「それじゃあ、これからどうしますかね?」
俺たちが「ハロー、ハッピーワールド!」の結成宣言を終えた直後、奥沢さんが遠慮がちに声を挙げた。
「んー、バンドって楽器を演奏するんものなんでしょう? だったら、すぐに演奏しましょう!」
それに対して真っ先に答えたのは案の定ペグ子だ。その言葉に薫と北沢さんの二人もうんうんと頷く。
「やはりそうなるだろうね。ギターの演奏は劇中での役作りで弾いて以来だが、なに、私なら完璧にギタリストを演じきってみせようじゃないか」
「はぐみも早くベース弾きたーい!」
お花畑三人衆が早くも演奏に向けて盛り上がるなかで、反対に冷静になっていくのが俺たち常識人三人衆だ。何か言いたげな表情だが、アワアワしていて言葉にならない松原さんと、とりあえずは事態を静観することを決めて腕組みをしている俺を見回した後に、奥沢さんは大きなため息を一つ吐いた。
「はぁ~、いやいや皆さん? そんな急に言っても楽器も演奏場所もないから無理ですよ。ですよね、鳴瀬さん?」
……奥沢さんめ、必要ないのにあえて俺に話を振ったな?
自分の主張が完結しているにも関わらず、最後に俺に話を振ってきたのは、明らかにこの後の面倒くさいやり取りを俺に押し付ける腹積もりに違いない。
事実、話を振った瞬間に奥沢さんが「ニヤリ」という擬態語がしっくりくる笑顔でこちらを見つめたのを俺は見逃さなかった。
話を振られる前なら如何様にもなっただろうが、もう振られた後ではどうしようもない。ここは諦めて自分の意見を述べるしかないだろう。
「奥沢さんの言う通りだな。演奏する箱の方は俺のツテで押さえることはできるだろうが、備え付けのドラム以外の楽器はこちらで揃えないとダメだ」
「え、鳴瀬さん、演奏場所ってそんな簡単に確保できるんですか?」
「俺はこの辺りのスタジオは大概のところに出入りしてるから顔が利くんだよ。なんなら、急なキャンセルとかの空きにねじ込むこともできるぞ」
「うへー、マジですか」
俺が元々いた《バックドロップ》は大学で結成したバンドだが、メジャーレーベルからのデビューを想定した活動を行っていたので、大学の構内よりも外部のスタジオ、あるいはライブハウスでの活動の方が多かった。
軽音部は居心地の面では悪くはないのだが、あそこの空気は俺にとってはあまりにも牧歌的過ぎた。メジャーデビューを狙うなら身内の仲良しサークルで認められるよりも、見知らぬ他人の中でごりごりの評価を受けた方が圧倒的に伸びる。だから俺たち《バックドロップ》は主戦場を学校から遠ざけたのである。
しかし、タクとシュンの二人には軽音部の評価を切り捨てることができなかったのだ。
……まぁ、今となってはどうしようもない話だ。
とにかく、奥沢さん的には今日中に準備が整わないことを理由にして、このまま流れ解散に持ち込む腹積もりだったのだろうが、またもや俺が梯子を外したかたちとなった。
若干恨めしそうな表情で奥沢さんがこちらを見つめてくるが、俺は自分に嘘は吐きたくない男だ。
だから、ペグ子との口約束も守ったし、活動に関しても嘘偽り無い意見を述べた。
ゆえに、これから俺が言う言葉もまた真実だ。
「でも、楽器の確保が無理ならどうしようもないぞ? ドラムはスタジオに備え付けのを使って、ベースは俺のを貸すとしてもギターやマイクは自前で用意しないとダメだ」
そう、バンドの肝心要の楽器が揃わなければ演奏はできない。特にメロディのメインを張るギターが無いのは致命的だ。
「ですよね! それじゃあ今日はこれで解散ということで!」
俺の言葉に間髪入れずに乗っかってきたのはやはり奥沢さんだ。その言葉の力強さに、なんとしても今日は帰ろうという強い意思を感じる。
そして、実際のところ俺も今日は家に帰りたいところだ。ほぼ素人のメンバーがいる現状、彼女たちがどこまで楽器を弾けるのか確認するための練習メニューを組むための時間が欲しい。
松原さんも声には出さないが首を縦に振っている。常識人チームの気持ちは一つだ。
しかし、そんな常識人チームの期待を打ち破るのは、やはりペグ子の一言だった。
「それなら心配ないわ! だって楽器はもう黒服の人たちに頼んで用意してあるもの!」
「「「え?」」」
俺たちがペグ子の言葉に首をかしげた瞬間。
「はい、こころお嬢様。楽器の方、全てつつがなく揃えています」
「うお!?」
さっきまで誰もいなかったはずの空間に、突如湧き出すように黒服姿の女性たちが現れる。
おいおい、メンインブラックかよ!? いや、女性だからウーメンインブラックか。……というか問題はそこじゃないだろ、俺!
「一体、どこから湧いたんだよ?」
「私共はいつでもお役に立てるよう、お声がかかるまで常にこころ様の影に控えております」
「おいおい、大統領のSPかよ……」
一糸乱れぬ姿勢のまま答える黒服に、驚愕を通り越して半ば呆れてしまう。
「鳴瀬もなにか欲しいものとか、やって欲しいことがあったら黒服の人に頼むといいわ! 大概次の日にはどうにかなっているから」
「ホントにすげぇ……」
ペグ子の言葉に最早俺は呆然とする他なかった。
「さぁ、これで練習は大丈夫よね! 鳴瀬、スタジオの手配をお願いね!」
ここまで周到に準備されたら今さら逃げようもない。奥沢さんも松原さんも既に観念したといった表情だ。対象的に北沢さんと薫の二人はワクワクした表情でこちらを見つめている。
「はぁ、しゃーないなー」
俺はため息混じりにスマホを取り出すと、履歴からスタジオの番号を呼び出してコールする。
ワンコール分の音が響いたあとに電話が繋がる。スピーカーからは少し枯れた壮年の男の声が響いた。
「はい、こちらスタジオ《arrows》。予約の電話ですか?」
「あー、親父さん? 俺です、《バックドロップ》の基音です」
声の主に俺が名乗ると、スピーカーから「おお!」と喜色がにじんだ叫び声が上がる。
「誰かと思ったら鳴瀬のボウズか、久しぶりじゃねーか!」
「ええ、ちょっと色々ありましてね。それで、久しぶりにスタジオを借りたいんですけど、今からっていけます?」
「おお、いいぞ。箱はいつものでいいか?」
声の向こうでスピーカーからじゃらじゃらした金属音が響く。どうやら鍵束から鍵をキープしようとしているらしい。
「あ、すんません。実は今日は《バックドロップ》の練習じゃないんですよ」
「え、そうなのか。お前さんが別のバンドに入るなんて珍しいじゃねーか」
「入るというよりも面倒を見てる感じですけどね。それで、箱は五、六人向けのサイズがいいんですけど、いけますか?」
俺の言葉にしばらくの間スピーカーから「んー」という唸り声が漏れる。どうやら予約表を見直しているらしい。
「……ああ、キャンセルがあったから一つ空いてるな。後の時間も入ってないから、今日は閉店までいけるがどうするね?」
「じゃあ、一応マックスで取っておいてくれますか。今から30分もあれば着きますから」
「よっしゃ、待ってるからさっさと来いよ!」
「あーい、失礼しまーす」
通話を切ってスマホをしまうと、俺は《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーに顔を向ける。
「箱が取れたぞ。駅近の《arrows》ってスタジオな。すぐに入れるように手配したからさっさと行くぞ」
この言葉に歓声を上げたのはお花畑三人衆だ
「流石よ鳴瀬! やっぱり鳴瀬を選んだ私の目に狂いはなかったわ!」
「ふふっ、彼のシェイクスピア曰く、『行動は雄弁である』。鳴瀬は私たちのために素晴らしい働きを見せてくれた。なら私もそれに応えるべきだろうね」
「鳴瀬君すごーい! ほんとに予約できちゃった!」
口々に俺のことを誉める三人衆に俺も悪い気はしない。
しかし、一方の常識人チームを見るとそんな気分も吹き飛んで申し訳ない気持ちになってくる。
松原さんは「ふぇぇ……、上手にできるかなぁ……」と、とても不安そうにしているし、奥沢さんは「私、行ってもやること無いんですけどね」と半ば達観したような表情で虚空を見つめていた。
「よーし、それじゃあすぐに行きましょう! 鳴瀬、案内をお願いね! 黒服の人たちは楽器の運搬をよろしくね!」
「「おー!」」
「はい、こころ様!」
ペグ子の号令で喜び勇んで飛び出していく薫と北沢さん、そして黒服の人たちを追って俺も部屋を後にする。
後ろを振り返ると松原さんと奥沢さんの二人がとぼとぼと歩き始める姿が見えた。
……すまん、二人とも。俺にはどうすることもできないのだ。無力な俺を許してくれ。
心の中で二人に謝罪しながら、俺はそのままペグ子の後に従って屋敷を出てスタジオへと向かうのであった。
コロナ休みが開けて、仕事がくっそ忙しくて筆が進まない。
本当ならスタジオパートまで書きたかったけど、今回はここまでです。
実は、ガルパ始めてからバンド熱が再来して久しぶりに楽器の練習もしてみたりしてます。主人公の鳴瀬君はベーシストなんですが、作者はドラマーなんですよね。今はちょこちょこヨルシカの『言って。』を叩けるように練習してます。
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。