ーー土曜日。
学生たちは、学業から解き放たれ、部活かバイトか交友か、あるいは惰眠を貪るか。そんな、自由を謳歌できる週末に、スタジオ《arrows》の最上階に設けられた大スタジオに、今普通の学生とは違う選択肢を選んだ少女たちが生み出した、4組のガールズバンドが集っていた。
「あー、今日は急な連絡にも関わらず、呼びかけに応じてここ《arrows》に集まってもらえたこと、ありがたく思う。もう皆、知っているだろうが、俺が今回のイベントの発起人、そして《ハロー、ハッピーワールド!》のアドバイザーをしている基音鳴瀬だ。皆、今日はよろしく頼む」
「よっ、待ってましたー」
「こら、モカ!」
「よろしくお願いしまーす!」
「今日はよろしくお願いするわ」
軽い挨拶とともに、頭を下げると《Afterglow》の青葉さんの言葉を皮切りに、各バンドからの挨拶の声と割れんばかりの拍手がスタジオに響き渡った。中々、ノリがいい人間が多いようだ。
「ありがとう。今日みんなに集まってもらった目的は《G4S project》の打ち合わせだ。しかし、いくら同じガールズバンドの集まりとはいえ、学校も違えば活動歴も違う。お互いに知っている顔もあれば、知らない顔もあると思う。だからまず、バンドごとに前に立って代表者に自己紹介してもらいたい。構わないかな?」
「はーい!(×無数の声)」
おおぅ、流石に人数が増えた分返事の圧もすごいな……。
そんな、いつもと勝手が違う状況に若干戸惑いつつも、俺は平静を装って自分の役割を果たすために動く。
「んじゃ、まずは今回のイベントの許可を得るために頑張って動いてくれた《popin' party》の皆からお願いしてもいいかな?」
「まっかせてください、基音さん!」
「いきなりテンション高けーよ! みんな引いちゃうだろ!」
俺の呼びかけに、戸山さんが待ってましたと言わんばかりに立ち上がろうとして、それを市ヶ谷さんが服の袖を掴んで窘める。
「えーっ、そんなことないよーぅ。ありさったら、心配性なんだからー!」
「いや、香澄このイベントが決まってから明らかにテンションおかしーからな?」
昨日、戸山さんは市役所の庁舎から出た瞬間1メートルくらいジャンプするぐらいテンションが高かった。市ヶ谷さんの反応を見るに、恐らくまだその時のテンションを引きずっているのだろう。
確かに、あのテンションの戸山さんはテンション高いときのペグ子と同じで、他人のふりをしたくなるレベルだったんだよなぁ……流石にJKのテンションにはついて行けんぜ。
しかし、テンションが高くなっているのはどうやら《ポピパ》のメンバーも同じようで、牛込さんも二人を見て大きく頷いている。
「でも、そうなっちゃう気持ちもわかるなぁ」
「だねぇ、頑張ったもんね私たち」
牛込さんの言葉に花園さんも笑顔で同意する。
「とりあえず、自己紹介しちゃおっか」
「はぁ、しょーがないか……」
そして、最後に山吹さんの言葉で市ヶ谷さんもやれやれといった調子で立ち上がると、5人は俺たちの前に並んだ。
そして、5人の中から、センターに立った戸山さんが一歩前に進み出す。
「皆さんこんにちは! 《popin' party》のリーダーをやっている戸山香澄です! ここには知っている人も初めての人もいるけれど、これを機会にみんなで仲良くイベントを盛り上げていければと思ってます!」
やはり、こういう場面で戸山さんの明るさは場の雰囲気まで明るくしてくれる。聞いている他のバンドのメンバーの緊張が明らかに和らいでいくのがわかる。
場の空気を作るってのは、ある意味演奏技術以上のスキルだ。やはり、戸山さんは天性のバンドマン……いや、ステージに登れば彼女は大概のことができてしまうのかもしれないな。
そんなことを考えているうちに、戸山さん主導でのメンバー紹介も終わり、戸山さんがこちらを目で窺ってくる。自己紹介なので、とりあえず名前さえ分かればあとは問題ないだろう。これからの彼女たちの交流の中で、色々な化学反応は生まれていくのだろうから。
そう思った俺は、《ポピパ》のメンバーに「戻っていいよ」と手で合図を送る。それを確認した戸山さんの「ありがとうございました」の言葉に対する拍手を受けながら、《ポピパ》のメンバーは元の場所に戻った。
「《ポピパ》さん、ありがとう。先にも言った通り、今回のイベントの開催には彼女たちの大きな協力がありました。もう一度盛大な拍手を送ってあげてください」
俺の言葉で再び拍手が沸き起こると、《ポピパ》のメンバーはみんな照れた様に頭を下げた。
それでも、実際にこれだけの拍手を受ける価値のある仕事をしてくれたのだ。彼女たちには最高の気分でイベントに臨んで欲しいと思う。
そして、拍手が鳴り止んだところで俺は次のバンドの紹介に移る。
「それじゃあ、二組めのバンドは、《Afterglow》にお願いしようかな」
「はーい! それじゃあみんな行こうか!」
「うん」「はいはーい」「わかりました!」「よっしゃ!」
リーダーの上原さんの声掛けで、《Afterglow》の5人は前に進む。その姿を見て控えのバンドのメンバーの何人かが、意外そうな表情を浮かべた。恐らくだが、意外そうな表情をした子たちは、このバンドのリーダーは美竹さんだと勘違いしていたのだろう。
実際、ステージに上がっているときに一番目立つのは美竹さんで、逆に上原さんはステージ上ではおとなしい立ち回りをすることが多いので、この勘違いはある意味では必然のものだ。
でも、一度上原さんのマネジメント能力を見れば、みんなリーダーは上原さんだって納得するんだよな。
前に並んで自己紹介を始めた上原さんは、しっかりと他のバンドを見回しながら丁寧なバンド紹介をしていく。よくメンバーのことを理解している分かりやすい紹介だ。
とにかく上原さんはこの手の立ち回りをやらせるとそつが無い。天性の面倒見のよさとでも言うべき力が備わっている。だからこそ、メンバーは彼女をイジりつつもリスペクトを忘れることがない。彼女の号令でメンバーが自然に前に出て行ったのも、その辺りの信頼感がよく現れている。決めるところは意思の統一が図られているのが《Afterglow》というバンドの強さといえるだろう。
「もーう、モカちゃんったら茶化さないでよー!」
「えへへ~、ごめんごめん〜!」
「というわけで、《Afterglow》でした! よろしくお願いします!」
青葉さんにイジられつつも、自己紹介を終えた上原さんたちが拍手を受けて元の位置に戻っていく。
「《Afterglow》の皆さん、ありがとう。それでは3番手は《Roselia》の皆さん、お願いします」
「はい、行きましょうか皆さん」
「わかりました、湊さん」
「おっけー、友希那」
「じゃ、行こっかりんりん」
「うん、あこちゃん」
《Roselia》というグループは、先の2つのバンドに比べると、まだまとまりが薄い。能力優先でメジャーデビュー路線に耐え得る人材で固めたせいか、今は湊さん、氷川さん、今井さんのグループと、宇田川さんと白金さんのグループという感じでバンド内に2つのコアがあるイメージだ。
しかし、それは未だバンドとしての伸び代があるということに他ならない。今は2つに分かれたコアを統一することができれば、彼女たちの爆発力は今の比ではないはずだ。
さらにメジャーデビューを視野に入れるという
間違いなく今回呼んだバンドのキーとなるのが《Roselia》だ。
「……だから、《Roselia》のドラム担当宇田川あこさんは、《Afterglow》の宇田川巴さんの妹という訳です」
「おねぇちゃん、一緒に頑張ろーね!」
「あこー! 楽しんでいこうなー!」
《Roselia》の自己紹介は、気がつけば後半に差し掛かり、ドラムの宇田川さんの番になったとき、宇田川さんが《Afterglow》のメンバーである巴さんに大きく手を振った。それに姉の巴さんも大きく手を振って応える。姉妹の絆を感じさせる一幕だ。
今回《Roselia》にとっては都合がいいことに、ドラムのあこさんは、お姉さんの巴さんと共演するということで、かなり気合いが入っている。元々、お姉さんの背中を追いかけてドラムの道を選んだあこさんだ。お姉さんに自分の成長を見てもらうという点でも彼女にとっては外せないイベントなのだ。
今回集まったメンバー中、一人だけ中学生ということで、スキル的にはまだまだのあこさんだが、この姉妹共演によって、ポテンシャル以上の力を出してくれるかもしれない。もしかすると今回の《Roselia》にとっての台風の目は彼女になることすら考えられる。
楽しみだな、《Roselia》。他のバンドにとっても間違いなくいい刺激になる。
《Roselia》と《Afterglow》、このマッチアップは予想以上に良さそうだと確信した俺は密かに心の中でほくそ笑んでいた。
「以上、《Roselia》でした。よろしくお願いします」
《Roselia》の紹介を氷川さんが終えて、最後の挨拶を湊さんが〆る。このリーダーが二人いるようなパワーバランスも、《Roselia》の独特な雰囲気とエネルギーを生み出しているようだ。
「じゃあ、トリはうちだな。こころ、頼むぞ」
「まっかせなさーい、鳴瀬! さぁ、みんないくわよー!」
「おー!(×5)」
ペグ子の言葉に引っ張られ、5人は前に飛び出していく。《ハロハピ》は結成半年ほどのバンドだが、バンドや楽器経験者を集めた《Roselia》とは違った、本当の意味での寄せ集めバンドが、よくぞここまで成長してくれたものだと思う。
《ハロハピ》は、俺の想像を超えつつあるのかもしれない。いや、もう既に一部では俺の想像を超えてるのかもな。
正直、《Afterglow》や《Roselia》は、結成半年ほどのバンドが方を並べられるような水準のバンドではない。しかし、そんなバンドともこちらから声をかけることで曲がりなりにも共演ができるようになったというのは、完全に俺の想定を超えている。
……《ハロハピ》は、俺の手にあまり始めているか?
有力何よりもガールズバンドのメンバーの前で、それに圧されることなく自己紹介をしていく彼女たちを見ていたその時、ふと、そんな思いが胸の内から湧き上がってきた。
実際、改めて考えてみると俺から彼女たちに教えられる事はもうあまり多くないのかもしれない。演奏技術やステージでの立ち回り、機材の扱い、音作りのやり方。一通りのことは教え終わっている。
もっとも、詰めようと思えばもっと突き詰めることは可能だ。専門のベースの技術ならまだまだ北沢さんに教え込めるし、作曲や編曲のアドバイスなら奥沢さんの相談に乗ることだってできる。
でも、それは全て俺が教えなければいけないことじゃない。なぜなら、そういったものは、個人が必要に応じて自ら学んで自分の中に落とし込んでいくものだ。俺が教え込む類のものじゃあないんだ。
突き詰めることは、自分らしさを出していくことに他ならない。そこまで教える側がお膳立てしてしまえば、完成するのは、よく出来たコピーバンドでしかない。バンドを
……せ!
《ハロー、ハッピーワールド!》が最後のピースを得ることを欲するときが来るなら、それは……
……る瀬!」
もし、彼女たちが完成を求めて動き始めたら、最早俺が教えられることは何もない。そうなれば《ハロハピ》の一員であってもステージに立つことができない俺の存は……
「……もう、鳴瀬ってば聞いてるの!?」
「んっ!?」
気がつけば目の前に頬を膨らませたペグ子がいた。透き通るようなその瞳は少し怒気をはらんでいて、俺は思わず後ろに仰け反ってしまった。
「ど、どうしたんだよこころ?」
しどろもどろになりながら聞き返すと、ペグ子はますます怒ったという様子で腰に手を当てる。
「どうしたもこうしたも、私達の紹介が終わったのよ!」
「えっ」
慌てて他のメンバーを見ると、北沢さんもペグ子と同じように頬を膨らませ、薫は額に手を当てて「やれやれ」と首を左右に振っていたし、松原さんと奥沢さんは気まずそうに視線を左右に反らしていた。
どうやら、俺が考え事をしているうちに、ペグ子達のバンド紹介は終わっていたらしい。これは大ぽかである。
「わ、悪い。ちょっとこれから先の段取りを考えてたんだよ」
「もーう、私達が頑張ってたのよ鳴瀬!」
「ああ、努力が一番伝えたい人に伝わらないことほど儚いことはないね……」
「鳴瀬くんひどいよー!」
「わ、私もちゃんと見ていて欲しかったです……」
「これは私も擁護できないかなー……」
「いや、その、本当にごめん……」
口々に告げられる俺を
「もう、終わったことはしょうがないし、鳴瀬は頑張ってくれてるから、これぐらいにしてあげるわ!」
「ははー、ありがたき幸せー」
「だから、次からはちゃんと私達のことを見ててよね鳴瀬!」
「はいはい、こころ様の仰せの通りに」
他のガールズバンドの見ている手前、なんとなく芝居っぽく雑に返したが、ペグ子はそれでも満足したようで元の場所に戻っていった。他のメンバーもペグ子に倣って回れ右をする。
俺の目に映る一列に並んだ彼女たちの背中は、堂々としていても華奢な少女のものだった。
……そうだな、今の俺は《ハロハピ》の一員なんだ。少なくとも、今はみんなの背中を支えてやらないとな。
人が生きられるのは過去でも未来でもない今しかない。だからこそ、たとえ未来がどうであれ、今しかない彼女たちとの時間に向き合おう。
俺は、心の中でそう誓うと目の前に座る二十人の少女達としっかり向き合った。
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。