朝。いつものように麻帆良には向かわず、大宮駅へ。
その集合場所でまったりしていると、徐々に見知った顔ぶれが集まってくる。級友たちに手をふり、さわやかなあいさつを交わした。
みんなの表情は明るく、これからの出来事への期待に輝いている。待ちに待った……といったところだろう。
今日からは学生の一大イベント、修学旅行。
子どもの頃に戻った気持ちで、オレも心の底からワクワクしていた――。
というわけでもない。
もちろん、楽しい学生生活を美少女としてやり直すという人類の夢を叶えている身としては、こういう学校のイベントはとても楽しみではあるのだが。しかし、“この先のこと”を知っているので、どうしても緊張がある。
『修学旅行編』、とでも呼べるだろうか。主人公であるネギ先生は、この旅行中にまあなかなかハードなトラブルに巻き込まれる。
そして、このとき登場する悪役キャラクターが怖い。『フェイト・アーウェルンクス』というヤツだ。こんな序盤のお話に出て来てはいけない、レベル100くらいある悪の魔法使いである。
ネギ先生をとりまくお話の中に自分も登場人物として入っていきたいのなら、そのフェイトと関わることになる。だから、怖い。彼と同じ場面に自分がでしゃばって、殺されずに、大けがを負わずに済むのかどうか――。
「なごみさんっ! おはよーございます!!」
「! ああ、おはよ、ネギ先生」
明るく挨拶してくる声に、思考が中断させられた。
ネギ先生。毎日お仕事やら何やら頑張っているようだが、彼も修学旅行の魅力の前では年相応になってしまうのかもしれない。表情をキラキラ、腕をじたばたさせて嬉し楽しそうだ。
まあそれだけじゃないか。たしか、行先の京都に、お父さんの手がかりがあるんだっけ……?
これはこの間、魔法を知る者同士としてそこそこ仲良くなったネギ先生本人から聞いた。
「そうだ。なごみさん、旅行中に何か起きたら、情報を共有しますね。なごみさんも気を付けてください」
「うん。先生も、いざとなったら頼ってください、わたしなんかでよければ」
「ありがとうございます! 心強いです」
では! と言って、少年は他の生徒たちに声をかけに行った。
……ネギ先生は、旅行中に『関東魔法協会』から『関西呪術協会』への親書を届けるという重要な任務を学園長から仰せつかったらしい。
オレも、何かあったら手を貸してやってくれと学園長先生から言われた。
ヒーロー願望はあるが、果たしてオレなんかが役に立つかなあ。あらすじは覚えているけど細かい話は怪しいし。
半端に活躍しようとして、フェイトに目をつけられるのが怖いんだよな……。神様に転生させてもらってすぐのときにあった万能感は、正直もうない。セクストゥムちゃんに出会うまでに強くなれるんだろうか……? あの女の子はフェイトと同等のスペックのある魔法使いで、敵キャラだ。
「はあ」
ため息が出る。
そういうわけで、時間の経つ速さに危機感を覚えているのだ。夏休みまでもうちょっとしかないっていうのに驚かされる。
多少魔法をかじった今なら思うけど、原作のネギ先生、短期間で強くなりすぎだよ。頭おかしいんじゃない? いや、話してみるとめちゃくちゃ良い子だったけども……。
「な、な、な、なごみ……」
「ん?」
聴き慣れたものと似た声がして、そちらを見る。
すごい涙目でオレをにらんでくる姉がいた。
「な、なんだよ? どうかしたの」
「なごみが、ネギせんせーに……」
「先生に?」
「下の名前で……呼ばれてた……」
「あー」
なるほど。
このショタコンは、妹に一歩先に行かれたとでも思ったらしい。うーん。たしかにファーストネームで呼び合うのが親しい関係だっていうしね。
ネギ先生も別に、宮崎が二人いるから呼び分けるためにオレを名前呼びすることにしただけだと思うけど。まあ、気になるか、恋する女子中学生には。
「のどかも名前で呼んでもらえば?」
「えー!? ど、どうやってー……」
「本人にお願いするんだよ」
「ふええっ!?」
などと赤ら顔で戸惑っている間に、姉の華奢な身体(体型はオレも同じ。体重は……)を抱え上げ、わっしょい、わっしょいと胴上げしながらネギ先生の下へ運んでいく。
どすっと先生の前にのどかを突き刺す。やはり本人からはなかなか勇気が出ないのか、もじもじとしていた。ネギ先生が不思議そうな顔をしている。
ここでオレから言ってあげるのは簡単だが……いや、のどかは勇気のある子だ。物語の異物とはいえ、仮にも姉妹として育ってきたから、そう思う。
じっと見守る。
果たして……
「ね、ネギ先生。あの。の、の、のどか、って、呼んでもらいたいです……」
「へ?」
さすが、恋愛に憧れがある文学少女といったところ。こういう場面では意外と強い。
しかし、何の話? みたいな顔で我々双子の顔を見比べる先生。
しばらくして、本人なりに要求を理解したらしい。
「ええと。なごみさん」
「はーい」
「……のどかさん?」
「あ――……、は、はいっ!」
花の咲くような笑顔で、少女は笑った。かわいいと思う。
すなわち、同じ顔をしているオレも可愛い。
ネギ先生もそう思ったのか、彼ものどかと同様に顔を赤らめる。ヒロインレースの順位上がったかもね。
パルと夕映さんがこちらを見てサムズアップしていたので、オレも合図を返しておいた。
修学旅行中には、クラスの中で6つの班が組まれる。集合して整列するときや旅館での部屋割りは班ごとになるし、班だけでの自由行動の日もある。
修学旅行の班決めと言えば、とくに中学生の女子は揉めに揉めるイベントであるというイメージがある。彼女たちは狭い学級の中、いくつもの派閥をつくる生き物であり、一生に一度のイベントを仲の良い友達と過ごそうとするからだ。それと、嫌いなやつとは組みたくない、というのもある。
しかし我らが3年A組は、班分けはあっさり決まった。全体的に仲が良く、嫌いなクラスメイトというのはいないのだろう。彼女らの良いところだ。
オレは3年A組の、3班になった。
メンバーは6名。
まず、寮ではルームメイトで仲良しの、委員長(雪広あやか)、那波千鶴さん、村上夏美さんの3名。那波さんは同い年とはとても思えないママみをもつ人、村上さんは引っ込み思案な目立たない子だ。委員長はいいんちょ。
次に、朝倉和美。報道部でジャーナリストを気取るゴシップ好き。クラスのみんなとは浅く広く付き合っている感じの子だ。
そして、長谷川千雨さん。クラスでは孤立気味。
最後に、宮崎なごみ。オレだ。姉の友達と絡むとき以外は孤立気味。
……いやその、一応何年か社会人をやっていたから、やっぱりこの年代の女の子らと話すと壁をつくってしまうんだよな。冷めた大人でいようとしてしまう。……だから、前世の友人たちのように、本当の自分を何もかもさらけだして話せるような仲の人なんて、ここにはいない。
さて。
以上が3班のメンバーだ。
……わかるだろうか、この班構成。
3人の仲良い組に、『クラスのあまりもの』を入れてもらった構成である! 必ずこういうグループは生まれるんだよな。ああいや、あまりものだなんて思っているのはオレだけだろうけど。
でもこれを機に仲良くなることもあるので、良いことだと思います。風呂で那波さんの巨乳が見れて、浴衣姿も見れそうだし……。ついでに委員長もでかいし。朝倉もデカい。長谷川さんも村上さんもかわいい。
まあ、一番かわいいのは、オレだが。
いよいよ京都への新幹線が出発する。
オレ達は班ごとに指定の席に着いた。
しばらくしたらみんな好きに移動を始め、椅子を前後向かい合わせてカードゲームやらガールズトークに勤しんでいた。自分から話に混ざろうとは思わないが、若者の話は聞いている分には面白い。2000年代の若者だから、言ってること古いけど……。
「………」
「………」
「………」
………。
なんか……、
仮にガールズトークに挑むにしても、今は無理だ。
クラスメイトたちが移動や席交換を繰り返した結果、なんとオレは今、ザジ・レイニーデイさんと龍宮真名さんに挟まれることになっている。
無言。寡黙なふたりなので、こちらから声を出さない限りなにも会話とかにならない。
共通の話題とかないかな。そうだ、ふたりとも魔法関係者なんだっけ……?
しかしこんな場所で話題に出すのはよろしくない。ダメだ。
……お菓子でも食べるか。食べます? とでも聞いてみよう。
クラスのバカ騒ぎの中でも常にクールでいる、大人びたふたりの間で肩を縮めながら、市販のチョコレート菓子の箱を開けた。
「ゲコ」
「ん?」
………。
決してチョコレートではない、緑色の何か。呼吸していて、あと鳴いた。
生き物だ。
カエルだ。
「ギャアアアアアア!!??」
異物混入!!!!!
オレはいつの間にか蛙の住んでいた箱を思い切り投げた。それは車両内の壁にぶつかり、粉々に砕け散った……。
「う、ううう」
こ、ころしてしまった。生理的に触るのがいやとはいえ、同じ地球の生き物なのに。オレはなんてことを……。
というかなぜ、菓子の箱に蛙が?
「キャーーー!?」
「カ、カエルーーーー!?」
少し落ち着くと、いつのまにか車両内が、どこから現れたのか分からないカエルによって、地獄になっていた。
これは……魔法に関わるトラブルだ! じゃあありゃ本物じゃないな。よかった。
ネギ先生の今回の敵――京都の悪い呪術師とかの妨害だろう。助力しなければ。でも触りたくないな……。
「まったく、あの先生の周りはトラブルまみれか」
躊躇しているうちに、龍宮さんが呆れ声を漏らしながら、高速で手際よくカエルを拾ってぽいぽいとゴミ袋に投げ込んでいた。
くうっ。やっぱり原作キャラの活躍には勝てねえぜ。ごめんなネギ先生。修学旅行編は大人しくしてるよ。
そんなことを考えていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「ん?」
「………」
「ギャアアアアアアア!!!???」
肩とか頭とかにいっぱいカエルを乗せたザジさんが、静かに微笑んでオレを見つめていた……。
なんでみんな平気で触れるんだ? オレは度胸の強さで女子中学生に劣る存在だった……?
その後、旅館に着くまでの日程では、清水寺の見学があった。
麻帆良にいると、ここは漫画の世界だなあって思うのだけど、こうして有名な観光名所に立ち寄ると、あそこ以外は普通の日本なんだな、と思わされる。
もしかしたら、前世の自分がどこかにいたりしないのかな。……流行ってるカードゲームやテレビ番組が全然自分の記憶にないものであるあたり、ここと前の世界がよく似たパラレルワールドだとは、分かっているつもりなんだけど。
清水寺では、例によっていくつかのトラブルがあった。
変な場所に見事な落とし穴がしかけられていたり、有名な音羽の滝の水が酒に置き換えられていて、クラスの半数が酔っぱらって潰れてしまったり。
シラフの生徒やネギ先生が他の先生にはごまかしていたようだったが、バレたらちょっとしたニュースになりそうなヤバいトラップだったな。
旅館に辿り着き、食事や風呂などの日程を終えていくと、修学旅行の一日目は終了だ。
3-Aの子たちのことだから、夜はみんなでバカ騒ぎをしようと楽しみにしていたのだろうが、昼間の酒トラップで動けない生徒ばかりになってしまったため、今夜は静かに過ぎていった。
うちの部屋も、酔いつぶれた委員長を村上さんと那波さんが介抱する様子と、長谷川さんがノートパソコンに何やらガタガタ打ち込んでいる様子が見られるだけで、特に大きなイベントは無かった。
朝倉は各班の様子を写真に収めに行った。仕事熱心だ。
そして……原作では、すなわちネギ先生の周りでは、いま何が起こっているのかな。ちょっと見に行ってみようか。
「……ん?」
旅館の中をうろうろ見回っていると、どたどたと誰かが走る音、非日常の気配。
ロビー。浴衣を着た二人の女子……アスナと、桜咲刹那さんが、血相を変えて玄関から外に出ていったのが見えた。
ありゃ、なんのトラブルかなあ……。
ついていくべきかな。油断していたので自分ももう浴衣を着ている。外には出たくないんだが、仕方がない。
そうして、ネギ先生と合流した彼女らの後を、見失わないように追いかけていく。人払いの魔法か何かが効いているのか、他に誰ともすれ違うことはなかった。
やがてみんなは、今回の敵……眼鏡をした黒髪の女性と交戦し始めた。
女性の腕の中にはぐったりした近衛木乃香さんがいる。誘拐か! なるほど、あいつが近衛さんの身柄を狙っているというのが、この事件のメインだな。思い出してきた。
戦闘の現場からやや離れた建物の屋上にのぼり、みんなの様子を眺める。桜咲さんの戦うところは初めて見るが、さすが強い。敵の増援で出てきた眼鏡の二刀流剣士とも、互角以上に戦っている。アスナも、おそらく現時点ではネギの魔力を借りているんだろうが、運動神経が良いという言葉で済ませていいか怪しい身体能力を発揮している。黒髪の女が召喚したデカい猿の着ぐるみを、巨大ハリセンの一撃で消滅させていた。魔法無効化能力の発露だろう。
活躍の機会はないかとうかがっていたが、この分なら無事近衛さんを取り戻せるだろう。むしろオレが手を出さない方が、原作通りのハッピーエンドに辿り着ける。それが現実ってもんだ。
……もう少し見学したら、旅館に戻ろうか。
「いや~。魔法使いと陰陽師の戦いとは、見ものでござるな」
「ホアアッ!!??」
となりから自分以外の人間の声がして、全身の毛が逆立った。
見れば、いかにも忍者ですという主張の強い格好をした、クラスメイトの長瀬楓さんがいた……。
え!? なんでここに!? この子もネギ先生のトラブルに備えて見守っていたってことか……!?
ていうかオレ、ジャンプで建物を上るところこの人に見られてたのか。ネギ先生たちを高みの見物しているところも。
えー。
なんかこわい、このクラスの人って。迂闊なことできないな。
「……あの、長瀬さ……」
「おっと。拙者は通りすがりの甲賀中忍。今日ここで会ったことはお互い知らんぷりでござるよ」
「はあ……」
「いやあしかし、魔法使いって本当にいるんでござるな~」
………。
忍者って、本当にいるんだなあ……。
「にんにん♪」
ニンニンって言う忍者、本当にいるんだ……。
そのあと。
忍者ってどんな修行するんですか? とか、分身の術ってどうやるんですか? とか聞きながら、近衛さん救出を見届けて旅館に帰った。
そしたらちょっと仲良くなった。休みの日に修行とかつけてくれないかな。
宮崎のどかちゃんってアニメだと能登麻美子さんの声なんですね。
じゃあこのTSゴリラもそうです