花音ちゃん編第5話。後編も分割するので後一話あるよ!
唐突なシリアスムーヴを見せた前話。今回の主役は大和さんです。シリアス進行が続きます。
花音ちゃんメインはもう少し待ってクレメンス!
ーー少し気圧されてしまったか。
演奏を終えて、スツールからおずおずと立ち上がった松原さんを見て思う。
俺の誤算は二つ。
1つは、俺の予想を超えて大和さんが
そして、二つ目は《ハロー、ハッピーワールド!》の他のメンバーを伴わず、松原さんだけで大和さんに引き合わせてしまったことだ。《ハロハピ》のメンバーがもたらす牽引力は、なんだかんだで彼女の原動力だ。それを欠いてしまったことが今回の不完全燃焼に繋がったことは、まず間違いないだろう。
とにかく、この後のフォローは必須だな。
松原さんはどちらかというと熟考して物事にあたるタイプだが、その思考はそのときの気分に引きずられがちなところがある。
こういう、沈んだ気分のときはペグ子や北沢さんみたいな底抜けに明るい仲間がいれば良い方向に向かうのだが、今その役目を負えるのは俺だけだ。
そもそも、これは俺が蒔いた種が想定外の方に芽吹いたことだ。その尻拭いは俺がする他ないだろう。
……でも、こんなときの女の子の扱いなんて上手くないんだよなぁ……参るぜ、まったく。はぁー……
こんなとき、タクやシュンなら上手いことなだめすかしてご機嫌をとることができるのだろうが、青春の全てをバンドに捧げて、恋愛経験値がナメクジ未満の俺にとってはいささかハードルが高い。
ペグ子みたいに分かりやすいタイプなら、まだなんとかなるのだが、松原さんみたいな「THE 女の子」というタイプの子に対しては、目隠しで暗闇の地雷原を歩くような慎重さが求められるだろう。
……頑張れ、俺。うん。
そうして俺は密かに自分に喝を入れるのだった。
◇◇◇
「いやぁ、堪能しましたねぇー!」
「そうだなぁ」
「はい、私も結構叩かせてもらいましたね」
演奏を終えた俺たちは、ネギドラムのスネアを前にして向かい合っていた。
「さて、それじゃあ、このスネアなんですけど、どうします? もし、お二人が買わないなら自分が買いたいなー、なんて思っているんですが……」
「んー、ものは良さそうだから買っておきたい気持ちはあるけど、松原さんはどうかな?」
探るような大和さんの言葉を受けて、俺は松原さんに話を振った。
個人的にはこのスネアは「買い」だ。高音域が特に際立つ歯切れの良いスネアは《ハロハピ》のキャラクターとかなり噛み合う。そう判断した。
しかし、結局のところステージでドラムを叩くのは松原さんだ。彼女が必要としなければ、どんなに良い品でも無用の長物となる。だから、最後の判断を松原さんに仰いだのだ。
「んー……そうですね」
松原さんは少し顎に手を添えて、俯き気味に考えるしぐさをしたあと、顔を上げた。
「……今回は、麻弥さんにお譲りしようと思います」
「そっか、ということです麻弥さん」
松原さんの選択に俺が頷いてから、今度は大和さんに話を振ると、彼女はスネアを両手で持ち上げて天高く掲げた。
スネアを見上げる大和さんの目はキラキラと光輝き、さながらそれは、ショーウィンドウに飾られていた憧れのトランペットが自分のものになった少年のようだった。
「やったー! ありがとうございます、基音さん、花音さん! すぐにお会計してきますね!」
「オーケー」「はい」
「毎度あり~」
大和さんは、そう言うや否や、側にいた店員の志戸さんを引き連れて、疾風のようにレジに向かい、
「……え!? あ~う~……」
本当にそれからすぐに、とぼとぼと肩を落としてこちらに戻ってきた。なんだかそれは、ちょっと前に流行った探偵のピカチュウのような姿だ。
「大和さん、どうしたの?」
「……ないんです」
ガックリと肩と顔を落として俺たちのところに戻ってきた大和さんに、思わず俺が尋ねると、彼女は掠れる声で呟いた。
「え? 何がないって?」
俺がもう一度聞き返すと、大和さんの顔がガバッと上がった。その目にはうるうると涙が浮かんでいる。
「お金がたりないんです~! 今日はウインドウショッピングのつもりだったので、思ったよりも持ち合わせがなかったんですよぉ~! がっくし……」
「あれま」「ふぇ~」
金銭面という意外なところで足下を掬われた大和さんは、そのままとぼとぼとスネアを抱えて中古コーナーへ向かおうとする。
哀愁漂うその背中に、俺は思わず「ちょっと」と声をかけていた。
「そのスネア、元に戻すの?」
「はい、どうやら取り置きはしてないらしいので……」
「マジか、でもこれは多分次に来たときには残ってないぞ」
「ですよねぇ(泣)」
これだけのクオリティのスネアがこの金額となると、目に留めるドラマーが他にもいることは間違いない。
なんなら、さっきの二人の演奏中にも興味深そうに眺めていた客が何人かいたぐらいだ。
「でも、無い袖は振れませんので……」
「そっか、うーん……」
そうして、再びとぼとぼとスネアを戻しに行く大和さんを眺めて俺は唸る。
他の人に買われるぐらいなら俺が確保するか? …………そうだ!
「大和さん!」
そのとき、名案を思い付いた俺は、大和さんの背中に声をかけていた。
大和さんは「はい?」と、思わずこちらを振り返る。
そんな大和さんに、俺は今思い付いた考えを口にした。
「そのスネア、俺が大和さんに奢ってあげるよ」
「え……え!? えええ!? そ、そんな、悪いですよ!」
大和さんは最初、俺が何を言ったのか理解できていない様子だったが、言葉の意味を飲み込んだ瞬間、慌てて首を左右に振った。
「いや、遠慮しないでいいよ。元々、ヘッドとボトムは俺が買うものだしついでだよついで」
「で、でもさすがにヘッドとは値段が違いすぎるのでは……」
大和さんはまだ、食い下がろうとするも、その視線は明らかに手元に抱えたスネアに注がれている。間違いなく、もう一押しすればいける流れだ。
「大和さんには羽女でのライブのときにお世話になったから、そのお礼だと思ってくれないかな」
「そ、そうですか……? そこまで言っていただけるのなら、ぜひお願いします!」
そう言って大和さんが満面の笑みで差し出したスネアを俺はしっかり受け取った。
「オッケー、それじゃあ俺は会計を済ませてくるからさ、二人は店の外ででも待っててよ」
「はーい!」
「わかりました、お先に失礼していますね」
そう言って階下に向かう二人を見送ると、俺もスネアを買うためにレジに向かう。
しかし、その時にふとある考えが頭を過る。
「持ち帰るにしても、ケースがあった方がいいよな、これ」
手元のスネアに視線を落として俺は呟く。
木材と金属を組み合わせたスネアは、空洞の構造をしているものの意外と重いし、リムなど金属パーツはゴツゴツしている。
買い物で普通に付けてくれるビニール袋では、手が痛いし、最悪ビニールが破れたり、怪我をしたりすることだってあるかもしれない。
「安いのでいいからケースも買うか~」
俺は、進路をレジから変えて、ドラムの周辺商品のコーナーへと向かった。
周辺商品のコーナーはドラムのコーナー以上に広く、雑多な商品が置かれてかなり独特な雰囲気だ。
「へー、DWのヴィンテージのチューニングキーか。こんなのもあるんだなぁ……っと、ここだここだ」
ショーケースに並べられた商品を時折まじまじと見ながら、お目当てのケースコーナーを見つけた俺は、サクッとそれなりの値段のケースを選ぶ。
「薄っぺらいのはあれだし、高すぎるのも気を遣わせるだろうからこんなもんかなー。よし、行くかーーん?」
そして、棚からケースを取り出した俺だったが、ふと、そのとき真横のショーケースに陳列されたあるものに目が留まった。
それはこの店にはある意味とてもマッチしていたが、ある意味ではとても不釣り合いな商品だった。
店員も値段を付けかねたのか、値札には何度も横線を引いて訂正した跡があり、それを見ると最初からすれば大分リーズナブルになっていると思われた。
「……ふーん、すみませーん!」
「お、どうした鳴瀬くん?」
ショーケースの前で店員を呼んだ俺に反応してくれたのは、迫田さんだった。
「あ、迫田さん。今、自分が持ってるスネアとケース、スネアにつけてあるボトムとヘッドの会計お願いします。あと、ショーケースの中のあれを出してもらえますか?」
「ん、あれってーと……」
巨体を揺らしながらやって来た迫田さんに、ショーケースを指し示すと、彼はまじまじとショーケースを覗いてから手を打った。
「……ああ、これか! 中々売れなかったけど、ようやく買い手がついたかー、うんうん!」
どうやら、迫田さんとしてもこれは処分に困る難物だったようで、その声は少し嬉しそうだ。
そのまましばらく嬉しそうに首を上下させていた迫田さんだったが、何かに気付いたように「あ」と声をあげてから俺を見た。
「これを買うってことは、これは別に包んだ方がいいよな」
「そうですねー、スネアの方はスネアでまとめて、これは別口でお願いします」
そう頼むと、迫田さんはニカッと笑って胸をドンと叩いた。
「任せとけ! 包むのが上手い女子力の高い奴にやらせるからよ! どっちの娘にあげるのかは知らないが、うまくやれよ鳴瀬くん!」
「あー、はい、なんとかやります」
……多分、迫田さんが考えてるようなことにはならないけど、まぁいいか。
そのまま楽しげに商品をレジに運ぶ迫田さんの背中を見ていると訂正する気にはなれなかったので、あえて訂正することなく俺は彼の後を追ってレジに向かったのだった。
◇◇◇
「お買い上げありがとうございまーす」
「こちらこそ、丁寧に包んでいただいてありがとうございます」
少し間延びした声と共に差し出された二つの袋を俺は手に取る。
「すまんな、鳴瀬くん。今日、うちで一番綺麗に包装ができるのはこいつしかいなかったわ。いつもならもっと上手い奴がいるんだがなー」
「しばきますよ、迫田さん」
先ほどとはうって変わって、トゲのある声色で迫田さんを睨み付けたのは、最初に俺たちの対応をしてくれた、ピアスたっぷりの店員、大槻さんだ。
「いえいえ、十分に綺麗でしたよ。本当にありがとうございます」
「ほらー、彼もそう言ってるじゃないですかー。見る目ないなー、迫田さんは」
「ばーか、お世辞だ、お世辞。いや、鳴瀬くん、今日はお友達も色々買ってくれてありがとう、また頼むよ!」
「はい、ぜひお願いします」
「ありがとーございまーす」
そして、手を振る迫田さんと、手を振りながら迫田さんの脇腹に肘鉄を食らわせる大槻さんに見送られながら、俺は店を後にした。
階段を降りて入り口の自動ドアを潜ると、そのすぐ脇で大和さんと松原さんは楽しげに談笑していた。
「おーい、お待たせー」
「あ、基音さん!」
「鳴瀬さん」
俺が声をかけると、返事とともに二人の顔が同時にこちらを向いた。
「いやー、色々あって少し遅くなった。大和さん、はいこれ」
謝りながら、俺がスネアを差し出すと大和さんは嬉しそうにそれを手にとって頬擦りまでし始めた。
「ありがとうございます~! わぁ! ケースまで付けてくださったんですね! もう、感謝感激ですよ~!」
「そのまま持って帰るのもあれだと思ったからね」
「よかったね、麻弥ちゃん」
「はい、花音さん!」
微笑みながら声をかける松原さんに、大和さんが笑顔で応える。
さっきの試打のことはさておき、この二人はどうやら中々相性がいいようだ。
なら、このまま帰るのはちょっともったいないかな?
そう考えた俺は、二人にある提案を持ちかける。
「二人とも、もしよかったら近くのカフェでお茶でもしないか? 二人ともドラムを叩いたから少し疲れてるだろうし、まだ話したいこともあるだろ? 俺が奢るから、どうかな」
「え、いいんですか!?」
「鳴瀬さん、大丈夫ですか?」
驚いたような表情を浮かべる大和さんと、気遣わしげな表情の松原さんに笑顔で応える。
「お金のことなら心配無用だよ。最近は懐も結構暖かいからね」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えて……」
「お願いします、鳴瀬さん」
「オーケー決まりね。ここってさ、近くに紅茶とフルーツのケーキが美味い店があるんだよ。俺、紅茶好きだからそこでいいかな」
「うわぁ……! 紅茶とケーキですか、いいですね!」
「楽しみだね、麻弥ちゃん!」
そうして俺は、提案に嬉しそうに賛同してくれた二人を連れて、しばらく歩く。
件のカフェは10分も歩かない内に見つかった。
店に入ると、都合よく奥の壁際にある落ち着いた席が空いていたので、すぐにそこに腰を落ち着けることに決めた。店内は過度な装飾を施さず、小綺麗にまとまっていて、それがまたゆったりとした時間を演出してくれる。
「俺は、ダージリンのファーストのアールグレイをアイスで、それにブルーベリーとチーズのタルトを一つ」
「それじゃあ、自分はアッサムのセカンドをホットのミルクティーで、ケーキはベリー&ベリーのチーズケーキをお願いします!」
「わ、私はダージリンのセカンドをホットでストレート、ケーキは洋梨のコンポートのタルトでお願いします」
「かしこまりました~!」
三人が立て続けに注文すると、シックな服の店員が伝票を持ってキッチンへと向かう。
その後ろ姿を見送ってから、俺はピッチャーからサーブした水に手をつけた。ほのかに香るレモンとミントのフレーバーが喉に優しい。こんなところにまで手を抜かないのは良い店の証拠だ。
「うわ~、おかわり自由のお水なのに凝ってますねぇ」
「ほんとだ、すごいね」
二人も水に口をつけて、驚いた表情で顔を見合わせている。
「ここは、飲み物にかなり力を入れていてね。紅茶はそれぞれに小型のティーポットで出してくれるし、茶葉の時期も選べるんだよ」
「うわー……、なんかめちゃくちゃ映えるタイプのカフェなんですね。はっ、も、もしかして自分、場違いなのでは!?」
「な、なんだか私も急に緊張してきました……!」
俺の言葉で、周囲をキョロキョロ見回してあからさまに挙動不審になり始めた二人の姿に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「別に気にする必要はないよ。ちょっとこだわった普通のカフェだよ。これくらいはよくあるお店の個性のうちさ」
そうして俺が再び水に口をつけると、二人もホッと胸を撫で下ろす。
「そ、そうなんですかね。いやー、自分はこういうところにはてんで弱くて。基音さんは、こういうところによく来るんですか?」
「そうだなー。実は俺、紅茶に結構凝っていてね」
そこまで言うと、大和さんがぐいっと身を乗り出した。
「そ、それはやっぱり彼女さんとかの影響だったり?!」
「ぶふぇっ!?」
「うわ!? 大丈夫か松原さん!?」
大和さんの言葉で、なぜか水を飲んでいた松原さんが盛大にむせたので、慌ててテーブルの紙ナプキンを手渡す。
「けほっ、……だ、大丈夫でふ。少し、みじゅが変なところにひゃいっただけでしゅ……」
「そ、そうか。しばらく落ち着いてゆっくりしてるといいよ」
「ひゃい……」
松原さんが赤面してあまり触れてほしくなさそうな様子だったので、俺は話を再び元に戻す。
「俺が紅茶が好きなのは、高校時代の恩師の影響なんだよね」
「そうなんですね~。部活の顧問とかの先生ですか?」
大和さんの言葉に頷く。
「そうそう、音楽の先生だったんだけど、吹奏楽と軽音の兼任でね。俺は軽音の部長として結構可愛がってもらってさ、先生の部屋に相談に行くと、いつも私物の紅茶をご馳走してくれたんだよ」
「わぁ、素敵な先生ですねぇ」
今度は、いつの間にか立ち直っていた松原さんの言葉に頷く。
「うん、本当にいい先生だったよ。俺に作曲や編曲の作法とか、みっちりと教え込んでくれた人でね。多分、先生と出会わなかったら、今の俺はなかったと思うなぁ」
「へぇ~! その話もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
「私も、鳴瀬さんの高校時代の話、聞いてみたいです」
二人が興味深そうに口を開いたそのとき、丁度俺たちの分の紅茶とケーキのセットが台車に載って運ばれてきた。
「お待たせしました。紅茶とケーキのセットでございます」
「ありがとうございます。それじゃあ、お茶を飲みながらゆっくり話をしようか」
「はい!」「お願いします」
クリスタルのポットから、濃く入れられたダージリンのアールグレイを氷たっぷりのグラスへと注ぐ。オレンジ色の瑞々しい紅茶が、それに相応しい柑橘類の爽やかな香りを放つ。
花開くように広がるその香りを楽しみながら、俺たち三人は様々な話に花を咲かせるのだった。
◇◇◇
「そうかー、じゃあ大和さんは本当に裏方一筋なんだね」
「そうですねー。なんだか自分は、精巧に組まれた部品とか装置とかそういったものをいじっているのが好きなんですよねー」
それからしばらく。俺たちの話は二転三転して、今は大和さんの話になっていた。
話を聞くに大和さんはどうやらドラム専門というわけではなく、バンドの機材やステージの音響、照明などならなんでもいじってしまえるらしい。
なので、彼女は学校の部活だけでなく、夜はスタジオのアルバイトに引っ張りだこで、彼女の演奏技術はそういったスタジオでの機材セッティングで磨かれたものらしい。
今では、彼女を指名してセッティングを任せるプロのバンドも多いのだとか。
……それであの腕前なんだから、末恐ろしい娘さんだなぁ。裏方なのがもったいないな。
大和さんは裏方だ。だから、彼女がセッティングした楽器を使うプロのように光の当たる世界には出てこない。
はっきり言って、大和さん未満のプロのバンドマンなんてざらにいるだろう。ドラム以外の演奏は聴いたことがないので、彼女がどれだけのものなのかは分からないが、少なくともドラムに関しては間違いなくそう言える。
本当に評価されるべき演奏が、光の陰になって埋もれていく。
その事実がなんだか無性に寂しかった。
そして、そんな話の渦中の大和さんは最後となった紅茶をポットからカップに移し、そこに垂らしたミルクが滲んでいくのをスプーンを使うことなくずっと見つめている。
しかし、その視線は決してそれを捉えているのではなく、そこよりももっと先に焦点が絞られているようだった。
それからしばらく、ミルクがカップに均等に広がったのを見届けた大和さんは、意を決した表情で顔を上げた。
「……基音さん、花音さん、少しご相談があります。お二人をバンドに命をかけるバンドマンだと見込んでのご相談です」
「何かな?」
「実は自分、これから売り出すアイドル系ガールズバンドのグループにドラマーとして勧誘されているんです」
「えっ!? 麻弥さんってアイドルだったんですか!?」
大和さんの口からこぼれた「アイドル」という言葉に松原さんが目を丸くする。
実際、俺も驚いた。松原さんが声をあげなければ、恐らく俺の方が声をあげていただろう。
大和さんは、かなり大人しいファッションをしているが、顔立ちはかなり整った部類に入ると思う。それこそアイドルと言われれば納得するくらいに。
だが、俺が驚いたのはーー
……「アイドル」ってキャラじゃないよな、大和さんは。
ーー彼女と「アイドル」という単語のギャップに対してだった。裏方で、機材をいじることに喜びを見出だす大和さんと「アイドル」という単語をどうしても結びつけることができなかったのだ。
俺たち二人の驚愕の視線を受けた大和さんは、その顔に苦笑いを浮かべて居心地が悪そうに視線を逸らした。
「お二人が驚くのももっともだと思います。だって私、アイドルなんかになろうと思ったこと、今まで一度もありませんでしたから」
「……え?」
「実は、自分がお世話になってるスタジオの一つが、あるアイドルビジネスを立ち上げている会社のホームスタジオだったんです。その会社で『今流行りのガールズバンドアイドルを売るぞ!』って話になったらしくて、メンバーを集めたみたいなんですが、いざ蓋を開けてみると……」
「……ドラムが叩ける娘がいなかった?」
言葉を拾った俺に対して、大和さんが大きく頷いた。
「はい、その通りです。それで、スタジオのオーナーが自分のことを会社に勧めて……」
「……結局そのままアイドルになっちゃった?」
「そうなんです……」
松原さんの言葉に、大和さんが力なく頷いた。
「今の自分は結構揺れてるんです。『このままドラマーとしてステージに出ようかな』って自分と、『アイドルなんて柄じゃないよ』って自分が、ずっと胸の内側で囁いてくるんです」
大和さんの顔は上がらない。本当にかなり参っているようだ。
「…………難しい問題だね。大和さんは、正直な話、それぞれの選択肢はどう思う?」
「そう、ですね。自分、『アイドル』っていうのは本当に柄じゃないんですけど、人前でドラムを叩いてみたいって気持ちが無いことはないんです。それでもやっぱり、日陰者の自分が『アイドル』だなんていうのは場違いなのではって気持ちは最初からずっとありますね」
そこまで言って、さっき力なく頷いてからずっと伏し目だった大和さんが顔を上げた。
「正解の無い質問だとは自分も分かっているんです。でも、やっぱり誰かに聞かずにはいられないんです。基音さん、花音さん、自分はこのままガールズバンドアイドルとしてステージに立つべきでしょうか?」
そこまで言い終えて、大和さんの視線がすがるように俺たちを射ぬいた。
それは恐ろしく難しい質問だった。
いってみれば、俺の答えが大和さんの人生を左右するようなものだ。人一人の運命が俺の言葉に左右されるだなんて、これ以上恐ろしくことなど数えるほどしか無いだろう。
しかも、この問題は下手をすれば10年単位で彼女の人生を変える。俺だって20年しか生きていない若造だ。その答えを安易に口にするのは憚られる。むしろ、絶対王政の君主ぐらいしか軽々に口出しなどできないだろう。
だが、その反面これは答えるにはある意味非常に優しい質問でもある。
ーーその答えが人一人の運命を左右する。
それを考慮に入れなければ、正解の無い質問なのだから、自分の心の赴くままに好きな答えを言えばいい。
しかも、俺の場合、
さて、どうするか。当たり障りの無い意見も言えることには言える。けれどーー
ーーバンドに命をかけるバンドマンとしてーー
……そんな、責任逃れのおためごかしは無しだ。大和さんは、俺たちを本気のバンドマンとして頼ってきている。ならば当然、俺が口から吐き出すのも、本当の俺の想いでなくてはならない。
……覚悟は決まった。
命がけのバンドマンとしての俺が決めた。
ここからは彼女の運命がどう変わろうとも、本当の言葉を紡ごう。
そう決めた瞬間、自分でも驚くほどの滑らかさで、俺の口は開いた。
「大和さん」
「……っ」
呼びかけに大和さんの体が強ばる。
しかし、それは彼女がちゃんと俺の言葉を聞いている証だ。
俺は彼女の反応を待たずに、言葉を続けた。
「一人の、命がけのバンドマンとして言わせてもらう。大和さん、君は
「……!」
俺は一言一言噛み締めるような口調で、俺の想いを言葉にした。その言葉で、大和さんの顔が弾かれたように上がる。
「あの凄まじい技術を、あの感情的な演奏を、あの楽器への愛を、一度も光に当てることなく終わらせてしまうのは世界の損失だ」
「基音さん……」
ごくり、と大和さんが固唾を飲む音が聞こえる。松原さんも息を潜めてことの成り行きを窺っている。
そして、たっぷりと二人の注意を集めたところで、俺は両手の平を天に向けて、やれやれと首をすくめた。
「なんて、仰々しいことを言ってみたんだけどさ。ぶっちゃけると、俺個人の意見として、大和さんがステージで輝いてるところが見たいってだけなんだけどね」
「「……へっ?」」
先ほどまでとは打って変わった俺の口調に、二人が戸惑うのが手に取るように分かった。
しかし、彼女たちが正気に戻るのを待たずに俺は言葉を畳み掛ける。
「正直な話、この質問の答えは大和さん、君の人生を大きく左右する答えになることは気づいているよな」
「はい、もちろんです」
「ならいいんだ。それを分かっている前提で話をさせてもらうと、まず、俺には君の人生をどうにかして、それに対して責任を負うことなんて無理だ。年長者とはいっても、高々20年しか生きていない若造だからな」
「はい」
その言葉に、大和さんは大きく頷いた。それを確かめてから俺は言葉を続ける。
「だから俺は、一人のバンドマンとして、『こうなったら最高に面白いだろうな』って意見を言わせてもらってる」
「面白い、ですか……」
今度は大和さんの言葉に俺が首を縦に振る番だった。
「そう、それも『最高に』だ。石は磨かれて玉になる。大和さんはまだ磨かれていない原石だ。でも、それなのに君はあれだけの輝きを放てる。なら、もし、それがステージを通じて磨かれたとき、一体どれだけの光を放つのか、俺はそれが見たいんだよ」
「わ、わたしも!」
俺の言葉に真っ先に反応したのは松原さんだった。
「私も、麻弥さんがステージでキラキラするところが見てみたいです!」
「花音さん……」
弾かれたように言葉を発した松原さんを、大和さんが半ば呆然と見上げる。そんな大和さんに、松原さんは優しく微笑んだ。
「私もね、ほんの少し前までは全然輝いてなんかいなかったんだよ。本当はね、ドラムも辞めようと思ってたんだ」
「ドラムを辞める」という松原さんの言葉に、大和さんが「信じられない」と言わんばかりに目を見開く。
そんな彼女に、松原さんは「嘘じゃないよ」という風に軽く首を左右に振ってから言葉を続けた。
「でも、こころちゃんに《ハロハピ》に誘われて、鳴瀬さんやみんなといっぱい練習して、ステージに上がって、私は変わったんだ。私自身が気が付かなかった、私のキラキラしてるところをみんなが引き出してくれたんだよ」
「……!」
そこまで言って、松原さんは胸元にそっと手を添えた。
その顔は、微笑みに満ちて、先ほどスネアを叩いているときに見せた焦るような表情は一切読み取れない。
まるで、胸の奥から泉のように溢れてくる力を、その手で受け止めているかのように、今の松原さんは満ち足りていた。
「だから、大和さんもきっと今よりもっと先にキラキラできるよ。私は、そんな大和さんが見たいな」
「花音さん……」
ーー松原さん。君は本当に強くなったな。
そう思わずにはいられなかった。
技術として自分よりも先にいる同じドラマーの大和さん。
そんな彼女に対して、松原さんは「もっと輝いて」と言ってみせる。
普通なら、妬みや嫉みから、心ない言葉や、足を引っ張ってしまうような言葉をかけてしまっても仕方がないところだ。
でも、松原さんはそうしなかった。
松原さんにとって、大和さんは《過去の自分》だ。
未だに自分の中の輝きを知らず、それでもいつか輝く日を夢に見て、淡い眠りに
自分と同じだからこそ、自分が変われたという確証があるからこそ、松原さんはたとえ自分がその輝きに焼かれようとも、大和さんを微睡みから引っ張り出そうとしている。
仏教の《
恐らく、そんな資格を持つ者はこの世に誰も居やしないのだ。
「言いたいことは、松原さんがほとんど言ってくれたからさ」
今度は俺が話を始めると、二人の視線がこちらに集まる。
でも、その視線に先ほどまでの迷いはなかった。
「最後に俺がまとめさせてもらうよ。知り合いに、やたらとシェイクスピアを引用したがるキザな奴がいるんだがね。今日は俺がシェイクスピアを引用させてもらうーー」
「ヘェーーーックショイ!」
「マァ、カオルッタラスゴイクシャミネ!」
「フフッ、キョウモドコカデコネコチャンガワタシノウワサヲシテイルヨウダネ!」
「カオルサン、ハナミズタレテマスヨ……」
「ーー"
「今が、ベスト、ですか」
前のめりに俺の話を聞く大和さんに俺はそのまま言葉を続ける。
「ああ、物事を始めるときには『天地人』の三つを欠くべきではないことは知っているかな」
「『天の時、地の利、そして人の和』ですね」
大和さんはさらりと答えてくれた。こういうところに彼女の隠し様の無い、素養の高さが窺える。
「話が早くて助かるよ。大和さんは今、運命的にステージに立てる機会に恵まれ、しかも自分の利とするドラムという地を得ている。そして、人の和はーー」
「ーーこれから、バンドの仲間たちと築き上げていけばいい、そういうわけですね」
大和さんの言葉に、俺は我が意を得たりと頷いた。
そうして、大和さんは少し視線を宙に泳がせた後に、俺と松原の目を順番に真っ直ぐ見つめた。
その奥に、可能性という名の輝きを放ちながら。
「お二人とも、ありがとうございます。自分、ガールズバンドアイドルのドラマーとして、ステージに登ってみようと思います」
「……! そうか、それは良かった!」
「とってもいいと思うよ、麻弥ちゃん!」
言いよどむことなく、自分の未来を口にした大和さんを俺たちは口々に祝福する。
その言葉を受けて、彼女は深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました! 偶然出会った自分にこんなによくしてくれて、親身になってくれて、自分は本当に幸せ者です!」
「ま、これもお礼の一つだと思ってくれればいいさ」
「私は同じドラマーとしてアドバイスしただけだからね」
「お二人とも……このご恩はいつか必ずお返しします」
そう言うと大和さんは席から立ち上がった。
「実は、本格的に意志が固まったら先方に連絡するように言われてまして、不躾だとは思いますが、自分、これで失礼させていただきます!」
「ああ、鉄は熱いうちに打った方がいい。早く連絡するといいよ。お会計はやっておくからね」
俺が「気にするな」という意味で手をヒラヒラ振ると、大和さんは最後にペコリと頭を下げた。
「本当に何から何まですみません、それでは大和麻弥、行って参ります!」
「ああ、気を付けて!」
「頑張ってくださいね、麻弥ちゃん!」
俺たちの激励の言葉を背に受けて入り口に向かう大和さんは、ふと思い出したように足を止めるとこちらに振り向いた。
「そうだ、私の所属するガールズバンドなんですけど、《Pastel*Palettes》っていうんです! もし、何かでご一緒することになったら、そのときはよろしくお願いしますねー!」
そう言い残すと、大和さんは入り口から店へと吹き込む秋風を切って街へと飛び出して行った。
俺たちが、再び大和さんと、そして、初めて《Pastel*Palettes》と関わることになるのは、もうしばらく先のことである。
ということで、花音ちゃん編という名の大和さん編でした!
このイベントは、今後の展開にみっちり絡むのでしっかり入れておきたかった次第でございますわ。
そして、なんだか地味に仕事の合間があるので、もしかすると次の花音ちゃん編のラストぐらいまでは近いうちに投下できるかもしれませんわ。
まぁ、あまり期待されると上げたハードルの下をくぐり抜けてしまうので、そこそこに期待してお待ちくださいましね!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。