「あっ、高畑先生いたっ!」
「やあこんにちは、なごみ君」
学校での一日を終えた放課後。目的の人物を見つけた私は大声で呼び止める。
「今日こそ私の気持ちを聞き入れてもらいますよ!」
「なっ……ななな……」
「ああうん、ちょっとあちらへ行こうか」
冷や汗をかいた高畑先生は、こちらへついてくるよう促す。後ろへついていきつつ、近くにいた、高畑先生のことが好きな神楽坂明日菜がプルプル震えていたので、長い前髪をかきわけて適当にウインクを飛ばしといた。後になんか奇声が聞こえたが、面白いので放っておく。
人気の無い場所を探し、中等部校舎の屋上へとやってきた我々。夕暮れ時に並ぶ二つの人影はなるほど、先生に淡い恋心を抱いてしまった女子生徒が、一世一代の告白をこれからかますのだという絵面になっているかもしれない。
しかし残念ながら私の……いや、オレの話はそういう用件ではなかった。
「先生! 魔法を教えてください!!」
「うーん……」
頭をかき、困った顔をする高畑先生。なるべく真剣な表情を作って彼を見つめつつ、これまでのことを思い出していた。
憧れの『魔法先生ネギま』の世界に神様転生できると知り、自分の妄想にしてはリアルなので心の限り楽しもうと、オレは神様に様々な要求をした。
簡潔にまとめて言うと、ものすごい都合のいい強力なパワーで大活躍して美少女と恋愛関係になりたいのだと。
ハーレムも良いんだが、オレの一番気になっているキャラクターはアーウェルンクスシリーズの女の子、セクストゥムちゃんだ。感情なさそうキャラで顔も良い。ぜひ恋人になりたいのだ。神様、ぜひそういう線でお願いします!
『普通に嫌だけど……』
神様はひいていた。
『じゃあアーウェルンクスとやらとの恋縁を与えよう。せいぜい苦しんで、楽しませてくれよ』
そのあと。
物心ついたときに、自分が宮崎のどかの双子の妹になっていることを知り、めっちゃ絶望したりした。女の子になってる。
しかししばらく落ち込んだ後、考え直してみた。女同士同性婚したらしきキャラクターもいたと思うし、性別など些細な問題ではないか? それに姉さんが原作の重要キャラクターだというのもいい。接点が増える。
何より、今世の自分の顔はあまりに美少女だった。
オレの今の趣味は鏡を眺めることだ。姉のように前髪を伸ばし、鏡の前で普段は隠している目を解き放つと、めちゃくちゃ興奮した。可愛すぎる。内気でのんびりした姉の真似をしたりすると、さらに興奮した。
毎日姉・のどかの可愛さに感謝する日々である。あと神様にも。
そんな美少女生活を満喫する中、中学生に上がり、姉と同じクラスになって、気付く。
魔法やら気やらを使えないと、活躍できないんじゃない?
アーウェルンクスシリーズといえば作中最強クラスの化け物悪役魔法使いである。そんな子をどうにかしようというのだから、ネギくん級の強さを手に入れなければならない。
すごい神様パワーがあるはずだからとあぐらをかいていたが、オレは今さら危機感を覚えた。すごいパワーも使い方が分からなければ意味がない。しかし誰にも教えを請えないのだ。身近に魔法使いや武の達人など……、
結構いた。
原作を読んだから分かるが、新しくクラスメイトになった奴らのうち2割くらいはただ者ではない。意味分からんよな、忍者とか。他のクラスは普通っぽいのに。
また、担任の高畑・T・タカミチ先生は魔法使いだったはずだ。
この中の誰に師事すればこのバトル漫画の世界で強くなれそうか、真剣に考えた。
回想終わり。
「魔法教えて! 魔法魔法まほう~!!」
「パンツ隠して」
オレはみっともなく地面を転げまわり、駄々をこねた。美少女なら何でも許されるはずだという経験則からくる行動である。
しかしどうやら通じないらしいな。引き気味にこちらを注意する先生を見て、すっと無言で立つ。
どうしようかな。色仕掛けとか効くかなこの人。
「というか魔法に関する記憶を消したはずだけど、なぜ君は……」
「フフ……執念……あ、いや、特別なパワーですよ先生」
「もう30回目だよこのやりとり」
「え……そんなに……?」
しつこいなオレ。
魔法に関する記憶を消された自分が何を忘れて何を覚えているのか定かではなくて少し怖いが、『魔法先生ネギまの記憶』は消えていないのでなんとかなっている。念のため日記やメモも残しているし。
「これ以上記憶を消すとおそらく、君の脳がパーになるんだが……」
「えっ」
「君の記憶を消している先生も今日まで丁寧に気遣っていたけど、最近それがストレスみたいだから、いよいよ手が狂うかもしれない」
思わず唾を飲み込む。やっぱりクラスメイトに頼るべきだったか……高畑先生が一番強そうで優しそうという理由でこうしたが、これは間違いだっただろうか。
エヴァンジェリンは怖いので候補に入ってない。
「わかった、根負けだ。ついてきなさい」
「!! じゃ、じゃあ……」
「今から偉い人に君の処遇について相談しに行く」
そう言って、先生はオレを理事長室に連れてきた。
目の前に座っているのはこの麻帆良学園の学園長だ。外で挨拶をすればにこやかに返してくれる好々爺だが、その長~い後頭部は妖怪のようでじっとみると正直怖い。
「以前から話していた彼女です」
「いっ、1-Aの宮崎なごみです」
「おお、君かね」
話を聞いているのなら早い。ここまで来たらもう、気持ちを伝えるのみ。
「学園長先生、わたし……魔法を学びたいんです! 魔法使いにしてください!!」
……最終的にすごいパワーで無双して、女の子にモテたいから――!
そして。
学園長はゆったりと、威厳を持った速度で、指で輪っかを作った。
「オッケー」
オレは喜んだ。
高畑先生はため息をついていた。
それから1年と数カ月。
魔法、全然うまくならん。
これだけ長く学んで、ようやく習得できたのは、身体強化の方法だけだ。サギタマギカ? 何それ。
ネギくんやナギみたいなすごい魔法使いを目指していたのだが、どうも無理っぽい。精霊に語りかける才能がないらしい。魔力はものすごいと言われたが、使えないんじゃなあ。
魔法先生たちは暇じゃないようで、近頃はもうずっと自主トレーニングばかりだ。
仕方なく、習得できた身体強化の力を伸ばす方向でいくことにした。すなわち、砲台として火力を出す魔法使いタイプではなく、自ら前に出て戦う魔法拳士タイプだ。いやもうただの拳士だ。
そんなのはただの気の達人と同じで、ごねにごねて手に入れた魔法生徒の肩書が泣いていた。
「では、1時間目をはじめます。テキスト76ページを開いてください」
教室の一番後ろ、長谷川千雨と綾瀬夕映の後ろの席で、頬杖をつきながら、英語の授業を聞き流す。
教壇に立っているのはネギ・スプリングフィールド先生。2年生もそろそろ終わりが見えたこの時期に、このクラスの担任になった謎の新入職員だ。
で、魔法使い。何か困った様子なら助けてあげてくれと高畑先生から言われている。
……こんな小さい子がこれから、世界に身を捧げて戦うことになるんだ。悲劇だねえ。
せめてセクストゥムちゃんの相手だけでも引き受けて負担を減らしてあげよう。あれ? そういえば原作では瞬殺してたっけ。……まあとにかく、主人公である彼の邪魔だけはしないようにうまくやりたい。
「ふあ~あ」
ねむっ。
英語、嫌いなんだよな。中学生レベルまでなら辛うじてわかるけど。
英語嫌いだから魔法できないのかなあ。日本語に応えてくれる精霊いないの?
昨日夜更かししたから朝は眠い。一番後ろの席だし、バレてネギ先生に怒られても怖くないし、寝よ。
「どういうつもりですのっ! ネギ先生の神聖な授業で居眠りだなんて!! あなたはいつも不真面目すぎます、もうすぐ3学年に上がる自覚が足りませんわ!」
「は、はいー」
放課後。めちゃくちゃ委員長に怒られる。
委員長の雪広あやかさんは真面目だ。同級生に怒られる経験などあまりないが、彼女と同じクラスとなればもう、こうなる。
1時間目のことをここまで溜め込んで説教してくるのは、ネギ先生の授業だったというのもあるだろう。まあ明らかに慣れていない新任に対してひどい態度だと言われれば、甘んじて受け入れるしかない。
しかしこの時期から既にネギラブ勢なのは正直ひく。まだ来てからひと月もないぞ。
あーもう、はやく帰って魔法の修行でもしたいんだけどな。
原作がいよいよ始まったのに、自分の実力はモブキャラの域を出ていないのだから、焦ってるんだ。
「聞いていますか!? まったく、のどかさんはあんなに真面目なのに、あなたときたら……」
「アスナさん! アスナさーん!」
「ネギ先生♡」
お、ラッキー。教室へドタバタと入ってきたネギ先生へと委員長の意識が向く。知らんふりして帰ろ。
ネギはアスナと何やらこそこそ話している。仲いいなー。
「こんなのいらないって言ったでしょ……もう、あんたが飲みなさいよ」
「もご!?」
アスナが何やら怪しい薬品を彼の口へぶちこんだ。
トラブルのにおいがする。急いで立ち去って……アレ?
……なんか……ネギくんって結構、かわいい顔立ちだな。
「ネギくんってよく見るとかわええなー……」
「ちょっと、このかさん! 先生に対してそのよう、な……ネギ先生、どうぞこれを受け取ってください……!」
「先生これ食べてー!」
「先生これも!」
「ネギせん…………ハッ!?」
近衛さんや委員長、クラスメイトたちに混じってネギくんに詰め寄ろうとして、オレはしょうきにもどった。
なんだこれ! オレはショタコンじゃ……魅了の魔法か? あ、惚れ薬!? さっき先生が飲んだのがそうだったのか?
なんかこんな話あった気がする。ネギまの序盤の話とか全然覚えてない。
教室の外へ逃げ出したネギくんを追いかけるヤバい集団の後ろについていく。
惚れ薬で何がしたかったのか知らないが、不本意な事態だろう。仕方ない、オレが助けてやらねば。
「ほっ」
「えっ!?」
集団をごぼう抜きしてネギくんに追いつく。
そのまま脇に抱きかかえてさらった。
「ネギ先生、大変だね。わたしが安全な所へ連れて行ってあげます」
「あ、ありがとうございます……?」
「ちょ、本屋2号、抜け駆け~!?」
「ネギ先生待ってー!」
柿崎さんたちの声を置き去りに、学校の廊下を走る。
お、あれにみえる、ちんまりした背中は……
「あ、姉者」
「宮崎さん!」
「なにかな先生」
「宮崎さん(姉)!」
「ふぇ、ど、どーしたんですかー?」
クラスのみんなに追われているから廊下は危険だということを、オレの脇に抱えられた先生が素早く説明した。
「それならこっちです……なごみー」
「はーい」
「あの……おろして……」
ネギ先生を肩に担ぎ、のどかの後をついていく。
たどり着いたのは、姉のホームグラウンド……大きな図書室だ。中には誰もいない。のどかは鍵をかけた。
しばらくは誰もやってこない。ネギを肩から下ろしてやる。
「ふたりとも、ありがとうございます! 助かりました」
「ああ……」
「ネギ先生……」
姉妹で少年を挟むように立ち、身体を寄せる。
逃げられないようにしてから、どちらからともなく彼を押し倒した。
「え、あの……ま、まさか……?」
「ネギ先生……オレはもう我慢できない」
「せんせー……ごめんなさいです……」
「う、うわーーーー!! アスナさん! アスナさーん!!」
身体の疼きに応えるように、先生の可愛らしい顔に、自分の顔を近づけていく。となりの姉も同じようにしているのがわかった。
ああ、ネギ先生……泣き顔も可愛いじゃないか……お姉さんが大事にしてやるからな……。
「何をやっとるかーーーッ!!!」
「あうっ」
「ぬわーーーーっ!!??」
オレは何者かに吹き飛ばされた。
いてて……なんか飛んできて頭うったぞ。ってこれ、図書室の扉だ。
「ア、アスナさんー!!」
「ハッ!? オレは一体……」
「う~ん」
気絶した姉を尻目に、さきほどまでの自分の所業を思い出す。
………魅了系の魔法、こわっ!
あのあとアスナたちとわかれ、のどかを介抱してから一緒に帰路へついた。とんだ一日だ。原作のトラブルエネルギーの片鱗を味わうことになってしまった。
目が覚めた姉はぼうっとしていたので、夢に好きな男の子でも出たかと聞くと、顔を真っ赤にしていた。かわい。でもこの時期からネギラブ勢なの正直ひく。
……いやまあ、さっきまで自分もそうだったらしいが。思春期の女の恋心はヤバい。それを身をもって体験してしまった。自分の中に未知の回路が開いてしまったような気がして怖い……。
オレの恋愛はセクストゥムちゃんのためにとっておいてあるのだ。こういうのはよろしくない。
魅了のたぐいは今後絶対かからないように、何か対策法が無いか、高畑先生か学園長に教えてもらおう。
偽りの恋心。
自分が、そんなものに悩まされることになるなんて。
神様は、人間の言う通りになんか動かないんだって。
このときはまだ、わかっていなかった。