野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
ペグ子誕生パーティー後編!

というわけで後編でっす。ほぼオリジナルキャラのペグ子のご家族がついに登場。どんなキャラなのかは本編をお楽しみに!

【アンケート協力のお願い】
薫のサイドストーリーのアンケートをとってます。結構票が割れてまだどちらに転ぶか分からない状態です。ペグ子編が終わり、本編を一話投稿するまで残す予定ですので皆様のご参加お待ちしてます!


野良ベーシストは気付かぬ内に墓穴を掘る(後編)

「ーーそれでは皆様、暫しの間お食事とご歓談をお楽しみください」

 

 壇上でいつものレギュラー黒服の一人がマイクでそう告げた瞬間、パーティー会場のあちらこちらで話の花が咲く。

 

 こころはステージの上に設けられた、異常なまでに精緻な装飾を施された椅子に腰かけてその様子を楽しそうに眺めている。どうやら自分のパーティーでみんなが楽しそうに談笑してくれているのが嬉しいようである。

 

「まったく、こころらしいな」

 

 俺はそんなこころを遠巻きに眺めることができる会場の隅の方のテーブルに陣取って、食事とシャンパンを軽く口にしていた。

 

 前の方の席に陣取らなかったのは、先ほどこころを素直に褒めることができなかった気まずさもあったのだが、それ以上に前のテーブルに着いた顔ぶれが豪華過ぎたことが大きい。 

 

 ……やべぇ。前のテーブルの人たち、全員テレビで見たことあるわ。

 

 歌手、アイドル、俳優、ニュースキャスターとそこには日本の芸能界の顔とも呼べる人物たちが揃っていた。

 

 他にも国会の中継で顔を見たことがある政治家ばかりが党派を超えて集まったテーブル、外国のスターばかりを集めたテーブル、スポーツ選手ばかりを集めたテーブルと、テーブル毎にあまりにも色が濃すぎるので、そこにずけずけと突入するのが憚られたのだ。

 

 松原さんと奥沢さんの二人もこの状況には流石に尻込みしてしまったようで、俺と一緒のテーブルで縮こまってちびちびと料理を食べている。

 

 皿が空になったので料理へと手を伸ばしたとき、タイミングが合ってしまった松原さんと顔を見合わせて苦笑する。

 

「いやー、ある程度予想はしてたけどさ、場違いだよな俺たち」

「そ、そうですね……わ、私もこんな凄いパーティーだなんて思ってなくて……」

 

 そう言って松原さんはもじもじと体を動かす。いかにも居心地が悪いといった様子だ。

 

「で、でも、このドレスを着られたのは、嬉しいです……。こころちゃんに招待されなかったら、こんな経験絶対にできないから……」

「確かにね。さっきも言ったけど、松原さんよく似合ってるよ。俺は、前の方で話してるアイドルなんかにも負けてないと思うけどな」

「ふえっ!?」

 

 そう言った瞬間、松原さんが「ボン!」という効果音が出そうなほど瞬時に顔を真っ赤にしてわたわたと否定する。

 

「そ、そそそ、そんな! わ、私なんか全然! そう、全然ですよ!」

「んー、そうかな? 俺からしたら、松原さんも奥沢さんも全然対抗出来ると思うんだけどなー?」

「ぶふっ!? うぇほっ!? げほっ!?」

「うぉう!? 大丈夫か、奥沢さん!?」

 

 奥沢さんの名前を出した瞬間、彼女が飲んでいたオレンジジュースを盛大に吹き出してむせる。

 

 慌てて背中を擦ってあげると、奥沢さんは顔を赤くしながら恨みがましい目でこちらを見た。

 

「な、鳴瀬さん。急に変な話を振るのはびっくりするからやめてもらえますか?」

「え、別に変な話じゃ……」

「やめてもらえますか?」

「はい」

 

 俺は本当に変なことを言った覚えはないのだが、有無を言わせぬ奥沢さんの語気に思わず首を縦に振る。

 

 ……ほんとに変なこと何にも言ってないんだがなぁ?

 

 俺が今度は首を傾げていると、奥沢さんはため息混じりに頭を抱えた。

 

「鳴瀬さん、そういうとこですよ?」

「どういうとこなんだよ?」

「はぁ~、分からないならもういいですよ~」

 

 むぅ、なんだか釈然としねぇ……。

 

 先ほどのため息よりもさらに大きな溜め息を吐いた奥沢さんの考えが後学のためにも知りたかったが、聞ける雰囲気では無いことを察して俺は口をつぐんだ。

 

「鳴瀬さんは私たち二人のことを過大に評価してくださってますけど、やっぱり芸能界の人とは違いますよ。なんというか、所作や心構え? みたいなところが私たちとは全然違うんですよね。なんかもうオーラが違うんですよ」

「あー、確かにそれは分かるな」

 

 一流の人間というものは存在するだけでオーラを出すということは、以前ライブの折にも触れたが、何もそれはバンドに限ったことではない。

 その業界で海千山千の強者たちと渡り合った人間は、他とは違うオーラを放っている。それは、その業界人という肩書きを身に纏っていると言い換えてもいいかもしれない。要するに、彼らは自分が身を置いている世界を自分のものにしてしまっているのだ。

 

 世界を我が物にしているという自信、それが威風堂々たる態度に滲むのだろう。こればかりは、見た目などのように一朝一夕では身に付かないものだ。

 

 でも、裏を返せばこの要素は「業界に長く身を置いていれば身に付けられる可能性がある」ものなので、もしかすると二人も或いはと思ってしまう俺がいる。

 

 そんなことを俺が考えているなど知らない奥沢さんは苦笑いしながら向こうのテーブルを示す。

 

「あれに対抗できるのは、うちらでは薫さんか、はぐみぐらいですよ。見てください、あれ」

 

 奥沢さんの指が示すところでは、薫が会場中ほどのテーブルで男性陣に囲まれて談笑していた。

 彼女を取り巻く男たちは見たことのない顔ぶれなのだが、皆一様に服のセンスがいい。見たところかなり高級な仕立ての服なのだが、服に着られているものが誰一人としていない。恐らく、デザイナーなど服飾関係や、芸能関係の裏方といった人たちの可能性が高い。

 

 もしかすると彼らは、薫に粉をかけに行っているのかもしれない。薫は口を開けば残念美少女なのだが、業界では意外とああいうタイプは受ける可能性もある。自分の世界を持っている薫にはうってつけの世界かもしれない。

 

 そして、そこから少し離れたところでは北沢さんが長机のビュッフェの料理を一心不乱に皿に運んではもしゃもしゃと咀嚼していた。こちらも周囲などお構いなしの薫とは違うベクトルで自分の世界に入っている。

 

 時折、自分の手が届かないところにある料理を取ろうとすると、決まって周りの少し歳を取った人が助けに入ってあげて、北沢さんはその人たちににこやかにお礼を言っている。

 

 しかし、彼女は気付いているのだろうか?

 

 彼女を孫娘を見るようににこにこと眺めるその人たちが、経済界のフィクサーと呼ばれる大物や、某野党の幹事長まで務めたこともある化物であるということに。

 

 北沢さんの怖いもの知らず、ここに極まれりといった感じである。

 

そして、そんな俺たちの視線に気付いた二人がこちらに駆け寄ってくる。

 

「やぁ、美咲。ちょっといいかい? 実はあそこで話していたファッションデザイナーや、モデルのマネージャーが君に興味があるらしくてね。私と一緒に来てくれないかな」

「ええっ!? わ、私がですか!?」

 

 自分の顔を指差して戸惑う奥沢さんに、俺はうんうんと頷く。

 

「おー、いいじゃん。これも経験だ、行ってきなよ奥沢さん」

「な、鳴瀬さんがそう言うなら話だけでもきいてみようかな?」

「おお、感謝するよ美咲。さぁ、共に行こうじゃないか」

「はい、すみません鳴瀬さんちょっと外します」

 

 軽く頭を下げる二人に軽く手を挙げて応える。

 

 そうしている間に、今度は北沢さんが松原さんの手を取っていた。

 

「かのちゃん先輩、あっちの料理、珍しくておいしいよー! 一緒に食べようよ!」

「え、えっと、どうしよう……」

「折角だから食べてくれば? ドレスでお洒落して良いものを食べるなんて滅多にできないんだし、楽しんだ方がいい」

 

 俺がアドバイスをすると松原さんはこくりと頷いた。

 

「た、確かにそうですね! じゃあ、はぐみちゃん、美味しい料理を教えてくれる?」

「うん、いいよ! あっちにいったら取れない料理はおじいちゃんたちに頼んだら取ってくれるよ!」

「そ、それは申し訳ないかな……」

 

 そうしてそのまま松原さんと北沢さんはビュッフェへと向かい俺は一人でテーブルに残ることとなった。

 

 俺は元よりそこまで料理や酒に興味があるわけではない。それに、祭りなんかはそれ自体よりもそこから少し離れてその喧騒を聞くことを楽しむようなタイプだ。熱狂の渦に身を置くのはライブの時だけと決めているのだ。

 

 みんなそれぞれの場所に収まったし、俺は俺で今日のパーティーもいつも通り一歩引いた立ち位置でゆっくりと楽しもうか。

 

「やぁ、君。ちょっといいかな?」

「ん? 俺ですか?」

 

 俺に見知らぬ誰かの声がかかったのは丁度そんなことを考えている時だった。

 

「そうそう、君だよ。こんにちは、少し話でもしないかい?」

「ええ、構いませんよ」

 

 俺は祭りを離れたところから眺めているのが一番好きだけど、祭りに加わるのが嫌な訳じゃない。だから別段、断る理由もないな。

 

 俺が承諾の返事をしながら声の主の方を振り返ると、そこにはかなりの美丈夫が立っていた。

 

 男の歳のころは30半ばから後半ぐらいだろうか。かなり精悍なオーラを放つ人物だ。

 

 俺は身長178cmで平均よりもやや高めの身長だが、目の前の男はそれよりも数センチは高そうだ。多分180cmはあるだろう。体型は俺よりも少しがっしりしていて理想的な成人男性のスタイルといえる。

 

 その体を包むのはパールホワイトをベースに細い紺のストライプを入れた生地のスーツだ。その色艶から察するに、恐らくどこかの有力ブランドの吊るしではない特注品だろう。最低でも100万からはかかってそうなそのスーツに男は決して着られていない。完璧にスーツを体の一部のように着こなしている。

 

 インナーのシャツは黒でネクタイは深紅。白系統のスーツにかなり攻めた配色で、一歩間違えればそれは相手にチンピラのようなイメージを持たせてしまう。

 しかし、目の前の男にはそんな嫌らしさがまったくない。完全な洒脱とでも言うべき遊び心を感じる魅力的なコーディネートになっている。

 

 一般的に胴長体型の日本人にはスーツのシルエットは合わないのだが、目の前の男は外国人と見紛うほどスタイルが良い。そして、そのスタイルに比して顔立ちも、とてつもなく整っている。

 

 眉骨のややつき出した、鼻筋のすっと長い彫りの深い顔立ちは欧米のハリウッドスターを彷彿とさせるが、どこか人懐っこいその瞳が男が日本人であることの証左となっている。豊かな黄金(きん)の髪を無造作に後ろに撫で付けたヘアスタイルと、しっかりと唇の上で納まるように整えた口ひげが気品と野性味という矛盾した二つの美を見事に調和させていた。

 

 ……ただ者ではないな。メディアでは見たことがないけど、どこぞのブランドの専属モデルかあるいは舞台俳優か。とにかくルックスを生かした業界の人間かもな。

 

 そんなことを考えている俺に、男はにこやかに微笑む。余裕のある大人の微笑みだ。

 

「パーティーは楽しんでる?」

 

 気さくな調子で男が話す。肩肘を張らず、尚且つ気取った感じのしない自然体な態度に好感を覚える。

 

「はい、とてもいいパーティーだと思います。……もしかして、あまり楽しんでいないように見えました?」

 

 一人で隅っこのテーブルで静かに過ごしている俺は、もしかすると端から見ればあまりパーティーを楽しんで無さそうに見えたかもしれない。それを気遣って男が声をかけてくれたのではないかと思ったのだ。

 

 そんな俺を見て男は首をゆっくりと左右に振る。

 

「いやいや、そういう訳じゃないよ。僕はパーティーではなるべく今まで会ったことがない人に声をかけるようにしていてね。君は初めて見る顔だったから声をかけさせてもらったのさ」

「そうでしたか。もしかして、このパーティーはもう何度も?」

 

 俺の問いに今度は男が首肯する。

 

「ああ、実はこのパーティーには今まで最初からずっと参加してるんだ。だから会場のほとんどの顔ぶれとは顔見知りになってしまってね」

「なるほど、そういう訳だったんですね」

 

 ふーむ、ということはこの男の人はこころの身内かな。それだけパーティーに参加しているということは、少なくとも血縁が全く無いことはあり得ないよな。

 

 確かに、顔をよくよく眺めてみると目元の雰囲気がこころによく似ている気がする。

 

「せっかく、同じ目的のために集まってくれた人たちなんだ。僕はなるべくこの会場でできる縁を大切にしたいのさ」

「確かに、ここに集まった人たちはほとんど一廉(ひとかど)の人間ばかりですよね。そういった人たちがこういった場所でまた新しい縁を結び合えるのは素敵なことかもしれませんね」

 

 そういった瞬間、男は顔に大きな笑顔を浮かべて我が意を得たりといった風情で頷き、俺の肩を二三度軽く叩いた。

 

「おお、君は分かってるね! そう、そうなんだよ! 貴重な人生の時間を同じ場所で共有することを選んでくれた人たちだ。初めての出会いには新しい絆を、再びの出会いにはより強い絆を、そう思って僕は毎年この場所に立っているんだな」

 

 男の人はそう言うと嬉しそうにテーブルのシャンパンを呷る。グビッと喉が動くようなシャンパンには相応しくないワイルドな飲み方だが、この人がやると不思議と様になった。

 

「ところで、そんな新しい絆を僕と結んでくれた君は一体何者なのかな?」

「あー、僕はそのごく僅かな一角ではない側の人間ですね」

 

 苦笑を浮かべて俺が答えると、男は興味深そうに「ふむん、詳しく聞いても?」と尋ねてきた。

 

「僕はバンドマンでベースを弾いてるんです」

「ほう、バンドを」

 

 男の体が僅かに前のめりになる。

 

「はい、でも所属していたバンドを方向性の違いで抜けてしまって、今は野良なんです。自分はメジャーデビューを目指してゴリゴリ演奏したいタイプだったんですが、どうも他のメンバーはそうじゃなかったみたいで」

「なるほどね。確かに、向いている方向が違う人間同士からは新しい情熱(パッション)は生まれないかもしれない。自分の熱が冷める前に別れることを選択したのは英断かもしれないね」

 

 男の人は真剣な表情で俺の話を聞いてくれる。

 

 今しがた会ったばかりの、自分の半分位しか生きていない若造の言葉を親身になって聞いてくれ、しかも的確な返事をしてくれる人間がこの世界にどれだけいるだろうか。

 

 その誠実さだけで、俺の中でこの男の人の評価は更に上がった。

 

 自然と俺の口も饒舌になっていく。

 

「はい。それに永遠の別れというわけでもないですしね。また、同じ方向を向く日が来たらその時はもう一度やり直せばいいと思います」

「それはとても素敵なことだね。人生は寄せては返す波の如しだ。今は一度離れたとしても、再び巡り会う時への希望を捨てないことが肝要だと僕も思うよ。さよならだけが人生では少し世界は寂しすぎるからね」

 

 そう言って再びシャンパンを呷る男に釣られて、俺もシャンパンを喉に流し込む。信じられないほどに口当たりのいいシャンパンは、まるで目の前の男のようにするりと俺の中へ染み込んでいく。

 

「まぁ、でもしばらくは彼らとはお別れですね。今は、別のバンドの仲間として色々お手伝いをしているので」

「へぇ、そうなのか。ちなみにそのバンドは何ていう名前なんだい?」

「まだまだ無名のバンドなので多分知らないと思いますよ?」

 

 この言葉に男が首を左右に振る。

 

「いや、いいんだ。何がきっかけでそのバンドと関わるか分からないからね。少しでも縁がありそうなら聞いておきたいんだ」

 

 なるほど、チャンスになりそうなことには貪欲に首を突っ込むわけか。この辺りがこの人の成功の秘訣なのかもな。

 

 特にバンドを教えることに抵抗もなかったので、俺は素直にその名前を口にした。

 

「そのバンドは《ハロー、ハッピーワールド!》っていうバンドなんですけどね」

「《ハロー、ハッピーワールド!》……」

 

 男はその名前を噛み締めるように反芻する。

 

「はい、実は今日の主役のこころさんがメンバーを集めたバンドなんですよ。今流行りのガールズバンドなので、僕は舞台には立てませんが、彼女たちが少しでも舞台で輝けるように背中を押させてもらっています」

「そうか……なるほど。君が……」

 

 男は俺から視線を脇にそらすと口の中でぶつぶつと言葉を呟く。何やら少し考え込んでいるような様子だ。俺は黙って彼の次の言葉を待つ。

 

 それからしばらく考えた後、男はにっこりと微笑んで俺の方に視線を戻した。

 

「ふーむ、しかし、バンドをやる立場としては自分がステージに立てないというのは心苦しいのではないかい?」

「ええ、確かにその気持ちはあります。でも、それ以上に彼女たちから得るものも多いですよ。バンドに向き合う姿勢とか、心構えとか、彼女たちと向き合うときは音楽の技術的なことよりも、もっと本質的な部分に気付かされるんです」

 

 《ハロハピ》のみんなはいつも俺に大切なことを教えてくれる。

 

 それは、音楽への情熱(パッション)

 

 表現者が忘れてはならない、常に燃える熱き炎。それは俺の胸のうちに今確かに灯っている。

 

 消えかかっていたそれをもう一度ここまで育ててくれたのは彼女たちのバンドへのひたむきな姿勢。そして、俺への信頼だった。

 

 そう考えれば、《バックドロップ》を抜けたあの日、こころと出会った俺はその時点で既に救われていたのだろう。それほどまでに彼女の俺への信頼は篤い。初のライブを乗り越えた今ならはっきりとその事が分かる。

 

 そして、そんな俺の答えに男は大きく頷いた。

 

「そうか、君は視点を変えて、まだ音楽と向き合い続けているんだね」

「はい、今は自分の夢への助走期間だと思って彼女たちとの関係を大切にしていってますよ」

「なるほどね。じゃあ、最後に少し聞きたいんだが……」

 

 そこまで言って少し男は言い澱む。スパッと歯切れよく話すタイプの彼には珍しい態度だ。

 

 しばらく溜めを作った後、男は先ほど俺の話を聞いてくれた時のような真剣な眼差しで俺を見ながら言葉を続けた。

 

「君は、こころのことをどう思っているかい?」

「こころさん、ですか……」

 

 ここに来てこころのことを聞かれるのは少し想定外だったかもしれない。

 

 しかし、これで目の前の男はこころと血縁関係があることが明らかになった。しかも「こころ」と呼び捨てにできるぐらいだから、かなり近い血縁者だろう。

 だからもしかすると、ここでの答え如何によれば俺はこころから遠ざけられる可能性もある。俺がこころにとって相応しくないと判断されれば、彼女の両親などにそれが報告されて排除に動くことなどは容易に想像できる。

 

 だが、それでも自分の心に嘘を吐くのは無しだ。

 

 さっきの会場前でのこころとのやり取りで、素直になれなかった俺の胸にはしこりが残った。

 そうなるくらいなら、いっそありのまま全部ぶちまけてしまって舞台(ステージ)から降りた方が清々する。

 

 大切なことは、自分の心が自分の選択に納得していることなんだ。

 

 だから俺はまったく嘘偽りのないありのままの気持ちを目の前の男に告げることに決めた。

 

「そうですね。率直な気持ちを言わせてもらいますと『自分勝手で向こう見ず、空気の読めないお転婆ガール』ですかね」

「おおぅ、結構言うなぁ」

 

 目の前の男は俺のずけずけとした物言いに少し怯んだ様子を見せた。

 

「……でも」

「……ん?」

「それはこころさんの表層的な部分なんですよね。本当の彼女は『ちゃんと自分の芯があって勇猛果敢に世界と対峙する、自分から世界を動かしていくような情熱的な女の子』なんだと思います」

「…………」

 

 男は口を開く素振りを見せないので、俺はそのまま言葉を続ける。

 

「今はまだ、ほとんどの人が彼女の表層的な部分にしか気づいてない。でも、じきに世界は彼女の本質を知ることになる。そうすれば、世界はたちまち彼女と恋に落ちることになるでしょう。だから、俺はその時まで、世界が彼女の本当の魅力を理解するまでは、世界中でたった一人だけでも、俺は彼女の理解者でいてあげたいと思っています」

 

 こころはまだ孵りかけの卵。

 

 その殻を破って彼女が世界に羽ばたくそのときまでは。

 

 その(たましい)が冷めることがないように、俺が熱を与えて温めてあげたい。

 

 今の俺は心からそう願っているのだ。

 

 全てを伝えた俺が口を閉じると、男は感慨深そうな表情で大きな溜め息を一つ吐いた。

 

「ああ、君は、君は本当にこころのことを……」

 

 男がそこまで言葉を発したその時。

 

「まぁ、あなた~。こんなところにいらっしゃったのね~」

「ん?」

 

 間延びした声がこちらに響き、俺は思わず声の主を振り返る。

 

 そこには気品が溢れるおっとりした雰囲気の女性が微笑みながら立っていて、肘辺りまで隠れる白い手袋を着けた手をゆっくりとこちらに振っていた。

 

 その顔を見た瞬間、男の顔がパッと輝く。

 

「ハニー! 今、ここに着いたのかい!」

「ええ~、お仕事が少し押していたのだけど~、なんとか間に合ったわ~」

「ああ、よかったよかった! やっぱりこのパーティーには私たち二人が揃ってこそだからね!」

「ええ、ええ」

 

 なるほど、やり取りからすると、この二人はどうやらご夫婦か。これは、俺はおじゃま虫になりそうだぞ。

 

 お互いに駆け寄って手を取り合って見つめ合う二人だったが、女性の方が思い出したように口を開いた。

 

「あら~、嬉しくて忘れていたのだけれど、あなたの出番がそろそろみたいですよ~? 黒服の人たちが探してましたわ~」

「む、もうそんな時間か。まったく、楽しい時間というのはあっという間に過ぎるな」

 

 男は女性の言葉に腕時計へと目を落とし、再び俺のほうへと視線を向けた。

 

「すまないが、どうやら歓談の時間はここまでのようだ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる男に、俺は首を横に振って応える。彼の待っていた奥様も来られたので、話を切り上げる潮時だろう。

 

「いえいえ、お陰で僕もとても有意義な時間を過ごせました。話しかけて下さってありがとうございます」

「そうかい、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」

 

 そして、男は軽く手を上げると最初に浮かべていたにこやかな微笑みを再び顔に浮かべた。

 

「本当に素晴らしい時間をありがとう、また会おう()()()()

「ええ、またよろしくお願いします」

 

 そう言い残すと、男は颯爽と会場から姿を消した。女性も軽くこちらに頭を下げると、男の後を追って消えていった。

 

 二人の姿が見えなくなり、また一人の時間が訪れる。

 

 先ほど飲んだシャンパンが思いの外に美味かったので、再びテーブルの上のシャンパンに手を伸ばしたその時に、俺はふとあることに気付く。

 

 ……あれ? そういえば俺、あの男の人に名乗ったっけ? 最後に「鳴瀬くん」って言われたけど……なんか変だな?

 

 俺の記憶が正しければ、俺と男の人はお互いに名乗り合うことなく会話を交わしたはずだ。

 

 それとも或いは俺の記憶違いか。

 

 俺が首を捻っていると、ステージの演台にスポットライトが灯り、いつもの黒服の人の一人がマイクの前に立つ。

 

「皆さんお待たせいたしました。ただいまから弦巻家令嬢、弦巻こころの16歳の誕生パーティーを始めさせていただきます。開式に先立ちまして、弦巻家の現当主で弦巻こころの父、弦巻(しん)より皆様へのご挨拶があります」

 

 黒服の人の紹介を受けて颯爽と一人の男が舞台の中央に進み出る。

 

 その男はかなりの美丈夫で、彫りの深い顔立ちと無造作にオールバックに撫で付けた髪型が、白に細い紺のストライプを入れたスーツ姿によく映えた。

 

 そのルックスはモデルか俳優なのだろうと男の仕事を推測させるほどに整っていた。

 

 ……いや、というか。

 

 もしかして。いや、もしかしなくても。

 

 

 

 完璧にさっきまで俺が話してた男の人ですやん!?

 

 

 そんな、脳内の口調が乱れるほどの、俺の動揺など露知らぬこころのお父さん、心さんは堂々たる佇まいでスタンドに刺さったマイクを手に持って話し始めた。

 

「皆さんこんにちは、先ほどご紹介に預かりました弦巻心でございます。今日は私の可愛い一人娘のこころのためにこれだけの方々にお集まりいただき、私、感謝の念に絶えません」

 

 おいおいおい、マジか、マジかよ、マジですか! なんか俺、その可愛い一人娘について色々とんでもないこと言っちゃったんですけど!?

 

 気付かない内にこころのお父さんと話をしていたという驚愕の事実の衝撃から覚めやらぬ内に、壇上では心さんの話がどんどん進んでいく。

 

「私は毎年このような形で様々な立場の皆様をパーティーにご招待しているわけですが、ここに集まっていただいた方たち全員に共通することはただ一つ、『世界を昨日よりもより面白く(ハッピー)にできる方』、ただそれだけです」

「……!」

 

 心さんの言葉で、狼狽えるばかりだった俺は、ハッと正気に戻った。

 

 なるほどな、こころの夢はお父さん譲りだったのか。

 

 彼女の夢は父娘二代で描く夢の虹なのだと分かると、そのスケールの大きさにも納得がいった。あるいは、それはもしかすると、もっと何代も前から続いている弦巻家代々の夢なのかもしれない。

 

 壇上の心さんは更に熱を帯びた言葉と視線で、俺たちに力強く語りかけてくる。

 

「今日ここに集まっていただいた中には、普段は対立する組織に所属する人もいるかもしれません。しかし、今日はそんなことを忘れて、志を同じくする仲間として、お互いに絆を深めていただければと、私は切に願っております」

 

 人間一人の持つ力は小さくても、それを寄り集めれば大きな力に変わる。心さんは、大きな一つの夢をここにいるみんなの手で叶えようとしている。

 

 こころのお父さんだけあって、なんと大きな人なのだろう。

 

 俺は尊敬の眼差しで壇上の心さんを見つめていた。

 

 すると心さんはその表情を弛ませて、嬉しくて仕方がないといった笑顔を作る。

 

「そして、今年は嬉しいことに、なんと私の可愛いこころがこのパーティーに新しいお友達を招待しているのです! こころは今流行のガールズバンドに熱心に取り組んでいて、彼女たちはそのバンドのメンバーなのです!」

「ん?」

 

 ……あれ、なんか話の流れが変わったな?

 

 そんなことを考えながら、俺はいつの間にか渇いていた喉を潤すために、テーブルのシャンパンを手に取るとそれに口をつけて、

 

「さらにですよ! 今年はなんと私の娘が、人生で初めてパーティーにボーイフレンドを連れてきたのです!」

「ぶふぅー!?」

 

続いた心さんの言葉で盛大にむせた。

 

 ……ボ、ボーイフレンドって、多分、というかほぼ間違いなく俺のことだよな?

 

 俺のそんな考えを裏付ける言葉はすぐに心さんの口から飛び出した。

 

「私は先ほどまで彼と談笑していたのですが、そのやり取りの中で、彼がどれだけ誠実な人間なのか、いかに娘のことを考えてくれているのかがはっきりと分かり、私、今だに興奮と歓喜が体から抜けきっていないような有り様です!」

 

 そこまで言った瞬間、心さんの指がビシッと俺の方を指差した。固まる俺。

 

「皆様にもご紹介しましょう! 会場の一番後ろの隅のテーブルに着いている彼! 彼がこころのボーイフレンド、基音鳴瀬くんです!」

「え、ちょ、まっ……」

 

 その瞬間、会場の視線が全て俺に殺到し、急に話を振られた俺は酸欠の魚のように口をパクパクさせて言葉にならない声を上げた。

 

 うおーい!? なんつーことをしてくれるんだ心さ〜ん!? ちょっと大変なことになってますよー!?

 

 そんな俺の心の叫びは以心伝心というわけにもいかず、心さんはそのまま次の言葉を口にする。

 

「彼は本当に素晴らしい前途有望な若者です。会話をすれば今時の若者には珍しく、彼がどれだけ思慮深い人物なのか分かっていただけるでしょう。ぜひともこの後の歓談の時間に、ここに集った多くの方に彼との絆を結んでいただければと思います」

「いや、あの、その……」

 

 会場中の招待客が放つ無数のぎらついた視線に晒されながら、俺はの頭はこの会場に入る前にちらっと見たフロアの避難経路図から、自分の今後の逃走経路について頭をフル回転させていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ゛~、ひどい目にあった」

 

 パーティーの喧騒から離れた一つ上のフロアの39階、俺はそこのエントランスの窓際に設けられた休憩所のソファに腰を落ち着けていた。

 

 あれから、心さんのスピーチの後にこころへのプレゼント贈呈タイムが始まった。

 俺たち《ハロハピ》メンバーは、ミッシェルも含めた全員の連名というかたちでマイクの部分がミッシェルの顔になっているスタンド一体型のマイクをプレゼントした。

 

 それは、《ハロハピ》のみんながデザインを興して、俺と奥沢さんで詳細な図面を製作、黒服の人たちに業者への発注を依頼して完成した、こころの周囲の人間全員による共同作品だった。

 特注ということでなかなかに値は張ったが、そこは俺が意地を見せてかなりの金額を張り込んだ。

 

 おかげで俺の懐具合はかなり貧弱なものになったけど、こころがかなり喜んでくれたのでまぁ、結果オーライというやつだ。他のみんなの誕生日にはこころというメガバンクが背後につくので、そこまで負担の必要もないしな。

 

 しかし、俺にとって本当の地獄は、そのプレゼント贈呈タイムの後のフリータイムだった。俺の元にはパーティーに集った客が行楽地の観光名所よろしく殺到し、俺はその対応に大いに気をもんだ。

 メディアで見たことや、一度は耳にしたことのある有名人や社長、芸術家などからの名刺攻勢を受けた俺は、ある程度までそれを捌いた後に、トイレに行くと告げて這々の体で逃げ出した。

 

 そして、セキュリティーの関係からなんとパーティー会場の上下一フロアまで弦巻家が貸し切りにしてあったことを利用して、階段の入り口に立つ黒服の人たちに頼んで上の39階に避難させてもらったのだ。

 エレベーターは上下のフロアには停まらないように設定してあるため、俺を追いかけてくるものは誰もいない。快く俺を逃がしてくれた黒服の人たちには感謝である。

 

「あ゛あ゛あ゛……、人前に立つのは慣れてるけど、こんな目立ち方は想定外だぜ。はぁ、どーするよ、これ」

 

 俺はごそごそとポケットに手を入れるとそこから手のひらサイズの紙の束を取り出す。それは先ほどまでのフリータイムで手に入れた名刺の数々だ。

 弦巻家当主が目をかけた俺に、少しでも粉をかけておこうという、その「粉」がこれである。

 

「……俳優、ブランドデザイナー、IT企業CEO、与党議員、歌手、新聞社社長。すげぇ、有名人の名刺でトランプができるじゃねぇか。……いや、やらんけどさ」

 

 自分の身の丈に合わないようなハイソサエティの人物たちの名刺を眺め、もて余していたその時。

 

「な~るせっ!」

「わっ!?」

 

 背後から急に名前を呼ばれて誰かに飛び付かれた俺は、ぶちまけそうになった名刺の束を慌てて掴むと、再びポケットへと捩じ込んだ。

 

 そして、俺はこんな暴挙に出る人間に一人だけ心当たりがあった。それはーー

 

「ーーこころか」

「はい、大正解よ!」

 

 俺が首だけで後ろを振り返ると、おめかしした満面の笑みのこころと目が合った。こころはウインクをひとつすると飛び付いていた俺の背中から離れる。

 

「お前はパーティーの主役だろ、どうしてここに?」

「それはね、他のお客様のお相手を済ませて《ハロハピ》のみんなとようやくお話ができると思ったら、そこに鳴瀬がいないんだもの。黒服の人たちに聞いたら、上の階で休んでるって言うじゃない。だから、私が探しに来てあげたのよ!」

「うへー、なんという大きなお世話」

「ちょっと鳴瀬! 何でわたしが探しに来てあげたのにそんな顔するのよ!」

 

 折角パーティーの喧騒から逃れて一息ついた俺を、再びそこに戻そうとするこころにげんなりした表情を送ると、こころは頬を膨らませて抗議の声を上げる。

 

 餌を溜め込んだハムスターよろしく膨らんだその頬を指でつついてやろうかと思ったその時に俺は気づいた。

 

 ……今なら他に誰もいないからこれはチャンスかもしれないぞ。

 

 このフロアに今いる人間は俺とこころの二人きり。他の人間が入ってくる心配はほとんどない。邪魔する者や、話を聞くものは誰もいないわけだ。

 

 だから、その、あれだ。

 

 今なら俺も素直になれるかもしれない。

 

 俺は一つ大きな深呼吸をすると、真面目な表情でこころを見つめた。

 

 こころも俺の雰囲気が変わったことに気が付いたようで、頬を膨らますのを止めて俺の方を見つめ返す。

 

 ぱっちりと開いたこころの瞳の中には俺の姿が溶け込んでいる。恐らく、俺の瞳にも同じようにこころの姿が溶け込んでいるのだろう。

 

 しばらく瞳の中に互いの姿を溶かした後に、ゆっくりと俺は口を開く。

 

「あー、その、なんだ。こころ」

「何かしら、鳴瀬」

 

 なんとも歯切れの悪い語句で始まった俺の言葉を、こころは早く先が聞きたいと言わんばかりに前のめりになって待ち構える。

 

 流石に、レディをこれ以上待たせるわけにはいかんな。覚悟を決めろよ、俺。

 

 心の中で自分の頬を叩くと、俺は次の言葉を口にする。

 

 本当に言うべきだったその言葉を。

 

「本当は、もっと早く、できればパーティーが始まる前のカーペットの上でこころを見たときに言うべきだったんだがな」

「……」

「こころ、誕生日おめでとう。そのドレス姿、本当に素敵だよ、とてもよく似合ってる」

 

 その言葉を言った瞬間の俺は、とても人様には見せられないような情けなく恥ずかしい顔をしていたに違いない。照れ隠しに右手の人差し指は頬を搔いていたし、言葉を言い終えてすぐにそっぽを向いたのもまずかった。

 

 でも、こころになら、俺を救い出してくれた彼女になら、そんな俺でも見せてもいいかなと思えたのだ。

 

 そんな俺に、こころは少しはにかんだような可愛らしい笑顔で応えて、スカートの裾を摘まむと優雅に一礼した。

 その姿はまるで、ドガやモネの絵画の世界から抜け出してきた踊り子みたいに、どこか非現実から飛び出してきたようで。いつまでもその前で立ち止まって眺めていたくなるような、そんな優美な姿だった。

 

「鳴瀬、ありがとう。あなたは本当にわたしが必要なときに、必要なものをくれるのね」

「それはたまたまだと思うけどな……あ、そうだ」

 

 流石に、あの恥ずかしい状態を維持するのは無理だったので、俺はもう元の俺に戻っていた。

 

 そして、俺はこころの言葉であることを思い出して、名刺を入れていたスーツのポケットとは反対のポケットをまさぐって、そこから一つの包みを取り出した。

 

「こころ、これなんだけど、俺からのプレゼントな」

「えっ、でもわたしはさっきミッシェルのマイクを貰ったじゃない」

「あれは《ハロハピ》全員からだっただろ。これは俺個人のプレゼントだよ」

「まぁ!」

 

 目を丸くして叫んだこころが大きく開いた口元に手を当てる。

 

「正直、あのヤバいプレゼントの数々を見た後にこれを渡すのは、少し……じゃなくてめちゃくちゃ気が引けるんだが。要らんならこのまま持ってかえ」

「いるわ! すぐにちょうだい鳴瀬!」

「うぉう!?」

 

 目の前のこころの姿がぶれたかと思うと、その一瞬で俺の手からプレゼントの包みが彼女の手にワープしていた。

 

「開けてみてもいいかしら?」

「どーぞ。期待はずれでもガッカリしないでくれよ。たとえガッカリしても、せめて表情には出すなよ? 俺が凹むから」

「そんなことしないわよ!」

「いや、お前すぐに顔に出るじゃん」

「そんなことない……まぁ、これは……」

 

 もう少しでいつもの言葉の応酬を繰り広げるところだったこころの口が止まる。彼女の手の中には、ト音記号をモチーフにしたシルバーのペンダントがついたネックレスが揺れていた。

 

「一応、シルバーのネックレスな。デザインがよくて純度も高いのを選んだから、まぁ、そんなに悪いもんじゃないと思う」

「悪いだなんてそんなことないわ! とっても可愛らしくて素敵よ。本当に最高の贈り物だわ……ありがとう鳴瀬」

「こころ……」

 

 うっとりとした表情でこちらを見上げるこころに、俺は二の句を告げられなくなる。

 

 するとこころはネックレスを持ったその手を俺に向かって差し出した。

 

「このネックレス、早速首に着けたいのだけれど、こういうのはいつも黒服の人たちに頼んでるから、一人では中々つけられないの。だから、鳴瀬、あなたの手でわたしの首にこちらを着けてくれないかしら?」

「はいはい、わかりましたよこころお嬢様。おつけいたしましょう、どうぞこちらへ」

「お願いね、鳴瀬」

 

 俺が恭しい手つきでこころの手からネックレスを受け取ると、彼女はくるりと俺に背中を向けて露になったうなじを晒す。

 普段は見ることのないその華奢な首のラインと、大きく開いたドレスから覗く透き通るように白いその背中に、改めて目の前の少女の美しさを認識する。

 

 やっぱりこころも年頃の女の子なんだよな。

 

 そんなことを思いながら、俺は丁寧にネックレスを彼女の首へと捧げた。

 

「よし、ちゃんと着いたぞ。もう動いても大丈夫だ」

「ありがとう鳴瀬! やーん! とっても素敵じゃないのー!」

 

 俺から許可が降りた瞬間、飛ぶように窓際に駆け寄ったこころは、窓を鏡がわりにしてネックレスを着けた自分の姿をくるくる回りながら確かめていた。

 ひとしきり眺めて満足したのか、こころは俺の方を振り返ると笑顔を浮かべて俺を見る。

 

「鳴瀬、本当にありがとう。わたし、こんな風にお友達に囲まれてお誕生日をお祝いして貰ったの初めてよ」

「そうかい、それはよかったな」

 

 こころが学校なんかで浮いた存在なのは、奥沢さんから前に聞いていた。突拍子のない彼女の行動についていける人間は、恐らく今まで彼女の前に現れなかったのだろう。

 こころがそのことをどう思っていたのかは定かではないが、少なくともいい思いをすることはなかっただろう。

 

 でも、これからはもう違う。

 

 こころには《ハロハピ》という素晴らしい仲間がついているのだ。彼女の未来は間違いなく今以上に明るいものとなるだろう。

 

「まぁ、俺がこんなことをするのは今日だけだからな。本当に大サービスだぞ」

 

 心さんにこころの支えになりたいとは言ったものの、甘やかす気などは毛頭ない。今日は誕生日という特別な日なので、本当に一日限りの出血大サービスなのだ。

 

 そんな俺の言葉にこころは頷く。

 

「もちろんわかってるわよ。普段の鳴瀬はわたしに容赦しない鬼畜ですもの!」

「おい、言い方」

「でも、今日は本当に鳴瀬からは沢山の幸せ(ハッピー)を貰ったわ。わたしも何かお返ししないといけないわね」

 

 こころの言葉に俺は慌てて首を振る。

 

「いやいや、今日は誕生日なんだから気にせず貰っておけよ」

「でも、幸せ(ハッピー)を貰いっぱなしじゃわたしの気がすまないのよ! ……そうだわ! 鳴瀬!」

「なん……どぅあ!?」

 

 「なんだよ」と言い終わる前に、こころが俺に飛び付いてきた。

 

 その華奢な腕が首の後ろに回されて、顔の横に彼女の顔が回り込んだと思った瞬間。

 

「ちゅっ」

「……!?」

 

 俺の頬に柔らかなものが触れた感覚があった。

 

 こ、これはもしや。いや、もしやじゃなくて間違いなく……。

 

 呆然と立ち尽くす俺からこころが離れる。緩慢な動作で柔らかな感触があったところを指で撫でると、その指先に薄桃色の物体が付着していた。そして、それとまったく同じものは目の前のこころの唇にもついていた。

 

 目の前のこころは再び俺に笑みを浮かべる。しかし、その笑みは先ほどまでとは違ってどこか小悪魔的なオーラを漂わせている。

 

「鳴瀬! わたしのプレゼントのお返し、幸せ(ハッピー)になったかしら!」

「……」

「ほらほら、ハッピーになったならもっと喜んでもいいのよ?」

「……所」

「……え?」

「洗面所に行く! すぐに顔を洗わせてもらう!」

「ちょっと! どういうことなの鳴瀬!」

 

 抗議の声を上げるこころをスルーして、俺はトイレの洗面所に向かって駆け出した。

 

「この阿呆! バカ! ペグ子! こんなんほっぺたに残ってるの誰かに見られたら俺の未来がやベーんだよ!」

「あ! 鳴瀬ったら、わたしのことをまた『ペグ子』なんて呼んで!」

「うっさいわ! お前なんてもうペグ子で十分なんだよ! このスカタン!」

「むっきー! 待ちなさい鳴瀬! もう片方のほっぺたにも同じのをつけてあげるわ!」

「ちょっ、おい、バカ、やめろー!」

 

 いつの間にか洗面所に行くためではなく、ペグ子から逃げることを目的に、俺とペグ子は誰もいないフロアの中を走り回る。

 

 ……ああ、やっぱりペグ子はペグ子だな。

 

 結局のところ、俺たち二人には甘い雰囲気よりもこんなドタバタした雰囲気が相応しいのかもしれない。

 

 そう改めて実感しながら、俺はドレス姿で異様なほどに俊敏な動きを見せるペグ子からなんとか逃げ切るための逃走経路を頭の中で思い描いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、そのあとラグビー部ばりのタックルをしてきたペグ子に床に押し倒された俺は、もう片方のほっぺたにも同じマークをつけられることになるのだった。

 

 ちゃん、ちゃん(終)




後編なげぇよ!?

約16000字とか頭ペグ子ですわ(支離滅裂)。

というわけでペグ子編のサイドストーリーはこれで終了。

サイドストーリーは恋愛ルートを書くことが決まる前から構想があったのですが、当初よりも大分ラブ成分を注入しました。

普通ルートのみだったら、今まで友達を呼ぶことがなかったパーティーを今年はみんなでお祝いできてよかったね、これからは毎年一緒にお祝いしようね、私たちズッ友だよ! みたいな感動寄りの展開にするつもりでした。

あれもラブ。これもラブ。というやつですわね。

ペグ子の本来の魅力と乙女チックな魅力を両立させるように頑張ってみましたがどうだったでしょうか。

そして、オリキャラのお父ちゃんはかなり頑張ってそれっぽくしてみました。外見のイメージはジャックスパローよりも前の頃のジョニデです。

元気溌剌常識人の父+ゆるふわ天然系母=元気溌剌天然系ガールペグ子、みたいな図式をイメージしました。

よろしければ御意見・ご感想・ご評価などお待ちしてまっす! 誤字報告も毎度感謝してます! ありがたみがヤバい。

次は薫のサイドストーリーの前に二章本編を数話挟みます。また次のお話でお会いしましょう!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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