう。アンゼリカはいち早くそれに気付き指摘をしてくる。

 

「全く……明後日には実技テストなのだろう? これはみっちりとしごかなければいけないね……さぁ構えるんだ、休む暇などないよ?」

 

「あ……臨むところです!」

 

 そうしてアンゼリカと訓練を続け二時間後、そこには全身汗だくで大の字で寝転ぶハイメといつもの飄々としているアンゼリカの姿があった。体力自慢のハイメがこの姿なのだから内容は言わなくても伝わるだろう。

 

「ふぅ……少しやりすぎてしまったかな? 今日はここまでにしておこうか」

 

「ハァハァ……あ、ありがとう、ござい……ました!」

 

 ハイメのお礼にアンゼリカは手を振って答えこの場を去って行く。初夏とはいえ日も落ち幸い今日は風もある。吹き抜ける風がハイメの温まった体を冷やしていく。息を整えているともう一人の自分が

 

(クックックッ無駄な努力お疲れ様だな、まぁオレの器に少しでも相応しい身体を作ってくれよ?)

 

「う……るさい……自分は……自分のために努力する……」

 

(精々頑張るこったな……どうせすぐにオレを頼るよお前は)

 

「かもしれないな……それでも、だとしても自分は自分を変えられないよ……」

 

 ハイメは大きく深呼吸をして学生寮への帰路を歩く。

 

(進むんだ……自分はもう立ち止まる事はしない……例え自分の努力が無駄に終わろうと、もう一人の自分の力に溺れ自分が自分でなくなろうと……その時が来るまでは皆の知っているハイメ=コバルトでいよう……それが自己満足だとしても……自分はもう止まらない)

 

 

 

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