野良ベーシストは運命と出会う   作:なんJお嬢様部

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続きました。

いよいよ、盛りだくさん路上ライブ編の後半に突入!
今回はバンドリキャラはお休みで、次の話に繋がるためのオリキャラ同士の絡みになります(話の中でバンドリキャラに触れることはあるよ!)

サブタイトルは、一昔前の栄養ドリンクのキャッチコピーのもじりだよ! なんだか不穏なタイトルだね!


二章 野良ベーシストと盛りだくさん路上ライブ 後半戦
野良ベーシストは240時間戦える 【10日前・午前】


【路上ライブまであと10日】

 

 

 

「おーう、鳴瀬氏ー。久しぶりではないかー」

「アッ君先輩、お久しぶりです。すみません、急に連絡しちゃって」

 

 商店街での路上ライブを10日後に控えた今日、俺は早応大学のキャンパス内にあるカフェテリアの一つに足を運んでいた。

 カフェの奥まったところにある席に腰を落ち着けた俺の目の前には、軽音部の一つ上の先輩であるアッ君先輩こと、安良田野(あらたの)(ひかる)氏が座っていた。

 若草色のベレー帽に、薄い金色に染めたボブカットの似合うチャーミングな彼女とは、決して偶然出会った訳ではなく、先の会話からも分かる通り、俺がここに呼びつけたのだ。

 

「はっはっは、可愛い後輩の頼みならボクは一向に構わんさー」

 

 俺の言葉に、アッ君先輩はカフェオレを啜っていたストローを口から離してからからと笑う。

 最近は部室にも寄り付かなくなった後輩の急な連絡だというのに、アッ君先輩は鷹揚な態度を崩さない。本人曰く「地方から上京してきた田舎者特有のおおらかさみたいなものだよ」とのことだが、この優しい包容力に助けられる後輩は多く、四回生卒業後の部長は彼女が務めることになるだろうというのは、部内の共通見解となっていた。

 そんなアッ君先輩に、俺はテーブルの上に身をずいっと乗り出して要件を告げた。

 

「それで、メールでお伝えしていた商店街で行う路上ライブの件なんですが……」

 

 そう、俺がこのアッ君先輩を頼ったのは10日後に控えた商店街でのライブについて相談するためだったのだ。

 アッ君先輩は商学部に在籍していて、ゼミでは「地方再生」をテーマに様々な研究を行っている。その一環で、商店街のような小規模コミュニティを活性化させるイベントなどを提案して、実際に地元でイベントを行って成功させたこともある名プランナーなのだ。

 

「ま、とりあえずは鳴瀬氏の絵図を見せてもらおっかー」

「たしかに、それから判断してもらった方が早いですね。よいしょっと、こちらが計画のレジュメです」

 

 その切れ者ぶりをいくらも感じさせない間延びしたアッ君先輩の言葉に、俺は鞄の中から今回のイベントに対して徹夜でまとめたレジュメを取り出した。

 《ハロー、ハッピーワールド!》の路上ライブ用にまとめたベースがあったとはいえ、それを複数のバンド用にまとめ直すのは中々に骨だった。

 

「それでは、拝見させてもらいましょうかー」

「お願いします」

 

 アッ君先輩は俺の差し出したレジュメを手に取ると、時折「ふんふん」と頷きながら凄まじい速度で目を通し始めた。恐らく彼女は、この手の計画は何度となく立てたことがあるので、レジュメでも見るべきところが分かってるのだろう。

 20枚を超えるレジュメをわずか5分ほどで目を通し終えたアッ君先輩は、「なるほどねー」と呟いてパタンとそれをテーブルに閉じた。

 

「どう、ですかね?」

「うん、突貫工事で作ったにしては悪くないと思うよー。最初の案をかなりちゃんと練ってたお陰だねー」

「そうですか」

「ま、改善点は多いけどね。とりあえず、まずはここを見てよ」

 

 そう言ったアッ君先輩の手がレジュメを捲る。開いたページは商店街の見取り図だ。

 

「まず、喫緊の課題は『観客の動線の確保』だね。今の計画のままだと、ステージにへばりついた観客のせいで、人の動きに流動性が生まれない可能性がある。『秋祭りに変わる商店街全体の活性化』を掲げるなら、これはちょっとまずいねー」

「たしかに……」

 

 それについては俺も頭の片隅に懸念があった。

 イベントがこちらの予想以上に盛り上がってしまった場合、ステージから観客が動かなくなって、商店街中央の十字路が詰まる危険性があったのだ。

 通常の野外ライブはチケット制やステージの分散設置で人の量や流れを制御するのだが、今回は商店街という場所の制約があるためそれは出来ない。

 こうなると、せっかく来たのにイベントに参加できない人たちが生まれて、中には不満を抱いてしまう人も出てくるかもしれない。バンドマンとしても、商店街のためにも、そんな下手を打つことだけは避けたいところだ。

 

 でも、わざわざそれを指摘するってことは、アッ君先輩には解決の糸口が見えてるってことだよな……。

 

 そう考えた俺は、話を進めるためにアッ君先輩の言葉をさらに引き出しにかかる。

 

「ということは、先輩はすでに改善案を……?」

「もちろんさ、さしあたっての改善箇所はここだね」

 

 探りを入れるような俺の言葉に、アッ君先輩は大きく頷くと、テーブルに広げた商店街の見取り図を二ヵ所、人差し指で「コンコン」と叩いた。

 

「会場の商店街の見取り図を見させてもらった上で、僕から提案したいのは『サテライトステージ』の設置だねー」

「サテライト……つまりはフェスみたいに小型のサブステージを作るってことですか?」

 

 俺の問いかけに、アッ君先輩は首を縦に振った。

 

「そうそう。ここの商店街、さっき指で指し示したように

、あと二ヶ所大きい十字路があるでしょー。そこにもステージを立ててサテライト化するんだよー」

「なるほど。しかし、サテライトの方に客を呼び込めますか? モニターなんかでステージを流すにしても、やはりガールズバンドの生演奏を見られるとなれば、そちらに足が向かいそうですが……」

 

 俺としては、少し足を延ばせば生の演奏を見られる状況で、サテライトに客を引き込めるのか不安なところがあった。

 しかし、それに対してアッ君先輩は既に答えを用意しているといった表情でコクリと頷いた。

 

「うん、それの対策も考えてるよー。出演するガールズバンドって何組かいるでしょ? メインステージで出番のグループ以外は、サテライトについてもらえばいいんだよー。例えば、『演奏後に、トークやアンコールなんかするんで、興味があればサテライトまで来てください』なんて言えば、そこが目当ての観客は一緒に動くと思うなー」

「おお、演奏待ちのバンドを集客に使うんですね!」

 

 俺がポンと手を打つと、アッ君先輩は満足そうに微笑む。

 

「そーそー、鳴瀬君のイメージではOA*1とHL*2を決めてステージをやるつもりでしょー?」

「そうですね、HLはこの界隈では大物のバンドに声をかけるつもりです。来てくれるかは未定ですけどね」

 

 そう答える俺の脳裏には、黒髪に赤いメッシュを一筋入れた、真っ直ぐに燃える瞳の少女と、それとは対照的に氷のように透き通るその目に、怜悧(れいり)な輝きを宿す銀糸の髪少女が率いる二つのバンドの姿が鮮明に映っていた。

 

 ここがどっちも呼べたら最高なんだけどなぁ。《Afterglow》は商店街に縁があるバンドだから、そこからなんとか釣り上げられそうだけど、《Roselia》は、ストリートでタダで演奏するレベルのバンドじゃないからなぁ。ま、ダメ元でいくか。

 

 そんなことを考えていると、急に目の前のアッ君先輩が、やけに芝居がかった動作で口許に手を添えて俺から視線を逸らした。

 

「へー。鳴瀬君、こっちに顔を出さないと思ってたら、他所で有名なガールズバンドと繋がってたんだねー。お母さんは悲しいよ、よよよ……」

「な、成り行きですよ。そんな狙って繋がりを持とうとしたわけではなくて……というか、泣き真似は止めてくださいよ」

 

 俺がそう言った瞬間、アッ君先輩は泣き真似を止めてケロリとした笑顔を作る。

 

「はーい。ま、でも、その話を聞いて、ボクはちょっと安心したかなー。鳴瀬君、卓也君と峻君と揉めてから全然顔を出さないしさー。心配してたんだよー、これでもさ」

「う、すみません……」

 

 流石にそう言われてしまうと、俺にできるのは謝罪の一手しかない。

 《バックドロップ》解散直後のタクとシュンは、かなりピリピリしていたらしく、部内の雰囲気にもかなり影響を与えていたらしかった。

 それをなんとか取り持ってくれたのがアッ君先輩で、そんなこんなで俺はアッ君先輩には足を向けて眠れそうにない。今回の件が終わった暁には、足を向けるどころかアッ君先輩の方に五体倒置して眠る必要があるだろう。

 そんな大恩あるアッ君先輩だが、彼女は恩着せがましいところなどひとつも見せず、にこにことした笑顔を崩さない。本当に聖人のような人物だ。

 

「まーまー、そんなにかしこまらなくてもいいよー」

「そう言ってもらえると助かります。それじゃあ、この計画は二ヵ所の十字路のサテライト化で大丈夫ですかね」

 

 アッ君先輩が頷く。

 

「うん、そだねー。ただ、この案の問題は、当初の計画よりかなーり大がかりになっちゃうことだねー。サテライト用の機材は追加でレンタルしないといけないし、搬入や撤去に人手もかかるよ。その辺りの都合はつくのかい?」

「ええ、ステージは祭りで使っていたものがそこの十字路の分もあったはずなので、商店街の会長に貸し出しを頼めば許可は下りると思います。機材と人手と資金に関しては、こちらはめちゃくちゃ有力な後ろ楯がいるんで無問題ですね」

 

 そう答える俺の脳裏に、今度浮かんできたのは底抜けに明るい笑顔を浮かべ仁王立ちする金髪の少女と、その背後に控える黒服の女性達の姿だった。

 その姿には「こいつらなら何とかしてくれる」という信頼感と、「こいつらなら何かしでかしてくれる」という不安感というアンビバレンスな感情を抱かずにはいられなかった。

 

 ペグ子には精々頑張ってもらわないとな。まぁ、あいつのことだから「頑張る」なんて考えないで、なんでも楽しんでやっちまうんだろうけどな。

 

 そんなことを考えて思わず苦笑する俺を見て、アッ君先輩は口と目を丸く見開く。少し抜けた表情だが、彼女がするとそれもチャームポイントに変わる。美人というのはそれだけで得だ。

 

「ほぇー。鳴瀬君、部室で見なかった間に随分すごいことしてたんだねぇー。今度、ゆっくり話を聞かせてよー?」

「はい、落ち着いたら必ず」

 

 俺が承諾を告げると、アッ君先輩は満面の笑みで応えてくれた。

 

「よーし、約束だからねー。それじゃあ、あともうひとつなんだけど、ステージが無いところのお店の人には、もっと積極的に出店なんかを建ててもらうようお願いできるかな? 例えばジュースなんかを買い込んで、クーラーボックスで氷水に浸けて売り込む程度でもいいからさ」

「それも人の密集対策ですね」

 

 お祭りという非日常では、小規模な露天でも何か売り物があれば、そこで少し足取りが鈍るのは人の性というものだ。

 アッ君先輩も、まさしくその効果を狙っているらしい。

 

「そうそう、道幅が狭い商店街なら逆効果だけど、ここは車が余裕で対向できるくらいの規模があるからねー。ちょこちょこ出店で足を止めてもらえたら動線を確保してかなり人を散らせると思うよー」

「わかりました。ステージの追加を依頼するときに、会長や知り合いに声をかけてもらうように頼んでみます」

 

 これは推測だが、多分商店街の会長も商店街が盛り上がるためならこれぐらいのことには喜んで手を貸してくれるだろう。

 それがダメでも、商店街は北沢さんのホームグラウンドでもある。そこからお店同士の(つて)で話を広げるプランB*3も可能なはずだ。

 それを聞いたアッ君先輩は、満足そうな表情で手をヒラヒラと左右に振った。

 

「よろしくねー。それじゃあ、計画に関してはこんなところかなー。後の細かなところはこっちで修正するからさ、データを全部ギブミープリーズだよ」

 

 その言葉と共に差し出されたアッ君先輩の右手に、俺はデータの入ったUSBをそっと乗せる。

 

「わかりました。でも、いいんですか? こんなことを任せてしまって……」

 

 ライブ(祭り)までは、あと10日。その後開催のために区役所から許可を取り付けるためには、準備期間やリハを考えると、遅くとも明後日までには役所に赴いてプレゼンテーションをする必要がある。

 アポに関しては《popin' party》が動いてくれているのでその連絡待ちにはなるが、どのような結果にせよかなりの突貫工事となる。アッ君先輩にはかなりの負担をかけるはずだ。

 しかし、それでもアッ君先輩は飄々とした態度を崩さない。

 

「ボクは構わないさー。正直な話、この案件はボクにとって趣味と実益を兼ねてるからねー」

「それはやっぱりゼミの関係ですか?」

「そうそう。ボクはこういった小規模なコミュニティの活性化を研究してるからね。こんなイベントに関われるのはチャンスなんだよー。だからさー……」

 

 そこまで言って、アッ君先輩は少し溜めを作って次の言葉を発した。

 

「今回の件なんだけど、ボクにも一枚噛ませてもらうよ。具体的にいうと、区役所でのプレゼンとライブの運営にボクと同じゼミの何人かを入れてほしいんだー」

「えっ、それはいいですけど……本当にいいんですか?」

 

 アッ君先輩の申し出に、俺は思わず尋ね返してしまった。ライブに向けての人手が増えるのは願ったり叶ったりなのだが、この提案、あまりアッ君先輩はにはメリットが無さそうに思えたのだ。

 それでも、アッ君先輩はそんな俺の疑問に首を横に振った。

 

「ううん、気にしないでー。うちのゼミは実地型のゼミだからさー、こういうのに参加できるとゼミの単位がポンと貰えるんだよねー。あわよくば、卒論なんかにも使えるデータとかも採れるかもしれないしねー」

「あー、そういうことですか」

 

 確かに、単位と引き換えと考えれば協力することもやぶさかではないのかもしれない。大学の後期の始まって間もないこの時期に、単位のネタを確保できるなら進んで協力したいゼミ生はいるに違いない。

 

「そうそう。だから、ボクを含めて今回のライブのことを卒論に使うゼミ生が何人かいると思うんだけど、その辺りも許してねー?」

 

 そう言って、拝むように手を合わせてウインクするアッ君先輩に、俺は笑顔で頷いた。

 

「もちろんですよ! それで、アッ君先輩たちに協力してもらえるならいくらでもネタとして使ってください」

「サンキュー。その代わりに、ライブ後に私たちが手に入れたデータで、区役所に対して使えるデータなんかがあれば、逆に使ってくれても構わないよー」

「何から何まで助かります。ではそろそろ」

「うん、そろそろだねー」

 

 そこまで言うと、アッ君と俺はカフェの席から立ち上がる。

 時間は有限だ。話がまとまればすぐに次の作業に移らなくてはならない。

 俺はポケットから財布を出すと、資料を鞄にしまっているアッ君先輩に声をかける。

 

「ここの会計は俺が持ちますんで、お先にどうぞ」

「おー、ありがとね。荷物をまとめたら先に出ておくよー」

「はい、ありがとうございました」

 

 アッ君先輩の言葉を背に受けて、俺はレジに向かう。

 会計を済ませた俺がカフェの外に出ると、そこではまだアッ君先輩が俺のことを待っていた。

 

「あれ? 先に行ってなかったんですか、アッ君先輩」

「うん、ちょっとねー」

 

 呼びかけに、いつものように間延びした調子で応える先輩だったが、それは少し歯切れの悪い雰囲気をまとっていた。

 それから少し、右手で自分のボブカットの毛先を弄んでいた彼女は、意を決したように俺の目を見て口を開いた。

 

「鳴瀬君さ、そろそろ軽音部に戻ってくる気はないかなー?」

「そ……れは……」

 

 ーー軽音部に戻らないか。

 

 不意打ちで放たれたその言葉に、俺の思考は完璧に停止させられた。いや、思考だけでなく、体の全ての権能が停止させられたと言ってもよかった。

 

 ……落ち着け、俺。こんなときは深呼吸だ。さぁ、息をゆっくり吸って、同じぐらいゆっくりと吐くんだ。

 

 なんとか散り散りになりそうな思考をまとめて、深呼吸。ひとつ息をする度に、酸素が脳を回転させていくのがわかる。俺は呼吸することすら止めていたのだ。

 

「……それは、どうしてですか? まさか、タクとシュンが何か先輩に言ったりしましたか?」

 

 たっぷり三度の深呼吸を終えて、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、なんとか続きの言葉を絞り出した。

 そんなギリギリの状態で放った俺の言葉に、アッ君先輩は黙って首を横に振った。

 

「だったら、それはアッ君先輩の考えなんですか?」

「うん、そうだよ」

 

 今度は、アッ君先輩の首が縦に動いた。

 そこから、次の言葉を紡げない俺に向かって、アッ君先輩は真っ直ぐ俺を見つめたまま、言葉を続けた。

 

「まぁ、卓也君と峻君が関係ないわけではないんだけどねー。実は、最近あの二人うまくいってないんだよねー」

 

 その言葉を聞いた俺の口は、思わず「えっ」と言葉を漏らしていた。

 

「……まさかあいつら、他の部員ともめたんですか?」

「いや、そうではないよー。あの二人は面倒見がいいからさ、結構一回生からは慕われてるんだよー」

「じゃあ、何が……」

 

 部員と揉めた訳じゃないってことは、あいつらが揉めてるのか? マジか? それにしても、何でまたここで揉めるんだ? ……ダメだ、判断材料が少なすぎる。

 

 タクとシュンが揉めた理由を考えるも、最近二人と会っていない俺には、答えに辿り着くためにはあまりにも情報が足りなかった。

 しかし、その答えはすぐにアッ君先輩から語られることになった。

 

「なんかさ、最近あの二人はずっと退屈そうなんだよねー。少し前までは、後輩に色々指導したり、セッションしたりしてイキイキしてたんだけど、夏の終わりぐらいから急に物思いに耽ることが多くなってさー、今じゃほとんど部室でもしゃべらないんだよねー、二人とも」

「……そうなんですか」

 

 タクとシュンが物思い、か。何を考えてるんだろうな。

 

 昔、一緒にいたときには見せなかった二人の姿を聞いて戸惑いを隠せない俺に対して、アッ君先輩はさらに畳み掛けてくる。

 

「他の部員も気になって二人に声をかけるんだけど上の空なんだよねー。だからさ、付き合いの長い鳴瀬君が部室に戻ってきたら、もしかすると解決の糸口があるかもと思ったわけさ」

「…………」

 

 確かに、付き合いの長い俺ならタクとシュンの悩みも、二人に会えば察することができるかもしれない。

 

 でも。

 

「……すみません。俺はまだ部室に戻る気はありません」

「鳴瀬君……」

 

 俺の言葉に、ずっと笑顔だったアッ君先輩が初めて複雑そうな表情を浮かべた。

 優しさの塊でできているような彼女に、そんな表情をさせてしまう自分に無性に腹が立った。

 

 それでもだ。

 

「タクとシュンに対しては、まだ割り切れない気持ちがあるんですよ。《バックドロップ》というバンドのあり方(たましい)を捨てた二人を受け入れられない自分が、ずっと胸の中に巣食っているんです。こいつがどうにかならない限り、俺が部室の扉をくぐることはないですね」

「……そっか」

「すみません、折角気にかけてもらっているのに」

 

 俺が腰を折って深々と頭を下げると、アッ君先輩は「ん、いいよ」と両手をヒラヒラと左右に振った。

 

「その辺りは鳴瀬君の心の問題だからねー。ボクも無理強いはしないさ」

 

 言いながらアッ君先輩はとことこと先へ進む。

 背の低い彼女の歩幅は短い。それでも10歩ほど進んでそこそこの距離が離れて「でもね」と言いながら、彼女はくるりとこちらを振り返った。

 

「もしもだよ、もしも二人が鳴瀬君のところを訪ねることがあるならさ、そのときは逃げないで話を聞いてあげてくれないかなー。多分、そのときの二人はすごくいろんなことを考えた上で鳴瀬君の前に立ってるだろうからさ」

「二人が、俺を……」

 

 タクとシュンが俺を訪ねて来ることなどあるのだろうか。

 もし、そうだとするなら、俺の考えが変わらない以上はそのときは二人の考えが変わったということなのだろう。

 

「わかりました、そのときはちゃんと話をしますよ」

 

 二人がどう変わるにせよ、元《バックドロップ》のメンバーとして、俺にはその変化を見極める義務がある。

 そして、それに対する答えを出す義務もだ。

 解散するのか。

 元の鞘に収まるのか。

 俺が変わるのか。

 俺は変わらないのか。

 それは、あらゆる選択肢を考慮しての答えになるだろう。

 だから、俺はアッ君先輩の言葉を素直に受け入れた。

 

「そっか、それはよかったよ」

 

 アッ君先輩は、そんな俺の心の内までは読み取れてはいないだろうが、とりあえずは俺の答えに満足したようだった。

 

「それじゃあ、ボクはここで失礼するよー。次に会うときは区役所のプレゼンのときだね」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあねー」

「では、また」

 

 最後の言葉を交わして、俺たちは別れる。

 

「……よし」

 

 ただでさえ小さなアッ君先輩の背中がさらに小さくなっていくのを見送りながら、俺は俺の仕事を果たすべく足を前に進め始める。

 

 今の俺に止まっている時間はないんだ。

 進み続けろ。思考を止めるな。その先に答えが待っている。

 

 ーーだが、本当にそうなのか?

 

「…………」

 

 急にそう囁かれたような気がして、俺は進み始めたばかりの足を止めた。振り返った俺が見つめる先に、アッ君先輩の姿はもうなかった。

 ただ、アッ君先輩が去ったその先に、薄暗い雲の垂れ込めた秋には不似合いな空が、どこまでも途切れることなく続いていた。

*1
オープニングアクト。ステージのメインを張る以外のバンドや、そのバンドによる前座の演奏のこと。

*2
ヘッドライナー。ステージのメインを張る目玉のバンドやその演奏のこと。必ずしも単独のバンドというわけではなく、複数のバンドによるヘッドライナーが設けられたステージもある。

*3
「あ? ねぇよそんなもん」




というわけで、路上ライブ編後編の一話目ですわ!

ここからは路上ライブ本チャンに向けてのカウントダウン形式で話を進めますわよ!

途中で何日かはまとめていきますので、大体4話くらいで終わりますわね!(終わるとは言っていない)

次回は、久しぶりに花音ちゃん先輩以外の《ハロハピ》メンバーも出せると思いますので、しばらくお待ちくださいまし!

奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?

  • 結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
  • 田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。
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