恋心は火属性   作:もぬ

4 / 11
4話

 エヴァンジェリンさんに全裸にされた事件の翌日。

 学校でのネギ先生の様子を見るに、あのあと彼はエヴァンジェリンさんにこっぴどく敗北したようだ。ものすごく元気がない。

 パートナーがどうのこうのとつぶやいていたので、茶々丸さんとエヴァンジェリンさんの二人組に対抗するための人手が欲しいんだろう。

 その辺はアスナがいるから大丈夫なはずだ。遠くから見守っていよう。

 

 放課後になった。

 クラスメイト達がネギ先生を元気づける会と称して風呂場で水着パーティーか何かをやっているらしいが、遠慮しておいた。あいつら、発想がおっさんなんだよな。オレみたいに中身が男の転生者だったりしたら喜ぶかもしれないが、まっとうな少年は多分そんなんで元気にならないよ。精通でもさせる気か?

 それに、オレに関してはもう全裸を見られてるんだから、向こうもいまさら水着くらいで喜ばないだろ。

 そういうわけで、ひとり自室でゆっくりしていた。

 学生生活で疲れた身体を休めるための、愛しい我が家だ。入寮時にしつこくわがままを言って手に入れた一人部屋である。他の生徒たちが二人から三人で一部屋を使っているように、本来は一人で住むつくりではない。転校生でも来たりすればこの楽しい独身生活は終わるだろう。

 そんなひろびろ個室生活を満喫していると、外から騒がしい声。

 自室のドアを開ける。

 

「可愛いー!」

「ネギくんのペットやて」

 

 離れた場所に、女子中学生の群れが。いったい何をしているのだろうか。遠くから目を凝らして見る。

 喧騒の中心では一匹の小動物が女子中学生の波に揉まれていた。

 ええと、イタチ……フェレットか?

 耳を澄ませる。

 

「あ、この子はオコジョで……」

 

 オコジョらしい。

 記憶をたどる。たしかあのオコジョは、妖精の世界からやって来たしゃべるオコジョ。原作で活躍するキャラクターだ。みんなに可愛がられているが、スケベというかおっさんそのものな性格だった気がする。見た目とのギャップが面白いと思う。

 妖精である彼は契約の魔法を使うことができるらしい。彼の登場でネギくんは、契約によって任意の人物を、自身を守るパートナーとすることができるようになるのだ。これを魔法使いの従者という。いうとおもう。たぶん。

 たしか仮契約の方法は、唇を重ね合わせるキス。彼はこれから3年A組の生徒にキスしまくって強いパーティーを作ることになるわけだ。はは、女たらしめ。

 ……オレはしないぞ。ネギ先生は、今はまあ可愛い顔をしているが、将来はハンサムな好青年だ。オレは絶対に女の子としかキスはせんぞ。

 

 ……でも、やっぱり少し気になった。

 たしか漫画では……魔法使いが従者と仮契約をすると、“アーティファクト”といわれる魔法の道具が、契約者の下に現れる可能性がある。

 それは例えば、魔法を消し去ってしまう大剣であったり、相手の心を読む本であったり、姿や気配を完全に隠す仮面であったりと、多種多様な力を秘めた特別なもの。ただの女子中学生たちが世界を救う戦いで活躍できたのは、このアーティファクトがあったからこそだ。あれらは、正直ハズレも多かったが、強力なやつはとことん強力だ。

 ……欲しい。欲しくないわけがない。

 そして気になる。自分がネギ先生と仮契約をしたなら、どんな武器が現れるのか……。

 ……いや。いやいや、よろしくない考えだ。

 とにかく、男とはキスしない。しないったらしない。

 

 

 

 朝。

 美少女学生の日常とは輝かしく素晴らしいもので、新しい一日がいつだって楽しみだ。だから毎日、前世の自分より早く寝て、早く目が覚める。

 そうして今日は、特に早く起きた。久しぶりに、高畑先生が魔法の朝練に付き合ってくれるからだ。

 いそいそと準備をする。鞄に着替えやら何やら詰め込んで、運動着に着替える。鏡の前で確認した自分の美貌は、姉の宮崎のどかにそっくりだ。彼女を真似て伸ばした前髪にひとつだけヘアピンを挿し、片目隠れスタイルにした。かわいい。人生楽しいな。

 

 寮の自室を出て、エントランスへ向かうと、ちょうどアスナも外出するところだった。彼女は新聞配達のアルバイトに向かうのだという。

 まだ寒くて暗い朝、毎日のように配達をこなすなんてすばらしい。尊敬をこめて、おはようとあいさつした。

 

「あれ、あんた……なんかの朝練? 運動部だっけ?」

「いや。これから高畑先生と二人きりで秘密のレッスンがあるんだ」

「……な……」

「じゃ!!」

 

 フリーズした隙をついて駆けだす。嘘はまったくついていない。オレは隠し事はできるが、嘘は苦手だ。

 そしてアスナは高畑先生のことが好きなオジコンだ。ついからかってしまった。

 

「ちょっ……! こらあああ!! 宮崎!! いったいどういう――待ちなさ――は、速い!?」

 

 麻帆良学園都市は敷地が広大で、この寮から女子校エリアまでは電車で通学すべき距離がある。だが、オレは身体を少しでも鍛えるために走って通学している。もちろん魔力を使いながらだ。この習慣も長く続いているので、基礎体力も魔力を扱う能力も、だいぶ向上していると思う。

 そういうわけで、走り慣れているし、さらに魔力も使ってるわけだし、まだ一般人の域を出ない今の時点のアスナには捕まらない。さっさと逃げおおせた。

 風を切って、地面を弾むように進んでいく。

 朝の冷たい空気の中を走るのは、さわやかでいい。それは当たり前のことだけれど、オレにとっては、生まれ変わってから初めて気付いたことだった。

 

 

 人払いの魔法が施されているという、ある校舎の屋上運動場。魔法の練習をするならここを使えと言われたところだ。

 今日はそこに、高畑先生がいる。オレのために時間をつくってくれたのだそうだ。彼は麻帆良での教職だけでなく、魔法使いとしての仕事で世界中を飛び回っていて忙しい。だから、こういう機会はとても貴重だった。

 

「それで、なごみ君。2年ほど魔法に手をつけてみて、成果はどうだい。……やめてくれる気になった?」

「い、いえ。やめませんよ、楽しいんだから」

「楽しい? でも、物語の中の魔法使いみたいには、いかなかっただろ」

 

 ……まあ、それはそうだ。この世界の魔法使いができること……、例えば物を浮かせたり、動物と会話したり、不思議な薬を作ったりと、ファンタジーのイメージに沿った魔法。それと、魔法の矢を飛ばして敵を攻撃する、少年バトル漫画の魔法。魔法を習う前に、自分が憧れ、空想していたそれら。

 結局、どちらもオレには無理だった。学園長の言うには、精霊という存在に語りかけるのが苦手な体質らしい。西洋魔術師の魔法は精霊を介さなければ始まらない。

 だから、身体能力の強化とか、「魔力を使うこと」しかできないわけだ。これは魔法とは違う。

 そういう意味で、オレは“魔法使い”にはなれない。

 それは、たしかに。

 がっかりすることだった。

 ……でも。

 

「浅はかですけど。魔力で身体を強くするっていうのを教えてもらえただけでも……自分が特別な人間に思えて、やっぱり、楽しいですよ。今は脚力だけでビルからビルに飛び移ったりするのが目標ですね。アメリカのヒーロー映画みたいな」

「そうかい」

 

 信念もなく、楽しいから、みたいな薄い動機で魔法を学んでいる。そして彼に明かすことはないが、そもそもが漫画のキャラクターと恋愛したい! ってだけの浅い気持ちだ。

 そんなやつに先生が、積極的に魔法を教えたがらないのは当たり前だった。せいぜい部活の顧問ぐらいの気持ちで付き合ってくれているのだろう。

 

「それと、せっかくならもっとケンカも強くなりたいですよ。ほら、高畑先生って、学園の不良集団をひとりでボコボコにしたっていうじゃないですか。それくらいになりたいです」

「……散々言ってるけど。いたずらに力を振りかざして、人を傷つけるような人間にはならないでくれよ。それを誓ってくれるなら、今日も授業をしよう」

 

 誓います、と元気よく口にする。先生はオレを見て、苦笑いをした。

 

 最初の頃に先生は言っていた。きっかけとしては仕方なくだけど、真剣に学ぶというのなら真剣に教える。理由は、君が何か危険に巻き込まれたときのための、自衛手段を持ってもらうためだと。

 それ、ものすごくちゃんとした理由になっていると思う。だから自分のものにした。

 だってあのクラスにいたら、命の危険があるヤバい目に遭う可能性が高い。先生もそれを承知しているのだろう。そして、自分があの物語に関わっていきたいという願望がある以上、そういう場面はいずれやってくる。

 ……いや、というか、ついこの間エヴァンジェリンさんに襲われたし。全然いずれじゃない。

 そういうことで。漫画の世界で活躍したいのだという最初の気持ちを胸中だけに秘めつつ、死にそうな目に遭ったときになんとかできるようにと、高畑先生や学園長から、魔法生徒でいることを認めてもらっているわけだ。

 

「さて。今日のお話だが。教えると言っても、正直なごみ君に教えられることはもうない。僕の知識なんて、君に渡した魔法の教本の域からほとんど出ないからね」

「えー! もう他の魔法先生に師事しようかな」

「いやあ、やめた方が良いよ。君の先生には僕が一番合ってるさ。理由は、わかるだろ」

「お互い、魔法が使えない体質だから」

「そう。悲しい者同士、仲良くやろう」

「教えることもうないっつったじゃないですか」

 

 実際、魔法関連の技術について教われることは、たしかにもうないだろう。彼も魔法使いというより、魔力を扱う戦士、っていう感じだからだ。

 組手でもするしかなさそうだな。それか、高畑先生の必殺技の、ポッケに手を突っ込んでやる見えないパンチでも教えてくれるかな。

 

「魔力による身体強化の技術は日常的に伸ばしているみたいだから、それでいいとして。そうだな……」

 

 しばし考えるような仕草をしてから、彼は再度口を開く。

 

「これからの訓練について、ふたつ選択肢がある。ひとつは、僕とひたすら戦って、ケンカの仕方を身に着けるというもの。もうひとつは……『咸卦法』、という技術についてだ」

「カンカホウ?」

「簡単に説明すると、超パワーアップ技だ。君や僕みたいに魔法の使えない戦士が、天才たちと同じ戦場に立てるようになる」

 

 ……それ、なんか、そうだ、たしか原作にあった気がする。

 魔力と気を合体させて、すごいパワーを得る……みたいなやつ。ああ、高畑先生の技だったっけ?

 それを教えてもらえるのだろうか? ……すごい! まさに特別な技だ。自分が主人公になったような気持ちだ。

 

「カンカホウ! 教えてもらいたいです」

「いいよ。たぶん10年ぐらいで習得できるかなあ」

「えっ」

 

 原作の話終わってるじゃん。

 

「いやいや、そんなバカな。どんな技なんですかそもそも」

「こういうやつだよ」

 

 左腕に魔力、右腕に気。

 先生がそうつぶやくと、彼の身体がぼわっと光り出した。身体中からオーラが迸り、輝き、まるでドラゴンボールかハンターハンターのキャラみたいになっている。

 

「フッ!」

 

 ぶお、と風圧。目には見えないけれど、何か空気の塊みたいなものが、確かな存在感を放ちつつ上空に昇っていくのがわかった。

 ……先生のパンチだ。たぶん。目には何も見えなかったのに、それが人に当たったらおそろしいことになるだろうという想像が、頭をよぎった。

 あんな凄まじい拳骨を繰り出せるようになったら、オレも漫画のキャラクターたちと渡り合えるかもしれない。強くなるための確かな糸口がここにあるんだ。

 

「魔力と気を合一させる。この技術を身につければ、君も今みたいなことができる」

「……それだけ? 10年もかかるわけないじゃないですか。魔力の身体強化だって、すぐできるようになったし」

「じゃあ、やってごらん」

「よーし!」

 

 オレは鼻を鳴らしながら仁王立ちし、さっきの先生の真似をして手を広げてみる。

 左腕に魔力! 身体強化しか身に着けていないとはいえ、自分の身体を走る魔力なら、その流れをコントロールすることはできるようになっている。そしてそれを一点に集中させると、まさに漫画のように腕が光りだした。すばらしい。

 右腕に気!

 ………。

 気って何。

 

「魔力の流れをコントロールできるようになるのに大体半年かかったし、気の力を扱えるようになるまでにも半年かかると仮定して。反発し合うふたつを合一する修行には、僕は数年かかったから……」

「あ、あ、あのー」

 

 気の存在はなんとなく知らんでもないが、まったく学んでいない。必要ないからだ。魔力と気というふたつのエネルギーについては、たぶん、どちらか片方を修めるのが普通だ。咸卦法ではそれが両方必要になるらしい。

 どうも一般的に、この技は難しすぎるらしい。自分が咸卦法の天才であることに賭けて、その修行に挑んでみるという道もあるかもしれないが……

 

「あきらめます。なるべく早く強くなりたいので……」

「そうだね。それがいい」

 

 高畑先生はそこで優しく笑った。最初からこの選択肢を選ばせるつもりはなかったのかもしれない。

 

「実は、こういう方法もあるよと紹介したかっただけなんだ。僕が思うに、君に咸卦法はあまり必要ない。魔力の貯蔵量が桁違いに大きいからね」

「それは、前にも聞きましたけど。ほんとですかね」

 

 才能がひとつあるのは嬉しいしありがたいんだけど。魔法が使えないんじゃ、宝の持ち腐れだ。

 

「その魔力を全部、肉体の強化に回せるようになればいいんだ。魔法が使えないなら、魔法より強力なパンチなりキックなり打てるようになればいい。大きい武器を振り回せるようになればいい。そういう戦い方を選ぶ人は多いよ。君は、『魔法剣士』の才能に恵まれていると言える」

 

 そういうふうに言ってもらえると、わくわくするけども。結局、このまま地道に魔力を筋肉に馴染ませていくしかないのか……。

 魔法使いになれると思ってこの人に声かけたのに、筋肉マッチョマンしか道がないとは。

 

「というわけで。君が今後勉強していくのは、身体強化率の引き上げと、痴漢や暴漢の殴り方だ。付き合えるときは付き合うよ」

「了解ッス……」

「咸卦法については、時間に余裕のあるときに手を出すといい」

 

 そういうことになった。

 他にもいろいろできることはあるかもしれないが。とりあえず、単に腕っぷしを強くするなら、このやり方でいいだろう。

 思えば、身体を動かすことは好きだが、人と殴り合いのケンカとか、武道とか、そういう経験はない。戦い方がわからないのだ。

 高畑先生が基礎的な護身術や心構えは教えてくれると思うけど……何か武術とか、学んだ方が良いかな。

 

 

 

 数日が経った。

 ここのところ、高畑先生に出張の予定などは入っていないようで、毎日ほんの30、40分ほど時間を作ってくれる。身体能力強化の出力を限界まで引き上げながら身体を激しく動かしたりするので、最近ずっと筋肉が痛い。でも、なんだか充実している気がする。それこそ部活でスポーツに勤しむような感覚だ。あまり危機意識がないが。

 

 そして。肝心の、ネギ先生を中心とした物語は、どの辺まで来たかというと。

 あれからエヴァンジェリンさんも襲うのをやめてくれたのか、オレは彼女に絡まれることなく、いつもと変わらない学校生活を送っている。というか彼女はあれから、しょっちゅう学校をさぼっている。今日は珍しく授業に出席していたが……。

 何か企んでいるはずだとは思う。そろそろ夜の決戦イベントか何かあったと思うんだが、細かい話は忘れたな。ネギ先生のテンションの上がり下がりを見て、何かしら進展があったんだなと確認するだけの日々である。

 

「……ん?」

 

 昼休み、昼食を終えて廊下を歩いていると、購買部の方に人が多く集まっていた。

 覗いてみると、どうやら懐中電灯やロウソクやらを特別価格で売っているようだ。

 ……ああ。年2回の計画停電の時期か。何かのメンテナンスのために、数時間のあいだ麻帆良学園都市全体を停電させるという、大規模なものだ。

 みんな停電というちょっとした日常の変化を楽しもうとしているみたいだ。たしかに、自分も本当に子どもの頃は、停電が起きると外に出て、近所の友達と非日常を楽しみあったような記憶が、おぼろげに残っている。

 まあ、今の自分から見れば、それは子どものやることだ。それに最近は、お年寄りと同じレベルで早く就寝しているから、夜の計画停電なんてあんまり関係ない。ロウソクとかいらない。

 

 ……あ、ちょっと待った。

 停電のことを想像していると、ビビッときた。いま思い出した。これだ、今夜だ! 

 今夜、エヴァンジェリンさんがネギ先生を襲撃するんだ。

 たしか、停電によってなんかこう……細かい話は忘れたけど、あの人は麻帆良の電気が止まっている間の一時だけ、本来の力を取り戻す。その力で先生を襲い、血を吸う魂胆なんだ。

 すばらしい。よく思い出した。人間の記憶とは、ずっとどこかに残っているものだ。

 ……でも、別人に生まれ変わったんだから、脳みそも昔の自分と違うはずだよな……。

 まあそういうのはいい。考えたって無駄なんだ。そこでマジメに悩んでしまうと第二の人生は楽しめない。

 

「……あ、な、なごみー! あの、夜なごみの部屋に行っていいー?」

「え? なんで?」

「パルがロウソクいっぱい買って、百物語やるってー……」

 

 人が大事なことを思い出しているときに、なんとも泣きそうな様子で話しかけてきたのは、今世の我が姉、宮崎のどかだ。かわいそうに、友人の暴挙にさらされ哀れな子豚のように震えている。妹として、彼女にとってのレンガの家を提供してやりたい気持ちはあるのだが……

 

「別にいいけど、わたしはひとりで千物語やる予定だから、来るならのどかも付き合いなよ」

「せんーーー!? なんでー!?」

 

 妹の部屋という逃げ場を失い、彼女は泣きながら、怖いものから逃げるように廊下を駆けていった。ごめんよ姉者。まあ夕映さんがどうにかしてくれるよ。

 今夜オレの部屋に来ても、どうせ出迎えられない。何故なら用事ができたからだ。

 いやあ、思い出せてよかった。

 魔法使いの戦いが、生で見れるこの日のことを。

 

 

 夜になった。停電は夜の8時から12時の間だ。

 その間生徒は外出禁止。テレビゲームもインターネットもできないので、例年通りなら退屈すぎて寝て過ごすか、誰かの部屋に遊びに行くところだが……、

 今夜は自分にとって、興味をひくイベントがある。エヴァンジェリンさんとネギ先生の対決だ。

 強力な魔法使い同士のバトル! 先日はああいう目に遭って反省したが、正直懲りていない。うんと遠くから見学すればいいし、いまさらストーリーを乱すことはあるまい。たぶん。

 こういうときのために、既に視力や聴覚を強化するコツを掴んできた。最終決戦の場所である橋が見える場所で、おやつでもかじりながら観戦する目論見だ。まあ遠すぎて見えなかったらこの、小遣いをはたいて手に入れた双眼鏡を使おう。

 部屋の時計を見る。停電まであと1分。外出を控えるようにという、校内全体への放送が聞こえる。

 もう少ししたら出ようかな。見回りの先生に見つからないよう、慎重に。

 窓から外を見る。

 街灯の光が消えた。停電が始まったんだ。

 

『――行け、我がしもべよ』

「え……?」

 

 頭の中で、誰かの声がする。

 自分の意識の電源もまた、先ほど見た街の灯りのように、闇に落ちていった。

 

 

 

「――起きなさいよ、コラァ!!!」

「おべっっ」

 

 ぴしゃり、と。

 頭を思い切り何かに叩かれた衝撃で、目が覚めた。

 頭が重い。楽しい夢を見ていた気がするんだが……ていうか寒い。オレの大事な相棒の掛け布団は?

 

「え……?」

 

 周りの景色を見て、意識がはっきりしてくる。

 ここは自分の部屋じゃない。屋外だ。ざらざらしたコンクリート、周囲に建物がなく直接ぶつかってくる風。どちらも冷たい。

 ここは――ここは、橋だ。学園都市と外を繋ぐ大橋の上。普段なら車がたくさん行き来している、きれいに均された車道。

 それが。

 そこかしこに、何かが爆発したような、小さなクレーターが空いている。まるで戦争地帯にでもなったような。これでは車がスムーズに通れない……。

 

「って、なんじゃこの服!」

 

 視界の下の方に見慣れない何かが入り込んで、それを追ってみると。

 オレは、白黒のひらひらした何か……何と言ったらいいかな。

 そう、メイド服、みたいなやつを着ていた。しかもミニスカの、コスプレっぽいやつ。ウェイトレスと言ってもいいかな。頭にもフリルのカチューシャがついている。

 なんでこんなヤバい格好させられてるんだ。

 

「一体何が……拉致……誘拐……?」

「はあー、やっと正気に戻ったのね。えと、茶々丸さん、おつかれー……」

「ハイ、アスナさん」

「あん?」

 

 どこかで聞いたことのある二つの声。見ればその主は、クラスメイトの神楽坂明日菜と、絡繰茶々丸だった。

 茶々丸さんはオレと同じようなメイド服っぽい衣装を着ている。アスナは見慣れた制服姿で、肩にでかいハリセンをかついでいた。あれは、たしか……。

 そして……ふたりとも、なんというかボロボロだ。バトルの後みたいな感じ。

 

「おふたり、ケンカでもしてた? ボロボロだけど」

「ああ?」

 

 は? こわい。アスナがめっちゃ睨んできた。

 不安に震えるか弱いクラスメイトに向かって、何だというんだいったい。

 

「あ・ん・た・が、あたしらをボコボコにしてくれたんでしょうが」

「この大橋を荒らしまわったのもナゴミさんです」

「ええ……」

 

 記憶にない。

 ……記憶にない、が。言われてみると、なんか、手の甲がひりひりしている気がする。硬いものをおもいきり殴った後みたいに……。

 

「あ……あ? いて。いて! いでででで!?」

 

 突如、全身の筋肉があちこち痛み出し、オレはその場でぶっ倒れた。

 やばい! けっこう痛い! あと、魔力も消耗しているっぽい! なんか疲れてる。

 痛みに呻きながら仰向けになり、星の明るい夜空を見上げる。どうやらまだ、計画停電の最中らしい。あれから少ししか経っていないようだ……。

 

「能力を限界以上に発揮した反動でしょう」

「当然の報いね、しばらく反省してなさいよ」

「せつ、説明を……何が起きているのかを……」

 

 視界にアスナが入ってくる。スカートの下のパンツが丸見えだった。

 

「それは、あれが終わってからね」

 

 彼女は空を見上げる。

 自分もまた、なんとか身体を動かし、視線をそこに向けた。

 ――色のついた閃光と、音。それらが激しく明滅し、ぶつかりあっている。

 花火?

 いや、違った。

 

「『闇の吹雪』!」

「『雷の暴風』ーーッ!!」

「……て、しまった。ネギが魔法使いだってバレたらダメなんだった……」

 

 黒く冷たい光と、激しくスパークをまき散らす光が、ぶつかって風を生んでいる。すごい圧力だ。

 光線――いや、その魔法を出しているのは、ふたりの西洋魔術師。

 ネギ・スプリングフィールド。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 そこで繰り広げられていたのは……オレが一度見てみたかった、壮絶な魔法戦だった。

 

 

 

 心を打つふたりのバトルは、ネギ先生の勝ち? で終わった。本気のエヴァンジェリンさんに現時点のネギくんが勝てるはずはないのだが、まあ、多分手加減していたんだろう。そうこうしているうちに電気が復旧、力を再び失って海に墜落しかけた彼女を、ネギ先生がかっこよく救出した。

 というのが、今回の顛末だ。おおむね元のストーリーと同じなんじゃないかなと思う。

 違ったのは……、

 

「ど、どうしよう……宮崎(妹)さんに魔法使いだってばれちゃった……」

 

 自分が魔法世界の掟を破り、罰としてオコジョにされてしまう刑を受けることを想像してえぐえぐと泣きはらすネギ先生。なんか申し訳ない。

 

「心配するな、ぼーや。こいつは“魔法生徒”だよ。一般人なわけがない」

「あっ」

「えっ!? 宮崎さんが……!?」

「あんたも魔法使いなの!? ウソ!? いやでも、確かに今までも、見た目の割にすごい運動能力してた……」

 

 うーん。あっさりばらしやがった。

 別にいいけど。

 

「良かったー……。じゃあ、オコジョにならなくて済むんだ」

「でも魔法使いっていう割には、ネギみたいに杖ももってなかったし、キレたゴリラぐらい暴れてたけど……」

 

 そう、聞いた話では。

 オレは先ほどまで、エヴァンジェリンさんに意識を操られ、その手下にされていたらしい。前に血を吸ったときに魔力を仕込んでいたらしいのだ。

 そして彼女は配下にした女の子たちにネギ先生を襲わせる際、普段誰もが無意識にかけている身体能力のリミッターを緩くしたらしい。それで他に操ったクラスメイトたちも、人外じみた動きをしていたそうだが……、

 オレの場合、半端に抵抗できていたのか、命令をうまく受け付けずめちゃくちゃに暴れだしたらしい。それを、本来は敵同士として戦い合うはずだった、アスナと茶々丸さんの二人が、協力して止めてくれたようだ……。

 ショックな話だった。そういう状態異常の類はしっかりレジストできるつもりでいたんだけどなあ……。もう少し訓練しよう。

 そしてふたりには大きな借りができた。今後は頭が上がらなくなっちゃうな。

 

「それにしても、エヴァンジェリンさんだけでなく、他にもクラスに魔法生徒がいたなんて! すごい!」

「は? おいこら、誰が魔法生徒だ。わたしは最強最悪の魔法使い、闇の福音といって――」

「宮崎さん。良ければ、今度お話をしたいです。もっと、あなたや、みんなのことを知りたいので……」

 

 少年のような好奇心と、教師としてすべきことをしたいという志が混じったような、絶妙にきらきらした目で見つめてくるネギ先生。凄まじい戦いを繰り広げたあとなのに、元気なことだ。

 

「いいですよ。ただ、わたしもネギ先生と同じで、友達や姉には内緒にしてるんです。絶対ヒミツですよ」

 

 まあ、いずればれるのだろうが、内緒にしてた方が楽しい。

 言いながら、ちら、とアスナにも視線を送った。ふたりは了承の意を返してくれた。

 

「ところで……」

 

 周りを見渡す。

 ネギ先生とエヴァンジェリンさんの激しい魔法戦は、意外にも周囲に被害を及ぼしてはいない。

 だが。

 オレがやらかしたらしい、橋のあちこちの破壊痕は。

 どうしたらいいんですかね。

 オレが悪いのか? 誰にもばれずに直せるものでもない、どうしようほんとに。魔法生徒クビになっちゃったらどうしよ。

 いやいや、オレは悪くねえ。

 恨みに似た気持ちを込めた視線をエヴァンジェリンさんに送る。ぐぬぬだ。ぐぬぬだよこれは。

 ネギ先生が、あわあわとオレをなだめる。アスナがあくびをする。エヴァンジェリンさんがばつの悪そうな顔をする。茶々丸さんが静かに付き従う。

 

 そんなふうにして、この夜が更けていく。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。