恋心は火属性   作:もぬ

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9話 修学旅行④

 旅館に帰ってきてから、もうどれくらい経ったのだろう。自分はもうずっとロビーの休憩所に座っている。

 気がつけば日も沈む時間帯になっているようだが、5班のメンバーの姿はまだ見えない。やはりもう関西呪術協会に辿り着いているのだろう。

 

「っ!」

 

 上着のポケットの中で携帯電話が震えている。元の自分が生きていた時代から見れば、いささか古いタイプ……いわゆるガラケーだ。実家から離れて寮暮らしをしている麻帆良の生徒は所有率が高く、オレも今世の両親に持たされていた。

 電話の主は……ネギ・スプリングフィールド。現代電子機器を使いこなすなど魔法使いらしくないが、ふつうにこっちの方が便利なんだろう。

 ……このタイミングで、ネギからの連絡。意識してしまうと、ある恐ろしい想像が頭をよぎり、バイブレーションが心臓に響くような錯覚を覚える。

 緊張を落ち着け、電話に出た。

 

「……もしもし」

『あ! なごみさん、ネギです! もう旅館に戻られましたか?』

 

 切迫している様子ではなく、いつもの無邪気な声だ。()()緊急事態に瀕したわけではないらしく、いくらか安心する。

 連絡を進めていく。やはり向こうは関西呪術協会の本山、近衛さんの実家にいるらしい。5班のメンバーと朝倉、ネギ先生、オコジョはそちらで一晩過ごすそうだ。

 

『……というわけで、身代わりの式神を送るそーなので。偽物だとバレないように、それとなくフォローして頂けないかと……』

「うん、うん。わかりました……」

 

 どうせ3-Aのみんなはそんなことに気付きはしない。頼み事はついでで、状況の共有のため連絡をくれたのだろう。子どもらしくまだまだ未熟なところもあれば、こうしてちゃんとしている部分もあるわけだ。

 

『……あの、なごみさん? そちらは何か、変わったことはありましたか?』

「―――」

 

 あった。

 自分にとっては、世界がひっくり返りそうなくらいの出来事だ。

 いるはずのない恐ろしい怪物が、この京都にいる。そして……

 

「……いいえ? 映画村での騒動以外では、まっとうに修学旅行を楽しみましたよ」

『そうですか! それなら良かったです』

 

 そうして、嘘をついた後。事務的なやりとりをして、通話を終えた。

 

 再びロビーのソファに腰を沈め……、明るい室内や他の生徒の声といった情報を頭から追い出して、ただ床を見つめる。

 自分が知っている余分な情報は、この世界の人たちには明かさない。だからネギ先生にも嘘を言った。先が見えなくなることが怖いのだから、このスタンスを変えるつもりはない……。

 だが、そんなことをしている場合だろうか?

 だって、アーウェルンクスがもう一体、この京都にいるんだ。

 このままオレがここに座っていたら、何が起きる? もしも、あいつがフェイトに加勢したなら。

 今のネギでは敵わない。企みを阻止できなくなる。最悪、彼も5班のみんなも、石化魔法が解けなかったり、重傷に見舞われたり、近衛さんは呪術士の女にさらわれて大変な惨事が起きたり……。

 どうしてこんなことになった? どうして、いるはずのないやつが……。

 やっぱり、自分のせいなのだろうか。それ以外に考えられない。

 昼間に間近で見た、少年の顔を思い返す。

 毛髪や肌の色、冷たい瞳は、雪の妖精か何かのようだった。年齢はネギ先生と同じか少し上くらい、12か13くらいの印象だった。

 声は思いのほか低く、自分の耳に染み込んでくるように響いた。触れた手のひらの温度は、人形だとは思えないほど熱く感じて……

 

「……!?」

 

 まただ。

 汗が出ている。熱が出たときみたいに身体があつい。

 動悸と心拍数の上昇。この症状はあいつの手に触れたときから始まった。これでは、まるで、まるで。

 ……一目惚れ、のようではないか。

 そんなこと、絶対にありえない。この現実が受け入れられない。オレはまだ、男として生きた時間の方が長いし、自我も性自認も男性のつもりでいた。そして恋愛対象は男ではない。加えて少年趣味でもない。

 今の自分ときたらどうだ。恐ろしい目に遭って、脳みそがおかしくなったのか? 美少年のことを考えて興奮するなんて、まるきり変態だ……。

 あいつは敵なんだぞ。物語の中心ですらない、ただのやられ役だ。水のアーウェルンクスと同じ。

 

 ……もしかして。

 はっきりと覚えてはいないけれど。“神様”に、水のアーウェルンクスと恋愛がしたい、なんて適当なことを言ったから?

 こんな不自然な一目惚れ、神様の呪いだとしか思えない。

 そうだ、絶対にそうだ。これは間違ったものだ。受け入れてはいけないもの。

 どうにかして、この呪いから逃げるんだ。

 どうにかして……

 

「……おい。……おい! アンタ、今日はおかしいぞ」

「! あ、長谷川さんか……」

「悪かったな、仲良しの友達じゃなくて」

 

 顔を上げると、浴衣姿の長谷川さんが見下ろしていた。

 

「おかしいって、どこが?」

「顔色が青くなったり、赤くなったり、いったりきたり。病院に行った方がいいんじゃないか? ……ほら、やる」

 

 彼女が差し出してきたのは、冷たい缶ジュースだ。

 ありがとう、と受け取る。嬉しさと情けなさが胸の中にわいた。大人びた子だとはいえ、中学生に心配されるとは。前世の年齢と今のを足したらもう高畑先生くらいあるってのに。

 ……まあ、人間、何年生きていても精神的には子どものままだったりするやつもいる。自分はその典型だ。もしかしたら長谷川さんよりもガキなんだろうな。ああ恥ずかしい。

 受け取った缶を開けようとして、手を止め、自分の額に当てる。

 冷たくてびくっとしたけれど、変な熱からは逃げられそうだった。

 

「しんどかったら誰かに言えよ、修学旅行なんかでぶっ倒れられたら迷惑だ」

 

 冷たいのか温かいのかわからない言葉をかけ、長谷川千雨さんは去っていった。とくに仲良くお話してくれるというわけでもないらしい。

 けれど、それくらいの関係も、なかなか心地いいものだと思った。

 

「………」

 

 これから数時間のうちに、ネギ先生とフェイトとの初遭遇が起こるはず。

 そこに、あのもうひとりが介入してくるかどうかはわからない。

 ただ傍観をしているかもしれないし、もしかするともう京都を去った可能性もある。

 しかし、当然。積極的に手を出してくる可能性もある。そのとき、ネギと5班のみんなに打つ手はない。

 

 熱は冷めた。

 代わりに、缶を持っていた右手が冷たくなって、震えてくる。それを左手で押さえ付けた。

 第2の人生、美少女になってバラ色だ、楽しいことしかない――なんてことはやっぱりなくて、漫画世界の人間の人生にだって、山と谷があるらしい。

 たまには、少しでいいから、覚悟を決めなければ。

 ……いないものの相手は、いないものがしよう。

 

 しばらく、今後の身の振り方を考えていると、突然横の方のソファから、すさまじく哀愁に満ちた音楽が聞こえてきた。

 誰だ、着信音にゴッドファーザーの愛のテーマ設定してるやつ。人がシリアスにふけってたのに。

 

「長瀬でござる」

 

 もう少し忍ばんかい。

 

「バカリーダー? ……どうした夕映殿。落ち着くでござるよ、落ち着いて……」

「!」

 

 夕映さん。5班のメンバーで、ネギ先生に伴って近衛さんの実家にいるはずだ。

 その彼女から、長瀬さんに電話。長瀬さんの返す言葉から、電話口の向こうは必死な様子であることが予測できる。

 つまり……

 

「助けが必要でござるかな? リーダー」

 

 戦いが、始まっている。

 

 

 

 こんな深夜に女子中学生4人で電車に乗るなんてのは、いかにも非日常だ。しかしうち2人がどうみても成人のルックスなので、別に誰かに止められたりはしなかった。

 夕映さんたちのいる関西呪術協会の本部へと助力へ向かうのは、長瀬楓さん、龍宮真名さん、古菲さん、それにオレを加えた4人。多少のトラブルなら、このメンバーで駆けつければなんとかなるだろう。

 だが、やはり不安だ。最悪の結果が用意されていないことを祈るしかない。

 

「ウハー! 修学旅行中の非行、興奮するアル!」

「……楓。この労働の対価は誰に請求すればいい?」

「んー。夕映殿からの依頼でござるが、いたいけな女子中学生に真名の依頼料をふっかけるのは……」

「私とてクラスメイト相手なら割引もするが?」

 

 怖い会話をしているな。

 夕映さんが助けを求めているのは、ネギ先生の騒動に巻き込まれたから。旅行中ネギ先生が戦うようなことになっているのは、学園長からの依頼に絡んだから。襲撃される理由も、学園長の孫である近衛さんの身柄を狙ってのこと。ということは、

 

「学園長に請求してください、龍宮さん」

「……ふむ?」

 

 クールな色の瞳が、こちらに向いた。

 

「なるほど、お前も彼らの関係者か。……よろしい、ではこの請求書を近衛学園長に渡しておいてくれ」

「は、はあ」

 

 飾り気のない封筒を寄越される。

 中の紙切れに、どんな値段が書いてあるのか怖くて確かめられんな。

 

「ところで、あの……皆さん、ちょっといいですか」

 

 3人の視線が集まる。

 ……いいのか、この、自分だけしか知らないことを言ってしまって。口にすればこれまでのスタンスを崩すことになる。

 いや、今さら情報を出し惜しみするべきじゃない。みんなに危害が及ばないようにするためには、各々に気を付けてもらうしかない。

 

「夕映さん達がトラブってる相手の中に……わたしの知っている、ある少年がいるかもしれません。白髪の西洋人で、12歳くらい。炎を……出したりする手品を、使うやつで、その、物凄く強いかもしれない。だから……」

 

 言い淀みながら、言葉を並べ立てていく。

 けれど、最終的に言っておきたいことはひとつだ。

 拳を保護するための皮手袋をしながら、みんなに言う。

 

「もし現れたら、そいつとは()()がやります。手出しをしないように」

 

 具合を確かめるように、拳をぎゅっと握った。

 自分よりよっぽど強い子たちにこんなことを言うなんて、滑稽だ。

 けれど、そうでなければならない。いるはずのないアーウェルンクスの相手は、同じく異物である自分がしなければ……。

 

「おお? なんかよくわからんアルが、あれか? 因縁のライバル的な?」

「えっ? あ、まあ、そんな感じかな……」

「事情は分からんが、覚えとくヨー!」

 

 この深夜徘徊にテンションが上がっているのか、古菲さんがバンバンと背中を叩いてくる。細かい事を気にしないのはさすがバカレンジャー・イエローといったところ。

 ただ長瀬さんと龍宮さんの視線は、何か言いたそうではある。そりゃそうだ。

 だが、そちらのふたりも普段は素性を隠している。こちらに何か隠し事があっても、深く踏み込んでは来ないようだ。二人は事情を細かく問うことなく、小さく首肯してくれた。

 列車に揺られながら、身体に魔力を流して、すぐに動けるように熱を上げていく。

 戦場はもうすぐ近くだ。

 あの恐ろしい魔法使いが現れたとき、自分はちゃんと動けるだろうか――。

 

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