ーー『G4S Project』。
これが俺が考え出した、商店街での大規模路上ライブだ。この中には今、商店街が抱えた問題を一気に解決できるプランが組み込まれている。
「……ふむ、『G4S Project』ね。では、その全容を教えてもらおうかな」
「はい、もちろんです。先輩、スライドの準備を」
「あーい、オッケー!」
五十貝さんに先を促された俺は、すぐにアッ君先輩にスライドの投影をお願いする。
アッ君先輩は、慣れた手付きでプロジェクターを操作すると、そこにポップなデザインとビビッドカラーで作られた『G4S Project』のロゴが映し出される。
このロゴは、今回の計画を持ち込んだときに、先輩からの「プロに頼んで作るように」という指示の下、俺がプロに「若く革新的なエネルギーを感じるデザイン」というテーマで依頼して作成したものだ。
このようなイベントのイメージを湧かせる小道具というのは、相手に対しての訴求力が強い。
実際に、このロゴがスライドいっぱいに映し出されたとき、五十貝さんたちは明らかに驚いた表情を浮かべていた。
まぁ、一番驚いた表情を浮かべていたのは戸山さんなんだけどさ。
こちらからプロジェクトの全容を全く知らされていなかった戸山さん。彼女はプロジェクトのロゴが映し出された瞬間、ショーウインドウのトランペットに釘付けになる少年が如く、目をキラキラさせてロゴを見つめていた。
だが、それも無理からぬ話だ。
『G4S Project』は、《
「鳴瀬君、いつでもいけるぜー」
そんなことを考えているうちに、アッ君先輩が手際よくパソコンの設営を済ませたようだ。俺は軽く目配せしてから、お礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます、先輩。それでは、今から『G4S Project』の全容を、なぜ今回私達がこの計画を皆さまにご提案するのか、その理由を含めてご説明します」
いよいよ、俺たちの計画がベールを脱ぐ。
ここにきて、五十貝さんの目がすっと細められる。それは、こちらが学生や大学の後輩というという色眼鏡なしで、この計画が本当に商店街のためになるのか見極めようとする、プロフェッショナルとしての目つきだ。
ここからは、一つのミスも許されない。もちろん、そのための準備は万端だ。
俺は、心の中で気合を入れると大きく息を吸い込んでから言葉を続けた。
「まず、この『G4S Project』の立ち位置なのですが、これは本来商店街で行われる予定だった秋祭りの代替イベント、という認識は共有いただけているでしょうか」
俺からの確認の言葉に、五十貝さんが頷く。
「ああ。今年の商店街での秋祭りは、諸般の事情で中止となった。その穴を埋めるために、君たちが元々簡素だった路上ライブを大掛かりなイベントに変えて持ち込みをしている、合っているかね」
「はい、おっしゃる通りです」
返す形での五十貝さんからの確認に今度は俺が頷く。
この手の土台の部分の認識の共有は、今後の話を円滑にする上で重要だ。これができていないと、最悪、「そんなつもりでは無かった」と、最後の最後で、ちゃぶ台返しのように態度を翻される可能性も否定できない。
一先ず、そのリスクを回避したところで、話を進める。
「では、認識を共有いただけているということで、今回の提案の要旨なのですが、今回、私達はこの『G4S Project』で、商店街が秋祭りを中止せざるを得なかった3つのリスクを全て回避できると踏んでいます」
「ほう、3つのリスクか。聞かせてもらおう」
五十貝さんが眼光鋭くこちらを見つめる。それは、獲物を狩る猛禽のそれに等しい。こちらに落ち度があればすぐにでも俺たちの計画は引き千切られてしまう。そう予感させる怜悧な瞳だ。
「はい。商店街の秋祭りが抱える3つのリスク、それは『期間中の店舗の運営』『予算との折り合い』『客層の固定化』、この3つです。間違いありませんか?」
「ふむ、どうやら現状はしっかり把握できているようだね」
五十貝さんは顔の前で指を組むと、俯くことで暗に俺の指摘を肯定し、先の言葉を促す。
「はい、では問題の土台となる部分の認識は共有できていると判断して話を進めます」
前提となる土台の認識が共有できていなければ、いくら議論を重ねても意味がない。まず、お互いが同じ土俵に立っていることを確かめてから、俺は本題に切り込んでいく。
「今年、商店街の秋祭りが実施できなかった3つのリスク、その根本にあるのはすべて『お金』です。まず、秋祭りの期間は他所から引き入れた露天商が商店街に屋台を張るので、屋台の後ろに位置する店は営業できず、商店街が潤わない。場所代でいくらかの利益は得ているものの、それは微々たるものです。この辺りががめついと、人が離れていきますからね。だから、折角祭りで人を集めているのに、商店街側はその恩恵を享受することができない。これが1つ目の問題です」
1つ目の問題を指摘して、視線で五十貝さんを窺う。俺と目が合うと、五十貝さんも視線だけで続きを促した。ここまでは問題なし。
「では、続けさせていただきます。次に、予算との折り合いですが、こちらの秋祭りは商店街の積立金と市から商店街への助成金で賄っているとのことですが、今年度はそれが足りない。理由は今年度の助成金は商店街の修理営繕に回してしまったからです。タイルの張替え、街路樹の手入れ植え替え、街灯の支柱の塗り直しなどを一括で行ったことで助成金の8割ほどを使ってしまった」
この話をしたとき、戸山さんが渋い顔をした。
戸山さんが、市役所に直談判に行って断られたときに市役所側が理由として上げたのが、正にこの助成金の問題だったからだ。
「助成金の使途は商店街側が決められるので、修理営繕に使うのは問題ありませんが、追加の給付は認められないというのが市役所側のスタンスですね」
「その通りだ。そもそも助成金の額は、前年度から各所と折り合いをつけて、年度当初には決まってしまっているから、今更変えるなんて訳にはいかない」
「もし、今からどこかと調整するにしても1〜2ヶ月はみてもらわないとねぇ~。そう、ぽんぽん公金は動かないからねぇ〜」
五十貝さんと、その隣でノートPCをタイプしていた書記担当の中年男性が首を左右に振った。中年男性は軽い口調だが、モニターを眺めるその鋭い目から予算を割くことは実質的に不可能だという強い意志が感じられる。
もちろん、こちらとしても予算は追加で商店街に回ってこないことは折り込み済みだ。だから、俺はそのまま話を続ける。
「はい、存じております。では、2点目の認識も問題ないとして、最後の3点目。客層の固定化ですが、商店街の秋祭りは元々地元の伝統行事として行われているので、外部に向けて大々的に告知をしているわけではない。その結果、他の神社やお寺が主催の秋祭りと違い、外部からの集客が見込めない訳ですね」
「その通り、地元民の財布が緩んでも、その金は外部から出店する屋台に吸い取られ還元されない。むしろ、商店街に落とす金を屋台に取られた分だけマイナスになっている」
そこまで言って五十貝さんは苦々しげに顔をしかめた。
どうやら、五十貝さんにも秋祭りについて思うところはあるのかもしれない。そもそも、彼は商店街の担当者なのだ。商店街が地元を盛り上げようと秋祭りをすることに対して、そこまでの悪印象を持っているとは言い難い。
だからこそ、彼の懸案を振り解くことができれば、こちらにも勝ち目はあるのだ。
「どうやら、現状の認識に君たちと私達に相違は無いようだ。では、聞こう。君の提案する『G4S project』、これはこの問題の解決策足り得るのかね?」
「はい、勿論です。では次のスライドをご覧ください。先輩、お願いします」
「あいよー」
阿久津先輩が手元のタブレット端末を操作し、スライドが切り替わる。するとそこには、「持続可能なガールズバンドによるストリートライブパフォーマンス」という文字が大きく映し出された。
「ふむ、持続可能な……」
「ストリートライブパフォーマンスねぇ〜」
五十貝さんと書記の中年男性が興味深そうに呟いて、視線で先を促してくる。
俺が軽く頷くと、阿久津先輩が先を読んでスライドを展開してくれる。こちらのテンポを削がない先輩の気配がありがたい。
「はい、私達の提案するこちらのプロジェクトの柱は全部で3つあります。それは、『低予算』で『商店街にお金を落とし』なおかつ『流行を取り入れて外部の人間を呼び込む』ことです」
「ほう、先程の3つの問題全てをカバーできる、と?」
「はい、もちろん根拠はあります。今からそれをご説明します」
「まず、計画の全容からお伝えします。『G4S project』は、今流行りのガールズバンドを4グループ集めて、商店街をライブハウス代わりにストリートライブを行う、という計画です」
俺の口から出た計画を聞いた五十貝さんが深く頷いた。
「なるほどね、ガールズバンドは確かに今流行の最先端にあるといっていい。商店街の近辺だけで見ても、ここ数年でライブハウスが数件は新規で出店したはずだ」
「そうですね〜、ウチの娘もハマってますよ~。なんだっけ? 確か、《ぐりぐら》か《グリグリ》? とかいうバンドを追っかけてるみたいですよ〜」
中年男性のこの言葉に、椅子から立ち上がり身を乗り出したのが戸山さんだった。
「え!? もしかして、そのバンドって《グリッター*グリーン》って名前じゃないですか!?」
「あ〜、そうそう! おや、もしかして君、お知り合いだったり?」
「はい、《グリッター*グリーン》は私達の先輩のバンドなんです!」
「へぇ~、意外なところで繋がったねぇ~。もしかして、《グリッター*グリーン》を呼べたりするのかな?」
中年男性の言葉に俺は左右に首を振った。
もしかすると、戸山さんたちに頼めば、《グリッター*グリーン》を呼ぶことも不可能では無いかもしれない。しかし、今必要なのは希望的観測ではなく、あくまで現実的なプランだ。持続可能な観点からすると、《グリグリ》レベルのバンドを毎年呼んで来れるかと言われれば、俺は首を縦には振れない。
あちらが求めているのは、マックスではなくアベレージだ。
「いえ、何分実績が無いイベントですので、そこまでのバンドは呼べません。ですが、この界隈では屈指の実力を持つバンドを集めてあります」
「ふむ、バンドに関しては
「はい、キャパシティでいうと500〜1000人ぐらいのライブハウスなら、問題なく埋められるレベルのバンドが来ると思ってください」
この数ヶ月で《ハロハピ》もバンドとしてかなり伸びた。500〜1000人というキャパは、
そして、《ポピパ》に関しても、俺たちと同じくらい伸びているので、これだけのポテンシャルはあるはずだ。《Roselia》と《Afterglow》は言うまでもなく、条件さえ合えば1000人以上のキャパでも集める実力がある。
そう考えて、自身を持って返答した俺だったが、五十貝さんをはまだ探るような姿勢を崩さない。
「確かに、商店街のキャパを考えると集客力は申し分ない。しかし、来年度以降もこのクラスのバンドは呼べるのかね?」
確かにこの指摘は最もだ。
今回イベントに集めたバンドは、正直クオリティがかなり高い。同じレベルを毎年集められるかと言われると、保証は難しいものがある。
しかし、それでも今回の条件に限れば勝算はあった。
「バンドというのは皆様が思っている以上に横の繋がりが強いんです。ですから、今回イベントに協力してもらう4つのガールズバンドが、新しいバンドを推薦する形を取る予定です。そして、その次は新しく選ばれたバンドがまた次のバンドを推薦することでループが可能になります」
「ふ〜ん、確かにステージに立つバンドが後継者を選ぶのは悪くないね~。演者も一定の水準を確保して、なおかつ持続可能という条件にも合うね〜。でも、ステージに登りたいバンドが無いなんてことにはならないかな~?」
今度は中年男性の方が攻めた質問を仕掛けてくる。
しかし、この質問は想定内。ここは俺の経験に基づく知識からさらりと返答できる。
「はい、タダで人前でライブができると聞けば、必ず一定レベル以上のバンドは食い付いてきます。バンドマンはいつでも金欠ですからね。自腹切ってチケット捌く様なこともありますから、今回のイベントが成功すれば、むしろステージに上げるための予選が必要になると思いますよ。それにーー」
「それに?」
「今回選んだバンドは、どれも商店街に関係者がいるバンドです。どうしても人がいなくても、最終的にはどこかのバンドが穴を埋められます」
そう、今回のイベントの肝は「商店街の身内がこちらに居る」ということだ。元々、彼女たちの願いで今回のイベントは大きく膨らんだのだから、当然、イベントが軌道に乗れば彼女たちのサポートは毎年受けることができるのだ。
「もし、それでイベントの規模が縮小するようであれば、それはイベントが役目を終えるときです。本来の秋祭りの形に戻してもその頃には予算の問題は解決しているでしょう」
「なるほど、数年でもブームに乗ってイベントができれば商店街にも金銭的なゆとりが生まれるということか」
「そういうことです。また、その間に現在赤字が出ている秋祭りの運営を見直す猶予も生まれます」
「ふむ、悪くないな」
持続可能、とはいうもののブームというのは一過性。当然、今のガールズバンドブームにもいつかは終わりが来る。そうなるとこのイベントを開く意味はなくなる。
だが、考えてみてほしい。そもそも今回のイベントを打ち出したのは秋祭りの代替案だ。このイベントが商店街の体力を回復させている間に、秋祭りの運営を健全化すれば、例えブームが終わってもスムーズな形で権限を移譲できる。
つまり、このイベントは続けば続くほど得をするボーナスステージのようなもので、例えステージがどこで終わろうとも確実にメリットを商店街に与えてくれるという寸法なのだ。
この説明には、五十貝さんも満足したようで、彼は深く首を縦に振った。
しかし、それも一瞬のこと。
五十貝さんの興味はすぐにまだ解決していない2つの課題に移っていく。
「持続性を持たせて外部の人間を呼び込む、これはオーケーだ。しかし、これだけで金銭的な問題を解決したとは言い難い。それは分かるね?」
「はい」
「君たちが呼び込んだ外部の人間は、バンドが目当てだ。じゃあ、その人間にどうやって商店街に金を落とさせる?」
「それについては、既に商店街のお店に協力を依頼してあります」
「ほう、聞かせてもらおうか」
「まず、ライブなのですが、曲の合間やバンドの入れ替わりのタイミングで機材を運ぶため、どうしても間が生まれます」
「そうだな、すべてのバンドが同じ機材を使うわけではないからな」
「そこで、場を繋ぐためにライブハウスではMCパフォーマンスがあるわけですが、今回のイベントではここで商店街の店の宣伝を入れていく予定です」
「……! なるほど……」
「また、今回協力いただく商店街の皆様には、ステージ上で割引クーポンの配布やタイムセールの告知を行ってもらいます。こうすることで、クーポンを手に入れた人が商店街をリピートする確率を高められますし、タイムセールをすることで人の分散効果もあります。それに、クーポンやタイムセールは本来の商店街の顧客にも魅力的なので、新規も古参も両方の需要を満たします」
「なるほどね、ステージに人が殺到するのを防ぎながら、ステージであることのメリットを最大限に使って商店街にお金が落ちるようにしているわけか~、よく考えてるね〜」
中年男性が納得がいったと何度も頷き、五十貝さんもそれに同調する。
よし、好感触だな。ここで畳み掛けるか。
二人の反応の良さを確かめて、俺はいよいよ最後の課題に対する答えを間髪入れずに突っ込んでいく。
「最後に低予算についてです。ステージで使う楽器は基本的にバンドが持ち込みなのでほぼ無料。アンプやキャビネットなどの放送機器は一部商店街が用意する必要がありますが、これに関してはレンタルもありますし、例え購入したとしても次回以降のイベントに使い回すこともできるので、長いスパンで見ると安く上がります。更に、今回のイベントに限っては放送機器をタダで用意できる伝があります」
伝とは勿論、ウチのペグ子に他ならない。
あのリアルお嬢様にかかれば、それこそ予算の問題などノープロブレムで秋祭りだってできてしまうのだが、それは違う。
今回のイベントは、あくまでも商店街が自分たちの力の範囲でできるイベントというのが要諦だ。今回は伝を使って安く上げてますが、商店街の体力でも開催可能であることをアピールしなければ五十貝さんは首を縦には振らないだろう。
それに何より、全部が他所からの借り物のイベントは商店街としても頷けないはずだ。だって、本当は秋祭りは商店街の人たちのものなのだから。
だからこそ商店街の人たちは、ステージのMCでタイムセールの告知やクーポンの配布を買って出てくれたのだ。タイムセールやクーポンを使えば、店に落ちる利益はどうしても下がってしまう。それでも、今までの秋祭りに変わる可能性として俺たちに力を貸すことを選んでくれたのだ。
このイベントは、最初から俺たちだけのものじゃないんだ。だから、負けられないんだよ、俺は。
人々の期待を背負えば背負うほど、その背にのしかかる負担は大きくなる。
それでも俺は諦めない。
なぜなら、その先には必ず彼女たちの
「ふむ、何事も初回には多少の投資が必要なわけだが、その辺りについて根回しは十分というわけだ」
低予算に関しても、五十貝さんは納得がいったようで顎に手をあてて、スライドと手元のレジュメに記載されたイベントの概算要求を見比べている。
「はい。そして、ステージ自体は秋祭りの太鼓用のステージを流用するので設備投資は必要ありません」
「あるものを最大限に使うのか、いい考えだね」
中年男性の方も、やや前のめりに俺の意見に賛同してくれている。
「そして、商店街側は今回のイベントが成功した場合のみ、機材に投資すればいい。来年度は助成金も元に戻るので、機材を買うぐらいの資金は捻出できるはずです」
「なるほど、商店街の体力も考慮済み、というわけか」
そこまで言うと五十貝さんは、レジュメを机の上に置いて軽く天を仰いだ。それから、俺達の方に視線を戻した五十貝さんの口元には笑みが浮かんでいた。
「成瀬くん、阿久津さん、そして、戸山さん」
「はい」「はい」「は、はい!」
五十貝さんに名前を呼ばれた、俺たちは返事をする。戸山さんは急に呼びかけられて焦っていたが、五十貝さんの声色は今までにない優しいものだった。
「学生の身でよくここまでの計画を打ち出してくれたね。説明を聞きながら資料にも目を通したが、予算の面では私の目からすると全く問題は無いように見える」
「……! ありがとうございます」
「私からするとぜひこの計画は実施させてもらいたいのだが、須藤さん。イベントの設営面について彼らに確認することはありますか?」
ここにきて初めて、五十貝さんは市役所側の最後の一人、高齢の女性の須藤さんに話を振った。どうやら、金銭的なことは五十貝さんが、会場などの場所については須藤さんが担当ということらしい。
そして、五十貝さんに水を向けられた須藤さんが軽く頷いてから口を開く。
「はい。では、私から会場について一点確認させていただきますね」
「お願いします」
「では、今回は商店街というスペースでライブをすることになるのですが、その上で気になるのは会場の動線の確保です。今回は商店街中央の大十字路を会場にするようですが、そこに人が殺到しすぎると動線がなくなり渋滞が起きてしまわないでしょうか?」
なるほど、須藤さんの指摘は最もだ。
本来ライブをするスペースではない商店街では、あまりにも多い人数が殺到すると人の流れを詰まらせてしまう。生活道として商店街を利用する人も中にはいるので、そうなると苦情は必死だ。
しかし、もちろんその点も問題は解決している。それは、俺ではなく阿久津先輩が妙案を出してくれていた。
「それにつきましては、阿久津の方から説明があります。……先輩、スライド操作代わります」
「あんがとね。……それではここからはわたくし、阿久津が説明させていただきますー」
俺だけに聞こえる囁きでお礼を言った阿久津先輩は、にこやかな微笑みを崩さずに3人の前に立つ。この気負っていない雰囲気が、阿久津先輩の経験値の高さを物語る。
「今回、会場の動線の確保については、わたくし共の方でも真っ先に懸案事項として上がっておりましたー。そして、それに対する解決策がこちらとなりますー」
先輩の声と同時に俺はスライドを切り替える。
そこには会場である商店街の見取り図だった。そして、見取り図上の商店街は、その3つある十字路の全てにステージが作られていた。
「これは……十字路の全てにステージを設ける訳ですか」
「そうです、わたくしが立てた計画は、メインとなる中央の大十字路以外の二箇所の十字路にもサテライトのステージを立てるというものですー」
「なるほど、ステージが複数あれば客もそれぞれに散らばるわけですね」
須藤さんの言葉に阿久津先輩は大きく頷く。
「はい、今回のイベントで出演するガールズバンドは4つ、でもステージが一つだけだと、待っているバンドの時間がもったいないですよねー? そこで、サテライトステージを2つ設けることで、そこでもイベントを展開して客を分散するわけです。例えば、クーポンの告知をメインステージでやって、配るのはサテライトにすれば、クーポンが欲しい人はそちらに出ていきますよねー」
「確かに、一つのステージに機能を集約しなければ、必要な機能に応じて人は分散するでしょうね」
「他にも、ライブ終了後のバンドがサテライトに立てば、バンド自体に興味がある人は演奏終了後にメインステージから離れていくのでここでも人の流れが生まれるようになってます。あとは、クーポンやタイムセールをする店の位置や時間の組み合わせも人が分散するように計算してます。今からスライドに動画を流しますねー」
先輩の言葉で俺が再びスライドを切り替えると、先程の地図が再び現れる。
しかし、違うのはその地図の一部が色づいたり消えたりして、通路を忙しなく矢印が行き交っている点だ。この色づいた部分がタイムセールやクーポンを配っている店で、矢印が想定される人の流れというわけだ。
地図上でイベントは何倍速もの速さで流れていくが、その間、矢印の動きが止まることは決してなかった。結局、矢印の動きが止まったのは、イベントの終了時刻がきて、これ以上矢印を動かす必要が無くなる瞬間だけだった。
「動線についてはこうなります。もちろん、これは仮定の動きですが、かなり現実に則したシミュレーションでうごかしてますよー。このデータを元に、イベントの実施をご一考いただければと思いますー。では、また鳴瀬に説明を戻させていただきますー」
阿久津先輩の言葉で、再び俺の立ち位置は入れ替わった。しかし、もう俺のやるべきことはほとんど残ってはいない。
あとは、最後の確認とダメ押しの一手。
加えて言うなら、ダメ押しの方は俺がやるべきことではない。
だから俺は、最後に残った確認の方に移る。
「以上が動線の確保についてです。いかがでしょうか、須藤さん」
俺が話を振ると、須藤さんはその口元にほほえみを浮かべて頷いた。
「はい、動線の確保の計画、確かに見させてもらいました。実際どうなるかは、運用してみないことには分かりませんが、よく計画を練ってきたことは十分に伝わりました。前例がないことですので、これ以上の議論は水掛け論になるので、私の方からは止めておきましょう」
「わかりました、ありがとうございます」
須藤さんの言葉は、手持ちの情報では俺たちの計画に難色を示す要素はないということを言外に示していた。
その、お墨付きに対して頭を下げ、俺はついに最後の一手を使いに動いた。
「では、こちらからお出しできるイベントに関するデータは次のものが最後になります」
「む、まだ何かデータがあるのかね」
「はい、あります。では、戸山さん、お願いできるかな」
「は、はい!」
俺の確認の声に元気よく返事をした戸山さんが立ち上がる。彼女は俺と入れ替わるように3人の前に進み出ると、手に持った鞄の中から一つの紙束を取り出し、それを五十貝さんに手渡した。
「これを、お願いします!」
「これは……署名かな?」
「はい! これは、今回のイベントをぜひおこなって欲しいという商店街の人たちや、商店街のお客さんたちから集めてきた署名です!」
戸山さんはそう言うと、真っ直ぐ五十貝さんの目を見つめた。
彼女が取り出したのは、俺が彼女に頼んで集めてもらったイベント開催を望む人々の署名だった。市役所は市民の要望などを吸い上げる公的機関である以上、この手の署名は確実に何らかの効果を生む。率直に言って、かなりあざとい、いや、確信犯的な手法だ。
しかし。
「……これだけの署名、君たちが集めたのか」
「はい! 私や、私の友達が力を合わせて集めました!」
その効果を知らない、無垢な人間が使えば、署名はこれ以上はない切り札となる。
それは、《ハロハピ》のためにデカいイベントを作りたい俺ではなく。
自分の実績の1つとするために動いた阿久津先輩でもなく。
ただ純心に、商店街やそこに集う人達の笑顔のために、秋祭りをしたいという願いからこの場に立った戸山さんにしかできないことなのだ。
この一手。この一手の為だけに、今日俺は戸山さんにこの場に同席をしてもらったのだ。
そして、切り札を堂々と使った戸山さんは、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「市役所の皆さん、私は皆さんに謝らなければならないことがあります!」
「む?」
戸山さんの口から出た謝罪の申し出に、五十貝さんたちが、戸惑いを見せる。俺も、ここから先は打ち合わせていないから、この突然の言葉には少し動揺した。
それでも、一度出した言葉を遮るのは都合が悪いので、俺は戸山さんの力に託して成り行きを見守ることに決めた。
以前のライブのときから、彼女には、俺たちの希望を託すに足る可能性の片鱗を感じていたから。
「今回の話を持ってくるまでに、鳴瀬さんたちから色々なことを聞いたり、アドバイスをもらったりしました。そうしたら、お祭りのような大きなイベントを、何の考えもなく『やってほしい』だなんて言いに行った、あのときの私がどれだけ厚かましいことを言っていたかが分かりました。市役所の皆さんも、すごくたくさん考えた上で、中止の決定をしただろうのに、そんなこと全然考えてませんでした。ごめんなさい!」
そこまで一息に言い切って、戸山さんは大きく頭を下げた。そして、たっぷり10秒ほど頭を下げたあと、再び彼女は顔を上げた。
「それでも、それでも私は、どんな形になっても商店街のために秋祭りがしたいんです! これだけ多くの人の希望になっている秋祭りを、私達の手で蘇らせたいんです! 私は、そんなに頭が良くないから、署名を集めるぐらいしかできなかったけど……それでも自分たちにできる精一杯をやってきました。だから、お願いです! 私達にこのイベントをやらせてください!」
その言葉には一切の淀みはなかった。
こういうものが、心の叫びなのだ。
そう実感させられるような、そんな言葉だった。
こんな言葉を言える彼女たちだからこそ、あの夏の、あのライブが俺の心に突き刺さったのだ。
戸山香澄。
彼女には、自分の魂を言葉に乗せて放つ力がある。
そんな、恐ろしいまでのスター性を持つ彼女と俺は今方を並べてイベントの開催に王手をかけている。
そして、一度王手が成れば。
彼女は、彼女たちは、恐るべき
そう確信させるに足る、言葉だった。
ここから起きた出来事は多くを語る必要は無いだろう。恐らく、全員結果は分かっているだろうから。
ーー『G4S project』、始動。
あけおめことよろでございますわ!
おっっっっそろしいほど、前回から間が開きましたわ! まさか、年明けるとはこの海のリハクの目をもってしても(ry
それもこれも、仕事で配置転換があって日曜日しか休みが取れなくなったせいですわ! ギャフン!
多分これからもまったり進行になると思いますが、どうか気長にお付き合いくださいまし!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。