野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
初ライブ編の後編の2!

この話は予告の通り、オリジナルバンド《ハニースイート デスメタル》のライブ中心となります。

《ハロハピ》の最初の壁として設定したバンドなので、その強さや大きさが表現出来るように、○村卯月、頑張ります!

そして、現在とっているアンケートですが、次の後編3を投下した時点で締め切りとなります!
まだどちらにぶれるか分からない票の差なので、皆様の御意見をじゃんじゃんくださぁい!


野良ベーシストは仲間を信じる(後編2)

「みなさん、声援ありがとうございました。また次のステージでお会いできることを楽しみにしてます」

 

 観客席からの声援を浴びながら5組目のバンド《シオリ・エクスペリエンス》がステージに捌けていく。

 

 このバンドは、なんとギターが部の顧問の先生という新しいタイプの学生バンドだった。先生は当然学生ではないので今回の『school band summer jam 14th』の条件から外れているのだが、他のバンドメンバー6名が全て高校生ということもあって、ライブハウス側の特例で滑り込んだのだ。

 

 しかし、どうして中々、このバンドが凄まじい。

 

 全員の演奏がエモーショナルな上に、ギターの先生はまるでジミ・ヘンドリックスを彷彿とさせるようなソロプレイを見せてくれた。ライブハウス側がルールを曲げてまでここに入れた理由が今でははっきりとわかった。

 

 そして、5組目のバンドである彼らがステージから消えたということはすなわち、《ハロー、ハッピーワールド!》が舞台袖で待機に入る時間が来たということだ。

 

 未だに演奏の余韻に浸っているお客様の《ハロハピ》メンバーたちの方を向くと、俺は声を張る。

 

「みんな、5組目が終わった。だから俺たち《ハロハピ》はそろそろ舞台袖で待機しないといけない」

 

 俺の言葉で、《ハロハピ》の表情が一瞬で引き締まる。

 

 その顔は最早、観客のそれではなく、戦場(ステージ)に向かう戦士たち(バンドマン)のそれである。

 

「前にも言ったが、俺は舞台袖には行けない。みんなの演奏はここでしっかりと目と耳に焼き付けるよ。そして、体はステージと客席で離れても俺の心はいつだって《ハロハピ》と共にある。忘れないでくれ」

 

 言い終わるとみんなが真剣な眼差しで頷く。

 

 そこには一切の不安や迷いなどはなかった。

 

 間違いなく彼女たちは最高の状態で仕上がっている。

 

 俺は彼女たちに頷き返すと、手近にいたペグ子の背中を叩いた。

 

「よし、それじゃあ行ってこい! 忘れ物するなよ!」

「もちろんよ! 行ってくるわね、鳴瀬。観客席まで最高の《ハロハピ(わたしたち)》をお届けするわ!」

「私も、最高のライブを子猫ちゃんたちに届けると誓うよ!」

「はぐみもやるぞー! 教えてもらったことぜーんぶ入れるから、見ててね鳴瀬くん!」

「私も、鳴瀬さんから教わったこと、技術だけじゃなくて気持ちも全てこのライブに入れます!」

「ま、私はクマになって踊るだけなんですけどね。精々盛り上げさせてもらいますよ」

 

 それぞれが思い思いの言葉を口にして、控え室に向かって駆けて行く。

 

 俺はその背中に手を振ると、再びステージに目を戻す。

 ステージの上には既に数体のマネキンがセットされ、異様な雰囲気(オーラ)を放っている。まだ《ハニースイート デスメタル(HS DM)》の姿すら見えないのにこの存在感。やはり、メジャーへの切符を掴んだバンドはものが違うということか。

 

 観客席も、先程までの学生バンドに向けた爽やかな熱気とは違う、感情のうねりの渦のような熱気(オーラ)が立ち込めている。

 

 ……《HS DM》。やっぱりでかいな。

 

 優れたバンドというものは、演奏せずともその存在だけでハコの空気を作る。《HS DM》は最早その境地にまで達したバンドなのだ。

 

 そして、会場の照明が落ちる。これは《HS DM》の始まりの合図。

 

 ……オイ! オイ! オイ! オイ!

 

 開演前だというのに、観客席のいたるところから既に彼女たちに捧げるコールが響く。男も女も一緒になって叫ばれるそのコールに、性別に縛られない《HS DM》の人気がうかがえる。

 

 しばらくして、ステージの上に一筋のスポットライトが落ちると、そこにはギターを構えマイクを片手に握った臨戦態勢のSAKIさんの姿があった。彼女の伏し目がちな鋭い眼光が客席を射抜く。 

 

「……おいお前ら、今日は『school band summer jam 14th』によく来てくれたな」

 

 ウォー!

 

 ドスの効いたSAKIさんの声で観客席が沸く。

 それを確かめたSAKIさんはその視線を舐めるように観客たちに這わせていく。

 

「今から、私たち《HS DM》のライブを始めるわけだが、その前に一つ質問いいか?」

 

 ナーニー?

 

 SAKIさんの言葉に観客席からレスポンスが起こる。

 

「お前ら全員、今日は《HS DM》の演奏を見に来てくれたんだよな?」

 

 Yes! Yes!! Yes!!!

 

 SAKIさんの言葉に再び熱いレスポンス。

 それに満足そうに頷いたSAKIさんの口から、信じられないような鋭さの言霊が放たれる。

 

「……まさか、この中に他のバンドに浮気をしてるクソ野郎やメス猫が混ざったりなんかしてないよなぁ?」

 

 No! No!! No!!!

 

 背中に氷柱を突っ込まれたかのような冷気を帯びた言葉に、先程までのレスポンスよりもさらに必死なレスポンスが客席から起こる。

 

 恐ろしいまでの熱狂。

 

 驚異的なまでのポヒュラリティー。

 

 この熱に当てられてしまえば、例えファンでなかろうともレスポンスに加わってしまいそうになることは必然だ。

 

 だか、それでも。

 

 俺の心の中心に居座っているのは《ハロハピ》だ。

 

 だから俺は、そんな彼女たちのやり取りを腕組みをして無言で見守る。

 

 ファンからの熱いレスポンスを受け、満足げに客席を見渡すSAKIさん。

 

 彼女がこちらの方を向いた刹那、その瞳が俺の瞳を射抜く。

 

 ーーああ、鳴瀬君。君はまだ《ハロー、ハッピーワールド!》の鳴瀬君なんだね。

 

 彼女の瞳が俺に語りかけてくる。

 

 ーー当然だ。俺は《ハロハピ》のアドバイザー、基音鳴瀬だ。これまでも、そしてこれからも。

 

 瞳に言葉を乗せて、俺もSAKIを見つめ返す。

 彼女の瞳からそれに対する返事が来ることはなかった。

 

 後は、演奏で解らせてあげよう。

 

 そういわんばかりの態度だった。

 

 SAKIさんの視線が客席を一巡りしたあと、彼女の顔がガバッと上がり、その瞳が瞠目する。

 

「いいぞ、私たちの可愛い彼氏と彼女たち! それじゃあ聴かせてやろうじゃないか! 《HS DM》で《滅入る茶喫す(メルティーキッス)》いくぞおらぁぁぁあ゛あ゛!!!」

 

 ウォォォォォイ!

 

 まるで地鳴りのような叫び声を受けて、彼女たちをスターダムにのし上げた代表曲《メルティーキッス》が始まる。

 

 曲の前半は《ハニースイート》のパート。さっきまでの鬼気迫る様子だったSAKIさんが一転、その口から甘いラブソングが溢れる。

 どちらかというとボーイッシュで凛々しい印象の彼女の口から放たれる甘えるような調子の言葉はつり橋効果さながらにオーディエンスの心を揺らし、彼女たちに一時の恋をさせる。

 完璧に計算ずくのその演奏。しかし、分かっているのに恋に堕ちずにはいられないその魔性。それはさながら音楽の蟻地獄だ。

 

 これが《HS DM》、これがメジャーデビューバンドの力なのだ。

 

 ……やはり、ものが違う。これが「本物」ってやつか!

 

 《HS DM》は天の岩戸に籠った天照を引きずり出すかのごとく、あの手この手の手練手管で、俺の心から《ハロハピ》を連れ去ろうとしてくる。

 

 だが、それでもなお俺の心は揺るがない。

 

 

「ヴォォォォォイイイ!!!」

 

 ヴォォォォイイイ!!!

 

 曲は後半のBメロに突入してデスメタルパートになった。既に彼女の虜になった観客たちは彼女と共に獣の雄叫びを上げる。

 

 鋭くキレのある演奏が鋭く心を刺激する。前半までが手練手管だったとするならば、後半は削岩機を心の岩戸に押し付けて、無理やりそれをこじ開けようとするような激しい音だ。

 

 油断すると一瞬でその熱狂に身も心も任せてしまいそうになる。

 

 それでもなお、俺の心に焼き付いた《ハロハピ》のメンバーたちとの時間が、思い出が、絆が、複雑に結合して固まり、《HS DM》の刃を通さない。

 

「彼氏!(kill !) 浮気!!(hell !!) 雌猫!!!(die !!!)」

 

 お決まりのコール&レスポンスが決まるも、俺の心は不動。

 

「ひゃっはぁー!!! 死ねぇ!!!」

 

 RYOKAさんがスレッジハンマーでマネキンを頭から縦に畳むパフォーマンスでも、俺の心は靡かなかった。

 

 そして、俺の心の中に《ハロハピ》を残して《HS DM》の一曲目、《滅入る茶喫す(メルティーキッス)》の演奏は終わったのだった。

 

 

 

◇◇◇《side SAKI》◇◇◇

 

 

 

「つーわけで、《HS DM》の十八番、《滅入る茶喫す(メルティーキッス)》だ。どうだ、私たちの可愛い子ちゃんたち、楽しんでくれたか?」

 

 ウォォォォォ!!

 

 観客席から起こる地鳴りのような歓声を浴びて、私はそれに軽く手を上げて応える。そして思う。

 

 8年。

 

 中学の頃に《HS DM》の仲間と出会い、《ハニースイート》を経てここに辿り着くまでに、8年かかった。

 

 《ハニースイート》時代は普通のポップスを歌っていた全く無名の私たちが、デスメタルで日本有数のガールズバンドにのしあがることになるとは、あの頃誰が想像しただろうか。

 

 ……本当に何が良いのか世の中わからんな。

 

 そんなことを思って内心苦笑してしまう。

 

 《HS DM》は決して売れることを意識して方向性を変えたわけじゃない。男に逃げられた今の私たちの魂の叫び(こころ)を最も表現できる方法はなんなのか、そう考え抜いた先にあったのがデスメタルだっただけなのだ。

 

 そもそも売れようと思うなら、日本では下火のメタルには恐らく流れることはなかったと思う。

 

 私たちは《ハニースイート》の頃からずっと、「今の自分の気持ちを素直に歌うこと」を目標にしてきた。これは一切ぶれたことがない私たちの芯だ。

 決して売れることがなくても、恋でドキドキしたときはその心の動きを歌ったし、恋人がいたときにはそのとろけるような甘い日々をストレートに歌った。

 

 だから、今の私たちの成功は、きっと最後まで自分の芯がぶれなかった私たちへのご褒美のようなものなのだろう。

 

「それにしても……」

 

 マイクの音を切って、ぼそりと呟く。

 

 その私の視線の先には私たちを見て熱狂する男たちの姿がある。

 

 ……ライブではこれだけモテてるのに、何で私たちには誰も彼氏ができないんだ?

 

 そう、私たちは現在絶賛彼氏募集中。

 

 SNSや、バンドのホームページでもメンバー全員が堂々と彼氏を募集しているし、なんならホームページには彼氏希望の男に向けた専用掲示板や、メールアドレスまで公開している。

 

 でも、公開してから現在に至るまで連絡は一切来ない。

 

 ……おかしい。あり得るのかこんなことが。

 

 目の前で熱狂している男たちは、《HS DM》ファンとして見るなら大変ありがたい存在なのだが、私たちの彼氏候補としてみると、RYOKAがさっき縦に畳んだマネキンと同じぐらいの価値しかなかった。

 私たちのためにライブの外でも愛の言葉を囁いてくれない男など彼氏として失格だ。

 

 しかし、そんなモテない私たちにもいよいよ運が回ってきた。

 

 私は観客席の中央前列寄りの場所に立つ一人の男に視線を送る。

 

 彼の名は、基音(もとね) 鳴瀬(なるせ)

 

 私たちの仲間に彼氏を連れてきて、そして私の彼氏になってくれるかもしれない男だ。

 

 彼のことは《ハニースイート》時代に出会った頃から知っている。対バンライブで共演したまだ無名の私に、演奏後に「すごくよかったです、自分の気持ちにストレートで。諦めなければ絶対売れますよ。お互いに頑張りましょう」と言って握手してくれた。まったく売れていなかった私にとって、あの握手が、あの言葉がどれだけ心の支えになったことだろう。

 

 正直、あの握手がなければ私は今日まで走ってこれなかったかもしれない。

 

 その後、私は幼なじみの男に告白されて付き合うことになったのだが、そいつはバンドに熱を入れる私に理解がなかった。どうして俺と一緒に居てくれないんだ、俺よりも売れないバンドが大事なのか。散々なことを言うだけ言って、結局そいつは私を捨てて逃げた。

 

 それ以来、私は次の彼氏は絶対にバンドに理解がある男にすると心に誓ったのだ。

 

 それから、2年。まったく男っ気のない私の前に鳴瀬君が颯爽と現れた。これはまさに運命だ。

 鳴瀬君は、バンドマンだから私のバンド活動に絶対に理解がある。ルックスも悪くなくて頭もいい。

 

 何よりも彼は、私の本質をズバリと当ててくれた。私が自分の気持ちを正直に歌にしていることを初めて褒めてくれた。本当に私のことを理解してくれているのは彼しかいない。

 

 鳴瀬君は今はまだ売れてはいないが、絶対に近いうちに世に名が知られる逸材だ。それまでは年上でお金も持っている私が彼のことを養ってあげてもいい。

 そして、私の内助の功によって鳴瀬君はメジャーデビュー。私たちは理想のバンドカップルとして結ばれるのだ。

 

「……おいおい、完璧かよ。見えたわ。完璧に、二人の未来がゴールインまで見えたわ」

 

 鳴瀬君、今すぐ私のところに嫁、じゃなかった、婿に来い! 二人で幸せになろう!

 

 しかし、そんな私の未来の彼氏は周囲の熱狂に流されることなく、腕組みをして真剣な眼差しをステージの私たちに注いでいる。

 

 ……ふむ、まだ鳴瀬君の心には《ハロー、ハッピーワールド!》が居座っているようだな。

 

 私と鳴瀬君の間に立ちはだかる大きな壁、《ハロー、ハッピーワールド!》。今日が初ライブとのことだが、バンドに人生を賭けている彼の指導を受けたバンドだ。生半可な仕上がりにはなっていないだろう。

 

 それに、彼女たちからは私と同じ匂い(・・・・・・)がする。今はまだそれ気が付いていないようだが、早晩、彼女たちもそのことに気付くだろう。そうなると、私では手の出しようがなくなってしまう。

 

 だから、私は今日の勝負に乗った。今日ここでけりをつけなければ未来がないのは私の方だ。

 

 しかし、裏を返せばそれは今日勝ってしまえば私の完全勝利が約束されるということだ。

 

 勢いでアフターの約束までして「今夜は帰さない」と言ってしまったが、前の男とはそこまでの仲にならなかったのでどうすればいいのか検討もつかない。

 

 ……まぁ、どうとでもなるか! いざとなれば「Hey siri !」で、「おすすめの愛のホテルを教えて」とか言っておけばなんとかなるだろう(暴論)

 

 あるいは、なにもわからないことを利用して、鳴瀬君に手取り足取りエスコートしてもらうとか……。

 

「……あり寄りのありだな。むしろ、最高かよ? ……おっといかん、よだれが」

 

 妄想で口の端から溢れたよだれを手の甲で拭う。客席からは汗を拭ったように見えるだろう。セーフだセーフ。

 

 今は妄想ではなく、現実のライブと向き合う時だ。私たちを待ってくれているファンたちに私の想いをあまねく届けなければバンドマン失格だ。

 

「……それに、今一番想いを伝えたい相手に想いが刺さってないのはバンドマンとして我慢できないからな!」

 

 自分に檄を入れてから、私は切っていたマイクのスイッチを入れる。

 

 さぁ、鳴瀬君、もっと私たちの想いを感じてくれ!

 

「おるぅあぁぁぁあ゛あ゛!! まだまだへばるんじゃねぇぞ私たちの彼氏と彼女ども!! 次は《発火胃、発火胃、乱舞(ハッピー、ハッピー、ラブ)》だ! 遅れず着いてこいよ!!」

 

 イェェェェエイ!!

 

 ハコの空気は最高潮。後は、その中に君が居てくれれば他には何も要らない。

 

 私の運命をかけたライブが再び動き始めた。

 

 

◇◇◇《Side SAKI is over》◇◇◇

 

 

 

「サンキュー、お前ら。《ハッピーハッピーラブ》だ。最高に幸せになっただろ?」

 

 サイコー!

 

 二曲目の《ハッピーハッピーラブ》が終った。この頃ナンバーはかなりパワフルな仕上がりになっているが、それを終えてもまだ《HS DM》には余裕があるように見える。恐るべきスタミナだ。

 

 ちなみに、二体目のマネキンは曲名の《発火胃》の通り、RYOKAさんに火薬を仕込んだ金属バットで腹部を殴られ胃を含む胴体が爆発して真っ二つに破壊(さつがい)された。南無三。

 

 会場の盛り上がりからもわかるが、今日の《HS DM》のパフォーマンスは最高にキレている。室内故の制限もあるが、それでもその制限の中で最高のものを提供してくる。

 

 メジャーデビュー前の最後のお別れも込めた地元のライブハウス巡りということが彼女たちのパフォーマンスを高めるのか。

 

 それとも、俺たちとの約束が彼女たちを駆り立てているのか。

 

 ……もしも後者だったら、今日《ハロハピ》が負けたら、俺の貞操は今夜間違いなくSAKIさんに奪われる……ヒエッ。

 

 《ハロハピ》が負けるとは思わないが、今日の《HS DM》を見てしまうとどうしても一抹の不安が脳裏を過る。

 

 そんなとき。

 

「お兄さん、もうこれ1枚取った?」 

「へっ?」

 

 目の前にいた見知らぬ若者から俺の目の前に紙の束が差し出される。慌てて束を受け取ってみると、どうやらそれは歌詞カードのようだ。

 

「次の《HS DM》の曲の歌詞カードだよ。なんでも、メジャーデビューシングルの曲を演奏するんだってさ」

「え! マジっすか!」

 

 説明してくれた若者に聞き返すと、彼は首を縦に振る。

 

「マジだよ! しかもハコで演奏するのはこれが初めてらしいぜ! うぉー! チケット買ってよかった!」

 

 若者はそう言ってまたステージの方を向く。

 

「一枚とってっと……あ、まだもらってませんか?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 俺は歌詞カードを一枚もらうと残りの束を、ライブの途中から隣にいた大人しそうな少女に渡した。

 

 少女は、あまりこういったライブに馴れていないようで、服装もひらひらとした少女らしいデザインの服を着て来ていた。周囲の派手なレスポンスについて行けなかった少女はふらふらと周りに押し流されるままに俺の横に辿り着いて、それからあまり動かない俺の側でじっとしているのだ。

 

 ……大丈夫なのかな、この子。

 

 これから更にテンションが上がるであろう観客席で彼女が耐えられるのか気になった俺は、歌詞カードに目を落とす彼女に声をかけた。

 

「ねぇ、君ってこんなライブは初めて?」

「えっ、あ、私、ですか……?」

 

 突然声をかけられた少女はきょろきょろと周りを見て、声をかけられたのが自分だと気づいておずおずと返事をした。

 

「そうそう、さっきからふらふらしてたから気になっちゃって」

「あ、えっと、すみません、気を遣わせてしまって。私、ライブに来るのこれが二回目で、初めてがガールズバンド、女性オンリーのライブだったから圧倒されちゃって……」

 

 なるほど。最近のガールズバンドブームで女性オンリーイベントを開くハコも多い。女性ばかりのハコしかしらない子にとっては、男女混じりのこのハコの雰囲気には戸惑うこともあるだろう。

 

「そっか、ちなみにお目当てのバンドはまだかな? もう出たのなら脇に逃げちゃってもいいと思うけど」

「あ、実は一番の目当ては《Poppin'Party》だったのでもう終わってるんです。でも、少しあとの《Afterglow》も見たくって……」

「へー、高校生のガールズバンドが好きなんだ?」

 

 俺の言葉に少女の目がキラキラと輝く。

 

「そうなんです! ステージの戸山さんたちはとってもキラキラしてて、私もそうなりたいなって憧れて、それで……あっ、すみません、初対面の人にこんなこと言って……」

「ははっ、いいよいいよ、気にしないで」

 

 俺ははしゃぎ過ぎたというような表情で真っ赤になって俯いてしまった少女を宥める。

 

「でも、《Afterglow》が見たいならもう少し頑張らないとね」

「はい、私は一度外に出てしまったら多分真ん中には戻ってこれないと思うので……」

「なら、俺からあんまり離れない方がいいよ。俺はあんまり動かないからさ、俺のこと盾にでもしといて」

「え、そんな、ご迷惑じゃないですか?」

 

 相変わらずおどおどとした少女に俺は笑って首を左右に振る。

 

「元から動かないだけだから、そんなに気にしないでくれよ。それでももし気にするって言うならさ、次に出る《ハロー、ハッピーワールド!》ってバンドを応援してあげてくれないかな? そこ俺が演奏指導した高校生のガールズバンドなんだよ」

「え、そうなんですか! お兄さん、楽器ができるんですね」

「まぁ、どれもそこそこなんだけどねー」

 

 尊敬の眼差しになった少女に軽く答えて俺は手元の歌詞カードに目を落とす。

 

「とりあえず、まずは《HS DM》の次の演奏を楽しもうか」

「そうですね、私はここにいるので精一杯で楽しめないかもしれませんが……」

 

 そう呟いて少女も、手元のカードに視線を戻した。

 

「ふーん、何々、新曲のタイトルは……《斬首八裂(ざんしゅやつざき)》!? なにそれ怖っ!?」

 

 歌詞カードにはおぞましいタイトルが踊っていた。心なしか文字のフォントまで怖い。

 

 今までの曲のタイトルは《ハニースイート》時代の曲のタイトルを漢字でもじったものだったのだが、メジャーデビューということでまったく新しいタイトルを用意したのかもしれない。

 

 あるいはこれも何かのもじりなのか。

 

 そんなことを考えていると、SAKIさんのMCが再開した。

 

「おーい、歌詞カードは後ろまでいってるかー? 一番後ろ、オッケー? あ、オッケー、そうか。よし、つーことで《HS DM》の三曲目は今度メジャーデビューで発売するシングルのA面から持ってきた。私たちもいよいよ大人になってメジャーに行くってことで、タイトルは酒の名前から取らせてもらってる」

 

 なるほど、これもやっぱり元々ある単語の当て字というわけか。

 

 ……しかし、字面はもっとどうにもならなかったのか、これ。

 

「メジャーデビューということで、私たちも色々なことに挑戦した曲になってる。もしかすると、イメージが変わって戸惑う奴もいると思う。だが、これが今の私たちだ。私たちは常に進化し続けている。だから、お前たちにも一緒に進化して聴いて欲しい。じゃあ、ラスト一曲、いくぞお前ら! 《HS DM》メジャーデビューシングルから、《斬首八裂(キルシュヴァッサー)》だ!」

 

 ウォォォオオ!!!

 

 そうして、熱狂に包まれる会場の中で。

 

「あ、これってそう読むのか」

 

 俺は一人冷静にタイトルの意味に納得していた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ステージ中央のSAKIさんが《HS DM》のメンバーに目配せをする。

 

 メンバー全員が頷き合うと、ドラムのAKIRAさんがスティックを3度打ち鳴らして演奏を始める。どうやら始めはドラムソロから入るらしい。

 

 ゆったりとしたドラムのスティックワーク。低速のリズムは一定のペースで刻むのが難しいのだが、AKIRAさんは何事もないように処理している。

 

 しかし、それ以上に気になるのは。

 

「うわ、まじでいつものと全然曲調が違うな。前半はブルース系で攻めるのか?」

 

 しっとりとしたそのイントロと、少し物憂げなSAKIさんの視線がアダルティな魅力を醸し出す。

 

 ……しかし、それまでのテンションを一旦切ってまでこの立ち上がりでいくとは。よっぽどこの曲に自信があるんだな。

 

 ライブでは場の空気の流れがかなり重要なファクターとなる。

 場が暖まり、テンションが上がっている場合はなるべくそのテンションを維持したままバンドは演奏を回す。その方が盛り上がりを維持しやすいからだ。

 

 しかし、《HS DM》はこの曲であえてそれを切った。それはつまり、場の空気の流れを無視して好きにやってもこの曲の後半で確実にオーディエンスを沸かすことができるという自信の現れに他ならない。

 

 今日は何かとんでもないことが起こるかもしれない。

 

 ライブ前の熱気に感じた予感が現実のものになりそうな迫力(オーラ)に背筋を一筋の汗が流れたそのとき、SAKIさんの口が開いた。

 

『ねぇ、あなた 本当の愛というものを知っているかしら?』

 

 SAKIさんの口から紡がれる言葉はいつもの《ハニースイート》の甘くてキュートなそれとは違う。艶があり、匂い立つようなそれは、まさしく大人の女の色香だ。

 

「………っ!」

 

 それを心が理解したとき、心の岩戸の中に、するりと《HS DM》が入り込んだのが俺には間違いなくわかった。

 

 あれだけの猛攻に耐え凌いだ俺の心の岩戸も、まったく想定していなかったSAKIさんの新しい一面には無力だったのだ。それはちょうど、地上からの侵攻を想定した壁に守られた城が、地下道を掘られてそこから陥落する様に似ていた。

 

 だが、それでもまだ俺の心の《ハロハピ》は消えたりしない。

 

 俺はそのことを確かめながら、《HS DM》の演奏に集中する。

 

『思わせ振りな仕草で誘って つれない態度 わかるでしょ 私 あなたに好きだと言って欲しいの』

 

 SAKIさんの歌声は今までとはまったく違うテクニックを駆使して俺やオーディエンスの心に迫る。他のメンバーもいつもと違うジャンルの曲を見事にこなす。やはり音作りにおいて《HS DM》は現在最強クラスのバンドのひとつだ。

 

『それなのに あなたは気づいてくれない 他の女に目移りばかり』

 

 ……きた。いつもの《HS DM》だ。歌詞に不穏な内容が混ざり、曲調に変化が生まれる。

 

 静かに聞き入っていたファンも、そろそろ訪れるそのときを待って身構える。

 

 場内を独特の緊張が支配していく。

 

『だから決めたの 私は あなたに 私の愛を刻みつけるって!』

 

 SAKIさんの語気が高まり、キーボードのLENAさんの指がうねるように鍵盤を叩く。AKIRAさんのスティックがオープンのスネアとクラッシュシンバルを激しく揺らす。

 

 そして。

 

「VoooooOOOOYY y y !!!!」

 

 ヴォォォォイイィィ!!!!

 

 SAKIさんのデスボイスに、会場全体が一瞬で炸裂した。

 

 錯覚ではない。会場の全員が天高く両手を突き上げ、本当に会場の空気がはぜたのだ。

 

 いつの間にか、俺も組んでいたはずの両手を天に向かって突き上げていた。

 

 そのとなりで、臆病な少女もその両手を天に突き上げている。

 

 誰一人、逆らうことを許さず虜にする魔性の演奏。

 

 これこそが《HS DM》の真骨頂。

 

 これこそが日本屈指のガールズバンドの力である。

 

「なぜあなたは Why ? Why ? Why ?」(why !)

「その女は Pig ! Pig ! Pig !」(Pig !)

「私こそが God ! God ! God !」(God !)

「その脳天 chop ! chop ! chop !」(chop !)

 

 初めて聞く歌だというのに、コールの声が心地よいほど自然に飛び出す。もちろん歌詞カードにコールの内容とタイミングは記載されているのだが、それだけではこの一体感は生まれない。

 まるで、呼吸のように生きるために体がそうすることを求めているかのようなレベルの一体感なのだ。

 

「今日はお前に分からせる 首を落とし体を八つ裂き その傷口から私の愛を流し込む」

 

 そして、《斬首八裂》のタイトル通りの歌詞が入ってその時が来た。

 

 SAKIさんがギターを下ろすと、RYOKAさんを手招きする。RYOKAさんは、ドラムセットの後ろに隠してあった何かを取り出すと、凶暴な笑顔でそれをSAKIさんに手渡す。

 

 後ろを向いていたSAKIさんがこちらに振り返る。その手の中で証明の光を浴びて輝くもの。それはーー

 

「ーーチェーンソーだ」

 

 誰かがポツリと呟くのが聞こえた。

 

 チェーンソーをその手に持ったSAKIさんはステージ上で唯一無事だったマネキンの前に立つ。

 そして、勢いよくチェーンソーの紐を引いた。

 

ヴヴヴヴヴ……!

 

 凶暴な音を立ててSAKIさんの手の中でチェーンソーが吼え猛る。

 彼女はそれを軽く一瞥すると、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

 雄叫びとともに一閃。直後、マネキンの頚が胴から離れ、頭が重力に従ってステージに落ちる。

 

 憐れ首なしとなったマネキンを、SAKIさんは曲の歌詞の通りに今度は八つ裂きにしていく。

 

 マネキンを八つ裂きにする彼女の横で、「チェーンソーの取り扱いは専門家の指導の下、適切に行われています」というプラカードを持って立つLENAさんとFUMINOさんがその場違いなシュールさで恐怖を煽った。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ! ……だぁりゃあ!」

 

 そして、ついにマネキンを八つ裂きにしたSAKIさんがチェーンソーを置くと再びギターを抱えてマイクの前に立つ。

 

 そして、マイクに向かって有らん限りの声で叫ぶ。

 

「おらぁ! 今から私の愛を注ぎ込んでいくぞぉ!! 全身で愛を感じろお前らぁ!!!」

 

 ヴボォォオオアァァア!!!

 

 SAKIさんの言葉に会場は怒号のような叫び声に包まれた。客席の至るところで自然にモッシュが形成され、何人もの人が宙を舞っている。

 

 そんな客席を眺めながらSAKIさんは呼吸で肩が上下するのを抑えることもなく叫ぶように歌う。

 最早、歌うときは腹式呼吸で肩を上げ下げしないなどとセオリーなど関係ない。歌唱技術などで辿り着ける領域に既に彼女は存在しない。

 

 なぜなら、彼女は自分の魂そのもので歌っているのだから。

 

 

 

 ーー8月某日。

 

 ライブハウス《STAR DUST》。

 

 ステージ名『school band summer jam 14th』。

 

 エントリーNo.6《HS DM》。

 

 23分38秒の演奏を終え、無事退場。




ということで初ライブ編後編の2でした。

まぁ、何が言いたいかっていうと「チェンソー様、最高! 最高!」ってことです(謎)

なんJお嬢様部では『チェンソーマン』と『シオリ・エクスペリエンス』を文化的な漫画として推奨しておりますわ(ダイレクトマーケティング)。


いよいよ初ライブ編も大詰めです。

ヘッドライナーの《HSDM》を押し退けて《ハロハピ》はジャイアントキリングを成し遂げることができるのか。

次回、初ライブ編最終話、「野良ベーシストは仲間を信じる(後編3)」でお会いしましょう。

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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