野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
後編の3-3!

ライブはいよいよ3曲目! これで終わりです!

ライブのアフターまで入れてここで終わるのか、あるいはライブとアフターに3と4で分けるのかは分量次第になります。

残す《ハロハピ》視点はあと二人。当然、二人ともこの話で出していきます!

鳴瀬君たち《ハロー、ハッピーワールド!》の幼年期の終わり、どうか見届けてやってください。

そして、作品としてここが一つの節目となります。よろしければ御意見・ご感想・ご評価入れていただけると励みになります!


野良ベーシストは仲間を信じる(後編3-3)

ーーずっと夢を見て幸せだったな 僕はデイ・ドリーム・ビリーバー そして 彼女はクイーン

 

 

 

◇◇◇

 

 

 ーーあつい。

 

 頬を垂れていく汗を拭う。

 

 ライブハウス全体の熱気、そして、ウェーブなどのパフォーマンスによる体の火照り。汗をかくのは仕方がない。

 

 だが、決してそれだけではない。

 

 俺の心が、魂が融けそうなほどの熱を帯びているからだ。

 

 《ハロー、ハッピーワールド!》は完全に俺の心に火を着けた。この火、いや、既に炎と化したこれの熱はとどまるところを知らない。

 

 Live is so wonderful.

 

 ああ、ライブ(いきる)とはかくも素晴らしいものなのか。

 

 しかし、(うた)の終わりが近付いている。

 明けない夜が無いように、止まない雨が無いように、命に永遠が無いように、この(うた)もあと一曲で目覚めの時が来る。

 

 俺たちは現実を生きている。だから、必ず夢から覚めて一歩を踏み出さなければいけない。

 

 でも、最後の曲を聴けば、その一歩は今までにない最高に力強い歩みとなるはずだ。

 

「……やっちまえ《ハロー、ハッピーワールド!》」

 

 そうボソッと呟いた俺の前で、ペグ子がまたマイクを口元に向けてMCを始めた。

 

「みんなー、《えがおのオーケストラっ!》どうだったー?」

 

 ヨカッタヨー! サイコー!

 

 客席から当然のように返ってくる肯定の応えにペグ子は満足そうに頷く。

 

「うんうん、ありがとー! わたしも歌っていてとっても良かったと思うわ! でもーー」

 

 そこまで言って、ペグ子は客席を見渡してから満面の笑みになる。

 

「《えがおのオーケストラっ!》が最高だったのは、わたしたち《ハロハピ》だけの力じゃないわ! あの最高はここにいるみんなが作ってくれたのよ! だからみんなも今日から《ハロハピ》のメンバーよ、よろしくね!」

 

 ウォォォォ!!! コンゴトモヨロシクー! ココロチャーン!!

 

 ペグ子の言葉で客席のテンションは最高潮になる。もうこうなってしまっては止まらない。いや、止める必要など元よりないのだ。

 

 ペグ子が声援に応えて手を振り、そして大きく息を吸い込む。

 

 ついにその時が来る。

 

「ありがとうみんな! さぁ、わたしたちのライブもあと一曲よ! 楽しい夢の時間もいつだって終わりがあるもの! でも、わたしたちはこれからもずっと一緒に同じ(ハッピー)を追いかけて行きましょう! 《ハロー、ハッピーワールド!》ラストの曲は《ASIAN KUNG-FU GENERATION》で、《ソラニン》! ミュージック、スタート!」

 

 チャーン…チャーン……チャチャチャチャーン……

 

 ペグ子の声で静かなドラムのリズムに合わせ哀愁のあるギターのメロディが響く。

 

 日本有数のロックバンドである《ASIAN KUNG-FU GENERATION》が送る名曲の一つ《ソラニン》は同名のコミックとタイアップして生まれ、映画の主題歌にもなった。《リライト》や《アフターダーク》のような激しい曲が有名な《アジカン》から、あえてのしっとりした曲のチョイス。

 

 これは賭けだ。ペグ子はこのライブに全てを出しにきているんだ。《ハロハピ》の力を信じて。

 

 もしも、最後までハイテンションの曲で駆け抜けるならそれが理想的だ。十分に上がった客のテンションはそのまま、最後まで駆け抜けることができる。

 

 しかし、ペグ子はそれを良しとしなかった。敢えて静けさの混ざる曲を持ってくることで、《ハロハピ》のあらゆる可能性を示そうとしている。

 

 失敗の許されない初のライブでこの攻めの姿勢。いや、初のライブだからこそ(・・・・・)の攻めの姿勢なのか。ペグ子の恐れ知らずもここまで来ると見事としか言いようがない。

 

 そんなペグ子はステージの上で穏やかに微笑みながら足でリズムをとっている。いつもの底抜けな笑顔ではなく、そんな慈愛に満ちた聖母のような表情(かお)もできるのか。彼女の新しい側面が見えるたびに心の底がぞくりと動く。

 

 先程までの興奮と違う、静かに燃える焚き火のような熱の中で彼女の口が開く。

 

『思い違いは空の彼方 さよならだけが人生か ほんの少しの未来は見えたのに さよならなんだ』

 

 最後の(うた)が始まった。夢から覚める(さよなら)の時が近付いている。

 

 《ハロハピ》が見せてくれた輝く未来の夢とも暫しの別れの予感がして切なさで胸が締め付けられる。

 

『昔 住んでた小さな部屋は 今は他人(だれか)が住んでんだ 君に言われたひどい言葉も 無駄な気がした毎日も』

 

 思えば、ペグ子には本当に無茶なことばかり言われた気がする。俺みたいに太平洋のように心が広く、マリアナ海溝のように慈悲深い人間でなければきっと途中で投げ出していたことだろう。

 

 でも、不思議と今ではそんな日々も悪くなかったなと思えるんだ。

 

『あの時こうしていれば あの日々に戻れれば あの頃の僕にはもう戻れないよ』

 

 もし俺が《バックドロップ》を抜けていなかったら今頃どうしていただろうか? あの日駅前で一人でベースを弾いていなくてペグ子と出会っていなかったら? ペグ子に握りしめられた手を振りほどいていたら? 様々なif(もしも)が俺の頭を駆け巡る。

 

 それでも、俺は今を選んだ。たとえもう以前の俺には戻れなかったとしても、そこに後悔はない。

 

 だって俺は、そんな過去よりも燦然と輝きを放つ新しい未来を掴みとったのだから。

 

『たとえば(ヘイ!) ゆるい幸せがだらっと続いたとする(ヘイ!) きっと 悪い種が芽を出して もう さよならなんだ』

 

 ゆるい幸せを追いかけることを棄てた俺は《ハロハピ》と共に大きな幸せ(ハッピー)を追いかけることにした。心の中に巣食った悪い芽は全て彼女たちの光が焼き払ってくれた。俺の心はもうこれ以上ないほどに晴れやかだ。

 

 観客はコールを送れるところでしっかりとコールを入れてくる。先程までのノリがなかろうと、みんな《ハロハピ》と同じ(うた)を追いかけている。

 

 その夢の終わりにたどり着くまで。

 

 

 

◇◇◇《side 松原花音》◇◇◇

 

 

 

 わぁ……ライブってこんなに綺麗なんだなぁ……。

 

 ドラムを叩くバンドの当事者なはずなのに、私はどこか遠い気持ちでそんなことを考えてしまう。

 

 あっ、いけない! 今はスティックに集中、集中!

 

 お客さんたちが私たちにくれる優しさでほんわかとした気持ちに引っ張られていきそうになる、そんな私のほっぺを心の中でペチペチと叩く。

 

 でも、本当に夢みたい。こんな私をこれだけ多くの人が支えてくれているなんて。一度は諦めそうになった私を……。

 

 私は生来の引っ込み思案。臆病でおどおどした性格も相まって、バンドのみんなを支えるリズムの要であるドラムでは大成しそうになかった。

 

 だから、本当は私、一度はドラムを諦めたんだ。あの時こころちゃんに呼び止められていなかったら私の物語はそこでおしまいだったんだ。

 

 そんな私の手をこころちゃんが握ってくれた。私を引っ張って陽の当たるところまで連れていってくれた。

 

 でも、その時の私はまだずっとそこから逃げたいなって思ってた。私には絶対に無理だよ、ここは私の居場所じゃないよって思ってた。それを変えてくれたのはーー

 

 私はゆっくりと顔を上げる。その視線の先には一人の男の人が立っている。

 

「ーー鳴瀬さん」

 

 ぽつりとその人の名前を口にする。

 

 彼は私たち《ハロー、ハッピーワールド!》みんなの先生のような人。

 

 そして、私に諦めない勇気をくれた人だ。

 

 ーー「ドラムを諦めないでいてくれてありがとう」

 

 初めてのスタジオで鳴瀬さんが私に言ってくれた言葉は今でも私の胸の真ん中で私に力を与えてくれている。そして、鳴瀬さんが灯してくれた勇気の火をここまで大きく育ててくれたのは《ハロハピ》のみんなだ。

 

 みんなありがとう。小さくて、臆病で、今にも消えてしまいそうだった私は、みんなのおかげでこんなに大きな火に育ったよ。今の私はこんなにもドラムを叩けることが楽しいよ。

 

 ドラムを叩く私の手には二本のスティックが握られている。これは鳴瀬さんと一緒にお店で選んだスティックだ。

 

 鳴瀬さんのお家に行ったとき、私は色んなスティックを鳴瀬さんからプレゼントしてもらった。

 もらったスティックを家で試していると、その中にとてもスッと手に馴染む一対を見つけた。それはまるで私のためにあつらえたようにしっくりと手に馴染んだのだ。

 

 でも、そのスティックは練習の途中で折れちゃったんだ。

 

 それで、折角見つけた自分の手足の一部のようなスティックを失くして泣きそうだった私に、鳴瀬さんは「そのスティックを売ってるお店を知ってるから一緒に買いに行こう」って言ってくれた。

 

 今、私の手の中にあるスティックはそのとき鳴瀬さんと買ったスティックの中の一つ。それは大切な大切な私だけの思い出。

 

 このスティックを握っていると鳴瀬さんが私のすぐそばにいるような気がする。一緒に買い物に出掛けたときに、すぐに迷子になりそうだった私の手を取ってくれたあの時のように。

 

 あの頃の私は鳴瀬さんに引っ張ってもらうだけだったけど……今度は私が鳴瀬さんやみんなの手を引っ張る番なんだ!

 

 見ていてください鳴瀬さん。あなたが見出(みい)だして信じて支えてくれた私が、今度はあなたと《ハロハピ》の(うた)を支えます。

 

 鳴瀬さんと《ハロー、ハッピーワールド!》みんなの存在を確かに側に感じながら、私は私の想い(セルフィッシュ)をドラムに向かって全力で叩きつけた。

 

 

 

◇◇◇《side 松原花音 over》◇◇◇

 

 

 

◇◇◇《side 奥沢美咲 in ミッシェル》◇◇◇

 

 

 

 うわー、お客さん最後まですごくノってくれてる。

 

 やっぱりこころってすごいね。それとも、《ハロハピ》のみんながすごいのかな。

 

 客席から立ち上る静かな熱気を感じて、私はミッシェルをさらに激しく動かす。

 

 三曲目ということもあって私の体力ももう限界だよ。意外とミッシェルって重いんですよ、これ。

 

 でも、体力の限界を迎えているはずなのに、ミッシェルの動きは私の意思に反して勢いを増していってる。それはみんなが支えてくれているから? それとも、私の中にもっと動き続けたいという想いがあるから?

 

 それはきっとどちらも正解なんだ。

 

 そして、ミッシェルとなった激しく動きだし始めてからひとつ気になっていたことがあったのだ。

 

 ……足下のマネキンの残骸、邪魔なんだよねー。

 

 そう、なんと私の足下には《ハニースイート デスメタル(HS DM)》の《斬首八裂(キルシュヴァッサー)》で八つ裂きにされた憐れなマネキンの残骸が転がったままなのだ。

 

 前の2曲で破壊(さつがい)されたマネキンと別の場所に立ててあったから、おそらくこれだけスタッフが回収を忘れてしまったのだろう。

 

 あー、もう、邪魔だなー。えい、あっちへ行け、この、この。

 

 私は躍りながらミッシェルの足で残骸をこっそりと蹴って、ステージの脇へと処分しようとする。

 

 でも、それがいけなかった。

 

「えい、えいっ、えっ……あっ、あわわわわっ!?」

 

 足蹴にしていたマネキンの残骸を間違って足で踏みつけてしまった私はバランスを崩してしまう。普段の私なら踏みとどまれただろうけど、今の私はミッシェルだった。崩れゆく巨体を支えきれずに、私は床に転がるマネキンの残骸めがけて倒れ込んでしまう。

 

「うわーーー!?」

 

 ドシーン! グシャアッ!!

 

 倒れると同時に肘のしたで何かがつぶれる嫌な感触。うへー、何がつぶれたの、これ?

 

 その正体は客席からあがった声で分かった。

 

「おー! ミッシェルがクソ野郎の頭を粉砕したぞー!」

 

 うわー! 私が潰したのってもしかしなくてもマネキンの頭だこれ!? 私、やっちゃった!?

 

 肝心な場面で大ポカをやらかした予感に頭を抱えそうになる私。

 

 しかしーー

 

「すげー! やるじゃんミッシェル!」

「よくやったぞミッシェルー!」

「いいぞー、もっとやれー!」

「ーーあれっ、もしかして、私、ウケてる!?」

 

客席から返ってきた声援で、どうやら私の失敗はパフォーマンスだと解釈されてしまったみたいだと気付く。怪我の功名とはまさにこのことだよ。

 

 ……でも、狙ってやってないパフォーマンスが一番ウケてるってなんか複雑。

 

 起き上がりながら、今までの私の努力はなんだったのかと内心釈然としない気持ちになる。

 

 それでも、ま、いっか! ステージでは結局ウケたもの勝ちだし。せいぜいこのまま勢いに乗らせていただきますよー?

 

 そうそう、何事もポジティブ、ポジティブ。これ大事ね。あー、こころたちの能天気さが感染(うつ)ってきてるなー、私。

 

 自分でも驚くほどの心の変化に、それでも不思議と悪いきはしないで、私はミッシェルをますます激しく動かすのだった。

 

「へーい、まだまだミッシェルはこんなもんじゃないですよー。あ、でも、期待され過ぎるとやっぱり困る、ほどほどでいくぞー、おー!」

 

 

 

◇◇◇《side 奥沢美咲 in ミッシェル over》◇◇◇

 

 

 

 美味しい料理を食べるときは、それをもっと長く味わっていたいという思いが、残りが少なくなるにつれてどんどん箸が動くのを遅くする。

 

 しかし、ライブはそうはいかない。なぜならライブの主導権を握るのはいつだってステージの上のバンドなのだから。

 

 そして、それゆえにライブは素晴らしい。

 

 ライブが終わりに近づくにつれて、まるで寿命を迎える超新星のように《ハロハピ》は輝きを増していく。いつか燃え尽きる日が来るまで私たちはずっと輝き続けるんだ。そんな彼女たちの声が聞こえてくる気がする。

 

『寒い冬の冷えた缶コーヒー 虹色の長いマフラー 小走りで路地裏抜けて 思い出してみる』

 

 曲が低速域を抜けて走り出す。いよいよ終わりの時がくる。

 

『たとえば(ハイ!) ゆるい幸せがだらっと続いたとする(ハイ!) きっと悪い種が芽を出して もう さよならなんだ』

 

 まだ終わって欲しくない。

 

 彼女の歌声を、彼女たちの演奏をもっと聞いていたい。

 

 この(うた)から覚めたくない。

 

 でも、もう、さよならなんだ。

 

『さよなら それもいいさ どこかで元気でやれよ 僕もどーにかやるさ そうするよ』

 

 少し投げやりな雰囲気の歌詞もペグ子の手にかかればそれは強いメッセージに変わる。

 

 「わたしの幸せ(ハッピー)を詰め込んだあなたならどこでもきっと大丈夫。お互いに元気でやりましょう。そして、一緒に世界をハッピーにするのよ!」

 

 消えていく最後のメロディの響きの中に、俺はペグ子のそんな声を聞いた気がした。

 

 静寂。

 

 静寂。

 

 静寂。

 

 それはどこかで夏祭りが終わった後の余韻に似ていた。

 

 そして、その静寂を切り裂いて、打ち上げ忘れた一つの花火が客席で轟音と共に花開いた。

 

 

 

◇◇◇《side 弦巻こころ》◇◇◇

 

 

 

 あら、もうおしまいなのね。

 

 曲が最後になるにつれてだんだんと名残惜しさが胸に溢れてくるみたい。

 

 んー、わたしはいつも新しいワクワクを探しているからあんまりこんな気持ちにはならないのだけど、それだけライブの力がすごいってことね!

 

 きっとそうよ、だってそれだけ今日のライブは凄かったもの!

 

 わたしたちがお客さんに幸せ(ハッピー)をあげると、お客さんたちがわたしたちに笑顔(ハッピー)を返してくれるの。ライブじゃないとこんなことはできないわ!

 

 やっぱりバンドで幸せを世界に届けるというわたしの発想は間違ってなかったわ!

 

 わたしは、わたしの思い付きが間違っていなかったことに満足する。もっとも、わたしの思い付きが間違っていたことなんて一度もないのだけど!

 

 でも、今回の思い付きはわたし一人では無理だったわ。

 

 わたしは、私の後ろで同じ想いでいるみんなのことを考える。

 

 薫、はぐみ、花音、ミッシェル、そしてミッシェルを連れてきてくれる美咲も。みんな最高のわたしのお友達!

 

 わたしたちはこの広い世界の中で偶然集まった仲間たち。でも、きっとそれは本当は必然だったんだわ!

 

 だって、今こんなにもわたしたちはひとつになっているんですもの!

 

 そんなことを考えていると、曲はもうほんとの最後になっちゃった。でも、名残惜しさはだんだんと消えて、入れ替わるように満足が流れ込んできてる。

 

 だって、これが終わってもまた次のライブがあるもの! ワクワクが止まらないわ!

 

 そう、これが終わってもその次の、それが終わってもまたその次のライブがあるのよ。昔を振り返っている暇は無いわ!

 

 でもね。

 

 それでもたったひとつだけ、このライブに心残りがあるとするなら。

 

 やっぱりわたしもまだまだなのかしら。ライブで世界中のみんなを平等に幸せ(ハッピー)にしなくちゃいけないのに、今はただ、あなたに一番わたしの歌声を届けたいのよ。

 

 それは、わたしに音楽で一番最初に幸せ(ハッピー)をくれた人。

 

 そんな素敵な演奏をするのに、自分は一番幸せ(ハッピー)じゃない表情(かお)をしていた人。

 

 わたしにバンドの歓びを教えてくれた運命の人。

 

 ーー鳴瀬、あなたの心にわたしの(うた)は届いているかしら?

 

 客席にダイブしてキャッチしてもらったときを最後に、歌っている間はあえて一度も目を合わせなかった。最後の時になって、ようやくわたしはまた鳴瀬と目を合わせた。わたしの(うた)がちゃんと彼に届いたのか確かめるために。

 

 そして、彼と目が合った瞬間に、わたしはその一瞬で全てを理解したの。

 

「ーー以上、《ハロー、ハッピーワールド!》でしたー! みんな、応援ありがとー!」

 

 みんなの歓声を浴びたわたしはきっと、今までの人生で一番の、最高に幸せ(ハッピー)な笑顔をしていたのよ。

 

 

 

◇◇◇《side 弦巻こころ over》◇◇◇

 

 

 

 おめでとう。そして、ありがとう、薫、北沢さん、松原さん、奥沢さん、……こころ。

 

 もう、語れる言葉はそれぐらいしか胸の中に残っていなかった。

 

 最高の時だった。

 

 ただ、ただ、最高の時が流れていた。

 

 最高のものに触れたときに言葉を失って「ほぅ……」と思わず溜め息を吐いてしまうような充足感。今の俺にはそれしかない。

 

 もちろん、技術的な課題は沢山あった。バンドのアドバイザーとして、俺はこの後彼女たちに沢山のダメ出しをすることになるだろう。

 

 でも、ただこのときは自分の心に素直でいたいのだ。

 

 それからしばらく充足感に浸っていると段々と周囲の声が聞こえるようになってきた。

 

「やべぇ、《ハロー、ハッピーワールド!》、これはくるぞ!」

「それな! 誰だよ《ハロー、ハッピーワールド!》が可哀想なんて言ってた奴?」

「いや、お前もじゃん! まぁ、俺もそう言ってたんだけどさ。だって、初ライブのバンドがあんなん見せてくれると思わないじゃん!」

「うんうん、ってかマジでこれが初めてのライブなんだよな。つーことは、これから先もっと伸びてくわけじゃん? 俺、しばらく《ハロハピ》をフォローするわ」

「それな! つーか、物販なかったし早く音源とかほしーぜ!」

 

 みんなが《ハロハピ》を讃える声が聞こえる。当然だ、それだけのことを彼女たちは間違いなくやったんだから。

 

 もっと客席の声を拾おうと俺が振り向いたそのとき。

 

 俺は隣に立っていたあの少女のことを思い出した。

 

 少女は演奏前と同じ場所で立っていた。両の目から頬を流れる涙を拭うこともしないで、ステージの上に彼女たちの幻影をまだその目で追いかけているかのように、ただじっとステージを見つめてそこに立っていた。

 

 その姿に声をかけることが躊躇われて、しばらくじっと見つめていると、視線に気づいた少女が「あっ」と小さく声をあげて慌てて目尻の涙を拭った。

 

「す、すみません。みっともない姿を見せてしまって」

「あ、俺もごめん。じっと見てるなんて失礼だったよね」

 

 俺が軽く頭を下げると、少女は今度は頬の涙を拭いながらゆっくり首を左右に振った。

 

「いえ、誰だって隣で誰かが泣いていたら気になるとおもいますから。……それにしてもすごいバンドでしたね《ハロハピ》」

「いや、俺もここまでやるとは思ってなかったよ」

 

 確かに、バンドのアドバイザーとして期待してないわけではなかったが、まさかそのハードルの遥か上空をジェットで飛んでいくと誰が思うだろうか。

 

 そんな風に語る俺を見て、少女が意を決したように口を開く。

 

「……《ハロハピ》って、本当にこれが初ライブなんですよね?」

「うん、松原さんだけは楽器歴は他のメンバーよりも長いけど、それ以外は春にバンドと出会ったばかりの本当の素人だ。最初から練習に付き合ってやってる俺が言うんだから間違いない」

 

 少女の言葉を俺が肯定する。

 

「じゃあ、わ、私にもバンドはできるでしょうか? まったく、楽器も弾けない私なんかでも……」

 

 少女の声は果物の果汁の最後の一滴を絞り出したようにか細かった。それだけの勇気を振り絞ったことばだった。

 

 なるほどね。もう、観客席(こっち)側じゃ満足できないってわけか。

 

 俺は精一杯の勇気を振り絞ったその少女の肩にそっと手を置いた。「あっ」と細い声が少女から零れ、目と目が合う。俺はその目に笑いかける。

 

「もちろん。君にだって絶対できる。誰にだってできる。だって、音楽は誰のものでもない、音楽は自由なんだ。だから『私なんか』じゃなくてさ、『私にしか』できない音楽をやりなよ。それは絶対に君の内側に眠ってて、外に出たがってるからさ」

 

 俺の言葉に少女の顔がハッとする。

 

「私にしかできないこと……」

「ああ、君が感じた全ては君だけのものだ。だから絶対に君にしか表現できないことがあるよ」

「……はい!」

 

 元気よく少女が応えて、拭ったはずの涙がまたその頬を流れた。そのまましばらく涙を流す少女の肩に俺はそっと手を添えて支えてあげていた。

 

「……ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうかい?」

 

 少女の顔を見て、確かに大丈夫そうだと思った俺はその肩から手を離す。

 

「私、絶対にバンドをやります。今は中学三年生だから受験があるので、次の春に高校に進学したら絶対に仲間を集めます!」

「それは最高だ。期待してるよ」

 

 こんなにも素晴らしい心を持った少女なのだ。彼女の作るバンドはきっと佳いものになるだろう。

 

「あっ、私、ましろ、倉田ましろって言います! お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」

「あー、そういえば名前も名乗ってなかったんだな俺たち。いいよ、俺は基音鳴瀬、鳴瀬でいいよ倉田さん」

「鳴瀬さん……、今日は本当にありがとうございました」

 

 俺の名前を呟いて深く頭を下げる倉田さんに、俺は気にするなと手をひらひらさせる。

 

「いえいえ、感謝されるほどのことはやってないよ。それよりも、次はおまちかねの《Afterglow》だぞ。まだまだ目一杯、このライブを楽しんでいこうぜ!」

「……はい! ……えっ? な、鳴瀬さん、う、後ろに……」

「え、何、倉田さん? 後ろがどうした……って、あっ……」

 

 倉田さんが震える指で背後を指し示すので何事かと思った俺が後ろを振り返ると。

 

 そこに立つのは五人の般若、或いは仁王だった。もっと具体的に言うなら《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバー五人全員が腕組みをして般若の形相で仁王立ちしていた。

 

 彼女たちと目が合った瞬間、ペグ子を筆頭に怒濤の勢いでその口が開く。

 

「ちょっと鳴瀬! わたしたちが必死にライブをしてたのに、なんであなたは他の女の子とイチャイチャしゃべっているのかしら!」

「え、あ、いやこれは違うんだよペグ子……」

「ペグ子? それがその子の名前なの!?」

 

 あ゛ーー!! ミスった!? 焦ってペグ子のことを「ペグ子」って呼んでしまった!?

 

 アカン、アカンですよこれは。なんとか軌道修正をしないと……俺は死ぬ!(確信)

 

「あ、いや違うんだよこころ……」

「違ってないでしょう! どうしてよ鳴瀬! ちゃんと説明して!」

「ぐええ……こころ、首が、首が折れる!」

 

 俺が全てを言い切る前にペグ子の両手が俺の肩を掴んで前後に揺する。

 

「そうだぞMr.鳴瀬! しかもMr.鳴瀬は私が投げた初めてのピックをその子にあげていたじゃないか! 一体その子とどういう関係なのか、君には私たちに説明する責任がある!」

「か、薫。いや、説明も何も倉田さんとは今日ここで会ったばかりで……」

 

 いつもは見せたことがない怒気をはらんだ薫の視線に俺は怯む。

 まさか倉田さんに善意からピックをあげたことが、ここで裏目に出るとは一体誰が思うだろうか。

 

「むー、ほんとかなぁ? それにしては仲良くない?」

「そ、そんなことないよ? 北沢さん……」

 

 いつもは何の疑いも持たない純真な北沢さんまで、今日はなぜか俺への追及を強めてくる。

 

「な、鳴瀬さん、私たちのこと捨てて他の女の子のところに行っちゃうんですか……」

「ち、違っ……! 誤解だ松原さん!」

 

 ああ、本当に違うんだよ松原さん。だからその泣きそうな目で俺を見るのはやめて、お願い。

 

「その子、まだ中学生ですよね。鳴瀬さん、逮捕されちゃうのかなー。あー、残念、残念」

「奥沢さん、本当に違うんだよ……」

 

 あの、奥沢さん。その手に持ったスマホで一体どこに連絡しようとしてるの? ポリス? ねぇ、ポリスなの?

 

「「「「「(Mr.)鳴瀬(くん・さん)~!!!」」」」」

「ぎゃーーー!!??」

 

 しどろもどろになりながらの俺の弁明は、結局《Afterglow》のライブが始まるまで続いて、それから倉田さんとの関係を語り終えるにはライブが全て終わるまでの時間を要したのだった。

 

 

 




はい、ここまで書いてほぼ一万字なのでライブアフターはその4に持ち越しです(昇天)

これでライブ自体は書き終わりました! なげぇよ!

でも、やりたいことはやったので満足です!

最後の視点人物は花音先輩とこころちゃん、そしてミッシェル再び。

いやー、キャラが既に立ってる人物の視点になりきるってむずいですね!

もう二度とこんなことはしないよ!(世界丸見え風)

作中謎の少女は、感想でおっしゃってる人もいましたが倉田ましろちゃんでしたー!

ましろちゃんの名前を出す前に当ててもらって、結構ちゃんとキャラがトレースできてたんだなぁ、とちょっと自信になりました!

三曲目は《ASIAN KUNG-FU GENERATION》から、《ソラニン》でした。アジカンは定番の激しい曲よりも少ししっとりしてる曲が好きなんですよねー。最近だと『四畳半神話大系』とタイアップだった《迷い犬と雨のビート》とかツボです。

《ソラニン》は原作の漫画の青臭さからして大好きだったのでこの作品で使えてよかったです。映画は酷評も多かったのですが、「酷評してる人は多分ちゃんとした大人なんだろうな~」って思いました。あの青臭さは多分しっかりした人には分からない種類のやつです。

そして、最初の言葉は忌野清志郎さん率いる《タイマーズ》の《デイ・ドリーム・ビリーバー》でした。某有名コンビニチェーンとタイアップした曲なので、知ってる人もおおいかな?
夢から覚めて初めて夢の素晴らしさに気付くことって良くありますよね。鳴瀬くんはどうなんでしょうかね?

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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