野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。

ストリートライブ編その4。

今回もあるガールズバンドがストーリーに絡みます。雪だるま式に膨れ上がるストリートライブ編はどこまでいくのか(他人事)。

それはまだ……混沌の中(ドロヘドロ)


【修正・追記】
前話ですが、勢いに任せて書いて記述不足だと思ったところがあったので一部追記させていただきました。よろしければご確認ください。

【アンケートご協力のお願い】
美咲ちゃんのサイドストーリーのアンケートをとっています。かつてない勢いで投票いただいております!
アンケートは次の松原さんのサイドストーリーが始まる時点で閉める予定なので、後数話の間は公開しておきます。皆さまのご協力お待ちしております。
あなたの一票が『野良ベーシスト』の未来を変える!


野良ベーシストはお嬢様の中に潜り込む

「……というわけで、機材の準備や搬入に関してはこちらで手配させていただきます。これに関して、羽丘女子学園さんに負担は生じませんのでご安心ください」

 

 私立羽丘女子学園の理事長室。

 

 ソファに座った俺と薫は、テーブルを挟んで学園の管理職たちと向き合っていた。全員の手元には俺が用意してきたレジュメが配られ、今まさに羽丘女子学園でのライブの交渉が行われている。

 

 とはいっても、この交渉、俺が考えていたよりも遥かに楽にまとまりそうな流れだ。実際、もう交渉の段階はほとんど終わり、話はライブの細部を詰める段階に入っている。

 

 今、俺の目の前にいるのは学園長である理事長先生だ。グレー混じりの髪の毛を頭の後ろでゆったりと結った髪型の壮年の女性である理事長は、柔和な微笑みを浮かべて手元の資料に目を通している。

 そして、俺の説明した部分に目を通し終わったようで、学園長の視線が再び俺と交わる。

 

「資料拝見させていただきました。よくまとまっていますね。これを見た限りでは私どもが負担するのは、演奏中機材を稼働させるための電力、そして、ステージに備え付けの一部機材ということでよろしいですか?」

 

 学園長の問いに俺は頷く。

 

「はい、そうなります。ステージ上の照明設備と、放送設備もお借りできればありがたいのですがいかがでしょうか?」

「そうですね、これらは消耗品とはいっても数年や数十年スパンでの消耗品なので問題ないと思いますが、校長先生、いかがです?」

 

 そう言って学園長は、隣に座っていた、髪をきっちり左右に撫で付けた、やせ形で神経質そうなスーツ姿の男性に話を振る。彼がこの学園の校長だ。

 

 この校長、最初に来たときは少し難物かと思ったが、話を聞くになんと俺と同じ早応大の英文科OBだったようで、俺が早応生だと分かると途端に態度を軟化させた。

 早応大はOBやOGの繋がりが非常に強い大学であり、それは現役の学生に対しても変わらないのだ。

 

 そして、校長は学園長の言葉に「ええ」と答えると、こちらを見て口を開く。

 

「この辺りの設備は文化祭や講演会など、外部の方を招く行事でも使っていますし使用に問題はないでしょう。そして、今年もこれらの行事の時期が近い。故障がないか確認する上でも、ここで一度設備を動かせるのは丁度よいタイミングだと考えます」

「なるほど」

 

 校長の言葉に学園長が相づちを打つ。

 

 それを確かめてから、校長は手に持ったレジュメを空いた手の甲でパンと叩いた。

 

「それに、先ほど理事長先生もおっしゃった通り、このレジュメは良くできている。ステージの配置図、使用する器具の情報、イベントのタイムテーブル、機材の搬入作業の予定、かかる経費の概算要求、こちらが欲しい情報がことごとく先手を打って載せてある。流石は早応生、よい後輩を持って私も鼻が高いですよ」

「恐縮です」

 

 校長のお褒めの言葉に俺が頭を下げると、彼は笑みを浮かべて満足そうに頷いた。

 

 実際、このレジュメは俺もかなり力を入れて作ったところがあったので褒められるのに悪い気はしない。もともと、この手のかっちりした交渉や発表の場は俺はあまり得意ではない。だから、下準備の段階で周到に用意を済ませておくのだ。

 

 ライブ感が必要なのはバンドのステージだけで充分だからなー。

 

 そんなことを頭の片隅で考えているうちに、校長先生たちの視線が今度は薫の方へと移ってゆく。

 

「それに、瀬田さんは本校でも精力的に活躍してくれている演劇部の花形だ。前途有望な生徒の頼みとあればこちらとしても一肌脱ぐことはやぶさかではないですな」

「ええ、演劇部の独創的な舞台は内外でも評判ですからね」

「学園長先生、校長先生! お褒めの言葉感謝致します! この瀬田薫、今後より一層技に磨きをかける所存です!」

 

 学園長と校長の二人に褒められた薫が優雅に一礼する。

 

 どうやら、薫はこの学園では教師からの覚えもめでたいらしく、今回の会談の場をスムーズにセッティングできたのも薫が学園で積み上げた教師陣の信頼によるものが大きかった。

 

 薫はルックスが良い上に、イベントなんかにも積極的に参加するし、周りを引っ張ってくれるからなぁ。そりゃ、学校側としてはさぞ「良い生徒」なんだろうなぁ。

 

 管理職の二人と会話を交わす薫の横顔を眺めて、ボーッとそんなことを考えていると、三人が席を立つ。

 どうやら話に切りがついたようなので、遅れないように俺もソファから腰を上げた。

 

「それでは、基音さん。このレジュメの通りにライブの計画を進めて下さって構いません。あなた方のステージ、期待していますよ」

「ありがとうございます、理事長先生」

「君たちのような若い感性でどんどんやってくれたまえ。何かあればいつでも相談しなさい。必ず力になろう」

「心強いお言葉、感謝します校長先生」

 

 頭を下げて、差し出された二人の手を順番に固く握る。これで契約は成立だ。

 

「本日は、貴重なお時間をいただきありがとうございました。それでは失礼します」

「失礼します」

「はい、どうも」「では、また後日」

 

 二人の見送りの言葉を受けて、俺と薫は理事長室を後にする。ドアを閉めて10歩ほど進み、曲がり角を曲がったその瞬間。

 

「うひー! マジで緊張したわ! やっぱりこの手のフォーマルな交渉は苦手だわ!」

 

 俺は思わず声を漏らしてしまう。額に浮かんだ汗を拭う俺の背中を薫の手が労いの意味を込めてポンポンと叩く。

 

「いや、お疲れ様、そしてありがとうMr.鳴瀬! 君のおかげでスムーズに交渉がまとまったよ!」

 

 薫からの労いの言葉に俺は手を振って応える。

 

「いや、今回は今までに薫が積み上げてきた学校との信頼もでかかったな。マジで感謝だよ」

「ふふっ、これでも学園ではかなりの優等生で鳴らしてきているからね! Mr.鳴瀬や《ハロハピ》のお役に立てたようで何よりさ!」

 

 そう言うと薫はいつものようにキザな仕草で前髪を掻き上げる。しかし、今日の活躍を思えばその仕草はいつもよりも遥かに様になっているように感じた。

 

「サンキュー、薫。よし、それじゃあすぐに《arrows(アローズ)》に戻るぞ。今後の流れの再確認だ!」

「了解だ、Mr.鳴瀬! すぐに(シルバー)を手配してくるよ!」

「徒歩でいいから、徒歩で!」

 

 ……やっぱり薫は薫だったか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「やぁ、子猫ちゃんたち! 待たせたね!」

 

キャー! カオルサマー! コッチムイテェー! カッコイイー!

 

 羽丘女子学園体育館、スポットライトを浴びてステージの上に薫が現れるとオーディエンスの熱狂は最高潮に達した。ちなみにスポットライトを体育館二階のバルコニーで操作しているのは他ならぬ俺である。

 

 ステージの設備の利用許可を得た俺たちだったのだが、それを操作する人間がいないことに気づいたので薫の伝で演劇部の裏方の皆さんに力を借りたのはいいのだが、それでも人手が足りないということで、急遽俺が比較的操作が簡単なスポットライトを担当することになったのだ。

 

 俺が立っているのは体育館左手のバルコニー。向の右手のバルコニーでは俺にライトの操作を教えてくれた、演劇部裏方担当、ボブカットで眼鏡姿の大和さんという女子高生が俺に合図を送ってくれている。

 

「うっわー、圧が違うな圧が。こりゃ、下で見ないで正解だったわ」

 

 薫の一挙手一投足でさざ波立つ観客席を眺めながら俺はひとりごちた。

 

 羽丘女子学園のオーディエンスはかなりフレンドリーで、《ハロー、ハッピーワールド!》の他のメンバーが登場したときも声援を送ってくれていた。

 しかし、トリの薫の登場の瞬間、その熱量が5倍近くに膨れ上がったのを俺は見逃さなかった。この間の公園の子どもたちとはまた違ったベクトルの、黄色い熱視線がドスドスとステージ上の薫に突き刺さる光景が幻視される。

 

 マジで王子様なんだなー、薫は。ここまで見せつけられたら流石に脱帽だな。

 

 二階からでもステージを見る乙女たちの熱は充分に伝わる。口元に手を当てて体にしなを作りながら潤んだ瞳でステージを眺める彼女たちは、正に王子様に恋い焦がれるヒロインなのだ。

 

 そして薫は、ステージ上で一身にその熱を受けながらも少しも怯まない。

 

 堂々とした佇まい。玲利な視線。「残念」という枕詞を取り払われた完璧な王子がそこにいた。剣と盾の代わりにマイクとギターを携えた王子は姫の心を射抜くための臨戦態勢だ。

 

「声援ありがとう子猫ちゃんたち! 今日は私たち《ハロー、ハッピーワールド!》のライブのために集まってくれてありがとう。本当に愛してるよ!」

 

ギャアアア! カオルサマァー! ワタシモアイシテマスー! アッ,トウトイ……

 

 薫の言葉で歓声を通り越して、浄化されかけの悪霊のような叫びをあげる乙女が多数いたのは見なかったことにした。

 

「スゲーなこれは。今回は申し出があったからMCを薫にしたけど、この様子だと観客の方が最後まで持たんかもしれんな」

 

 バルコニーの手すりで頬杖を突きながら、俺はライブが決定した直後の《ハロハピ》メンバーでの打ち合わせを思い出す。

 

 実はその時、今回の羽丘女子学園でのライブにあたり、薫からセットリストを《school band summer jam 14th》をベースにして欲しいことと、MCを自分に任せて欲しいという申し出があったのだ。

 俺とペグ子はそれを受け入れて薫にMCを任せると同時に、セットリストを《スクジャム14th》の3曲+αで出していた。

 

 前回のライブでチケットを取れなかったファンへの配慮と、前回のライブを見たファンでも楽しめるようなパフォーマンスをという薫の気配り。

 この辺りが薫が乙女心を掴んで離さない一因なのだろう。

 

 ま、()れる曲の引き出しが少ない分、一度セットリストに入れた曲を突っ込むのは規定路線だったしな。それに今回は、()()()()()()()()()()()()()()()丁度いいな。

 

 薫の伺い知らぬところで密かに利害を一致させていた俺は、俺の思惑でステージが始まるのを今か今かと待ち構えていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ーー以上、『えがおのオーケストラ!』だ! ありがとう子猫ちゃんたち!」

 

キャー! スゴーイ! カオルサマー! トウトイ……モウムリ……ガクッ

 

 セットリスト二曲目の『えがおのオーケストラ!』を、無事に(?)終えてライブはいよいよ佳境に入っていく。

 

 ここまでの流れは概ね想定通りだ。

 

 演奏の途中薫が指鉄砲で「BanG!」と客席を撃ち抜いた瞬間、その指先辺りに立っていた乙女たちが10人近く失神して運ばれていったり、曲の合間に薫がピックを投げると、生肉に群がるゾンビの群れのように乙女たちがピックに殺到したりしたのにはちょっと度肝を抜かれたが、それでもまだライブは順調に進んでいる。

 

 そして、この次が《スクジャム14th》からの最大の変更点。俺の思惑の部分になる。

 スポットライトを薫に向けながら俺が視線を送ると、彼女は俺の方を見てウインクを返してくる。問題なし。

 一瞬だけ俺へと向けた視線をすぐに客席へ戻すと、ペグ子から受け取ったマイクを手に薫のMCが始まる。

 

「さぁ、ここからはいよいよ後半戦だ。着いてこれるかな子猫ちゃんたち?」

 

 アアー! ツイテイキマスカオルサマー! モチロンデス! キャー!

 

 薫が客席に問いかけてからわざとらしく耳元に手を当てると客席から怒号や悲鳴にも似たレスポンスが沸き起こる。それを見て薫は満足そうに頷いた。

 

「よーし、それじゃあ()()()()()()()()()()()()。次の曲はなんとライブでは初披露の曲なのさ! 前のライブに来てくれた子猫ちゃんも、今日初めての子猫ちゃんも、新鮮な気持ちで楽しんでくれたまえ! さぁ、三曲目、《supercell》で『君の知らない物語』だ!」

 

 瞬間、俺は舞台右奥のミッシェルへと視線を送る。

 ミッシェルは軽く頭を上げてこちらを見た後、松原さんと目配せをして、ターンテーブルにその手を這わせる。

 

ーーカン,カン,カン!

 

 リズムを取る松原さんのスティックが打ち鳴らされると同時にミッシェルの手が緩やかに動いて、キャビネットからピアノの音が流れ出した。

 

 おっし、ミッシェルDJ起動完了! ナイス奥沢さん!

 

 俺がミッシェルに向けてサムズアップを送ると、ミッシェルはDJシステムに目を落としたまま、右手の親指をこちらに立てて応えた。

 

 俺が今回のライブに込めていた思惑、それは「ミッシェルDJのデビューライブ」をここにするというものだったのだ。

 ミッシェルDJが実装された後、俺はミッシェルDJをどのタイミングでライブに盛り込んで行くかを考えていた。

 

 いきなりシビアな観客のところに突っ込むのはリスクが高い。

 

 かといって、客が少なすぎたり、熱意がなかったりしてプレッシャーが少ないというのも意味がない。

 

 そんな絶妙なバランスのライブはないか考えていたその時に、降って湧いたように現れたのが今回の羽丘女子学園でのライブだったのだ。

 ここでのライブは薫目当てに多数のオーディエンスが集まるのは想定済み。しかも、彼女たちは自分の意思でライブに来るのだからステージに釘付けだ。

 加えて、彼女たちの目当てはほとんどが薫なので、ミッシェルはそこまで視線を集めることもない。つまり、初めてのライブDJで多少トチったとしてもそこまで気に止められない訳だ。これ以上絶妙なコンディションのライブはない。

 

 今回のライブの選曲は《supercell》の『君の知らない物語』。アニメともタイアップした知名度の高い曲だ。

 『君の知らない物語』は、比較的初心者バンド向けの曲なのだが、構成にキーボードが必須な上に、そのキーボードのパートが一番難しいというネックを抱えている。逆に、キーボードさえなんとかできればレパートリーに加えるのは容易い曲であるとも言える。

 

 そう、そこでのミッシェルDJなのだ。

 

 ミッシェルDJに打ち込みでキーボードパートを担当してもらえれば、後は他のメンバーでも充分に演奏できる。なんならペグ子以外がマイクを使うことだってできるはずだ。

 

 そして、実際に今舞台の上ではスタンドマイクを使って薫がその美声を披露していた。

 

 

『真っ暗な世界から見上げた 夜空は星が降るようで』

 

 

 真っ暗な観客席から眺める、ステージという名の夜空はさぞかし美しく煌めいてその目に映ることだろう。

 乙女たちはその瞳に今まさに星の輝きを焼き付けているのだろうか。

 

 

『いつからだろう 君のことを 追いかける私がいた』

 

 

 気づかぬ内に芽生えた恋心。それはまさに薫と子猫ちゃんたちの関係のようである。いつの間に歌と自分を照らし合わせてしまうようなギミックに、ますます会場の熱は加速する。

 

 

『どうかお願い驚かないで 聞いてよ 私のこの想いを』

 

 

 私たちは薫さんのことが好きです。

 

 そんな熱を帯びた想いが再びステージ上の薫に殺到する。想いの矢が四方八方から突き刺さり、しかし、決して薫が倒れることはない。むしろ、突き刺さった矢をアンテナがわりにして、乙女たちからエネルギーを受け取った彼女の演奏はさらに熱を帯びていく。彗星のように煌めきを放ちながら。

 

 想いが重なれば重なるほど強くなれる。

 

 これこそが瀬田薫の真骨頂なのだ。

 

 

『笑った顔も 怒った顔も 大好きでした』

 

 

 曲はいよいよ佳境に入る。

 

 『君の知らない物語』は、実は失恋を唄った曲だ。『君が知らない物語』の「物語」とは、「女の子が秘めた恋心」に他ならない。

 ーー「恋とは秘めて忍ぶもの」。恐らく観客席の乙女たちにもそういう経験があるのかもしれない。故にこの曲は胸を打つ。

 

 

『おかしいよね わかってたのに』

 

 

 こうなる(しつれんする)ことはわかっている。それでも好きにならずにはいられない。恋の熱狂を止められるものなどこの世にありはしないのだ。

 

 それはどこか薫と乙女たちの関係にも似ている。

 

 

『君の知らない 私だけの秘密』

 

 

 人の心の内を覗くことなど誰にもできはしない。言葉に出したところで、それで全てを語り尽くすには人の語彙は貧弱過ぎるし、人の心は複雑すぎる。

 故にこれは「私だけの秘密」。自分が自分の手でずっと抱えていかなければならない大切なものだ。

 

 

『夜を越えて 遠い思い出の君が 指を指す 無邪気な声で』

 

 

 明けない夜はない。故に、誰もがこの夜を越えていかなければならない。

 その目覚めが良いものか悪いものかは分からない。しかし、それが少しでも良いものになるように願いを込めて。

 

 壇上の王子様は高らかにその曲を歌い上げた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ーーありがとう、最高だったよ。《ハロー、ハッピーワールド!》ライブ in 羽丘、これにて閉幕だ! また会おう子猫ちゃんたち!」

 

 ワアアアアア! キャーー! マタアイマショウ,カオルサマー!

 

 観客席の声援を受けながら、薫がステージ袖へと消えていく。それをスポットライトで最後まで照らすと、俺はすぐに袖に向かっての階段を駆け下りた。

 

「おーい、みんなよかったよ! 想像以上に機能した。完璧だ」

「ふぅ……ああ、Mr.鳴瀬! 私のために最高のステージをセッティングしてくれたこと感謝するよ! 子猫ちゃんたちも大満足だっただろうさ!」

 

 髪の毛が煌めくほどの汗をタオルで拭いながら薫が応えてくれる。その表情には一点の曇りもない。

 

「ああ、今日のパフォーマンスは冴えてたな。舞台に強いのは役者の本分って訳だ。よくやった、薫」

「ふふっ、Mr.鳴瀬に褒められると感動もひとしおだね」

 

 誉め言葉に満足そうに何度も頷く薫の次に、俺の視線が向かったのはミッシェルだ。

 

「そして、ミッシェル。DJデビューおめでとう! 中々いいんじゃないか。自分でも結構やれたと実感してるだろ?」

「えへへ、そうですね。なんか思ったよりもなんとかなったっていうか……まぁ、よかったですよ、うん」

 

 薫に次ぐ今回の準MVPはやはり奥沢さん in ミッシェルだ。彼女がいなければ『君の知らない物語』は成り立たなかった。初のステージの試みであそこまでのことができたのだ。ここは賞賛して然るべきところだ。

 

「んー、やっぱりミッシェルにDJを頼んでよかったわ!」

「だねー! ミッシェルすっごくかっこよかったよ!」

「ミッシェルが居てくれれば《ハロハピ》は百人力だね!」

「曲の入りもちゃんと合わせてもらえたのでとっても演奏しやすかったです。ありがとう、ミッシェル」

「そ、そんなことないですよー」

 

 他の《ハロハピ》メンバーたちからも口々に賞賛を受けてミッシェルは照れ臭そうに体をもじもじさせる。こういったところで奥沢さんはどんどん評価されて然るべき逸材なので、俺も特に口を挟むような野暮はしない。

 

「よーし! それじゃあみんなで感謝の気持ちを込めてミッシェルをわちゃもちゃするわよ!」

「え゛」

「おー!さんせーい!」

「ふっ、それはもちろん私も(やぶさ)かではないね!」

「あわわ……、み、みんな優しくね?」

「それじゃあいくわよ! せーの」

 

「「「ミッシェル~!」」」

「わぁ~!?」

 

わちゃもちゃわちゃもちゃわちゃもちゃ……

 

「わちゃもちゃして気がすんだら撤収準備しろよ~。俺は先に色々片付けておくからさ」

「そ、そんな~! 助けて鳴瀬さーん!」

 

 すまんな奥沢さん、俺も色々用事があるのさ!

 

 そうして俺はわちゃもちゃにされる奥沢さんを残してステージ袖を後にする。

 

 ……行こう。()()()()()()()()()()

 

 後始末のことも考えて、俺は足早に約束の場所へと駆け出して行った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 羽丘女子学園裏庭。園内に何ヵ所か庭園を持つこの学園において、裏庭はアクセスの不便さもあって人通りの少ない場所らしい。

 

 特に今日は《ハロハピ》のライブを行ったこともあり、裏庭は俺と俺のお目当ての5人組以外の姿はなく閑散としている。

 

 ……丁度いい。万が一、他の女子高生が居た日には不審者扱いされかねんからな。

 

 そんな心配をしながら俺は目当ての人物たちに手を振りながら近寄って行く。

 

「ライブ、見てくれたか()a()f()t()e()r()g()l()o()w()》」

 

 そう、俺の約束の相手は他ならぬ《afterglow》の五人だ。彼女たちは全員羽丘女子学園の女子高生、この場に居て然るべき人物たちである。

 

「はい、見させていただきました。……すごく後ろの方の座席でしたけど」

 

 俺の言葉に応えた美竹さんは少し残念そうな声色だった。

 

「いやぁ、会場と同時にバッファローの群れみたいに薫さんのファンが雪崩れ込んでいったのにはおどろきましたなぁ~」

「うん、びっくりして固まってる間にいい席ほとんどとられちゃったもんね……」

「あたしも、結構早く並んでたんだけどなぁ……まさか女子高であんな暴徒じみた集団が生まれるとは思ってなかったよ」

「やっぱり薫先輩の人気は凄まじいですね」

 

 他の《afterglow》のメンバーもそう言って口々にため息を漏らす。彼女たちには事前に羽丘でのライブを告知していたのだが、いざ蓋を開けると想像以上の熱気に尻込みしている内に客席への入場が遅れてしまったらしい。

 

「悪いなぁ、俺も薫の人気がここまでとは思ってなくてさ。わかってたら五つ位席をとっておくんだったのに」

「あ、いえ、それは違いますよ」

 

 俺が申し訳ない気持ちで頭を下げると、美竹さんが慌てて首を振る。

 

「今回は私たちに演奏を見せに来た訳じゃないですし、そこまでしてもらうと薫さんのファンに失礼ですから。それにーー」

 

 そこまで言って美竹さんが言葉を区切る。

 そして、先ほどよりも遥かに真剣な眼差しになった彼女は次の言葉を紡いだ。

 

「ーー《ハロー、ハッピーワールド!》のポテンシャル、見させてもらいました。やっぱり、私たちの対バンの相手はあなた方が相応しい」

 

 美竹さんの言葉に他の《afterglow》メンバーも頷く。

 

「つっても、今回は薫のファンで固めてたから、こっちとしてはイージーモードなんだけどな。これぐらいはやって然るべきなんだよ」

 

 美竹さんの評価に対して、俺は辛口の評価で返す。

 嘘偽りなしに、《ハロハピ》にとって今回のライブはイージーモードだ。内輪の人間に向けて演奏を披露しているような気安さだったし、だからこそミッシェルDJを投入する余裕もあったのだ。

 

 そんな俺の評価に対して美竹さんは再び首を左右に振る。

 

「固定客が付くっていうのも一つの強さですよ。……やっぱり《ハロー、ハッピーワールド!》は今一番勢いのあるガールズバンドの一つです」

「そうか、ならいいんだけどさ」

「それに、今回のライブを私たちとの対バンにしなかったこともありがとうございます。……本気で私たちに付き合ってくれて」

「……そこまで分かってるか。やっぱり君たちの対バンを受けたのは正解だな」

 

 今回の羽丘女子学園でのライブは、お互いが学園の関係者ということもあってセッティングのしやすさでいえばこれ以上ないベストコンディションだった。

 しかし、俺は今回の羽丘での対バンを見送った。理由はたったひとつ。

 

 ……今回のライブにはシリアスさが足りない。《afterglow》との対バンはもっとバチバチやるべきだ。

 

 先ほども述べたように、今回のライブは内輪向けのパーティーみたいなものだ。暖かい声援ありきのライブで真の情熱(パッション)には辿り着けない。

 

 新しい情熱はいつだって異質な魂と魂のせめぎ合いの中で生まれるのだ。自分たちをまだ知らぬクリーンな魂を自分たちの色で汚していく。それが情熱を次のステージへと運んでいく切っ掛けとなる。

 故に《afterglow》との対バンは、オーディエンスに身内の少ないガチの環境で()る。これが俺の結論だった。美竹さんは俺の意図を見抜いていたのだ。

 

「『鉄は熱い内に打て』とはよく言うが、屑鉄を打ったところで名剣は生まれねぇ。やっぱり素材(ステージ)にもこだわってこその対バンだものな」

 

 この言葉で、美竹さんは初めて首を縦に振った。

 

「はい、私もそう思います。今回のライブでこっちもかなり気合い入りました。対バン、本気でよろしくお願いします」

「任せろ、こっちも最高のコンディションとステージで待ち構えてやるよ。勇者のパーティを待ち受けるゲームのラスボスってのはそういうもんだからな」

「それじゃあ《ハロー、ハッピーワールド!》の負けがきまってませんか?」

「違う違う、これは負け確定のイベント戦闘だ。だから勝つのは《ハロハピ》の方だぜ」

「ふふっ、そうですか。それなら対バン期待させてもらいます」

 

 俺のジョークに、ここに来て初めての笑みを見せた美竹さんは満足そうな表情でメンバーたちと並ぶ。

 

「鳴瀬さん、今日はいいものを見せてもらいました。対バンではこれ以上の《afterglow》を見せます。それではこれで」

「おう、期待してるよ」

 

 お辞儀をして一斉に去っていく《afterglow》の背中を見送り、その背中が見えなくなった後に俺は髪を掻きむしる。

 

「ったぁー! かなり気合い入ってんな《afterglow》、これは油断するとまじでこっちが踏み台だぜ」

 

 想像以上にフルスロットルでエンジンをぶん回す《afterglow》に、しかし俺は笑みが溢れるのを押さえきれない。

 

「ふっ、ふふっ、でもそうじゃないとな……そうじゃなくちゃ面白くない」

 

 喰うか喰われるか。或いは無限蛇(ウロボロス)のように互いを喰らい合うのか。

 結末はいずれにせよ、これは最高に面白い展開だ。面白くないものに情熱は宿らない。故に今度の対バンは最高に情熱的なものになるだろう。

 

 とにかく、今からみっちり計画を練らないとな。ああ、やっぱり対バン(まつり)の前はたまらないな。

 

 そんなことを考えながら俺が歓喜に肩を震わせていると。

 

「あ、あの~」

「ん?」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはギャル風の髪型をした女子高生が立っていた。間違いなく羽丘女子学園の生徒だろう。

 

 かなり顔立ちの整ったその女子高生は探るような視線を俺に注いでくる。そんな彼女の後ろにはこれまた容貌の整った二人の女子高生が鋭い視線をこちらに向けている。

 

 ……あ、これダメなやつだ。

 

 俺がそう察して、弁明のために口を開こうとする前に、目の前の女子高生が口を開く。

 

「お兄さん、学校の関係者かお客様? それとももしかして……」

 

 疑わしそうな少女の口ぶりに背中にどっと冷や汗が溢れる。

 

 アカン。これは間違いなく不審者扱いされてるやつですやん。

 

 実際、端から見た俺は女子校に忍び込んで一人で喜びに肩を震わせている男にしかみえないので、スリーアウトどころかゲームセットレベルの状況である。

 

 ……ここで対応を間違えると俺は(社会的に)死ぬ!

 

「あっ、ち、違うよ! 俺は今日のイベントがらみで許可を貰って来校してるんだよ!」

「……その割にはイベントの会場の体育館とここは離れていますけど」

 

 慌てて放った俺の弁明に、今度は後ろに立っていた翠の髪の女子高生が冷ややかな声を放った。

 

 ウゲェー!? わざわざ人目を忍んで辺鄙なところまでやって来たのが完全に裏目った!?

 

「い、いや、許可証もちゃんと貰ってるんだよ? ほら、今からポケットから出すからちょっと待ってて……」

 

 危ない、危ない。そうだよ、俺は今日ここに入るための許可証を貰ってきてるんだ。それを見せれば一発でーー

 

「ーーあ」

「どうしました。許可証はないんですか」

「……体育館のバルコニーで脱いだコートの中です」

 

 ……スポットライトを動かすときに光源の熱で暑いから上着を脱いだことを忘れてたよ!

 

「じゃあ、今は許可証は手元にないんですね」

「……はい」

「じゃあ、私たちとご同行願えますね」

「…………はい」

「友希那、先生か警備員の方を呼んできて」

「わかったわ」

 

 翠の髪の少女の言葉を受けて、銀髪の少女が人を呼ぶために駆けて行った。

 

「では、彼女が戻ってくるまで動かないで下さい。もし、変な行動を取ればすぐに声をあげますのそのつもりで」

「………………はい」

 

 結局、俺はその後やって来た警備員にドナドナされていく途中で、いつまでも戻ってこないことを心配して俺のことを探しに来てくれた薫たちに発見されてすんでのところで犯罪者になることを免れた。

 

 

 

(ーー警備員に連れていかれるときどう思いましたか?)

 

「いやぁ、あのときは本当にもうダメかと思ったよ。これからは絶対に女子校の中で一人で歩いたりはしないよ(世界丸見え)」

 

 

ちゃんちゃん(終)




はい、というわけでストリート(?)ライブ二回目、羽丘女子学園でした。

なんか薫さんがメインだと話にオチがつくな??? んん???

まぁ、いっかぁ!

ちなみに今回の絡みは顔見せ程度なので、彼女たちががっつりと関わってくるのはもう少し後になります。


そして、今回の版権曲は《supercell》の『君の知らない物語』! ご存じ西尾維新さんの代表作『化物語』とのタイアップで有名な曲ですね。

この曲はキーボード(ピアノ)がちょい難しいって点を除けばめちゃくちゃバンド初心者向けの名曲なんですよね。しかも、ピアノって結構習ってる人が多いので、傭兵みたいに手伝ってもらえると学園祭なんかでできちゃったりするんですよねー。

アニメのOPだと、「アレガ・デネブ・アルタイル・ベガ」って四角形じゃねーか! のネタで有名なこの曲ですがフルで聴くとめちゃくちゃいい曲なんですよね。むしろフルを聴かないとタイトルの意味が分かりにくいっていう。ぜひフルを聴いたことのない人はフルで聞いてくださいねー!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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