野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。

スタジオ入りの場面です。名前有りのオリジナルのサブキャラが出ます。



野良ベーシストは顔が利く

《arrows》は駅近の四階建てのビルの全フロアを使って営業する、この辺りでは老舗のスタジオだ。立地上、地価が高いこの場所に建つビルだけあって、その土地面積は猫の額のように狭い。

 しかし、少人数のバンド向けの小さなスタジオを多く設けることで、外観から想像するよりもこのビルのキャパは

はるかに大きい。ゆえに、スリーピースのバンドにとって《arrows》は非常に使い勝手のいいスタジオに仕上がっていた。

 

 ビルのオーナー兼店長の四方津(よもつ)さんは、今は一線を退いているものの、昔はロックバンド《オブリビオン》のドラマーとしてブイブイいわせた実力者だ。インディーズのレーベルから何枚もCDを出し、ラジオの有線放送で曲が流れたこともある。

 

 一大バンドブームだった30年ほど昔、対バンライブで五週間勝ち抜けばメジャーデビューが確約される視聴者参加型のテレビ番組『イケてるバンド天国(通称:イケ天)』で、四週勝ち抜いて五週目の決戦で涙を飲むこととなった《オブリビオン》は視聴者の間では半ば伝説となっており、未だにコアなファンがスタジオに訪れては一階のラウンジ店長とダベっていることも多い。

 

 そんな実力者の四方津さんが経営する《arrows》は、設置された機材の管理や質、料金体系が魅力的なこともあり音楽で食っていくことを夢見るバンドマン達が集う梁山泊(りょうざんぱく)のようなスタジオになっていた。

 

 俺が贔屓にしているスタジオは駅の近辺に数ヶ所あるが、特に四方津さんには目をかけてもらっていたので、スタジオで練習をすることがあれば、まず《arrows》に電話をして空室を確認するのが常になっていた。

 

 そんな《arrows》の扉を、俺は《バックドロップ》を抜けて以来初めて潜ることになった。扉につけられたドアベルがカランと音を立てると、カウンター越しに客と談笑していた四方津さんがこちらを向く。

 そして、入り口に立つ俺の姿を認識した瞬間に四方津さんは破顔して話しかけきた。

 

「よお、待ってたぞ鳴瀬! 俺はてっきり他の店に浮気されたのかと思ったぜ」

「すみません親父さん。ここのところ色々立て込んでまして」

 

 しばらくの間、連絡も入れなかった不義理を詫びると、四方津さんは気にするなと言わんばかりに首を振った。

 

「この時期の大学生はみんなそんなもんだ。どいつもこいつも新入生の歓迎で手一杯よ。んで、お前が連れてきた後輩はどんな連中なんだ?」

「ああ、それはですね……」

 

 四方津さんが興味深そうに入り口を覗き込んで、俺が返事をしようとしたその時、

 

ガランガラン!!

 

「お邪魔するわ!」

「おおぅ?」「……あ?」

 

 ドアベルの音を高らかに鳴らしながら、開け放った扉から颯爽とペグ子がラウンジに進入してきた。

 

 突然の登場に唖然とする俺と四方津さんを尻目に、その後に続くように《ハロー、ハッピーワールド!》の面々、そして黒服の集団がぞろぞろとラウンジに入る。あっという間にラウンジの人口密度は3倍以上に膨れ上がった。

 

 扉を開け放った両手を前に突き出したままで仁王立ちするペグ子に、俺は普段の二割トーンダウンした声で話しかけた。

 

「おい、こころ」

「何かしら、鳴瀬?」

「俺、こっちから声かけるまで表でじっとしてろって、ここにくるまでに何度も確認したよな?」

「ええ、そうね! でも、大勢で建物の前にいたら通行の邪魔になると思ったから中に入ることにしたのよ!」

「いや、この大量の黒服をどっかに行かせればいいじゃん!」

 

 何の事前情報もなくこの集団を《arrows》にぶちこむことは危険だと判断した俺は、せめて四方津さんに俺から紹介を入れた後でこいつらを中に連れ込む予定だった。

 そして、俺はその事をメンバー全員に道中で念入りに話しておいた。特にペグ子には同じ話を三度もした。それなのに。

 

 ペグ(アホの)子め、段取りを全部ぶち壊しやがった!

 

 案の定、謎の黒服集団を連れた女子高生たちはラウンジ中の注目の的になっている。こうなるのが嫌だったから、先に紹介を済ませておいてさくっとスタジオ入りする予定だった俺の計画は全ておじゃんだ。

 

「おいおい鳴瀬、お前がヘルプに入ったバンドって大学の新入生のとこじゃなかったのかよ! こんな若い娘たちなんて一体どこで引っかけてきたんだ?」

 

 そんなことを言う親父さんの目は好奇心とからかいの気持ちでにやついている。これは明らかに何か勘違いしている表情だ。

 

「言っておきますけど、親父さんが考えてるようなことは一切ないですから。むしろ俺が引っかけられたんですよ、被害者ですよこっちは」

「はっはっは! まさか逆ナンとは恐れ入ったぜ鳴瀬! バンドマンはあんまりモテないからな、今のうちにいい娘キープしとけよ!」

「だから違いますって!」

 

 俺の抗議の声もむなしく、四方津さんはカウンターから出ると《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーの方に歩み寄る。

 

「おう、お嬢ちゃんたち。俺がこのスタジオのボス、四方津秋人(あきひと)だ。鳴瀬を引っかけたのはこの中の誰なんだい?」

「わたしよ!」

 

 四方津さんの問いにペグ子が手を挙げて威勢よく返事をする。

 

「駅前でたまたま鳴瀬の演奏者を聴いてビビっときたのよ! それからすぐにメンバーを集めて私たちのバンド、《ハロー、ハッピーワールド!》を組んだの!」

「ほう、ということはお嬢ちゃんたちは……」

「ああ、親父さん。あっちのドラム担当の松原さん以外は素人に毛が生えたレベルだよ」

 

 腕組みをした四方津さんの言葉に俺が返事をする。

 

「ふーむ、演奏に関しては素人かもしれないが、鳴瀬の演奏を聴いて感じるものがあったのなら音楽的なセンスはあるな。こいつを選んだのは悪くないぜ、お嬢ちゃん!」

「いてっ、痛いって親父さん!」

 

 俺のことを誉めながらバシバシと背中を叩いてくる四方津さんに対して、俺はささやかな抗議をする。

 しかし、四方津さんはそんなのどこ吹く風といった様子で手荒に俺を扱った。演奏中の繊細なドラムワークからは想像ができないがさつさだ。

 

 そんな俺たちの様子を見てペグ子は楽しそうに笑う。

 

「誉めていただいて嬉しいわ! わたしも鳴瀬はただ者じゃないって一目で分かったもの! わたしの名前は弦巻こころよ、これからよろしくね四方津のおじ様!」

 

 そう言って丁寧に腰を折って挨拶するペグ子の姿を見て、四方津さんは笑い声をあげる。

 

「ははは、おじ様ときたか! こちらこそよろしく、こころちゃん! 鳴瀬、中々見所がありそうな子じゃないか。しっかり世話してやれよ!」

「マジっすか、親父さん」

「マジだよ、マジ。さぁ、スタジオに案内するからついてきてくれ」

「ありがとう、おじ様!」

「はっはっは! もっと呼んでくれていいぞ、こころちゃん!」

 

 「おじ様」の言葉にすっかり気を良くしたらしい四方津さんは、ペグ子を引き連れて高笑いで建物の奥に入って行く。どうやら四方津さんのハートはペグ子にがっちりと鷲掴みにされてしまったようだ。

 

 ……やっぱり、ペグ子には不思議と人を惹き付ける力があるんだよな。

 

 そんなことを漠然と考えながら、俺は他のメンバーを引き連れて二人の後ろに従ってスタジオに向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「んじゃ、スタジオはここ、鍵はこれな。フルタイムで入れたから10時ぐらいまで鳴らしてもいいけど、若い娘さんばかりのバンドだからあまり遅くなるなよ」

 

 言葉の途中で四方津さんの手から放り投げられた鍵をキャッチして俺は頷く。

 

「あいあい。まぁ、今日はこいつらの実力の確認がメインなんでそこまで遅くはならないですよ」

「ならいいか。でも、もし遅くなるならちゃんと送っていけよ」

「わかってますよ。こころ以外のメンバーは全員俺が責任を持って家まで送り届けますから」

 

 その言葉にペグ子が弾かれたように俺の方を見つめて抗議の声を上げる。

 

「ええっ!? 鳴瀬、なんでわたしだけ仲間外れなのよ! ひどいじゃない!」

 

 ペグ子は頬をハムスターのようにぷっくりと膨らませて怒りを露にしている。思わず膨らんだ餅に箸でするようにその頬を指で突き刺したい衝動に駆られたが、周囲の黒服たちが非難の籠った視線を俺の方に向けていたのでぐっと堪えた。

 

「いや、だってお前は黒服がいるじゃん。俺がいなくても超安全じゃん」

 

 俺が黒服の方を指差すと、黒服たちは皆「なるほど!」といった表情になった。

 

 ……いや、気づいてなかったのかよ。

 

 なんだか思ったよりもこの黒服たちはポンコツな気がする。

 そんなことを考えていると黒服の一人が俺の方に歩み寄ってきた。

 

「基音様、こころ様だけが仲間外れにされてしまうのは心苦しいのでどうか送っていただけませんか。なんなら、私共は帰り道ではこころ様から離れておきますから」

「嫌だよ。つーか、一番守らなければいけないときになんで離れるんだよ」

「むむむ……」

 

 黒服は眉間にシワを寄せる。「まさか断られるとは」といった表情だが、むしろなぜ断られないと思ったのか理由を四百字詰め原稿用紙に書いて提出してほしいぐらいだ。

 

 まぁ、めんどいから提出されても読まないが。

 

「とにかく、今日はマジにそんなに遅くならないから心配しなくていい」

「それじゃあ、これから先にもし遅くなる時があったらその時は送ってくれるのね?」

「へいへい、考えておきますよ」

 

 もちろん、考えるだけでやらないけどな! 言質を取られたくないから送るなんて絶対に言わないぜ!

 

 そんな俺の考えなど露知らぬペグ子は満足げにうんうんと首を縦に振る。

 

「ならいいわ! それじゃあ早速スタジオに入りましょう! 黒服の人たちは楽器を運び込んでね!」

「はい、こころ様!」

 

 ペグ子の一声で楽器のケースや巨大な箱を抱えた黒服のたちが一瞬でスタジオになだれ込む。中からどったんばったんと激しい音がしばらく聞こえて、一分も経たないうちに「整いました、こころ様」と黒服の一人が顔を出した。

 

「ありがとう黒服の人たち! さぁ、みんな中に入りましょう!」

「わーい! はぐみいっちばーん!」

「ふっ、いよいよ私の出番というわけか。今日も最高の私を演じてみせようじゃないか」

「ふえぇ……き、緊張してきたよぅ。うう……、楽器はかぼちゃ、楽器はかぼちゃ……」

「いやいや花音さん、それ色々間違ってますって!」

 

 それぞれが思い思いの言葉を口にしながら《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーがスタジオに入っていく。初めてのスタジオで緊張していない(一名除く)のはいいことだ。何事もリラックスして臨むことが成功のためには肝要だ。

 

 皆がスタジオに入るのを見届けてから俺もドアをくぐる。中に一歩入ればそこには見慣れた光景が広がる。圧倒的なホームグラウンドの感覚。

 今回は俺が演奏するわけではないが、それでもやはりスタジオの空気感というものは身が引き締まる。ガチガチというよりは程よくテンションがかかった弦のような心地よい緊張感である。

 

「よっしゃ、それじゃあ一丁やってやりますか」

 

 首を左右に一度振ってから肩を回すと俺はスタジオの扉を閉じた。

 




演奏シーンまで行きたかったけれど、やはり時間がないのだ……。

次の話では《ハロハピ》を演奏させるんでよろしくお願いします。

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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