薫編中編のその3!
ここで乙女チックを一摘まみ……(ドサー)
あら、間違えて一掴み入れてしまいましたわ!
まぁ、誤差の範疇ですわね!(暴論)
これを書いている時点で、日刊ランキング14位、総合16位、UA30000を達成しました!
投稿が長く空いたのにも関わらずランクインさせていただいてありがとうございます! アンケートへの協力、評価への投票、誤字報告も含め、様々な形で支えられ感謝感激でございます!
皆さんへのお返しはやはり作品を書くことだと思いますので、これからも頑張って書きまぁす!(書けるとは言ってない)
「それじゃあ、午後の予定を決めましょう!」
「さんせーい! 次は鳴瀬くんのチームだよ!」
「あー、次は俺んところか」
騒がしかった昼食も過ぎ去り、そのままテーブルを囲んでだらだらと寛いでいた俺たちだったが、ついにペグ子たちが口を開いた。
ここで食事を摂る前まで俺たちはペグ子、俺、松原さんのペアのローテーションを維持して3週程アトラクションを回していた。そして、四週目のペグ子たちの番が終わったところで昼飯時になったという具合だったのだ。
「んー、できればここから近くてまだ回ってないところがいいよな。薫はなんか希望はあるか?」
「ふっ、次のチョイスはMr.鳴瀬に譲らせて貰うよ。先ほど快くピザを譲ってもらったお礼さ」
「お前の記憶力ガバガバじゃねぇか! まったく……じゃあ俺が考えますよっと」
そう言って俺は未だに尾を引く「《ハロハピ》ピザ強奪事件」を無理やり頭の片隅へ追いやると、テーブルの上のマップに視線を落とした。
んー、今までの流れからすると、室内型の自分たちで歩けるアトラクションか。何があるかね。
先程にも述べたが、俺たちは三週ほどアトラクションを回したが、その間にどのペアがどんなアトラクションを選ぶかが大体固定されていた。
ペグ子たちのペアが激しい動きのあるライド系。
俺と薫のペアは室内型の散策系。
そして、松原さんのペアがゆったりしたタイプのライド系アトラクションといった塩梅である。
こうすることで俺たちは様々なタイプのアトラクションをバランス良く回ることを可能としていた。
そのことを念頭に置いた上で俺は考えを巡らせる。
室内散策系はまだ結構残ってるんだよな。ただ、昼飯で(俺の心以外は)ゆっくりと休んだから、多少激しい内容でも構わないな。とすると、それでここから一番近いのはーー
「ーーおっ」
「おや、Mr.鳴瀬。次の目的地は決まったかい?」
マップを辿る俺の人差し指がある場所で止まったことを確かめた薫が、俺に声をかけながら肩越しに地図を覗き込んでくる。
「ああ、ここは比較的近い場所だし、所要時間が長い。腹ごなしには丁度いいだろ?」
「ふむ、確かにこの場所なら歩いて5分とかからないね。なになに、アトラクションの名前は、ホラー……ハ、ウス……」
アトラクションの名前を読み上げた瞬間、それまで元気だった薫の反応が、ゼンマイが切れかけのブリキのおもちゃのようにぎこちないものになる。
「そうそう、ホラーハウス。なんか、ここのホラーハウスって和洋折衷のデザインで、キャストが脅かしにかかってきて結構気合い入れてるみたいだぞ?」
「そ、そそそそうなのかい……? まぁ、で、でも結局はお化け屋敷なんてチープな作り物さ。だから、あえて回る必要もないんじゃないかな、うん」
「…………」
こいつ……分かりやすいな、おい! 「そ」が多すぎるだろ! もっと自然にしろよ!
あからさまに態度が変わった薫を見て、思わず出そうになったその言葉を俺はなんとか飲み込んだ。
薫がお化けや怪談の類いが苦手だというのは、《ハロハピ》常識人メンバーの間では公然の秘密というやつだ。この無駄に気取っているくせに、めちゃくちゃ隙だらけなポンコツ王子様のイメージを守るために、俺たち常識人は薫に対してかなりの忖度をしているのだ。
あー、そういえばちょっと前に《
俺は夏に《arrows》のスタジオで練習していたとき、ペグ子の思い付きで暑気払いのために怪談を話した時のことを思い出していた。
俺の地元の中学校は夏の催しの一つに、夏の学校に泊まり込んで百物語をするという伝統があった。
だから、俺はそこで仕入れた数々の怪談を臨場感たっぷりに《ハロハピ》の面々に披露して差し上げたのだが、あまりにも真に入り過ぎたその演技のせいで、怪談が一段落着く頃にはペグ子と北沢さん以外の腰が抜けていた。
なんなら、ペグ子のお付きの黒服の人たちまでビビっていた。「サングラス」にまつわる怪談をしたのがまずかったのか、しきりにかけていたサングラスを外して辺りをキョロキョロ伺う黒服の人たちを見て、大変申し訳ない気持ちになったことを覚えている。
話が脱線した。とにかく、その時にふらふらになって一人で帰れなくなった薫と松原さんと奥沢さんの三人を俺は家まで送って帰ったのだ。薫は松原さんと奥沢さんが一緒の時はなんでもないというような演技をしていたが、最後に俺と二人きりになった瞬間、足が残像を残すレベルでぷるぷる震え始めたので、家までずっと肩を貸してやったのだ。
うーん、薫のことを考えればホラーハウスは避けてやってもいいんだが、いかんせん他の室内型のアトラクションがちょっと遠いんだよな。それに、薫には流れるようにピザを奪われた恨みもあるからな……。よし、ここは譲らんぞ!
そうして、俺は効率半分私怨半分の思いでホラーハウスを推していくことを固く決意した。もちろん、私怨の部分は伏せておくわけだが。
「んー、確かに作り物かもしれないけれど、そんなことをいったら、この《ファンタジアランド》そのものが作り物の世界だろ?」
「うぐっ、た、確かにそうだね……」
俺の発言は痛いところを突いたようで薫があからさまに怯んだ。そこを逃さずに、俺は一気に畳み掛けにかかる。
「だろ? だから、作り物の恐怖だとしてもあえて飛び込んでみるのもありなんじゃないか? もしかしたらそれが自分の中の新しい扉を開くかもしれない。『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』というやつさ」
「……! なるほどね、そういう考えもあるか。……よし、それじゃあ、午後の始まりはホラーハウスから行こうじゃないか!」
……やっぱりこいつチョロいな!
薫がカッコいい格言に弱いことは、もうとっくの昔に把握済みだ。
そして、何かを薫にやらせたいときには彼女好みのカッコいい格言を交えて伝えれば、大概ノってくることも俺は承知している。
その特性は、今回のホラーハウスに関しても遺憾なく発揮されたというわけだ。
「よーし、みんな! 午後の一発目のアトラクションはホラーハウスに決定だ!」
「ホラーハウス! 本物のお化けとお友達になれるかしら!」
「もしそうなら楽しそー! はぐみ、マシュマロみたいな可愛いお化けがいいなー!」
「ふえぇ……こ、怖くないかな……?」
「うーん、チビッ子も楽しむんだからそんなに怖くないとは思いますけどね」
俺が決定を他の《ハロハピ》メンバーに告げると、みんなは様々な反応を返す。
元気印の二人は相変わらずだったが、こういうのが薫の次に苦手な松原さんは少し顔色を悪くしている。
すまない、松原さん。これも大義(私怨)のためなんだ!
「よーし、それじゃあ出発するぞぉ! さぁ、行くぞぉ薫!」
「す、少し待ちたまえMr.鳴瀬! ま、まだ心の準備がだね……」
「準備なんてホラーハウスの前でいくらでもできる! さぁ、動いた動いた!」
「ああ!? せ、背中を押すのは止めたまえMr.鳴瀬~!」
この局面まで来て先程の威勢を失い始めた薫の背中を押しながら、俺は運命のアトラクション、ホラーハウスに向かって歩みを進めるのだった。
◇◇◇
「少しいいかな、鳴瀬君?」
「……なんだよ?」
「次の場所なんだが、私は一体あと何歩ぐらいでどの方向に方向転換すれば大丈夫かな?」
「……今から前に10歩進む。その後左に直角に曲がるぞ」
「わかった! 鳴瀬君にはナビゲーターの素質があるね!」
「全然嬉しくねぇわ、その素質」
ホラーハウスに入ってしばらく時間が経った現在、気が付けば俺は薫のナビゲーター役と化していた。
何でそんなことになっているのかというと、途中からあまりにビビった薫が羽化寸前の蝉の蛹みたいに俺の背中にへばりついて離れなくなったからだ。
ホラーハウスに入った直後は気丈に振る舞っていた彼女は、一番初めの西洋屋敷のポルターガイストゾーンで既に半泣き状態になり、続く世界の拷問器具ゾーンで突如として無言で俺の背中に貼り付いてからずっとこの調子をキープしている。
それから、怖すぎて前を見ることすら無理になった薫を俺はずっとエスコートしているというわけだ。
「よーし、じゃあ進むからな。しっかりついてこいよ」
「わかった。ゆっくり、ゆっくりだからね? 頼むよ、鳴瀬君?」
「へいへい……」
……折角凝った造りのホラーハウスなのに、怖さ半減どころの話じゃないな、これ。
人間の心理として、自分よりも下の立場の人間を見ると相対的に心が落ち着くというものがある。
今の薫のビビりっぷりは、俺の中の恐怖を完全にかき消してなお余力を残すレベルのビビりっぷりだった。
……もし、次に来るならその時は一人で……おっと」
そんなことを考えていると、不意に目の前から柔らかなゼラチンを固めた板のようなものが顔面に迫って、俺は思わず声をあげる。これは多分こんにゃくを釣糸で垂らして首筋に当てるタイプのトラップなのだろう。
考え事をしていたせいで思ったよりも顔面に迫っていたそれを、俺は首を傾けてなんとか避けた。
しかし。
ベシャァッ!
「うっひゃぁぁぁああ!?」
「あ」
俺の背中に貼り付いていた薫は、全くこれに気付かずにおもいっきりゼラチンの直撃を食らっていた。
「な、鳴瀬君! 鳴瀬君!? い、いいいまのは何!? なんなのかな!?」
「落ち着け薫、今のはただのゼラチンみたいな弾力のある何かを固めた板だ。ほら、肝試しとかでよくある釣糸で垂らしたこんにゃくを首筋に当てるやつだよ」
「本当に? ほ、本当に本当にそうなのかな?」
「本当だってば」
俺の呆れた声に薫が恐る恐る顔を出すと、その視線の先では隠れそびれたキャストの人が糸に垂れ下がった板を回収している姿があった。
それを見た瞬間、薫が俺の背中からばっと離れて腰に両手を当てる。
「ふ、ふふふ! なんだ、まさに『幽霊の正体見たり枯れ尾花』というやつじゃないか!」
「いや、ここアトラクションだから基本枯れ尾花しかないんだけどさ」
俺の冷静なツッコミをスルーして薫は一人でうんうんと頷いている。
「そう、そうだ! 所詮ここは紛い物! あんなチープな恐怖でこの私の足を止めることなど不可能だ! ふふふ!」
「じゃあ、ここからは俺の背中から離れて動けるよな」
「いや、鳴瀬君。そういうのではないからね、うん」
俺が離れると言った途端、それまでのテンションをどこかに投げ捨てた薫は、再び俺の背中に舞い戻った。それはもう見事なポンコツぶりである。
「さぁ、鳴瀬君! 私の準備は万端だ! あと、何かしらの出来事が起きそうなときは前もって私に合図を頼むよ!」
「お前、強気なのか弱気なのかはっきりしろよ……んじゃゆっくり進むからな~」
「さぁ、いつでも進みたまえ!」
薫の態度に呆れながらも、俺は再びゆっくりと足を進め始めた。
ぷるぷると小刻みに震える薫の振動と体温を背中に感じながら、不意に俺はあることに気が付いた。
……そうか、違和感の正体は「
薫は普段俺のことは「Mr.鳴瀬」と呼ぶ。実にキザな呼び方だが、薫には無性に似合っていたので特に止めさせることもなくそのままにしていた。
しかし、先程から薫は俺のことを「鳴瀬君」と連呼している。
よくよく思い返すと、今までも何度か「鳴瀬君」と呼ばれたことがあったかもしれない。
……なるほどねぇ、そっちが薫の「素」なわけか。
どうやら、予測不可能な場面や心の平衡が崩れるときには薫は「素の自分」を漏らしてしまうらしい。
……仕方ない。ちょっとは優しくしてやりますか。
生粋の役者体質である薫が役者であることを放棄するほどの恐怖を与え続けるのは精神衛生上よろしくない。
そう判断した俺は、背中に感じる薫の息づかいに合わせて、ゆっくりとホラーハウスを進んでいくのだった。
◇◇◇
ドバーン!
「きゃあああ!?」
デェェェン!
「ひゃうう!?」
クール、キットクルー、キットクルー、キーセツハシローク
「ぴぇっ!?」
あれからしばらく。俺の背中で様々な奇声をあげる薫の面倒をみながら、なんとか俺たちはホラーハウスの出口付近にたどり着いていた。
あまりにも薫の歩みが遅々として進まなかったので、後発のグループに何度か追い抜かされることもあった。
しかし、目にうるうると涙を溜めながら、たまに「ヒック、ヒック……」としゃくり声をあげる薫を見ると急かす気も失せたので、彼女のペースでゆっくりと進むことにした。
そして、そんな俺たちの目の前にそれは忽然と姿を現した。
「あ、薫。あそこの天井見てみろよ」
「ヒック……い、いやだ……。どうせまた生首とか、よく分からない気持ちの悪い小人みたいなのがいるんだ……」
いくら俺の背中に隠れているとはいっても、全てのホラースポットから薫を守るのにも限度があった。
防ぎきることができなかった様々な恐怖にすっかり揉まれた今の薫には、最早普段の王子様の姿は見る影もない。
「違うって、ほらよく見ろ薫。あそこに『出口』って書いて矢印がついた看板があるだろ。もう終わりなんだよ」
不憫に思った俺が子供をあやすような口調で指差すと、薫はおっかなびっくりといった様子で俺の指差す先の看板を見た。
その瞬間。
「ヒック……ふ、ふふふ! どうだMr.鳴瀬! わ、私はこの恐怖に打ち克ってみせたぞ! 所詮は紛い物の恐怖、私の敵ではなかったようだ!」
「変わり身はやっ!?」
一瞬にして「いつもの薫」に戻った薫は俺の背中から離れると、一目散に出口に向かって駆け出した。
「それじゃあMr.鳴瀬、私は一足先に脱出させてもらうよ!」
「そして、足も速えぇ!?」
どこにそんな余力があったのか、凄まじい速度で薫が看板の矢印に従って曲がり角に消える。
慌てて俺も薫を追いかけ、矢印に従って曲がり角を曲がった次の瞬間、
「おい、薫! ちょっと待、わっぷ!?」
目の前に薫の背中があって思わずそれに突っ込みそうになった。
危うく大事故寸前だった俺は薫に抗議の声をあげる。
「うぉい! 急に止まるなよ薫。いったいどうしたんだ?」
そんな抗議の声に薫は油の切れかかったロボットのようなぎこちない動きで反応した。先程までのスピードが嘘のような緩慢さで俺を振り返る。
「な、鳴瀬君。あ、あれ…………」
「あれ? ああ、あれか……」
薫が振り返りながら指差したその先には白い着物を着た女らしき人が壁の方に顔を向けて廊下の角でしゃがみこんでいる。どうやらこれが最後のホラースポットらしい。
……ありえるとしたら、俺たちが近寄った瞬間走って来るようなパターンかな? ここは俺が先行した方がいいな。
「薫、俺の後ろに。さっきみたいに合図したら進むからな」
「(コクコク)」
最早、言葉も出ずうなずくしかない薫を再び背中に引っ付ける。
背中に薫が引っ付いた感覚を確かめると、俺は薫に合図を送る。
「それじゃあ、いくぞかお……」
「グォォオオオ!!」
「うお!?」
その叫び声は正面の女ではなく、なんと俺たちの後ろから聞こえた。
慌てて俺が振り返ると、先程曲がった曲がり角の角の部分に細い隙間があり、そこから死に装束の男が飛び出していた。
やられた! 女の方は囮で本命はこっちか!
目の前の女に注意を向けて後ろからの不意打ち。巧妙なその罠にまんまと引っかけられてしまった。
「これは一本とられたなぁ……って、そうだ薫、大丈夫か、薫?」
見事にしてやられた俺は、薫のことを放置していたことに気付いた。
死に装束の男に反応した時に振りほどいてしまった薫の方を振り返った俺がその目に見たものは。
「………………………」
「た、立ったまま……!」
「気絶している……!」
思わず止まった俺の言葉をキャストの死に装束の男の人が拾ってくれる。
憐れな少女、瀬田薫はその顔面を一面中涙でびちょびちょにして、出口まであと10数メートルのところで立ったままその意識を宙へと手放していたのだった。
「あちゃあ~、やり過ぎちゃったみたいね」
異変に気付いた白い着物の女のキャストも立ち上がってこちらに近づいてくる。
「ごめんな、彼氏さん。彼女さんがここまでビビるとは思ってなかったんだよ。ちょっと脅かしたら、彼氏さんに抱きついたりしていい雰囲気になるかもって思ってたんだ」
死に装束の男も申し訳なさそうに頭を掻いて謝罪してくれる。
「あー、いいんですよ。まさか俺もここまでのことになるとは思ってませんでしたし。あと、俺は彼氏ではないですよ」
冷静な俺の返答にキャストの二人は少し意外そうな表情を浮かべる。
「あら、そうなのね。まぁ、今はそんなことよりもこの娘をどうするかよねー」
「確かに……」
女の人が言う通り、このまま薫をここで気絶させておくわけにはいかない。とりあえず、落ち着けるところまで運ぶ必要があるだろう。
「それじゃあ俺、背負って出口まで行きます」
「大丈夫かい?」
「ええ、これでもバンドで機材を運んだりして力はあるんで」
心配そうに声をかけてくれる女の人に応えながら、俺は薫を背負うためにしゃがみこむのだが……
「……あら? なんか上手くいかないな?」
気絶してだらんとした薫を背負おうとするも、中々薫の体を、上手く背負うことができない。背中におぶさるところまではいいのだが、いざ立ち上がろうとするとずり落ちそうになるのだ。
「あー、誰かをおんぶするときって、おんぶされる側が最初に上手く抱きつかないと難しいのよね」
「そうなんですね」
なるほど、確かに最初に向こうから抱きついてもらえればずり落ちることもなくて楽なのだろう。
しかし、今は薫は意識がないし、そもそも意識があれば背負って運ぶ必要もないわけだ。
……じゃあどうするかなー?
良い案が浮かばず首をひねる俺に、男のキャストの人が口を開く。
「お兄さん、運ぶならもうひとつ方法があるじゃないか」
「え、そうなんです?」
俺がそう返事をした瞬間、女の人が分かったといわんばかりにポンと手を打った。
「あー、なるほどあれのことね!」
「え、あれってなんです?」
しかし、まだわかっていない俺が再び尋ねるように返事をすると、キャストの二人は満面の笑みを浮かべた。
「「それはもちろん、『お姫様だっこだ(よ)!』」」
「うぇえ!?」
お姫様だっこ。
その凄まじいパワーワードに思わず俺は驚愕の叫びを漏らした。
確かに、お姫様だっこなら俺の腕力だけがあれば薫を運ぶことができるし、恐らく腕力的には問題はない。
だが、それ以上に問題なのは。
「俺、薫をお姫様だっこしてここから出ないといけないのかよ……」
そう、ここを抜け出す以上は、俺は薫をお姫様だっこしたまま《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーや一般客の前に姿を出さなければならないのだ。
一般客はまだしも《ハロハピ》のメンバーと会えば一体どんな反応をされるのか想像するだけで気が滅入る。
しかし、じゃあ他の解決策は? と尋ねられても妙案は浮かばない。
「……はぁ、やるしかないのかぁ」
結局は、俺がちょっと恥を捨てれば済むことだ。
半分は私怨で薫をここに連れてきたという負い目もあって、俺の峻巡は短かった。
「よし、それじゃあ薫、聞こえてないと思うけど失礼するぞっとぉ!」
掛け声と共に俺は薫の体を持ち上げる。
身長の割りにかなり軽いその体は、薫も女の子なんだという事実を改めて俺に実感させる。
「おお、お兄ちゃんやるねぇ!」
「いや~ん、お似合い~! もういっそ付き合っちゃえばいいのに!」
「流石に付き合うのはちょっと……」
キャストの二人の言葉に応えながら、俺はそのまま数歩歩いてみる。
よし、これなら問題なく運べるな。
動けそうなことを確認した俺は改めてキャストの二人に礼をいう。
「お騒がせしてすみません。色々ありがとうございました」
俺の言葉に二人は手を振って応えてくれる。
「こっちこそ迷惑かけたね!」
「次も会えるか分からないけどまた来てね!」
「ええ、それでは失礼します」
そうして、二人の視線に見送られながら俺たちはホラーハウスをあとにする。
結局、そのあと出口のすぐ外で待機していた《ハロハピ》のみんなに捕まった俺は、お姫様だっこを色々いじり倒された末に解放されることになったのだった。
◇◇◇《side 瀬田薫》◇◇◇
気がつくと私は何か硬い板のようなものの上に横たわっていた。いや、頭の下に柔らかい感触があるから「横たえられていた」の方が表現としては適切かもしれないね。
とにかく、今の私は誰かの手によってどこかに体を寝かされている訳だ。
そんなことを考えていると、今度は私の額にそっと手が添えられたようだ。額に感じる感覚からどうやらそれは男の人の手らしい。
少し硬い指先の皮膚の感触。ひんやりと心地よい手のひらの温度。
「手が冷たい人はその分心が暖かい」なんてことをよく言うけれど、もしそうだとするならこの手の主はとても心が暖かい人物のようだね。なんだか触れられているだけで心が落ち着くような、そんな優しさを感じる手じゃないか。
そうして、額に感じる手の感覚に神経を注いでいると、不意に額に触れるその感覚がなくなった。どうやら手の主は私の額から手を離してしまったみたいだ。少し名残惜しいけれど、私にはどうすることもできない。甘美なる時間というものは往々にして早く過ぎ去るものだからね。これも仕方のないことさ。
しかし、その余韻に浸る時間は私には与えられなかった。
なぜかって?
それは、再びその手が私に触れたからさ。
その手は、今度は額ではなく私の髪に触れていた。額にかかっていた一房の前髪を丁寧な手つきで整えると、頭頂部から側頭部へと優しく櫛ですくように撫でられる。
……ああ、この感覚には覚えがあるよ。これは今よりもずっと小さかった子供の頃、
「薫は髪が綺麗だね。将来とても美人になるよ」
そう言ってにこにこと微笑みながら髪を撫でてくれた父の顔は今でも私の大切な宝物さ。
でも、あの頃から倍近く身長も伸びた今ではそうやって父が髪を撫でてくれることもなくなった。最後に撫でてもらったのも、今となってはもうずいぶんと昔の話さ。
それじゃあ、今私の髪を撫でてくれているのは一体誰なんだろう?
そうして、手の主の正体を確かめるために、私はゆっくりその目を開いたんだ。
◇◇◇
「……う、ここは……」
久しぶりに開いた目が明るさに眩惑される。この眩しさから察するにどうやらここは外みたいだ。
そして、どうやら手の主も私が目覚めたことに気付いたらしく、顔をこちらに近づけるのがおぼろ気ながら分かる。
「薫、目が覚めたのか」
優しく、私のことを気遣う声が聞こえる。
その声はもう何度も耳にしたことがある。しかし、今回の声は今まで聞いてきた中で初めて聞いたような、先程までの手と同じように心の深い部分をくすぐるような優しい声色で放たれた。
そんな声の持ち主はーー
「……鳴瀬君」
ーー私たち《ハロー、ハッピーワールド!》の大切な仲間の一人、基音鳴瀬君その人だった。
鳴瀬君は、上から覗き込むようにして私の顔を見ながら「そうだよ」と返事をして、少し申し訳なさそうな優しい微笑みを浮かべていた。
「気分はどうだ? もう大丈夫か?」
「ええ、とてもいい夢を見ていたから」
「そうか、それはよかったよ」
そう言って鳴瀬君はほっとした表情を浮かべる。その顔を見て私も少し安心した。
そして、心が落ち着いたことによって、今度は自分が置かれた状況が気になってくる。
「鳴瀬君、私は一体……」
気になった私が尋ねると、鳴瀬君はまた、その顔に申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を掻いた。
「あー……、あれだ。俺と薫はみんなとホラーハウスに入ったんだけどさ、薫は
「ああ……、そうだったんだね」
……鳴瀬君はやっぱり気が利くんだなぁ。
未だ覚醒に至らない頭でぼんやりと思う。
ホラーハウスでのやり取りのせいで、鳴瀬君は私が気絶してしまうほどお化けが苦手なことはよく分かったはずだ。
なのに、鳴瀬君はあえてそうは言わなかった。私が本当に触れて欲しくないところには鳴瀬君は気付いたとしても決して触ろうとしない。
ああ、この辺りが
引っ込み思案な性格の自分が嫌いで、私は演劇を志したその時から昔の自分を隠して、理想の自分を演じ始めた。いつの間にか、それは舞台の上だけではなく、日常生活にまで波及していた。
気が付けば、私は何時だって「理想の瀬田薫」を演じていたんだ。
けれども、演じる部分にも限度はある。いくら表層は取り繕えても心の奥に刻まれた精神までは変えられない。演じ続けていてもそこではどうしてもぼろが出る。
現に、鳴瀬君と話し始めてから
「……薫、大丈夫か? まだ辛いなら無理はするなよ」
「私は大丈夫、少し考えごとをしていただけだから」
ああ、あまりにも考えに耽っていたせいで鳴瀬君をまた心配させてしまった。本当に情けない気持ちでいっぱいになってしまう。
そして、今の自分はそんな情けない心に相応しい、さぞかし情けない姿を晒してしまっているのだろう。こんなところ、絶対に私の子猫ちゃんたちには見せられない。
それでも。
それでも、こんな情けない姿でも鳴瀬君になら見せてしまっても大丈夫だと思えてしまうのだから不思議だ。
「そういえば、こころちゃんたちはどうしているのかな」
情けない気持ちを紛らわすために私は鳴瀬君に他のみんなのことを尋ねる。
「ああ、それなら大丈夫。こころたちにはしばらく四人で回っておいてって言ってあるから」
「それなら安心だね」
鳴瀬君の返事を聞いて私はほっと胸を撫で下ろす。
もし、私のせいでみんなが足止めをくっていたのだとしたらそれはあまりにも申し訳なかった。
でも、そんな私のホッとした胸は、次の鳴瀬君の言葉で一瞬にしてざわめいた。
「うん。だから、しばらくは安心してベンチ横になってろ。
「ふぇっ?」
膝を貸す。
どうやら私は今、ベンチで横たわっている状態らしい。
そんな状態の私に鳴瀬君は「膝を貸している」。
それが意味するところは一つしかない。
「ひ、ひひっひ……膝ぁ!?」
「うぉ!? お、落ち着け薫! 急に叫ぶな! 暴れるな!」
「だ、だって鳴瀬君! 膝が! 膝が!?」
「
「あ、あああ……」
鳴瀬君に宥められた私は結局体を起こすことができずに再び元の場所に戻る。
しかし、姿勢は元に戻っても心のざわめきが元に戻ることは決してなかった。
……だって、膝枕だよ膝枕! 落ち着けという方がどうかしてるよ!
公衆の面前で男の子に膝枕をしてもらっているという事実を突きつけられて平然としていられる女子がどこにいるだろうか。(反語)
多分今の私はさぞかし熟れた林檎のような真っ赤な顔をしていることだろう。
唯一の救いは、咄嗟に前を向いたから顔が真っ赤になっていることは鳴瀬君には見えていないであろうことだけだ。
そのまましばらくの間、私は顔を真っ赤に染めたまま、園内を行き交う人の流れをただただ無言でじっと見つめていたのだった。
◇◇◇
「ありがとう、もう本当に大丈夫だ」
私が鳴瀬君に膝枕をされている事実に気付いてからしばらく。頬の赤みが引いてきたことを感じた私は、彼の膝枕からゆっくりと体を起こす。
「無理すんな……はもう何度も言ったから本当に大丈夫みたいだな。悪かったな、俺が無茶させたせいで」
体を起こしたことで久しぶりに正面から見た鳴瀬君の顔には申し訳なさそうな表情が貼り付いていた。
「謝らなくていいさ
十分に心身が回復したことを実感した私は、またいつもの「理想の瀬田薫」を演じる役者へと戻っていた。
私は、こうあれかしと望んで「理想の瀬田薫」を演じているんだ。中途半端に舞台から降りることなど許されないのさ。
そんな私の姿を見て、Mr.鳴瀬は今度はその顔に苦笑いを浮かべて溜め息を吐いた。
「はぁ、そりゃどうも。まぁ、薫がそれでいいなら俺もそれでいいさ」
「ああ、それでいいともMr.鳴瀬」
「……でもな」
「ん?」
「役者に疲れたならたまには素に戻ってもいいんだぞ。いつも『理想の自分』でいるのは疲れるからな。肩肘張れる強さもあれば、肩肘張らない強さもあるんだぞ」
「……」
ああ、やっぱり
鳴瀬君の方が私よりも4年ばかり長く生きているということもあるのだろうが、じゃあ私があと4年生きたとして、その時に彼のように振る舞えるかと言われれば多分それは無理だ。
人の言葉にはその人の生き様が焼き付く。言霊というものだ。
鳴瀬君は、彼が放つ言葉の強さに負けないほどに真剣に今までの人生を生きてきたんだ。
飾らずに、ただありのままに、自分が正しいと思う人生を生きてきたんだ。
だから、こんなにも彼の言葉が、そこに込められた気遣いが、私の心に染み込むのだ。
隣に座る鳴瀬君の姿が、今の私にはなんだかとても眩しく見えて。
そんな彼と出会うことができた幸運に感謝して、私もまだまだ捨てたものではないなと心の底から思うことができた。
「そうだね。たとえ、万里の空を往く
それでも、素直にそのことを鳴瀬君に伝えるにはまだ勇気が足りないから、私はいつも通りの「理想の瀬田薫」で伝えることにした。
私の言葉を聞いた鳴瀬君はにやりとしたいたずらっ子の笑顔で笑う。
「蝉みたいに背中にしがみつく、の間違いじゃないのか?」
「そ、そのことはもういいだろう!?」
「ははっ、冗談だよ。……でも、ちょっとは肩肘が緩んだだろ?」
「……ふふっ、違いないね」
そうして私たちはしばらく顔を見合わせてお互いに笑い合ったんだ。
ひとしきり笑ったそのあとに、私たちはしばらくの間そのままベンチに並んでただ黙って空を眺めていた。
鳴瀬君と一緒に眺める秋晴れの空はどこまでも高く澄んでいる。ただただ、美しく、穏やかで、そして完璧な時間が流れていく。
そういえば、こんなときにピッタリな歌が鳴瀬君に借りたCDの中に入っていた気がする。……そうだ、あの曲だ。
その瞬間、私の頭の中に流れ出したのは、日本で最も有名なパンクロッカーのある曲のメロディだった。
そして、気がつくと私は胸の中で自然とその曲の歌詞を口ずさんでいたーー
時間が本当に もう本当に 止まればいいのにな
二人だけで 青空のベンチで 最高潮の時に
ーーTHE HIGH-LOWS『青春』
という訳で乙女チック増し増しの中編その3でした!
薫さんの視点では「素の瀬田薫」と「理想の瀬田薫」モードで地の文を変えるという試みをしたので思ったよりも時間を食いました。
薫編もいよいよ次でラスト! 最後のアトラクションは定番のあれですよあれ!
そして、久々の版権曲引用はTHE HIGH-LOWSで『青春』でした!
わたくし、この曲が本当に好きでして必ず作中の重要なシーンで使いたいと思っていたので一つ目標達成ですわ!
本編で使おうかとも思いましたが、「『素の自分』に逆らって『理想の自分』を演じる薫の生き様ってパンクでロックだよな」と感じたのでここにぶちこみましたわ。思ったより話に合っていたと思い自画自賛中ですことよ!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
-
結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
-
田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。