野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
初ライブ編最終章となります。

お気に入り登録100件あざまっす!!
3桁に乗るなんて夢みたい……ウフフ……アハハ。
これからも頑張って書くのでよろしくオナシャス、オナシャス!


アンケートが拮抗している!? なんなのだこれは!? どうすればいいのだ!?(困惑)

とりあえず、初ライブの次の話を書き終わるまでアンケートを残しますので、その時点で票数が多い方にします。とりあえず、サイドストーリーを書くことは決定の方向で行きます。

そして、前話でしれっと文字数が100,006字になりました。今まで書いた作品で最も続いたのが15万字ぐらいなので、いつの間にかそれに迫る分量になっていたことに驚きます。これからもどしどし書く(願望)ので応援よろしくお願いします!


※以下は作中に登場するオリジナルバンド《ハニースイート デスメタル(HS DM)》の設定なので読まなくても一切問題ありません。ある程度の設定はストーリーでも語ります。



【オリジナルバンド設定】
《ハニースイート デスメタル(HS DM)》

 羽丘女子学園OGの女子大生5人組で組まれたガールズバンド。ファンからの愛称は《ハーデス》。楽器編成はギター&ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードのオーソドックスなスタイル。

 元々は《ハニースイート》というガールズバンドで、ポップでキュートなラブソングを中心に歌っており、その頃は全くの無名バンドだった。

 しかし、ある時期にメンバー全員に彼氏にフラれる、浮気される、告白して玉砕するなどの男絡みの不幸が重なった結果、世の中の男どもを呪詛(うた)で呪い殺す狂気のデスメタルバンドと化して生まれ変わった。
 そして皮肉にも、その以前とのギャップ萌えによって彼女たちは大ブレイクを果たすことになった。本人たち曰く正確なジャンルは『彼氏絶対デスメタル系バンド』らしい。

 バンドの特徴としては、曲のAメロの途中までは《ハニースイート》時代を踏襲したポップで甘いラブソングなのだが、そこから彼氏の浮気の証拠が見つかるなどして不穏な空気が流れ始め、サビで転調、Bメロから絶叫シャウトと共に最終的に彼氏を◯すデスメタルが始まるストーリー仕立ての構成になっている。

 特にライブでは彼氏に見立てたマネキンを演奏中に歌詞に合わせて破壊(さつがい)するパフォーマンスが大人気であり、今まで(ころ)したマネキンの数は100体を超える。
 中でも野外ライブに急に照明が落ち、事故かと思った観客がざわめき始めた瞬間、ボーカルが口に含んだアルコールに火を着けて火炎を吐き出し、6体並んだマネキンを全て松明に変えてから演奏を続けたパフォーマンスは伝説となり、バンドのメジャーデビューを決定付けるきっかけとなった。

 曲名は「メルティーキッス」など、声に出して読むと可愛らしいのだが、文字には漢字が当てられており、上記の「メルティーキッス」は文字だと「滅入る(ティー)(きっ)す」と表記される。
 ちなみにこの曲は、彼氏の浮気に気付いた少女が、二人のデートスポットだった喫茶店で、お気に入りのホットコーヒーを彼氏の頭からぶっかけて、床でのたうち回る彼氏にローキックで止めを刺してから夜の町へと駆け出していくストーリーになっている。

 彼女たち曰く「私たち全員に彼氏ができたら、元の《ハニースイート》に戻る」とのことだが、日増しに過激になっていくそのパフォーマンスのせいで男たちはますます遠退き、彼女たちの春はまだ遠そうである。


【元ネタ】
バンドイメージは《マキシマム・ザ・ホルモン》のテンションで歌う《baby metal》。火を放つパフォーマンスは伝説のミュージシャン、ジミ・ヘンドリックスがライブ中にギターに火を放ったパフォーマンスから。


野良ベーシストは仲間を信じる(前編)

 《ハロー、ハッピーワールド!》の初ライブの演奏順が発表された次の日、俺たちはペグ子の家に集まっていた。

 

 ライブも近づいた大切なこの時期に、俺が練習を止めてまでわざわざこうしたのは、《ハロハピ》のメンバーにとって最大のハードルとなるであろうバンド《ハニースイート デスメタル(HS DM)》について理解してもらうためだった。

 

 《HS DM》がライブに参加すると知ってから、ペグ子を除く《ハロハピ》のメンバーは萎縮しているのか動きに精彩を欠いている。確かに、メジャーデビューが内定している大物バンドとの対バン、しかも演奏順はそのバンドの直後なのだ。全く動揺を見せないペグ子の方が異端児だといえる。

 

 しかし、彼女たちの恐怖は《HS DM》というバンドを理解することで軽減できると俺は踏んでいた。

 

 恐怖というものは、世の中のあらゆるものに対する「無知」が引き起こす。

 

 人間、誰しも自分の理解できないものは恐ろしい。自分の知らない部分を空想で補う結果、空想は際限なく膨らんで、それと共に恐怖も際限なく肥大化していく。

 日本の昔の人たちが未知の自然現象を、「妖怪」と名付けて恐れたのもその辺りのことが起因している。姿無きものへの空想が、それらに架空の実体を与えたのだ。

 

 彼女たちにとっての《HS DM》でもそれと同じことが起きている。断片的に得た《HS DM》の情報から足りない部分を空想で付け足した結果、彼女たちの中で《HS DM》はとんでもない怪物(フリーク)に仕上がっている。

 

 故に《ハロハピ》には今日ここで《HS DM》を理解してもらう。際限なく膨らむ妄想の怪物を、自分たちが倒せるスケールにまで落とし込むのだ。

 先に述べた日本の妖怪というものも、恐怖に姿を与えることによって「これはこういうものなのだ」と自身を納得させて恐怖を減じる手段なのかもしれない。

 

 ペグ子の家のソケットにノートパソコンのコンセントを差し込む。なんとなくペグ子の家のソケットは欧米式のようなイメージがあったが、特にそんなことはなく普通の日本式だった。

 

 とにかく無事に電源を繋いだ俺は、「パンパン」と手を打って全員の注目を集める。

 

「おっし、それじゃあ準備もできたし始めるぞ。みんなに今日ここに集まってもらったのは他でもない、俺たちの直前に演奏するバンド《ハニースイート デスメタル》への理解を深めてもらうためだ」

「《ハニースイート デスメタル》……」(×5)

 

 《ハロー、ハッピーワールド!》の五人がそう呟いて、誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。それほどまでに室内の空気は静まり返っていた。

 

「……なんか前から思ってたんですけど、バンド名の前半と後半のテンションが違いすぎません?」

 

 沈黙を破って声を発したのは意外にも奥沢さんだった。

 

「ああ、このバンドは元々は《ハニースイート》っていう、ポップでキュートなガールズバンドだったんだが、ある日急にバンドの方向性をデスメタルに変えて大ブレイクしたんだよ」

「急過ぎませんか!? どうやったらキュートでポップがデスメタルになるんですか!?」

「んー、なんでもメンバーが彼氏にフラれたり逃げられたり浮気されたりと男関係の不運が重なった結果、世のふざけた男どもを歌で呪い殺す狂気のデスメタルバンドになった……らしい」

「えぇ……怖すぎでしょ、それ」

「ふぇぇぇ……(涙目)」

 

 《HS DM》についての情報が明かされると、奥沢さんはドン引きして、気弱な松原さんに至っては既に涙目状態である。

 

「あ、ちなみに《HS DM》はメンバー全員が羽丘女子学園のOGなんだぞ。薫にとっては大先輩だな」

「そうなのかい!? ……ふ、ふふ、どうやらあまりお近づきにはなりたくないタイプの先輩のようだがね」

 

 薫はいつもと変わらないキザなポーズをとって見せるが動きや表情が明らかにぎこちない。

 

 うわ、薫が怯んでるよ。こいつでも怯むことがあるんだなー。

 

 薫が見せた意外な一面に少しだけ驚きながら、俺は持ってきていたノートパソコンを開く。

 

「とりあえず、どんなバンドなのかは動画を見てもらった方が早いな。一番有名な《summer rising fes 2019》のライブパフォーマンスの動画でも見るか」

 

 そう言ってWebサイトを立ち上げようとすると、北沢さんがぴょんぴょん跳び跳ねて俺の言葉に反応する。

 

「あっ! はぐみそれ知ってるよ! お兄ちゃんが行ってて『半端なかった……夏フェス捨ててこっち選んで良かった』って言ってたよ!」

「まじか、俺も行きたかったんだけど自分たちのライブと被ったんだよなー、羨ましい。……よし、この動画がいいな」

 

 《summer rising fes》はメジャーレーベルからデビューしていないセミプロバンド限定の夏フェスみたいなもので、俺も自分たちのライバルになりそうなバンドには興味があったのだ。

 そんなこんなで北沢さんと喋りながら目当ての動画を見つけた俺は再生ボタンをクリックする。

 

 音声が流れ始めると《ハロハピ》のメンバーはみんな身を乗り出して画面に区切ってになった。

 

「えーっと、タイトルは『滅入(めい)茶喫(ちゃきっ)す fes 2019』ですかね?」

「あー、それ「メルティーキッス」って読むんだよ。ここのバンド、曲は全部漢字の当て字になってるから」

「『茶』を『ティー』って読ませるの無理がありませんか!? あと、なぜかステージに並んでるリアルな大量のマネキンも怖いんですけど!?」

 

 再び、奥沢さんの鋭いツッコミが飛んだ。

 

 確かに俺も無理があると思う。しかし、この業界では無理が通れば道理が引っ込むのだ。

 

「あっ! 静かに、美咲! そろそろ演奏が始まるわ!」

「うえー……まさか、こころに注意されるなんて……」

 

 ペグ子から静にしろなどとあり得ない注意をされた奥沢さんがガックリと肩を落とすなかで《HS DM》の演奏が始まった。

 

『私と彼との日々は蕩けるような甘い思い出~♪』

 

「あれ? 鳴瀬くん、なんかこの曲全然激しくないよ?」

「う、うん。なんだか普通のラブソングですよね?」

 

 疑問の声を上げた北沢さんに松原さんも同意する。

 

「そうそう、このバンドの面白いところはAメロとBメロが全く違うとこなんだよ。Aメロはキュートなラブソングなんだけど、サビが近づくにつれて不穏な歌詞になってくるからとりあえず聴いててみな」

 

『旅先で買ったお揃いのコップ 口をつけて気付くの 私の知らない口紅の跡♪』

「あっ……」

 

 誰かの口から何かを察したような呟きが漏れる。

 

 

『彼と二人でお気に入りのカフェ いつもの席で問い詰めるの 「あの口紅はなあに?」 彼は一言「ゴメン」と呟いた♪』

 

 ポップでキュートだったメロディラインにうねるような旋律が混ざる。ドラムのビートが激しくなり、サビに突入。

 

 そして、Bメロに突入した瞬間、歌の世界が変わった。

 

『ヴォォォォイイィィィ!!!』

「ひぃ!?」

 

 突如としてスピーカーから溢れたデスボイスのシャウトに松原さんが腰を抜かしてへたりこむ。

 

『彼氏!(KILL!) 浮気!!(HELL!) 雌豚!!!(DIE!) ヴォォォォイ!!!』

 

 会場からの凶暴なコールを受けながら、ボーカルがデスボイスで狂気じみた歌を歌う。気が付けばボーカル以外の全員はその顔に般若の面を被ってヘッドバンキングしていた。それでも演奏が全く乱れないところに彼女たちの技量の高さを感じる。

 

『彼氏の好きなウィンナーコーヒー 今日は頭から飲ませてあげるの 「ねぇ、これが好きだったんでしょ? 何でそんなに芋虫のように這いつくばって悶えているの?」』

 

 混迷を極める曲の世界観に薫の顔はますます引きつり、こころは目を丸くして驚いていた。

 

「ふ、ふふっ、ふふふ……こ、これはすごい世界観だね、うん」

「本当ね! ……あら、照明が落ちたわ? トラブルかしら?」

「いや、これは演出だ。ここからがすごいからしっかり見とけよ」

 

 曲の山場、ステージの明かりが全て落ちて演奏が止まる。放送事故かとざわめく客席の前でステージ上に一つの明かりが点る。

 

 それはいつの間にかボーカルが持っていた松明の明かりだった。

 

 松明を片手に、ボーカルはもう一方の手に持った瓶から透明な液体を口に含む。そしてそのまま松明に口を近づけると含んだままの液体を一気に吹き出す。

 

 瞬間、ステージの上を焔が走った。瓶の中身は高濃度のアルコールだったのだ。

 

 「うぉぉぉ!?」という客のどよめきの中、ボーカルがマネキンの前に立つと次々とマネキンに火を吹いていく。マネキンには油が染み込ませてあるらしく、彼女が火を浴びせるとたちまち燃え上がりそれは巨大な松明と化した。

 

 六体あったマネキン全てに火を放つと、ステージは照明なしでも明々と照らされるようになった。

 ボーカルは再び中央の定位置に立つとマイクスタンドを握りしめて絶叫した。

 

『お゛る゛ぁぁあ゛あ゛!! あたしたちは今日ここで世界中全てのクソ男どもに鉄槌を下す! てめえら本気(マジ)でついてごいや゛ぁぁあ゛あ゛!!』

 

 彼女のシャウトでオーディエンスの熱狂は最高潮に達した。雄叫びとコールの渦の中で《HS DM》のメンバーは、演奏を止めたところから最後まで曲を演奏した。

 

 演奏後、ボーカルはマイクを床に叩きつけると再び松明とアルコールを手にして、空に向かって火柱を吹いた。

 

 そして、そのまま一言も喋ることなく、彼女たちが舞台袖へと消えていったところで映像は終了した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……どうだ、これが《HS DM》だ。みんな理解したか?」

「鳴瀬くん! かのちゃん先輩が映像の途中から眠ったままだよ!」

「ええ!? 北沢さん、優しく起こしてあげて!」

 

 どうやらあのライブ映像は心優しき松原さんには刺激が強すぎたらしく、彼女の瞳は虚空を見つめたままで、その意識を完全に手放していた。

 

「かのちゃん先輩、起きて起きて!」

「うわっ!? 駄目ですよはぐみさん、強過ぎますって!」

 

 優しくと言ったのに、北沢さんはすごいパワーで松原さんを左右に揺すり始め、慌てて奥沢さんが止めに入った。

 しかし、それでもしばらくの間、松原さんの頭は首の部分がバネになったこけしのようにぐわんぐわんと左右に揺れていた。

 

「うーん、うーん……ふぇっ!? ここは一体……?」

「あっ、おはようかのちゃん先輩! 先輩、少しの間眠ってたんだよ?」

 

 違うよ北沢さん。あれは眠ってたんじゃなくて気絶してたんだよ。

 

 そう訂正しようと思ったが、松原さんにこれ以上のショックを与えるのもあれかと思った俺はすんでのところで踏みとどまった。

 

「そうだったんだ、ごめんね。なんだか、火を吹く般若に追いかけ回されるような怖い夢を見てうなされちゃったみたい……」

「そうかい、それは嫌な夢だったな。それじゃあ、夢のことは忘れて今度のライブに向けての話をしようか」

「あっ、そ、そうですね!」

 

 明らかに先ほどの映像の断片で構成されている松原さんの悪夢を振り払うために、俺は努めて優しく彼女に声をかけて話を逸らした。

 

 ……松原さんの前ではあの映像は今後一切封印しよう。

 

 俺は静かに心の中でそう誓った。

 

「さて、それじゃあみんな、今のが《HS DM》だ。映像を見てどう思った? 自由に意見を述べてみてくれ」

 

 5人(の意識)が揃ったところで、俺は改めて映像の感想を問う。

 

 自分の心にインプットされたことを言葉でアウトプットするという行為は大切だ。想いを言葉に変換する過程で、ある種の客観視が働いて今の自分の心と冷静に向き合うことができる。

 特に、今回みたいに相手に圧倒されているような場合は、そうして冷静に相手を分析することで活路が見えてくることもある。

 

 俺が静かに言葉を待つと、最初に口を開いたのはまた奥沢さんだった。

 

「いや、あれをどうにかするのって無理じゃないですかね」

 

 奥沢さんは苦笑いして早くも諦めモードである。

 

「ふむ、じゃあ奥沢さんはどうして無理だと思った?」

 

 俺は奥沢さんの言葉に問いを投げ掛ける。

 これはかの有名なギリシャの賢哲ソクラテスが用いた「問答法」である。問いと答えを交互に繰り返すことで、相手からより深い思考を引き出す手法である。

 恐怖に打ち克つためにも、彼女たちにはもっと深い次元で《HS DM》を理解してもらわなければならない。

 

「いや、だって《HS DM》と比べて《ハロハピ》が勝ってるところなんて何もなくないですか?」

「じゃあ、具体的にはどこが負けてると思う?」

「そりゃ、もちろんパフォーマンスですよ。あんな激しいパフォーマンスなんてされたら、他のバンドの全てが霞んじゃいますって……」

 

 そう言って奥沢さんはがっくりと肩を落とす。

 もしかすると、奥沢さんはヤバい条件のライブを取ってきてしまったことに責任を感じているのかもしれない。

 

 実際、《HS DM》の参加が判明してから、数組のバンドが別のバンドと入れ替わっている。恐らく、彼女たちとブッキングすることを恐れたのだろう。

 

 だが、俺からしてみればこの程度の条件なんか屁の河童といったところだ。というか、ライブに参加できるという時点で俺からすれば既に完全勝利に等しい。

 

 だから俺は、何も心配無いという態度で奥沢さんに答える。

 

「おいおい、パフォーマンスでは俺たちも負けてないだろ。向こうが火を吹けるって言うなら、こっちにはピンクのクマがいるんだぞ」

「いやいや! そんなのどう考えても比べ物になりませんよ!」

 

 比べ物にならない。

 

 奥沢さんの口から核心をついたその言葉が出た瞬間、俺は彼女の顔をビシッと指差した。

 

「そう! そこだよ、奥沢さん」

「へっ……?」

 

 何が「そこ」なのか分からずに戸惑う奥沢さんに、俺はその真意を告げる。

 

「奥沢さんの言った『比べ物にならない』ってところ。パフォーマンスは本質的に優劣をつけるものじゃない。だってバンドそれぞれでやることは違うんだからな。わざわざ相手のステージに乗っかって『負けた!』なんて思う必要はないんだ。むしろパフォーマンスを入れていないバンドに対して『勝った!』と思うべきだ」

「な、なるほど……」

 

 奥沢さんは少し腑に落ちたといった表情になった。

 

「俺たちは既にパフォーマンスを入れないバンドよりも優位に立っている。その事実を忘れないことだ」

「は、はい!」

 

 実際のところは、演奏技術一本でパフォーマンスなしでも観客を魅了するバンドなんていくらでもあるのだが、今大切なのは彼女たちに少しでも「自分たちが優れている」という根拠を付けてやるところだ。人より優位に立っているという実感は、安心感と自信に繋がる。

 

 いずれは融ける蝋の翼であろうとも、彼女たちに本当の翼が生えるまでの繋ぎぐらいにはなるだろう。

 

「んじゃ、次。他に意見が言える人~?」

「は、はい!」

「お、んじゃ次は松原さんね」

 

 中々意外な展開というものは続くもので、二番手に手をあげたのは引っ込み思案の松原さんだ。

 

「わ、私は映像を見て《HS DM》と比べたら、私たちは純粋にスキルが低いと感じました……」

 

 なるほど、楽器経験者の松原さんからこの手の意見が出るのは想定内だ。ものの良し悪しを測るには、そのものに対する確かな理解の裏打ちが必要だからだ。

 

「ふむ、例えばどんなところが俺たちは劣っているかな?」

「そ、それは、色々ありますが、一番感じたのは、リズムキープの正確さです。ステージを動き回ったり、お客さんを盛り上げたりしながらあそこまでの精度を維持するのはちょっと無理です」

 

 確かに、ライブではステージ上を縦横無尽に動き回る演出も多い。《HS DM》は、ステージ慣れしていることもあるだろうがその辺りが非常にうまい。ギターがステージを端から端まで駆け抜けたり、ベースが客席に身を乗り出して客を煽ったりと、とにかく客をアゲる術を心得ているのだ。

 

 しかも《HS DM》は、時には自分の演奏を止めてまで、両手で客を煽ることもある。そして、客を煽った後に演奏に再び合流するテクニックが完璧に近い。一度走り出した演奏に途中から入り込むことは余程のテクニックがないと困難だ。

 

 確かに《HS DM》はすごい。すごいのだがーー

 

「ーーねぇ、松原さん。それって俺たちに要るかな?」

「えっ?」

「技術っていうものは必要がなければ進歩しないだろ? 《HS DM》は、何年もバンドを続けて演奏技術がある程度の水準まで行き着いたから、更にそこから必要だと思った分上に行っただけだ。じゃあ、結成して3ヶ月程度しか経ってない《ハロー、ハッピーワールド!》にあのレベルの技術は必要なのかな?」

「た、確かにそう言われると、あれは私たちにはまだ必要ないと思います」

 

 松原さんの返事に俺は頷く。

 

「そうだ、今後は要るようになるかもしれないが今は要らない。あの尖った技術は俺たちにとっては不純物だ。なら、松原さん。今の俺たちに必要なものはなんだ?」

「そ、それは、えーっと、や、やる気、ですかね?」

 

 こちらの様子を探るように松原さんが恐る恐る口にしたその答えに俺は人差し指を突き付ける。

 

「いい答えだ! 今の俺たちに必要なのはすごい技術よりもpassion(じょうねつ)なんだよ。俺たちはルーキーだ。燃え始めた炎だ。その青い衝動は今しか得られない宝だ。それを今使わずにいつ使う?」

「今しか得られないもの……」

 

 言葉を噛みしめるように松原さんが呟く。

 

「それと、俺は松原さんには技術をそこまで求めている訳じゃない」

「えっ?」

「松原さん、《ハロハピ》ができたとき、俺が松原さんに言ったことを覚えてるかな?」

 

 この問いに松原さんは顎に手を当てて考える。

 そして、暫くして記憶の糸を辿れたのか、目を丸く開いて俺を見つめ、言葉を口にした。

 

「あ、えっと、利己的(セルフィッシュ)になれ、ですかね?」

 

 求める答えを聞いた俺は大きく頷いた。

 

「うん、そしてもうひとつ『音楽を諦めないでくれてありがとう』だ」

「あっ……」

 

 松原さんが口元に手を当てる。

 

「松原さんは消えかかっていた音楽への情熱を守って、もう一度ここまで大きく育ててきたんだ。これは中々できることじゃない。そして、今《ハロハピ》が求めているのはその熱だ。次のライブ、松原さんの持ってる熱を全部ぶつけてみな。多分《HS DM》のことなんて頭からぶっ飛ぶぜ」

「は、はい!」

 

 松原さんが力強い返事をしてくれる。

 これでもう彼女は大丈夫だ。

 

「ほいじゃ、次ね。誰がいく?」

 

 俺が松原さんから残るお花畑三人衆へと視線を移すと、真っ先に小さな影がジャンプしながら手を挙げた。

 

「はーい! 次ははぐみだよ!」

 

 次は北沢さんか。残りの三人はあんまり深刻には考えて無さそうだけど、はてさて、どんな言葉が出るかな。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は北沢さんにビシッと手のひらを差し出した。

 

「おっし、それじゃあどうぞ」

「えーっとね、鳴瀬くん、はぐみは《HS DM》のことじゃないんだけどそれでもいい?」

「おう、映像を見て感じたことなら全然何でもいいぞ」

「わーい! じゃあ聞きたいんだけど、鳴瀬くんははぐみの持ち味ってどこだと思う?」

 

 おっ、北沢さんは自分のことについて再確認したいわけか。なるほどね。

 

「んー、演奏面とそれ以外、色々北沢さんの持ち味は言えるけど、北沢さんは何でそれが聞きたいのかな?」

「んー、あのね、はぐみはそんなにベースが上手い訳じゃないから、多分ライブまでにいろんなこと一度にやるのは無理なんだ。ソフトボールの練習もあるからね。だから、はぐみは自分のいいところに絞ってそこを伸ばそうと思ったんだー」

「なるほど、そういうことか」

 

 うーん、スポットを当てての練習を計画しているなんて、北沢さんは思ったよりもクレバーなタイプだな。

 まぁ、ソフトボールとバンドの二足のわらじを維持するのはこういったところの要領がよくないと無理だよな。

 

 天真爛漫な少女というイメージの北沢さんがここまで考えながらバンドに取り組んでいたとは、俺は彼女に対する考えを少し改めないといけないだろう。

 

「それじゃあ、俺からアドバイス。北沢さんの持ち味はなんといってもパワフルなピッキングだ。やっぱりソフトボールで鍛えた指がある分、そこは他のベーシストよりも抜けてる」

「わーい!」

 

 俺が褒めたことで北沢さんが両手を挙げて喜ぶ。この辺りはやっぱり歳相応の幼さが残る部分だ。

 

「だから、今回のライブではとにかく演奏中にそのパワーを絶やさないこと。北沢さんは間違えた時に焦ってリカバリーしようとして、演奏がしどろもどろになるときがあるからね。『間違っててもこれが正解!』ぐらい厚かましく堂々とプレイして欲しいんだ」

「わかったよ! はぐみ、頑張るよ!」

 

 北沢さんが両手をぐっと握り拳にしながら頷く。気合い十分といった感じだ。

 

「後は、演奏面以外なんだけど、やっぱりその笑顔だな」

「えっ?」

「北沢さんは基本的に笑顔でいることが多いからさ、やっぱり演奏中も笑顔が欲しいな。とにかくライブを楽しんで、全力で笑顔を振り撒いてきな」

「わ、わかったよ鳴瀬くん! はぐみ、頑張って笑顔になるよ!」

「いや、これは頑張らなくていいから。いつも通りでいいから」

「よーし、笑顔、笑顔、笑顔……」

 

 ……だめだこりゃ、聞こえてないわ。

 

 北沢さんは自分の世界に入り込んでしまったが、まぁ、最後の様子からしたら大丈夫だろう。

 

「おっしゃー、残るはあと二人! どっちからくるか?」

「どうやら次は私の番のようだね」

「おー、薫が先か。いいぜ、聞かせてもらおうか」

「ふっ、私がMr.鳴瀬に言いたいことはただひとつさ」

「ほう、それは?」

「ライブで子猫ちゃんたちが盛り上がる最高のパフォーマンスを教えてくれないか!」

 

 はい、きた。薫ってこういうところがあるからな。

 

 まぁ、でも薫に関しては他の4人とは立場が違う。彼女は演劇での舞台経験者だ。ステージはむしろ自分のフィールドといえるだろうし、緊張で固まるなんてことは万に一つもないだろう。

 

 それを考慮すれば、そういったパフォーマンスに薫の目が向いてしまうのも仕方のない話かもしれない。

 

「そうだな、ライブは曲の合間なんかにMCでトークを挟めるから、そこで盛り上げるのは一つの手だと思うな。演劇ではこういうのないだろ?」

「おお! 曲の合間に子猫ちゃんたちに語りかけることができるなんて素敵だね!」

 

 マイクパフォーマンスができることを聞いた瞬間、薫は天を仰いで喜ぶ。

 確かに、薫のトークスキルは高そうだから、それを遺憾なく発揮できる場面があるというのは良いことだ。

 

「後は、定番なのは《ピック投げ》だな」

「ピック投げ……?」

「そうそう、曲の最後に演奏で使ってたピックを客席に投げてファンにプレゼントするんだよ。マメな人なんかはピックに演奏した日付やサインなんかも書いておくんだ。ファンからしたらすごくいい思い出になるんd……」

「Mr.鳴瀬!」

「うぉう!?」

 

 突然、薫が俺の名前を叫んで両手を握ってきたので焦ってこちらも叫び声をあげてしまった。

 

「ピック投げ……、なんて儚いパフォーマンスなんだ! 演奏の熱の冷めやらぬライブハウス。その空気の中を切り裂いて飛ぶピック。そして、それは可愛い子猫ちゃんの手の中へ……ああ、儚い! 感謝するよMr.鳴瀬! 君は最高のパフォーマンスを教えてくれた!」

「お、おう……」

 

 早口で捲し立てるように喋りながらブンブンと両手を上下に振られる。いつもの薫らしからぬテンションに圧倒されっぱなしだ。

 

 そして、ひとしきり手を振った後に薫は俺の両手を解放した。

 

「こうしてはいられない。今からでもすぐにピックにサインをしなければ! ノルマは1日100枚だ! そうすればライブまでに1000枚のサイン入りピックができるぞ!」

「そんなにいらねーよ! 豆撒きでもする気か!」

 

 俺のツッコミが聞こえたかどうかは分からないが、薫はルンルンとスキップを踏みながらギターケースの方へ向かって行った。恐らく、手持ちのピックに今からサインをするのだろう。

 

「……まあ、いいか、うん。それじゃ、最後は……」

「もちろんわたしよ、鳴瀬!」

 

 俺の目の前には腰に手を当てて仁王立ちするペグ子。

 

 こいつに関しては聞かなくてもメンタル的には平気なんだろうけど、何を考えてるのか把握するためにもちゃんと意見は吸い上げないとな。

 

「よーし、こころ。お前が感じたありのままを俺に伝えてくれ」

 

 俺の言葉にペグ子が大きく頷く。

 

「わかったわ! 鳴瀬、わたしはね、ライブって思っていたよりもずっと楽しそうだって思ったわ!」

 

 やっぱりペグ子はそう来るか。こいつにとっては《HS DM》の映像は、「自分たちの未来の姿」に映ってるんだろうな。

 

 自分たちが《HS DM》のように会場を沸かすことができるなどと考えるのはあまりにも楽天的だが、その肩肘を張らない気楽さも《ハロハピ》にとって大切な要素なのかもしれない。

 

「へぇ……じゃあこころはどんなところが楽しそうに見えた?」

「んー、色々あるのだけど、やっぱり《HS DM》のみんなの表情ね! 彼女たちはみんなとってもいい顔で歌ってたのよ!」

 

 ペグ子のこの言葉に俺は大きく頷いた。

 

 へぇ、よく見てるな。やっぱりペグ子は物事の本質を見る目があるな。本能か、あるいは意図的なのかは判らないが、これは間違いなく一つの才能だ。

 

「いい目の付け所だ、こころ。それじゃあ、なぜ彼女たちはそんなにいい顔で演奏ができるんだと思う?」

 

 俺の問いにペグ子は仁王立ちのまま首を傾げて少し考え込む。

 そして、すぐに満面の笑みを浮かべて俺の言葉に答える。

 

「わかったわ! それはね、彼女たちがとっても自分が好きなように歌っているからだと思うわ! わたしも、自分が好きなもののことを考えているときはあんな表情をしていると思うもの!」

perfect(かんぺき)だ。そうだ、《HS DM》が最高にいい顔なのは、彼女たちが自分が今本当に歌いたいことをありのままに歌っているからだ」

「……!」

 

 俺の言葉で、色々な作業に耽っていた他の《ハロハピ》メンバーもハッとした表情を浮かべて俺の方を見る。

 

「音楽は誰のものか? 誰のものでもないし、誰のものでもある。《HS DM》も《ハロハピ》も、それぞれが自分の中に自分だけの音楽(セカイ)を持ってる。だから誰にも遠慮することはないし、誰にも俺たちを縛る権利はない。音楽は自由なんだ」

 

 皆が真剣に俺を見つめて、その言葉に耳を傾けている。その瞳には最早迷いはない。

 

「よし、みんな始まる前とは比べ物にならないぐらいにいい表情(かお)してるな。それじゃあ、この会はこれで終わりだ。最後に、俺が最も尊敬するミュージシャン、《NILVANA》のカート・コバーンの言葉をお前らに贈らせてもらおう」

 

 俺の言葉から名言の飛び出す気配を察知して、薫が更にずいっとこちらに身を乗り出してきた。分かりやすい奴め。

 

「"Wanting to be someone else is a waste of who you are(他の誰かになりたいなんて 自分らしさの無駄遣いだ)"。俺たちは《ハロー、ハッピーワールド!》なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。ライブでは他の何者でもない、最高の《ハロハピ》を見せにいくぞ」

「おー!」(×5)

 

 コンディションはオールグリーン(もんだいなし)。さぁ、ここから《ハロー、ハッピーワールド!》を始めようか。

 

 気炎を上げる《ハロハピ》のメンバーを眺めながら、俺は熱が引いて久しい自分の心臓に、ささやかな灯が点るのをはっきりと感じていた。

 

 




めっちゃ長くなった(死)

1万字超えてるとかマジ卍ですわ(意味不明)

ライブ本番も長くなりそうなんで、もしかすると3話編成になるかもしれない(追い討ち)

とりあえず、お盆中には完成させたい。


そして、書いてる途中にお気に入りが一気に20も増えて120になっていて震える。ヤバみがヤバい(謎)。

皆様のご声援ありがとうございます!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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