恋心は火属性   作:もぬ

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8話 修学旅行③

「な……なごみさんっ!? れ、恋愛成就の相がめちゃくちゃ出てますっ!」

「はい?」

 

 朝食時。担任による出欠と体調確認のとき、オレの顔を見たネギ先生が、血相を変えて言った。

 恋愛成就? え、なんでまた。セクストゥムちゃんが京都にいるわけでもあるまいし。それに実のところ、正直、今さら恋愛ごととかあんまり興味が……

 

「……それは嬉しい。でも先生、そんなに慌てるほどのことですか?」

「恋愛ごとの精霊が何体も、『ヤバい……どうしよう……』みたいな顔でなごみさんの周りをうろうろしてます……! あっ! なんかみんなで集まって会議を始めましたよ!? き、気になる……」

 

 マジかよ、それは気になるな。

 霊体が見える眼鏡は今はしていない。いつもの、登校のために部屋を出る寸前に眼鏡をかけるという朝方のルーチンと、旅行先での寝泊まりというこのシチュエーションが噛み合わなかったのか、3班の部屋に忘れてきてしまった。まあ精霊とのコンタクトが苦手な体質らしいので、していても見えないかもしれないが。

 朝の話題としては面白かった。ネギ先生も楽しい冗談を言うものだ。

 

 

 修学旅行も3日目。終わりが近づいてきた。今日の日程は京都での自由行動だ。

 しかし道中は、観光を楽しめず、どうしてもこの先のことばかりを考えてしまっていた。

 ……やっぱり、あのフェイト級の敵がいる場面に自分から飛び込んでいく勇気が無い。自分の実力が明確に見えてきたせいか、活躍願望よりも保身の気持ちが勝って、自分がこの物語の主役になりたいなんて気持ちは薄れてきている……。ネギ先生に積極的に加担することもせず、自然な終わりをただ待つということをしている。

 漫画の世界の美少女に生まれ変われても、腹の中身は変わらない。しょせん自分はここでも、怠惰で中途半端な人間だということだ。

 水のアーウェルンクスと恋愛するんだ、なんてのも、一度目の死からの逃避と、自分を奮い立たせるための方便だったのかもしれない。

 ………。

 らしくなく、自分の内面を見すぎた。

 今後も、セクストゥムちゃんとのお付き合いを目標にして頑張る。……できそうにないなら、魅力的な人ぞろいの原作キャラクターの誰かと仲良くなる。そんな自分でいいじゃないか。神様にもらった第二の人生は、やりがいのある楽しいものにきっとなる。そのはずだ……。

 今日は恋愛運も良いらしいしな。

 そんなふうに自分に言い聞かせて、明るい日の下を、クラスメイト達と歩いていく。

 

「ね、本屋妹ー。聞いてる? アンタもネギ先生の関係者で、魔法使いなんでしょ」

「ぎょっ」

 

 ぎょっ、と言ってしまった。

 オレと一緒に班のみんなの後ろを歩いていた朝倉が、小声で話しかけてきた内容がこれだったからだ。人が珍しくセンチメンタルにひたっていたときに。

 

「誰がそんな、根も葉もないうわさを?」

「カモくんから聞いたのよ」

 

 あいつか~。ネギ先生の肩にいつも乗っていたオコジョ。

 くそ。絶対あいつの仲介で仮契約はせんぞ。

 

「……魔法使いじゃありませんよ。魔法使えないし」

「またまた。昨日もどうやってか、くーふぇと互角に張り合ってたじゃない。カモくんがぜひネギ先生のパートナーにしたいって言ってたよ。協力者なんでしょ、この際、仮契約ってやつしちゃえば? ぶちゅっと。アンタの姉貴みたいに」

「ああ? いやですよ、ネギ先生とキスは、ちょっと」

「ネギ先生とキス!!!!????」

「うおっ」

「委員長!?」

 

 班の皆を先導していた委員長が、突然こちらに亜光速でワープしてきた。地獄耳……。

 委員長の耳は特定のワードを拾うようにできているようで、魔法使いうんぬんの話は聞かれなかったらしい。助かった。

 

「昨夜の催しの話でしたの? ……なごみさん、朝倉さん、昨夜のあなたたちと来たら……!」

 

 助かってなかった。

 オレたちは移動中、委員長から昨晩のお説教の続きと、ネギ先生の魅力講話をずっと聞かされるはめになるのだった。

 ……これでいい。日常を楽しめれば、それでいいよな。

 

 

 

 太秦映画村。

 このテーマパークの中では、時代劇の撮影所の中を扮装して歩くことができ、訪れた人々は江戸時代にでもタイムスリップしたかのような景観をたのしむことができる。

 我々3班のメンバーも適当なコスチュームを着て練り歩き、映画村の空気を楽しんだ。委員長はアホなのか、花魁のような恰好をしていて歩きづらそうだったが……。

 オレの装いは若い町娘って感じの着物だ。着た後になって、動きづらそうだからやめとけばよかったと思った。

 

 みんなからしばし離れ、高畑先生や佐倉さんあたりへのおみやげなど物色していると、通りの向こうの方から喧騒が。

 見ると、5班の連中と3班のみんなが、川にかかった大橋で大量の着ぐるみ相手に暴れていた。

 橋の真ん中の方では、新選組っぽい格好の桜咲さんと洋装のメガネの剣士が斬り合っていて、見物客たちから囃し立てられている。まさしく大乱闘だ。

 例によって近衛さん桜咲さん周りのトラブルかな。

 参戦するでもなく遠巻きに見ていると、野次馬の最後尾の方に長谷川さんを見つけた。ちなみに彼女は巫女さんみたいな服を着ている。とりあえず声をかける。

 

「長谷川さん、この騒ぎは?」

「ん? ああ……桜咲と近衛の恋をみんなで応援するんだとさ。あのメガネが恋敵らしい」

「え? 全然意味が分からない」

「私に言うんじゃない」

 

 ……まあ、近衛さん誘拐企ての中に、またみんなが妙な誤解をして加勢してるってところか。

 出遅れちゃったな。気分はショーを見ている観客で、オレも参戦するぜ! と躍り出る気持ちがわかない。原作通りでいいじゃないかという自分がいて、そいつが心の中でだらけている。京都に来てからずっとオレはこうだ。

 ネギ先生、なんで宮崎なごみは助けてくれないんだろう、って思ってるかな……。

 

「うおーっ、アレ見ろよ!」

「お城の上、すごーい!」

 

 見物人たちの声に、視線を誘導される。

 戦いの舞台は、しゃちほこが飾る天守の屋上へ。眼球に魔力を叩き込むと、さっきまではいなかったはずのネギ先生と、近衛さんが、例の呪術師の女と対峙しているのが見えた。

 女は、弓を持った鬼のような怪物を召喚し、近衛さんに狙いをつけている。

 さすがにクラスメイトが凶器を向けられていると、結果が予想できていても良い心地はしないな……。

 

「!!」

 

 矢が放たれた。それを、近衛さんの元に駆け付けた桜咲さんが、両手を広げてかばった。

 肩に矢を受け、そのままバランスを崩して屋上から落ちてしまう。下は水面とはいえ、ただでは済まない――!

 

「………」

 

 桜咲さんは、彼女を追って飛び降りた近衛さんによって助けられた、強い光が放たれ、次の瞬間、二人は宙に浮いていたのだ。近衛さんの魔力が正しく発揮されたのだろう。

 ……結局、クラスメイトがあからさまにピンチだっていうのに、オレは動かなかった。

 根っからの傍観者なんだろう。

 このまま放っておいて、おいしいところだけ活躍したいという打算的な気持ち。無駄に動いて自分の知る未来から外れたらどうするんだという怯え。フェイトに目をつけられて、万が一もう一度死んでしまったら……、という恐怖。

 そういったものが、この足を止めているらしい。

 しかしバタフライ・エフェクトという言葉もある。自分の存在が元のストーリーをわずかに変えることで起こるかもしれない、本当のみんなのピンチを見極められず、取り返しのつかないことになってしまわないか……そんなことも怖い。

 懸念事項は考えればきりがない。……やめよう。

 中途半端に知っている漫画の世界になんか生まれ変わったら、人間、こういう無駄な悩みを持ってしまうらしい。

 全然知らない世界の方がオレにはあっていたのかもしれないな。

 

「やれやれ、もうつきあってられん……」

 

 長谷川さんがそう零す頃には騒ぎは収まり、3班のみんなも、委員長だけフラフラになりながら橋のたもとに戻ってきた。

 いつの間にか5班のメンバーと朝倉がいない。もしかすると、もう関西呪術協会の本部へ行ってしまったのかもしれない。

 ……今からネギ先生は、近衛さんを攫われてなんかデカい鬼神の復活を見せられたり、石になった生徒たちを目の当たりにしたり、フェイトと交戦するのか。

 ………。

 何度も自分に同じ言い訳をしているが、やはりオレの助力は必要ない。いや、行かない方がベストなんだ。

 自分は物語の、邪魔ものなんだから。……怖いことから逃げることの、何が悪い。

 旅館に帰ろう。今日一日寝て起きれば、すべては終わっている。

 

 戦いに背を向けて、3班のみんなと、映画村を出口に向かって歩く。

 遠くで戦う桜咲さんたちを見るのに集中したせいか、まだ身体に魔力が回ったままだ。自分の息をひそめると、周りの人たちの声が拾えてしまう。

 

「あの子たち、子どもに見えたのにすごかったね。アクション俳優さん?」

「写真撮るの忘れた……」

「お土産どうする?」

「次どこ行くー」

「……何を無駄なことをしている? テルティウム」

 

 ぞく、と。

 背筋が凍った。

 聞こえてはいけない声を、耳にしてしまったと思った。

 

「ここにはコノエ・エイシュンとその娘がいる。それに……、あのサウザンドマスターの息子も」

「それがなんだ? 脅威となるならすぐに排除してしまえばいい。我らが主の使命から、貴様は逸脱している」

「………」

 

 路地の裏、建物の影に……、()()()の少年がいた。

 見つけてしまったことを、強く後悔した。半端に鍛えたりするんじゃなかったとすら思った。

 ――どうして、フェイトがふたりいる?

 

「君こそ自分の仕事をすれば? いちいち干渉しないでくれ。それとも、稼働したてで右も左もわからないのが不安かい。4番目(クゥァルトゥム)

「チッ」

 

 視線を外すことができず、その容姿の情報が目に入ってくる。二人は髪型と表情が違う。まるで双子のようだ。

 厳密にはフェイトがふたりいるわけじゃない。あれは……たぶん、“火のアーウェルンクス”だ。水のアーウェルンクスと同時に登場したから覚えている。

 ……だが、ありえない。京都なんかで出会うはずがない。だってあいつは、ストーリーの最後の最後の方で出てくるやつだ。強くなったネギに、一蹴されてしまうだけの存在。ほとんど活躍はしない憐れな敵キャラ。

 でも、現時点では誰も敵うはずがない。スペックの上ではフェイトと同等の、最強の魔法使いだ。絶対にここにいちゃいけないやつだ。ありえない……。

 どうして……。

 

「僕はキミを見ているぞ、テルティウム。新入りはそうしろと、デュナミス様からの命令だからな」

「そう。……フェイトって名前で呼んでくれる? その()()は嫌いなんだ」

「ふん、何が名前だ……」

 

 表情が険しい方の少年、すなわち“火のヤツ”は、フェイトに絡むのをやめて路地から出てきた。

 ――こ、こっちにくる!

 動悸と冷や汗が止まらない。足が動かない。止まるな! この場にいる人たちと同じように、何も知らない顔で歩くんだ。

 だんだんと距離が縮まってくる。あいつは、オレがいま来た方向へ向かっているようだ。

 ……怖い。自分の命が、どうしようもなく惜しい!

 神様、神様。このまま何事もなく、すれ違うだけで終わらせてください。

 みっともなく、自分が確かに出会ったはずだという記憶だけはある、顔も声も覚えていない神様にすがる。

 ――白髪の少年は。

 オレのすぐそばを、通りすぎた――。

 

「ん」

 

 しかし。

 声と呼んでいいかもわからない、人間の出す中では限界ぐらいの、極々短い音。

 それが背後からした。それだけで、心臓が止まった気がした。

 

「そこの小娘……、お姉さん? 何か落とされましたよ」

 

 振り返れずに凍り付いていると、少年は、こちらの正面に回り込んできた。

 ――まさしく、人形のような、造りものじみた容姿だった。

 彼は愛想笑いを浮かべ、こちらを見ている。口元は微笑んでいるが、目の色は冷ややかなままだ。

 その手にあったのは、単なる小さなヘアピン。前髪を留めるために使っているもの。こんな、どうでもいいものを、このタイミングで落とすなんて。

 無意識に、視界を長い前髪で隠そうとして、自分で外した? いや、いや、それこそどうでもいい。

 

「? そちらのものでは?」

「! ぁ……あ、りがとう、ございます」

 

 声を、なんとかして、絞り出す。

 変な反応をするんじゃない。中学生が、落し物を親切に拾ってもらっただけだ。それ以上の何かはない。常識的なやりとりをすればいいだけだ。

 自分よりいくらか身長の低い少年は、こちらに手を差しだしている。

 すぐに受け取って、みんなのところへ追いつこう。それ以上のことは何もない。何もない――。

 

 受け取る拍子に。

 少年と自分の手が、触れた。

 

「っ―――」

 

 その瞬間、だった。

 びり、と。

 肌が、脊髄が、五感が、脳が、心臓が――、電撃のような何かで痺れた。

 

「え? あっ。あっ、あ……」

 

 頭の中と胸の中が何かにつかまれて、かきまわされ、これまで感じたことのないものを覚え込まされる。

 顔面が、身体中が熱くなって、足が震える。心拍数が運動時のそれくらいに、急激にギアを上げている。

 目の前の少年に対して、もっと見ていたい、もっと声を聴きたい、もっと匂いを感じたい、もっと肌に触れたい……そういうものが、こんこんと自分の裏側から湧いてくる。

 心の中で誰かが言った。

 わたしは、彼に■をした、と。

 

「あ。あ、あの……」

「……?」

 

 ――そんなはずがない! 不自然だ。こんなことはありえない。まるで自分が自分じゃないようだ。勝手にしゃべっている。

 少年と触れていない方の手を強く握りしめ、さっきまでのオレをかき集める。

 なんだこれは? 自分がふたりいるような、気持ちの悪い感覚。おかしい、おかしい、おかしい。

 どうすればいい? 決まっている、彼を……

 いや! 何をしている!? 早くここから離れるんだ。目をつけられるようなことをしない。そのはずだっただろ。

 

「ありがとうございました」

「……いえ」

 

 そのまま、少年は、向こうへ歩いていった。

 さっきまで凍ったように動けなかった身体が、今度は、熱に浮かされるようにして、背後を振り返る。

 雑踏に消えていく少年の背を、オレの身体は長いこと見つめていた。

 

「………」

「――? お、おいアンタ、どうした、体調不良か?」

 

 足に力が入らなくなって、地面にへたり込む。誰かが呼びかけてくれたけど、それが、長谷川さんが心配してくれたのだということには、少し時間がかかった。

 ……一体、何が起きている。

 いてはいけない人間がいて……、

 あるはずのない変調が、自分にあった。

 

 この物語は。このオレは。

 毒のような何かに、侵されている。

 

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