こころちゃんのお宅訪問(強制)イベントです。
お金に絡んだ言葉の中でも五本の指に入るほど有名な"Money moves from pocket to pocket."という格言は、日本では「金は天下の回りもの」という表現で大衆に広く知られているが、「金は片行き」という格言を皆さんはご存知だろうか。
これは噛み砕いて言えば「金は金持ちのところにばかり集まっていく」ぐらいの意味の言葉だ。
金は世の中を巡るものだが、金持ちはその金を元手に更に金を稼ぐので、どんどん金が貯まっていく一方になる。俺も話には聞いていたことはあったが、そんなことは雲の上の殿上人の話で、庶民の俺には全く関係のないと思っていた。
今、この瞬間までは。
「着いたわ! みんなようこそ、ここが私の家よ!」
「はー……」
駅前でペグ子に
圧倒的なものを前にしたとき人は言葉を失うというが、その感覚が今の俺にはよく解る。それについて何か言葉を発しようにも、上手く表現するための語彙が己の内に見当たらないのだ。
ゆえに、その口から出る言葉は全て大した意味を持たない呟きへと堕してしまう。
だから俺は「家」と呼ぶよりは「屋敷」や「豪邸」という風情のその建物に言及することは止めて、ペグ子について言及することに決めた。
「お前、すごいお嬢様だったんだな……」
「ええ、私はそんなに気にしたことはなかったんだけど、そうみたいね!」
全く嫌らしさを感じさせないその言葉は、ペグ子が付け焼き刃ではない真性のお嬢様であることを俺に確信させた。
小金持ちや成金のように、自身の権威付けのためあえて尊大に振る舞う必要がない。彼女はそんなレベルの領域にいるのだろう。
漠然とそんなことを考えていた俺に、ペグ子は屈託のない笑顔を向ける。
「さぁ、いつまでもこのまま家を眺めていてもしょうがないわ! 中に入りましょう!」
「じゃあそうさせてもらいますよっと」
ペグ子に促されるままに、俺は重厚そうな鉄製の門扉を潜って敷地内へと踏み込んだ。
「お、お邪魔します……」
「ふっ、失礼するよ」
「お邪魔しまーす!」
「やっぱり私、場違いじゃないですかね……」
俺が敷地に入ったのを見て、他のメンバーたちも次々に門を潜りはじめる。その光景に、怪獣に生け贄として捧げられ次々と飲み込まれていく哀れな犠牲者の姿を幻視したが、いの一番にペグ子という怪獣の犠牲になっていた俺には最早手遅れであった。
ペグ子に従って入った屋敷は決して張り子の虎ではなく、その内装も外観に見合った豪奢なものだった。
俺たちは華美な装飾が施された長大なテーブルがある部屋に案内されて、これまた一脚いくらするか検討もつかないようなビクトリア調のひじ掛け椅子に座っている。
……落ち着かねぇ。
小市民な俺は、万が一椅子に傷でもつけた時のことを考えて椅子に腰を落ち着けながらも、心が全く落ち着かないというアンバランスな状態だった。
松原さんや奥沢さんもどうやら俺と同じ気持ちのようで、もじもじしながらそわそわと部屋を見回している。
やはり、常識人にとってはこの部屋は針のムシロのようである。
反対に細かいことを気にしなさそうな北沢さんは、好奇心旺盛な表情で俺たちとは違った意味でキョロキョロと部屋を見回していたし、薫に至っては、まるで彼女がこの部屋の主であるかのように完璧に部屋とマッチしていた。
「さぁ、みんな! 早速私たちのバンドの活動方針を決めるわよ!」
ここでも会話の口火を切ったのはやはりペグ子だ。こいつは良くも悪くも場の空気や流れを変える行動力がある。
そして、方針を決めること関しては特に俺も異存はなかった。
「そうだな、まずはそこから行こう。何事もPDCAのサイクルは肝心だ。それじゃあ、言い出しっぺのこころは何か案があるのか?」
「ふふっ、もちろん! みんな、まずはこの紙を見て!」
待ってましたと言わんばかりのどや顔で、ペグ子は懐から取り出した紙を俺たちに配る。
「お、ちゃんと紙にまとめてるのか、偉いぞ。どれどれ……?」
ペグ子が行き当たりばったりではなく、ちゃんと計画を紙にまとめてきたことに感心した俺だったが。
「……なにこれ?」
その感心は文面を見た瞬間に大気圏の彼方まで吹き飛んでいった。
「海の砂浜で砂のお城を作る、シロツメクサで冠を編む、流れ星を探しに山に登る……」
「洗い立てのシーツの匂いを嗅ぐ、お菓子をお腹いっぱい食べる……」
「すごくいい!」×2
「いや、全然よくねぇよ!?」
ペグ子の迷案に、いい笑顔で同意した北沢さんと薫を見て俺は思わずツッコミを入れていた。
「あら、一体何がダメなの、鳴瀬?」
「いや、全部だろ全部。これ、全然バンド関係ないじゃん! ただのお前のやりたいことリストじゃん!」
首を傾げるペグ子に対して、俺が至極まっとうな指摘をすると、その通りだと言わんばかりに松原さんと奥沢さんが首を縦に振った。
頭がお花畑寄りな三人に対して、常識人が二人もいてくれることは心強い。頭数だけ見れば、常識人一人がお花畑一人の手綱を握れば、こいつらがお花畑に向かって駆け出して行くのを防ぐことが理論上は可能だ。
そして、そんな貴重な常識人枠の松原さんが遠慮がちに口を開く。
「あ、あの……私たちは『バンド』だから、やっぱり楽器の演奏が必要だと思うの」
「え、そうなの?」
「あ、そういえばお兄ちゃんも楽器で音楽がどうのこうのって言ってた!」
「そうだよ、楽器で音楽やらないって何のための『バンド』だよ」
相変わらず首を傾げたままのペグ子に対して、北沢さんがナイスフォローを入れたところに俺も乗っかる。
「『バンド』ってのは歌で、演奏で、人の心を揺さぶってやるから意味があるんだよ」
「………! 鳴瀬、あなた今とても良いことを言ってくれたわ!」
ペグ子が目をキラキラと輝かせながら、テーブルの上に両手をついて身を乗り出す。
「音楽が人の心を揺さぶるなら、私はそれでみんな乗り出す心を
そう力強く宣言したペグ子に薫たちお花畑寄りなメンバーが同調する。
「ふっ、世界を笑顔に、か。壮大でこの私に相応しい目標だ。世界のためとあれば、私は進んで王子様を演じようじゃないか!」
「私も……すごくいいと思う。私はソフトボールをやってるから、勝負になるとどうしても負けて悲しむ人を見ることになるんだ……。だから、これ、とってもいい! 賛成!」
そんな即断即決のお花畑二人に対して、少し冷めた感じなのは常識人二人。その一人の奥沢さんの目が俺と松原さんを見つめる。探るような視線だ。
「お二人はどう思います? 私は正直、世界を笑顔になんて大それたことは無理だって思いますけど。大体、この世界有数に平和な国の日本ですら笑顔だらけじゃないんですよ。それで世界なんておこがましいと思いませんか?」
「え、わ、私はその……」
「ふむ……」
盛り上がるお花畑三人衆に聞こえないように、囁くような声で奥沢さんが問いかける。
なるほど、奥沢さんは常識的でその上かなりの
そんな奥沢さんの意見には、当然俺が賛同できるところもある。
しかしーー
「ーー確かに、奥沢さんの言うことも一理ある。しかし、俺は『音楽で世界を笑顔に』はそこまで悪くはないと思う」
「え!?」
奥沢さんが心底意外といった表情を浮かべる。恐らく、彼女の先程の発言は俺だけは間違いなく同意してくれると踏んでのものだったのだろう。
実際、俺だってバンドがらみでなければ間違いなく奥沢さんに同調していただろう。しかし、バンドのこととなれば話は別だ。
「目標自体はアホみたいにでっかくたっていいのさ。問題はそこに至るまでの過程がしっかりと組み立てられればいいだけのことだ。それに、最初からてっぺんを狙わない奴は絶対にてっぺんには辿り着けないからな」
だから、ペグ子たちがお花畑で大きな夢を見たいなら、俺たちがそこに至る道を整えてやればいい。そうすれば最後は全員ででかい
それにーー
「ーー俺はバンドマンだからな。常識人だけど
そうだ、俺はバンドマンだ。バンドに人生を捧げ、世界中の人間を俺の歌で震わせたいと本気で思っている。
端から見れば俺は夢想家の阿呆に見えるかもしれないが、人間誰だって多少の
「わ、私も素敵な目標だと思います。実現は確かに無理かも知れないし、私じゃ無理なことかもしれません。けど、もしそれが本当に叶ったらそれはとても素敵なことだと思います!」
俺の言葉に同調した松原さんが言葉を発した。態度は相変わらずおどおどした感じだが、その目には確かに意思の力が宿っている。とてもいい表情だ。
「松原さんもですか……はぁ~、お二人は私と同じ側だと思ったんですけどね」
ため息混じりにぼやく奥沢さんの肩を慰めるように俺は叩く。
「残念だがそういうことだ。……まぁ、どのみち俺はあいつから逃げられんからな、対抗馬である常識人枠の君たち二人に逃げられたら困るのさ」
そう、ペグ子に真っ先にマークされてしまった俺は最早どうあがいても逃げようがない。だから、今の俺にできる最善手はお花畑三人衆に対抗できる常識人三人衆を維持すること、これに尽きる。
「ふえぇぇっ!?」
「あ! これってもしかして、私たちが駅前で逃がさなかった件の意趣返しですか!?」
俺の意図を聞いた二人が、騙されたと言わんばかりに狼狽える。
まぁ、実際はバンドに関わるなら手は抜きたくないのが八割で、駅前での逃走失敗の件は二割ぐらいの比率なのだが。
「ふふふ、実のところちょっとはそんな気持ちだった」
「……鳴瀬さんって意外といい性格してますね」
げんなりした笑顔を浮かべる奥沢さんに俺がニヤリと笑いかけたその時、ペグ子がこちらにとことこ近づいてきた。
「三人とも盛り上がってるみたいだけど、どうかしら私のこの目標は!」
いつも通り、自分の為すことに間違いはないと言わんばかりにペグ子はふんぞり返って胸を反らす。
彼女はいつだって自分を中心に世界が回っていると思っているのだろう。いや、むしろ彼女が中心となって世界を回しているのかもしれない。
「あー、悪くないと思うぞ。どうせなら夢はでっかくないとな」
「私もいいと思います!」
「はぁ~、これってもう断れない流れになってますよね」
そんな俺たちを見てペグ子は大きく頷いた。
「決まりね! 私たちのバンドの目標は『音楽で世界を笑顔に!』、これでいきましょう!」
そう言ってペグ子がみんなの前に右手を差し出す。
「ふっ、行動は言葉よりも雄弁だ。私もさしあたってはこの右手でそれを示そう」
薫の手がペグ子の手の上に重なる。
「よーし、私も頑張るぞー!」
更にその上に北沢さんの手が、そこに松原さん、奥沢さんの手が後を追うように重なる。
皆の視線が注がれるなかで、俺は最後にゆっくりと手を乗せた。
「それじゃあ、せーので掛け声にしましょう!」
「その前に一ついいか?」
今にも「せーの」と言わんばかりのペグ子を制する。
「どうしたの鳴瀬?」
「いや、気になったんだが、このバンドの名前はあるのか? 名前がないと締まらないだろ」
そう、俺はまだこのバンドの名前を聞いていない。バンドをやるからには、やっぱりその本質を表すようなインパクトのある名前が欲しいところだ。
ちなみに俺のいた《バックドロップ》は、「音楽を聴いた人間の頭に不意打ちのように一撃を喰らわせる」ことをコンセプトにしたことがその名前の由来だった。
そして、ペグ子は俺の言葉に自信たっぷりに頷く。
「もちろんよ! そういえばみんなにはまだまだ言っていなかったわね! 私たちのバンドの名前は《ハロー、ハッピーワールド!》よ! 素敵でしょう!」
「ハロー……」×2
「ハッピー……」×2
「ワールド、か」
バンド名を聞いて、薫と北沢さん、松原さんと奥沢さん、そして俺が口々にその名前を呟く。
「名前の由来を聞いても?」
「ええ! まず人を笑顔にするためには自分から笑顔で挨拶をしないとね! だから、最初は『ハロー』なの!」
「なるほど、そこにバンドの目標を入れて……」
「その通り! 《ハロー、ハッピーワールド!》の完成よ!」
満面の笑みで言い切ったペグ子にみんなが頷く。
「ふっ、とてもエモーショナルな名前だね」
「すごくいいよ、こころちゃん!」
「私も、こころちゃんらしくって、いいと思うな」
「なんかそのまんまだけど、それもありなのかな」
メンバーの反応も上々だし、俺も悪くない名前だと思う。名は体を表しているし、バンドの目標をいれたことで初志貫徹の気持ちがありありと伝わってくる。
まぁ、俺が参加するには少し恥ずかしい名前だが、あくまでも俺はアドバイザーなのでそこまで気にすることもない。
「俺もいいと思う。それじゃあ、こころ、リーダーとして一つ威勢のいい掛け声を頼むぞ」
「わかったわ!」
その言葉でペグ子が凛々しい表情を作る。こんな顔もできたのかという驚きと、その顔から滲む強い決意を目にしての少しの高揚を感じながら俺は彼女の言葉を聞いた。
「目指すのは『音楽で世界を
「おー!!!!!!」
決意の掛け声とともに重ねた右手が天高く解き放たれる。
その刹那、解き放たれた右手の先に、世界に飛び立つ《ハロー、ハッピーワールド!》の未来を俺は見た気がした。
時系列が少し前後してますが、大体ガルパの一章七話ぐらいまでのお話でした。
次回はスタジオでの練習回です。演奏はオリ主の見せ場なので上手く書いていきたい。
ミッシェルもでるよ!
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