野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。

花音ちゃんサイドストーリーの2!

お店の中のお話の前半になります。

二次創作日刊ランキング最高47位、お気に入り500人、評価合計31人ありがとうございますわ! 評価ポイントも1000突破で、感謝感激ですわ!

なんか、お気に入り500人をさらっと達成したのには驚きですわ……もう少しかかりそうだと思っておりましたので。
わたくし、嬉しくて、嬉しくて、震えてもよろしくて?(西野カナ並感)

よろしければもっと評価してくださってもよろしいですのよ(突然の暴君化)?
実際、好きで書いてるものですが、色々なレスポンスをいただけると書き手として大変励みになりますのよ!
お時間あればぜひコメントだけでも残してくださいましね!


野良ベーシストはクラゲ少女を導く 中編1

「しゅ、しゅみません……お騒がせしました……」

 

 私が、朝の「鳴瀬さん市中引き回し事件」に対しての謝罪の言葉をなんとか絞り出すことができたのは、電車で目的の駅に降り立った、まさにそのときでした。

 

 ううう……だって、あんなの想定外だよぉ……帰ったら、お母さんに絶対根掘り葉掘り聞かれちゃうよぉ……

 

 まさか、服のコーディネートに夢中になりすぎて、約束の時間をすっぽかして、しかも、そのせいで鳴瀬さんが私の家まで迎えに来るなんて展開を誰が予想できただろう。少なくとも私には無理でした……。

 あの時のことを思い出すと、囲炉裏で熱せられた石のように顔が火照ってしまいそう。きっと、今の私はそばにお芋を置いていたら、ホクホクの焼きいもが出来上がるぐらいの遠赤外線を放っているかもしれません。

 

「いや、気にしないでいいって。俺も、家に向かうよって一言連絡しとけばよかったよ」

「そ、そんなことないですよ。時間をすっぽかしちゃったのは私ですから……」

 

 そんな私に鳴瀬さんはあくまでも優しく振る舞ってくれます。私の暴走で30分も無駄にいろんなところに連れ回してしまったのに、そんなことを微塵も感じさせません。これが、大人の男の人の余裕なのかと思わず尊敬の念を感じずにはいられません。

 

 鳴瀬さんは同じぐらいの年頃の男の人よりも落ち着いてる気がするなぁ。何でなんだろう?

 

 私の生活圏には高校や大学を含め、多くの学校が点在しているから、必然的に高校生や大学生の男子の姿は見慣れている。

 けれど、そんな男子たちを眺めていても、明るいグループの男子は鳴瀬さんと比べて遥かに騒がしく、なんだかガチャガチャしている。

 かといって、物静かで内向的なグループの男子とも鳴瀬さんは違う。ライブハウスやスタジオに行けば、鳴瀬さんの周りには必ず誰かがいて、いつもにこやかに談笑している。

 なんというか、対人関係のバランスが絶妙なのだ。鳴瀬さんなら、例え相手が明るくても物静かでも、すっとその輪に入って笑い合える。

 臆病で引っ込み思案な私が、安心して鳴瀬さんといることができるのも、きっとそういう鳴瀬さんの性質が大きいのだろう。

 でも。

 

 ……寄りかかっちゃってるなぁ、私。

 

 そんな鳴瀬さんの優しさに寄りかかってしまっている私のことが、私はあまり好きではなかった。

 

 鳴瀬さんが私に色々なものを与えてくれたように、私も鳴瀬さんに与えられるようになりたいのにな。

 

 鳴瀬さんは、私の特別で、そして、理想の存在。

 でも、それは偶像のように手の届かない存在を崇めるようなものなんかじゃなくて、「いつか私もそこに立つんだ」という手の届く理想だ。

 

 私がそうなりたいなんて、烏滸がましいのかもしれない。

 もしかすると、手が届くというのは錯覚なのかもしれない。

 

 それでも、私は鳴瀬さんと肩を並べて、彼と同じものをみることができる素敵なバンドマンになりたいんだ。

 そして、それからーー

 

 ーー……「それから」?

 

 鳴瀬さんと同じようになりたい。これが私の理想。

 だったら今、少しだけ、ほんの少しだけ頭の中に浮かんだ()()()()とはなんだろう。

 

 こんなこと考えたのは初めてだ。もしかすると、私も少しは成長してるのかーー

 

「ーー松原さん、危ない!」

「ふぇっ?」

 

 私の思考は鳴瀬さんの声と、私の手を包む温かな感触で溶けてしまった。

 どうやら私は考え込みながらホームの端の方まで来てしまったようで、鳴瀬さんはそんな私の手を慌てて掴んでくれたのだ。

 

「ふぇぇ!? ご、ごめんなさい!」

 

 うう……「成長している」なんて、考えたそばからこれだよぅ……

 

 あまりにも情けない自分に泣き出したい気持ちになる。やっぱり私が鳴瀬さんに届くなんて思い上がったことを考えていたから、きっと神様が罰を与えたんだろう。

 

「あやまらなくていいよ。松原さん、何か考え事をしてたみたいだし、次から気を付けてくれたらいいからさ」

「は、はい」

 

 そんな私に鳴瀬さんはやっぱり優しい。

 

 どうすれば、そんなに心の広い人になれるのだろうか。

 どうすれば、そんなに周りに気が利くのだろうか。

 どうすれば、私もそうなれるのだろうか。

 どうすれば、私は鳴瀬さんと肩を並べられるのだろうか。

 

 思考はふらふらその場をループして、なんだか凪の海に取り残されたクラゲみたいだ。

 この問題に答えを出すのは今の私ではまだ無理だ。だって、自分の中にまだその答えはないから。

 

 もっともっと、前に進んで、色々な景色を見て、色んなものに触れて、色んな人に出会って、自分の世界を広げなくちゃダメなんだ。多分答えはまだ自分の外側にあるんだ。 

 

「落ち着いた? なら、行こうか。折角遠出したんだから、スティック以外も色々みたいし」

「そうですね、私はもう大丈夫ですから行きましょう、鳴瀬さん」

「オーケー。とりあえず、しばらくは手は繋いだままね。はぐれると多分遭遇できないからさ」

「ふぇぇ……よ、よろしくお願いします……」

 

 だから、今はまだ、寄りかからせてくださいね、鳴瀬さん。

 

 鳴瀬さんに、そう心の中で呟いて頭を下げた私は、繋いだ手から伝わる熱をしっかりと感じながら、彼にエスコートされて、新しい世界に踏み出していくのだった。

 

 

 

◇◇◇side 松原花音 over◇◇◇

 

 

 俺たちの目指す楽器店《Sound of sonic(サウンドオブソニック)》、通称《SoS》は駅から三本ほど離れた路地にある、6階建てのビルを丸々店舗として使い運営していた。

 フロアごとにギター&ベース、ドラム&パーカッション、キーボード&トランペット&フルートのような住み分けがされており、中古品などの整備販売もしているので客足は上々。この界隈では最有力な楽器店だといえる。

 当然、品揃えも他店の追随は許さず、また、チェーン店ではないので値段交渉も利くというのが最大の強みだった。

 

「ふぇぇ~、大きいお店ですねぇ」

 

 ビルの前に立った松原さんは、その偉容に圧倒されたようなポカーンとした表情でビルを仰いでいた。

 

「ほんとにな。金銭的な面でもこの規模の店は中々お目にかかることはないからなぁ」

 

 楽器という嗜好品の販売で利益を上げる楽器店は不況に弱く、大きな店舗ほど在庫を抱えて経営が立ち行かなくなることが多い。それを思えば、この規模で経営を成立させているのは優良店の証ともいえる。

 

「ま、とりあえず立ってるのもなんだし中に入ろうか。親父さんに紹介してもらった店員さんも待ってるかもしれないし」

 

 実は、この店のドラムコーナーの担当者の一人は、スタジオ《arrows(アローズ)》の店長である四方津(よもつ)さんの弟弟子筋にあたる人物なのだ。この前、スタジオ練習のときにポロっとこの店のことを漏らしたら、四方津さんがわざわざその人に連絡を入れてくれて、特別にサービスを受けられることになったのである。

 やはり、持つべきは業界内の人脈というやつか。

 

「そうですね、行きましょう鳴瀬さん」

「よっし、それじゃあ行こう」

 

 松原さんも準備万端ということで、俺は彼女とならんで入り口へと歩みを進める。

 

「いらっしゃいませぇ~!」

 

 自動ドアを潜って店に一歩踏み込むと、入り口脇の作業台に座っている、白にブリーチしたボサボサのショートヘアに、カラフルなメッシュを幾筋も入れた髪が目を引くパンキッシュな若い女性店員が、俺たちに向かって笑顔で挨拶してくれた。彼女が顔を動かす度に、耳に着けた大量のピアスが照明の光に煌めく。

 恐らく彼女もバンドマンなのだろう。再び作業台に顔を向けた彼女は、慣れた手つきで張り替え途中だったアコースティックギターの弦を張り替えていく。ブリッジピンを抜き、新品の弦を取り付けてペグに巻き込むその動作には一切の澱みがない。

 

 お飾りの店員じゃなくて、ちゃんと楽器やってる店員か。最近はガールズバンドブームで、いい店にはちゃんとした店員が増えたもんだなぁ。

 

 その光景を眺めて、俺は感慨深い思いになる。

 俺がベースを始めた10年以上昔の頃は、バンドブームは過去の遺物で、楽器店の店員にも知識だけはあって演奏経験のない、ただの社員やバイトなんかが割といたものだった。

 しかし、昨今のガールズバンドの隆盛によってバンド界隈が賑わいを見せると、そんな半端な店員はほとんどが淘汰されてしまった。現在、大概の楽器店では、社員は発注などの裏方に専念することができ、現場は経験者が回すという住み分けができるようになっていた。これはとても良いことだ。

 

 経験者の店員がいると、初心者はメンテの相談なんかがしやすいもんなぁ。やっぱり、何事にも相談しやすい先達(せんだつ)は必要だな、うん。

 

 そんなことを考える俺の前で、弦を張り替え終わったアコギを手にした店員が、店の奥へ向かって手招きする。

 すると、中学生ぐらいの少女が小走りでやって来て彼女の手からアコギを受け取った。少女は、彼女にはまだまだ大きなアコギを大切そうにケースにしまうと、何度もペコペコお辞儀をした後に、ニコニコの笑顔でレジの方へ向かって行った。なんともいえない微笑ましい光景である。

 

「なんか、いいですね……ああいうの」

「おっ、松原さんもそう思う?」

 

 隣で同じようにやり取りを眺めていた松原が、俺と同じ思いを口にしたことで、俺は少し嬉しくなった。

 

「はい。やっぱり、何かに向けて走り出したばかりの人が放つ輝きって、凄く尊く感じるんです」

「たしかに、やっぱりいいよなぁ」

 

 そう呟き合う俺たちの前で、会計を済ませた少女は店から駆け出していった。開いた自動ドアのその先には、少女を待っていたのだろう、同じ年頃の二人組の女の子たちが立っていた。

 彼女たちもいずれ《ハロー、ハッピーワールド!》のように、ライブハウスで演奏を披露するようなガールズバンドになるのかもしれない。笑顔で会話を交わしながら去っていく少女たちになんだか心を暖められたところで、俺は本来の目的のために、先ほどの女性店員に声をかける。

 

「すみませ~ん」

「はーい、なんでしょう。ギターのリペアやメンテナンスですか? ベースなら別の担当者がいるんで呼んできますよー」

 

 女性店員は、先ほど俺たちに向けてくれた朗らかな笑顔で応えてくれる。その、攻めた見た目とは裏腹に人懐っこい感じの対応だ。彼女の着けた作業用のエプロンの胸元には大槻(おおつき)という名札が光っていた。

 

「いえ、俺たちドラムのスティックなんかを買いに来たんですけど、知り合いから迫田(さこだ)さんって店員さんを紹介されまして」

 

 俺の口から迫田という名前がこぼれた瞬間、大槻店員はポンと手を打った。

 

「あー、迫田さんの! はいはい、聞いてますよ! 待ってて下さい、すぐに呼んできますから!」

「よろしくお願いします」

「はーい、ちょっと待っててくださいねー」

 

 そういうと大槻店員は店舗の二階に繋がる階段を上っていく。どうやらこの店のドラムのコーナーは店舗の二階にあるらしい。ドラムコーナーは機材搬入の都合で一階のフロアにあることが多いのだが、ここは搬入用の大型エレベーターがあるから、主力のギターやベースを一階に持ってきているようだ。

 そんなことを考えていたその時、大槻店員が階段を小走りに駆け降りてきた。

 それから少し間を開けて、その後ろから男性店員が階段を降りてくる。

 

「ふぇ!?」

 

 その姿を見た松原さんが、悲鳴にも似た声を上げてたじろいだ。

 実際、現れた迫田さんは、中々に厳つい外見をしていた。

 まるでラガーマンを思わせるガタイに、頭部のソフトモヒカンに刈り込まれた髪の毛は角の部分を赤く染め上げ、残りはブリーチで白に脱色されている。顎に生やしたチョビヒゲも、角と同じ赤色だ。

 彫りの深い眉骨には何個もリングピアスが煌めき、それに負けじと耳や口許にもリベットタイプのピアスが打ち込まれていた。大槻店員をパンク係長とでもするなら、こちらは課長ぐらいの見事なパンクっぷりだ。初めて出会う人間は、間違いなく松原さんですような反応をするだろう。

 俺も、事前情報がなければ怯んでいたかもしれないが、実は俺は迫田さんのことは結構前に知っていた。

 そんなパンク課長迫田さんは、大槻店員の後に一階のフロアに降り立つと、こちらに向かって大きく手を振った。

 

「おうおうおう、君らが鳴瀬君と松原ちゃんね! 四方津の兄貴から話は聞いてるよ! 俺がこの店のドラムコーナートップの迫田だ! さぁ、上がって上がって!」

「よろしくお願いします」

「お、お願いします……」

 

 迫田さんは、外見の厳つさに似合わぬ人懐っこい笑顔で俺たちを招き入れてくれる。俺と松原さんは軽く頭を下げると、迫田さんに付き従い階段を上る。

 

「いやぁ、四方津の兄貴から久しぶりに連絡がきて『うちで可愛がってる奴がそっちに買い物に行く』って言われたからどんなのが来るかって思ってたら、こんな爽やかな若者たちが来るなんてな!」

「いやー、これでも演奏スタイルは爽やかじゃないんですよ。自分はグランジとパンクが専門なんで」

「おお、そうか! 今時は珍しいタイプだな! ちなみに俺もパンクは好きだぞ、専門はメタルだけどな!」

 

 そう言って、本当はメタル課長だった迫田さんはエプロンの下に隠れた《メガデス》の黒Tシャツを引っ張り出した。職場であってもメタラーのシンボル、黒のライブTシャツを外さないところに、迫田さんのこだわりを感じる。

 実は、迫田さんは日本のメタルシーンではかなりの有名人なのだ。それこそ畑違いの俺が知っているほどに。

 

「よく知ってますよ。迫田さんって《無礼男(ブレーメン)》ってメタルバンドで今も活躍されてますよね。あの有名な、《黙示Ⅵ(もくしろく)》と対バンしたこともある、日本有数のバチバチのメタラーと会えるなんて光栄ですよ」

 

《無礼男》は、メタル文化があまり根付いていない日本では珍しい、日本有数の本格派のメタルバンドだ。ブレーメンの音楽隊になぞらえて、メンバーはそれぞれ動物のニックネームが与えられており、迫田さんは鶏役で《チキン迫田》の異名を持つ。

 だから彼のヘアースタイルは(チキン)を模しているのだ。どちらかというと、体系的に言えば驢馬(ドンキー)の方が似合ってそうだが。

 

「マジか! いやぁ 俺のことを知ってるなんて、嬉しいねぇ!」

 

 俺の言葉に迫田さんは本当に嬉しそうな表情で、巨体を揺らすように笑った。

 

「いや、日本でメタルを少しでも齧ってるなら、迫田さんや《無礼男》を知らない奴はもぐりですよ」

「はっはっは! これでもうちょいメタラーの人口が増えてくれればもっと有名になれるんだがな!」

「確かに、メタルは中々日本では盛り上がりにくいジャンルですよね」

 

 メタルバンドといえばやはり聖地は北欧というところがある。やはり冷涼で陰鬱な冬の気候が、若者たちをメタルという刺激に誘うのだろうか。

 

「やっぱり海外とは土壌が違うんだろうなぁ。それでも、最近はガールズバンドの《ハニースイートデスメタル(HSDM)》が売れたお陰で、ちょっと脚光を浴びてるけどな!」

「マジっすか」

 

 以外なところから《HSDM》の名前が出てきたことに驚く。

 

「マジよマジ。だって俺、バンド誌の《HSDM》の特集記事で、現役メタルバンドマンとしてコメントしてくれってオファー受けたんだぜ」

「そんなことがあったんですね」

「ああ、やっぱり同じジャンル担当としては、力をあわせて界隈を盛り上げていかんとな! それにメタルは万病の特効薬! 今はガンには効かないが、いずれは効くようになるからな!」

「ははっ、そうなると最高ですね!」

 

 音楽業界というのは一度あるジャンルに火付け役が現れると、一気にそのジャンルが燃え上がる傾向が強い。一昔前の「青春パンク」や「BEING系*1」の流行などはまさにその体現といえた。

 そうなると《HSDM》の流行は、メタラーにとっては日本での復権のチャンスであり、テンションが上がってしまうのも無理はないのかもしれない。

 

「おっし、着いたぞ!」

 

 そんなことを話しているうちに、俺たちはスティック売り場に着いていた。

 

「そういえば今日はどんなスティックを買いにきたんだ? ここは俺が売り場を統括してるから、好き勝手に品揃えを増やしてるから、何でもあるぞ!」

「わぁ、凄いですねぇ!」

 

 ここまで、迫田さんの外見に当てられて半ば固まっていた松原さんが思わず声を上げる。

 しかしそれも、この壁一面に据え付けられた棚に所狭しと刺されたスティックの壁を見れば、無理からぬ話というものだ。とにかくこの店のスティックへの拘りは尋常ではない。

 驚きに目を丸くする松原さんの反応を見て、迫田さんも満足気な表情だ。

 

「そうだろう、そうだろう。ドラマーにとっての相棒はなんといってもスティックだからな! たとえ自前のドラムが運び込めない場所でも、スティックなら持ち込める! 自分の手に馴染む至高の一対を見つけてもらために、最高の品揃えにしてあるのよ!」

 

 自信たっぷりに言い切る迫田さんを見て、やはりここは流行るべくして流行った店だなと改めて思わされる。

 店員がポリシーを持って拘った店というのはやはり強い。パンチの効いていない店は、人の心を音で以て動かすバンドマンの心を動かし得ないのだ。

 

「それで、お嬢ちゃんが買いたいのはどのスティックなんだ?」

「あっ、えーっと、このプロマークのスティックなんですけど……」

 

 迫田さんに問いかけられた松原さんが鞄からスティックを取り出す。買い直す時にわかりやすいように、折れなかった一本は残しておいたのだ。

 取り出されたスティックを手に取ってしばらくしげしげと眺めた迫田さんは、すぐにポンと手を打った。

 

「あー、はいはい、このモデルね! たしかに、このモデルはプロマーク扱ってる店でも、取り寄せないと在庫を抱えてるとこはないだろうね! でも、うちなら最低5セットはあると思うよ!」 

「本当ですか! やったぁ!」

 

 迫田さんの言葉に、松原さんは嬉しそうに笑う。

 

 さっきまでは、迫田さんの迫力でびくびくしてたのに、ドラムの話になると生き生きしてる……本当に松原さんはドラムが好きなんだな。

 

 自分の感情すらも塗り替えてしまうような、松原さんのドラムへの愛情。それをひしひしと感じて、さっきのアコギ少女で覚えた胸の暖かさが再び甦ってくるのを感じる。

 やはり、何かに夢中になっている人間というものは、この上なく尊い存在なのだ。

 

「プロマークはこっちの方だから……あった!」

「あっ、これですこれです!」

 

 迫田さんに引き連れられた松原さんは、スティックを見つけたようで早速それに手を伸ばしている。

 

「多分、マイナーチェンジはしてないと思うけど、試打してみるかい?」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「お、今はpearlのドラムセットが空いてるな。松原ちゃん、あれ使って試打してもいいぞ!」

 

 そう言って迫田さんが指差した先には真っ赤なシェルのpearlのドラムセットが置かれていた。

 こういう店での試打は基本的に練習用パッドか、よくてスネアドラムなので、フルセットで打たせてもらえるのはありがたい。

 しかし、ここにきて松原さんは少し及び腰だ。

 

「え、でもあれ値札が下がってますよ……?」

 

 おずおずと松原さんが指摘する。確かに、ドラムセットのバスドラムの前には「特価!」の文字と共に49800円の値札が垂れ下がっている。シンバルスタンド込みのフルセットのドラムとしてはかなり安いので、恐らくエントリーグレードのモデルなのだろう。

 

「あー、あれ一応商品なんだけど、売れることはあんまり考えてなくて、試打用に置いてるんだよ。だから、遠慮せずに打ってくれよ」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ遠慮なく……」

 

 松原さんは、ドラムセットに近づくとスローンに軽く座った後、高さを軽く調節する。それから軽く腕を伸ばして肩を回すと、いつものようにスティックを構える。

 そんな松原さんを少し離れたところから俺は眺めている。もっと言うなら、ドラムを見つめる彼女の顔を俺は見つめている。

 演奏前にドラムに向かう松原さんの顔は、普段の彼女からは想像もできないほどの凛々しさがある。

 

 音を奏でることに対する畏れ。

 音を奏でることに対する歓び。

 

 この二つの大いなる矛盾を抱えるからこそできる、ピンと張られた弦のような表情。

 

 ーー美しい。

 

 掛け値なしにそう思える。真摯で、真剣で、真面目に何かに取り組む人間の、尊い姿を超えたその先に一瞬だけ浮かぶ表情。注意していないと見落としてしまう刹那の美。

 その儚さに心惹かれてしまうのは、日本人故にか、あるいは。

 そして、その畏れと歓びの均衡が崩れ、歓びが畏れに染み込んだその瞬間。

 

「……ふっ!」

 

 チッチッチッ……タタタタッタタッ,ズッズッタッタ……ズズッタッタ……

 

 松原さんの演奏が始まった。ドリルのパターンではない、明らかに意図をもって打たれたリズム。これはーー

 

 ーー《ハロー、ハッピーワールド!》の新曲か!

 

 そう、松原さんが叩き始めたそのリズムは、俺たち《ハロハピ》が、次のライブハウスに向けて温め始めた新曲のものだったのだ。

 

 ……なるほど、確かに新曲のスティックワークを練習しておくと、スティックがその曲に合っているかどうかも分かる。松原さんらしい合理的な選曲だな。

 

 スティックは手に馴染むことも重要だが、演奏する曲のフィーリングに合うかも肝心だ。こういったことに気を配れるようになると、初めて一端のドラマーを名乗れるようになる。

 そんな、ドラマーである松原さんの顔に浮かぶのは喜色。音を奏でる歓びに染まっている。

 自分の手足が自分の望むリズムを生むことがこれ以上ないほど楽しい。そう思っている顔だ。

 見るものを惹き付けて止まない、音楽の歓びを体現した顔だ。

 実際、松原さんが演奏を始めて、フロアにいた客がそこそこドラムの前に集まって、彼女の演奏に聴き入っている。迫田さんも「こいつはすげぇ……」と呟いて、口元に手を当てて目を細めている。

 人目の届かぬ野辺に咲き、人知れず枯れる時を待つばかりだった一輪の花は、今では人の目に留まりその美しさで人の目を歓ばせている。

 その一端を担ったのが俺であることが、とてつもなく嬉しかった。

 

……ダダダッ,ダッダッ,ダッダッダン!

 

「……ふぅ!」

 

 切れのいいスネアとフロアタムのコンビネーションで演奏が終わる。松原さんが満足そうな表情で一息吐いたその瞬間。

 

パチパチパチパチ……

 

「ふぇっ!?」

 

 周囲から拍手が起きて、松原さんは戸惑いながら辺りを見回した。気がつけば彼女の演奏で、周囲はちょっとした演奏会のような様子になっていたのだった。

 

「あっ、その……ど、どうも!」

 

 恥ずかしそうに俯いた松原さんはそのまま俺と迫田さんのところに早足で戻ってきた。

 

「あ、あの、このスティックください! 何セットか買いたいです!」

「おお、そうかい! じゃあ、木目とか見るために選びに行こうか」

「は、はい! そうしましょう!」

 

 一刻も早く注目を避けたいのか、松原さんは食い気味にスティックコーナーに向かった。

 コーナーに着いてすぐにスティックを選び始める松原さんに、迫田さんが笑顔で声をかける。

 

「いやぁ、いいの見せてもらったよ! 使ってたスティックを見たときからわかってたけど、松原ちゃん、大分ドラムを叩き込んでるね!」

「ふぇ、そ、それほどでも……」

「はっはっは! 謙遜しなくてもいいよ! そもそも、ハードヒッターでもないのに、プロマークのヒッコリーなんてガッチガチのスティックがここまで消耗するまで叩いてるんだ。ドラムをやってる人間なら、その練習量はすぐに分かるよ!」

「そ、そうですか……」

 

 迫田さんに誉められた松原さんは、更に顔を真っ赤にして俯く。その姿はさながら燃え尽きる寸前の線香花火の如しだ。もう一押しすれば、ポトリと燃え尽きてしまいそうである。

 しかし、それでも迫田さんの誉め言葉の攻勢は止まるところを知らなかった。

 

「いや、それにしてもいい演奏を聴いたよ。あれだけ音の粒が均質で綺麗なドラマーは滅多にみないね! よーし、四方津の兄貴の紹介もあるし、うんとサービスしてやるよ!」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 真っ赤になって返事もまともにできそうにない松原さんに変わってお礼の言葉を述べる。すると、迫田さんは力強い手つきで俺の肩をバシバシ叩いた。これは、かなり痛い。

 

「ああ、スティック以外でも気になるのがあったら何でも言ってくれよ! 鳴瀬君、うんと値引きしてあげるから、かわいい彼女にたっぷりとプレゼントしてやれよ! ここが男の見せ所だぞ!」

「……ふぇ?」

「あ」

 

 「かわいい彼女」の言葉に反応した松原さんが、顔を上げる。彼女の視線はゆっくりと迫田さんと俺の顔を行き来した。そして。

 

「ふっ、ふぇぇぇぇ!?」バターン!

「ま、松原さーん!?」

 

 盛大な叫び声を上げて、松原さんは線香花火が地面に落ちるがごとく、ポトリと床に倒れた。

 それから、迫田への俺と松原さんの関係の釈明と、松原さんが回復するのを待つのに、俺はたっぷり30分は時間を費やしたのだった。

 

 そして、これは余談だが、松原さんの叩いたpearlのドラムは、どうやら彼女の演奏を聞いていた客の一人がお買い上げしたらしく、後日四方津さん経由で迫田さんからお礼の言葉をいただいたのであった。

*1
ビーイング社所属のアーティストたちのこと。1980年代後半から1990年代後半にかけて爆発的に流行した




さらっと書きたかったのに一万字オーバーとは、参りましたわね!

サイドストーリーは、さらっと終わるかなと思って書き始めるのにこれまでどれひとつとしてさらっと書けていないのが不思議ですわね……。

まぁ、こまけぇことはいいんですのよ!(寛大)

そして、気付けば総文字数が40万字超えてますわ……ちょっと頭おかしいですわね(他人事)。

少し前に完結までま60万字位とか言ってたわたくしを張り倒して差し上げたいですわね! 

???「うわ、おっきい(文字数が)! 全然おわらないんですけど! でも、《ハロハピ》の二次創作書くの止められないんですけど!」

そして、次の話ではいよいよ別のガールズバンドのキャラが出ますよー! 誰が出るかはお楽しみに! 

それではまた次話でお会いしましょう!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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