野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
鳴瀬くんのお宅訪問パートです。前後編に分けます。



【用語解説】
『MONGOL800』
モンゴルはウランバートルに拠点を置く総勢800名のメンバーで構成される超大型バンド。
メンバーの大半が遊牧民のため、全員が一ヶ所に集まることはほぼ無く、大概はその土地に居合わせた48名前後のメンバーが集まって各地でゲリラライブを行うスタイルを取る。
モンゴル相撲で磨かれたその勇壮な集団ダンスパフォーマンスから、大物プロデューサー秋元康氏がAKB48の構想に至ったことは業界では有名な話である。
メンバーの内530人が馬頭琴のパートを担当し、その重奏によるハーモニーがリスナーにモンゴルの雄大な自然を駆け抜ける一陣の風を思い起こさせるトラディショナルな演出が魅力である。


……というのは真っ赤な嘘で、沖縄出身の3人組によるスリーピースバンドである。バンド名に特に意味はないらしい。愛称は《モンパチ》。
代表曲《小さな恋の歌》は非常にシンプルなコード進行でありながら、それゆえにストレートに胸に刺さり、その魅力的な歌詞は人々の心を掴んで放さず、収録アルバムの《message》はインディーズでありながら230万枚を売るという快挙を成し遂げた。
《小さな恋の歌》はギター、ベース、ドラムの基本三点セットがいればOKな上に、全パートの譜面が簡単なため、コピーバンドはまずこの曲からスタートするというぐらいバンドマンにとって馴染みの曲。
《小さな恋の歌》だけ知っているという人も多いが、他にも《あなたに》や《琉球哀歌》など数々の名曲を生んでいる。

『THE BLUE HEARTS』
日本の第二次バンドブームを牽引した伝説的パンクバンド。愛称は《ブルハ》。ボーカル、ギター、ブルースハープ担当の甲本ヒロトを筆頭にテクニシャン揃いのメンバーで構成される。
《人にやさしく》の「気が狂いそう」や《リンダリンダ》の「ドブネズミみたいに美しくなりたい」など、出だしから人を引き込む衝撃的なリリックの数々は若者たちの心を掴んで離さなかった。
 《モンパチ》と同じく特にバンド名に意味は無いらしい。バンドの方向性が見えなければどんな名前でもよかったとも述べている。

 主人公の鳴瀬君のバンド《バックドロップ》は、パンク・ロックの流れを汲むグランジバンドなので、対バンなどのセットリストに《ブルハ》をよく使っていたという設定。


野良ベーシストはささやかな平穏を守りたい(前編)

 俺の愛しい棲み家、《アーバンコーポ竹ノ森》は築10年、8階建て、総戸数32の賃貸マンションである。

 間取りは全室2LDKで、家賃は共益費込みで12万3000円。間取りと額面を見ればここは一人暮らしの大学生向けではなく、世帯収入のある核家族向けの物件だと誰もが思うだろう。

 

 しかし、このマンション、実は入っているのはほとんどが俺と同じ単身の学生ばかりなのだ。

 その理由は、ここは楽器演奏可能なマンションであり、徒歩10分圏内に某有名音大のキャンパスが存在するからだ。親が潤沢な資金を持つ音楽家の卵たちはこの好立地のマンションにこぞって集い、日夜自身のスキルを伸ばしているのである。

 

 そんなマンションに俺が住んでいる理由は、受験の時に特待生で大学に入り込めたら、住む場所は自由にさせてくれと親に頼んでいたからである。

 約束通り特待生として大学に入学を決めた俺は、給付と無利子の奨学金を得て、それを元手にバンド漬けの毎日を送るための拠点を手にいれた訳である。

 

 そんな我が家には、未だに《バックドロップ》のタクとシュン以外の人間を入れたことはない。その二人も、ライブが近いときにスタジオが確保できなかった時にしか家には上げなかった。

 

 音楽というものは不思議なもので、メンバーとの意見のぶつけ合いの中で名曲が生まれることもあれば、一人で黙々と思索に耽っていると天啓のように曲が生まれることもある。

 

 だから俺にとってこの場所は、一人で静かに音楽と向き合い、新しい曲を生み出すための空間なのだ。

 

 ……なのだが。

 

「もうすぐ鳴瀬の家に着くわね! 場所は分かってたけどわたしも行くのは初めてだからワクワクするわね!」

「ふっ、Mr.鳴瀬の家でどんな儚い体験ができるのか今から楽しみでならないよ」

「あっ、そうだ! DVD借りたらみんなで一緒に見よーね!」

「お、男の人の家に、お、お邪魔するなんて……ふぇぇ……」

「花音先輩、男といっても鳴瀬さんの家なんですから落ち着いてくださいよ~」

「…………」

 

 …………不安しかねぇ。

 

 俺のための音楽の楽園は、現在《ハロー、ハッピーワールド!》(&黒服たち)という侵略者(インベーダー)から絶賛攻撃中だ。

 一人暮らしの我が家に女の子を招くというある意味人生の一大イベントも、やって来るのがこのメンバーとなると1㎜も心がときめかない。

 松原さんか奥沢さんのどちらかと二人きりというシチュエーションなら、もしかしたら少しはときめきを感じたりするのかもしれないが、残りのお花畑三人衆のせいで現状差し引きゼロどころかマイナスである。

 

 あー……、やっぱり無理にでも断っとけば……それも今さらな話だなぁ……はぁ。

 

 メンバーに悟られぬよう心の中でアホみたいにデカイため息を一つ吐いたとき、ついに俺の家が視界に入った。ここまで来たらもはや手遅れである。

 

「あっ、あのマンションね! 黒服の人にもらった写真で見たから間違いないわ!」

「おう、そうだよ。あと、その写真は家に帰ったらすぐに焼却処分な? 他にもあるなら全部燃やせよ?」

 

 恐ろしい発言をさらりと行うペグ子を嗜めつつ。マンションの前に立つ。他のメンバーもマンションの前に到着したのを確認した俺は、くるりとメンバーの方に向き直った。

 

「よし、というわけで俺の家に着いたわけだが、家に上げる前にこれだけは言っておく」

 

 俺は語気を強めて、特にきょとんとしているお花畑三人衆に向かって話しかける。

 

「俺の家では勝手に動くな、ものを触るな、キョロキョロするな。何かするときは必ず俺の許可を取れ、OK?」

「なんだ、そんなこと言わなくてもわかっているわ!」

「ふっ、Mr.鳴瀬は存外心配性だね。私だってそれくらいの分別はあるさ」

「はぐみも勝手に動かないよ!」

 

 三人衆が口を揃えて自信満々に頷く。常識人二人はそれを見てなんとも言えない微妙な表情をその顔に浮かべていた。

 

 …………不安しかねぇ。

 

「……俺は確かに言ったからな? 不穏な動きを見せたらその瞬間、お前たちは家から放り出されていると思えよ?」

「はーい!」(×3)

 

 ……うわぁ、全然分かってなさそうな声。

 

 早く家に上がりたくてウズウズといった声色の三人衆に頭を抱えながら、俺はエントランスに向かって足を進めるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「うわー、エレベーター広いね!」

「部屋にでかい楽器を搬入する奴もいるからな。業務用エレベーターなんだよ、ここ」

「ふぇぇ、やっぱり音大生向けの物件は凄いんですね」

「物件もだけど住んでる奴も大概ヤバイぜ。この前なんか天井に擦りそうなでかいハープを運び込んでる奴もいたしな」

「うひゃー、すごい世界だ……」

 

 口々に喋る《ハロハピ》メンバーに返事をしながらエレベーターで目的の階まで上がる。俺の部屋は最上階の8階だ。

 

 こういった建物はセキュリティや騒音の関係から高層階が人気なことが多いのだが、《アーバンコーポ竹ノ森》は全室防音完備な上に、楽器などの搬入の手間から下層ほど人気があるという逆転現象が起こっている。

 ちなみに、最上階と一階では家賃は1.5倍も違うのだから驚きだ。

 

 俺の部屋は8階廊下突き当たりの804号室だ。部屋の前で立ち止まった俺は再びメンバーの方へと振り返る。

 

「よーし、それじゃあ今から軽く部屋を片付けるから、お前らは少しここで待ってろ」

「あら、みんなで協力して片付けた方が早いわよ。わたしも手伝うわ!」

「阿呆、お前らに好き勝手されたくないから言ってるんだよ。少しは発言の意図を察せ」

 

 スーパー空気読まない発言をかますペグ子をしっしっと邪険に手で払いつつ、俺は鍵を開けて我が家へと入る。

 玄関脇のスイッチに手をかけると見慣れた我が家が明かりに照らされた。

 

「とりあえず、確実にあいつらが通る廊下、リビング、楽器部屋の確認……いや、最悪も想定して一応全部確認だな」

 

 付け入る隙を一切与えたくないので家中を念入りに確認したいところだが、そこまであいつらが大人しく外で待ってるとは思えない。そんな確信めいた予感が俺にはあった。

 

 幸いにもアンプなどの一部の機材がほこりに弱いため、俺は普段から部屋の掃除は欠かしていない。なので、机の上に乗せたままの本や雑誌類、そしてピックなどの演奏用の小物を片付けたら大体人に見せられる部屋になった。

 

 正直、不安は全く拭いされていないのだが、恐らくこの不安は完璧に拭いされないタイプのものだ。ここで無駄な労力を割くよりは、侵入してくるやつらの対応に力を残すのがいくらかましというものである。

 

「あー、マジで入れたくないけどもう呼ぶか……それしかないよな、うん。頑張れ、俺」

 

 現実は中々受け入れがたいが、それでもなんとか己を鼓舞して玄関に向かう。

 

「おーい、片付け終わったから入っていいぞー」

「わーい!」(×3)

「お、おじゃましみゃしゅ!」

「それじゃ、私もお邪魔させてもらいますね」

「失礼します、鳴瀬様」

 

 ドアを開けた瞬間、歓声を上げて駆け込んできた三人衆以外は、皆それぞれに挨拶をしてから俺の家に入る。家に入ったのは3人の黒服も含めて全員が女性というハーレム状態なのだが、こんなに嬉しくないハーレムが今だかつてあっただろうか。いや、ない(反語)。

 

「あら! 中は思ったより広いのね!」

「ほんとですね。廊下も広かったけど、このダイニングなんて16畳ぐらいありませんか?」

 

 中に入って思わぬ部屋の広さに驚くペグ子と奥沢さんに首肯する。

 

「そーだよ、これぐらい広くないと楽器が満足に搬入できないんだよ」

「あー、そういえばここってハープとかピアノなんか持ち込む人もいるんでしたね」

 

 奥沢さんは納得といった表情で首を縦に振った。

 

 ピアノやハープなどの空間を取る楽器は、ただ入れることができるだけでは理想の場所まで運べない。角度の調整などで転回させるための広いスペースが必要なのだ。ここではそれがすべての部屋に繋がるダイニングの役目になっている。

 

「とりあえず、ずっとダイニングにいるのもあれだから、楽器部屋に入るぞ。黒服の皆さんはここのソファに座って待っててもらえますか?」

「承知しました。お気遣いありがとうございます、鳴瀬様」

 

 俺の言葉で黒服達がベッドにもなるソファに腰を下ろす。等間隔にきっちり腰を下ろした三人はさながら団子三姉妹といった風情だ。口には出さないが。

 

 楽器部屋は機材を置いていることもあり、一度に全員が入るのは無理だ。《ハロハピ》のメンバーも二回に分けて入れないといけないだろう。

 そして、頭脳明晰(当社比120%)な俺は、瞬時にその組み合わせを頭の中に思い描いていた。

 

 ……最初はペグ子、薫、奥沢さん。次に北沢さんと松原さん、これだ。これ以外の組み合わせはあり得ん。

 

 俺の導き出したこの結論には、確たる理由がある。

 

 まず、メンバーの割り振りだが、お花畑三人衆と常識人二人を分ける案は速攻で消えた。常識人の二人に構っている間に、間違いなくお花畑が好き勝手に行動を始めるからだ。

 常識人の二人はお花畑に打ち込むための楔になってもらわなければならない。

 

 すると、今度は誰と誰を組み合わせることになるかという話だが、松原さんはその性格からあまりぐいぐい他人をコントロールできるタイプではない。

 逆に奥沢さんはわりと思ったことをズバッと言えるタイプだ。

 

 そう考えると松原さんと組ませるのはお花畑の中では、常識をわきまえている北沢さんしかあり得ない。ペグ子と薫は一人でも彼女の手に余る。

 

 そして、奥沢さんには負担が増えるがペグ子と薫を任せる。あの二人の手綱を握れるのは俺か彼女以外にあり得ない。

 

 そして、負担が増える分、奥沢さんのグループは前半に回す。先に何かしらのアイテムをペグ子と薫に渡しておけば、待っている間に手持ち無沙汰になってうろうろし始める可能性を減らせるからだ。

 対して、北沢さんと松原さんのグループは、最初に少し待っていてもらっても勝手に動き回るリスクはペグ子たちよりは間違いなく低い。活発な北沢さんは若干怪しいが、それでも俺の言葉を破るほどではないだろう。

 

 ……完璧だ。

 

 我ながら最大限のリスクヘッジができたと思う。

 

 正直、細かく見れば穴だらけの戦略なのだが、穴が空いているのは先刻承知だ。

 浸水した船は、たとえ手元に穴開きバケツしかなかろうとも、水を汲み出さなければいずれ沈む。今は《ハロハピ》メンバーがこの家から帰るという着岸を決めるまで、船が沈没しなければそれでいい。

 

 俺が《ハロハピ》を無事に帰すのが先か。

 

 《ハロハピ》が無秩序に暴れ始めるのが先か。

 

 どっちに転んでも俺が得する要素が一切ない、地獄のチキンレースが今ここに幕を開けたのだった。

 




時間の都合で前後編に分けます。


後編の次はライブ前の下準備編、その次にライブ本編入れる予定です。

その後病院のあの子パートを3話ぐらい入れて、エンディングになります。


【協力以来】
エンディングについて少しアンケート取りたいので良ければご協力ください。これによって大分最後の展開が変わるのでよろしくお願いいたします。

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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