野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

39 / 77
続きました。

薫編の後編! 分割は無しなのでこれでラストです。

薫さんと鳴瀬君のサイドストーリーが最後どのように展開していくのかおたのしみに!

そして、ここまでの話で総文字数30万字を超えました! やべぇ! 頭おかしい!

書き始めた時はこれぐらいで終わるかなって思ってたんですが、進捗がまだ60%ぐらいなことに震える(西野カナ)。

完結する頃には60万字ぐらいになるかな? 先は長そうですがよろしくお願いいたします。


【今後の予定に関するお知らせ】
今後の『野良ベーシスト』の展開について変更があるのでご連絡させていただきます。

現在アンケートをとっている花音先輩のサイドストーリーなのですが、アンケート済みのはぐみちゃんのサイドストーリーと順番を入れ替えて、先に書かせていただこうと思っています。

これには理由がありまして、次の本編であるストリートライブ編に、あるガールズバンドを出すためのギミックとして花音先輩のサイドストーリーを使いたいと考えたからです。

そして、はぐみちゃんに関してはクライマックスに向かう前に彼女が中心のストーリーが展開するので、そこまで溜めを作って一気に解放させたいという思いが出てきたこともあります。

はぐみちゃんの活躍をお待ちの皆様には大変申し訳なく思いますが、いましばらくお待ちくださればと思います。


【アンケート協力への感謝と新しいアンケートへの協力依頼】

このエピソード投下時点で花音先輩のアンケートは終了とさせていただきます! 多数の方の投票ありがとうございました!

この次の話の投下時点で、最後のアンケートである美咲ちゃんのサイドストーリーのアンケートに移ります。

長くなるので詳細は次回に回しますが、美咲ちゃんの選択肢はA「美咲のおばあちゃまのお家ルート」か、B「ミッシェルと結婚式ルート」の二択になります。

面白そう、見てみたい、と思うルートに投票いただければ幸いです! あなたの一票で『野良ベーシスト』の未来が変わる!


野良ベーシストは夢の国へと旅立つ(後編)

 薫が復活してからしばらく、ゆっくりと秋空を眺めていた俺たちは、アトラクションから戻ったペグ子たちと合流していた。

 

 薫のことを心配していたペグ子たちが、口々に薫に話しかけていく。

 

「薫~! もう体は平気なのね!」

「薫君大丈夫だった~?」

「ああ、もう心配ないよプリンセスこころ、はぐみ」

「よかった~!」(×2)

 

 調子が戻り、いつも通りの髪を掻き上げるキザな仕草を交えて返事をする薫に二人は胸を撫で下ろす。

 

「本当に大事(おおごと)じゃなくてよかったです。やっぱり、体も心も健康が大切ですから」

「薫さん、意外と無茶することありますからね~、安全第一ですよ~。薫さんが居ないと困るんですから~」

「ふっ、肝に命じておくよ」

 

 常識人チームからの気遣いにも応えて、薫は大きく頷いた。

 

 んー、やっぱり薫は結構みんなから頼りにされてるなぁ。

 

 《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーに囲まれて、その中心でやいのやいのと会話に花を咲かせる薫を眺めて思う。

 薫は俺を除けば《ハロハピ》では最年長だし、同学年の松原さんと比べれば物怖じするタイプではない(お化けは除く)。

 ごく稀……いや、時たま……いや、割とあるポンコツモードの時を除けば、長身のすらりとしたルックスも相まってバンドの表に立つ人間としてはこれ以上なく相応しい「華がある」人物だと言える。

 

 確かに、これだけ慕われてたら、ずっと肩肘張りたくなる気持ちも分からなくもないな。

 

 薫は面倒見がいい性格だ。《ハロハピ》に入ったのも、ペグ子のことを放ってはおけなかったという気遣いがその理由のなかに多分に含まれている。

 彼女が「理想の瀬田薫」であるのは、彼女自身のためであり、そしてかけがえのない仲間たちのためでもあるのだ。その点では、俺も彼女が「本物の王子様」であると認めている。

 

 しかし、薫は点では王子様の要素を持っていたとしても、全面的に王子様でないことは先程のことからも明らかだ。

 

 やはり、《ハロハピ》メンバーの止まり木である薫、彼女にとっての止まり木としての役目は、しばらくは俺が担うしかないだろう。バンドが更に成熟して、個々のメンバーが今よりもそれぞれの力を高めて薫に止まる必要がなくなれば、その時に俺も一緒に止まり木のお役御免になればいいのだ。

 

 そう決意を固めると、俺は少し離れた場所から、みんなの理想に近づこうとする優しい王子様の姿を眺めたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 再び《ハロハピ》メンバー全員でアトラクションを周り始めてからしばらく経った。空を見上げると太陽は既に西日に近づき、その燃えるような赤をより一層増している。

 

 腕時計に目を落とすと時刻はもう四時に迫ろうというところだ。いよいよ潮時というやつである。

 

 俺は、先程まで乗っていたアトラクションの出口で次のアトラクションに向かおうとするメンバーを呼び止めた。

 

「おーい、全員聞け。帰りのシャトルバスの時間を考えると乗ることができるアトラクションは次ので最後だぞ」

「あら、もうそんな時間なのね!」

「わわっ、本当だ! 思ったよりも時間が経ってるよー!」

 

 俺の言葉にペグ子ペアが驚きの声をあげる。まぁ、楽しい時間というものはすぐに過ぎ去るものだから致し方ない反応といえる。

 実を言えば、俺自身ももうこんな時間なのかと驚いているところなのだ。

 

「ということは、最後のアトラクションの決定権は美咲ちゃんと花音になる、というわけだね」

「そうなるな、頼むぜ二人とも」

 

 薫の言葉を受けて俺が二人に水を向ける。

 

「ふぇぇ……せ、責任重大ですね……」

「うわー……いざ決めろって言われると迷うな~」

 

 実質、二人の決定が今日の一日の締めくくりだ。いい加減に決めては画竜点睛を欠くというもの。自然とマップを見つめる二人の表情も真剣なものになる。

 

 しばらく、マップの上に視線と指先を這わせていた二人だったが、地図上のある一点でそれを止めるとお互いに顔を見合わせた。

 

「あっ、そういえばここまだでしたよね?」

「あー、定番過ぎて忘れてましたね。でも、最後にはもってこいかもしれませんね」

「うん、私も最後にはここが一番いいかなっておもうな」

「お、もしかして決まったのか?」

 

 どうやら二人の意思が固まったようなので、俺が声をかけると二人は地図から顔を上げてこちらを見た。

 

「はい、私たちが最後に提案するアトラクションは」

「大観覧車ですよー!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「いやー、確かに遊園地といえば観覧車だな。俺も遊園地なんて長く来てなかったからすっかり忘れてたわ」

「た、確かに観覧車は定番のアトラクションだね、うん」

 

 観覧車の列に並んだ俺と薫は目の前の観覧車を見上げながら言葉を交わす。夕日に染まるその偉容はまさに大観覧車の名前に相応しい。

 

「この観覧車、日本全国でもトップ3に入る大きさなんですって!」

「すっごーい! はぐみ、楽しみだなぁ~!」

「へぇ、それは凄いな」

「そ、それは確かに凄そうだね……」

 

 前に並んだペグ子たちの言葉に、俺の期待も否応なしに高まる。ファンタジアランドは山の斜面を造成して作られたテーマパークだ。その高さから更に高い位置で見下ろす景色となれば、さぞかし雄大なことだろう。

 

 そして、その景色を目当てに大観覧車には中々の列ができていた。それこそ、ファストパスを持った俺たちでも、他のファストパスの客の後ろに並ばなければいけないほどにである。

 

「ふぇぇ、やっぱりお客さんも多いですね」

「うーん、やっぱりみんな考えることは同じみたいですねー」

 

 ゆっくりと進む列を眺めて松原さんたちが呟く。

 

 そもそも、観覧車という乗り物は開園直後の園の全体像の把握のためや、帰る直前の一日の思い出の振り返りとして乗ることが多い。時刻的にみても、そこそこの客が帰路に着くであろう今は、待ち時間が発生するのも致し方無いことだといえる。

 

 そんな松原さんたちを眺めていると、隣の薫から声がかかる。

 

「み、Mr.鳴瀬、もし、帰りのバスに間に合わないのであれば、私は観覧車を諦めても構わないよ?」

「まぁ、多少の待ち時間も遊園地やテーマパークの醍醐味みたいなもんだし、帰りのシャトルバスにはかなり余裕をもって並んでるから時間も平気だろ。それに、俺たちだけ止めても他のみんなが乗るなら意味ないだろ」

「そ、そうだね……」

 

 先ほどからなんだかそわそわし始めた薫ががっくりと肩を下ろす。

 

 妙だな……、時間でも気にしてるのか? でも、今日は特にみんな用事なんかは無いって話だったしな。

 

「あっ、次はいよいよ私たちの番みたいね!」

「それじゃあみんな、先に行くね~!」

「おーう、楽しんでこいよー」

 

 順番が来て観覧車に乗り込むペグ子たちを手を振って見送る。観覧車のゴンドラは最大4人乗りだが、4対2に別れて乗るというのもあれなので最後まで同じペアを組んで乗ることにしたので、今回も俺は薫と二人だ。

 

 優先客を挟んで一般客がゴンドラに乗るので、俺たちの番は次の次になる。

 

「よし、薫。俺たちも乗り場に進むぞ」

「あ、ああ、そう、だね……」

 

 いつの間にか俺から若干離れた位置に立っていた薫に声をかけたが、彼女からの返事は気もそぞろといった感じで、明らかに心ここに在らずといった(てい)だ。

 

「おいおい、大丈夫か薫? 何か気になることでもあるのかよ?」

「……っ! いや、なんでもないさMr.鳴瀬! さぁ、乗り場に行こうじゃないか!」

「あ、おい、手を引っ張るなって!」

 

 流石に気になった俺が声をかけると、薫は弾かれたように反応して俺の手を握るとずかずかとゴンドラの前へ進む。

 あからさまに変な反応だが、それに追及を入れる前に俺たちの乗るゴンドラが到着してしまった。

 

「ようこそファンタジアランドの誇る大観覧車へ! お乗りになるのはお二人でよろしいでしょうか?」

「ああ、よろしくお願いするよ!」

「はい、それではゴンドラの中にお進みください。足元隙間がありますのでお気をつけ下さいね」

「わかった! さぁ、Mr.鳴瀬、中に入ろうじゃないか!」

「おわっ!? ちょっと待て! 入り口の段差がだな……」

 

 背中に妖精の羽を着けたコスチュームの可愛らしいキャストが話しかけてくるのに薫が答える。それが終わるや否や薫はそそくさとゴンドラに乗り込んでしまった。当然、手を握られている俺も引っ張られるようにしてゴンドラに滑り込む。

 

 俺たちがシートに座ったことを確認したキャストがにこやかな笑顔でこちらに手を振る。

 

「それでは大観覧車の旅をお楽しみください。当観覧車の運航は一周約五分です。風など吹くとゴンドラが揺れることがございますのでお気をつけ下さいね」

「はい、ありがとうございます」

 

 キャストにお礼を言うと、彼女はコスチュームのスカートの裾を摘まんで優雅に一礼してゴンドラの扉を閉めた。

 

 そして、俺はキャストが「一周約五分」と「ゴンドラが揺れる」のところで薫の肩がびくりと震えたのを見逃さなかった。

 

 ……薫、もしかして高いところも苦手なんじゃないだろうな?

 

 そんな疑惑を抱えた俺と挙動不審な薫を乗せたまま、ゴンドラはどんどん高みへと向かっていくのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お、薫、松原さんたちが手を振ってくれてるぞ」

「ああ、そうだね」

「おー、この高さでも結構遠くまで見えるもんだな」

「ああ、そうだね」

「ほー、今で丁度天辺から半分だってさ。支柱に印がついてるぞ」

「ああ、そうだね」

「……鬱の反対で、テンションが高いときのことって何て言ったっけ?」

「ああ、そう(躁)だね」

「ロッテが販売している氷が混じったシャリシャリした食感が売りの四角い容器に入ったアイスの名前って何だっけ?」

「ああ、そう(爽)だね」

「……薫は高いところが苦手だよな?」

「ああ、そうだね」

 

 

 ……うーん、だめだこりゃ。

 

 大観覧車に乗ってからしばらく経つが、薫はゴンドラに入ってからというもの俺が何を話しかけても「ああ、そうだね」という機械(マシーン)と化していた。

 これならまだゲームセンターにおかれたキティちゃんのポップコーンマシンの方が愛想がいいと言えるレベルの塩対応である。

 

 最初の頃はちらりちらりとゴンドラの外を眺めて松原さんたちに手を振る余裕があったものの、それから段々視線は床の方を向き、首は傾き、体は強ばり、今ではロダンの考える人の石像のごとき硬直状態に突入していた。

 

 薫ってけっこうダメなもの多いんだなぁ。まぁ、完璧な薫って言われてもめちゃくちゃ違和感があるんだけど。

 

 そんなことを考えながら俺は窓の外を眺める。ゴンドラの窓から眺める風景は正に絶景で、今日の秋晴れの空なら天辺辺りでは海が見えるかもしれない。

 薫に関してはあまり触れるのもあれかと思い、向こうから何かコンタクトをとってくるまではそっとしておくことにした。外からの情報を遮断してじっと耐えている方が幾らか恐怖も弱まるだろう。

 

 しかし、そんな俺たちに神は更なる試練を投げ掛けてくる。

 

 ヒュオオオオ……

 

「うぉっ!」「うひゃっ!?」

 

 高い秋晴れの空を駆け抜けた一陣の風がゴンドラをぐらりと揺らした。座っていても結構な揺れを感じて思わず声をあげてしまう。

 

「おおぅ、今日ってこんなに風が強かったっけか? ……そうか、後ろの山がなくなったからか」

 

 このファタジアランドが山の斜面を造成して作られたテーマパークであることは先にも述べたが、観覧車のゴンドラが高く上がったせいで、どうやら山が遮っていた風の影響をもろに受け始めたらしい。

 風の余波が過ぎ去ってゴンドラの揺れが収まり始めたその時。

 

 ガタガタガタガタ……

 

 先ほどまでの風で軋んだ音ではない、別の音が継続してゴンドラの内部に響き始めた。

 

「ん? これ、なんの音だ? 薫、なんかそっちに妙なところはないか……って」

 

 音の出所が気になった俺が薫の方に視線を向けると、そこでは体をガタガタ震わせて、恐怖に耐える薫の姿があった。音の出所は振動しすぎて足踏みみたいになった彼女の足元だったようだ。

 

「ふ、ふふっ、鳴瀬君。少しいいかな?」

「……はいどうぞ」

 

 青い表情で視線は地面に向けたまま、体と同じ震える声で薫が話しかけてくる。

 

「あ、あの、恥を忍んで言うのだけれど、実は私は高いところが大の苦手でね……」

「ああ、知ってるよ」

「!? そ、そうか、そうなのか……」

 

 俺の返事で薫が一瞬驚愕の表情でこちらを見るも、その背後に広がるパノラマを見ると途端に顔を下げてしまう。

 それから少しもじもじと体を揺すっていた薫だったが、体を揺らすのを止めると、意を決したように口を開く。

 

「あ、あの、その、だね鳴瀬君……」

「どうした?」

 

 歯切れが悪い言葉を俺が聞き返すと、薫はいよいよ核心に触れる言葉を紡いだ。

 

「も、もし君がよければ、こちらに来て私の横に座ってくれないかな……? そうすれば幾分か気が紛れると思うんだ」

 

 あらま、かなり参ってるなぁ、薫。

 

 いつもの王子様からは想像できない気弱な態度だが、ホラーハウスを経験した俺には薫の弱り具合が手に取るように分かる。これはホラーハウスの気絶寸前に匹敵するレベルだ。

 

 そして、もちろんそんな状態の薫を放っておくほど俺はクズではない。

 

「分かったよ、ほら、隣に座るからちょっと詰めてくれ」

「……! わかったよ鳴瀬君」

「おっし、それじゃ横に座るぞ」

 

 そう言うや否や、薫が体をずらして開けたスペースに俺は腰を下ろす。ゴンドラのスペースが狭いので、隣あって座るとお互いの体が少しくっついてしまう。

 触れたところから伝わってくる薫の熱を、硬く強ばった体の緊張を、洋服越しでも確かに感じながら俺たち二人はしばらく無言で過ごす。

 

 機械の駆動する音と、時たま忍び込んでくる風の音以外静寂が支配するゴンドラの中で、それを破ったのは薫の方だった。

 

「……ごめんね鳴瀬君」

「ん、ああ、気にしなくてもいいぞ。そんなに窮屈というほどでもないからな」

 

 ゴンドラの座席の狭さに対する謝罪と受け取った俺はそう答えたが、薫は首を左右に振った。

 

「それだけじゃないよ。そもそも、この観覧車に乗る前からもっと私が態度をはっきりさせておけばこんなことにはならなかったんだ」

「あー……」

「でも、他のみんなに心配させたくなくていつも通りに振る舞って……結局、私の強がりのせいでまた鳴瀬君に迷惑をかけてしまった。本当にごめんなさい」

 

 そこまで言って薫はただでさえ下を向いていた頭をさらに深々と下げる。その姿はいつもの堂々とした姿と違い、年頃の女の子相応に小さく見えた。

 

 ここのフォローが大切なところだな。

 

 そう感じた俺は何でもないという風に両足を前に投げ出して気楽に返事をする。 

 

「別に、俺はそんなに気にしてないさ。それに、肩肘張らない強さもあるってさっき言ったところだしな」

「それでも……」

「おっと、そこまでだぞ」

 

 まだ、自分を卑下しようとする言葉を出そうとする薫を俺は言葉で制する。

 

 そんな後ろ向きな言葉は瀬田薫には似合わない。少なくとも俺はそう思う。

 

 だって希望はいつだって前を向いて進むものだから。

 

「デモもストもないんだよ。薫はほかの《ハロハピ》のみんなの前では肩肘張って、俺の前では肩肘張らないことを選んだんだろ? だったら、自分の選択に自信を持ってろ。さっきも言ったけど俺は全然気にしないからさ」

「鳴瀬君……」

「それに、俺も一応歳上の男だからな。薫が《ハロハピ》の王子様なら俺は王様みたいなもんだ。王子は王様に頼るもんだろ、もっと頼ってくれよ」

「……ありがとう、鳴瀬君」

 

 薫が「ありがとう」という言葉を口にした瞬間、俺と触れ合った部分から感じていた彼女の体の緊張がふっと弛んでいくのがわかった。どうやら弱音を吐きながらも最後の最後まで、「理想の瀬田薫」を演じようとしていたようだ。

 

 まったく、大した役者っぷりだな。尊敬(リスペクト)するよ瀬田薫。

 

 俺は薫のことを心で称えながら、彼女の名誉のためにあえてそれを口に出すことはなく、ただ黙って少しこちらに寄りかかってくる彼女のささやかな体重を受け止めていたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 あれからしばらく、観覧車は徐々に極みへと登り詰める。それに比するように俺はあることが徐々に大きくなってきていることに気づいていた。

 

 ……震えてるなぁ、薫。

 

 俺が気づいたこと。それは、隣に座る薫の体の震えが次第に大きくなってきたことだった。

 

 肩肘張らなくなったせいで、逆に恐怖が膨らんだ感じなのかね……?

 

 実際、恐ろしい相手と対峙したときはなんともなくても、相手がいなくなった瞬間に緊張が解けて膝が笑い出すというのもよくある話だ。

 さらに、今は薫がこちらにある程度体重を預けて密着しているということもそれを感じさせる大きな要因の一つになっていた。

 

 こっそり様子を伺って薫の顔を覗き込むと、彼女の顔は青白く、唇はきゅっと引き結ばれている。やはり、恐怖というものはどうしようもないらしい。

 かなり辛そうな薫の表情を見て、俺は胸のうちにもやもやしたものが溜まっていく自分に気が付いていた。

 

 うーん、楽しい遊園地の思い出の最後がこれじゃ良くないよな……。

 

 何事も〆というものは肝心だ。“All's well that ends well!(おわりよければすべてよし)”、薫の大好きなシェイクスピアもそう言っているのだから間違いない。

 

 ならば、その為に俺が薫にしてあげられることは何か。

 

 しばらくの間、首を捻って考えた俺は一つのある結論に達した。それは、「より大きな感情の動きで薫の恐怖を拭い去る」というものだ。みんな大事を前にすれば小事のことなど頭から飛んで行ってしまうものだ。

 

 しかし、当然のことながら薫の中の恐怖を打ち払うためにはかなりの大事を作らないといけない。そして、俺が思い付いたそれは多分に俺に勇気と恥を強いる行動だった。

 

 だが、今頑張っている薫のことを思うのなら、それこそ俺にとっての《大事の前の小事》というやつである。

 

 ……よし、覚悟を決めるか。

 

 心の中で短く呟くと、俺はすぐにそれを実行に移した。

 

 

 

◇◇◇《side 瀬田薫》◇◇◇

 

 

 

 ああ、鳴瀬君にはこの辺体の震えが伝わってしまっているだろうなぁ。

 

 狭いゴンドラの、さらに狭い座席で鳴瀬君と二人で寄り添って座りながら、私の胸の内は彼への謝罪の念で溢れそうだ。

 

 先ほどの鳴瀬君との会話で、私はついに肩肘を張らないでいようと決めた。ここに来て私はついに「本当の瀬田薫」に戻ったのだ。

 

 しかし、その代償として私は今、かつてない恐怖に震えている。

 

 今まで、私が「理想の瀬田薫」を演じていたときには苦手なことだってなんとか我慢できた。「理想の私はこんなものじゃないだろう」、そう思うことでお化けも、生の魚も、高いところだって私は耐えることができた。

 

 ……実際にそれをみんなに隠せていたかはわからないけれど。

 

 でも、「理想の瀬田薫」をやめた途端に、抑えていたその恐怖が一気に私の中に溢れ返ってしまった。もう、私ではこれをどうすることもできない。

 だから、体の震えを止めることなんて土台無理な話で、全く隠せていないその震えは、間違いなく先ほど気を抜いた拍子に寄りかかってしまった鳴瀬君に伝わっているだろう。

 

 そして、気の利く鳴瀬君のことだからそのせいで私のことを心配してくれているのだろう。

 

 観覧車は今日の最後のアトラクションなのに、本当にごめんなさい鳴瀬君。

 

 私のせいで心の底からアトラクションを楽しむことができていないであろう鳴瀬君に、私は胸の内で謝罪する。

 

 言葉にするとますます気を遣わせてしまいそうなのが嫌で、言葉にしないと自分勝手な人間だと鳴瀬君に思われてしまいそうなのが嫌だった。

 

 もし私が謝罪の言葉を口にすれば鳴瀬君はそれをさらりと受け入れてくれるだろう。もしかしたらいつものような軽口も飛び出すかもしれない。

 

 でも、そんなことを鳴瀬君に期待してしまう自分がやっぱり嫌で、私はなんとか言葉を飲み込んだ。そのせいで胸の内はずんと重いが、それが彼に迷惑をかけた私に与えられた罰なのだと思えば耐えられる。耐えてみせる。

 

 鳴瀬君が私の手にそっと自分の手を重ねてきたのは、丁度そんなことを考えているときだった。

 

「薫」

「何かな、鳴瀬君……!?」

 

 名前が呼ばれて、私が軽く顔を上げようとしたその時にはもう鳴瀬君の手が私の手をぎゅっと握りしめていた。

 

 ベースをずっと弾いているからか、少し硬いところがあるゴツゴツした男の人の手が、決して痛くはない、でも、しっかりとした実感を伴って私の手を包んでいる。

 

 思わず眼を白黒させている私に、鳴瀬君が決まりが悪そうに空いた方の手の人差し指で自分のほっぺたを掻きながら言葉をかけてくれる。

 

「あー、あのさ。『痛みが酷いときに別の痛みで気を紛らわせる』ってのがあるだろ?」

 

 そこまで言って、鳴瀬君は恥ずかしいのか頬を染めてそっぽを向いた。

 

「だから、その、俺が手を握って薫がビックリしたら、怖いのも少し紛れると思って、な……」

 

 最後の言葉は鳴瀬君には珍しく、かなり歯切れが悪い尻切れトンボで終わった。

 

 私はそんな鳴瀬君の顔と、握りしめられた自分の手をしばらくの間交互に見つめてーー

 

「ふふっ」

 

 ーー思わず笑い声をあげてしまった。

 

「……おい、何で笑うんだよ」

「ふふっ、いや、鳴瀬君が面白くて、つい、ね」

 

 私の笑い声のせいで少しムッとした顔になった鳴瀬君に慌てて言い訳をするも、笑っていたため途切れ途切れになった言葉のせいで、彼はますますしかめっ面になっていく。

 

「俺のどこが面白いんだよ! ったく、気を遣って損したぜ……」

「ふふっ、いや、私は本当に感謝してるよ。ありがとう、優しい鳴瀬君」

 

 ストンと胸のつかえが降りて、私はさらりと感謝の言葉を口にしていた。

 

 ……そうか、ここで私が言うべき言葉は「謝罪」じゃなくて「感謝」だったんだ。

 

 腑に落ちる、とはまさにこのことなのだろう。私は悩みが無くなったことが嬉しくて、つい鳴瀬君の手を握り返してしまう。

 

「……はいはい、どういたしまして」

 

 鳴瀬君は握り返した私の手を離すことはなく、でも恥ずかしそうに視線を私から窓の外へと逸らした。中々見ることがない珍しい彼の表情を眺めていると、その表情が別のものに変わる。

 

「おっ、ここが天辺か。おお、こいつは凄いな……」

 

 鳴瀬君がぽかんと口を開けて外を眺めるので、私も釣られてその視線の先を追う。そしてーー

 

「わぁ、凄い……」

 

 ーー視線の先には小さくなった麓の街が広がっていた。夕闇迫る町並みはところどころに灯りが点り、宝石箱のように煌めく。

 

 しかし、それ以上に美しいものはその町並みの先にあった。町並みの先、そこには途方もない広さの海が広がっている。海はその青に入り日の赤を溶かし込んで、果てしなく淡い黄昏色に染まっている。海渡る風が揺らすたびに表情を変えるそれはいつまでもいつまでも眺めていたくなる「儚さ」があった。

 

 あまりの絶景に心を奪われていると、横から鳴瀬君の声がかかる。

 

「薫、お前、高いのは大丈夫なのか?」

 

 少し心配そうな彼の声に私は笑う。

 

「ふふっ、ええ、大丈夫。もっと大きな感動が私の恐怖を連れ去って行ったから」

「……そうか。思ってたのと違うけど、それならまぁいいか」

 

 そう言って苦笑いする鳴瀬君と一緒に、二人で黙って絶景を眺める。こうしている間にも時間もゴンドラも動き続けている。この光景は永遠には味わえない。だからこそ心というファインダーに今をしっかりと焼き付けて起きたかった。

 

 自分の瞳に景色を溶かしながら、私は「海」へと想いを馳せる。

 

 ……そういえば、鳴瀬君が初ライブで見せてくれたのも「海」だったな。

 

 《STAR DUST(スターダスト)》での初ライブ、そこで私たち《ハロハピ》は人の絆によって生まれた美しい「(ゆめ)」を見た。そして今、私は今までの私なら決して見ることができなかったはずの黄昏の「(ゆめ)」を眺めている。

 海は広く絶えず世界を巡る。故に「(ゆめ)」に果てはないのだ。

 

 それじゃあ、次はどこの「(ゆめ)」へ行こうか鳴瀬君。君と《ハロハピ》のみんなが一緒なら、私はどこへでも行ける気がするんだ。

 

 そんなことを考えながら、私はもっと強く彼の手を握りしめる。

 

 

 この想いが、あなたへとちゃんと届きますように。

 

 そして、あなたが私と同じ想いでありますように。

 

 

 ただそれだけの祈りを込めて。

 

 

 

◇◇◇《side 瀬田薫 over》◇◇◇

 

 

 

「んー、むにゃむにゃ……鳴瀬……あと、10箇所は引きずってでも連れていくわよ……」

「こえー……なんつー恐ろしい夢を見てるんだよ、こいつ」

「ふふっ、夢の中まで遊んでいるなんてこころ姫らしいじゃないか、Mr.鳴瀬」

 

 帰りの電車の中で、物騒な寝言を呟くペグ子とそれに寄りかかって眠る北沢さんを眺めて俺は呆れた声をあげる。

 

 観覧車から降りた途端にいつもの王子様に戻った薫が俺のことを窘めるが、それでも俺の口は止まらない。

 

「いや、流石に今の状態で引き回されたら死ぬわ。だって、めちゃくちゃ疲れたもん、俺」

「確かに、すっごく歩き回りましたもんね」

「私も、今日はぐっすり眠れそうですー」

 

 言うだけ言ってだらんと座席にもたれる俺に、松原さんと奥沢さんが同意してくる。同志を得た俺の弁舌は留まるところを知らない。

 

「だろ? それに、《ハロハピ》の元気印二人が寝るって相当だぞ」

「確かに、二人が先にダウンしているのは珍しいかもしれないね」

「そうそう、しかも俺は薫を抱き抱えたりしてるんだぞ? 疲労もひとしおってもんだよ」

「うっ……、あ、あれに関しては申し訳ないと思ってるよMr.鳴瀬」

 

 俺の言葉に本当に申し訳なさそうな表情を浮かべた薫を見て、俺は慌てて手を左右に振る。

 

「ああ、いや、あの演出は俺も結構ビビったからしゃーないわ。あんまり気にするなよ」

「そう言ってもらえるとありがたいね……」

「へー、鳴瀬さんも平気そうに見えてお化け屋敷で驚くことがあるんですね」

 

 俺と薫のやり取りに興味深そうに乗っかってきた奥沢さんに向かって俺は頷く。

 

「ああ、あれは本当に不意を突かれたわ」

「ちなみに、それってホラーハウスのどの場所だったんです?」

「あれだよ、出口に向かう最後の曲がり角の先で白い着物姿の女の人が踞ってて、それに気を取られてると後ろから隠れてた男の人が脅かしにかかってくるやつな」

 

 俺が驚かされた場所を詳しく説明すると、それを聞いた奥沢さんと松原さんがきょとんとした表情で顔を見合わせる。

 

「え? 私たち、そんなところにキャストの人なんていませんでしたよ?」

 

 不思議そうな表情で答える奥沢さんに俺は首を左右に振って応える。

 

「いやいや、本当に一番最後の恐怖スポットだぞ? ほら、天井に出口の看板があってすぐに右に曲がっていくところだよ。あそこの曲がり角、実は人が隠れる隙間があってさ、そこから男の人が飛び出してくるやつだよ」

 

 もう一度、俺が詳しく説明するが、やっぱり奥沢さんは首を傾げる。心なしかその表情は暗い。

 

「いや、私も言ってる場所はわかりますよ? でも、私たちの時はそのままさらっと出口に着きましたよ。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……へ?」

 

 あそこの曲がり角には隠れる場所なんてなかった。

 

 奥沢さんの衝撃的な言葉に絶句する俺に、松原さんがおずおずといった調子で話しかけてくる。やはり、その顔色は奥沢さんと同じで優れない。

 

「私たち、ホラーハウスの出口の看板が見えたあと、疲れたねーって少し出る前に休んだんです。外は太陽が眩しいから、暗い建物の中で休もうって話になって。その時に休んだのが丁度鳴瀬さんの話してる曲がり角だったんですけど、そこは()()()()()()()()()()()()()()()でした」

「…………」

 

 嫌な沈黙が場を支配する。誰もが口をつぐむ中、奥沢さんが震える声で口を開く。

 

「な、鳴瀬さん。鳴瀬さんたちが見た二人って、も、もしかして本物の幽霊……」

「ないないないない! そんなこと絶対にあり得ないって! なぁ、薫!?」

「………………(白目)」

「かっ、薫ー!?」

 

 恐怖のあまり白目を剥いて気絶してしまった薫に俺たちが焦っていると、その騒ぎでペグ子たちが眼を覚ました。

 目覚めたペグ子たちにも話を聞いたが、彼女たちもそんな二人組のキャストには会っていないということだった。

 

 これはあとからペグ子に調べてもらって分かったことなのだが、あの場所には本来二人組のキャストを配置する予定があったらしい。

 しかし、配置をする予定だった二人組のキャストが配属前に事故に巻き込まれて死亡、追加の人員が補充されることなくホラーハウスは営業を始めるに至ったらしい。

 その二人組は、別の遊園地から引き抜いたベテランのキャスト夫婦で、二人とも和風のお化け屋敷で白い着物姿で幽霊役を演じるのが得意だったとのことである。

 

 俺は、お化けなんてオカルトは決して信じない。

 

 信じないったら、信じないのだ。

 

 だから、時々視界の隅に白い着物がちらつくことがあるような気がするのは、多分絶対俺の見間違いなんだ。

 

 だからさ、誰か見間違いだって同意してくれ! ねぇ、お願いだから!?

 

 




というわけで薫さん編、完!

恋愛寄りのサイドストーリーを書くときは、体内乙女チック濃度を高めるのに苦労いたしますわね……。わたくしがお嬢様じゃなければこの話が陽の目を見ることはありませんでしたわ。やっぱりお嬢様部 is GODですわね!

「人生において、人は誰しも何かの役を演じている」というのはよく聞く話ですが、薫さんほどあからさまに役を演じているキャラは珍しい。薫さんは基本的にコメディリリーフなんですが、それ故にカッコいいシーンや弱ってるシーンが際立つギャップ萌えキャラだというのが有識者たちの間では定説となっているのは有名な話です(大嘘)。今回はそれが表現できていたら嬉しいかなーって!

そして、今回の話にはオチをちゃんとつけました。やっぱり、薫さんの話にはなんかこういうの欲しいなって思いまして。


【感謝】
これを書いてる途中にお気に入り400突破しました!

やっぱりランキングに入れていただくとお気に入りの増加速度がマッハですね。感謝感激でございます。
完結までにお気に入り500を目標にしてこれからも精進しようと思います。よろしければ今後もお付き合いくださいませ~!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。