恋心は火属性   作:もぬ

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10話 修学旅行⑤ 

 現場に駆け付けると、そこには何十体の、いや百を超える数の怪物がいた。

 見た目の印象から、彼らは和モノの妖怪のたぐい。おそらく敵の呪術使いが呼び出したものたちだろう。

 その怪物たちが囲む中心には、ふたりの女の子がいる。桜咲さんとアスナだ。

 自分の曖昧な記憶も引き出して現状を考えると……、近衛さんがさらわれてしまって、スゴイ鬼神を呼び出す儀式が行われてしまうのを防ぐため、ネギ先生だけが足止めを突破してそちらへ向かっている――といった場面だろうか。

 

「! あれは……」

 

 だが、彼女らの作戦はうまくいっていない。

 林の向こうから、夜を切り裂くように眩い光の柱が上がっている。おそらくもう、敵の目論みは果たされる寸前だ。だからこそ助けがいる。

 龍宮さんと古菲さんにその場を任せ、長瀬さんと共にネギ先生を追う。

 長瀬さんはその途中、木陰で助けを待っていた夕映さんを抱き上げると、尋常ではないスピードで林中を駆け抜けた。しかも途中で二人に増えた。分身の術だ。

 なんとか彼女の後を追っていくと、やがて戦いの気配がした。

 足を止める。やや開けたその場所でにらみ合って、今にもぶつかろうとしていたのは、ネギ先生と、もうひとり。

 ……コタローだ。なんとか小太郎(名字が今ぱっと思い出せない)。ネギの相棒兼ライバル的なポジションの少年キャラクター。そうか、修学旅行編ではまだ、敵対関係だった――。

 ネギはいま、ここでバトルしている場合ではない。長瀬さんが諭し、彼を先に行かせた。

 

「……! なんや姉ちゃん、邪魔すんなや……!」

 

 この場を引き受けた長瀬さんが、小太郎少年と対峙する。

 ここは任せていいだろう。なら、オレは……!

 

「な、なごみ! どうしてあなたが……!? ここは危険です、みんなが、のどかが、石にされて……!」

 

 長瀬さんの腕の中から降りてきた彼女は、状況の割には冷静に見えた。だが、オレの顔を見てのどかのことを思い出してしまったらしい。さすがに取り乱しているようだ……。

 

「大丈夫、大丈夫ゆえさん、なんとかなりますよ。落ち着いて……」

 

 なるべく穏やかな口調と表情を心掛け、姉の友人をなだめる。

 今まさに必死で戦っているみんなには悪いが、オレにとっては放っておいても解決する事件だ。なんとかなるという言葉はあながち無根拠なものでもない。

 ……けれどそれがもし。放っておいて、解決しないものになっているのなら……、

 なんとか、する。

 傍観者でいられなくなったなら、とにかく懸命に、力を尽くすしかない。頭が悪いんだから、身体を動かして。

 夕映さんを、長瀬さんの分身に任せる。彼女の本体は小太郎相手に有利に戦いを進めているが、この場で足止めされる形だ。今自由に動けるのは、自分だけ。

 空に昇る光の柱。その大元を目がけて、再度走り出した。

 

 やがて、大きな湖が見えてくる。中心には祭壇のようなものがあり、そこから光の柱が空に伸びている。

 ……いや。

 いま、その光の中から、一体の巨大な怪物が現れた。おそらくあれの復活が敵の女の目的。強力な鬼神とかなんとかだ。つまり、近衛さんを取り戻し、儀式を止めることには失敗した――。

 だが、そこは問題じゃない。

 いまこの場で重要な存在はあっちじゃない。あれはすぐに倒される。

 オレが見るべきは……

 既に戦いの最中にあり、消耗しているネギ先生に向けて、ゆっくりと歩み寄っていく少年。

 フェイト・アーウェルンクスだ。

 

 目の前には、空でも飛ばなきゃ渡れない湖。自分から見て右の岸から、祭壇に向かって橋が築かれているが、そこに回り込む時間が惜しい。

 オレは最高速度の走りを助走として、湖岸を強く蹴った。

 

「……!」

 

 夜空の下を飛び跳ねる。耳で風を感じ、自分が高所にいることに背筋が冷える。けれど、ここまで走ってきた身体はとっくに温まっていた。

 眼下には祭壇。ドンピシャの位置。

 いや。ドンピシャを超えたかもしれない。落下地点には、ちょうどネギに向かって害意ある指を向けているフェイトがいる。

 こうなったらもう、やるしかない。グローブに包まれた拳を握りしめ、振り上げた。

 

「―――」

 

 インパクトの直前。無機質な石のようなその目が、こちらを射抜いていた。

 拳骨を思い切り叩きつける。ここ最近、エヴァ関連トラブルや高畑デスメガネ訓練でずいぶんパワーアップしていたパンチは、けれど久方ぶりに、己より強固な存在に阻まれていた。

 いわゆる、魔法障壁。西洋の魔法使いたちが防御のために身に纏う不可視の盾。それが、手ごたえからしてきっと銀行の金庫くらい頑丈なやつが、少年の前に何枚も何枚も重なっているのが、この瞬間だけ見えた。

 

「ぐ……ぬがあああああっ!!!」

「!」

 

 ここまできたら、なんか引っ込みがつかず。気合で拳を振り抜いた。

 何十枚も連なっている、フェイトの盾。それを、ほんの一枚だけ割ってやった。良い感触だ。

 

()――っ」

 

 ……腕が痛む。どうやら無茶だったらしい。

 フェイトはいくらか後退したが、じっとこちらを見ている。

 こうして数拍空くと、自分が衝動的にしたことがあまりに無謀だという事実が、頭に追いついてきて、ぞっとした。

 

「キミは先ほど石にしたはずだが……いや、別人か」

 

 石にした。のどかのことだ……。

 あいつの魔法は恐ろしい。石化なんて、ほとんど即死魔法みたいものじゃないか。のどかや、他に石にされたみんなは、怖くはなかっただろうか。今まさに苦しんではいないだろうか。

 そして。自分がそれにさらされることが、怖い。

 

「そこのネギくん共々、少し眠っているといい」

「っ――!?」

 

 フェイトが視界から消えて、代わりに、自分の後ろから声がした。

 攻撃の気配を感じて咄嗟に腕を上げると、すさまじい衝撃。ガードして、踏ん張ったはずなのに、身体ごと吹き飛ばされた。

 痛い。加減はしているのだろうが、それでも車にはねられるくらいの勢いの打撃だ。たまにでも高畑先生にしごかれてなかったら、いま泣いてしまっていたかもしれない。

 しかしちょうど飛ばされた位置がネギの近くだった。少年が、息を切らしながら駆け寄ってくる。

 

「なごみさんッ! 大丈夫ですか!?」

「……先生、こそ、平気か?」

「あ……はい。まだ、戦えます」

 

 見た感じ、まだ石化の魔法を受けた様子はない。とはいえ息も上がっていて、おそらく魔力的にも限界だ。ひとりではこれ以上どうしようもないはず。

 

「アニキ! 姉さんたちを!」

「わかった……!」

 

 ネギ先生は、肩に掴まっていたオコジョとなにやらアイコンタクトをかわすと、手元に二枚のカードを取り出した。

 パクティオーカードだ。アスナと、桜咲さんのもの。この時点で既に彼女とも仮契約していたようだ。

 

「召喚!! ネギの従者(ミニストラエ・ネギイ)――!」

 

 地面に、ふたつの魔法陣が描かれた。

 それが発光すると、たちまち顔なじみの少女たちが現れる。

 

「ネギ! あんた無事……ぎゃあああああ!? な、何よアレーっ!?」

「く……あれがかのリョウメンスクナか!? このかお嬢様……!」

 

 ここでさらに戦力の追加。近衛さんの救出とフェイトの相手にそれぞれ割くことができるはずだ。

 だが、鬼神のそば、高い位置にいる敵の呪術師を倒して近衛さんを助け出すには、空中を自由に飛べる者じゃないとダメだ。すなわち、魔法使いであるネギ先生か……、

 

「……私がお嬢様を救い出します。皆さんはすぐに逃げてください」

「刹那さん、でも、あんな高いところにどうやって……」

「……この姿を見られたら、もう。お別れしなくてはなりません。私の血に宿る、忌むべき異形を」

 

 桜咲さんは身体をぐっと屈め、そして何かを解き放つように背筋を伸ばした。

 彼女の背から、白く美しい翼が現れる。あー、あったなこういう話。

 

「これが私の正体。奴らと同じ、化け物です……」

「刹那さん……」

 

 この非常時にそういうセンチメンタルな内情を明かされても、気が気でない。漫画の読者だったころの自分ならともかく。

 アスナが彼女を励ますプチ名場面っぽいやりとりを半分ほど聞いて、オレは途中までゆっくりと歩いてきていたフェイトが、こちらを向いて口を動かしているのを見た。

 

「――《ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト》」

 

 自分の身体から魔力が噴き上がる。恐怖心はそのあとにきた。火事場の馬鹿力――、危険を察知した防衛本能が、煙を上げて稼働しているようだ。

 ちょうど刹那さんも飛び立ったところだった。オレは近くにいたアスナの手を掴み、怪我をしないように加減して引っ張る。

 そのまま、身体を抱え。

 白髪の少年に向かって、アスナ本人を投げつけた。

 

「ギャアアアアアアアア!!??」

『石化の邪眼』(カコン・オンマ・ペトローセオース)

 

 みみーっ、と敵の指から迸ったレーザービームを、アスナが弾いていく。

 すごい。さすが魔法無効化能力持ち。アスナは最強だぜ……。

 そのままフェイトにぶつかるコースだったが、彼はさっと身をかわした。

 

「あぼぼぼぼぼぼっ!?」

 

 運動神経は超人級のはずだが、まだこの時点では急にこういうことをされると対応できないらしい。アスナは無様に地面に転がることに。かわいそうに……。

 

「何すんのよ、このゴリラがあああああああ!!!」

 

 アスナは鬼の形相でこちらを睨んでいる。フェイトよりオレに襲い掛かってきそうな顔だ。彼も若干呆れている。

 しかし。

 

「魔法の完全な無効化……? まさか……」

 

 フェイトはアスナに関心をもったらしく、今度は彼女に目を向けた。

 ヤツからの視線が外れたその瞬間に、地面を、橋を割り砕き、走る。この先を想像すると怖いけれど、考えないようにした。

 

「ぜえッ!!」

 

 攻撃はまた障壁に阻まれる。

 フェイトはこちらに目を向け――、無造作に、拳を振るった。

 

「!」

 

 やはり、こちらが女子中学生だから、手加減でもしていたと思う。

 今度は吹き飛ばされず、やつの腕をつかんだ。そのまま反撃に、反対の腕を繰り出す。

 障壁は、やはり何度でもオレを阻んだ。

 

 ……大丈夫だ、勝つ必要はない。

 ネギ先生とみんなの勝利条件は、いち早く近衛さんを助けて離脱することだ。けれどオレにとってはそうじゃない。

 このすぐ後の話だ。『修学旅行編』で印象に残っているシーン。

 遅れて登場したエヴァンジェリンが、フェイトを吹き飛ばして、そのまま鬼神を氷漬けにしてしまう、痛快な活躍の場面!

 そうだ、これから彼女はやってくるはず。あの人なら鬼神が何体いようがアーウェルンクスが何人いようが関係ない。

 だからこの戦いですべきは、一刻も早く相手を打倒することではなく、その逆。

 時間稼ぎだ。

 

 拳が通らないなら、別の攻撃を。

 腕をつかむことができたんだ。なら、遠くに投げ飛ばせば――!

 

「邪魔だよ」

 

 こちらを見ていたやつの目が、不自然に発光する。

 強い魔力。眼球を砲台にした、魔法の気配。

 

「あ――」

 

 一流の魔法使いは、呪文を口にせず強力な魔法を放つという。なんともよく聞く話だ。

 最強の悪役であるこいつなら、それは当然できるわけで。

 石になる自分を想像して、身体がすくむ。間抜けな声が漏れた。

 

「――させないっ!!」

 

 ぱん、と軽い音。

 アスナが巨大ハリセンでフェイトをはたいた音だ。

 そんな面白い絵面なのに、効果は劇的だった。攻撃がキャンセルされ、障壁がすべて割れたのだ。

 

「《ラス・テル マ・スキル マギステル》――!」

 

 耳がその声を拾う。

 ネギ先生。まだ魔法を使うなんて、無茶な。

 だが、根性があるヤツは好きだ。年下とか関係なく尊敬できる!

 

「《来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐》!」

 

 障壁が割れて、フェイトに隙ができた。強者の余裕なのか、アスナの素性を考えているのか、わからないが。

 オレはフェイトを掴んだまま振りかぶり、ネギの攻撃範囲に向かって、投げた。

 障壁はない。最強の魔法使いでも、今ならダメージは通る!

 

『雷の暴風』(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 

 雷と風の束が、無防備な少年に炸裂した。

 ……やった! 大健闘じゃないか。時間稼ぎとしては十分すぎるはず。

 これで、これで――、

 

「……『紅き焔』(フラグランティア・ルビカンス)

 

 赤い爆風が、視界を染める。

 耳がおかしくなる。なのに、そいつの声だけは、オレには、はっきりとわかった。

 ああ。

 ――来た。

 

「ずいぶん派手にやられている。無様だな、テル――」

「真名を彼らに漏らさないでくれ、都合が悪い」

「……ふん」

 

 その少年は空に浮いて、こちらを見下している。

 そして、ふわりと地面に降りたつ。そのさまは、天使のような、死神のような。

 

「……そんな。直撃だったはず――ちがう、それより」

「な、なによこいつら。双子?」

 

 絶望的な景色が、そこにあった。

 力を絞り出したオレ達の前に、最高に格上の魔法使いがふたり。ひとりは参戦したての元気満点で、嘲笑を浮かべている。

 

「おや、キミは……見た顔だな」

 

 その眼がこちらを見た。自分の鼓動の音がひとつ、大きく鳴る。

 

「なら顔見知りの縁だ、消えてもらおう」

 

 薄ら笑いを浮かべながら手のひらを向けてくる。緊張から、心臓がこれまでにないほど激しく収縮する。

 

 ……いや。

 本当に、緊張から、だろうか。

 なぜいま、この少年が戦場に介入してきたのか。それはたぶん、フェイトがオレ達相手にやや手こずっているのを見かねたからだろう。短気な性格、なのかもしれない。

 だが、相手方が優勢なら出てこない可能性もあった。なら、オレはネギ先生に加勢せず、原作通りになるかどうかを見守っていればよかったんだ。

 そうだ、万が一こちらが優位になれば、こうしてアイツが出てくるのは明白なのに。

 どうして、本気でフェイトに挑んだ? 

 

 ああ、わかった。

 顔を見てわかった。心臓のやかましさでわかった。

 オレはもう一度、この少年に会えることに、期待していたんだ――。

 

 そのときの速度は、この場の誰よりも早かったと思う。

 自分のトップスピードだと思っていたものよりも、ずっと上の動きができた。

 オレはかけていた眼鏡を投げ捨て、自分をターゲットにした少年に、逆に正面から突っ込んだ。詠唱が始まるよりも先に、その身体に触れる。

 そのままタックルの要領で組み付き、祭壇が壊れそうな勢いで地面に押し倒した。痛みは感じるのだろうか、自分の顔のすぐ下で、彼の眉がぴくりと動いた。

 両腕を押さえつけ、胴に乗り上げる。普通の子どもなら、これで絶対に動けない。ある程度の達人でも、自分の膂力ならこれで封じ込められる。

 もっとも、この最強の敵がどうなのかはわからない。少年はしばしこちらの顔を至近距離から眺めたあと、その冷たい目を不愉快そうに細めた。

 ちりちりと。空気が、熱くなってくる。

 

「……どくがいい。邪魔だ」

 

 少年の持つ魔力の気配が荒々しく燃えているのがわかった。

 しかし、直後、彼は表情を歪める。目線をよそに向け、まるで誰かに攻撃を止められたような顔、という印象だった。

 

「人間は殺害不可? ふん、くだらないね」

 

 殺害不可、と口走った。

 少年は今すぐには、強引にオレをどかせることができない。つまり。

 最強の存在が、身体を押さえつけられ、まだ大人ですらない華奢な女の子に馬乗りされている。どう対応すべきか考えあぐねている。

 ぞく、と。自分の中である衝動が頭をもたげてくる。

 いま、こいつは。

 ――わたしの好きにして良い、ってことだ。

 

「やけどくらいは覚悟してもらおうか――ん?」

 

 身体を沈め、顔を近づけていく。そうすると、相手の情報がどんどん細かく入ってくる。精巧な人形のような肌、睫毛の長さ、呼吸の有無。それらを認識するほど、自分の頭が、何かに殴られるように、強い情動に支配されていく。

 全身があつい。この熱を相手に伝えるには、どうすればいいか。

 簡単だ。

 そのまま顔を寄せて。

 わたしは、少年にキスをした。

 

「――!?」

「な―――」

「ええーーっ!?」

「痴女!?」

 

 その瞬間は、何よりも大きな達成感を覚えた。使命をひとつ果たしたような。

 苦しげな表情をゼロの距離で感じていると、子どもを想う母親のような慈しみと、敵をねじふせる征服者のような支配欲が湧いてくる。この妙な感情を、一言でいうならば――、

 

「う……うおおおお!! 仮契約(パクティオー)チャンス!」

「カモくん!? い、今は危険な気が~!」

「………。世話の焼ける“新入り”だ」

 

 ぼんやりとした光が自分たちを包む。それのせいか、まだ身体は熱くなった。相手を拘束していた腕を折って、唇だけでなく、身体ごと自分の体温を押しつける。においを押し付ける。こいつをわたしのモノにしたいという気持ちが湧いてくる。

 やがて、何かのつながりが、互いの間に結ばれたことを感じた。

 ひとまず気が落ち着いて、顔を離した。

 眼下には、表情を屈辱にゆがめた少年がいて。手元には、一枚の長方形のカードがあった。

 

 ………。

 あれ……?

 何やってるんだ、オレーーっ!?

 顔が熱い、顔が熱い、顔が熱い。さっきとは別種の熱だ、いやさっきのなんなんだ、前にネギがホレ薬飲んだときの症状に似てたけど全然違うっていうか、わからん、どうしてこんなこと。

 カードに視線がいく。

 そこには……自分では見たことのない表情、悩みとかなさそうに快活に笑う、自分自身が描かれていた。

 

「クソ、主従が逆になってる! あいつが何かしやがったのか!?」

 

 あいつ?

 ……ようやく、正気に戻って。自分がいま、どこにいたのかを思い出した。

 目の前にフェイトがいる。こちらに手をかざしている。おさえつけられた仲間を回収するためだ。

 その氷点下の目つきから、口にしようとしている呪文を予測して、心臓が止まる思いがした。

 

『永久石化』(アイオーニオン・ペトローシス)――」

 

 あ、終わっ――、

 

「そこまでだ若造。こんばんは。そして、さよならだ」

 

 何者かが、その悪意を吹き飛ばした。

 フェイトが視界から消える。代わりに、怪しく笑う金髪の少女、エヴァンジェリンさんが、そこで細い脚を振り抜いていた。

 ――来てくれた。ネギ先生たちを助けに来てくれたんだ。よかった、これで。

 

「ふん。どこの木っ端の悪人かは知らんが、人間ではないな。殺して問題あるまい」

 

 そして、まだオレの下にいたもうひとりの少年をにらんだ。

 

「……あ、ま、待って!」

「? 何をする。邪魔だ、宮崎なごみ」

「く……! どけッ!」

 

 思わず庇うと、少年はオレを撥ね退け、その場から離脱した。

 エヴァンジェリンさんに蹴られたのにもかかわらず大して怪我をしていないフェイトと共に、湖面に魔法陣を呼び出す。

 

「な、なんだあの女は。撤退だ!」

「最初から様子見のつもりだったよ。キミ、何しに来たの?」

「うるさい!」

 

 そのまま姿を消していく。

 最後に、目が合った気がして、「あ……」と声が漏れた。

 ………。

 気持ちも体力も切れて、足が折れる。そのまま、自分がひびだらけにした祭壇の地面にへたりこんだ。

 ぼうっとする頭。額に手の甲を当てて、今が現実かどうか確かめる。

 今がなんだか、風邪をひいたときに見ている夢のような気がする。

 

「アーッハッハッハ!! ギャラリーが少ないのは不満だが、気分は良い! 久しぶりに本気の魔法を見せてやるぞ、ぼーや、お前たち! ……あれ? 宮崎なごみ。おい、ちゃんと見ろ! こら! 助けてやったんだぞ!!」

 

 ……気が付くと、巨大な鬼神は全身氷漬けになっていて。近衛さんは救われて、大団円の様子で。

 そのあとは、戦いなんてなかったかのように、静かな夜で。

 ただ。

 手の中のカードが伝えてくる熱だけは、たぶん、本物だった。

 

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