路上ライブ編後編の5、《Roselia》ナンパ編(仮)です。
【お礼】
UA60000超、ありがとうございます! 評価もあれから5名の方に入れていただき、40名となりました! 本当に皆様のお力添えに支えられて執筆しております。今後も野良ベーシストをよろしくお願いいたします。
◇◇◇《side 湊友希那 start》◇◇◇
「ストップ!」
張りつめたスタジオの喧騒の中を、エレクトロニクスで増幅された私の声が貫く。
途端に、喧騒は静寂へと変わり、四つの視線が私に向かって注がれる。その視線はどれ一つ取っても力強く、ともすれば人を怯ませるような熱を帯びている。それを浴びて、しかし、私は決して怯むことなく言うべき言葉を口にする。
「だめね。今のAメロへの入りは凡庸だわ。ここでサビから期待値を高めた
「わかりました。手持ちのフィルからアレンジを加えて修正していきます。もしいい流れができたら、楽譜に反映してください」
「お願いできるかしら。楽譜については任せて」
「はい、ではもう一度お願いします」
そう答えながら、指板の上で繋ぎやすいフィルインを探る氷川さんの指が止まるのを待ってから、私は「始めるわよ」と声をかける。
再び、張りつめる空気の中、私は思う。
ーー重い。
まるで底のない沼の、粘度の高い水の中でもがいているような感覚。
理由は解っている。それは《
《Roselia》は、私が抱いた大願を成就させるための
「……宇田川さん、今のストロークは強さが足りないわ。あなたがドラムでリズムの底を支えないと、他に代わりはいないのよ」
「は、はい! もう一度お願いします!」
今はまだ未完の大器ではあるものの、《Roselia》の10年先まで見通して選んだ乗員。それでも、私たちの中に
……いえ、実際に何度かのライブでは、確実に化学反応を感じたわ。このメンバーならきっと……。
《Roselia》が5人揃っての初めてのステージ。
あのときのことは今でも鮮明に思い出せる。まるで、十年来連れ添った友と一緒にいるような安心感。自分という枠を超えて能力が引き出されていくような全能感。そうだ、あのとき間違いなく私たちに化学反応は起こったのだ。
しかし……
「白金さん、リサ、もっと演奏を主張して。いまのままでは客席の隅から隅までに《Roselia》を届けられない」
「は、はい……」「うん、もっとだね、友希那……!」
ーー停滞している。
メンバーのやる気はある。全員がトップを目指すという同じ夢を見ている。スキルは確かに上がっている。
…………でも、前に進んでいる手応えがない。何が違うのかしら。
《Roselia》の名前は間違いなく売れている。ガールズバンド激戦区といわれるこの界隈で五指、いや、三本の指に入る力はあると自負している。
しかし、そこで《Roselia》は停滞している。まるで凪の海に捕まったかのように、方舟は進むのを止めてしまった。今は船の中で乗員が船を動かすためにあれやこれやと手を尽くしているような状態だ。つまり、それは改善の見込みはまるでないということに等しい。
でも、それは私たちの怠慢ではないわ。みんなは私が思っていた以上に頑張ってくれている。だとすれば、現状を打開する鍵は……。
「……風を待つより他はないわね」
「……? 湊さん、どうかしましたか?」
いけない。声に出していたのね。
「……いえ、何でもないわ。練習を続けましょう」
「そうですか。湊さん、あなたが舵を取らなければ、《Roselia》の未来はあり得ません。しっかり頼みますよ」
「ええ、もちろんそのつもりよ。さぁ、いきましょう」
思わず口から溢れた呟きを氷川さんに拾われた私は、普段通りの態度を装って練習に戻る。《Roselia》の舵を取るのは私の役目だ。皆に
そのために必要なのは外からの風。内に活路を見出だせなければ、それを外に求めるのは必然ね。
外から投げ掛けられる力というものは、ときに人を飛躍的に進化させる。かつて、鎖国を是とした日本も、外国の優れた文面に門戸を開いたお陰で、今の国際的な地位を手に入れた。それよりも遥か昔、地図の先にまだ見ぬ世界を夢見たコロンブス、マゼランやガマたちは、新大陸の発見で、文字通り当時の人々の世界を広げて見せた。
もちろん、それはいいことばかりではない。
外からの力が入るとは、つまりはそういうことだ。力に耐えきれなければ、その力に呑まれざるを得ないのだ。
でも、私たちにはそれに耐えるだけの力がある。だから、風には全力で吹いてほしいのだけど……。
風は天からの賜り物。地の利と人の和は自らの手で切り開けようとも、こればかりは運に身を委ねる他ない。今はただそのときが来るのを待ち構えて、風を捕らえるための準備を怠らないことが肝心だ。
「もっとよ、もっと自分の力を引き出して!」
そのために私は声を張る。私のたゆまぬ歩みが、そのときが来るまで皆を牽引する力になることを信じて。
凪の海も永遠じゃないわ。その先にはきっと追い風導く新天地が広がっているのだから。
その考えが決して間違いではなかったことは、今から30分後、私のスマホを震わせる一本の電話が証明してくれることになるとは、このときの私は露知らぬことだった。
◇◇◇《side 湊友希那 over》◇◇◇
「もしもし、湊です」
「ああ、湊さん。お久しぶり」
「こちらこそ、基音さん。《CiRCLE》のスタジオでアドバイスをもらったとき以来ですね」
「そうだね、もう1ヶ月近く経つんだなぁ」
「早いものですね」
俺と湊さんの通話は、そんな当たり障りのない会話から始まった。他人行儀で出鼻を挫かれなかっただけ《Afterglow》のときよりも好スタートだといえる。
でも、問題はここからだ。《Afterglow》と違って、《Roselia》は商店街との縁が薄い。引っ張れなければ《Afterglow》との話もご破算だからな。踏ん張りどころだぜ。
そう、いくらスタートがよくても、ゴールの《Roselia》参加の確約を貰えなければ意味がない。彼女たちが来なければ、当然それを目当てにした《Afterglow》も来ない訳で、俺の計画は全てが水泡に帰することとなる。
さらに加えて言うなら、《Roselia》は、もう路上ライブをするようなレベルのガールズバンドではない。ライブハウスから割り当てられるチケットは、ノルマを捌ききってからさらに利益を生めるレベルだし、なんならチケット販売関係なしのライブにだって出られるようなバンドだ。はっきり言って、彼女たちに商店街なんかでライブをするメリットは普通に考えれば全くない。
……そう、普通なら、な。
だが俺は、《Roselia》に対して、彼女たちがこのライブに参加するに足るだけのメリットを提示できると踏んでいる。
それは、湊さんが俺にアドバイスを求めたこと、つまり俺に対してアドバイザーとしての役割を期待しているからこそ採れる作戦に他ならない。
そのことを念頭に置いてここからは話を進めていかなくてはならないことを、しっかりと頭に叩き込んでから、俺はスマホの向こうへと意識を集中した。
「それで、今日のご連絡は何の御用でしょうか。私たちは今スタジオで練習中でして、よろしければ手短にお願いします」
「あ、そうなんだ。なら都合がいいな。実はこの電話は湊さん個人じゃなくて《Roselia》全体に向けての用件なんだ。だから、スピーカーにしてもらってみんなに聞いてもらえるとありがたい」
「《Roselia》に? ……わかりました、みんなに繋げます」
そう言うと湊さんはしばらくスマホから顔を離したようで、空気の動くような音が短時間聞こえた。それから間もなく、「これでいいかしら」という少し遠くなった彼女の声がスマホから流れてきた。
「ああ、俺の方は大丈夫だ。そっちはどうかな?」
「ええ、大丈夫です。聞こえていますよ基音さん」
俺が尋ねると、スマホの向こうから湊さんとはまた違う、静謐さを感じさせる声で返事があった。
「あ、その声は氷川さんだね。なら、大丈夫かな」
もう一度確認すると、《Roselia》のもう一人のブレーンとでもいうべき氷川さんは、「はい」と短く応えてから話し始めた。
「では早速、《Roselia》に何か用件がある、ということでしたが、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
氷川さんはズバッと本題に切り込んでくる。こういう駆け引きをしないストレートな対応は悪くない。
「ああ、○○商店街は知ってるよな」
「ええ」
「10日後、俺たち《ハロー、ハッピーワールド!》と、いくつかのガールズバンドが、そこで路上ライブをやる。路上といってもステージを建てるデカいやつだ。《Roselia》に、そのライブでヘッドライナーを任せたい、用件はこれだ」
「商店街で……」
「ライブできるの!? やったー!」
俺の言葉が終わるや否や、白金さんと宇田川さんの声が響いた。
「宇田川さん、まだ受けるとは言っていないわ」
「あっ、す、すみません紗夜さん!」
氷川さんに窘められた宇田川さんが謝る声が聞こえてくる。一人だけ中等部の彼女は《Roselia》の中でも中々気を遣うポジションのようだ。
それでも、《Roselia》にその腕を求められているのだから、宇田川さんはかなり恵まれた環境にいる。周りが一流ばかりだと、それに合わせるように力は否応なしに高められていくものだ。そのような環境は、望んでも中々手に入るものではない。
「ははっ、なんならその勢いで参加を決めてくれれば嬉しかったんだけどな」
「今は《Roselia》も大切な時期ですから、その辺りの判断は慎重にさせてもらっています」
俺の軽口にも、氷川さんは冷静な反応だ。この辺りのそつの無さが、《Roselia》の躍進を支えているのは間違いない。《Afterglow》の上原さんしかり、頭の切れるブレーンが一人いるというのは、バンドの発展にとってある意味演奏技術以上に大事だ。
その、氷川さんと湊さんを相手にこれからうまく立ち回らないといけない。ここが腕の見せ所だな。
俺は彼女たちに悟らせぬように心の中で気合いを入れる。
確かに、俺は彼女たちを説得できるだけのメリットを確保しているが、今回はそのメリットをどれだけ上手く提示できるかも大切だ。刺しが絶妙に入った極上の
それに、《Roselia》に
絶対にない。
《Roselia》はなりふり構わずライブやステージを奔走するバンドではない。「選ばれる」のではなく「選べる」側にいる。そして、彼女たちのブレーン二人が、決して義理や人情でステージを選ぶタイプではないことを、俺は十二分に理解していた。
まぁ、こっちはその上で「勝算あり」って思って行動してるからな。さぁ、そろそろ料理時間だ。必ず口に運びたくなるような、極上のフルコースをふるまってみせるさ。
「ま、こっちはそんな《Roselia》さんが参加したくなるような、魅力的な提案と思って持ってきてるわけだ。その辺り、説明させてもらってもいいかな」
「はい、お願いします」
「ええ、どうぞ」
二人のブレーンが同時に許可を出したのを確かめると、俺はいよいよ
「今回の俺からの提案には、《Roselia》にとっていくつかの魅力がある。まず一つ目は、『一般人の前でライブができること』これだな」
「一般人の前、ですか。むしろ私としては一般の方々よりも、ライブに足を運んでくださるような音楽に熱心な方々の前で評価してもらいたいのですが」
俺の提案する一つ目のメリットに対してすかさず異議を唱えたのは氷川さんだった。
確かに、氷川さんのいうところも一理ある。専門的な目と耳を持った人間からの評価の方が、より具体的な指摘となると考えるのはごく自然な流れだ。しかしーー
「ーーそれ、ダウトだよ、氷川さん」
俺はそんな氷川さんの考えをすぐに否定した。
「私の考えに、間違いがあると?」
「ああ。その理由を今から言うよ」
「……お願いします」
少し釈然としない声色で氷川さんが返事をするのを確かめてから俺は口を開いた。
「まず始めに言っておきたいのは、氷川さんのいう目と耳の肥えた客から評価を聞くというのは一つの手段として間違いではないよ」
「……! でしたらーー」
「ーーでも、一般人の反応を無視するというのはいただけないね。だって、将来的に俺たちの音楽を聴いてくれるのは、
「……あ」
氷川さんの言葉を遮り放たれたその言葉に、彼女が驚愕の声を上げたのを、俺は聞き逃さなかった。
そう、バンドが将来的に高みへ昇ることを考えるなら、避けては通れないのが、ライブハウスに足を運ぶコアなファンではなく、有線などで流れる音楽を聴く一般人からの評価だ。
つまり、いくらコアなバンド好きに評価されようとも、一般人に支持されなければ高みには至れない。賢い氷川さんは一瞬で気づいたみたいだな。
コアなファンが望むものと、一般人が求めるものが常に同じだとは限らない。むしろ、演奏を見る目に肥えている人間の要求は、一般人とずれていると考える方が自然だろう。
目と耳の肥えた一部の人間が解ってくれればそれでいい。そんなことを言っている者が衰退するのは自明の理だ。どんなに優れたテクニックを持っていても、
もちろんここでいう大衆性とは、「大衆に迎合する」という意味ではなく、「大衆に対しても自分らしさを貫けるか」という問いに他ならない。《Roselia》は、それを問われるべき時に来ている、というのが俺の見立てだ。
「このライブ、俺は《Roselia》が高みへと至れるかの試金石になると思っている。商店街にくるのは何もライブ目当ての客だけじゃない。もし、《Roselia》がその客すらも取り込めるのだとすれば、それは君たちにとって大きな価値になるんじゃないかな」
「……一理ありますね。最高の音楽を追い求める私たちにとって、《井の中の蛙》にならないように、一般的の方々の評価はどこかで確認しなければと思っていました」
「ああ、その反応を見た上で、バンドの方向性をもう一度問い直すのもありだろう。正直、これ以上先に進んでから方向性を修正するのは《Roselia》には厳しいと思う。それだけ君たちは仕上がりに向かいつつあるからな」
納得した様子で話す氷川さんに、さらに自分の考えを伝えると、彼女は「確かに、完成する前だからこそできることもありますね」と好意的な反応を見せる。
とりあえず、氷川さんはいい感じで引っ張れたかな。あとは湊さんと、できれば他の3人にも納得した上で参加してほしいところだが……さて、どうなるかな。
「というわけで、これが俺が《Roselia》に提示できるメリットの一つ目ね。それで、早速二つ目に移るんだけど、これが『有力バンドとのダブルヘッドライナー』だな」
「有力なバンド……具体的なバンド名は出せますか?」
有力なバンドの参戦に食いついたのは湊さんの方だった。《Roselia》が半ば武者修行のようなかたちで、この界隈の有力なガールズバンドが出るライブに対バンとして参加をしているのは有名な話だ。自分たちと並び立つ相手に興味があるのは当然の話だろう。
「ああ、《Roselia》と並ぶヘッドライナーは《Afterglow》に参加を確約してもらってる」
「え!? 巴お姉ちゃんもライブに出るの!?」
俺がもったいぶらずに《Afterglow》の名前を出すと、すぐに食いついたのは湊さんではなく宇田川さんだった。彼女は叫び声に近い大声を出した直後に、「あ!? す、すみません!」と再び恐縮モードに入る。なんだかんだ年少者というのは肩身が狭いものだ。
そういえば宇田川さんは《Afterglow》の宇田川さんの妹だったな。かなり印象が違うから忘れそうになるけど。
身内で別のバンドやってると、売れ行きの差で確執が生まれたりすることもあるんだが、宇田川姉妹は仲良しなんだよなぁ。羨ましい。
俺は頭の中に浮かんだ愚妹のビジョンを振り払いながら、宇田川さんに話を振る。
「ははっ、いい反応だね。宇田川さんはやっぱりお姉さんと同じステージに立ってみたいのかな?」
「はい! 巴お姉ちゃんのライブは何度か見に行ったことがあるんですけど、一緒のステージに立てるとなったらこれが初めてです!」
俺の言葉に応えてくれる宇田川さんの声からは、隠しようのない喜色が滲み出ていた。
「……《Afterglow》は、私の方でも注目していたガールズバンドの一つですね。参加するライブの傾向が違っていたので、今までステージを共にする機会はありませんでしたが」
宇田川さんが落ち着いた後、会話に入ってきたのは湊さんだった。
「ならこれをいい機会にするといいよ。彼女たちは今の《Roselia》にとって間違いなくカンフル剤となるからね」
湊さんが《Afterglow》に興味を持っていたのは好都合だ。俺はそこに差し込む形で《Afterglow》との対バンにも似たヘッドライナーの有用性を説いていく。
「基音さんから見て、《Afterglow》は私たちを次のステージへ押し上げる鍵になる、と?」
「ああ、その通りだ」
「理由をお聞かせいただいてもいいかしら?」
湊さんの言葉はかなり慎重だ。《Afterglow》が《Roselia》にとってそこまで重要な役割を果たすのか半信半疑といったところのようだ。
そして、その考えは半分は正解だが、半分は大きな間違いだ。
確かに、実力的には《Roselia》の方が層は上だ。でも、バンドっていうのは実力が全てじゃないんだよ。ステージに上がれば、そこには上座も下座もない。
《Afterglow》は《Roselia》とは違ったタイプのガールズバンドだ。だからこそ、ステージの上で今の《Roselia》を
俺はそのことをこれから湊さんに伝える。それもオブラートに包むことなくぶちこんでいく。それこそが、俺にできる彼女への誠意だと言ってもいい。これで《Roselia》との関係が切れてしまうなら、彼女たちとは結局そこまでだったというだけだ。
そして、全ての覚悟を決めた俺はゆっくりと、しかし力強く口を開いた。
「ああ、今から理由を言うからよく聞いてくれよ。俺は、『《Roselia》は一度ぶっ壊れるべきだ』と思ってる」
「なっ!?」「えっ!?」「な、なんで!?」「……ど、どういうことでしょう!?」「あ、あこにはわかんないよー!?」
俺の言葉を聞いた彼女たちは、あまり感情を露にしない湊さんも含めて全員が狼狽していた。
当然といえば当然だ。今、飛ぶ鳥を落とす勢いの《Roselia》、それをぶち壊す理由など、普通に考えればありはしない。
でも、俺には
《Roselia》に俺たちと同じ鉄は踏んでほしくない。だからこそ、俺は彼女たちの心に大きな波紋を生むために、最大限ドでかく強い言葉を選んで、何の説明もなくぶん投げたのだ。
「……それはどういう意味なのか、説明してもらえますよね、基音さん」
その衝撃から真っ先に立ち直ったのは、やはりリーダーの湊さんだった。
「もちろん。けど、全部は語れないよ」
「あれだけのことを言っておいて、理由は全て語れないのですか?」
湊さんの言葉に答えている内に、後を追うように立ち直った氷川さんが言葉を繋ぐ。湊さんから反応はない。恐らく、氷川さんと同じことを聞きたいのだろう。
「ああ、語れない部分に関しては、君たちに学びとってもらわなくてはならない部分だからね」
「学びとる、ですか。つまり、『教えてしまっては意味がない、見て盗め』というわけですか」
「流石、氷川さん。頭の回転が早いね」
俺は思わず賞賛の言葉を口にしていた。やはり、このタイプの人がいると話が進みやすくて助かる。
「……その盗む相手が《Afterglow》というわけですね」
「確かに、お姉ちゃんならあこに足りないものを持ってるかも!」
そんなことを考えている内に、普段はあまり会話に入ってこない白金さんと宇田川さんも次々に口を開く。やはり、みんな俺の言葉の真意に少しでも迫っておこうと必死なのだ。
それは、裏を返せば彼女たちの《Roselia》というバンドへの愛の大きさに他ならない。
みんな《Roselia》を守りたくて必死だ。やっぱりいいバンドだなここは。
さて、頑張って口を開いた彼女たちのためにも、もう少しヒントはあげておくか。
そして、俺は白金さんに対して言葉を返す。
「白金さんの言葉は半分正解かな」
「半分、ですか……?」
「ああ、俺が学びとってほしいのは《Afterglow》だけじゃない。オープニングアクトの《popin' party》や、俺たち《ハロー、ハッピーワールド!》からも、君たちが学びとるべきことがあるんだ」
「そうなんですね……!」
「《popin' party》と《ハロー、ハッピーワールド!》ですか。どちらも私たちからすれば、かなり格落ちな感が否めませんが……」
白金さんへの返答に、氷川さんは懐疑的だ。
確かに、《ポピパ》と《ハロハピ》は活動歴が浅いバンドだ。界隈での地位を確立させつつある彼女たちが歯牙にもかけないというのも頷ける。
「ああ、この二つのバンドは君たちと比べれば劣る。しかし、この二つのバンドもまた君たちが必要とするものを持っているんだよ」
そう、俺が今回のイベントに《Roselia》を招いたのには、ちゃんと意味がある。
《Afterglow》は確かに彼女たちを更なる高みへ押し上げる鍵だが、その鍵に彼女たちが気付けるかどうかはかなり怪しい。
なぜなら、それは《Roselia》というバンドの成り立ちに関わる、いわば構造的欠陥とでもいうべき部分だからだ。だから、《Afterglow》とヘッドライナーで共演しただけでは答えにたどり着けないということは十分考えられる。要は手がかりが足りないのだ。
そこで生きてくるのが、《ポピパ》と《ハロハピ》の存在だ。
この二つのバンドは、《Afterglow》ほどの完成度は無いものの、鍵に繋がる要素を持ったバンドだ。
故に、まずはこの二つのバンドから手がかりを掴み、そこから本丸の《Afterglow》を目指すというのが俺のプランだったというわけだ。
俺がそこまで説明すると、氷川さんは「なるほど……」と呟いて、そのまま考えに耽るかのように沈黙した。
「つまり、私たちが成長するためには、今回のイベントを通して、ずっとアンテナを張ってないとダメってことですよね。けっこー厳しいなぁ……」
入れ替わるように会話に参加してきたのは今井さんだった。彼女は広いその視野で全てを見通すために、ゆっくりと俺たちの会話を聞いていたのだろう。
「ああ、メリットと言いながら、君たちにはかなり厳しい要求をしていると思うよ。でも、これは君たちが上に行くためには避けては通れないことだ。俺の見立てでは、このままだと早晩、《Roselia》の成長は頭打ちになると思う」
「……! その根拠はあるのですか?」
俺が言葉を言い終わらないぐらいのタイミングで、湊さんが素早く反応した。それはリーダーとしての責任感からか、あるいは。
「ある。けれど、これも俺から明かすべきことではない。ただ、ヒントを与えておくなら、これはさっき言った《Roselia》というバンドの構造が抱える問題なんだ」
「やはり、構造の問題ですか……」
「ああ、だからこそ君たちは他のガールズバンドに学ぶ必要がある。今の《Roselia》を壊し、新しい《Roselia》に組み立て直すタイミングは、もうここしかないと俺は思っている」
《Roselia》は、完成に向かいつつあるガールズバンドだ。個々が完成したパーツを持ち寄って作ったバンドだけあって、その早さは群を抜いている。
しかし、それ故に彼女たちはメンバーの持っていないパーツを取りこぼしているのだ。
このままでも、《Roselia》は完成する。そのことはまず間違いない。
だが、それは本来組み込めるはずだったパーツを欠いた不完全な完成だ。そして、そうなれば二度と自分たちを組み立て直す機会は失われる。《Roselia》はその辺りに無数に転がる、ちょっと優れたガールズバンドの一つに落ち着くことになるだろう。
「だから俺はこのライブで《Roselia》をぶっ壊すということを、君たちに対するメリットの一つとして提案したい。そして、この二つのメリットが、君たちを今回のライブに誘った理由だ。このライブは、俺たちにも《Roselia》にとっても成長を促すカギとなるだろう。どうだろう、よければ参加を考えてーー」
「ーー受けるわ」
その返答は、俺の言葉を聞き終える前に行われた。
あまりにも決断的な湊さんの言葉に、一瞬時が止まったかと思えるほどの静寂が支配した。
その中でも、俺の心は動いていた。それは、どこかこうなることを俺の心が事前に感じ取っていたからに他ならなかった。
「……いいんですか、湊さん」
一瞬の静寂の後に、氷川さんが口を開く。その言葉は文言だけ見れば、独断専行に走った湊さんへの批判とも取れないこともないが、その口調からは「私も同じ思いだ」という彼女の感情がありありと読み取れた。
「ええ、私たち《Roselia》は最高の音楽を目指すバンド。その鍵が目の前にあるというなら、掴みに行かない道理はないでしょう」
湊さんの言葉には迷いはなかった。
もしかすると、湊さんは心のどこかでこのような時がくるのを待っていたのかもしれない。
「……うん。友希那がそう言うなら、私は何も言うことはないかな! よーし、やるぞー!」
「わたしも、できる限りのことはやらせていただきますね」
「わーい! お姉ちゃんとライブだー!」
そんな湊さんの言葉に、今井さんを皮切りにして、《Roselia》のメンバーが次々に賛同していく。
「……はぁ、私としては少し考えてから答えてもよいと思ったのですが。でも、もうそのような雰囲気ではありませんね」
最後に、ため息混じりに氷川さんが賛同の言葉を口にしたその時、俺の計画の第一段階はついに成就したのだ。
「それじゃあ、湊さん」
「ええ、今度の商店街での路上ライブ、《Roselia》は基音さんの提示した条件で参加させてもらいます」
リーダーである、湊さんから確かな言質をもらった俺は、思わず「ありがとう」と呟いていた。
「君たちの参加を嬉しく思うよ。他のバンドにも君たちの参加を伝えておくよ。きっとみんな歓迎してくれる」
「ええ、お互いにいいライブにしようと伝えておいてください」
「わかったよ」
「では、私たちは早速ライブに向けた相談に入ります。セトリなんかも考えないといけませんので」
「そうだね、詳細は決まり次第追って連絡するよ」
「わかりました。それでは」
「ああ、ではまた」
その言葉を最後に《Roselia》との通話が切れた。
無音を垂れ流すスマホを耳から離すと、俺は思わず特大のため息を吐き出した。
「ふぅー! これで第一段階はクリアだ。まったく、もうこんな橋は二度と渡らんぞ」
何時の間にか額に湧いていた汗を拭いながら、独り言を漏らす。そうでもしないと、この心の昂りに整理が付きそうになかった。
《Afterglow》と《Roselia》の参加。彼女たちの悩みを解決して義理立てしつつ、こちらの野望も実現する。ここまでは完璧な動きだぞ。さて次はどう出るかーーん?
そこまで考えたとき、俺はスマホの画面上部のタブに、通知ありのアイコンがあることに気づいた。どうやら、《Roselia》との通話中にキャッチがあったらしい。
「このタイミングでのキャッチ……もしや」
そう思ってタブを開くと、そこにはやはりアッくん先輩からのメッセージが残されていた。
再生ボタンをタップして残されたメッセージを開く。響くのはいつも通りの間延びした先輩の声。
「おーい、鳴瀬くーん。プレゼンのデータができたよー! 区役所のアポも取ったよー。明日は朝から忙しくなるぜーぃ!」
それは、俺の計画の第二段階の始まりを告げる開幕のゴングに他ならなかった。
◇◇◇《side 湊友希那 start》◇◇◇
「それでは、路上ライブに向けての打ち合わせをしましょうか」
「おー!」×3
氷川さんの音頭で盛り上がる他のメンバーを見ながら、私は胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。
……風が吹いた。この時を私はずっと待っていたのよ。
《Roselia》という方舟を襲った凪の海。そこについに一陣の風が吹いてきたのだ。
もちろん、その風が私たちを新天地に
それでも、私はこの風に帆を張らずにはいられなかった。だって彼は、私たちの現状をピタリと言い当てたのだから。
私たちに風を教えてくれたのは、バンドマンとしての先輩である基音さん。
もしこれが他の誰かからの提案なら蹴っていたかもしれない。しかし、基音さんは以前私たちに的確なアドバイスを贈ってくれた実績がある。
さらに、基音さんはアドバイス以来全く会っていない私たちの現状を言い当ててみせた。その慧眼は、私に彼の提案を受け入れるに足るものだと判断する根拠としてはこれ以上ないものだった。
とするなら、鳴瀬さんはさしずめ私たちにとっての鳩かしらね。
その昔、新天地を目指した船は、自分達の放った鳩が加えたオリーブの葉を見て新天地の存在を確信した。
ならば、彼の連れてきた《ポピパ》《ハロハピ》《Afterglow》こそがオリーブの葉に違いない。
「……湊さん、どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもないわ」
そんなことを考えて無口になっていた私を不思議そうに眺めていた氷川さんに、私は冷静に応える。
いけないわ。今はライブに向けて集中するところよ。
例え新天地の存在を確信しても、そこにたどり着けるかは乗員の腕前次第だ。そんな乗員を束ねるリーダーとして、油断は許されない。
「じゃあ、早速イベントのセトリを考えましょう。忙しくなるわよ、みんなついてきなさい」
「はい!」
そうして、自分にも気合いを入れる言葉を吐いて、私はついにしまっていた船の帆を目一杯に広げたのだった。
思ったより長くなりましたわ!
そして、久々の版権曲はブルハの『青空』ですわ! んー、この曲はタイトルが秀逸過ぎて最高ですわね! もちろんリリックもいいのですけど!
さて、鳴瀬君の大ナンパ計画も終わり、次はいよいよライブ開始に向けて動き始めますわ!
よろしければまた次話でお会いしましょう!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
-
結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
-
田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。