野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。
ストリートライブ編8、《Roselia》編4です。

今度こそ本当に《Roselia》編終わり! 終了! 閉廷! 終焉の大鎌!

【アンケートへのお礼】
美咲ちゃんのサイドストーリーへの投票ありがとうございました!
総投票数189票で、選ばれたルートは100票ジャストを集めたおばあちゃんの田舎ルートでした! イエーイ!

恐ろしいほどに外堀を埋められていく鳴瀬くん。社会の教科書に載っていた、中国を分けようとする列強諸国のように、鳴瀬くんが分割統治をされる日も近い。


野良ベーシストはアスファルトに咲く花と出会う 後編-2

「おーし、じゃあ次は宇田川さんな」

「よろしくお願いします! ふっふっふ、どんな評価を受けようとも耐えきってみせよう!」

 

 ……なんか、宇田川さんって時々言葉が芝居がかってるんだよな。薫で慣れてるからあんまり違和感ないけど。

 

 スティックを顔の前で構えて決めポーズを取る宇田川さんを眺めて、俺は漠然とそんなことを考える。

 

「んー、それじゃまずは、いいところからいくか。宇田川さんはグルーヴ感が凄い。曲の山場でのうねるようなドラミングがいい感じにアクセントになってるね。これは狙ってやってるのかな?」

 

 俺が問いかけると、宇田川さんは勢いよく頷いた。

 

「その通りです! なんかこう魔王の持つ闇の力が高まっていって、それで、高まった闇のパワーが、えーっと、その、ギュイーンと来てズバーンって感じです!」

 

 ……長嶋茂雄かな?

 

 俺は思わず出かけたツッコミを飲み込んだ。

 どうやら宇田川さんは、自分のフィーリングを上手く言葉にするだけの語彙が備わっていないようだ。まぁ、まだ彼女は中学生なので致し方ないところだろう。

 

 それはともかく、中学生でグルーヴ感がこれだけ育ってるのは小さな頃から良質な音楽に触れてきた証拠だな。宇田川さんは間違いなくいいドラマーになるな。

 

 既に優れたドラマーとしての片鱗を見せ始める宇田川さんに、いい加減なアドバイスはできない。彼女は今延び盛りだ。変に助長して、彼女本来の成長力を阻害したくはない。

 俺はもう一度気を引き締めて宇田川さんと向き合う。

 

「意識して演奏にグルーヴを取り入れているならグッドだね。そういうのはライブで観客(オーディエンス)をアゲる宇田川さんの武器になる。どんどん使っていくといいよ」 

「おおー! アコの武器かぁ~! そう言われるとなんかカッコいいかも!」

 

 宇田川さんは満更でもないといった様子で、満面の笑みを浮かべる。その表情には他のメンバーと違った幼さが残っていた。

 

「それで、宇田川さんの課題なんだけど、宇田川さんはどちらかというとパワーヒッタータイプのドラマーだよね」

「うーん、そう言われればそうですかね。《Roselia》の曲ってどうしても曲調が激しいから、自然と力んじゃうって言うか……」

「確かにね。でも、宇田川さんが今後もっと《Roselia》で伸びるなら、パワーでぶん回すよりもテクニックで叩くことを覚えた方がいいと思うんだ。例えばーー」

 

 そこまで言って俺はスタジオのドラムに向かうとスローンに腰を下ろす。備え付けのスティックを取るとスネアに構える。

 

「今から、ちょっとしたフレーズを叩き方を変えながらスネアで鳴らすから聴いてみてくれないか。まずは、パワーでぶん回した場合ーー」

 

 ーーズダダダッダッダダ! ダッダッダッダダ,ダッダッダッダダ……

 

 力強いストロークから生まれる打撃が、スネアを揺らし迫力のある音が生まれる。宇田川さんを始めとする《Roselia》のメンバーは、みんなスネアから生まれる音に耳を澄ます。

 

「ーーんで、次はスナップを効かせて、スティックの跳ね返りの反動を活かしてーー」

 

 ーータラララッタタ! タッタッタッタタ,タッタッタッタタ……

 

 今度は手首を柔らかくしてのストローク。スネアの裏についたスナッピーの動きが変わり軽快な音が流れるが、その音量は決してパワーヒッティングをしたときに劣らない。むしろ、音の抜けがいい分だけ、ストロークの切れ目は音がよく響くようにすら感じる。

 

「わっ! すごい! 同じパターンなのに響きかたが全然違う! そうか、そういうことなんだ……」

 

 宇田川さんは早速何かを感じ取ってくれたようで、しきりにうんうん頷きながらスネアの音に聴き入っている。

 

「驚きました……同じスネアなのに、叩き方によってはここまで違う豊かな表情を見せるのですね……」

 

 氷川さんもスネアから流れる音の違いに思うところがあったのか、顎に手を添えて考え込むような仕草を見せる。

 ドラムの演奏からメッセージを受けとるのは、何もドラマーだけじゃないといけない決まりはない。

 俺は氷川さんの心にも届くように、丁寧にスネアの音を刻んでいった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ーーというような感じなんだけど、伝わったかな?」

「すっごーい! アコ、めちゃくちゃ伝わってきたかも!」

 

 それからしばらく、スネアを鳴らし終えた俺が宇田川さんの方を見ると、彼女は跳びはねて俺に応えてくれた。

 

「ならよかったよ。宇田川さんはまだ体ができてないから、どうしてもパワーヒッターにならざるを得ない場面もあると思うけど、スティックワークに拘れば結構テクニックだけでもメロディに負けない音は出るんだ」

「はい! すごくよく分かりました! なんかこう、ズダダダダーン! と スタタターン! みたいな感じで!」

 

 ……口で言われると本当に分かってるのか不安になるなぁ。宇田川さんのことだから分かってるんだろうけどさ。

 

 相変わらず語彙が乏しい宇田川さんに、思わず苦笑を浮かべてしまうが、彼女は見るべきところが分かっているようなので恐らく大丈夫だろう。

 

「オッケー、それじゃあ宇田川さんは何か聞いておきたいことはある?」

「そうですねー……あっ! アコ、やっぱり鳴瀬さんが言うようにまだパワーが足りないところがあるんですけど、どうやったらパワー不足を補えますかね?」

 

 頬に人差し指を添えて考え込んでいた宇田川さんが、ハッとした表情で答える。

 確かに、テクニックで叩くことを意識し始めた頃は、思うように音にパワーが乗らずに苦労するものだ。中学時代に俺も通った道である。

 故に、その解決法は既に俺の内に用意されていた。

 

「なるほど。手っ取り早い方法としてはスティックを変えるのはお勧めだよ。宇田川さん、さっき使ってたスティック貸してくれる?」

「はーい!」

 

 返事をした宇田川さんがテクテクとスティックバッグに歩み寄ってすぐにスティックを持ってきた。

 どこか投げた木の棒を加えて駆け寄ってくる犬の姿に似ていると思ったが、それを口に出さないだけの礼儀は俺も弁えていた。

 

「どうぞ、鳴瀬さん!」

「ありがとう、んー、どれどれ……」

 

 差し出されたスティックを手にとってしげしげと眺める。長さ、重さ、太さ、材質、チップの形を確かめると、俺は宇田川さんに視線を戻した。

 

「宇田川さん、これってもしかして誰かのお下がりだったりする?」

「えっ、分かりますか!? そうなんですよ、これ、おねーちゃんからのお下がりのスティックなんですよ!」

「なるほどねー」

 

 得心がいった俺は改めて宇田川さんと視線を合わせる。

 

「宇田川さん、このスティックは多分思い入れのあるものなんだろうけど、今の君には合ってないかもしれない」

「えっ、そうなんですか?」

 

 意外そうな表情を浮かべる宇田川さんに俺は頷く。

 

「うん、このスティックなんだけど太さが5Bなんだよね。これは標準の5Aと比べて太めのスティックだから、重さが増してパワーのある演奏ができるスティックだ」

「えーと、でも、それだと今のあこには向いてるような……」

「そういう面も否定はできないけど、俺が気になるのは宇田川さんの手にとってスティックが太すぎないかってことなんだよね」

「……! あー、そういうことですか!」

 

 俺の言葉に宇田川さんは納得できるところがあったようで目を丸くして頷いていた。

 

「スティックが手に合ってないと余計な力みが生まれるんだよね。これがテクニックで叩く場合によろしくない。それに、パワープレイにしてもスタミナも無駄に食うしね」

 

 手のひらにスティックが上手く吸い付かないと、ドラムを叩くことはかなり体力を使う。元々、動きの大きいドラマーにとって、余計な消耗はとにかく避けたいところだ。

 

 特に、宇田川さんはまだ体ができてないからなぁ。ライブで長丁場をこなすには省エネ打法を身に付けないとな。《Roselia》は曲調も激しそうだし、尚更だな。

 

「つーことで、スティックは多分5A、宇田川さんの手は小さめだから7Aでもいいかもね」

「うーん、そうなるとパワー不足になりそうな気が……」

「そしたら、スティックの材質を重めのにするといいよ。このスティックはメイプルだから太さの割には軽くなってる。重量も多分120いかない位だね。だからヒッコリーかオーク材のスティックに変えれば5Aなら同じぐらいの重さにできるはずだよ」

「材料の違いかぁ~、確かに『NFO』でも武器を作るときの素材集めが大切だったね!」

「『NFO』?」

 

 耳慣れぬ単語に俺が首を傾げていると、その横で白金さんがしきりに「うんうん」と頷いていた。

 

「そうですね、あこちゃんの今の装備を作るのにかなりの素材を厳選しましたからね」

「えへへ、りんりんの本気装備には負けるけどね~」

「あの装備は特別ですからね。もう二度と合成成功率12.5%で、しかもドロップ率小数点以下のレア素材を複数要求する装備は作ろうとは思いません……」

「全財産の半分溶かしたんだっけ?」

「……八割ですね、フレの皆さまにもかなり協力していただいたので、《Roselia》を始めた今同じことをしたら、私は間違いなく過労で死にます……」

 

 なにやら恐ろしいことを口走りながら、白金さんは遠い目で虚空を見つめていた。

 

 うーん、よくわからないが、断片的に分かる情報を繋げるとオンラインゲームの話か? オンラインゲームは第二のリアルなんて言う奴もいるぐらいだから、かなり気合い入れてやってるのかもな。

 ……白金さんがやってるのは意外な感じだけど。

 

 そんなことを考えながらも、脱線した話を本筋に戻すため、俺は手を叩いて注目を集める。

 

「はいはい、というわけでスティックは材料も大切って話な。あと、チップの形なんだけど、今のスティックは卵型になってるけど、これは角型か丸型がいいな。スティックワークが安定しない内はうち下ろしの角度で音が変化する卵型よりも、どこに当たっても同じ形の方がいい。というわけでーー」

 

 そこまで言って話を切ると、俺はスタジオに運び込んでいたベースのギグケースのポケットを開く。実はそこにはトラブルがあったときのために予備のスティックなんかを何本か入れてあり、偶然、宇田川さんにぴったりなスティックが入っていたのだ。

 

「ーー宇田川さん、君にこれをあげよう。pearlのクラシックのスティックでヒッコリーの5A、チップが角型のスティックだよ。重さは少し軽いけど110はあると思うから標準の上ってところだし丁度いいと思う」

「え! いいんですか!?」

 

 俺がスティックを差し出すと宇田川さんは目をきらきらさせて喜ぶ。

 

「うん、何かあったときの予備だし、俺はメインドラマーじゃないしね。そんな高いもんでもないし、使ってもらえる子に使ってほしいから」

「わぁ、ありがとうございます! ちょっと叩いてみてもいいですか?」

「オッケー」

 

 俺は座っていたスツールを宇田川さんには明け渡す。

 宇田川さんはスツールの高さを調整すると、すぐにスネアとハイハットのコンビネーションを叩き始めた。

 

 ……チチズッチ,チチズッチ,チチズッチ,ズダダダダッダッ!

 

「うわ! これ、すっごく叩きやすい!」

「おー、いい感じに力抜けてるなぁ」

 

 宇田川さんの演奏を聴いた俺は、早速力みが抜けたスティックワークを見せる彼女に驚く。

 

 ……宇田川さんって、実はめちゃくちゃ才能あるんじゃねーか? これは、かなり伸び代があるとみたぞ。

 

 いくら相性のいいスティックとはいえ、言われたことをすぐに取り入れてフレーズを叩けるドラマーは少ない。グルーヴ感といい、宇田川さんは感覚型の天才ドラマーなのかもしれない。

 しかし、目の前の彼女はそんなことを微塵も感じさせないような純心な笑顔でドラムを叩き続けている。

 この、一途さも彼女の才能の一端なのかもしれない。

 

 それから、ひとしきり様々なフレーズを試した宇田川さんはハッとした表情でこちらを向いた。

 

「あっ! す、すみません! あこ、夢中になって鳴瀬さんのこと放置しちゃって!」

 

 宇田川さんが申し訳なさそうに頭を何度もぺこぺこ下げるので、その度に彼女のツインテールのおさげが俺の目の前で激しくうねった。

 それは、もしこの場に猫たちがいればさぞかし集客力があるだろうと思わせるような動きだった。

 

「いいよいいよ、鉄は熱いうちに打てって言うし、いい感覚が掴めそうなら叩かないとな。とりあえず、しばらくはそれを使ってもらって、後々いろんなスティックに乗り換えるのもいいし、お姉さんのスティックに戻るのもありかもな」

「はい、そうします! へへっ、頑張って巴おねーちゃんに追い付くぞ~!」

 

 そう言って嬉しそうにスティックを掲げた宇田川さんはカッコいいポーズを決めていたが、俺はそんなことよりも彼女が直前に放った言葉に気を取られていた。

 

「……ん!? 宇田川で、巴……? え、もしかして宇田川さんのお姉さんって《Afterglow》の宇田川巴さんなのか?」

 

 探るような俺の問いかけを聞いた、宇田川さんの目が丸く見開かれる。

 

「え!? 鳴瀬さん、巴おねーちゃんのこと知ってるんですか!?」

「ああ、俺がまだ自分のバンドで活動してた時に何度かライブでご一緒したことがあるよ。そうか、あの宇田川さんの妹さんなのかぁ」

 

 まさかの知り合いの妹という奇妙な繋がりに、俺はバンドの世界の意外な狭さに驚かされる。

 そして、宇田川さんの方は意外な接点があったことに興奮したようで、ブンブンとその両腕を振って喜んでいた。

 

「うわー! 運命的な偶然ですね! なんかこう、前世からの宿命的なあれが、こうで、ギュイーンって出会ったみたいな!」

「前世はないと思うけど、確かに人の縁の不思議さを感じるなぁ。そうか、宇田川さんのグルーヴ感はお姉さんの演奏を聴いてきたからなのかもね」

「そうですね~! 小さい頃からおねーちゃんは和太鼓を叩いてたのでずっとそれを聴いてたからかもしれません!」

 

 目を輝かせながらお姉さんのことを語る宇田川さんを見ていると思わず顔が綻ぶのが分かる。

 

「そうかもしれないね。いや、お姉さんも力強いエモーショナルなドラムを叩くけど、宇田川さんもその片鱗が見えてきてるよ」

 

 俺がそう誉めると、宇田川さんは今日一番の満面の笑顔で応えてくれた。

 

「ありがとうございます! あこはおねーちゃんの次にドラムが上手い、世界で二番目のドラマーを目指してますから!」

「それは素敵だね。本当に素敵だ」

 

 ドラムという同じ楽器に魅せられた姉妹同士の絆。

 これは、間違いなく二人に良い情熱(パッション)を生んでいる。

 二人が共にドラマーとして生きていくならば、この姉妹は互いが互いを引っ張りあって、その力を遥か高みへと昇らせていけるだろう。宇田川さんの表情から、俺はそういうリスペクトを感じていた。

 

「よし、じゃあ宇田川さんはこれでおしまいな。お姉さんにもよろしく言っといてくれるかな。実は、最近別件で会ったばかりでさ」

「そうなんですね、伝えておきます! ありがとうございました、鳴瀬さん!」

「頼んだよ」

 

 そして、俺がひらひらと手を振って宇田川さんとの話を切り上げると、俺は残る二人の方を向いた。

 

「さて、それでは氷川さんと白金さん」

「はい」「……はい」

 

 声をかけると二人が返事をしてくれる。

 

「先程の演奏を聴かせてもらった上でなんだけど、俺が思うに二人のポイントとなる部分は根っ子が同じなんだよね。だから、二人は同時にアドバイスさせてもらいたいんだけど構わないかな?」

「はい、私は構いません」「わ、私もそれでいいです」

 

 二人の同意を確認した俺はゆっくりと頷く。

 

「うん、じゃあ二人同時にいくよ。まず、いいところなんだけど、二人とも基礎がかっちりしてる。なんというか演奏に全然隙がない。ライブで一番失敗しないタイプって感じだね」

 

 氷川さんと白金さんの演奏は、堅実に、コツコツと力を着けたタイプのそれだ。安定感があり、大きなミスをしない。ライブや、イベントの予選なんかでアベレージで高得点を叩けるタイプの演奏は、今後《Roselia》がプロに向けて様々なシーンに出ていくときに、きっとバンドを支える力になるだろう。

 

 だが、それでも。

 

 俺は二人には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に、ここからのアドバイスは二人にとって少し厳しいものとなるだろう。事によっては二人と対立する可能性も考えなくてはならない。そのレベルのアドバイスだ。

 

 でも、バンドマンってのはそういうもんだからな。真剣(シリアス)にやってない奴に、真剣(マジ)なファンはつかない。もちろん二人が真剣じゃない訳がないんだが、なんというか()()()()()()()んだよな。

 

 ーー「努力」は必ず報われる。

 

 そんな言葉がある。

 その通り、「努力」は必ず報われる。

 コツコツと積み上げて、夢に手が届いたとき、その積み上がったものに与えられる名前が「努力」だ。

 しかし、コツコツと積み上げて、それでもなお夢に手掛ける届かなかったとき、その積み上がったものに与えられる名前は「徒労」に変わる。

 

 だから、「努力」は必ず報われる。だって、報われなかったものには別の名前が与えられているだけなのだから。

 

 そして今、二人は今まで積み上げてきたものが「努力」か「徒労」、どちらに転ぶかの瀬戸際にいるといえる。

 二人の真剣を「徒労」に変えないためにも、ここは俺もダメージ覚悟の真剣勝負に出るところだ。

 

「でも、言っちゃ悪いが()()()()()。今の二人はメロディパートを担うには、少し()()()()()()()()()

「……それはどういうことか説明いただけますか」「……」

 

 氷川さんが少し強ばった声色で尋ねる。白金さんも言葉には出さないものの、その雰囲気が俺に説明を求めていた。

 

「簡単にいうと、二人の演奏は『お手本』なんだよ。10人聴けば、10人が『上手いね』って言ってくれる。でも、それで終わりだ。彼らの記憶に君たちの演奏は残らない。なぜなら、君たちの演奏には『らしさ』がないからね」

「……『らしさ』、ですか」「…………っ!」

 

 弾かれたように顔を上げる二人に、俺は問いを投げかける。

 

「二人とも、演奏の時にどんなことを考えて楽器と向き合ってる?」

「それは……」

 

 俺の問いに、氷川さんがすぐに答えようとしたが、答えの中身が口からこぼれる前に、その言葉は尻すぼみになってしまった。

 

 ……ここは、氷川さんの核心部なのかもしれないな。

 

 すぐに言いたい衝動はあっても、それを人に聞かせることを理性が止める。これは、本当にデリケートで個人的な問題によくある話だ。

 

「個人的なところに踏み込み過ぎるなら、無理に答える必要はないよ」

 

 だから、俺もその辺りは予防線を張る。俺と氷川さんの繋がりは確かにそこにあるが、そこまで太いものではない。さらけ出したくないものをわざわざ覗きに行くほど俺は無神経ではない。

 

 俺の言葉に氷川さんは再び視線を床にさ迷わせて、しばらくの間眉間に皺を寄せる。

 そして、また俺の顔を彼女が見たときにはいまだにその眉間には皺が刻まれたままだった。

 

「……すみません」

 

 氷川さんの第一声は謝罪から始まった。

 

「答えようという思いは固まっていたのですが、いざ言葉を選ぼうとすると上手く噛み合わなくて、少し時間がかかってしまいました」

 

 演奏でも分かってたけど、氷川さんはやっぱり繊細なタイプだ。この手のタイプは些細なミスが気になるから演奏も基本に忠実になるんだよな。

 

 俺は、何事にも丁寧に向き合う氷川さんを見て、演奏から感じていた氷川さんの人物像に間違いがなかったことを確信する。

 

「うん、これは大切な話だから時間がかかるのは構わないさ」

「ありがとうございます。では、言葉の整理がついたので聞いていただけますか?」

「もちろん」

 

 俺が続きを促すと、氷川さんは胸のうちに溜め込んだものを一息で吐き出せるように、大きく息を吸い込んだ。

 

「……私には、絶対に負けたくない子がいるんです。その子は、要領がよくて、なんでもできて、私が先に始めたことでも、その子が後から追いかけてくるとすぐに追い抜かれてしまう」

 

 氷川さんの根底にあるもの。

 それは決して負けたくない誰かへの対抗心。

 

 ……なるほど、氷川さんの纏う張りつめた空気は、そこから漂ってきていたんだな。

 

 俺は、少し冷たい印象を受ける氷川さんという少女の中に、温かい人間性を見つけた気がした。

 

「だから、私はその子に負けないように必死で練習しているんです。とにかく追いつかれないように、たとえ追いつかれたとしても、決して追い抜かれることだけはないように。ただ、そう念じて楽器と向き合ってきました」

 

 一息でそこまで言い切った、氷川さんはそこで少しためをつくると最後の言葉を口にした。

 

「そして、その果てに私は《Roselia》を見つけたんです。私が、本当に、その子に追い付かれることのない高みへと昇れる仲間を」

 

 そう言った氷川さんの目には《Roselia》の成功を確信する光が宿っている。いまだ小さなそれは、けれども確かに分かる熱を帯びていた。

 

「だから、私が《Roselia》の足を引っ張る訳にはいかないんです。鳴瀬さん、些細なことでも構いません。アドバイスをお願いできますか」

「もちろん」

 

 誰かに負けたくないという想い。

 

 それが氷川さんの原動力であり、同時に枷にもなっていた。

 しかし、彼女の《Roselia》と共に前に進もうとする力は、負けたくない想いが与える力を上回り始めている。こうなると最早、彼女の想いはメリットを奪われて、枷の役割しか果たさなくなっている。

 彼女はその枷を外す時期がきているのだ。

 

 じゃあ、俺はどうやってその枷を外すのか。ここからが先輩としての腕の見せ所だぜ。

 

 バンドマンとして迷える後輩を導くために、俺はその口をゆっくりと開いた。

 

「それじゃ、アドバイスの前に聞きたいんだけどさ、氷川さんは音楽の世界で『勝ち負け』ってどうやって決まると思う?」

「えっ? 『勝ち負け』、ですか?」

「そうそう」

 

 急な話題を振られた氷川さんは一瞬戸惑ったものの、視線を反らして思考を巡らせると、それほど間を置かずに口を開いた。

 

「そう……ですね、例えば自分が演奏できないフレーズを相手は演奏できる、とかはどうでしょう」

 

 なるほど、「その子」と氷川さんの関係に置き換えて答えてきたか。頭の回転が速いな。

 

 俺は氷川さんの賢さに下を巻きつつも、想定通りに次の言葉を紡ぐ。

 

「んー、じゃあ、もしその自分がCDを100万枚売ったとして、相手は10万枚しか売れなかったとしたら勝ってるのはどっちだ?」

「そ、れは……自分の方ですかね。やっぱりCDを多くの人に手にとってもらえるのはプロとしての一つの目標でしょうし」

 

 判断に迷ったのか、氷川さんの言葉が少し揺れた。

 これも俺の想定通りの展開である。

 故に、ここからの会話も俺の想定通りに進むだろう。

 

「なるほど、じゃあその100万枚のCDを売った自分がライブで観客(オーディエンス)にいまいちノってもらえなくて、相手がモッシュが起きるほど観客を沸かせてたらどっちが勝ちだと思う?」

「…………なるほど」

 

 氷川さんの言葉が止まる。どうやら聡い彼女はもう俺の言いたいことに気づいたようだ。

 

「もう俺の言いたいことがわかったみたいだね」

「はい、鳴瀬さんは『音楽を勝ち負けで論じるのは違う』。そう言いたいのですね」

「頭の回転が早くて助かるよ」

 

 音楽には「勝ち負け」なんてものはない。

 無論、CDの売り上げ、ライブの動員数、ビルボードチャート、動画の再生数のように数値化してしまえる要素はある。

 でも、音楽の本質はそこじゃない。

 俺は、音楽の本質は「音を使ってどれだけの人と繋がれるのか」にあると思う。

 どんなにCDが売れようと、どんなに動画が再生されようと、目の前に座ったたった一人の観客と音楽で繋がることができなければ、恐らくそれこそが音楽において「敗北」と定義されるものなのだろう。

 もちろん、この「敗北」というのも100%相応しい表現ではないはずだ。

 

「音楽は『勝ち負け』じゃない。『自分が伝えたいことを音楽に乗せて、より多くの人と繋がること』が本質だ。俺はそう思ってる」

「音楽はあくまでも自己表現の一種だと……?」

「イエス。故に『勝ち負け』をつけるとしたら、対戦相手は自分自身だ。自分の想いが観客に届けば『勝ち』、届かなければ『負け』。誰かと比べる必要はないんだ」

「そう、だったんですね……」

 

 氷川さんは腑に落ちたという表情で俺の言葉を聞いていた。その表情は先程までよりもどこか柔らかい印象を受ける。

 

「まぁ、これはあくまでも俺の意見だけどね。でも、とりあえず今は俺の意見で話を進めるよ」

「はい」

「音楽の本質は『自分を伝えること』。なら、今の氷川さんの演奏から観客に伝わる想いは『私は誰かに負けたくない』ってことだけだ。氷川さんは、その想いで観客と繋がりたいのかな?」

「……! いいえ、違います。私は、私が観客の皆さんと共有したい想いは、想い、は……」

 

 そこまで言って氷川さんは愕然とした表情を浮かべた。

 口をつぐんで俯くと、彼女は絞り出すように声を出した。

 

「……私は、誰かに伝えたい想いもないままに、ただ、あの子に負けたくないという想いだけで、ステージに立っていたのですね」

 

 ああ、氷川さんは答えに辿り着いた。

 

 しかし、それは彼女にとっては残酷な答えだったのかもしれない。

 彼女は伝えるべき自分を持たぬまま、何かを伝えようと叫んでいた。それは、自分今まで積み上げたものが砂上の楼閣に等しいものだったということに他ならなかった。

 

「私は、私はなんのためにバンドを……」

 

 思考の袋小路に入っていく氷川さん。

 そんな彼女の肩にそっと白い手が添えられた。

 その手の主はーー

 

「ーー白金さん?」

「はい、氷川さん」

 

 手の主を見上げて驚いた表情を浮かべた氷川さんに、白金さんは少しおどおどした、それでも優しさを湛えた笑みで応える。

 それから、白金さんは俺の方へと視線を向けて、覚悟を決めた表情を作る。

 

「鳴瀬さんのアドバイス、私も身に沁みました。確かに私も《Roselia》で、バンドを通じて自分が伝えたい何かは今はまだ分かりません」

 

 白金さんは、そこで言葉を区切ると、大きく一つ深呼吸してから再び口を開いた。

 

「でも、それはこれからの《Roselia》の中で見つけていこうと思います。今は、他の皆さんの借り物のメッセージかもしれませんが、皆さんとなら絶対に自分の伝えたい想いを見つけられる、私はそう思います」

「……白金さん」

 

 予想以上に力強く発せられた白金さんの答えに、氷川さんはあっけに取られたといった様子で白金さんの名前を口にしていた。

 

 へぇ、図らずも俺と氷川さんのやり取りで白金さんは自分の答えを得たんだな。やっぱり、この二人はセットでアドバイスして正解だったな。

 

 そう俺が思っていると、それは氷川さんにとっても同じだったようで、彼女は思考の袋小路を抜け出して俺に視線を向けていた。

 

「私も、白金さんに倣って、私の伝えたいことはこれからの《Roselia》の活動で見つけていこうと思います」

「……そっか」

「……私にも、多分、ギターを始めたときには音楽で伝えたい何かがあったのかもしれません。でも、気がつけば私はそれをどこかに失くしてしまったみたいですね」

「氷川さん……」

 

 白金さんが気遣うような声をあげた。

 言葉を発した氷川さんの表情は、少し寂しげなものだったが、それも一瞬。すぐに、意思の強さを窺わせる普段の彼女が戻ってきた。

 

「もしかすると、失くしたそれはこれから見つかるかもしれませんし、あるいは見つからないかもしれません。でも、たとえ見つからなかったとしてもそれに代わる、いえ、それ以上のものを、私は《Roselia》で見つけてみせます!」

「いい答えだね。うん、それならもう二人は大丈夫だ」

 

 それは、力強く前向きな答えだった。

 どうやら、氷川さんも答えに辿り着いたようだ。

 しかし、これはまだ彼女たちにとっては、真の答えに辿り着くまでの道程に一歩を踏み出したにすぎない。

 どれだけ続くかわからない道程の果てに、二人がどんな答えを見つけるのか。

 それは、これからの《Roselia》の演奏を聴けば自ずと分かることになるだろう。

 

 ……そうすれば、氷川さんも「あの子」ともっといいかたちで付き合えるかもしれないなぁ。

 

 恐らく、氷川さんにとって分かちがたい関係にあるであろう名も知らぬ「その子」と、彼女の関係もこれで一歩先に進むだろう。

 部外者である以上、俺がこれ以上そこに踏み込むことはない。故に、今後氷川さんと「その子」がどのような道程を辿るのかは分からない。それでも二人が良い方向へと向かうことを、俺は祈らずにはいられないのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「んじゃ、これで俺のアドバイスは全部終わり! いやー、めちゃくちゃいい演奏を聴かせてくれたから、かなり熱がはいっちゃったよ。ありがとう《Roselia》のみんな」

 

 全員へのアドバイスを終えた俺は思わずそんな声をあげていた。

 中々に込み入ったところまでいったアドバイスもあったが、そうさせてほしいと思うような熱が《Roselia》にはあった。

 

「お礼を言うのはこちらの方ですよ鳴瀬さん」

 

 そんな俺の言葉に対して、湊さんを皮切りに《Roselia》のメンバーが口々にお礼を述べてくれる。

 

「アタシもなんだか俄然やる気になったっていうか、自分の道が見えたっていうか、とにかく本当にありがとうございました!」

「あこももっと頑張って、ババーンとすごいドラマーになります! スティックも大切に使います!」

「私も、バンドをやっているうちに、自分が見失っていたものがあったことに気づくことができました。貴重なアドバイスに感謝します、鳴瀬さん」

「わ、わたしも、もっと《Roselia》らしく頑張ります。ありがとうございました」

 

 お礼の言葉を述べる彼女たちの表情は、輝き方こそ違えど、みな一様に明るい。

 それは、今後の《Roselia》の未来を示すかのような晴れやかなものだった。

 彼女たちにとっていい情熱(パッション)が湧いたのなら、それが俺にとっての何よりの報酬だ。

 

 ……それはつまり、俺の中のバンドへの情熱が、正しく燃えているってことだからな。

 

 本気で同じ道を歩むもの同士は、心の底で同じ熱を帯びているものだ。俺の言葉が彼女たちに情熱を与えたのなら、それは俺と彼女たちが同じ夢を見ているからに他ならない。

 

 それを確かめることができただけでも、俺にとってこの集まりは意味があったのだ。

 

「君たちの演奏を聴いて、俺にもいいインスピレーションが湧いたよ。お互いにいい集まりになってよかった、ありがとう《Roselia》」

 

 俺が頭を下げると、《Roselia》を代表して湊さんが俺に頭を下げてくれた。

 

「はい、ありがとうございます鳴瀬さん。私たちは、最初に声をかけたときに考えていた以上に、大切な時間をいただきました」

「ははっ、それはよかった…………まてよ、大切な、時間……? あ!? いま、何時だ!?」

「あっ、えっと、今12時を少し過ぎたところですね」

「うっそだろおい!?」

 

 湊さんの言葉で慌ててスタジオの時計を確認すると、恐ろしいことに時刻は12時を回っていた。

 

 ウッゲェー!? 今日は昼までストリートライブで、昼からは《ハロー、ハッピーワールド!》で一緒に飯食いながらミーティングって俺から言ったのに、全然間に合ってないじゃん!? これははよせな(アカン)。

 

 素晴らしい演奏は時間を操るとは言ったが、こんなところまで操られてしまうとは盲点だった。

 俺は慌てて荷物を掴むとスタジオの入り口に向かう。

 

「ごめん! 俺、実は昼から約束が入っててさ、慌ただしいけどもう行くわ!」

「すみません鳴瀬さん、私たちも長く引き留めてしまいました」

「いいって! それじゃ《Roselia》のみんな、またどこかで!」

「はい」「またね~!」「ばいばーい!」「またよろしくお願いします」「さようなら」

 

 《Roselia》の挨拶を背中に受けながら、俺は飛ぶように《CiRCLE》のスタジオを後にした。

 

 えーい、とにかく一秒でも早く駅前の広場に戻るぞ! それから、あとは、なるようになれだ!

 

 言い訳の言葉を考える余裕もないほどに、足をフル回転させながら、俺は《ハロハピ》のみんなの待っているであろう広場に向けて街を駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー結局、俺が広場に着いたのは12時30分を回った頃だった。

 俺が広場に顔を出した瞬間、《ハロハピ》のみんなの冷たい視線が俺に突き刺さった。

 話を聞くに、どうやら場所取りを代わってもらった黒服の人が、「鳴瀬様は、三人組の女子高生に誘われてどこかへお発ちになりました」と、誤解を招く伝え方をしたらしい。

 その後、ロズウェル事件の宇宙人よろしく、ファストフード店に連行された俺は、脱出できないように壁際のソファー席に正座させられて、根掘り葉掘りことの顛末を語らされたのだった。

 

ちゃんちゃん(終わり)




ギリギリ年内投稿できたー!


『ギリギリ投稿』

大体そんな投稿ペースなんかじゃダメ 溜め息出ちゃうわ
僕に投稿する時間なんかありゃしないのよ 歳末の中間管理職
全然投稿スピード上がらないよ がっかりさせてごめんなんてね

ギリギリエタらないように ふらふらしたっていいじゃないか(よくない)
それでも投稿はしてるんだから 大丈夫僕の場合は



というわけで(?) 皆様良いお年をお迎え下さい!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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