今回も短い(血涙)
ーーコンコン。
二度のノックの音が響いて間もなく、会議室の札が下がった扉の奥から防音でくぐもった声が聞こえる。
「どうぞ、お入りください」
「失礼いたします」「失礼します」「し、失礼します!」
テンプレートに三者三様の返事をして、阿久津先輩を先頭に俺たち三人は会議室ヘと入る。待ち受けるのは俺達と同じ三名の人間だ。
「今日はよろしくお願いします。それでは、席にお掛けください」
「よろしくお願いします。失礼いたします」
先輩の返礼に合わせて頭を下げると、俺たちは椅子に座る。クッションの効いたいい椅子だ。だが、今から行うやり取りのことを考えると、その感覚を味わえる時間は殆ど無いだろう。
横を伺うと、既に戸山さんなんかは椅子の上で居心地悪そうにモジモジしている。あるいは、こんな椅子に座り慣れていないから違和感を覚えているのかもしれない。
アッ君先輩はというと、このようなやり取りは慣れたものと言わんばかりに微笑みすら浮かべて悠然と椅子に座り、目の前の三人を見つめている。その視線を追いかけるように、俺もここで初めて今日対峙する三人の市役所職員の顔をじっくりと見ることになった。
中央の職員はいかにも公務員という感じの髪をきっちりと七三に撫で付けた四十代ほどの男だ。この男が恐らくこの場で一番役職が上で、メインで話すことになるのだろう。いかにもお堅い雰囲気の男とは、俺はあまり反りが合いそうにない。この辺りはアッ君先輩の手腕に期待だ。
向かって左にはそれよりもやや若い中年の男がノートパソコンを開いて座っている。この男は書記官というところか。実際にあまり話に関わることはないかもしれないが、電子媒体の資料について切り込んでくる可能性はある。そういったことはITへのリテラシーが高い若手に一任しているところも多い。
最後に右には中央の職員よりもやや年上、50代半ばに見える女性職員が座っている。彼女は手元に大量の資料を用意していて、恐らく追加の質問を投げかけてくる役目を担うのだろう。ある意味、中央の男よりも警戒する必要があるかもしれない。
……中々、真っ向からやり合うには骨が折れそうな相手だが、今日がそうじゃないのは幸運だったな。
俺は、いかにも遣り手なオーラを漂わせる三人を見て、しかし少し安堵していた。
なぜなら、今日の俺たちの目的は、相手をやり込めるのではなく、こちらの提案を相手に受け入れて貰えればよしなのだ。そのために今回の計画にはオプションとして、多少の譲歩も選択肢に入れてある。商店街でのライブをどんな形であれ成立させればいいのだから、「ライブの許可」という必要条件さえ通れば、そこからどう転んでもこちらの勝ちは揺るがない。
「それでは、時間もきているようですので始めさせてもらいましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「お願いします」「お、お願いします!」
中央の男が開始の宣言をすると、中央のアッ君先輩を筆頭に俺たちは頭を下げる。
今回、メインで論陣を張るのはアッ君先輩の役目だ。俺と戸山さんは、ここぞという場面のサポート役というスタンスである。
話を持ち掛けた側としては心苦しいのだが、アッ君先輩に言わせれば「私が正面切った方がやりやすいかもー」とのことだったので、一存に任せることとした。
そして、アッ君先輩はそう言うだけあって、初っ端からしっかり相手の心証を良くする小道具を用意していた。
「今日は、私達のような若輩者に貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。私、早応大学経済学部地域経済科に在籍しております阿久津と申します。こちら、ゼミで活動するときの名刺です」
「これはご丁寧にどうも。……おや、君は曽根崎先生のゼミ生なのか」
アッ君先輩が恭しく名刺を差し出すと、それを見た中央の男の表情が変わる。
「はい、曽根崎先生にはフィールドワークや研究で色々お世話になっております」
アッ君先輩が、自分の所属するゼミの教授の名前を出した瞬間、男の顔が思わず綻んだ。
「そうかそうか、いや、実は私も早応のOBなんだがね、曽根崎先生にはお世話になった身なんだよ。もっとも、その頃は先生はまだ助教授だったんだがね。順調にご出世しておられるようで何よりだ。先生はご壮健かな?」
男の問いかけに、アッ君先輩が大きく頷く。
「はい、もう私達ゼミ生よりもお元気ですよー! 気が向いたら、ふらっと街に繰り出してそこでゼミをされたりして。曽根崎先生は現場主義の先生ですけど、昔からそういった感じでしたか?」
「ああ、先生は『地域の経済を語るのに机に齧りついては話にならん』と言って、よく駅前や商店街に連れて行かされたものだよ。もっとも、勉強なんて口実で、そういうときは大概、学生にご飯を食べさせてくれるときだったよ」
男はそう言って苦笑を浮かべるが、その表情は楽しさが勝っている様子だ。それを確かめて、アッ君先輩も微笑む。
「わぁ、昔から変わらないんですねー。やっぱり、曽根崎先生は昔から破天荒な方だったんですねー」
「そうだな、まぁ、その分、普通では見えないもの、気づかないものを色々経験させてもらったよ。すまないが、先生によろしく言っておいてくれないか。ご無沙汰しています、近い内に五十貝が挨拶に伺います、と」
「承知しました、きっと先生もお喜びになると思います」
「だといいがね、もう先生とは長いことお会いしていないから」
そう言うと、五十貝さんという職員は少し遠い目をした。その視線の先には過ぎ去った過去の自分がいるのだろうか。
だが、それも一瞬のことで五十貝さんはすぐに焦点をこちらに向けると鋭い眼光を浮かべる。
「ふむ、君たち二人は私にとって後輩だが、だからといって手心を加えることはない。私も、今は課長の肩書でこの街の健全な発展という職責を負う身だ。生半可な提案は容赦なく切らせてもらうから、そのつもりでいるように」
「はい、元より覚悟の上です」
五十貝さんの言葉に、俺は大きく頷いた。
彼がこの街の健全な発展に人生を賭けるのと同じように、俺もバンドという音楽に人生を賭けている。多少の擦り合わせは仕方ないにしても、計画の根っこの部分は決して抜けぬ折れぬ図太いものを用意してきたつもりだ。
それに、アッ君先輩の名刺作戦によって、場の雰囲気は俺達がここに入った当初よりも明らかに弛くなっている。
実は、五十貝さんが早応大の出身者であり、しかも先輩のゼミのOBなのは、曽根崎教授からリサーチ済みだったのだ。
先輩はそれを巧みに利用して、名刺一枚によってアウェイの空間にホームの雰囲気を作り出したのだ。この辺が、俺には真似できない先輩の立ち回りの上手さというやつだ。
そして、そんな雰囲気の中で、五十貝さんもやや物腰を柔らかくして頷く。
「よろしい、では君たちの提案を聞かせてもらおうか」
「はい、では今からお手元にお配りする資料をご覧下さい」
俺はカバンから資料を取り出すと、その場の全員に配る。この手のアナログの資料は俺の手から配る方が、全員で計画を動かしているように見えて、相手方の印象がいいというアッ君先輩が提示した戦略の一つだ。
そんな無数の戦略を立てたアッ君先輩は今、タブレットを片手にプロジェクターの準備をしている。先輩はこの短期間で、俺の資料を元にプレゼン用のパワーポイントまで仕込んできたのだ。「手持ちのデータを流用しただけだよー」と事も無げに言ってくれたが、多分一生俺はアッ君先輩に足を向けて寝られないだろう。事前に見た先輩のパワーポイントにはそれだけのクオリティがあった。
一方の戸山さんはというと、今俺が配った資料に目を通して「どっしぇー!」とでも言わんばかりの表情をしていた。
実は、先に語った戦術面についてもなのだが、戸山さんには今回、俺が計画したプロジェクトの詳細に関しても、その一切を漏らしていない。恐らく、資料を見て思ったよりも大事になった今回のライブに心から驚いているのだろう。
彼女は自制心よりも先に体が勝手に動くタイプなので、下手に計画を知った上でこの場に臨むと、会話の途中で彼女のパッションが暴発して話の腰が折られる危険性があった。
……というか、前にパーティションを乗り越えて来たことを鑑みるに十中八九折られるな、うん。
なので、彼女には、最初は市役所職員と同じスタンスで、俺の計画をじっくり聞いてもらうことにしたのだ。
心配しなくても、君にはちゃんと計画の山場で活躍してもらうからな。それまでは我慢してくれよ。
もちろん、戸山さんの持つ熱量を利用しないのはもったいない。だから、彼女には計画のダメ押しを担ってもらうことになっている。このことに関してだけは既に彼女とも打ち合わせ済みだ。そこに彼女の剥き出しのパッションを乗せて、この計画は完全なものとなるのだ。
資料が全員の手元に行き渡ったことを確認して、俺はついに初めて、その計画の名前を口にした。
「それでは、今から『Girl's band Shopping Street Sounds Session』、『G4S Project』について説明させていただきます」
この後の流れは頭の中でできているので、早めに投稿できると思いますわ!(できるとは言ってない)
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。