野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
二章四話、練習編となります。

ここで、鳴瀬君からそれぞれのメンバーへの課題が提示されて、薫さんのサイドを挟んでからの、路上ライブ編になる予定です。


野良ベーシストは踏み台を作る

 

 ミッシェルの件が片付いた俺たちは、仕切り直しということで改めて広目の円陣を組んでスタジオ内で向き合っていた。

 バンドとしてのスモールステップはすでに示した。ここから、いよいよ《ハロー、ハッピーワールド!》のみんなに個別のスモールステップを提示するときだ。

 

「よーし、それじゃあ《ハロー、ハッピーワールド!》再出発ということで、早速俺から個別の課題を与えてくぞー。名前呼ばれた奴から前に来るよーに!」

「わー! 鳴瀬くん、先生みたーい!」

 

 俺がテスト返却の時の先生のような台詞を言うと、北沢さんが嬉しそうに両手を挙げて反応する。

 

「まぁ、実際みんなの先生みたいなもんだしなー。んじゃ、折角声を最初に上げたから北沢さんからいくかー」

「わーい! やったぁ!」

 

 そのままトテトテと俺の前に進み出た北沢さんに、俺は鞄の中から取り出した多数の五線譜とDVDを手渡した。

 

「北沢さんにはこれ、ベースの色んな奏法を駆使して弾くためのドリル用譜面と、参考に俺が解説を付けて演奏してるDVDね」

 

 北沢さんの課題はテクニックの引き出しを増やすこと。

 

 ベースという楽器はドラムほどのインパクトのある音を産み出せないので、パワーよりもテクニックで魅せるタイプの楽器である。

 現状、ドラムの松原さんがパワープレーヤーではないことと、北沢さんがソフトボールで鍛えた指の力があることで、北沢さんのベースはステージ上で存在感を放つことができている。

 

 しかし、松原さんが自分の殻を破ることに成功した今、このリズム担当のパワーバランスが変わってくる可能性がある。そうなったときに、技術の引き出しを増やしておかなければ北沢さんのベースが埋もれてしまう可能性も否定しきれないのだ。

 

 ゆえに、この期間は北沢さんには新しい奏法等をどんどん吸収してもらって、演奏の中で新しい存在感を放つことができるようになるための準備期間と設定したのだ。

 

「おおー! はぐみ頑張るよ! また色々教えてね鳴瀬くん!」

 

 そのことを北沢さんに伝えると、彼女は受け取った五線譜とDVDを天高く掲げて気合いを入れた。

 

「ああ、ベースは俺の専門だから分からないことがあれば何でも聞いてくれ。特に奏法に関してはものによっては映像だけじゃ伝わらないこともあるしな」

 

 スラッピングやハンマリング・オンとプリング・オフを組み合わせたトリル奏法などはものにすれば表現の幅が格段に広がる魔法の技術だが、その感覚を掴むまでが中々に骨だ。

 

 北沢さんはベースを始めてからあまり時間が経っていない、未だにフラットな状態にあるといえる。何にも染まっていないこの時期に、彼女には時間をかけて多くの技術を身につけてもらって、そこから自分の可能性を探っていってもらう。

 

 無から有(ビッグバン)を生み出すよりも、有から有(ケミストリー)を生み出す方がはるかに容易い。多くの技術を有することによって、北沢さんにはぜひ、より多くの可能性の中から自分の未来を選びとって欲しいものだ。

 

 ……んで、とりあえず北沢さんにはしばらくの間、俺からのコンタクトは最小に抑える。奏法の習得以外の部分はとにかく北沢さんに判断を任せよう。

 

 これは別にここに来て急に放任主義に目覚めたからというわけではない。

 

 同じベーシストの俺が必要以上に絡むと、北沢さんが染まっちまう(・・・・・・)からな。

 

 俺はベーシストとしては10年以上のキャリアがある。はっきり言って、もうすでに自分の中のベーシスト像が出来上がった状態だ。

 だから、ここで俺がでしゃばり過ぎると、北沢さんは間違いなく多少なりとも俺の色に染まる。

 

 《ハロハピ》に俺のデッドコピー(パチモン)なんかは必要ないんだ。

 

 元々《ハロハピ》向けにチューンしていない俺の奏法は、《ハロハピ》にとって不純物となりうる可能性を秘めている。故に北沢さんには《ハロハピ》のためのベーシストとして花開いてもらう必要がある。

 

 そんな俺の考えを知らぬ北沢さんは嬉しそうな表情でギグケースからベースを取り出すと、早速譜面と向き合いながら弦を爪弾き始めた。

 もう、周りのことなど気にならないといったその表情を見て、俺は少しあった不安が杞憂のものだったことに胸を撫で下ろす。この集中力があれば、彼女は周りに惑わされることなく自分だけの世界(うた)を産み出せるに違いない。

 

「おっし、それじゃあ次は薫な」

 

 北沢さんはもう大丈夫だと判断した俺は、今度は薫へすぐに声をかける。今すぐにどうこうはできない奥沢さんを除いても、まだ二人も残っているのだから早く終わらせるに越したことはない。

 

「ふっ、よろしく頼むよMr.鳴瀬」

 

 俺の声を受けて薫は髪をかき上げながら一歩前へと進み出る。相変わらずキザである。

 

「薫には北沢さんと似てるけどこれな」

「ふむ、私にも五線譜とDVDというわけか。中身を説明してもらってもいいかな?」

 

 薫の問いに首を縦に振る。

 

「ああ、薫には『有名なギタリストのリフ』を詰め込んだ五線譜と演奏映像のDVDのセットな」

 

 俺が薫に渡したのは、北沢さんと同じで新たな奏法を習得させるための楽譜と映像だ。

 

 ただ、北沢さんとの最大の違いは、北沢さんのものはなるべく他のベーシストの持つ個性を排除したものなのに対して、薫のものはゴリゴリに他のギタリストの個性が溢れた楽譜と映像集になっているところだ。

 

 俺がこのチョイスをしたのは、薫の持つ特性によるところが大きい。

 

「おお、なるほど! これを見て練習を積めば世界に綺羅星のごとく居並ぶギタリストのテクニックが私のものになるというわけだね、Mr.鳴瀬!」

「その通り、察しが良くて助かるよMs.薫。これからしばらくの間、薫には世界で輝くギタリストたちを演じてもらう」

 

 薫の持つ特性。

 

 それは、役者として他の何者かを演じきることができる能力だ。

 

 故に彼女には数々のギタリストを演じることで彼らの技術を盗んでもらう。これが俺の考えた薫用の有から有(ケミストリー)を生み出すスタイルだ。

 

 DJミッシェルの参入が決まった現在、《ハロハピ》のメロディ担当がどう転ぶかは未知数だが、生演奏を披露できるメロディ担当は依然として薫だけだ。

 薫には《ハロハピ》の演奏の顔役ともいえるメロディ担当としての活躍が当面の間は求められる。彼女の演奏の引き出しを増やすことは北沢さん以上に急務となるだろう。

 

 ……だから、ここは一つもう少し発破をかけて薫のやる気を引き出しておくか。

 

 そう考えて、俺は胸の内で暖めておいた薫に向けての決め台詞をここで投入することを決意した。

 

「薫」

「なんだい、Mr.鳴瀬?」

「これから、薫が有名なギタリストのリフを一つ習得する度に、そのギタリストの名言を一個ずつ教えていってやるから頑張れよ」

「みんな、すまないが私はこれから演奏に集中する。しばらくは話しかけないでくれたまえ!」

「反応早っ!」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、薫の手にはいつの間にかホワイトファルコンが握られ、彼女はすぐにスタジオの壁際に向かうと五線譜を広げてギターを鳴らし始めていた。

 

 とにかく、これで薫についてもオーケーというわけだ。

 

「ふーむ、もう薫には声も届かないみたいだから次な。こころ、こっちに来てくれ」

「わかったわ、鳴瀬!」

 

 ピョンと一息に跳ねるように前に進み出たペグ子は、いかにもワクワクしてますといった表情で俺の手元を眺めていた。

 

「こころにはこれだ。白紙の五線譜と真っ白なメモサイズのノート、カラーペンな」

「あら、素敵じゃなーい! これで好きなだけお絵かきできるわね!」

「ちげーよ! 何のための五線譜だよ! こころ、お前には頭の中に浮かんだ歌のアウトプットを形にしてもらう」

「歌を、形に……?」

 

 首を傾げるペグ子に、俺はこのステップを設定した理由を告げる。

 

「そうそう。今、こころは自分の頭の中に浮かんだ曲のイメージを鼻唄なんかでアウトプットしてるだろ」

「ええ、そうね」

 

 ペグ子が頷く。

 

「でも、今それを形にしてるのは奥沢さんだ。これってちょっと非効率的だと思わないか?」

 

 現在の《ハロハピ》の作曲は完全に奥沢さんの手に委ねられている。

 

 しかし、バンドというチームで動く以上、作曲を一人が一手に担うのはリソースの無駄遣いというものだ。

 

 特にこころに関しては、楽器を演奏する必要がない以上はかなり余力を残しているといっていい。だから、ここで一つ奥沢さんの負担軽減を担当してもらおうという寸法だ。

 

「こころ、これからお前は常に五線譜とノートを持ち歩け。それで、頭にふっと曲のイメージや歌詞の言葉が浮かんだらすぐにこの二つを取り出してそいつを自分で書き残せ」

「なるほど! そういうことね!」

 

 ペグ子は納得がいったという表情で「ポン」と手を打った。

 

「現状、《ハロハピ》の曲を作ってるのは奥沢さんなんだが、アイディアを出しているのはこころ、お前だ。だから、お前自身も自分の感じたままの曲を自分の手で残していくべきなんだ」

 

 たとえ、ペグ子と奥沢さんが隣り合わせの状態で作曲をしたとしても、ペグ子の歌を奥沢さんが楽譜に変換するとどうしてもそこに揺らぎが生まれる。その揺らぎを無くすためには、ペグ子がもっと自分の感じたものの多くを奥沢さんに差し出す必要があるのだ。

 

 もちろん、それがいい方向に転ぶとは限らない。作曲の技術は奥沢さんとペグ子では大きな差があるだろうし、ペグ子から飛び出したばかりのものが最良である保証もない。

 

 だが、それでも、アーティストの剥き出しの世界(うた)がオーディエンスの心を鷲掴みにしてしまうことだってあり得る。特にペグ子に関してはそれができてしまうような不思議なオーラが漂っているのだ。

 

 だから、たとえ拙い子供の遊びのようなものが出来たって構わない。もっと自分の幸せ(ハッピー)をさらけ出して行け、ペグ子。

 

「自分の感じたことを、自分の手で残していく……そうか、そうなのね! わかったわ、鳴瀬!」

 

 ペグ子は、噛み締めるように俺の言葉を口の中で反芻したあとにガバッと顔を上げた。

 

「その表情(かお)ならもう分かったみたいだな。歌や曲ってのは不意に頭に降りてくることもあるからな。その場にいつも奥沢さんが居られる保証はないから、ちゃんと自分で残していけよ」

「わかったわ!」

「あと、閃きを言葉にするのが難しいなら絵なんかでもいいぞ。絵からインスピレーションが膨らんで歌詞が生まれるなんてこともあるからな。自分の好きなようにじゃんじゃん描いていけ。ノートが足りなくなったら補充してやるからさ」

「まぁ! 絵でもいいなんて素敵じゃないの! それじゃあ、早速今の気持ちをノートに書きにいくわ! ありがとね、鳴瀬!」

 

 そう言うや否や、ペグ子はスタジオの真ん中辺りに寝転んで、足をプラプラさせながらノートにカラーペンで一心不乱になにかを書き込み始めた。

 まるっきり、クレヨンを与えられた園児のようなその姿に苦笑しながら、俺は次のメンバーへと視線を合わせる。

 

「それじゃあ、お待たせしました松原さん」

「はい! よ、よろしくお願いします!」

 

 やや緊張した面持ちで松原さんがビシッと手を挙げる。もしかすると普段の授業で当てられた時もこんな様子なのかもしれない。

 

 そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えながら、俺はカバンからタブレット端末を取り出した。

 

「松原さんってさ、自分用のタブレット端末とか持ってる?」

「ふえ? あ、えっと、タブレットは家にありますけど家族共用なので独占して使うことはできないですね」

 

 突然俺の口から飛び出したタブレットという言葉に松原さんが戸惑いながら答える。

 

「そうなんだ。ならこのタブレットは松原さんにあげるよ。中に松原さんに必要なソフトが入ってるから」

「ふぇ!? そ、そんな、タブレットなんて高いもの貰えませんよ!」

 

 松原さんが残像が残るレベルで両手と首を左右に振る。

 

「いや、型落ちのやつだから気にせずに貰ってよ。リサイクルショップに持っていってもどうせ二束三文だし、俺は新型のやつも持ってるからさ」

「そ、そうなんですか? じゃ、じゃあいただきますね。ありがとうございます」

 

 なんとか納得してくれた松原さんがおずおずとタブレットを手に取った。

 

「それで、松原さんに使って欲しいソフトなんだけど、この『BPMメーカー』ってやつね。ちょっと起動してみて」

「は、はい。えいっ」

 

 松原さんがアイコンをタップすると、タブレットの画面にメトロノームのようなものが表示される。

 

「これは……」

 

 まだ、ソフトの意味を把握できていない松原さんに俺は詳しい説明を加える。

 

「『BPMメーカー』はメトロノームの亜種なんだけどさ、メトロノームとの最大の違いはBPMが途中で自動で変わるような設定ができるんだよ」

「そうなんですね」

 

 俺の説明で理解できた松原さんがゆっくりと頷く。

 

「俺は、松原さんには持ち前の正確なスティックワークをもっと突き詰めて欲しいと思ってる。俺個人としては良いところを伸ばして尖らせた方が、オーディエンスに与えるインパクトが強いと思うんだよね」

「なるほど……」

 

 そこまで聞いた松原さんは顎に手を添えて、俯き気味に顔を傾けて考えを巡らせる態勢に入る。その提案が本当に自分の今後に繋がるのかと真剣に考えるその姿からは、初めて出会ったときのおろおろとした印象が嘘のように思える。

 

 ……うん、いい傾向だな。松原さんは直感型ではなくて思考型の人間だから、俺の提案を鵜呑みにするんじゃなくてちゃんと吟味して判断を下すというのは実に正しい。

 

 自分にとって今必要なものは、経験者の松原さんなら自分自身が一番よくわかるはずだ。そこにあえて俺の考えたステップを投入することで、彼女にはより深く自分と対話してもらいたいのだ。

 

「そこで俺からの提案は、松原さんにはこの『BPM』メーカーを使って、ランダムに生成されるBPMに合わせてドラミングの練習をして欲しい。叩くフレーズは自分で決めたり、前に渡した本なんかに載ったやつを参考にしたりして、とにかくBPMがいかに変わっても常に安定したリズムキープができる領域に達して欲しいんだ」

 

 BPMが演奏中に変動するのは曲の構成だけではない。

 

 例えば、《ハニースイートデスメタル(HS DM)》は、パフォーマンスの最中はBPMを落として、パフォーマンスの後ろで曲の一部をループ演奏することでステージ上を無音にしない工夫を行っていた。

 

 そして《ハロハピ》も《HS DM》と同じでステージではパフォーマンスを入れていくタイプのバンドだ。パフォーマンスの入りで、BPMを落としての演奏が続けられるようなスキルを磨いておいて損はない。

 

 また、様々なBPMを体に覚えさせることで、他のメンバーの演奏が走りすぎていないかを直感的に把握できるようになる。バンドを支える屋台骨のドラマーにはこの感覚は必須だといえる。

 

「松原さんは自分らしさ(セルフィッシュ)を見つけることができた。だから今度はそれを《ハロハピ》の他のメンバーにどんどん還元していくときが来ている。俺は松原さんの次のステップはそれだと思っている」

「……!」

 

 俺の言葉に松原さんの顔が弾かれたように上がる。

 

 引っ込み思案の松原さんに自分らしさ(セルフィッシュ)を叩き込んだのは俺だが、「らしさ」も行きすぎれば独り善がり(エゴイズム)へと変わる。

 松原さんはそこまで行き着くタイプでは無さそうだが、予防線を張っておいても損はないだろう。

 

「もちろんこれはあくまでも俺の意見だから、松原さんが自分で考えた課題(ステップ)があるならそちらを優先してくれても構わない。あくまでもこれは数ある選択肢のなかの一つの意見だからね」

 

 そう、松原さんの未来は彼女自身が掴み取るべきだ。これも正しく彼女の自分らしさを伸ばすための方策の一つなんだから。

 

 俺がそこまで言い終わると、松原さんは一呼吸おいてからゆっくりと俺の目を見つめた。その目はもう答えは出たとでもいうような、真っ直ぐで曇りのない色をしていた。

 

「私は、鳴瀬さんから聞いたこと、自分の中で考えていたことを全てを吟味した上で、やはり鳴瀬さんの提案に乗ろうと思います」

「……そうか」

 

 俺の言葉に松原さんが頷く。

 

「そうです。鳴瀬さんは本当に私のことをよく見てくれています。私が必要だと感じていて、でもどうすればいいのかわからなかったことに鳴瀬さんはスパッと答えを出してくれました。だから、私は全部考え抜いた上で鳴瀬さんのやり方に全てを委ねます」

 

 引っ込み思案の松原さんの口からこぼれた力強い言葉。やはり彼女はライブを越えて大きく育った。そして、彼女はまだ成長の余地を残している。

 

 俺はそれに全力で応えなければならない。

 

「そこまで言われたら俺も中途半端にはできないぜ。指導が厳しくなるかもしれないが着いてこれるか?」

「も、もちろんです! よ、よろしくお願いします!」

 

 松原さんは胸の前でぎゅっと拳を握ってファイティングポーズを決める。他人がやれば凛々しいその動作も、松原さんがやると可愛らしくて魅力的だった。

 

「オーケー。じゃあ早速ソフトを起動して練習を始めようか。BPMは小節数と速度が完全にランダムで変わる設定と、手動で変化を決められるモードがあるから、最初は手動で決めてみてくれ」

「わかりました! あ、あの、このソフトの操作は……」

「あ、慣れる意味でも最初は自分で色々弄ってみてくれるかな」

「ふぇぇ……操作できるかなぁ……?」

 

 さっきまでの強い姿が一転、ソフトの操作に戸惑う松原さんは眉毛をしょんぼり八の字にして、タブレットをぎこちなく操作しながらドラムの方へと向かっていった。

 

「それじゃあ、最後は奥沢さんなんだけども」

「はいはい、私にはなんですかね?」

 

 最後に一人残されたのは奥沢さん(ミッシェル)なのだが。

 

「えーっと、実は奥沢さんには何もないんだよなぁ」

「え゛、私の扱い酷くないですかね、鳴瀬さん?」

 

 じとっとした目付きで俺のことを見つめてくる奥沢さんを両手で「どうどう」と宥める。

 

「ごめんごめん。んー、でもなぁ、作曲用の道具は前に家に来たときに全部渡したし、他のことをして余計な手間を増やすのはーー」

「はいはーい! 絶対無理でーす!」

「ーーだよなぁ」

 

 そう、奥沢さんにはすでに作曲に関してできることは全部やっているのだ。アドバイスに関しては新曲が書き起こせるだけのデータがないとやりようがないので、結論、俺が奥沢さんにしてあげられることは現段階で何もないのだ。

 

「とはいえ、この空気の中で私だけボーッとしているのもしんどいと言いますか……」

「うん、気まずいよな……」

 

 スタジオ内の他の四人はすでに全員が自分の世界に入り込んで黙々とノルマをこなしている。正直、やることがない人間がプラプラとできるような雰囲気ではない。

 

 だから、俺は奥沢さんに近付くとあることを彼女に耳打ちした。

 

「じゃあさ、俺たちは外でミッシェルについて考えないか」

「え、ミッシェルですか?」

「ああ。ほら、ミッシェルはDJやることになっただろ? だったら今のままのミッシェルのデザインだとモジュールを弄る時に色々と不都合があるんだよね」

 

 ミッシェルのデザインは前にも言ったようにビラ配り程度の作業ができるレベルしか想定して作られていない。

 つまみの上げ下げや、ノブのひねり、ターンテーブルのスクラッチなどDJとして細かな動作をするためにはミッシェルのバージョンアップは避けては通れない課題だった。

 

 奥さんも合点がいったという表情になる。

 

「ああー、確かにそうですね。じゃあ外で一緒にミッシェルの新しいデザインを紙にでも起こしていきますか」

「そうしようか」

 

 俺と奥沢さんは顔を見合せて頷くと、スタジオの入り口へと足を進めーー

 

「その話、私共も参加させていただいてもよろしいでしょうか」

「うぉう!?」(×2)

 

 ーーようとして、突如としてPOPした黒服の人たちのせいで立ち止まることになった。

 

「あんたら、一体いつの間にきたんだよ?」

「さ、さっきまで絶対に居なかったし、スタジオのドアも開いた記憶がないのに……!」

「私共はこころお嬢様の影、必要な場面では時と場所を問わず現れることができます」

「なにそれ怖い」

 

 黒服の人たちの衝撃的な発言に俺たちが怯えていると、黒服の人たちはそんなことはどうでもいいと言わんばかりの勢いで口を開く。

 

「まぁ、それは今は置いておきましょう。鳴瀬様と奥沢様、ミッシェルver.2の作成についてですが、私共も一枚噛ませていただいてもよろしいですか?」

「その理由を聞いても?」

 

 俺の言葉に黒服のリーダーらしき長髪の黒服が首を縦に振る。

 

「はい、実は私共もこころお嬢様の度重なる無茶……ごほんごほん! ……アグレッシブな行動に対応するために、ミッシェルをそろそろバージョンアップさせる必要があると思っていたのです」

「今、無茶って言いましたよね?」

「気のせいです。こころお嬢様が私共に無茶を言うわけがありません。とにかく、ここでミッシェルをDJ用に換装するのであれば、私共もミッシェルに追加機能を搭載しておきたいのです」

「なるほど、確かにちょこちょこと改造してその度に仕様が変わるよりも、私もその方がいいですね」

 

 ミッシェルのコントローラーである奥沢さんがその言葉に頷く。

 ミッシェルについては奥沢さんに全てが一任されているので、彼女が許可するなら俺からの反論は特にはなかった。

 

「奥沢さんがそう言うなら、それじゃあみんなでラウンジスペースで話し合いますか」

「そうしましょう、特に喫緊の案件としてはミッシェルにジェットパックを搭載するというのがありまして」

「ちょっと待って、なんか場違いな単語が聞こえた気がするんだけど私の気のせいかな?」

「……いや、俺も聞こえた」

「……私、空飛んじゃうの?」

「……強く生きてくれ、奥沢さん」

「ちょっとぉ! 助けてくださいよぉ、鳴瀬さん!」

 

 結局、そのあと俺と奥沢さんは黒服の人たちの口から飛び出す数々の恐るべきミッシェル改造計画をいかにインターセプトするかで丁々発止のやり取りを繰り広げたのであった。

 




リアル多忙につき投下がくっそ遅れましてよ? 

9月は仕事の都合でシルバーウィークが無いことが確定したので連休ブーストも使えない予感です。トホホ。

というわけでそれぞれの課題(約一名除く)が提示されて、いよいよ新生《ハロハピ》のエンジン回転開始です!

ですが、当初の計画通り次は薫さんのサイドストーリーを挟みます。乙女チック重点の遊園地編ですよー!

もしかするとペグ子みたいに前後編になるかもしれませんが、頑張って9月中には投下しまぁす!(願望)

薫さんのサイドストーリーの投稿が完了した頃ぐらいから今度は花音先輩のサイドストーリーのアンケートを取る予定ですので、またよろしくお願いいたします!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。

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