ついに新しい魔法を覚えた。
嘘をついた。新しい魔法を覚えたわけではない。
魅了に対抗する方法を高畑先生と学園長に教わったのである。
正確には、それは魅了に限らず、状態異常のたぐいをレジストする方法だ。
学園長のかける笑いが止まらくなる呪いや涙が止まらなくなる呪いを撥ね退けることに成功したのが昨日のこと。ようやく腹とか表情筋が痛い生活が終わる。
ちなみに魔法に関して教えを請うのは数か月ぶりだった。だってこの人たち忙しいんだもん。結局まともに教えてもらっているとは言い難い、魔法生徒としての任務なんかを与えられることもないし、やはり適当にあしらわれているのだろう。それはまあ、仕方がない。
縁のある魔法使いは高畑先生と学園長だけ。しかし自主練の日々も飽きてきたし、いい加減別の人に師事した方が良いかもしれないな。
今日も今日とて日中は学校生活。
次の時間は体育らしい。クラスメイトが教室で着替え始めるのを、たいへんありがたい気持ちで眺める。
我々は中学2年生の終わり頃という時期であるが、どうだろうこのクラスの発育ときたら。ついこの間までは着替えとは面白くもない時間であったが、今では大人顔負けの体格をしている生徒が何人かいる。眼福だ。
反対に、小学生みたいなやつも何人かいる。エヴァンジェリンさんとか。あの人は体育なんぞやる気がないようで、着替えていない。
あとはまあ……ロボとかいる。
「まあでも……」
一番美しいのは……オレだな!
一見華奢だが未来を秘めているこの体つき。ついこの間までお子様だったものが、なだらかな曲線を描き始め、大人へと変わっていく刹那を切り取ったこのプロポーション。幼さと色気、どちらでも……いや、両方を同時に演出することも可能。
すべては日々の努力のたまものだが、そんな自分の美しさが時々怖くなる。多くの異性を虜にしてしまうだろうからな……罪な女になってしまったものだ。
「なごみ、また着替え中にドヤ顔してるです」
「ゆえさん……わたしは罪な女なのです」
「早く着替えないと置いていきますよ」
夕映さんの平たい胸を見て、ふっと笑う。
顔面を殴られた。
おやおや……親友と同じ顔の人間をためらいなく殴るとはな……!
「最近こちらの拳の方が痛いのですが、なぜでしょうか」
「やはり虚弱なのでは?」
飛んできた2発目は避ける。殴ると拳が痛いそうなので。
そうだな、今の自分は誤って画びょうを踏んだとしても刺さらないくらい、硬~いはずだ。それは、身体強化の魔法を使っているからである。
なぜそんなことをしているかというと、学業がヒマなので、唯一使えるこの力の修行場にしてしまおうという試みだ。常に使用し続けることで、使用中の力加減とか、出力上限アップとか、負担軽減とか、そういうことを期待している。
この修行が有効かどうかはまったくわからない。ハンターハンターとかドラゴンボールでこんなの見たことある気がするから真似してるだけ。
始めたときはきつかったが最近はなんとも思わなくなっているので、効果はある気がする。
……身体に無茶な修行法とかだったら困るので、そろそろ誰かにちゃんと確認した方がいいかな、やっぱり。
着替えを終え、クラスメイトと連れ立って校舎の屋上に上がる。今日の授業は屋上のコートでバレーをする予定だ。
ところで屋上で体育って都会では普通なのかな。前世では田舎者だったからわからん。屋上ってめちゃくちゃ危なくないか? あと球技とかしたらボール下に行っちゃうと思う。
……と、屋上に来たところ、クラスの何人かが、既に屋上にいた先客たちと何やら揉めていた。
「ドッジボールで私達が勝ったら、ネギ先生を教生としてゆずってもらうわ」
「な……なんですってー!?」
うちとは違うミッション系の黒制服に身をつつむ少女たちを眺める。やはり高校生もいいな。大人の目から見れば彼女らも少女というくくりだが、中学生としての自分から見るとまた一段大人の魅力があるように感じられる。かわいらしさと美しさのどちらに転んでもおいしい、脂がのった時期といえよう。
え? なんて? 全然話聞いてなかったわ。
佐々木まき絵さんにこれまでの経緯を聞く。
我々麻帆良女子中2年A組の生徒と、彼女たち聖ウルスラ女子高2年D組の生徒は、これまでに何度か休み時間にボール遊びをする場所の領有権について揉めていたらしい。
それが今、授業中にまで場所被りが起き、こちら側の不満が爆発したそうだ。なんか勢いでこれからネギ先生争奪戦試合になるらしい。なんで?
両者驚くほどガキである。楽しいね。
ドッジボールの試合は、ハンデとして、こちらがネギ先生を入れて22名、あちらが11名のスタートとするそうだ。
うちのクラスは幽霊を入れて32人いるので、今いるうちの10人はサボっていいわけだ。
ラッキー。昼寝でもしよ。
「待ちなさい! あんたはこっちよ」
「な……なぜ!?」
アスナに手を引かれ、離脱に失敗した。
おかしくないかい。サボっているメンバーを見ろよ。チア部の3名とうまく逃げた長谷川千雨さん、エヴァンジェリンさんは良いとして……ロボの茶々丸さんに、龍宮真名さん、桜咲刹那さん、長瀬楓さん、ザジさん。
うーん、ただ者じゃないやつしかいない。あのうち一人でもいれば楽勝なんじゃないの。
まあいつも体育はほどほどに手を抜いてるみたいだし、こういうのは参加しないか……。
仕方ない。クラスの一員として、貢献しよう。
とはいえ参加しているメンバーも、運動部たちに超さんに古菲など、そうそうたる面々ではある。オレがいなくても多分勝つだろうし、ほどほどにあそんで退場しよ。
試合が始まった。ボールは相手のチームから。
気合を入れるアスナや運動部連中を心中で応援しつつ、オレはそそくさと集団の中ほどに位置取りをする。
ふふ……何を隠そう、オレはクラスにひとりはいる『ドッジボールで生き残るのだけやたら得意なやつ』だ。前半はこうしてみんなに紛れて存在感を消し、友人共を壁にしてやり過ごすのがいい。そうしているうちに運動神経いいやつがゲームメイクするからな。
ボールの行方を見守る。
開始から数秒のうちにボールはこちらのエースであるアスナの手に渡り、相手の子をひとりアウトにしていた。幸先のいい滑り出しといったところで、みんなも盛り上がっている。
その間にあちらのエースっぽい黒髪美人さんがボールを手にした。
「行くわよ! 子スズメ達! 必殺……!」
子スズメて。
そう派手に宣言して振りかぶると、うちの陣営でパニックが巻き起こった。
「う、うしろに入れてー!」
「キャー! 押さないで!!」
22人がひしめくコートでもみくちゃにされる。その中心にあってオレは、あくまでクールに落ち着き払っていた。
ふっ。女の子に生まれ変わるのも……悪くない……。今だけほんとうにそう思う。
「それ」
相手がひょいと放ったボールは逃げ惑う女子たちにヒットし、なんと3人がいっぺんにアウトになった。いや、さらに追加で4人。
ここでうちのクラスの連中が、狭いコートに22人いても有利なハンデにはならないということに気付く。
「今さら気付いても遅いわ……よ!」
背を向けて逃げ惑う子たちから順番に潰していく。次の標的は……うちの姉のようだ。
あーあー、格好の的というやつだ。運動苦手だもんね、自分もそうだからわかる。
かっこよく庇ってみようかなとか思いながらも別にそうせずに突っ立っていると、アスナがのどかを庇って捕球した。かっこいい。
ちなみに自分はさっきから脚をたまに動かし、逃げるふりだけしてほぼ中央に陣取っている。
アスナが勢いよく投球。それを相手があっさりと捕って見せ、みんながどよめく。
驚く我々に対してお姉さま方は得意げに笑い、自分たちの正体を明かした。
「何を隠そう私達は――ドッジボール関東大会優勝チーム! 麻帆良ドッジ部『黒百合』!!」
関東優勝!? へー! それはすごい。でもなんだそのチーム名。
胸を張ってみせる相手チーム。こっちのみんなはというと、ドッジなんて小学生の遊びじゃないの? とひそひそバカにしていた。ひでえ。
しかしドッジに関してはこのお姉さま方は達人の部類なわけだ。スポーツ強い人見ると尊敬しちゃうなあ。
……面白い。ちょっと挑戦してみたいな。
修行だと思ってやってみるか。
前髪を分けて目をさらし、髪留めをつける。身体を動かす時のルーチンワーク、自分を切りかえるスイッチだ。
身体強化のギアを、普段はやらない段階まで上げてみる。全開からは程遠いが、一般生徒にスポーツ勝負を挑むにあたってどこらへんが妥当かわからないし、まずはこのくらいで。
挑発するように、前へ出た。
「あら、今の話を聞いて前に出てくるなんて良い度胸じゃない」
「なごみちゃん!?」
「本屋妹が前に……」
クラスメイトたちの声を強化された聴覚が律儀に拾う。あんまり目立たない地味キャラポジションなので意外に思われているようだ。
自分もネギ先生がやってきてから、焦りを感じるだけではなく、物語が始まったことに浮かれているのかもしれない。
「お望み通りアウトにしてあげるわ!」
相手がボールを放る。
ふむ……加減されているのか、そう速く感じない。むしろスローだ。
ボールの軌道を読み、最小限の動きで身をかわしてみる。ついでにカッコいいことを言うか。
「おそい……」
「あいた!」
オレが避けた後ろで、美空さんがアウトになった。
「スローリィ……」
「あうっ」
「神回避」
「うわっ!」
「ちょっと! あんた避けないで取りなさいよー!?」
立て続けに後ろのクラスメイトたちがアウトになり、アスナに怒られた。
「見えた……見えた……見えた……」
「くっ!? わたしの球が当たらないなんて……!」
「あ、あの技は!?」
「知ってるアルか? 古菲」
「知らんアル! 動きがキモいネ」
お姉さま方の投球は次第にスピードを上げ、外野と連携して様々な角度から襲ってくるようになっていったが、反射神経だか思考速度だかが鍛えられているのか、わりと苦も無く避けられた。うーん、初めて修行の成果を感じられたのが体育のドッジボールとはな。
つぎは投げてみよう。
運動できる組の動きを真似て、取り落さないようにやんわりと捕球する。
肩をぐるぐる回す。適当に投げたら当たるだろ。
振りかぶり、なるべく強めのボールになるよう腕を振り抜く。
「フンッッッ」
投げた直後に異音。
ボールはコートを素通りし、屋上入り口の壁にぶつかり破裂してしまった。
汗がどっと流れる。あぶねー……人に当たったら怪我させてたな。今はパワーアップより加減を学んだ方が良いかもしれない。
状況を理解した相手チームが青い顔になり、オレも青い顔になった。
クラスメイトからは感嘆の声。
「す、すごい……! アスナ以上の馬鹿力なんて」
「ゴリラだ……」
「今日からあだ名はゴリラだ……」
「おい」
誰だ今の。心は男でもそういうの気にするんだぞ。
「え、ええと。ボールを破壊したので退場です」
「えー」
「無駄に紙一重で避けてクラスメイトに余計な犠牲を増やしただけでしたね」
審判っぽくコート横に立っていた高校生にそう言われて、すごすごとコートを去るオレの背中に、夕映さんの心無いひとことが刺さる。
『生き残りの宮崎(妹)』とまで呼ばれたこのオレが、こんな早いタイミングでコートを去るなんて。いたくプライドが傷ついた。次は力加減を身につけよう。
少しも疲れてはいないが、参加しなかったクラスメイトらのように壁に寄りかかって座り込む。
おや、図らずしてサボれる状況になっている。このまま昼寝でもしようかな。
「宮崎なごみ」
横から声をかけられる。
顔を向けると、いつの間にか自分と同じように、そこに誰かが座っていた。
同級生には見えないほど幼い、けれど美しい金髪の少女。クラスメイトのエヴァンジェリンさんだ。
あまりに思いがけず面食らう。原作漫画の重要人物だからだ。な、何の用だろう。これまで会話をしたことはほとんどない。漫画のヒロインとしては好きだが、現実に同じ空間に居ると結構こわいのだ。ラスボス級の魔法使いだもの。
「すばらしい力を持っているじゃないか。知らなかったよ」
「あ、その、うへへ、どうもー」
「いい腹の足しになりそうだ」
「………」
この人はたぶん、どうせわからないだろうと思って今のつぶやきを漏らしたんだろうが……
大体察する。彼女は高名な吸血鬼で、今は失った魔力を取り戻すためにネギ先生の血を狙っているのだ。そのための準備として女生徒を襲ったりしているはず。
食われる? 食われるのか?
ど、どうしよう。
蛇に睨まれた蛙というか、となりの人の存在感に恐れおののいているうちに、授業終了のチャイムが鳴る。ドッジボールのゲームも終わりだ。
結果は……ふたをあけてみれば圧勝。途中から投球を蹴り返すサッカー部員やリボンで捕球する新体操部員とか出てきて無法な感じだったとはいえ、高校の関東最強チームに勝つとは。知ってたけどすごいなこのクラス。ていうかむこうも真面目に悔しがってるけど、こっちの勝ちでいいんだ……。ルール全然守ってるように見えなかったけど。
よほど悔しかったのか、黒髪美人のお姉さんが、アスナを後ろからボールで狙った。悪意あるなあ。
割り込んできたネギ先生がアスナをかばい、すごい勢いで球をはじき返す。すると不思議なことに、お姉さま方の服がびりびりに破け、下着が露わになった。おお……あの黒髪の人、なんてもん着てんだ。
ネギくんに弟子入りしようかな。風の魔法で女子を剥く方法を教えてほしい。
オチもついたようだし、教室に帰ろうと腰を上げる。
となりにいた人の声がした。
「次の満月はいつだったかな、茶々丸」
ちらりと横をみると、エヴァンジェリンさんがこちらを見て笑っていた。