《パスパレ》パートその①です。今回は一人だけメンバー登場です。
《G4SProject》開始まで一週間を切った。今は月曜日の朝の9時。ペグ子たちのような健全な学生は、元気に学校に登校して授業を受けているような時間だろう。
もし、こんな時間に学校の外を出歩いているような学生がいれば、それは何かしらの《訳アリ》の学生ということになる。
ーーそう、俺の目の前にいる《Pastel✽Palettes》の5人のように。
◇◇◇
「親父さんすいません。急に部屋を取ってもらって」
今から遡ること3時間前、開店前の《
昨日の松原さんとの連絡が終わってすぐ、俺は四方津さんと連絡を取り、《Pastel✽Palettes》のために《arrows》の一部屋を面談のためのスペースとして借りる手筈を整えていた。四方津さんは、何かと俺のことを気にかけてくれていて、俺は個人的に私用の携帯の番号を教えてもらっていたのだ。
四方津さんは急な頼みにも関わらず、「おう、例のやつとは別の部屋を用意したらいいんだな。任せとけ!」と一瞬で部屋を一つ確保してくれた。しかも、通常の開店時刻よりも早くスタジオを開けてくれるおまけ付きでだ。まったく、四方津さんには下げる頭がいくつあっても足りない位だ。
「気にすんなよ、鳴瀬! また、例のイベントが面白くなりそうなんだろ? そいつは大歓迎だぜ、ガハハ!」
「まぁ、そうですね。……ただ、俺の要求する水準を満たしてないなら、容赦なく
期待値を上げる四方津さんに対して、俺はあくまでも冷静な返事をする。
参加するバンドが増えることは大歓迎だ。ただ、このイベントが誰でも参加できる
《G4Sproject》商店街の秋祭りに代わる伝統を背負ったイベント。そして、戸山さんのような商店街を愛する人達の想いを受けたイベントだ。いくら身内がいるバンドだからといって、雑に受け入れるのは無い選択肢だ。
……こっちも無理を押しての選考なんだ。シリアスに、シビアにいかせてもらう。
「ふむ、まぁ、今集まってる
四方津さんも、元はプロのバンドマンだ。この辺りのシリアスさはよくわかっているようだ。
「でも、鳴瀬が選考に上げてもいいと思う価値はあるバンドなんだろう」
「ええ、ドラムの娘がいいですよ。この娘が面識があるんですがね、正直、ドラムがいなければ、話が来た時点で断ってました」
「ほー、そいつはますます楽しみだねぇ! ドラマーの血が騒ぐな!」
俺の話を聞いて、四方津さんは顎に手を当ててニヤリと笑った。元々、ジャズドラマーがルーツの四方津さんだ。自分も含め、バイトに入れているスタジオミュージシャンのドラマーは、総じてレベルが高いメンバーを揃えている。腕だけではなく耳も肥えているのだ。
だから、四方津さんはハイレベルなドラマーの演奏に目がないのである。
「よければ、親父さんも選考見ますか?」
「んー、できれば《G4Sproject》での完成形を見たいんだが……選考に落ちたら見られないかもしれないんだよな?」
「はい、こればかりは」
俺がにべもなくそう答えると、四方津さんは腕組みをして暫く「うーん」と唸ってから、首を縦に振った。
「……よし、ならスタジオには俺も入る」
「本当ですか、よければ親父さんの意見もくださいよ」
「はっはぁ、任せとけ! 俺がスタッフの採用面接をするぐらい、とびきり辛口でいってやるよ!」
そう言うと、四方津さんは嬉しそうに俺の背中をバシバシと叩いた。
「そ、それは頼もしいですね。あと、痛いですよ、親父さん」
切り出した丸太をそのまま腕にしたような、四方津さんに叩かれて思わず吃りながら抗議の声を上げた俺だったが、四方津さんに選考に関わってもらえるのはかなりのアドバンテージだ。
《arrows》の店員の選考は、この辺りのスタジオでは最もシビアなものの一つと言われている。昨今のガールズバンドブームで、女性だけではなく男性もかなり腕のある人間が増え、スタジオの店員はどこも一定の水準をキープしている手厚い環境だ。
しかし、《
これで、目と耳は揃った。あとは《Pastel✽Palettes》が、選考を抜けてくれれば最高だな……!
俺は、まだ見ぬ《Pastel✽Palettes》に対して期待値を高めた。折角のイベントなのだ、選考は厳しくするとはいっても、スキルが足りているならば、やはりプログラムの許す限り多くのバンドに参加してほしいというのが本音だった。
「それじゃあ、俺はスタジオに入るために、早めに他のスタジオの機材をチェックしてくる」
「あ、すみません。なんか仕事を急かしてしまって」
「気にすんなよ、俺も好きでやってることだからな。……あ、《Pastel✽Palettes》の人間が来たらスタジオに案内していいぞ。それ以外の客は俺のメンテナンスが終わるまではラウンジでステイさせておいてくれよ」
「承知しました、やっておきます」
「頼んだぞ」
そう言い残して、四方津さんは奥のエレベーターへと消えていった。
「す、すいません!」
エレベーターのドアが閉まるのと入れ替わるように、《arrows》の入口のドアが開いた。入ってきたのは、ニットパーカーを羽織り、フードを目深に被った少女だ。目には大きめのレンズでプラスチックフレームのチープなサングラスを掛けて、いかにも人目を忍んでやってきたという様子だ。キョロキョロと辺りを窺う姿は、不慣れな環境に狼狽えているように見える。
その様子から、お客さんだとするなら初めての方だと判断した俺は、すぐに対応に向かう。
「はい、何かお困りでしょうか?」
「あ、す、すみません! あの、《arrows》ってスタジオはここですか?」
「そうですよ、まだ開店前ですけどね」
俺はカウンター奥の時計を指差す。《arrows》は9時からの営業開始なので、開店までにはまだ、2時間以上は間があった。
その言葉を聞いた途端、少女はぽかんと口を開き、それからすぐに先程以上に狼狽えた動きをみせる。
「あ、そ、そうですか。どうしよう……早く着きすぎちゃった……」
「ご予約されてる方ですかね? 今、店を回せるスタッフは店長しかいないんで、少し待ってもらえますか」
「えっ、というと、お兄さんは店員さんではないんですか」
「はい、俺も《
俺が店員ではないことに、一瞬戸惑う素振りを見せた少女だったが、「利用者の一人」という言葉に何か思い至ったことがあったのか、サングラス越しでもわかるほど大きく目を見開いて、それから恐る恐る探るような視線をこちらに投げかける。
「どうかなさいましたか?」
「あの……もしかして、お兄さんが鳴瀬さん、ですか?」
「……! 俺の名前を知っている、ということは……」
少女の口から溢れた俺の名前に、今度は俺が目を見開いた。つまり、俺の目の前にいるこの娘はーー
「ーーはい! 《Pastel✽Palettes》の丸山彩です! 今日はよろしくお願いします!」
目の前の少女は、元気よくそう名乗ると、被っていたコートのフードとサングラスを外して頭を下げた。ふわりと桜色の髪の毛が宙を泳ぐ。
「こちらこそよろしく。今日、会えることを楽しみにしていました」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
そう俺が声をかけると、丸山さんは嬉しそうに答えて頭を上げた。その時、俺は初めて彼女の顔をはっきりと見たのだが、目があった瞬間、心臓がどくりと動くのがわかった。
……アイドル系のガールズバンドだとは聞いていたが、ビジュアルのレベルが違うな。
あまり、アイドルなどには疎い俺にとって、丸山さんは初めて間近で目にするアイドルなのだが、その美しさに、思わず息を呑んでしまった。
正直、「アイドル」などと聞いても、俺はクラスによくいる「美少女」の延長ぐらいに思っていた。そして、そういうレベルの少女であれば、俺は《ハロー、ハッピーワールド!》で十二分に目にしている。
ビジュアルにステータスを全て振ったような薫を筆頭に、俺は《ハロハピ》のメンバーのルックスは、身内の贔屓目を抜きにして、かなりいい線をいっていると思っている。
ペグ子はあれでお嬢様なので、容姿にはかなりの手間がかかっているし、北沢さんも溌溂としたエネルギッシュな魅力がある。松原さんは正統派の女の子という感じで、「いやいや自分なんかは」などと謙虚な奥沢さんも、共学の高校に入れば、クラスの男子が放って置かないようなレベルの美貌は間違いなくあるだろう。
つまり何が言いたいかというと、俺は「美少女」に関しては見慣れており、今回の選考に至っても彼女たちのビジュアルが選考に影響を与えることはないと高を括っていたのだ。
しかし、丸山さんはそんな俺の考えをカート・コバーンがステージにギターを叩きつけるときのようなフルスイングで見事に打ち砕いてくれた。
ーー「美少女」が「素材」だとするなら、「アイドル」は「料理」だ。
確かに「アイドル」は「美少女」の延長線に存在する。しかし、そこに至るには恐るべき手間がかかっているのだ。素材を厳選し、適切に組み合わせて、洗練された技術で仕上げること。「美少女」は自然に「アイドル」にはならない。彼女たちは、弛まぬ努力に裏打ちされた技術によって作り上げられた「
そのことを理解したとき、俺は丸山さんが一人で早い時間に《arrows》へとやってきてくれたことを心底感謝した。恐らく、《Pastel✽Palettes》の5人が一度に揃った状態でやってこられたら、その姿に圧倒されて、間違いなく俺の評価に
あ〜! 女性免疫の少ない自分が怨めしい! こんなことなら、もう少しバンドの打ち上げとかに、まともに参加しておくべきだったかなぁ……。
今になって俺は、今までの浮ついたことなど一つもしてこなかった俺の人生を少しだけ後悔した。今の俺は、あまりにも女性免疫が薄すぎる。《ハロハピ》で多少は慣れたと思ったが、彼女たちはなんというか
しかし、差し当たっての問題は、もう目の前に立っているので、俺は努めて平静を装って丸山さんをスタジオに案内することにした。
「……よろしければ、他の皆さんが来るまで、今日の選考で使うスタジオでもご覧になりますか? オーナーの許可は取ってありますので」
「本当ですか!? すみません、こんな早くに押し掛けたのに気を遣っていただいて……!」
「うお……あ、いえ、大丈夫ですよ。スタジオは昼頃まで貸し切りにしてありますので、何なら先に機材を触っていただいても構いませんから」
丸山さんが、縋るような目つきでズイッと俺の方に乗り出して来るので、思わず一歩後ずさりしてしまう。言葉も吃ってしまい、傍から見ればさぞ情けない姿だろう。
「何から何まですみません! ありがとうございます!」
「いえいえ、ではご案内しますね」
丸山さんはそんな情けない俺の姿にあまり気が回っていないようなので、俺はこれ幸いとばかりに彼女をスタジオへと案内するのだった。
◇◇◇
「ここが用意したスタジオです。一応、ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの構成とお聞きしていたので、一通りの機材は揃えてあります」
「ありがとうございます! ……急なお願いでここまでしていただいて、ご迷惑おかけしましたよね?」
機材を見た笑顔から一転、申し訳無さそうに瞳を少し潤ませる丸山さんを見て、俺は慌てて首を左右に振る。
恐ろしいほどまでの役者振り……いや、これが彼女の素なのかもしれないな。
役者ゆえの表情の機微かと一瞬思いもしたが、それにしては感情が入りすぎている。恐らく、この細やかな心遣いと、大きな感情の振れ幅が、丸山さんという人間の本質なのだろう。
少し、丸山さんのことがわかった気がした俺は、少し落ち着いた気持ちで口を開くことができた。
「いえ、俺の方はそんなに。むしろ、急なオファーを受け入れてくれた、店長の四方津さんにお礼の言葉をお願いします」
「わかりました、そうさせていただきますね!」
「では、あとは他の方が来るまでご自由に。今回のライブの計画者の一人として、《Pastel✽Palettes》の皆さんとのご縁が良いものとなるように祈っています」
「……! はい、折角いただいたチャンス、ものにできるよう最善を尽くします」
……へぇ、そんな表情もできるのか。
先程までの、慈愛を感じさせるような表情から一転、
……いや、水面下だからこその表情だな、これは。
しかし、すぐにこれはステージに立つ「アイドル」のそれではなく、そこに至るまでの舞台裏、薄氷まだ溶けぬ晩冬の湖を掻き分けて進む水鳥のような執念の為せる
優雅に湖水に遊ぶように見える水鳥も、水面下では絶えず水掻きを動かしている。藻搔き続けなければ辿り着けない領域というものがこの世にはある。
ならば、譲れないものを掴み取るまで、命懸けで藻掻いてみせてくれよ《Pastel✽Palettes》。そのときの水面下にある君たちの、本当の姿が俺は見たいんだ。
スタジオのドアを閉める最中、僅かに開いたドアの隙間から、丸山さんがマイクに向かう後ろ姿が見えた。その背中に宿る気迫に、俺は今日の選考が良いものになるという確信めいた予感がしていた。
ん〜、《パスパレ》初登場ということで、少しキャラのトレスが甘いかもしれませんが、許してヒヤシンスですわ!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。