野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
初ライブ編の最後!

というわけで長かった初ライブ編もこれで最後です。

前回は《HS DM》のSAKIの視点を入れましたが、今回は《ハロハピ》メンバーの視点も入れていきます。
やっぱりライブシーンには演奏者の視点があってなんぼのもんだと思いますので。

ここでこの作品はひとつの節目を迎えます。視点人物切り替えなどの様々な試みも試したので、ぜひご意見ご感想、評価など入れていただけると励みになります。

それでは《ハロー、ハッピーワールド!》の初舞台、どうかご覧になってくださいませ!


【お礼】
お気に入り登録200人超えありがとうございます。
なんか、お気に入り登録が尋常じゃない速度で増えて感謝感激でございます。
あと少しのお盆休みは馬車馬のように働いて話を更新しますのでどうか、末長いお付き合いをよろしくお願いいたします!


野良ベーシストは仲間を信じる(後編3-1)

 

 

ーーTime has come. That's it.

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 《HS DM》がステージを去ってから既に10分が経った。

 

 しかし、ライブハウス《STAR DUST(スターダスト)》を包む熱気は収まるところを知らない。

 

 観客たちは信じられないものを見たと言わんばかりの表情で、その口から出るのは《ハニースイート デスメタル(HS DM)》を讃える言葉ばかりーー

 

「やっぱり《HS DM》やべーよ!」

「それな! あのパフォーマンスは他じゃ見られんよ」

「これ、メジャーデビューしたらさ、今年は無理でも来年の紅白はねらえるんじゃね!?」

「うっはー! 有線であのパフォーマンスが全国のお茶の間に届くのかよ! 見てぇ~!」

「あのパフォーマンステレビで流れたらチビッ子怖がって泣いちゃうだろ! かわいそうだろ!」

「ははっ、確かに。でも、可哀想と言えば次のバンドもだろ」

「それな、《HS DM》の次とか俺なら絶対やりたくないわ」

「《ハロー、ハッピーワールド!》だっけ? なんか初心者のガールズバンドらしいじゃん」

「うへー、ほぼ素人かー。今日のライブでバンドが嫌になって辞めちゃわなければいいけど」

 

 ーー違う。そうではなかった。

 

 彼らの口からは《HS DM》の次という貧乏くじを引かされた《ハロハピ》への同情の言葉も漏れていた。

 

 確かに、初心者が目の前であれだけのパフォーマンスを見せられて、無事に演奏できるとは思えない。緊張し、萎縮し、めちゃくちゃな演奏をして舞台袖に消えていくのが関の山だ。酷ければ、全曲完走することもできないかもしれない。

 

 そう、普通ならば。

 

 ……それは違うぜ皆さんよ。俺たち《ハロー、ハッピーワールド!》は普通じゃないんだぜ。

 

 そうだ、俺たち《ハロハピ》は普通じゃない。

 

 脳ミソ花畑、万年能天気、底抜けハッピーガールのペグ子。

 

 立てばキザ、座ればキザ、歩く姿もキザそのもの、一人宝塚劇場の薫。

 

 ハイパー花丸健康優良娘、実家はコロッケ50円の北沢さん。

 

 不死鳥の如く舞い戻ったドラマー、クラゲレベルで方向音痴の松原さん。

 

 その体はきっと気苦労でできている、常識人inクマの奥沢さん。

 

 まったくもって誰一人として普通じゃない。

 そして、それゆえに最高な俺の仲間たち。

 

 それぞれが持つ偶然という名の運命の糸を手繰り寄せて出会った俺たちは、その糸を寄り合わせ、今一つの大きな綱となった。

 

 その綱が結び付いた先に見えるのは勝利の栄光。

 

 それを掴み取るのは今この時だ。

 

「……やってやれ《ハロー、ハッピーワールド!》」

 

 ステージにライトが点る。

 

 Show time has come. Let's roll "Hello, happy world! " !

 

 

 

◇◇◇《Side  奥沢美咲 in ミッシェル》◇◇◇

 

 

 

「……ねぇみんな、ほんとにあれ(・・)と戦うつもり?」

 

 何か話さなくてはいけない。

 それも、ほんの少しでいいから希望が見えるような何かを。

 

 そんなことを考えている私の口から出た言葉がこれなのだから、我ながら情けない話だと思う。

 

 ……まぁ、今の私はミッシェルだから、私の言葉というよりはミッシェルの言葉なんですけどねー。ははは……はぁ。

 

 だが、それは間違いだと私は気づいてる。今の私はミッシェルだけど、こころたちとは違って私は自分がミッシェルでないことは当然理解してる。

 

 だから、さっきの言葉は本当は私の言葉。私は自分の恐怖をミッシェルに押し付けようとしただけ。

 

 本当に、呆れるほどの小市民ぶりだよ。

 

 でも、あれ(・・)を見せられて平気でいられる人間がいるのかな?

 

 あの、熱狂を。

 

 あの、狂騒を。

 

 あの、情熱を。

 

 あの、光を。

 

 あれを見れば普通の人間は誰だって実感するさ。

 

 ーーああ、私は「持ってない」側の人間なんだって。

 

 《HS DM》は、「持っている」人間の集まりだ。ガールズバンド流行という時流にいち早く乗って、しかもバンドの方向性を変えたことが当たって大ブレイク。メジャーデビューが決まって、もうスターダムにのしあがることが確約されているのだ。これを持ってないなんて言ったら、本当に持っていない人に失礼というものだ。

 

 一方の私はどうだろう。普通の高校生らしくバイトをしていたら、こころに無理やり拉致されて、こころの思い付きに「ひーひー」言いながら作曲なんかさせられて、今はこんなクマの中に押し込められている。とほほ。

 

 もちろん、《HS DM》が努力していることは知っていますとも。彼女たちが長い冬の時代を経験していることは鳴瀬さんから《HS DM》の話を聞いてすぐ、スマホでちゃちゃっとwikiりましたから。というかwikiにページがある時点ですごいよ《HS DM》。

 

 でも、やっぱり、それを差し引いても私は「持ってない」んだ。

 

 こころのような無限に湧き出る行動力も。

 薫さんのような自信も。

 はぐみのような溢れる元気も。

 花音先輩のようなくじけない心も。

 

 私は、私の「芯」になるものが何一つとして無いんだ。

 

 でも、そんなの普通の人なら誰だってそうでしょ。自分の「芯」は何ですかって聞かれて即答できる人がどれだけいますかね? 私はその即答できない側の人間の一人ってだけですよ。

 

 もしかしたら、あれを見せられる前ならなんとかなったのかもしれないけど。

 

 でも、私はあれを見てしまった。

 

 そして、気づいてしまったんだ。全部わかっちゃったんだ。

 

 私は今、ミッシェルを着ていて初めて心の底から良かったと思ってる。

 

 だって、ミッシェルの中の私は誰にも見せられないようなひどく情けない顔をしていると思うから。

 

「あら、大丈夫よミッシェル~! わたしたちならなんとかなるわ!」

 

 ああ、こころ。お気楽なこころはあれを見てもいつも通りでいられるのね。私も今は、こころのその毛の生えた心臓が一欠片ぐらい欲しいよ。

 

「そうだよ、ミッシェル。私たちはこれまで沢山の練習をしっかりとやってきたんだ! 今日はその積み上げてきたものを全て見せる。つまりそういうことさ」

 

 薫さんは落ち着いてるなー。やっぱり演劇部で舞台慣れしてるからかな? でも、経験値のない私には無理だよ。

 

「そうそう! はぐみも目一杯元気出すから、ミッシェルも元気に頑張ろー!」

 

 はぐみは元気いっぱいかー。でも、はぐみはソフトボールの世界で揉まれてるから、強い相手と戦ったり、悔しい思いもいっぱいしてるよね。やっぱり私とは違うよ。

 

 ああ、ダメだ。世界が違う人たちと話しても、どんどんダメになるだけだ。やっぱりみんな私とは違う「持ってる」人たちばかりーー

 

「ーーミッシェル」

「あ、花音先輩」

 

 最後は花音先輩か。でも、花音先輩も「持ってる」側の人間だから、その言葉は私にはーー

 

「ーーえいっ!」

「わっ、花音先輩!?」

 

 突然、花音先輩が私に飛びかかってきた。普段の私なら後ろに倒れていただろうけど、ミッシェルのボディのおかげでなんとか受け止めることができた。ふぅ、危機一髪。

 

「どうしたんですか、花音せんぱーー」

「ーー聞いて、美咲ちゃん(・・・・・)

「……!」

 

 花音先輩は囁くように私の名前を呼んだ。きっと、私にだけ話したいことがあるんだ。

 

「なんですか?」

 

 私が問いかけると、花音先輩はさらにミッシェルに顔を埋める。

 

 ……もしかして、抱きしめようとしてくれてる?

 

 花音先輩の意図に私が気づいたとき、先輩の口が開いた。

 

「あのね、美咲ちゃん。本当を言うと私も怖いよ」

「……! でも、先輩には……」

 

 あきらめない心があるじゃないですか。

 

 そう言う前に花音先輩が首を左右に振る。

 

「違うよ。私の勇気は私のものじゃない。私の勇気はこころちゃんと鳴瀬さんから貰ったの」

「花音先輩……」

「本当の私は臆病で弱虫で一人じゃ何もできないの。でも、二人が私を支えてくれて、そして美咲ちゃん、あなたたちみんなが認めてくれたから、私はもう一度立ち上がる勇気ができたんだよ」

「……!」

 

 花音先輩の言葉は私にだけ聞こえる小さな声。でも、そんな声がなぜだろう、とても大きな音で響いてくる。

 

「人間はね、みんな一人じゃ生きていけないの。みんな足りないところを支え合って生きてる。美咲ちゃんも、私も、薫さんも、はぐみちゃんも、こころちゃんだってそうだよ」

「えー、こころはそんなことないんじゃないですか……?」

 

 花音先輩はまた首を左右に振る。

 

「そんなことないよ、だって一人じゃ《ハロー、ハッピーワールド!》はできないでしょ?」

「……!」

「こころちゃんがいて、美咲ちゃんがいて、薫さんがいて、はぐみちゃんがいて、私がいて、鳴瀬さんがいて、私たちみんなで《ハロー、ハッピーワールド!》でしょう。だから、美咲ちゃん。怖いかもしれないけど、みんなを信じて。私たちがみんなで美咲ちゃんを支えるから!」

 

 夢から覚めたような、いや、雲の中でもがいていたのが急に青空へ抜け出したようなそんな気分になった。

 

 そうか。そうだったんだ。

 

 最初から全部持って生まれた人間なんていないんだ。

 

 誰だってみんな足りないものがあるんだから、足りなければ誰かから借りたっていいんだ。自分だけでどうにかすることはなかったんだ。

 

 こんな簡単なことに気付かないなんて、つくづく私は凡人だなぁ。でも、凡人の私は自分の足りないところや、相手のすごいところはすぐに分かる。だから、それを借りちゃえばいいんだ!

 

「ありがとう、花音先輩」

「美咲ちゃん、もういいの?」

「はい、私なりの答えは出ましたから!」

 

 お礼を言うと花音先輩が私から離れる。

 

「花音~! すごく長くミッシェルに抱きついてたじゃないの~!」

「あっ、えっと、その、これから長いライブだから今のうちにミッシェル成分を補給しておこうと思って!」

 

 えっ、何その言い訳。

 

「あら、良い考えね! それじゃあわたしもぎゅ~!」

「おや、それでは私も失礼させてもらっていいかな!」

「あっ、はぐみもやるー!」

 

 あっ、ダメだ、これまずいやつだ。

 

「ちょ、ちょっとみんな、そんな一気にきたら……ぐ、ぐへぇ~!」

「ミ、ミッシェル~!?」

 

 花音先輩の慌てる声を聞きながら、私の意識は少し体を離れた。とほほ。

 

~~~~

 

「んー! 調子は抜群よ! ありがとね、ミッシェル!」

「ははは、お役に立てて何よりでーす」

 

 結局、あれからしばらくハグされて、ライブ前なのにどっと疲れたよ。

 

「これでみんな調子は万全ね!」

 

 こころの言葉にみんなが頷く。

 

「ふっ、もちろんだとも!」

「はぐみも元気いっぱい!」

「話、私もいけます!」

「ミッシェルはどうかしら?」

 

 こころの問いかけに、みんなの視線が私に集まる。

 

 私は大きくミッシェルを縦に揺らした。

 

「はいはーい、みんな大好きミッシェル、準備オッケーでーす」

 

 ……正直、ハグのせいで少し体がだるいんですけどね。

 

 でも、なんだかさっきよりも全然動ける気がする。

 そして、それは多分気のせいじゃないんだ。

 

「すみません、舞台のセットに手間取りました! 《ハロー、ハッピーワールド!》さん、出番です!」

 

 スタッフさんが舞台から袖に入ってきて、いよいよ開始の時が来た。

 

「はーい! オッケー、《ハロー、ハッピーワールド!》準備完了よ! みんな、出発前に円陣を組みましょう!」

「はーい」(×4)

 

 こころの鶴の一声で私たちは円になる。みんなの顔が近くにある。私を支えてくれる、そして、私が支えるみんなの顔が。

 

「さぁ、行くわよみんな! 最高の私たちをここから世界に、そして、私たちを演奏や作曲で手伝ってくれた鳴瀬と美咲にも届けるのよ!」

「……!」

 

 ……まったく、ずるいなぁ、こころは。

 

 そんなことを言われたらなんだかやる気になっちゃうじゃない。

 

「それから《HS DM》にも勝って、鳴瀬を守らなくっちゃ!」

「あー、そうだねー。でも、これって、普通立場が逆じゃないのかなぁ?」

「ふっ、私は演劇部では王子様役がほとんどだからね、囚われの姫の救出はお手のものさ!」

「えー、はぐみはお姫様役がいいなー」

「それじゃあ、鳴瀬を助けたら、今度はわたしたちがお姫様役になって鳴瀬に助けてもらいましょう!」

「えっ?」

「わーい、さんせーい!」

「ふっ、たまにはお姫様役も悪くないかな」

「な、鳴瀬さんが王子様……ふえぇぇ……」

 

 あ、あれ? ちょっとこれ誰も止めない流れなの?

 

 鳴瀬さんの知らないところでなんだか大変なことが決まってしまった気がする!

 

「よーし、それじゃあ《ハロハピ》を世界に! そして、鳴瀬を助けに! それから、鳴瀬にお姫様扱いをしてもらいに! 《ハロー、ハッピーワールド!》いくわよー!」

「おー!」(×5)

 

 あー、結局そのまま決まっちゃった。ま、決まってしまったことは仕方ないよね。

 

 んー、私は鳴瀬さんに何をしてもらおうかな? いざ、何かをやってもらおうと思うと悩むなー。

 

「……ま、それはライブが終わってからゆっくり考えよーっと」

 

 今は鳴瀬さんを《HS DM》に取られないように集中、集中!

 

 そして、私はステージのきらめきの中へと駆けて行ったのだ。

 

「はーい! みんな大好き、ミッシェルだよー!」

 

 

 

◇◇◇《side 奥沢美咲 in ミッシェル over》◇◇◇

 

 

 

 《ハロー、ハッピーワールド!》が俺の前に立っている。

 

 ステージのきらめきを受けて、ライブハウスを埋め尽くす客の前に立っている。

 

 ついに、ついにここまで来た。

 

 ステージの上の彼女たちはみんないい表情(かお)をしている。

 

 ペグ子はいつも通りの底抜けに明るい笑顔で。

 

 薫は無駄に格好いいポーズで不敵な笑みを。

 

 北沢さんはいつも以上に好奇心と元気に満ちて。

 

 松原さんは強い決意と意思の籠った瞳で。

 

 ミッシェルは……ダメだ分からん! でも、多分きっといい表情に違いない、うん!

 

 メンバーのコンディションは間違いなく最高。あとは、彼女たちがこのステージをどれだけ楽しめるか(ハッピーになれるか)どうかだ。人を幸せ(ハッピー)にするには、まずは自分が幸せ(ハッピー)でなくてはならない。

 

 さぁ、ここから《ハロー、ハッピーワールド!》を始めよう。ぶちかませ、みんな!

 

 俺の、そして観客席中の視線を一身に浴びて、その中をペグ子がマイクへと進む。

 彼女の手がマイクを握り、そしてすぐに言葉が生まれた。

 

「みんな、ハロー! わたしたちは《ハロー、ハッピーワールド!》よ! わたしはリーダーの弦巻こころ! わたしたちは今日、バンドで世界を幸せ(ハッピー)にするためにここに来たわ!」

 

 先程まで、ステージで《HS DM》が大暴れしていたことなど意に介さない、いつも通りのペグ子がそこにいた。

 

 そうだ、お前はそれでいいんだペグ子。そのお前が最高のお前だ。

 

 いつもが最高に無敵なペグ子は、いつも通りであることこそが完璧だ。その証拠に、ペグ子のMCはかなりキレている。

 

「……それでね、わたしは最初、バンドって一人でもできるものだと思ってたんだけど、『一人じゃバンドにならないよ』って教えてくれた人がいてビックリしたのよ!」

 

 ハハハ……!

 

 ペグ子のトークで既に会場からは笑いがこぼれている。こいつは天性の人たらしだ。

 

「でも、わたしが頑張って声をかけたらすぐにこんな素敵な仲間が集まったわ! みんなにも紹介するわね!」

 

 そう言ってペグ子が後ろに控えたメンバーを指差して、マイクを差し出していく。

 

「まずは、ギターの薫よ! 薫は演劇部の王子様なのよ!」

「やぁ、ただいまご紹介に預かった瀬田薫だ。今日は子猫ちゃんたちに最高に儚い演奏を届けにここに来た。良ければ聞いていってくれ」

 

 薫が髪をかき上げて決めポーズをとると、客席から「キャーキャー」と黄色い声が上がる。どうやらチケットを買ったファンが来てくれているようだ。

 

「次は、ベースのはぐみ! はぐみの家はとっても美味しいお肉屋さんなの!」

「はぐみだよー! 商店街で北沢精肉店ってお店をやってるよー! コロッケが名物だからみんなも買いに来てね!」

 

 ……確かに紹介は紹介なんだけど、バンド関係ねぇ!

 

 微妙にズレた紹介……というより実家の店の宣伝をして、ペグ子の紹介は次に移る。

 

「ドラム担当は、花音よ! 花音は私たちの中で一番楽器が上手いのよ!」

「え、えっと、ま、松原花音です! きょ、今日は頑張ります!」

 

 ガンバレー!

 

 少しおどおどしながら頑張って声を出した松原さんに会場から声援が飛ぶ。

 

「ふえっ! あ、ありがとうございます!」

 

 松原さんがお礼の返事をして、いよいよ紹介は最後の一人になった。

 

「そして、最後はミッシェルよ! ミッシェルはダンスでみんなを盛り上げてくれるわ!」

「はーい! みんな大好きミッシェルだよー! 今日はよろしくー!」

 

 ヨロシクー! イイゾー!

 

 奥沢さんにも会場から声援が飛ぶ。なんだかんだみんな物珍しいものが好きなようだ。

 

 ペグ子は元のステージ中央に戻るとマイクをスタンドに戻す。

 

「ステージに立つメンバーは以上よ! そして、今日はステージにはいないけど、私たちの演奏の練習や作曲に協力してくれた鳴瀬と美咲の二人がいるわ! どちらも大切な《ハロー、ハッピーワールド!》の仲間よ!」

 

 ーー仲間。

 

 力強く発せられたその言葉に、俺の胸の内が熱くなる。

 

 たとえ、一緒の場所に立っていなくても。

 

 たとえ、別々の方向を向いてしまっても。

 

 心が一つならそれは仲間なのだ。

 

 ペグ子の言葉は、時折俺の心の核心に迫る。

 

「それじゃあ、いよいよ私たちの初ライブの始まりよ! そして、その前に! わたしが今日のライブをどれだけ楽しみにしていたかを今から全身でみんなに見せるわ!」

 

 ん? なんかパフォーマンスか? 聞いてないぞ。

 

 どうやらペグ子は何かしらのパフォーマンスをするようだが、これについては俺はノータッチだ。

 俺はじっとステージのペグ子の動向を見守る。

 

 ペグ子はステージの上から、キョロキョロと客席を見回す。何かを探しているのだろうか。

 すると、そんなペグ子と目が合った。とたんにペグ子の顔が一段と輝く。

 

 もしかして、探してたのは、俺?

 

 俺が自分の顔を指差すと、ペグ子が満面の笑みで応える。

 

 ……なんだろう、少し嫌な予感が……。

 

「それじゃあみんな、いくわよー! わたしは今日のライブがこれくらい楽しみだったんだからー!」

「うげっ!?」 

 

 叫び声を上げながら、ステージ奥に移動していたペグ子が全速力で客席に向かって駆ける。

 ステージの縁ギリギリで見事な踏み切りを見せると、マイクを握ったペグ子はなんのためらいもなく俺に向かって跳んだ。

 

 中を舞うペグ子は信じがたい跳躍力と空力性能を発揮し、俺のもとへと迫る。

 

 ヤバい、支えろ俺!

 

 なんの前振りもなくペグ子の跳躍を他の誰かが受け止めるのは無理だ。ここはアイコンタクトを取った俺が支えるしかない。

 

 そうしているうちにもペグ子のもとへと笑顔が俺に迫る。着弾直前、ペグ子が体を捻って背中を向ける。

 

……3.2.1.今!

 

「……こころっ!」「お嬢様!」

「へっ?」

 

 俺の叫びに、耳慣れた声が重なり、伸ばした俺の手の横から黒いスーツに身を包んだ何本もの腕が飛び出してペグ子を支える。

 

 いつの間にか、俺の周りを固めていた黒服と俺の手によって、ペグ子は見事に受け止められていた。

 

「んー! ナイスキャッチよ、鳴瀬!」

「こころ、お前なぁ! ちょっとはなぁ!」

 

 ハラハラさせられた俺の抗議の声は無視して、ペグ子は手に持ったマイクを口に持っていく。

 

「みんな見てくれたー! 私、これだけライブが楽しみだったのよー!」

 

 ペグ子の声が静まり返った客席に響く。一瞬の静寂。そしてーー

 

 ウォォォ!! スゲェ! ヤバイゾ! サイコージャン!

 

 ーー客席を大歓声が支配した。

 

「わー!? こころ、早く戻ってきて! ボーカルがステージからいなくなっちゃまずいよ!」

 

 ステージの上でミッシェルが慌てて手を振る。

 

「それもそうね! それじゃあ今からステージに……あら?」

「おっ?」

 

 俺と黒服の人たちの支えから降りて歩いて戻ろうとしたペグ子の体がするするとステージに向かって動き出す。

 

 ココロ! ココロ! ココロ! ココロ!

 

 いつの間にか観客たちによって形成されていたモッシュが、掛け声と共にペグ子をステージへと運んでいく。

 

 観客の手の上でぴょんぴょん跳ねながらステージに帰るペグ子は満面の笑みだ。

 

「みんなありがとー! それじゃあ、演奏を始めちゃいましょう! 《ハロー、ハッピーワールド!》一曲目は《MONGOL800》の《小さな恋のうた》よ! ミュージック、スタート!」

 

 ペグ子が叫んでステージを指差すと、松原さんがみんなの顔を見回したあと、スティックを三度打ち鳴らす。

 

 デッデデデッデ、デッデデデッデ、デッデデデッデ……

 

 その音と共に、《小さな恋のうた》のイントロの特徴的なリフが始まる。

 

 そして、ペグ子は皆の手に支えられてついにステージにたどり着く。

 

ステージに降り立ったペグ子が優雅に一礼して、ついに歌が始まった。

 

『広い宇宙の 数ある一つ 青い地球の 広い世界で 小さな恋の 想いは届く 小さな島の あなたのもとへ』

 

 シンプルな、それゆえに力強く心を掴む恋の歌がペグ子の口からあふれる。

 

 客はみな、一様にペグ子に視線を注いでいる。

 次に彼女が何を起こしても大丈夫なように。

 決して、彼女の姿を見逃さぬように。

 

 ペグ子は、たった一瞬で会場全ての客の心を掴んでしまったのだ。

 

『響くは遠く 遥か彼方へ 優しい歌は 世界を変える』

 

 ペグ子の《小さな恋のうた》がライブハウスに響き渡る。

 

 彼女の優しい歌が、確実に世界を変えていっているのが分かる。

 

 《ハロー、ハッピーワールド!》は間違いなく、今日ここで始まったのだ。

 

 サビに入り、ペグ子がマイクを客席へとつき出して、空いてる手で客を手招きする。

 

 「みんなも一緒に幸せに(ハッピーに)なりましょう!」

 

 俺はペグ子のそんな声が聞こえた気がした。

 

「「「ほーら! あなたにとって 大事な人ほど すぐそばにいるの」」」

 

 客席を巻き込んで《小さな恋のうた》の大合唱が起こる。

 

 ペグ子が、薫が、北沢さんが、松原さんが、(恐らく)奥沢さんが、それを見て笑っている。

 そんな《ハロー、ハッピーワールド!》を見て、客席のみんなも笑っている。

 

 ライブハウスを笑顔が巡り、みんなが楽しく(ハッピーに)なっていく。

 

「「「ただ あなたにだけ 届いて欲しい 響け恋の歌」」」

 

 ペグ子にとっての「あなた」は「世界中の全ての人」だ。

 

 彼女は世界を自分との恋に落ちさせようとしている。

 

 最早、この歌は「小さな」では収まらない。

 

 あるいは、ペグ子にとっては世界すらも小さいというのか。

 

 そして、ペグ子の歌は続きいよいよ最後のサビ入っていく。

 

「夢ならば覚めないで 夢ならば覚めないで あなたと過ごしたとき 永遠の星となる」

 

 誰もがこの(うた)から覚めたくない、そう願っている。しかし、それ以上に次の(うた)を見たいと思う気持ちがみんなを次の(うた)へと駆り立てる。

 

「「「ほーら! あなたにとって 大事な人ほど すぐそばにいるの」」」

 

 合唱が響く。一つの夢が終わる。しかし、それは次のゆめの始まりへと続く。

 

「「「ほーら あーあ あああ ああーああ 響け恋の歌!」」」

 

 音が消え、夢が覚める。

 

 世界が切り替わる刹那の静寂。

 

 そして、

 

「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 歓喜の声がライブハウスを埋め尽くした。

 

 

 




………………。

「3-1」ってなに?

というわけでまさかの《ハロハピ》ライブ、分割です!(吐血)

何でこんなことになっちゃったのかというと、奥沢さん視点のパートがめっっっっちゃ長くなっちゃったからです。てへぺろでやんす!

奥沢さんは《ハロハピ》きっての常識人&良心なので多分こんな葛藤もあるのかなーと思って書いてたら筆が進んでこんなことに。あと、花音ちゃんと絡ませたかっただけです!(欲望)


そして、奥沢さん視点がながくなったため、苦肉の策でライブパートを分割、一曲目の《小さな恋のうた》で切りました。

《小さな恋のうた》は学生バンドの定番なので、どうしても使いたかった曲でした。一つ予定通りにタスクをこなせたのでま、ま、満足! 一本満足!

 できれば次で終わらせたいんですが、《ハロハピ》はまだ、4人のメンバーを残しています。フリーザ様ですら3形態だけなのに。

 とにかくなるはやで書くので、そこんとこヨロシクゥ!



【余談】

最初の格言っぽい言葉なんですが、実は格言でもなんでもなくて、日本のプロレスラーが言った言葉を英語に直しただけです。それっぽいでしょう? ふふふ。

しかもこの言葉、カッコいいセリフではなく、ネタとして有名になってる言葉だったりします。興味がある人は調べてみてね!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。

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